91話 最強
シスハの表情が苦痛に歪み、体がくの字にへし折られる。サトゥンの神速のごときひざ蹴りが彼女の光の守りを通過し、腹部に叩き込まれたのだ。
肺から吐き出される空気、息苦しさと激痛に苦しむ間もなくその視界は暗転する。下がった後頭部にサトゥンが組んだ両手で容赦なく叩き落としたからだ。
遥か大空から大地へ向けて急降下するが、必死に意識を取り戻し、背中の六枚羽を広げて大地ぎりぎりのところで落下軌道を変更した。
その判断はシスハの命を救うことになる。彼女を追撃せんと彼女の落下予定だった場所に、サトゥンが憤怒の表情で拳を突き立てたからだ。
彼の放つ拳は大地を抉り、その衝撃は闘技場の壁に亀裂を生じさせ。あまりに驚異的な破壊力にシスハは唖然とするしかない。あのようなものが直撃してはひとたまりもないのだから。
大地に拳を突き刺すサトゥンに対し、低空飛行で態勢を整え直しながらシスハは両手を彼へ向けて光を放つ。それはこれまでの光の剣という人間を確実に殺すものではなく、全てを破壊し尽くす大量破壊魔法。
全てを飲み込むほどの巨大な光魔球。このエセトレア城一帯を破壊することも可能な魔弾をシスハはサトゥンへ向けて解き放ったのだ。
光の魔弾はサトゥンへ牙を剥くように疾走し、彼への着弾は免れない状況だった。事実、シスハはサトゥンを飲み込む光景を幻視していた。
だが、その圧倒的な力を以ってしても今のサトゥンは倒せない。獣のごとき瞳で魔弾を捉え、彼はせまりくる死に対し、左の拳、その裏拳にて上空へと弾き返したのだ。
上空へと弾かれた魔弾は遥か空の上で爆発し、眩い程の光と轟音がエセトレアの空を包む。かなりの力を込めた魔弾、それを左手一本で防がれてしまった。これがシスハにとって悪夢以外の何だというのか。
奥歯を噛み締めながら、シスハは先ほどまでの余裕を完全に失った声でサトゥンへ言葉を投げつける。
「何なのよ……何なのよお前は!? これまでは私の足元にも及ばない脆弱な塵だったくせに、私の守りを貫いて魔弾を防ぐなんて……」
「言った筈だ、『俺』は貴様を絶対に許さんとな。何があろうとも、お前だけは『俺』がこの手で潰すぞ、シスハ」
「許さないですって……それはこちらの台詞よ! この私に『痛み』を感じさせた屈辱、死でも生温い!」
怒りに満ちたシスハは、体から解き放たれる光を自らの体に収束させ、その身を包んでいく。
光はシスハの体を黄金に包み込み、まるで光の鎧のようへと姿を変えていく。その姿はまさしく戦乙女のごとく。
絢爛な光鎧に身を纏わせたシスハは、湧き上がる己の力へ愉悦を零しながらサトゥンへ視線を落として口を開く。
「……この姿になるのはいったい何百年ぶりかしらね。『人間の体』では私の本気の戦いには耐えられない。ゆえに私に生み出した光鎧を纏わせることによって、真の全ての力を引き出すことができる。覚悟はいいかしら、ここから先にあなたに待つのは――」
「本当の力でも真の力でも好きなだけ引き出せばいい。『俺』がお前を潰すと言った以上、お前はここで終わりだ」
「――下賤な塵がぁ!」
狂気と怒りに身を焦がし、シスハはサトゥンに対して牙を剥く。
彼女が解き放つは巨大な戦斧。サトゥンの頭上に浮かぶ、闘技場を超える大きさの光の斧が容赦なく振り下ろされる。
このような物が突き立てられれば、サトゥンはおろか闘技場自体が破壊され、周辺で気を失っているエセトレアの人々も無事では済まないだろう。
まだ闘技場付近には多くの罪なき人々が、そして何よりも瀕死のリアンを救うべく仲間たちが奮闘しているのだ。
それら全てを無に帰そうとするシスハの一撃はサトゥンの怒りの炎に更なる油を注ぐだけに過ぎなかった。体から吹き荒れる魔の焔を激しく燃やしながら、サトゥンはシスハに向けて咆哮する。
「何の罪もない人々の命を奪うことすら躊躇わない――真の塵は貴様だろうがァッ!」
背中の羽を広げ、自ら光の戦斧へ向けて飛翔し、サトゥンは躊躇いもなく右拳をその刃へと振り抜く。
ぶつかり合うサトゥンの拳と光の斧。激しい衝撃は爆発を伴い、闘技場の空を激しく燃え上がらせる。
激しい爆煙に包まれ、サトゥンを仕留めたかと表情を緩めそうになるシスハだが、その表情はすぐに凍りつくこととなる。
爆煙から飛び出すように現れた戦鬼。身を焦がしながらもダメージをほとんど負っていないサトゥンがシスハへむけて強襲したのだ。
即座にシスハは仕留め損ねたことを悟り、右手に光の刀を生みだす。恐ろしいほどの魔力が凝縮されたそれを握り、シスハもまたサトゥンへ向けて飛翔する。
エセトレアの上空で、幾度となく重なり合う二つの影。サトゥンの蹴りがシスハの刀で受け止められ、シスハの刀がサトゥンの拳に弾かれ。
幾十、幾百と繰り返されたぶつかり合い。その果てに二人の戦いの均衡は敗れることとなる。サトゥンの荒れ狂う攻撃に、シスハが完全に防戦一方へと押し込まれ始めたのだ。力負けし始めたのだ。
否、その表現は少し間違いがある。拳を交え始めたときこそ、二人は確かに同等だった。だが、戦いを続けるにつれ、サトゥンの力が時間と比例するように上がり始め、その動きも加速し続けたのだ。
戦えば戦うほどに強くなるサトゥンに、シスハも信じられないと表情を驚愕に染める他ない。だが、手は止められない。手を止めてしまえば一気に嵐に巻き込まれてしまう。
やがて、必死の抵抗も空しく、シスハはサトゥンという名の狼に食いつかれてしまう。刀の下をすり抜け、サトゥンの左脚がシスハの右腹部へと貫通したのだ。
光鎧越しでも伝わるほどの破壊力、一度喰らってしまえば体勢などまともに保てるはずがない。弱った獲物へサトゥンは一気に襲いかかる。
シスハが蹴りによって後退させられると同時に右拳で彼女の左頬を打ち貫き、吹き飛ばされる彼女へ向けて容赦のない追い打ちをかける。
左手を開き、吹き飛ぶシスハへ向けて放つは黒き衝撃光破。暴れ狂う大蛇のごとき動きで、光はシスハを飲み込み牙を突き立てた。
しかし、シスハとて人間を超越する強者。サトゥンの追撃に対し、必死に光の障壁を生み出し押し広げることで、己へのダメージを最小限度へ抑えてみせた。
だが、それでもダメージは甚大だ。何とか空に留まるシスハがボロボロなのは誰が見ても一目瞭然だ。
体の傷、痛み以上にシスハの心に大きなダメージを与えることにサトゥンは成功している。真の力を解き放ち、それでもなお自分が上であると証明されたのだから、己が力に絶対の自信を持つシスハにとってこれほどの屈辱はない。
ワナワナと体を震わせながら、シスハはサトゥンを睨み呪詛のように言葉を紡ぐ。
「認められない、こんなこと絶対に認められない。私はこの世界を管理する者、『あの方』の遺志を継ぎ、世界を安定させる者。それをたかがこんな塵に……こんな塵に!」
悠然と佇むサトゥンを射殺すように睨みながら、シスハは両の掌に光を集める。
彼女の両腕に集まった光に呼応するようにサトゥンの存在する空、その左右に光の亀裂が生まれていく。
そして、シスハが目を見開くと同時に、その亀裂から光の巨拳、左右の腕が現れ、目にも止まらぬほどの速度でサトゥンの体を拘束したのだ。
サトゥンの動きを封じたシスハは口元を吊り上げて語る。
「ふふ、ふふふ……そう、私が負けるなど決してあってはならないこと。私はこの世界の管理者、『あの方』の後を継ぐ唯一の存在。さあ、終わりの時間よ。お前がどれだけ強かろうと、私を超えるなど決してありえない、許されない。その身体を串刺しにしてあげる」
「――やってみろ」
「最後まで減らず口を……消えなさい、魂ごと!」
拘束されたサトゥンに対し、シスハは光の剣を容赦なく降り注がせる。
光の巨拳に掴まってしまったサトゥンには、逃れる術などない。先ほどまでとは違い、今度は二つの拳だ。締め付け力は倍増しており絶対に逃れられるはずがない。
シスハの目論見通り、サトゥンの体に容赦なくシスハの放つ光の剣が突き刺さっていく。その数実に十二本、とてもではないが致命傷は避けられない。
歓喜に表情を緩ませ、口を開こうとしたシスハだが、サトゥンの様子の異常さに気付きその口を止めることとなる。
最初に浮かんだ疑問は、なぜ、サトゥンの体に剣が突き刺さっているのに血が流れないのか。ありとあらゆる臓器を貫いたはずの体からは一滴たりとも血液が流れていないのだ、驚かないはずがない。
いくら魔人とはいえ、人間と同じく数多の臓器を有し、血液を流動させて生きることに変わりはない。魔核こそ破壊されなければ消滅はしないだろうが、それでも動くことすら困難になる傷のはず。そこまで考えたとき、シスハの中で全てが一つの線につながった。
なぜ、サトゥンが急激に力を増加させたのか。彼の力は自身の十分の一以下でしかなかったはずなのに、どこからそんな力が湧いたのか。
なぜ、サトゥンの容貌が大きく変わったのか。そのような力を隠していたのなら、最初からその一手を打てば仲間は傷つくことすらなかったのではないか。
否、最初からこのような手を打てるはずがないのだ。サトゥンがこれほどの力を発揮しているのは、文字通り最後の一手。彼は『命』を燃やして戦っているのだから。
体に突き刺さった光の剣、その全てに痛みすら感じることもなく、サトゥンは怒りを露わにしてシスハに叫ぶのだ。
「このようなものを……このようなものを貴様はリアンに突き刺したのかァッ!」
サトゥンの咆哮と共に、一段と強靭に膨れ上がった肉体が、体に突き刺さった光の剣のことごとくを根元からへし折っていく。
全ての剣を己が肉体から排除し、サトゥンは大地が抉れるほどに強く地を蹴り、シスハへと強襲する。
一蹴にして目前に姿を現したサトゥン、彼の加速の乗った肘打ちがシスハの鳩尾へ深々と突き刺さり、光の鎧ごしでもシスハは激痛に咽ぶ。
吹き飛ばされるシスハへの追い打ちを防ぐために、サトゥンへと迫る光の両拳。それらに向けてサトゥンは両の掌をかざし、力を解放する。
「鬱陶しい……『俺』の邪魔をするなっ!」
その黒き雷撃は神の怒り。サトゥンから放たれた巨大な黒雷が両拳を容赦なく幾度と貫き、燃やし尽す。
この戦いの中で幾度とサトゥンの動きを抑制した光の拳は、そのたった一撃で消し去ったのだ。
恐ろしいまでの彼の一撃を見ながら、シスハは確信する。サトゥンがそこまで強くなれた理由、それは己が力を魔核から絞り出しているためだと。
魔核とは魔物、魔人の言わば心臓であり、魔力を有する者ならば必ず存在する体内の器官。そこから生成される魔力が循環する事により、その者の魔力量は決定され、魔法などで体外へと放出されても、時間をかけて循環し戻っていく。
だが、今のサトゥンはその循環を自ら断ち、魔核の機能を強制的に魔力の精製のみへと集中させている。それも信じられない程に酷使させて、だ。あまりの膨大さに、肉体を傷つけても瞬時に癒してしまう。だからシスハの攻撃でも血液の一滴も流れはしないのだ。
サトゥンの体に『魔』の特徴が現れたのもその理由だ。生み出されるあまりに膨大な魔の力に、体が耐えられずより適応する形を取ろうとしたため、今のような肉体になってしまったのだろう。
すなわち、彼が今発揮している覚醒している力は最後に強く燃え上がる蝋燭の炎のようなもの。それを確信したシスハは、口から流れる血を拭いながら、口元を吊り上げて指摘する。
「そう、そういうこと。どうしてお前がそれほどまでに急激に強くなったのか、ようやく分かったわ。お前は死を覚悟し、己の魔核から力を汲みあげ続けていたのね。そんな使い方をすれば、決して無事ではいられない。魔核が壊れれば、お前は死ぬというのに!」
「その前にお前を叩き伏せれば問題ない」
「上から物を語るなと言ったわ! 私は世界を管理する者、私は誰よりも強き者! それをお前如きに……!」
「分かっているだろう。お前はもう『俺』には届かん。お前の力では『俺』は倒せない」
「くっ……」
「もういいだろう。リアンの受けた傷の痛み、全て返させて貰う。哀れな最期を迎えるがいい」
「お前如きがっ、お前如きがっ……認めない、私が地を這うなんて、絶対に認められない! 死ぬのは――死ぬのはお前なのよっ!」
大きく空へ飛翔し、シスハは両手を空へと翳して己が力の全てを解放する。『人間の体』が耐えられずとも構わない、文字通り全てを賭した一撃だった。
大空を割るように生まれた光の亀裂。その中より出でるは、光の巨人。腕だけではなく、その上半身を亀裂より生じさせた姿はあまりに巨大。
その巨人が両手を胸元で構えて生み出すはエセトレア城すらも超えるほどの巨大な火弾。燃え盛る炎を空にかざしながら、シスハは狂ったように笑ってサトゥンに語る。
「消え去りなさい! お前も、お前の守ろうとする下らぬ人間たちも、何もかも!」
シスハの笑い声と共に、光の巨人が容赦なく火弾をサトゥンへ向けて解き放った。
そのようなものが大地に落ちれば、エセトレア城や城下町はおろか、この国一帯が消し飛びかねない、それほどの一撃だった。
想像を絶する破壊の力、それはまさしく裁きの炎。人間を滅ぼすための神の一撃とでも形容すべき力。
こんなものを着弾させるわけにはいかない。サトゥンは迷うことなくその身を宙へと投げ出し、大地へと迫る火弾を全身で受けとめようとするが、その力はあまりに強大過ぎた。
サトゥンが命を賭し、限界まで引き上げた力を以ってしても、押し返せない。じりじりと押されるサトゥンにシスハはけたたましく笑い声をあげながら勝利を確信するのだ。
「無駄よ! かつて愚かな人間たちが蔓延った下らぬ世界を滅ぼした破壊の力、お前如きに防げるものか! 消えろ、消えろ消えろ消えろ! 私に逆らった愚かな存在は全て消え去ってしまえ!」
うなりをあげ、大地へ向けて落下を続ける火弾に、サトゥンは必死で押し返そうとするが、後退するばかりだ。
このシスハの最大の攻撃、これを避けることはサトゥンにとって容易いことだった。火弾をすり抜け、シスハへ迫れば彼女を容易に倒すことができただろう。
だが、この攻撃を避けてしまえば、仲間たちはおろか、エセトレア全ての人間が死に絶えることとなる。そのようなことをサトゥンが認められるはずもない。
それを見抜いたゆえに、シスハは己の全ての力を破壊の力へと変換して解き放ったのだ。サトゥンが人間たちを、仲間を見捨てられないと分かっていたからこその狡猾な一撃だった。
そして、シスハはサトゥンの『命の炎』が長く持続しないと看破した。今のサトゥンは己が命である魔核を暴走させ、本来であれば在り得ぬ力を引き出しているに過ぎない。
ゆえに、このような力と力の拮抗状態へと持ち込めば必ずサトゥンが先に時間切れを迎える。それを踏まえた上での攻撃だったのだ。
どこまでも残忍かつ狡猾なシスハの最後の一撃。それは彼女の読み通り、サトゥンにとって窮地となる。
ただでさえ枯渇した魔力を無理に引き出し続け、シスハすらを凌駕する力を振るい続けてきたのだ。ここにきてこれほどの力とのぶつかり合いはサトゥンの力を激しく消耗させる。
限界は既に超えている。ここまで戦い続けたことを賞賛したいほどだ。だが、それでも終わりは訪れる。
シスハの火弾に押されながら、サトゥンは自身の体から力が抜け始めるのをひしひしと感じていた。燃え上がった激しい炎がゆっくりとその輝きを失い始めたのだ。
どれだけ必死に力を振るおうとも、圧倒的な力はサトゥンをじりじりと追い込んでいく。奥歯を噛み締め、どれだけ尽くそうとも、それでも届かない。
ゆっくりと大地へ近づいていくサトゥンと火弾に、シスハは今度こそ己が勝利を確信した。事実、既にサトゥンに押し返す力など残されていない。
大地が迫る。サトゥンの魔核も限界を迎えようとしている。全てが終わろうとし、サトゥンの心に絶望が侵食する、その刹那だった――彼の頭に『声』が響いてきたのは。
『――諦めるな! 絶対勝つってみんなに約束したでしょ、馬鹿勇者っ!』
「――マリー、ヴェル……?」
彼の脳裏に響き渡る少女の声。それは彼の愛する愛しき仲間の声。
いったいどうして。驚愕の表情を見せるサトゥンだが、声はマリーヴェル一人だけでは終わらない。
火弾を必死に押し返そうとするサトゥンの脳裏に、次々と仲間たちの声が響いてきたのだ。
『サトゥン様、負けないでください。リアンも今、必死に戦っています。あなたと再び会うために、必死に頑張っているんです』
「メイア……」
『今の俺たちにはこうして『声』を送ることしかできん。だが、それがお前の力になると信じている。負けるな、サトゥン』
「グレンフォード……」
『俺たちは旦那が負けるなんざ微塵も思っちゃいねえんだよ! 勇者は最強で最高なんだろ、旦那! 最強の勇者があんな奴に負けるなんて絶対にありえねえ!』
「ロベルト……」
『信じてる。サトゥンはどんな時でもみんなを幸せにしてくれるから。サトゥン、負けないで』
「ライティ……」
『信じた者の期待に応える、それが勇者だと君は言った。信じることが君の力になるのなら、僕は誰よりも君の勝利を強く信じてみせる。サトゥン、君の勝利を僕は疑わない』
「ラージュ……」
『リアンの治療に専念しているミレイアからも一言貰ってるわよ! 『約束破ったら二度と口をきいてあげません。ですから頑張って』って!』
仲間たちのサトゥンを支える声。その声は、サトゥンが彼らに与えた武器を通じて贈られた想い。
そう、彼らもまたサトゥンと共に戦っていた。サトゥンとシスハ、二人の戦いはあまりに世界が違い、手を貸せばサトゥンの邪魔になると痛感した。それでもなお、仲間たちは戦うことをやめなかった。
自分たちにできることを必死で考え、彼らは武器を通じてサトゥンに『声』を贈ったのだ。自分たちの想いが、少しでもサトゥンの力になるのならばと。
仲間たちの声に、サトゥンの心が震える。そしてこの戦いが自分一人で戦っている訳ではないと強く認識した。
そう、サトゥンは一人ではない。仲間たちに背を支えられ、想いを背負い、どこまでも一緒に戦い続けている。
一人なら心折れても、二人なら耐えられる。三人なら押し返せる。仲間たちと一緒なら、どこまでも最強になれる。
リアンを傷つけられ、復讐のために黒く染まった心が変わっていく。憎むためでも、呪うためでもない、温かな心。
その心を『取り戻した』とき、サトゥンは不思議な光景を幻視した。眩い光の中で、共に笑い並び歩く少年の姿。
胸を張り、ガハハと笑うお調子者の自分。そんな彼に、少年はとても楽しそうに微笑みながら、訊ねかけるのだ。
『サトゥン様。サトゥン様は勇者様なんですよね?』
『ふはは! 今更、愚問であるぞ! 私はリエンティの勇者の再来、勇者サトゥンである! 全ての者を救い、人々にちやほやされる存在である!』
『そうですね。サトゥン様は勇者様です。僕の家族を、大切な人々を魔物から救って下さった勇者様。どんなときでも、いつだって沢山の人の笑顔を守ってきた、僕の憧れ』
『そうだ! 私はいつだって、何度だってお前たちを救ってみせる! どんな敵だろうと、どんな困難だろうと絶対に負けぬ! それが勇者の使命であるからな!』
きっぱりと言い切るサトゥンに、少年は嬉しそうに微笑み返す。自信に満ちたサトゥンの姿が、少年は好きだったから。
共に並び歩くサトゥン。その姿には微塵の迷いもなければ陰りもない。どこまでも人のために、誰かのために強く在る少年の憧れた姿。
その姿に安堵し、優しく笑って少年は想いをサトゥンへと告げるのだ。
『サトゥン様、信じています。どんなことにもサトゥン様は負けないと。だってサトゥン様は――僕たちの『勇者様』なんですから」
『そうだ! 私は負けたりしない! お前たちの『勇者』であるかぎり、お前たちが信じてくれている限り、誰が相手であろうと――』
サトゥンの叫びを聞き、少年は微笑み溶けるように消えていった。
一瞬の合間に見えた不思議な幻想。だが、確かにサトゥンの胸に残る想いがある。胸に湧き上がる熱を感じながら、サトゥンは優しく笑みを零して言葉を紡ぐのだ。
「……そうだな、リアン。『私』は負けない。お前たちが、『私』を信じてくれるかぎり、『私』はお前たちの『勇者』でいられるのだから――」
その刹那、サトゥンの体を黄金の輝きが包み込んだ。
禍々しき黒き炎ではない、眩く大地を照らす優しき光。その光景にシスハは目を奪われる。
どこまでも慈愛に満ちた、全てを許容するように溢れる輝き。その光に身を委ねたサトゥンの体から溢れ出る新たな力。
否、それをシスハは知っていた。そのサトゥンの全身から放たれる光、それはシスハが誰よりも深く知っているものだった。
全身を震わせ、シスハは驚愕に表情を染めながら、震える声で必死に言葉を紡ぐのだ。
「そ、そんな……その力は、あの方の……なぜ、どうして、不完全なお前が……嘘、嘘よ……その力は、我が主、命神セトゥーリア様の――」
彼女が口にできたのはそこまでだった。眩き光を身に纏ったサトゥンが、火弾を押し返したのだ。
彼の掌から放たれる黄金の輝き。光の奔流が、全てを破壊するための火弾をシスハへと跳ね返したのだ。
襲う側から襲われる側へ。全てを呑みこまんとする火弾と黄金の輝きを前にしても、シスハは何の抵抗もできず、飲み込まれるしかなかった。
光の鎧を身に纏っていても、無事では済まない。圧倒的な力に飲み込まれ、シスハは完全に意識を失い、大地へ叩き落とされた。
白き翼も、光の鎧も、輝く巨人も。全ての力を消失させ、シスハは闘技場の地へ倒れ伏したのだった。
だが、その光景をサトゥンが見届けることはない。火弾を押し返すために、全ての力を使い果たしたサトゥン。
もはや何も映しだされていない瞳で虚空を見つめながら、サトゥンは最後に言葉を紡ぐ。
「……帰ろう、リアン……『私』たちの村へ、皆の待つ場所へ……帰ろうではないか……」
その言葉を最後に、サトゥンは完全に意識を闇に染め、大地へと落下していく。
けれど、その顔はどこまでも穏やかで。失われゆく意識の中で、サトゥンは幻の中で微笑む少年に向かって胸を張って言ってのけるのだ。
――見ていてくれたか、リアンよ。お前たちの信じる勇者は最強だっただろう、と。
勇者、サトゥン。
次話にて七章最後となります。ラストもしっかり頑張ります。長い長い章となりましたが、何卒よろしくお願いいたします。
また、お気に入り五千突破本当にありがとうございます。
まさかここまでこれるなんて、本当に思っておらず……ちょっとうまく文章で言えません、嬉し過ぎて、本当に……嬉しいです。本当に、本当にありがとうございました。
※本日の活動報告でメイアのキャラデザを公開しております。よろしければ是非。




