6話 神の加護
「そなた、何者だ?」
笑いを収めたアレクが、考助に聞いてきた。
「・・・何者、と言われましても・・・塔の管理者ですが?」
考助の答えに、アレクは首を振った。
「そういう事ではない。少なくとも市井に在る者が、そのようなことを考えているとは思えないのだが?」
アースガルドという世界においては、学校などという教育機関は存在しない。
貴族や王族であれば、家庭教師と言った者を雇って学問を習わせるということはあるが、普通の身分の者はそもそも教育を受けるという機会がほとんどない。
あるとすれば、職に就く際に弟子入りしたとき、と言った程度だ。
それ以外は、実践の中で稼ぐ方法を学んでいくのだ。
だが、先ほど考助が話したことは、どう考えてもある程度の教育を受けていないと出てこない言葉だ。
そして、貴族や王族の一員なのであれば、噂にならないはずがないのである。
貴族や王族が塔を攻略したとなれば、一族に莫大な利益をもたらすことになる。
攻略した時点で公表すると考えるのが普通だ。
だが、そんな話は王族であるアレクの耳にも届いてはいない。
たとえそれが、他大陸の者であったとしても同様だ。
アレクは、考助をじっと観察して答えを待っている。
そんなアレクに気付きながらも、考助はあっさりと答えた。
「別に大した者ではありませんよ。ただ単に早いうちから教育を受けていた、という事だけです」
「・・・・・・何?」
予想外の答えに、アレクは呆気にとられた。
そして、疑問を口にする前に、更に予想外のことを問われることになった。
「あれ? それについては神託を受けていないんですか?」
アレクの口が呆けたように開いた。
かつてない程の驚きに、呻くことしかできなかった。
「・・・・・・なぜわかった?」
唸るような声で聞いてきたアレクに、考助は首を傾げた。
「神託のことですか?」
それ以外に何があると、視線で返すアレク。
「神託を受けていると分かっていたわけではありません。単に、裏で神が動いていると聞いていただけです」
「・・・何!? 誰から聞いた!?」
アレクがこの塔まで来るのには、様々なルートを通ってきている。
勿論、自身が王子という身分であることを隠すためだ。
それは、故郷の人間でも同じだった。
アレクが神託を受けて、ここにいることを知っているのは、ごく一握りの者達だけである。
それらの者達から情報が漏れたとしたら、大問題・・・どころではない。
「ああ、いえ。恐らく勘違いしていますよ? 別に、貴方の国の者から聞いたわけではありません」
「・・・では、何故分かったのだ?」
「この世界では、神は一柱ではないのでしょう?」
考助の言葉に、アレクは考助が言いたいことがすぐに理解できた。
そして、だからこそ思わず頭を抱えることになった。
常識外の存在、ということはこういう事かと理解させられたのである。
「なんだ、つまり、そなたも神託を受けたという事か・・・・・・?」
「あれが、神託というのならそうなんでしょうね」
考助の微妙な言い回しに、アレクは眉を顰めた。
「どういうことだ?」
「いや、貴方の裏に神がいるのか、と聞いたら普通に答えてくれましたので」
さらりと告げられた事実に、アレクはとうとう笑い出したのである。
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そもそも神託なんてものは、気軽に受けるものではない。
たとえ高位の神職者であっても同様だ。
だが、歴史上ではその神託を頻繁に受けることが出来る者が何人も確認されている。
そういった者達は、それぞれの神の加護を与えられていると考えられていた。
そしてそれ故に、神から加護を与えられていると認められた者は、権力の間で利用されるのが常だった。
時には国家の争いに発展したり、あるいは神殿の権威付けのために利用されたり、などである。
それ故に近年では、たとえ加護を与えられていると分かったとしても、出来る限りそれを隠すのが主流となっている。
残念ながら市井の中に生まれてしまった場合は、その過程で発見されてしまうのがほとんどなのだが、そういった場合は神殿に預けられるか、あるいは国家間で扱いが取り決められることになる。
だがこれが貴族や王族と言った身分のある者になると、若干異なってくる。
出来る限り表舞台に出ないように隠される。
むろん本人が望んだ場合は別であるが、基本的には加護を得た者が表舞台に出ることはない。
それは、国家ぐるみで行われることになる。
理由は単純で、出来るだけ自国で取り込んでおきたいという国家的な理由である。
もう一つの理由として、加護を持ったものが貴族や王族だった場合は、市井の者の様に多国間や神殿で扱うというわけにもいかない。
何故ならその国や周辺国のパワーバランスを崩すことにつながりかねない。
没落寸前の貴族とかならまだしも、ある一定上の力を持つ貴族だと、確実に影響を与えることになる。
というよりも過去にそういう事件が起こったことがきっかけになって、貴族や王族に加護を持つものが生まれた場合は、隠すことになったのだ。
「・・・・・・ということは、貴方のお嬢様が、加護持ちということですか?」
「そうなるな」
考助が神託を受けたことのある者、ということで信用したのか、アレクはあっさりと自身の事情を話し始めた。
「・・・先程聞いた話からすると、王族が加護持ちというのは、周辺国にばれたらまずい気がしますが?」
考助の疑問に、アレクは大きく頷いた。
「ああ、まずいなんてものではないな。現に周辺国にまで伝わってしまった現在は、求婚の書状だけで一部屋埋まりそうになっていたな」
仮にも継承権を持つ王子の住む屋敷である。
部屋の広さは、推して知るべし、であった。
「それだけならまだしも、最近では少々拙い動きになっていてな。下手につつけば、軍さえ動きそうな感じになっている」
アレクの言葉に、考助はため息を吐いた。
「そこまでの事態になるんですか」
「ああ。まあ、気持ちは分からないではないがな。我が国とて、他国に神託を受けられる王族が生まれたら、そう言う手段を取ることもあるだろう」
神託の名のもとに他国を攻める、くらいならまだましである。
その戦争に実際に神が介入してきたら、と考えるのが国家というものだ。
そして、それらの考えをもとに、過去に実際そういったことが発端になった争いが起こっている。
「幸いにして我が国は、大国と言われる程の国力があるので即戦争、といったことにはならないだろうがな」
とはいえ、今の状態を続ければ時間の問題だろう、とアレクは続けた。
流石にそこまで話を聞けば、アレクがわざわざ身分を隠してまで、代官の面接を受けに来た理由は分かる。
「・・・要するに、その王女をこの塔に匿ってほしい、ということですか?」
「話が早くて助かるよ」
先程考助が言った通り、軍事的に塔を攻めることは、ほぼ不可能だ。
そのため格好の隠れ(?)場所になるのである。たとえ、塔に王女がいると各国にばれたとしても、だ。
それらを考助が理解したと分かったのか、アレクは笑ってそう答えた。
「・・・・・・話は分かりましたが、こちらとしては、やはり第三王子としての貴方は受け入れがたいのですが?」
「わかってる。まさか、ステータスとやらに、そんな物が出るとは思っていなかったよ。元より王子の身分など捨てるつもりで、私はここにきている」
「・・・・・・えッ!?」
驚いた考助を見て、アレクは笑って答えた。
「なんだ、そもそもそう言う条件を出しているのは、其方ではないかな?」
「いや、それはそうなんですが・・・」
まさか、王子なんていう身分を捨ててまで、ようやく街になろうとしている所の代官なんて職に就くなんて、考えもしていなかった。
「私にとっては、王子なんて身分より、娘の方が大事だ。幸いにして現在のフロレス王国は、後継者候補には困っていない。私が抜けたところで大事にはならないだろう」
あっさりと継承権放棄を示唆したアレクだった。
そして、困ったことに、考助にはそれが冗談には見えなかったのであった。
2014/4/29 一人 → 一柱 神の数え方の表記をミスしましたので訂正しました。
2014/5/24 誤字修正
2014/7/18 考助の異世界出身発言を訂正しました。




