(3)天翼族の特徴
ミクの入学を数日後に控えたある日。
アマミヤの塔の管理層に珍しい人物が訪ねてきていた。
その人物は、緊張した様子で周囲を見回しながらも、どこか感激しているようでもあった。
その背にある翼がせわしなく動いているのを見つけた考助は、何となく楽しくなって微笑ましく思っていた。
管理層に来た人物というのは、背にある翼が特徴である天翼族のエイルだ。
エイルは、数日前に考助がふと呟いた内容で思いついたある現象を調べるために、管理層に呼ばれたのだ。
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(数日前)
始まりの家の居間で寛いでいた考助は、ふと天翼族の姿を思い出していた。
「・・・・・・そういえば、天翼族ってどうやって飛んでいるんだろう?」
「どうって、翼があるのだからそれを使って飛んでいるんだろ?」
何を当たり前のことをという表情でフローリアが返してきた。
フローリアにしてみれば、翼がある者が空を飛べるのは当然で、疑問に思うことすらないのだ。
そんなフローリアに、考助は首を振って答えた。
「いや、そういうことじゃなくてね。本来翼で空を飛ぶには、それこそ鳥のように羽ばたく必要があるはずなんだけれど、それすらしてないよね?」
これはコウヒやミツキもそうだが、翼を出して空を飛んでいる際には、羽ばたいてさえいない。
それが考助からすれば、不思議の塊なのだ。
だが、そんな考助に、フローリアが首を傾げた。
「そんなもの、魔法を使っているに決まっているだろう?」
これが、この世界の一般的な常識であり、当たり前とされている答えなのだ。
物理学などの科学的な思考を持っている考助からすれば、暴論といっても差し支えない。
とはいえ、この世界には魔法があるのが常識なので、それを否定するつもりも考助にはない。
そもそも、魔法の恩恵で様々な道具を作ってきたのだから、否定のしようがないのだが。
フローリアの言葉に、考助は困ったような顔になった。
魔法を使って飛んでいることは分かっているのだが、今感じている違和感をどう説明すればいいのかが分からなかったのだ。
「あ~、その通りなんだろうけれど、そうじゃなくって・・・・・・どう説明すればいいんだろうね?」
「いや、それを私らに聞かれても困るぞ?」
いくらフローリアといえども、考助の頭の中まで見ることは出来ない。
隣で話を聞いていたシルヴィアも、フローリアと同じように困ったような顔になっていた。
うーんと首をひねりながらしばらく考えていた考助は、ふと思いついたように手をポンと打った。
「ああ、そうか。まず、疑問に思うことが二つある、かな?」
「ほう。それはなんだ?」
「ひとつは、彼女たちが飛んでいるところを間近で見ているけれど、魔法を使っているという気配が無いこと。もうひとつは、そもそもなんのために翼があるのかってことかな?」
後者の疑問は、コウヒやミツキに限っていえば、既に考助は答えがわかっている。
コウヒやミツキにとっての背中の翼は、魔法を使う際の膨大な魔力をあの翼に貯めこんだり、制御したりしているのだ。
人知を超えた魔法をふたりが使えるのは、翼があるからといっても過言ではない。
以前、考助からコウヒとミツキの翼の役目について説明を聞いたことがあるフローリアとシルヴィアが、納得の顔で頷いていた。
具体的に疑問を言われてみれば、二人にとっても不思議に思えることではあった。
「ふむ。確かに言われてみれば不思議ではあるが・・・・・・魔法に関しては、さほど珍しい話でもあるまい?」
たとえば、ヴァンパイアにとっても吸血行為も魔法の一種だとされている。
というのも、考助はよく経験しているので分かるのだが、シュレインから吸血されても痛みや違和感をほとんど覚えないのだ。
それは、吸血行為を行う際に、ヴァンパイアが意識をせずに魔法を使っているからと説明された。
様々な種族が存在するこの世界では、そうした種族特有の魔法についての話は、いくらでもある。
それらのことを考えれば、フローリアの言う通りに『空を飛ぶこと』が天翼族の種族特有の魔法であってもおかしくはない。
ごく自然に魔法を使っているからこそ、他者には魔力の動きすら察知できないというわけだ。
フローリアの説明には納得した考助だったが、それでも分からないことはある。
「それはじゃあ、背中の翼は、空を飛ぶ魔法を自然に発動させるための媒体か何かってことかな?」
「推測通りだとすると、そうなるだろうな。実際には、きちんと調べてみないと分からないだろうが」
「それはそうだね」
今話したことは、あくまでも状況から推測しただけの推論でしかない。
もし本当のことだと確証を得るためには、天翼族に頼んで実際に調べてみるしかない。
そこまでする必要はないかと考えた考助が、それじゃあいいかというよりも先に、なぜかシルヴィアがこう言ってきた。
「・・・・・・コウスケさんが頼めば、エイルさん辺りであれば、喜んで応じてくれそうですね」
「それはまあ・・・・・・いや、いくらなんでもそれは駄目だよね?」
一瞬、にこやかに応じてくれているエイルの顔が思い浮かんだ考助だったが、慌てて首を左右に振った。
確かにシルヴィアの言う通りに、エイルであれば応じてくれそうだが、そもそも天翼族にとって翼がどういう意味を持っているのかも知らないので、下手に触れるわけにはいかない。
だが、そんな考助に、フローリアが首を傾げながら言った。
「そうか? まずは聞いてみないと分からないのではないか?」
そもそも考助が翼に特別な意味があると思い込んでいるだけで、実際にはあまり深い意味は持っていないかもしれない。
それは、実際に聞いてみないと分からないのだ。
そのフローリアの言葉がきっかけになって、考助は迷うような表情になった。
「いや、確かにそうなんだけれど・・・・・・」
「なに。考助が思うより大したことではないかもしれないぞ? せっかく通信具があるのだから、まずは翼に意味があるのかどうか辺りから聞いてみてはどうだ?」
「そうですね。どうせでしたら、私も知りたいですし」
実はシルヴィアも以前から天翼族に、翼に対してのそうした想い入れがあるのかどうかを聞きたかったのだ。
この際だから、ついでに聞いてみてはどうかというシルヴィアに、考助は諦めたようにため息をついた。
どちらかといえば、自分よりも二人の興味のほうが強くなっている気がしたが、ここまで言われれば断るのも難しいと思ったのである。
早速エイルに通信を行った考助は、翼について何か深い意味があるのかと聞いてみた。
だが、不機嫌になることも覚悟していた考助に対して、エイルはあっさりと答えて来た。
「――――いえ、特に触れられてはいけないことではありません。私たちにとって翼は、身体的な特徴のひとつです」
ヒューマンが、目の形がいいとか、背が高いとかいうように、天翼族にとっての翼は、身体の特徴を示すものでしかない。
考助が考えていたような宗教的な(?)意味合いや、タブー視されているようなことは一切ない。
ごくごく自然に返してきたエイルに、考助はそれじゃあと、もう一歩踏み込んでみた。
先ほど話した翼と空を飛ぶことに関する考察だ。
そして、考助からその話を聞いたエイルは、感心した様子で頷いた。
「なるほど。人の身から神になるような方は、やはり面白い考え方をするものですね。そのようなことは、考えたこともありませんでした」
天翼族にとっては、人が立って歩くように、空を飛ぶことは当たり前のことなので、疑問に思ったことすらないのだ。
そのためエイルは、興味深そうに考助を見るのであった。
この話を飛ばしていることに、まったく気づいていませんでした><
今日、感想を見て慌てた次第です><
ご指摘いただいた皆さま、ありがとうございます。
(どうして珍しく出かけているときに限って><)




