閑話。冒険者の日常
今回は塔で活動している冒険者の話です。
と言っても戦闘とかはありません。塔の現状を説明しています。
アルダは、ようやく初級を抜け出したばかりの冒険者だ。
冒険者になって三年でDランクになれた。
その速さは遅くもなく早くもなく、と言ったごく一般的な速さである。
ただ、パーティを組むことなく、ここまで来れたというのは、あまりいないかもしれない。
たいていの者達は、パーティを組んで仕事をこなしてくのだ。
パーティを組んでいないのは、特に理由はない。
何度か誘われてパーティを組んだのだが、ずっと一緒にやって行こうという者達が、たまたまいなかっただけのことだ。
そんなアルダに転機が訪れたのは、リュウセンのとある宿の食堂で、食事をしていた時だった。
何度か誘われてパーティを組んだメンバーの一人が、話しかけて来たのだ。
「よう、アルダ。お前、塔の話聞いたか?」
この時のリュウセンは、その話でもちきりだった。
なんでもリュウセンのすぐそばに出来た建物から、塔へと転移できる場所が出来たという話だ。
「ああ。聞いたな。何でも、この近辺では採れない素材が取れるとか」
「だな。・・・それで相談なんだが、お前の予定が空いてたら今度一緒に行ってみないか?」
パーティの誘いであった。
何度か組んだことがあるので、メンバー的に不安はない。
あるとすれば、他のメンバーに比べて自分の戦闘能力が低いために足手纏いになり兼ねないということだろう。
今までこのパーティに入って来なかったのは、そのためである。
「それは・・・俺としては願ったりだが、いいのか?」
「ああ、かまわん。・・・というか、お前だからはっきりと言うが、他の目ぼしい奴らは、もう空いて無くてな」
苦笑交じりに告げられた言葉に、アルダは納得した。
彼らにとっては、今回は様子見なのだろう。
取りあえず自分を加えて、塔の様子を見た後に、稼げそうなら本格的に同レベルの仲間を加えて攻略するつもりなのだ。
アルダにとってもそれで不満が無かった。
むしろ今噂の場所を自分の目で確かめられるのだから、願ったりかなったりである。
「なるほどな・・・。なら問題ない。俺はいつでも構わない」
「おお。それなら明日一日は、準備の日にして、明後日からはどうだ?」
「ああ、それで構わない」
「了解。じゃあ明後日、いつもの場所で待ち合わせだ」
「ああ」
手慣れた様子で予定を決めて、その時は別れたのだった。
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「・・・なるほど、これは流行るわけだ」
塔の村のある第五層と第六層の様子を見たアルダの感想だ。
ちなみに、リュウセンから飛ばされてくる場所が、なぜ第五層という中途半端な場所なのかは、いまだによくわかっていないようだった。
「・・・だな。上層の方に行ってもこれだけ狩りやすかったら、俺たちにとっても居心地がいい場所になるぜ」
これは先日アルダを誘いに来た男で、このパーティのリーダーであるゼトの言葉だ。
パーティーメンバーもリーダーと同じように頷いていた。
彼らが言ってるのは、エンカウントするモンスターの頻度のことだ。
明らかに、リュウセン周辺よりも少ない。
これなら採取もある程度余裕を持って行うことが出来る。
生えている薬草類や出てくるモンスターは、リュウセン周辺と同じものも多いが、採れない物も多くあった。
そういった物は、リュウセンに持ち込めば、当然高く売れる。
とはいえ、これだけ豊富に素材として存在していれば、いつかはその値段もある程度の価格に落ち着くだろう。
それでも十分にやって行けるだけの稼ぎにはなると、アルダは読んでいる。
第五層に唯一出来ている村にも、買取を行っている店もあった。
リュウセンに売るよりは安い値での買取だったが、転移門を通過する際の通行料と手間を考えれば、村の店で売ったほうがいいだろう。
そんなことを考えながらパーティは、奥へと進んでいった。
ちなみにこの時のメンバーで行ったのは、第六層の次の第四十一層までだった。
出現モンスター的には、特に問題があるわけではなかったのだが、それ以上進んでも採取物を持ち帰るのが大変になるということで、引き返したのであった。
その後パーティーメンバーと別れたアルダは、結局塔で稼ぐことにした。
完成したアパートの抽選に、当選したのも理由の一つである。
抽選が外れた場合は、宿暮らしも考えたのだが、そちらも常に満室で泊まれる確率は低かっただろう。
とにかくアパートが借りられたので、本格的に活動を開始した。
残念ながらまだこの村には、公的ギルドが無いので、依頼で食べていくことはできないが、村周辺からの素材の採取で十分に食べていくことが出来る。
流石に冒険者の数が増えてきて、以前ほど簡単に採取が出来なくなってきているが、それも大した問題ではない。
少し足を伸ばせば、素材はまだまだ豊富に存在しているのだから。
ちなみに、粗野で乱暴なイメージがある冒険者たちだが、植物の採取の際は採り尽さないと言ったある一定のルールは守られている。
採り尽してしまえば、そもそも自分たちの稼ぎの種が無くなるので、当然のことだ。
過去にそれを実行した者達がいたそうだが、仲間であるはずの冒険者はもとより、それを売る商人、はては加工をする職人達に総スカンを食らって冒険者稼業を続けられなくなったそうだ。そんな話は枚挙にいとまがない。
当然この塔でも同じルールが適用されていて、群生地があれば、ある一定以上の数が残るように調整されていた。
流石に村を広げる際には、その場所の群生地は狩り尽してしまうのだが。
その際は、冒険者ではなく村(この場合は塔管理者)の収入になるのが、通例である。
急速に広がっている村なので、そういった依頼が出ることもあった。
その場合は、ギルドがまだないので、転移門を管理している神殿の掲示板に依頼が貼り出されている。
出された依頼は、早い者勝ちなので、その辺は他の公的ギルドと同じ扱いだった。
塔の中に存在している商店は今のところ一つだけだ。
とは言え、塔の管理者が禁止しているわけではなく、単に建物の建築が追い付いてないだけで、露店は開かれている。
そのため、塔の中で生活するのに不足している物はほとんどない。
冒険者に必須の商品は、唯一存在している商店でそろえることが出来る上に、リュウセンで揃えるのと変わらない値段なので、冒険者たちから不満が出るわけもなかった。
流石に武器防具に関しては、塔の中に職人がいるわけではないので、割高になっているが、こればっかりは仕方ないだろう。
最近の噂では、この商店専属の職人が来るらしいという話が出てきているので、それが本当であれば、武器防具の手入れなども一々リュウセンに行かなくても済むようになるかもしれない。
そうなると、ますますこの村にいつく冒険者は増えることだろう。
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塔の中での生活も慣れてきた頃、二つの噂が村の中を駆け巡った。
一つは、塔の管理者がクラウンという組織を作るという話だ。
これは、ギルドをさらに大きくしたような組織らしい。
なんでも冒険者ギルド、商人ギルド、工芸ギルドを合わせた組織だというのだから、かなり大きな組織になるのだろう。
ここまでは、特にアルダにとって関係のある話とは思っていなかったので、普通に聞き流していた。
ところがもう一つの噂を聞いたときに、そうもいっていられなくなった。
もう一つの噂とは、リュウセン以外の街とも転移門が繋がるという話である。
流石にこの噂についての真偽を確認する者が多かったのか、村の主要な場所に張り紙がされていた。
幸いにもアルダは、文字が読めたのでその場で内容が確認できた。
そのアルダを見つけて、ゼトが話しかけて来た。
「よう、アルダ。久しぶりだな」
「ああ、ゼトか。あんたも内容を確認しに来たのか?」
「そりゃあな。・・・で、お前はどうするんだ?」
問われたアルダは、ゼトに即答した。
「当然、申し込む」
「まあ、そうだろうな」
クラウンに申し込むかどうかの話なのだが、当然クラウンに所属するとデメリットも存在してる。
だがアルダにとっては、そのデメリットよりも、メリットの方が大きいのだ。
「ゼトの所はどうするんだ?」
「・・・こればっかりは、俺の独断じゃ決められんな。仲間と話し合って決めるさ」
「それはまあ、そうだな。だが、早く決めたほうがいいぞ」
「ああ、わかってるさ」
クラウンの結成と他の街との転移門の接続は、期間が設けられていた。
他の街と繋がる前に、申し込んでしまった方がいいということだ。
他の街と繋がった時点で、申込者が増える可能性の方が大きいのだから、ある意味当然である。
そして、アルダの予想を超えた事態になるのだが、この時のアルダはそんなことまでは、予想出来ていなかった。
幸いにも新しい門が繋がるまえに、アルダはクラウンへ登録できたので、その後の混乱に巻き込まれることは無かった。
ちなみにゼトのパーティは、期間内に申し込むのは見送ったのだが、転移門の接続先が三つも増えると知っていたら迷わず申し込んでいた、と後にアルダに語ったのであった。
クラウンカードについても語ろうかと思ったんですが、説明文が非常に長くなりそうなので止めておきました。
次回から第六章が始まります。
2014/5/24 誤字修正
2014/6/9 到達階層の訂正




