(9)自由なスライム
始まりの家の中では、そこかしこでスライムが闊歩(?)していたりする。
どこから入り込んでいるのかはわからないが、別に土だらけで入ってくるわけでもないので、考助を始め他の者たちも最近ではそれが当たり前になっているのだ。
スライムの間でどう区分けされているのかはわからないが、考助たちの邪魔をせず、気付いたらいるということが多いので、いつの間にか居つくようになったという感じだ。
考助がスキルを見て確認した限りでは、特定の場所に特定のスライムがいるわけではなく、結構頻繁に入れ替わっていたりする。
ただしそれは、一体のスライムが同じ場所にいるわけではないというだけで、ある特定のグループが似たような場所に集まっているように見える。
例えば、収穫された作物の運搬をしているスライムは、倉庫に出入りすることが多いので、それはそれで一つのグループといえる。
考助は、そのグループ分けがどうなっているのか、一度調べてみたことがある。
すると、ひとつのグループに属しているスライムが、ずっとそのグループに居続けるわけではないことが分かった。
要するに、最初にグループだと考えていたのは、単に場所で区切っていただけで、個々のスライムが好き勝手に自分の行きたいとこへ行っているということだった。
勿論、スライムの中には、ひとつの場所だけをずっと往復したり、居続けたりする者もいる。
結局のところ、それぞれのスライムの好みによって行動が分かれていると結論付けたところで、考助の分析は終えていた。
スライムの行動の分析は止めている考助だが、室内にいるスライムの観察は、時折思い出したときにやっている。
このときも、ちょうど視界に入ったスライムのスキルを見た考助は、ふとあることに気付いてシルヴィアを見た。
「そういえば、シルヴィアの研究室にもスライムって入っている?」
「・・・・・・え? それは勿論いますが?」
突然すぎる考助の問いに、シルヴィアは少しだけ間を開けてから答えた。
始まりの家では、スライムがいることが当然になっているので、実際にいたかどうか一瞬だけ思い出せなかったのだ。
予想通りのシルヴィアの答えに、考助はやっぱりかと頷いた。
「ということは、シルヴィアも作った薬品とかこぼしたりもしているんだ」
シルヴィアが自分の研究室で行っているのは、畑で作った薬草などを使って作る回復薬の作成などである。
聖職者にとっては、そうした薬の生産も大事な役目なのだ。
「うぐっ。それは、まあ・・・・・・ありますが?」
いくら手慣れた作業といえども、時には失敗してこぼすこともある。
そうした消したい事実を考助から指摘されて、シルヴィアは顔を背けながらもその事実そのものは肯定した。
それを見た考助は、手のひらを合わせながら謝った。
「いや、ゴメンゴメン。別にそのことをどうこう言いたいんじゃなくて、スライムのことで少し気になったことがあったから」
「・・・・・・なにかあったのですか?」
未だに少しだけ引きずっているシルヴィアは、相変わらず視線を逸らしたままそう聞いて来た。
「まあ、分かり易いと言えば分かり易いんだけれどね。スライムの中に、薬品系のスキルを持っているやつもいるからね」
「薬品系のスキル?」
考助が言っている言葉の意味が分からずに、シルヴィアは首を傾げた。
調剤だったり錬金というのがスキルとして存在しているのはシルヴィアも知っているが、考助が言った薬品系というのはまったく思い当たらなかったのだ。
そのシルヴィアに、考助は少しだけ首を傾げた。
「あれ? 言ったことなかったっけ? モンスターが持っているスキルの中には、それこそシルヴィアが作っているみたいな回復薬と同じような効果があるものがあるって」
考助はそう言ってからさらに説明を続けた。
モンスターの中には、回復魔法ではない明らかに薬品のような物に頼ったスキルを持っているものがいる。
それは、毒をまき散らす攻撃の逆パターンだと考えればいいだろう。
体の中で独自の薬を作り出したり、あるいは薬草などから薬効成分をため込んでいたりと、形式は様々あるが、それをスキルとして持っているのだ。
考助の中では、明らかに回復魔法とは別系統のスキルなので、敢えて薬品系スキルと呼んでいるのだ。
考助の説明に、シルヴィアが頷いた。
「ああ、そういうことですか。それでしたらわかります」
考助がこの世界に来る前、スキルという存在が明らかになる以前にも、魔法に頼らずに回復しているのではと考えられているモンスターは数多くいた。
中には、そうしたモンスターの特定の部位を集めて薬とすることも多くある。
薬品を作る知識があるシルヴィアにとっては、それはごく当たり前の知識なのだ。
頷いているシルヴィアを確認して、考助はさらに話を続けた。
「で、元はそんなスキルが無かったはずのスライムが、何でそんなスキルを持っているのかと考えたら、それが一番自然かなと思っただけなんだよね」
一瞬話がつながらなかったシルヴィアだったが、すぐに考助が何を言いたいのかわかった。
「なるほど。私がこぼした薬品だったり、薬草の破片なんかを取り込んで、それがスキルになったというわけですね」
「そういうこと。いつぞやのスライムみたいに、奇跡の果てに進化したというよりは、よっぽど自然だよね?」
「確かに、そうですね」
考助の言葉に、シルヴィアはクスリと笑った。
フロレス王国の王城に住み着いたスライムに関しては、考助はいまでも奇跡の産物だと考えているのだ。
リビングを這っていたスライムの一体を招き寄せた考助は、それをシルヴィアに見せた。
「さて、ここに調剤というスキルを持ったスライムがいます。この子に薬を作ってもらうように言ったらどうなると思う?」
「コウスケ様、まさか・・・・・・?」
そんなことはないだろうと思いつつ、シルヴィアは不安げな表情になった。
そのシルヴィアに頷いた考助は、そのスライムに向かって言った。
「君は、何かの薬が作れるのかな?」
考助がそう聞くと、スライムはその場でプルプルと震え出した。
ただし、残念ながらその意味は考助やシルヴィアにはわからない。
仕方ないので、考助は少し離れた場所にいた通訳を呼び寄せてからもう一度同じ質問をした。
「――と、いうわけなんだけれど・・・・・・え? あれ? 出来ないの?」
予想とは違った答えが返ってきて、考助は首を傾げてシルヴィアは安堵のため息をついた。
シルヴィアにとっては、スライムに調剤までされてしまっては、何のための聖職者なんだということになってしまうのだ。
だが、そのシルヴィアの希望を打ち砕くように、スライムの答えには続きがあった。
「あ~、なるほど。確かに材料が無いと出来るはずもないか」
調剤スキルでは、無から有を生み出すことは出来ないので、当然材料が必要になる。
この場にはその材料が無いので、薬を作り出すことは出来ないのである。
考助は、絶望的な表情になっているシルヴィアの肩をポンと叩いてから慰めるように言った。
「まあ、もうスライムに関しては、進化さえすれば出来ないことはないと思ったほうが良いかもね」
「それは、そうなのでしょうが・・・・・・常識が崩れすぎです」
考助の言葉に、シルヴィアは諦め切った顔でそう返答した。
ちなみに、この後で材料を渡したうえでちゃんと薬を作れるのかどうかを確認したのだが、そのスライムは材料分の薬を作り出していた。
その効果については、しっかりとシルヴィアが確認をしてお墨付きを得たのであった。
困ったときのスライム話とばかりに、スライムの話を書いている気がします><
(以前にでかい話を書いたので猶更そう思うのでしょうか?)
読者の皆様は飽きたりしていないでしょうか。少し心配な作者です。




