(5)レンカの扱い
軽い調子で王家に確認をしろと言った考助を、スコットはジッと見た。
「コウスケ様は、王家に確認をしたほうが良いと仰いますか?」
「えっ? いや、私自身は別にどうでもいいですよ。そもそも王家とあまり関わるつもりもないですから」
あくまでもご自由にどうぞという態度を崩さない考助に、スコットは戸惑った表情を浮かべた。
そのスコットを見て、フローリアが助言するように付け加えた。
「スコット。コウスケの言うことをあまり深読みするな。そのまま素直に受け取ればいい」
相手が言っていることを深く読み込んで、どういう目的で、自分に何をさせたいのかを考えることが癖になっている貴族は、常に相手が言った言葉の裏を考えている。
そのためスコットは、今回の考助の発言も何か裏があるのかと、考えていたのだ。
ところが、長い付き合いになるフローリアには、今の考助の言葉には何の裏もないことははっきりとわかっている。
そのため、深読みをしすぎて余計なことをしないように、貴族の習性を良く知っているフローリアが助言をしたのだ。
その甲斐あってか、考助が言葉通りの意味で言っているとわかったスコットは、安堵のため息をついた。
「そうですか。公爵家といえど、今すぐに王家に話を通せるほどの力は・・・・・・」
「貴方」
安堵のあまりつい余計なことを口にしようとしたスコットが、幾分冷静に話を聞いていたレンネに一言で止められた。
だが、そのお陰で、自分が何を口走ろうとしていたのか理解して、誤魔化すように笑った。
「ゴホン。いや。これは余計なことでした」
僅かに慌てた様子になっているスコットに、考助は内心で不思議に思っていた。
今の話の流れで、何がどう余計なことになるのかが分からなかったのだ。
その考助とは対照的に、当然というべきか、フローリアはスコットとレンネのやり取りの意味を十分に理解している。
あのままスコットが話を続けてしまえば、現人神である考助に対して、王家との橋渡しをしてもらえるような「お願い」をすることになっていたのだ。
それは、現人神に対してあまりにも失礼で虫のいいことであったために、レンネが慌てて止めたというわけだ。
そして、こういったやり取りを散々に見て来たフローリアには、ふたりのやり取りが一瞬で分かったというわけである。
もっとも、フローリアは意味がきちんとわかっているが、考助がわかっていないことも理解しているので、敢えて教えるようなことはしない。
考助も必要であれば、きちんとフローリアが教えてくれることは分かっているので、敢えてこの場で聞くようなことはしなかった。
もし聞くことがあったとしても、それは後日に雑談のような形で聞くというのが常のことなのだ。
考助が理解していないことは顔を見れば分かるので、スコットとレンネもそのままなかったことにして話はそれ以上続かなかった。
それに、ちょうどそのときに、狼たちに餌をやり終えたレンカが戻ってきたということもある。
それを出汁にして、スコットは夕食にしようかと話を切り出した。
そして、考助たちがそれを受けて、一同で食堂に移動をして夕食の時間となったのである。
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カーディガン家での夕食は、考助にとっては久しぶりの固い感じのものとなった。
レンカが次々に話しかけてくるので退屈するということはなかったが、しっかりとした場での食事だったので、ある程度は作法にも気を止めなくてはならなかったのだ。
考助が食事の席で無作法をしたからといって、スコットやレンネがそれを気にするとは思えなかったが、そこはそれである。
郷に入っては郷に従えという考えが身に沁みついている者としては、その場(の雰囲気)に合わせるのが自然なことなのである。
勿論、そんな状態だったからといっても、食事の味が分からなかったというわけではない。
西洋的な料理だったそれは、考助にとっても十分すぎるほど美味しいと感じられるものだった。
夕食で十分な歓待を受けた考助たちは、そのままレンカと話を続けた。
ここでスコットとレンネは、用事があると退席をしている。
折角なのでレンカの希望通りに親の目がないところで楽しませようとしていることは考助にもわかったので、素直に了承しておいた。
そこでもレンカは話す内容が尽きることがないかのように、ずっと興奮したまま話し続けていた。
それは、世話役のメイドが来るまで続き、最後はごねるようにして部屋から退出して行ったのである。
宿泊用に用意された部屋に入った考助たちは、寝る前に少しだけ話をしていた。
話の内容は、レンカのことだったり、夕食に出た料理のことだったり、割と雑談に近いものだ。
そんな話の途中で、ふとフローリアが考助を見て聞いて来た。
「そういえば、コウスケはレンカをどうするつもりだ?」
「えっ? どうするってどういうこと?」
突然すぎる話題の変化に、考助は思わず驚いた顔でフローリアを見た。
言葉だけを聞けば、なにやら含みがあるように感じたのだ。
その考助に、フローリアは一度ため息をついた。
「やはり気づいていなかったか。もし例の件で、スコットが王家に問い合わせをすれば、ほぼ間違いなくレンカを利用しようとして来る者は出てくると思うぞ?」
一瞬何を言われたのかわからなかった考助だったが、すぐにフローリアが言いたいことを察して嫌な顔になった。
「別にそんなつもりはなかったんだけど・・・・・・といっても意味がないんだろうねえ」
「ああ、間違いなくな」
顔をしかめている考助に、フローリアは大きく頷いた。
あくまでも予想でしかないが、もしスコットが王家にテイマーと旅の話をすれば、そこから考助の存在がばれるかもしれない。
フローリアは、そうなった場合に、レンカが利用されるかもしれないと言っているのだ。
そこまで行くのには、様々な壁があるが、もしかしたら起こるかもしれない。
実際には起こらないかもしれないが、前もって想像しておくことは、何よりも重要なのだ。
初めから起こるはずがないと否定して、思考を停止させてしまっては、いざという時には何もできなくなってしまう。
フローリアを見て少しだけ考えた考助は、首を左右に振ってから答えた。
「まあ、別にそんなに悩む必要はないかな?」
「ほう?」
「レンカが助けを求めてくるなら助けるし、そうじゃないなら・・・・・・状況次第?」
微妙に曖昧なことを言ってきた考助に、フローリアは苦笑を返した。
前半はともかく、後半の答えを聞いて、考助らしく甘いなと考えたのである。
助けを求めていないのに、わざわざ手を貸すというのは、勿論状況にもよるが貴族社会ではありえない。
もっとも、フローリアは、そんな考助の考えが嫌いではないのだが。
そんな考助とフローリアに、シルヴィアが割って入った。
「まあまあ。コウスケさんも、ある程度はそういう可能性も考えてあの話をされたのですよね?」
王国の成り立ちともいえる話が、ただの伝説ではなく実際のものかもしれない。
そういう類の話はいくらでも湧いて出てくるが、今回はただの予想だという前置きをしているが、現人神というお墨付きを得ている。
さすがにそうなれば、王家に忠実な臣下としては簡単に無視することは出来ない。
必ずスコットは王族にだけ話をするだろうとは、考助も考えていた。
「まあ、そうだけれどね。あとは、スコットが王族にどう話をするのかにかかっているんじゃないかな?」
スコットが王族に話をする際に、考助の名前を出さなければ問題にはならない。
例え名前を出したとしても、わざわざ考助に喧嘩を売るような真似を王族がするとは思えないので、あまり心配はしていない。
問題は、どこからか話が漏れたときに、馬鹿な真似をする輩が出てくる可能性があることだ。
とはいえ、そんなことを考えていては、考助はなにも行動できなくなってしまうので、そこはそのときに考えるようにしているのである。
うーむ・・・・・・。
この話だけ見れば、なにやらフラグがビシバシ立っているような気がするのですが、そんなつもりは全くありません。
この先も面倒な輩は出てこない・・・・・・はずです。
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※昨日、「(3)過去の話」の話を見ていて気付いたのですが、カーディガン家を「侯爵家」としていましたが、正しくは「公爵家」になります。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。




