(10)狐の本性
狐のお宿を始めとして、いくつかのことに手を出している狐たちだが、そのほとんどは人化できる進化種が行っている。
ただし、当然ながら狐の進化種全てが人化できるというわけではない。
人化という道を進まなかった狐たちは、主に別の魔法を伸ばすことで成長している。
その中でも一番代表的なのは、やはり狐火をもととした火を使った魔法だろう。
人化する種(例:天狐、地狐)も使えないことはないのだが、こと戦闘に限れば、それらの種のほうが確実に上になる。
現在、そうした種の一番頂点に立っている種族が、火炎狐王という種になる。
火炎狐王は、アマミヤの塔に数多くいる狐の眷属のなかでも、まだ一体しか出ていない。
そのため、ワンリを除けば、実質戦闘に置いては一番上にいる種族だといえる。
ワンリを相手にした時は、流石に敵わないのだが、それでも模擬戦であったとしても長時間戦っていられるのは、その火炎狐王――エンしかいない。
戦闘に特化しているだけあって、九尾狐にさえ肉薄するその力は、塔の外で発見されれば、最大級の指定魔物となることは間違いない。
そのエンは、考助たちを前にして、ワンリと互角の戦いを演じていた。
「・・・・・・うーん。なんというか、怪獣頂上決戦?」
身も蓋もない考助の感想に、フローリアが苦笑しながら答えた。
「間違ってはいないが、あとでワンリが聞いたら泣くんじゃないか?」
「あ、それは駄目だ。いまのは撤回で」
実際に泣くことはないだろうが、涙を浮かべることは容易に想像できた考助は、慌ててそう言った。
その考助に対して、足元に控えていたナナが、何やら意味ありげな視線を向けてきた。
考助がその視線の意味を問うよりも先に、その理由が判明した。
「あ。ワンリが少し乱れましたね」
シルヴィアのその声に、ナナを見ていた考助は、視線を戦いへと向けた。
ただし、そのときには既に立ち直っていたのか、そこまで目立った乱れというのは見つけられなかった。
考助は見つけられなかった乱れだが、フローリアはしっかりとそれを目にしていた。
「あれは完全に聞こえていたな」
「そうですね。だからナナが批難したのでしょう?」
シルヴィアが確認するように見ると、ナナはブンブンと首を上下に振った。
ナナは、ワンリがしっかりと考助たちの会話を聞いているとわかっていたからこそ、あんな視線で見て来たのだ。
「わあ! ゴメン、ワンリ。実際にそうだなんて思ってないから! 後でたっぷり謝るよ」
考助が慌ててそう言うと、ワンリは張り切るようにエンに向かって行くのであった。
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「うむ。いつも通りの光景とはいえ、先ほどとのギャップが凄いな」
「そうですね」
目の前で起こっている光景の感想をフローリアが漏らすと、シルヴィアがクスリと笑いながらそう答えた。
模擬戦を終えたワンリは、すぐに考助の所に寄って来て、甘え始めていた。
そして、その意味をしっかりと理解した考助は、約束通りにワンリに謝っていた。
ある程度考助が謝罪すると、それで満足したのか、ワンリは交代とばかりにエンにその場所を譲った。
そして、フローリアが感想を言った通り、ワンリと激戦を繰り広げていたとは思えないほど、甘えている様子を見せていたのだ。
具体的には、考助の手で全身を撫でられて、気持ちよさそうにその場に寝転んでいる。
付け加えると、お腹を見せて撫でてという仕草さえしていたのだが、どう見ても野生の中で過ごしている魔物の一種には見えなかった。
眷属たちが考助にいつも見せている態度とはいえ、あれほどの激闘を見せた後だと、どうしても戸惑いのほうが先にきてしまう。
もっとも、それもすぐに慣れてしまうのだが。
考助に十分に撫でられて落ち着いたのか、エンはナナに視線を向けた。
その視線を受けて、ナナがてくてくと考助の傍に寄って来た。
そして、考助の右側と左側に陣取って、同時に撫でるように要求(手を口でツンツン)してきた。
それに苦笑しながら、考助もそれに応えた。
いつものように繰り広げられている光景に、フローリアが感心したような顔で頷いていた。
「いっそのこと、町中でやってみれば、意外に馬鹿な輩が引っかかってきそうだな」
「そうですね。どうみてもただの甘えているペットにしか見えないですし」
同意するように頷くシルヴィアに、考助が待ったをかけた。
「いや、流石にそれは駄目でしょう。間違いなく、子供も一緒に釣れて来ると思うよ?」
子育てに慣れている人化系(?)狐ならともかく、エンのような戦闘系の狐たちは、子供の扱いに慣れているわけではない。
子供がじゃれてきたときに、上手くあしらえるかどうかは、非常に微妙なところだろう。
勿論、フローリアとシルヴィアも本気でそんなことをするつもりで話をしていたわけではない。
眷属の考助に対する懐きようの被害(?)を一番に受けているので、どんな結果をもたらすのかは十分に理解しているのである。
不用意に子供たちの前でその姿を見せればどうなるのか、考助から言われなくてもわかっている。
「まあ、そうだろうな」
「いっそのこと、子供が絶対に来ない場所……例の家とかでやってみてはどうですか?」
「ああ、あそこか」
以前考助が作った限られた冒険者たちが泊まれる屋敷で、モンスターと戯れてみたらどうなるのかというシルヴィアに、フローリアが納得顔で頷いた。
「いや、あそこは、元々そんな変な人たちが近付かないように作っているからね? あと、そもそも、狐たちが甘えている所を見せるのは、決定事項?」
考助がジト目でシルヴィアとフローリアを見ると、二人は揃って視線を外した。
悪のりしているという自覚は、揃って持っていたのだ。
「まあ、冗談はともかくとして、そろそろ狐たちの力も一般に示さないと駄目なんじゃないか?」
「うん? どういうこと?」
フローリアの言葉に、考助が意味が分からずに首を傾げた。
「百合之神宮のお陰で、狐たちが親しまれているのはいいが、本来は厳しい相手であることは間違いないからな。その厳しさも教えてやる必要があるのではないか?」
フローリアがそう言うと、考助は少し考えるように首をひねった。
「うーん。言いたいことは分かるけれど、必要かな、それ? だって、冒険者なんだから、それくらいはきちんとわかっているはずだと思うけれど?」
考助はそう言いながら、なぜかシルヴィアを見た。
元冒険者であるシルヴィアであれば、答えを持っていると考えたのだ。
考助の視線を受けて、シルヴィアも同じように考えるような顔になって言った。
「難しい所ですね。たとえ野生の狐に会って、事故に遭ったとしても、結局のところは自己責任ですから」
冒険者は依頼の途中で何があったとしても、基本的にはそれぞれが責任を負うことになっている。
百合之神宮での狐の触れ合いに慣れてしまって、他の場所で狐に襲われて大けがを負ったとしても、それはあくまでも冒険者の責任なのだ。
とはいえ、当たり前といえば当たり前のことだが、中には逆切れしてくるような輩が出ないわけではない。
「うーん・・・・・・。まあ、今更そんなことを考えたら、塔の運営なんてやってられないね。当分は考えないようにしようか」
冒険者が出入りできる階層には、セーフティポイントなどが設けられている場所もあるが、最終的には優しくない造りにはなっている。
そのことに文句を言ってくる者たちも、これまでの間にまったくいなかったわけではない。
それらを無視して来たのだから、今回の件も当分は様子を見るだけで良いだろうと、考助は結論付けるのであった。
後半なにやらまじめに言っていますが、別の眷属が甘えている姿を書きたかった作者でした。




