(8)店(建物)の完成
スコットとの暗黙の了解(?)を取り付けた考助は、塔に戻って店の建築を始めた。
スコットの屋敷を辞する前に、レンカからゆっくりしていくようにとねだられたが、今回はなんの用意もしていないということで、諦めてもらった。
それでも狼とはきちんと触れ合えたので、考助としては十分満足している。
ちなみに、レンカはしっかりと狼を育てているようで、どこにも不満げな様子は見られなかった。
今の状態でも十分だろうが、あと数年すれば監視役の狼二匹は引き取っても良いかも知れないと考えている。
考助は、今のままレンカと一緒にいるか、塔に戻るかは、あの二匹に決めてもらうつもりでいた。
どちらにせよ、狼をレンカに預けたのは間違いでなかったと、今の考助は確信している。
今後、問題が起こるとすれば、レンカが成長してお嫁入りするときくらいだろうが、それはそのときに当人たちが考えるべきだろう。
そんなことを考えながら考助は、以前と同じように新しい店の建築資材を作り始めていた。
今回は木材が多くなるので、レンガはさほど多くはない。
代わりに、木材の加工という面倒な作業があるが、それは魔法を使って乗り越えた。
作業をしている最中に、考助は魔法便利すぎだろと考えていたりしたが、それに理解を示してくれる者は一人もいなかった。
魔法が便利なのはわかり切っている上に、考助がやることとスルーしている。
ちなみに、この世界でも木材加工は時間がかかるものなのだが、それを短時間で加工している考助は、権能のお陰もあるということに気付いていなかったりする。
周りがそこをフォローしていないのは、単に建築に詳しいものがいないことと、当然当たり前の作業ではないことだと考助が認識していると勘違いしているからである。
そんな微妙なすれ違いを起こしつつ、考助は三か月後には店となる建物を完成させた。
その建物を前にして、フローリアがポツリと呟いた。
「・・・・・・普通だな」
「いや、それはそうだって。壊されないようにとか、雨漏りしないようにとか、普通の付与術は使っているけれど、ほかには大したものは付けていないし」
「そうなのか?」
不思議そうな顔をして聞いて来たフローリアに、考助は頷き返した。
今回の場合は、店に入るための入り口が重要になるのであって、そのための仕掛けは建物自体には必要ない。
詳しく言えば、仕掛けを施すための魔法陣は仕込んであるが、目立つような場所にはない。
さらにいえば、今のところその仕掛けを作動させる必要が無いため、一般的な建物と違っているようなところは出ていないのだ。
考助がそう説明をすると、フローリアは微妙な顔になった。
「つまりはなにか? 出入り口の仕掛けを動かすと、それが見た目で分かる、と?」
「まあ、そういうことだね」
フローリアの顔が微妙な顔になっている理由に気付きつつも、考助はそれを気にしないようにしながら頷いた。
ここでいちいち突っ込んでいては、話が進まない。
考助の顔を見ていたフローリアは、疑わし気な顔になった。
「その出入り口とやらは、もう完成しているのか?」
「勿論できているよ。・・・・・・見てみる?」
「無論だ」
考助が確認するように見ると、フローリアはすぐにそう答えた。
ここまで来て今更この店は駄目だと却下するつもりはないが、どれくらいのインパクトを与える物なのかは確認しておかなければならない。
別にスコットに頼まれたわけではないのだが、フローリアは今後の為にも一度は見ておく必要があると考えていた。
それは考助もわかっているので、特に抵抗することもなく、フローリアにその仕掛けを見せることにしたのである。
店にたどり着くための出入り口の仕掛けを見せるために、まず考助はフローリアを連れて建物の中へと入った。
当然ながら入り口の仕掛けを作動させるのは、店の店員なので、スイッチも店の中に作ってあるのだ。
建物の造りは、店の一階の三分の二が店舗となっていて、その奥に従業員の休憩スペースや作業場所がある。
その作業場所に出入り口の仕掛けとなるスイッチが備え付けられていた。
そのスイッチを指しながら考助がフローリアを見て言った。
「一応、今は実験だから、塔の麓の出入り口近辺に出るようにするね」
考助がそう言ってスイッチを操作し始めた。
フローリアが横でその操作を見ていた限りでは、一つ画面がある中に幾つかの候補が並べられていて、その中から一つを選んでスイッチを押しているように見えた。
このときの考助は、詳しい説明まではしていなかったので、スイッチ一つでどういう操作をしているかまではわからなかった。
フローリアも別に今すぐに細かい操作までは知る必要が無かったので、とりあえずは頷いた。
「うむ。それで構わない」
そのフローリアの言葉に合わせて考助がスイッチを押すと、満足げな顔で考助が頷いた。
「うん。きちんと動作しているみたいだね。とりあえず、行ってみようか?」
「行くって、どこへだ?」
「勿論、外にある出入り口だよ。ちゃんと目標に出ているかは、きちんと確認しないと分からないよね?」
考助がそう言ってさっさと歩き始めたので、フローリアもそれについて行った。
ふたりが外に出ると、店の前には、先ほどまではなかった垂れ幕が空中に下がっていた。
考助の感覚でいえば、二つに分かれるのれんが地面まで下がっているような物なのだが、フローリアは初めて見る物に目をパチクリとさせた。
「なんだ、これは?」
「簡単に言えば目印? 実際にはこんなものが無くても出入りはできるんだけれどね。なにもないとわかりづらいから付けてみた」
店と別空間を繋ぐための魔法は、見た目では分からない。
もしなんの目印もなければ、いきなり空間が変わったように見えるので、それらしい物を用意したほうが良いと考えたのだ。
それがのれんもどきだったというのが考助らしいといえばらしいが、とりあえずフローリアは頷いて近付いて行った。
そして、のれんもどきに近付いたフローリアは、考助に促されるままにその先へと足を進めた。
すると、すぐに周囲の光景がガラッと変わった。
何しろ、フローリアの背後には、アマミヤの塔の壁が高くそびえていたのだから見間違いようがない。
フローリアは考助が言った通りに、一瞬で場所を移動していたのである。
「よかったよかった。きちんとできているね」
フローリアが場所を移動してから少し遅れて、そう考助の声が聞こえた。
すぐ横を見ると、考助が満足気な顔で何度か頷いていた。
「なんというか・・・・・・予想通りというか、予想以上というか、またとんでもない物を作ったな」
「うん。まあ、それは認める。絶対に表に出すつもりはないけれどね」
何しろこのシステムを使えば、好きな場所にいつでも出入りすることが出来る。
防衛的に考えれば、そんな危ない物は表に出せるはずがない。
いくら考助でも、そのことはよくわかっていた。
考助の言葉に、フローリアも深く頷いた。
「そうか。それならまあいいんじゃないか? 目立つのは最初から織り込み済みなのだろう?」
「そういうことだね」
むしろこの出入り口に注目が集まるのは、好都合な部分もあるのだ。
フローリアがそのことに気付くのは、考助が見えないところまでのシステムを完成させてからのことであった。
今回完成と言っているのは、建物部分と外への出入り口部分のことを言っています。
それ以外にももう一つだけ主要な物を作りますが、それは次話で。
その間に、フローリアとシルヴィアで、店の従業員を雇いに行きます。
※次回更新は19日になります。




