(12)新しい方針
考助たちが孤児院長と話をしてから一週間。
一度塔に戻った考助の元に、孤児院長からの手紙が届いた。
勿論、その手紙は、クラウン経由で来ているので、考助の正体がばれているわけではない。
手紙を開けて、一通り読んだ考助は、それをそのままシルヴィアへと渡した。
そして、シルヴィアが目を通してフローリアに渡したタイミングで話しかけた。
「随分と優秀な人みたいだね」
「そうですね」
誰の事かは言うまでもない。
孤児院長は、考助たちとの別れ際に、しばらく時間がかかると言っていた。
色々なところに根回しが必要だということはよくわかっているので、それも当然だろうと考助はそれを了承していた。
貴族どころか、国王を相手にするのだから当たり前である。
ところが、予想に反して、返事が来たのは一週間後だ。
考助が孤児院長を優秀だと評するのも当然のことだった。
シルヴィアに引き続いて手紙を読み終えたフローリアが、考助にそれを返しながらいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「いっそのこと、こっちの孤児施設で引き取るか?」
「いや、流石にそれはないよ。折角こっちはこっちでうまく回っているのに」
塔の中にある孤児施設は、今のメンバーできちんと運営されている。
いくら優秀な人材だからといって、上手くいっている場所に放り込んで、余計な波風を立てるつもりはない。
それに、変に孤児院長を引き抜くと、折角うまく回っている孤児院が駄目になってしまう可能性もある。
そんなことをするつもりは、考助にはない。
フローリアも考助の答えがわかっていたのか、当然だとばかりに頷いた。
「まあ、そうだろうな。――それで? どうするんだ? 手紙には一度会って話をしたいと書いてあるが?」
「うん? 普通に会いに行くつもりだったけれど、なにかあった?」
「いや。どうせだったら、ゼロのやる気を見るために、文字を覚えさせるところから始めたらどうかと思ったんだが?」
顔を合わせて話をするのではなく、いきなり課題を与えるというフローリアに、考助は一瞬厳しい教師だと考えた。
だが、すぐにそれも悪くないのではないかと思い直した。
これからゼロを育てていくことになるのだが、別に考助本人が顔を見せる必要はない。
それこそ赤ペン先生のように、書面のやり取りだけで済ますこともできなくはない。
これから先、常に対面式で教えることができるわけではないという事を考えれば、最初からその方式を取っていたほうが良いと考えたのだ。
いわゆる『あしながおじさん』作戦である。
もっとも、届けられるのは手紙ではなく、レポートや課題の結果になるのだが。
突然考え込むような顔になった考助を見て、シルヴィアとフローリアは顔を見合わせていた。
どうやらいつものように、何やら突拍子もないことを思いついたことがわかったのだ。
「コウスケさん、何を考えているのですか?」
「早いうちに話をしておいた方がいいぞ?」
何とも信用のない言葉に、考助は思わず渋面を作ったが、隠すつもりはなかったのですぐに話した。
「――というわけで、顔見せしないでどうにかできないかと考えていた」
考助が本当の正体を明かさないで接し続けることは構わないが、そうするとゼロが順調に成長した場合に、いつカミングアウトするのかという問題が出てくる。
別に最後まで話をしなくてもいいのだが、どうせ隠すのであれば、初めから全部を隠してしまってもいいのではないかというのが考助の意見だった。
その考助の話を聞いたフローリアは、大きくため息をついた。
「やはり突拍子もないことだったか・・・・・・」
フローリアはそう言ったが、シルヴィアは少し考える様子を見せた。
「いえ、ですが。確かに、ありといえばありかもしれません。向こうも、むしろ歓迎・・・・・・とまでは行かないまでも、考慮する余地はあるかと」
「どういうことだ?」
予想外のシルヴィアの言葉に、フローリアは少し驚いた顔になって聞いた。
シルヴィアが考えたのは、考助とは違った面でのことだった。
もし、ゼロの教育が上手くいかなかった場合、変に考助と多く対面していれば、その影響は避けられない。
だが、単に書面だけでのやり取りだとすれば、実際に会って話をしていたときと比べれば、それは小さくなるだろう。
勿論、教育方針などの影響はあるが、それはどの教育機関(あるいは教師)であっても発生する問題である。
それならば、実際に引き取る前は対面せずに、引き取りを決めてから会うというのもありではないか、ということだ。
シルヴィアの説明に、フローリアは短くうめき声を上げた。
「ううむ。・・・・・・確かに、言われてみれば、それもそうかと思えるが・・・・・・」
孤児を引き取るのではなく、十分な教育を与えつつ、最終的に引き取るかを考えるということ自体、ほとんど例がないことなのだ。
それに加えて、まったく顔を合わさないという方法が、受け入れられるかどうかが、まったく予想できない。
そんなことを考えるフローリアに、考助が言った。
「フローリア。どうせ前例のないことを始めているのだから、いっそのこと今考えたやり方を前例にしてしまうと考えた方がよくないかな?」
「いや、言いたいことはわかるが、なにか問題が出そうな気が・・・・・・」
フローリアも考助が言っている意味はよくわかる。
そもそも新しいことを始めるときには、最初から例にないことを入れてしまったほうが良いこともある。
それで失敗をすれば、ほらやっぱりと笑われるが、上手くいけば称賛されることになる。
失敗したとしても、考助たちにとっては大した痛手にはならないので、それであれば冒険をして新しいことを始めてみても悪くはないのだ。
ただ、フローリアが渋っているのは、何か見落としがあるような気がしてならなかったためである。
しばらく思考の渦に巻き込まれていたフローリアだったが、それが何かに気付いて視線を考助へと向けた。
「子供たちが多くいる中で、ゼロだけが教育を受けられる。その状況は少しまずいと思うのだが?」
フローリアがそう言うと、シルヴィアがハッとした表情になった。
その顔には、今までそのことに気付いていなかったと書いてある。
ゼロだけが明らかにほかの子供たちと違った支援を受けられるとなると、明らかに浮いてしまい、場合によっては子供たちの中で排除の対象になってしまうこともあり得る。
だが、考助は平然とした顔で頷いた。
「それはあるだろうね。だけど、それはどの場合でも同じじゃない?」
「いや、明らかに違うだろう? 他の子たちは、どうなる?」
「うん? いや、そういう事じゃなくて・・・・・・ああ、そっちの心配をしているのか」
話がずれていることに気付いた考助は、納得した顔になって頷いた。
考助は、孤児院を巣立った子供たちのことを考えて返答していたのだが、フローリアの心配が孤児院の子供たちに向けられているとわかったのだ。
「別にそこまで心配する必要はないと思うよ? 寄付は孤児院にするものだし、学びたい者は学べばいい」
考助は、自分が望むレポートを出せたものには、しっかりと支援をするつもりになっていた。
その対象は別にゼロだけではない。
考助が直接添削をするのはゼロだけに限るつもりだが、別に送って来ては駄目だというつもりはない。
もし、その中で、目を引くようなレポートを書いてきた者がいれば、それはそれで面白いことになると考えている。
今までの稼ぎを捨ててゼロと一緒に勉学を励むのか、それとも今まで通りの生活を続けるのか、それを選ぶのはあくまでも子供たち次第だというのが、考助の考えなのである。
なにやら余計なことを考え始めた考助です。




