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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
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88話 流弓




 フリックが吹き飛ばされ、倒れてすぐにリアンたちはフリックを完全に無力化するための行動を取る。

 倒れたフリックを取り囲むようにそれぞれが武器を突き付ける。いくら無詠唱魔法が唱えられるとはいえ、この距離ならば攻撃魔法の発動より先に攻撃を加えることができる。

 フリックにとって距離をゼロに詰められるということは敗北を意味する事だ。

 床に横たわるフリックを見下ろしながら、ラージュがフリックに対して言葉を紡ぐ。


「終わりだよ、フリック・シルベーラ。君の愚かな夢はここで終焉を迎えることになる」


 ラージュの言葉に応じるように、空を包む紅結界がゆっくりと分解されつつある。

 グレンフォードが地下の動力源を破壊したこと、フリックの集中力が完全に切れてしまっていること、この二つの要因から魔法が構成できなくなっているのだろう。

 反応を示さないフリックに違和感をおぼえたロベルトだが、とりあえずの疑問を得物を向けたままラージュに訊ねかける。


「普通の人間ならここで拘束してしまえば終わりなんだが……魔法使いの場合、どうすりゃいいんだ? ずっとこのまま武器を突き付け続けるって訳にもいかねえだろうし」

「それは大丈夫だよ。フリックを無力化する手は既に打ってある。ただ、その前にこの男には大切な用があるからね」

「大切な用?」

「ああ、僕にとって何より大切な用だ。フリック・シルベーラ、僕の要求は分かっているだろう――リレーヌへ重ねがけしている忌まわしい傀儡の魔法を解け、今すぐにだ」


 ラージュの要求、それはリレーヌの解放だった。

 フリックは心を壊したリレーヌに対し、何重にも厳重に暗示の魔法をかけている。己とラージュの命令に逆らわず、道具として生きるように命じた魔法だ。

 これこそが、ラージュがリレーヌをフリックの前まで連れてきた理由。彼女をフリックと自身から解放すること、それだけのためにラージュはこれまで戦い続けたのだから。

 ラージュの言葉に、フリックが反応を見せる。重い口を、ゆっくりと開いて彼の言葉に応える。


「それがお前の戦う理由か。愚かな、優秀な道具と成ったリレーヌを自らの手で捨てるのか。お前の命令に一切逆らわない、全てを受け入れる最高の人形を。これの呪いを解放してしまえば、残されるは壊れた小娘だけだ」

「僕は道具を欲した訳じゃない。リレーヌの幸せを願っただけ……彼女には笑っていてほしかった、それだけだ」

「お前の左目を見ればリレーヌは何度でも思い出すだろう。私に命じられ、その手でお前の眼球を貫いた感触を、何度もな。滑稽だとは思わんか? お前がどれだけ望もうとも、リレーヌを想おうとも、それこそがリレーヌの心を責める最高の手段となる。お前たちは主従としてでしか、道具として用いられることでしか、共に歩むことはできん」

「てめえっ!」


 怒りをみせたロベルトを手で制し、ラージュは強い視線を向けたままフリックに口を開く。

 それはどこまでも強い意思、覚悟を貫いた、子どもではなく一人の男としての決意だった。


「それでも構わない。たとえ傍にいられなくてもいい。リレーヌが再び笑ってくれるなら、そこに僕がいなくても心から僕は喜べる」

「ラージュ……」

「もうフリックにも僕にもリレーヌは捕われてほしくないんだ。誰に命じられることも、強制されることもなく、全てから解放されて幸せになってほしい。心の傷を癒す場所はティアーヌに用意して貰っている。ゆっくり時間をかけて療養し、心の傷が癒えたとき――僕のことも、フリックのことも全て忘れて笑ってくれれば、それでいい」


 ラージュの望み、それはどこまでもリレーヌが幸せになることだった。

 それは純然たるラージュの想いで、他の感情の一切を排したどこまでも真っ直ぐな想い。

 彼が望んだのは、再び愛する人が笑ってくれること。幸せになってくれること。たとえその傍に自分がいなくても、それでも彼はリレーヌの幸せを望んだ。

 フリックの言う通り、リレーヌはラージュを見る度に心の傷を増やすだろう。触れようとすれば更に傷つく結果になるかもしれない。

 共に歩めなくても構わない。再びこの手をつなげずとも構わない。だけど、それでもリレーヌを幸せにする。それが自分に全てを与えてくれた愛する人へできる最後のことだから。

 ラージュの覚悟、それは何を犠牲にしてもリレーヌを幸せにすること。たとえ離れ離れになっても、決して後悔はしない。彼女の笑顔を、生きる意味を、温もりを教えてくれた人を、必ず救うと誓ったのだから。

 ラージュの胸の内、その全てを聞き終え、フリックは抑えきれないように突如として笑い声をあげた。それはどこまでも癇に障る笑い声で、その声に対し、ロベルトが苛立たしげに問いかける。


「何を笑ってやがる」

「笑わずにはいられんよ。ラージュの話を聞いて、己が胸に湧き上がった感情に気付いてしまえば、笑う以外何もない」

「何を言って……」

「この身は王の道具。王の夢を果たすためにのみ動き、そしてお前たちに破れ、私の手で夢を果たすことは叶わない。だが、それでも王の夢は終わらない。王の夢は私の手から『協力者』へと引き継がれた。ゆえにこの身は抜け殻、何の存在価値も意味もないと思っていたのだがね――ラージュの話を聞いて、私の中に初めて『願い』というものが生まれたよ」


 そう告げながら、フリックは手をそっとリレーヌへとかざして意識を集中する。それは明らかに魔法を行使する態勢だ。


「っ、魔法を使う気か!? やめろ、本気で武器を振り下ろすぞ!」

「構わんよ、この身は既に死人、私はいつ死んでも構わない。まあ、そうすればリレーヌは永遠に人形のままだがね」

「ぐっ……」

「ラージュよ、勝負はお前の勝ちだ。だがね、私の望みを聞いてくれ。お前の話を聞いて、私はお前を『壊したく』なった。愛する者を再び手にかけた瞬間に魔法を解く、そのときリレーヌは取り返しもつかぬほどに壊れてくれるだろう。それをみたときのお前の顔が、私は見たい。どこまでも純粋なお前を、この手で汚したい。さあ、見せてくれラージュ。お前が壊れるその瞬間を――『リレーヌ、命令だ。ラージュを殺せ』」


 青白き光がリレーヌに向かって放たれ、彼女がラージュに向けて腰の刃を突き立てる――その瞬間が訪れることはなかった。

 フリックがリレーヌに魔法の光を注ぐよりも早く、彼女に向けて他の魔法がかけられたのだ。放ったのはライティ。彼女はリレーヌに対し、強制的に眠りの魔法をかけていた。

 完全に意識を失ってしまったものに、傀儡の魔法は効果を為し得ない。ゆっくりと倒れかかるリレーヌを抱きとめながら、ライティはラージュに向かって言葉を紡ぐ。


「『視た』よ、ラージュ君。傀儡の魔法、その構成、全部はっきりと分析できた。ラージュ君の言う通り、これだけは紅結界とは別物だった。解く方法もすぐに分かると思う」

「っ、小娘、いったい何を……」

「ありがとう、ライティ。そしてフリック・シルベーラ、やっと最後のカードを表にしてくれたね。その瞬間を待っていたよ」


 口元を緩め、きっぱりと言い放つラージュ。彼の言葉に、ようやくフリックは己が掌の上で踊らされたことを理解する。

 そう、ラージュは最初からフリックが自分からリレーヌの呪いを解くことなど有り得ないと考えていた。彼は最後の最後まで『道具』としてしか見ていないリレーヌを利用するだろうと考えていた。

 ただ、それがいつなのかが分からなかった。最初に対峙したときに人質として使うのか、戦いの最中に伏兵として用いるのか、この土壇場まで残しておくのか。

 だからこそ、ラージュは常にライティとリレーヌ、三人で固まって行動していた。リレーヌへの手札を切られたとき、すぐにライティが動けるように。

 ラージュがライティに頼んだのは、リレーヌの意識を奪うこと、そしてフリックの魔法の解析だった。

 彼女が魔法解析に長けた力を持っているのは以前食事を共にしたときに教えられた。どれだけ距離が離れていようとも、ライティは視界に入れた魔法がどんなものか、どのように使われているのかを分析解明することができる。その力こそが、ラージュにとって何より重要だった。

 フリックの魔法、発動をライティが一度でも見たならば、それをもとにリレーヌを解放する魔法を作ることができる。フリックの手で解放されないことが分かっていたからこそ、ラージュは自分の手で解放するためにライティを頼ったのだ。

 あとはフリックに如何にカードを切りださせるか。そのためにラージュは幾重にもフリックへ誘いをしかけた。リレーヌが自分にとってどれだけ大切か、リレーヌの為に動いているかを口にし続けた。それはラージュの純粋な想いだが、リレーヌを救うためにラージュはその感情すらも手札として用いたのだ。全てはリレーヌを救うために、ラージュは見事フリックのカードを引き出した。

 表情を歪めるフリックに対し、ラージュは流弓を構えながら彼へ言葉を紡ぐ。


「『情』を『知らない』君が、僕の言葉を聞いてリレーヌを解放するなんて微塵も思わない。『情』が通じるのは『人間』相手だけ、君は『道具』なんだろう?」

「貴様……」

「何よりリレーヌを最後まで『人間』として見ていない相手を僕が許すはずもない。フリック・シルベーラ、長い付き合いだったけれど、これでようやくお別れを迎えられる。長い長い『悪夢』はこれで終わり、僕たちは現実へ向けて歩き出すことができる」


 ラージュの右手に生まれる青白く輝く光の矢。それは全てに終わりを告げるための、ラージュの想いを込めた牙。

 その矢を限界まで引き絞り、ラージュは躊躇することなくフリックへと矢を放った。その矢はフリックの胸へと突き刺さる。

 だが、フリックの体からは血液一つ流れない。何の異変もないかと思われた刹那、フリックの体に変化が起こる。


「な、何だと!? 私の体から魔力が、魔力が消えていく……馬鹿な、在り得ぬ!」

「僕の左目は『力の流れ』全てを映し出す。そして僕の得意とする魔法は、他者の力の強化と弱体。さて、ここで問題だ。人間が魔法を行使するとき、魔力の流動を経て解放に至るわけだけれど……その流れを発動直前に堰きとめてしまえば、いったい何が起こると思う?」

「馬鹿な……そんなこと、実現できるわけが」

「血液の循環を止めてしまえば人が生を為せぬように、魔力の循環を最低限度まで絞ってしまえば、魔法使いは魔法を行使できない。終わりだよ、フリック・シルベーラ。『魔法使いとしての生』を断たれた君に、『優秀な道具』として生きることなど許されない」


 魔法の封印、それこそがラージュの打った一手だった。

 あまりに大掛かりな魔法かつ、的確な場所を射ぬく必要があるため、戦闘時では使えなかった最後の切り札。

 また、この魔法を使うためには『リレーヌへの魔法』を使って貰った後でなければならないという制約もある。当然、彼女への呪いを解明するためだ。

 この数年間、ラージュはフリックを倒す為に様々な魔法を考えていた。そして辿り着いた魔法封印、それはラージュの左目と全てを的確に射抜く流弓だからこそ成し遂げられる奇跡の魔法。

 魔法を抑えることで、二度とフリックは戦えなくなる。魔法こそが彼の全てであり、戦う手段だったのだ。飛ぶ翼をもがれた鳥は二度と大空へはばたけない。

 鬼の形相で睨みつけるフリックに対し、ラージュは弓を下げて歩み寄りながら吐き捨てるように言葉を紡ぐ。


「分かるかい、フリック。君は僕に負けたんじゃない、『僕たち』に負けたんだ。ロベルトが、ライティが、リアンが、アレンが、そしてリレーヌが共に戦ってくれたからこそ、僕の手札は全て有効に働いた。一人では決して届かなかった未来を掴むことができた。全てを見下し、他を利用して捨てるだけの君には理解できないだろう?」

「ラージュ貴様あああああああっ!」


 どこまでも小馬鹿にしたようなラージュの言葉に、フリックは彼へ向けて襲いかかろうとしたが、それが届くことは無い。

 己の体に強化魔法をかけたラージュが放った鋭い蹴りが、彼の顎を捉えたからだ。ラージュの蹴りによって顎を砕かれたフリックは頭からバルコニーに叩きつけられ、今度こそ完全に意識を失った。

 地に倒れたフリックを見下ろしながら、ラージュは胸を張って言い放つのだ。


「フリック・シルベーラは殺さない――だから僕は死よりもつらい現実を君に与えたつもりだよ。己の全てだった魔法を失ったまま、余生を送るといい。それが彼女を――僕の大切なリレーヌを傷つけたことへの罰なのだから……ちょっとやりすぎだったかな?」


 全てを終え、軽く息を吐き出してラージュは仲間たちに笑みを零す。

 そんなラージュに対し、仲間たちは武器を収め、笑って彼へ首を振る。顎を砕かれ、頬は腫れ。見事にボコボコになったフリックだが、そんな彼に同情する余地は微塵もないらしい。

 そんなラージュに対し首に腕をまわしてロベルトが笑って祝福する。


「最後の最後までひやひやさせやがって! どうなることかと思ったじゃねえか!」

「まさかここまでリレーヌの手札を隠しておくとは思わなかったからね。でも、本当にありがとう――君たちのおかげで、リレーヌを救うことができる。やっと彼女を……」

「おっと、泣くのは早いぜ。泣いて喜ぶのは全部がきっちり終わってからだ。話を聞く限りじゃ、どうも今回の件は『黒幕』を潰すまで終わりじゃないらしいからな」


 そう言ってロベルトの視線の先、そこにあるのは闘技場。

 そこでは今、サトゥンたちが最大の敵と戦っている筈だ。フリックがおぞましい夢を託した協力者――巫女シスハと。

 真剣な顔でまっすぐ見据えるロベルトだったが、足元からかけられた声に一瞬にして霧散させられる。


「ロベルト、助けて。リレーヌ、私じゃずっと支えられない」

「……そりゃ確かに無理だな。ほら、貸してみな」


 ライティからリレーヌを渡され、ロベルトは軽々と気を失った少女を背に抱える。

 その際に背中に当たるライティでは決して味わえない感触を役得として感じつつも、表情には決して出さないことにする。後が怖いからだ。

 そんなロベルトはさておき、槍を背に抱え直しながらリアンは訊ねかけるように言葉を紡ぐ。


「これでエセトレアは救われたのでしょうか? あの紅結界も」

「ああ、それは大丈夫だよ、リアン。ほら、空を見上げるといい。あとは時間をかければゆっくりと全てが消えてくれるはずさ」


 ラージュの言うように、エセトレアの空を包んでいた紅結界は崩れつつあった。あと数時間もすれば、完全に元通りの青空に戻るだろう。

 先ほどロベルトの言った通り、あとは元凶であるシスハを倒すだけだ。次の目的の場所は語るまでもない、サトゥンの待つあの場所だ。


「それじゃ、下でグレンフォードの旦那と合流しつつ、闘技場へ向かおう……っと、フリックの野郎はどうする? このまま放置するのは流石に拙いだろ?」

「こいつは私が背負っていこう。これまでの罪、首謀者としてしっかり責任を取ってもらうつもりだ」

「そうか、頼むぜアレンさん……じゃなくて、いや、ええと、ソラル第一王子?」

「ふっ、今はアレンで構わんさ。私も今は共に戦う『戦友』なのだろう?」


 アレンの言葉に、ロベルトは話が分かると気楽に笑い、仲間たちと共に地上を目指し階下へ駆けていく。

 彼らの戦いはフリックを倒してもまだ終わらない。闘技場にいる巫女シスハを打倒して、初めてこの舞台には幕が降りるのだから。




















 神速と神速。マリーヴェルとメイア、そしてクラリーネの戦いは休む暇すら与えない風神たちの共演だった。

 シスハに与えられた力によって、身体能力がはねあがったクラリーネ。彼女の黒翼から生み出される突撃の加速は全てを置き去りにするほどだ。

 普通ならば、彼女の姿すら視界に捉えることなく対峙する者は平等な死を与えられるのだろう。だが、クラリーネと刃を交え続ける二人の戦女神もまた神速の域に達する強者。

 闘気を巧みに操り、稼働に必要な部を器用に強化し、驚異の戦闘センスによってクラリーネの速度に比肩するマリーヴェル。

 風魔法による補助、そして彼女特有の直感によって決して後れを取らないメイア。

 身軽さ、瞬発力。英雄の中でも速さに特化した二人だからこそ、クラリーネの動きにも決して後れを取らずに済んでいるのだ。逆に言えば、二人を以ってしてもなお置き去りに出来ぬほどの速度をクラリーネは有しているということ。

 互いに神速を有しあっているならば、戦闘は拮抗状態を保っているのか。否、そうではない。戦局に対し優劣ははっきりしている。追い詰められているのは、身体能力が遥かに二人を上回っているはずのクラリーネだった。


「はあああああっ!」


 大空に飛翔し咆哮、そこから獲物へ喰らいつくかのように滑空するクラリーネの剣撃を紙一重で避けるマリーヴェル。それをクラリーネは忌々しげに表情を歪めるが、息をつく暇などない。

 攻撃を避けられ加速し続ける彼女の先には必ずメイアが待ち構えている。すぐさま二の刃の準備をしなければ、メイアの手によって瞬きする間もなく切り伏せられてしまうことをクラリーネは理解している。

 振り抜いた蛇剣を引きもどし、空で待ち構えるメイアの一閃を必死に受け止める。何とか傷を負うことは避けられたが、現状がクラリーネにとって非常に旗色が悪いものとなっていることに変わりがない。

 剣を二人と幾度と交えるなかで、クラリーネははっきりと認識させられていた。マリーヴェルとメイアがクラリーネの攻撃の速度に対し、完全に見切り始めていることを。

 戦闘前は彼女に分があった。戦闘開始の時点でもクラリーネが二人を圧倒していた。だが、時間を重ねれば重ねるだけ、徐々に天秤が二人へと傾き始めて止まらなくなってしまったのだ。

 まるで真綿が水を吸うかのように、二人はクラリーネの速度に慣れていく。恐ろしき学習能力と適応力。今では完全に手玉に取られているとしか思えない。マリーヴェルを攻撃すれば、その裏にはメイアの反撃が。メイアを攻撃すればその裏にマリーヴェルの追撃が控えている。

 二人から離れ、鬼の形相でにらみつけるクラリーネに対し、剣を手の中で遊ばせながらマリーヴェルは挑発するように言葉を紡ぐ。


「実際、あんたの力はたいしたものよ。最初は本当に驚かされた。身体能力の強化による破壊力、速度、どれをとっても一級品だわ。神様だか何だか知らないけれど、その力を玩具を与えて貰った子どものように自慢して回りたくなる気持ちも分からないでもないくらいね」

「戯言を……ならば何故だ、何故私の攻撃がお前たちに通用しない」

「簡単に説明してあげる。一つは私もメイアも『それ以上』を経験しているということ。確かにあんたの力は凄いわ。だけどそれはリアン以上でもグレンフォード以上のものでもない。確かにあんたの速度は驚異的だわ。だけど、私たちにとってこの速度は『日常』なのよね」


 マリーヴェルの説明通り、彼女もメイアもキロンの村において幾度となく鍛錬を繰り返し続けていた。そのなかで仲間内での模擬戦闘など日常茶飯事だ。

 確かにクラリーネの力も速度も驚異的だが、彼女たちはそれを超える相手と幾度も闘っているのだ。知っているからこそ、置いていかれるはずもない。

 そしてマリーヴェルの言葉に続けるように、メイアが口を開く。


「二つ目の理由は、あなたの本来の力と与えられた力との不適合さです。全ての身体能力が強化され、獣の如き荒れ狂う力は確かに凄まじい物がありますが、その力が逆にクラリーネさんの本来の強さを押し殺してしまっています」

「なんだと……」

「あなたの本来の戦い方はマリーヴェルから聞いています。そして、剣を交わしてみて確信を持ちました。あなたは本来、受けて返すことを得意とする戦士なのでしょう。自ら強引なまでに動くのではなく、相手を巧みに誘導し、空間を奪い取り、狩人のごとく冷静に相手を封殺する。そのような戦い方を磨いてきたのではありませんか? なればこそ、今のあなたの不自然さに説明がつきます。確かに力、速度は派手に映りますが、まるで経験と技術が伴っていないのです。それでは魔物や魔獣の突進となんら変わりません」


 メイアの説明にクラリーネは目を見開いて言葉を失うばかりだった。その話は、かつてどこまでも戦士であった彼女だからこそ納得のできるものであった。

 シスハに与えられた力は、確かにクラリーネに人間を遥かに超越した力を与えた。どんな相手をもねじ伏せる、破壊の力。

 だが、それは果たしてクラリーネ・シオレーネという『戦士』が追い求めた戦い方だっただろうか。否、断じて否。その力には、彼女が十数年もかけて磨き抜いた剣技など何一つ関係がない。獣のごとく力に酔い、暴虐の限りを尽くすまさしく魔物の力だ。

 そこに技術の裏打ちも経験も何も載せられてなどいない。そう、クラリーネは大きな勘違いをしていたのだ。与えられた力があまりに強大過ぎるゆえに、この力の前に蹂躙出来ない相手など存在しなかったがゆえに、見落としていたのだ。

 強大な力を持つ魔に対し、対抗するために磨き抜かれた力、それこそが人間の剣技。どんなに身体能力に差があろうとも、それを技術や経験で覆すことこそが人間の強さ。

 二人に対し、クラリーネが後れをとるのは当たり前のことなのかもしれない。自分がかつてそうであったように、目の前の二人は『戦士』として当たり前のことを当たり前にこなしているだけなのだ。人間を捨てた魔物の『力』に対し、人間が磨き抜いた『技』で対処する、ただそれだけのことなのだから。

 だが、それがクラリーネにとっては我慢ならない。頭でどこまでも理解出来るからこそ許せない。認められない。

 鬼のような形相へと変わり、悲鳴のような声をあげながらクラリーネは二人に対し蛇剣を振るう。


「認めん! この力がお前たちのような戦士の『技』に敗れるなど、それだけは絶対に認められんのだ!」


 強引なまでに蛇剣を力づくで振り下ろし、大地を破砕しながらもクラリーネの怒涛の攻撃は終わらない。

 荒れ狂う暴風、だが彼女の攻撃はマリーヴェルにもメイアにも掠ることすら許されない。完全に見極められている、完全に動きを読まれている。

 シスハに与えられた能力を以ってしても、所詮それは単調な攻撃。技術に裏打ちされた力ではないただの暴力。クラリーネ本来の強さ、良さを全て打ち消してしまっているものであり、修羅場を幾度も潜り抜けてきた二人には届かない。

 何度も繰り返し剣を交わしたことで、クラリーネにはそれが痛い程に理解している。マリーヴェルとメイアの強さ、それは戦士として積み重ねた強さだ。

 多くの強敵との死闘を重ねてきたのだろう。どこまでも真っ直ぐ上を目指して剣を振るってきたのだろう。かつてクラリーネが持っていたものだからこそ、彼女にはそれがどうしようもなく伝わってしまう。だからこそ、認められない。それを認めてしまえば、『今ここにいる自分』の全てを否定されてしまうから。


「お前たちに負けてしまったならば、この身はいったい何だというのだ!? 戦士としての生き方を奪われ、人間としての生も失い、ただの化物として生きることしか許されなかった私が、どうしようもないほどに憧れた生き方をするお前たちに破れてしまえば、この身はただの道化ではないか!」

「クラリーネ、あなたは……」

「憎い、憎い、お前たちが憎い! 私だってそんな風に生きたかった! 剣に生き、戦士として生を貫く自分を誇りたかった! お前たちと私、いったい何が違ったというのだ! お前たちは汚れ一つしらず剣に生き友と競い合い、私はただの化物に成り下がり! ああ、誇れるものか、こんな強さなど何一つ誇れるものか! 憎い、私から全てを奪った巫女シスハが憎い、そしてそれ以上に綺麗なままで凛と咲くお前たちを妬まずにはいられない私自身が何より――っ!」


 それ以上クラリーネが呪詛を吐き捨て続けることは許されなかった。彼女の言葉を強制的に切り捨てるようにマリーヴェルが加速し、剣を振り抜いたからだ。

 彼女の振るう月剣はクラリーネの頬を掠め、薄皮一枚をもっていく。距離を取って剣を構え直すクラリーネに対し、マリーヴェルは一度二度と剣を軽く振って言葉を紡ぐ。


「アンタの事情なんて正直どうでもいいのよ。私たちにはアンタの泣き事をゆっくり聞いてあげられるほど時間もなければお人好しでもない。『苦しかった』、『つらかった』を零したいだけなら、その辺に穴でも掘って一人で吐いてなさいよ。鬱陶しいったらありゃしない」

「マリーヴェル、貴様……」

「今、大切なことは常に目の前で進行している私の目に映る世界よ。その世界において、沢山の人々の命を脅かそうとしている馬鹿が存在している。そしてアンタはその馬鹿の下らない計画に加担している。アンタをぶっ倒さなきゃ、サトゥンやミレイアのところにいけないし、巫女シスハって奴はぶっとばせない。だったら私たちは問答無用でアンタを叩き潰すしかないじゃない。私はね、自分から行動を起こさず、嘴を開いてピーピー文句を言って餌を待つだけの馬鹿を救うつもりなんて微塵もないの」


 そう言い放ち、マリーヴェルは再び大地を疾走する。彼女の恐ろしく回転の速い剣舞に、クラリーネは歯を食いしばって必死に対応する。

 マリーヴェルの剣はまさしく技術の結晶、その一振り一振りに数多の言葉を込めた戦士の剣だ。一手ごとに先の戦局を見据え、相手の思考を絡め取るがごとく振るう狩人。

 剣を振るうごとに闘気が纏わり、小柄な少女の一撃から恐ろしき破壊力が生み出される。その暴風の中でも、マリーヴェルは淡々とクラリーネに語り続ける。


「事情は微塵も知らないけど、アンタがシスハに『弄られ』て『そう』なったのは察しがついてる。けど、同情する点なんて何一つないわ。アンタには『シスハから離れる』という選択肢が存在したはずよ。それを選ばず、未だあの女のために剣を握り続けてる時点で話にならないわ」

「見透かしたように……貴様に、貴様に何が分かる!」

「何も分からないし分かるつもりもないっつってんでしょうが! 人の話ちゃんと聞いてんのかこの馬鹿! 私はアンタみたいな奴が一番嫌いなのよ!」

「好き勝手言ってくれる! お前はシスハの本当の力を目の当たりにしたことがないから好き勝手言えるんだ!」

「え、何? アンタ単にあの女が怖かっただけなの? 色々理由付けてウジウジ言ってたけど、結局怖いから逆らえませんってこと? ばーか! 何が戦士の道よ、笑わせるわね! 臆病風に吹かれたなら剣なんてさっさと捨ててしまえばよかったじゃない!」

「それだけじゃない! 私にとって巫女に仕えることは私の全てだったんだ! 六使徒に選ばれたとき、喜ぶ私に巫女シスハは……」

「だーかーらー! 不幸自慢なんか聞くつもりはないって言ってるでしょ、このヘタレ! 怖かったから巫女に逆らえませんでした、それで十分よ! はっ、情けないアンタにお似合い過ぎて笑えてくる理由じゃない!」

「断じて違う! 発言を取り消せマリーヴェル、それは私の戦士としての沽券に関わる言葉だ!」

「アンタちょっと前に自分で戦士じゃないっつったでしょ!?」

「それはそれ、これはこれだ!」


 いつのまにか、二人は完全に足を止め、それどころか剣すらも打ち合いを止めていて。

 互いの額をぶつけあい、至近距離でこれでもかと言葉を激しく応酬するマリーヴェルとクラリーネ。一人困り果てるのはメイアだ。

 先ほどまで生きるか死ぬか、本気の剣をぶつけあっていたはずの二人なのに、なぜか今、互いに本気で怒り合い、醜い罵倒合戦を繰り広げている。こんなときにどうすればよいかなど、流石のメイアの経験にも存在しない。

 とりあえず、マリーヴェルを落ち着かせようと、メイアはマリーヴェルを必死に宥めながら、彼女を背後から抱きしめ無理矢理クラリーネからひきはがす。まるで子供の喧嘩を仲裁する母親のごとく。

 ただ、気が晴れないのはマリーヴェル。狼の如くうなりながら、クラリーネに対して指をつきつけてきっぱりと言い放つ。


「何度も言うけど、アンタの過去とか背負ってきたものなんて微塵も興味はない! けどね、今のアンタは心から気に入らないわ! いつだって大切なのは『今』でしょう!? 今、この状況で、『今この瞬間のクラリーネ』が本当に『望む』ことは何なのよ!? シスハの悪事に手を貸し続けたいなら剣を握ってかかってきなさい、容赦なくその羽をむしり取って手羽先にしてあげる! だけど、もしもシスハの悪事に加担していることを嫌だと思っているのなら、その心のままに行動しなさいよ! 中途半端な心で私たちの前に立つな剣を向けるな戦おうとするな! 相手する私たちにとって迷惑なのよ!」


 腹の底から声を張り上げてどこまでも自分中心に意見を述べるマリーヴェル。それは彼女がクラリーネを救ってあげたい、助けてあげたいなどという善意の気持ちから出たものでは、決してない。

 ただ、目の前の女の在り方が気に食わなかった。苛立たしかった。だからこそ、胸の内に溜まってるモヤモヤをそのままぶつけた。それだけだ。

 彼女を想った言葉ではない、だがそれが重要だったのかもしれない。どこまでも突き放すマリーヴェルの言葉に、クラリーネは反論すら出来ない。押し黙る彼女に、剣を再び向けようとしたマリーヴェルを抑えながら、メイアが言葉を続ける。


「クラリーネさん、言葉は確かに悪いですが、私もマリーヴェルの意見に同意します。あなたがどんな過去を経て巫女シスハに力を貸しているのかは分かりません。どれほど重いものを背負わされ、理不尽な過去を持っているのか想像すらできません。ですが、『それ』と『エセトレアの人々の命』には何の関係もありません。あなたが戦士としての生き方を望んでいたならば、その剣は弱き人々を守るために磨いてきたのではないですか。その剣を向ける相手は、本当に私たちで後悔はないのですか」

「だが、私は……」

「剣に迷わず、後悔を残さず。私やグレンフォードさんが何度もこの娘たちに繰り返し教えていることです。あなたの剣に迷いはありませんか、その迷いが後悔を生みませんか。あなたの……」

「ああもう、メイアそういうのいいから! こういう奴はね、強引にでも目を覚ましてやるのが早いのよ」

「マリーヴェル、あなたって娘はもう……」


 嘆息をつくメイアを余所に、マリーヴェルはつかつかとクラリーネに歩み寄り、彼女に対して右手の星剣をつきつけて睨みながらきっぱり言い放つ。

 それは拒否すら許さぬ、どこまでも自分の道を行く彼女らしい言葉で。


一対一サシでやりましょう、クラリーネ・シオレーネ。メイアには手出しさせない、私とアンタだけのね。アンタが勝ったら私はこの先へ行くことを諦めるし、必要なら私の命は好きにするといいわ。煮るなり殺すなり好きにしなさいよ」

「ほう、ではお前が勝利した場合は何を要求するつもりだ? マリーヴェル・レミュエット・メーグアクラス」

「命を差し出してるんだから、当然私も見返りにアンタの命を貰うわ。私が勝ったら、アンタのこれからの一生を私に寄越しなさい。アンタがこれから先、寿命で死ぬまで私がこれでもかってほどにこき使ってあげる。とんでもないド田舎の山奥であの馬鹿に振り回されて毎日を生きていたら、下らない巫女様のことなんて考える余裕すらなくなるでしょうよ。どうするの? 受けるの? 逃げるの?」


 どこまでも挑発的なマリーヴェルの言葉に、クラリーネは一瞬言葉を失い、やがて笑みを零す。

 それはこれまでの暴力に捕われた瞳ではなく、人間としての熱を持った瞳。軽く息を吐き、クラリーネはメイアに視線を向けて愉悦混じりで訊ねかけるのだ。


「冷静沈着で狩人のような女だと初対面のときは思っていたのだがな。これがこいつの素顔なんだな」

「ええ、とても優しい娘でしょう? ミレイアに対しても小さい頃からそうなんですが、優しくしようとすると不器用にしか振る舞えないみたいで」

「余計な雑談はいいのよ! それでどうするの?」

「勿論受けるさ――感謝する、マリーヴェル。どうやら『私』の死に場所がようやく見つかったようだ」


 黒き翼を広げ、マリーヴェルと距離を取るように紅の空へ舞い上がり、蛇剣を強く握りなおすクラリーネ。

 対するマリーヴェルも、どこからでも迎撃できるように足幅を広げ、腰を落として双剣を構える。それはマリーヴェルの本気でかかってこいという意思表示。

 戦士に言葉は要らない、剣を交わすことが何よりの会話。そんなマリーヴェルの意思をひしひしと感じながら、クラリーネは口元を緩めて全速力で滑空した。

 もはや自身ではマリーヴェルに届かないと分かっていても、それでも。


 どこの誰よりも戦士として生きたはずだった。だが、剣の腕を認められ、六使徒となり、巫女シスハと出会い、全てを奪われた。

 六使徒となって、初めて与えられた命令はレーヴェレーラ国内の増え過ぎた国民の『間引き』。巫女の命に逆らおうとした者は目の前で殺された。

 彼女も断固として断ろうとしたが、幸か不幸か彼女はシスハにとって切り捨てるには惜しい才能と力があった。

 だからこそ、シスハは彼女に対して説得を行った。結果、彼女は『二本』で折れた。彼女が涙ながらに頭を垂れたのは、父と母が亡骸と化して間もなくだった。幼き弟がその手にかかる前に、彼女はシスハに屈したのだ。

 幼い弟を守るために、彼女はどんなことでも行った。守るべき民を命じられれば殺した。戦士としての矜持も全て失い、そこに在るのは命じられるままに他を蹂躙する化物。

 無辜の民と愛する弟、その二つを天秤にかけ、彼女は弟をとった。人間としては正しく、しかし戦士としては失格。初めて民をその手にかけたとき、彼女は戦士でいることを捨てた。

 弟を守るために必死で奔走した。そして、彼女の働きに満足したシスハに何か褒美が欲しいかと問われたとき、クラリーネは迷うことなく弟の解放を願い出た。自分はどこまでも墜ちても構わない、だから弟だけはと必死に懇願した。

 そんな彼女に対し、シスハは笑って弟を彼女の前で呆気なく殺した。呆然と我を失うクラリーネに対し、『六使徒に巫女より優先する人間など存在してはならないでしょう』と当然のように笑って告げた。

 そこから彼女は狂った。シスハに刃を向ける度、彼女の目の前で何の罪もないレーヴェレーラの人間が殺された。逆らえば逆らうほど、その数が増えていった。

 そして彼女は折れた。シスハに逆らわなければ、少なくともレーヴェレーラの人間は殺されない。自分が理由で誰かが死ぬこともない。クラリーネはシスハに屈服させられたのだ。

 それからの日々は語るまでもない。シスハの命じられるままに便利な人形として使われ続けた。どんな汚れ仕事でも淡々とこなした。

 自らに絶望し、己が意思で死のうと願えどそれも叶わない。シスハの体に植え付けられた呪いは『自刃』を禁じられている。

 そう、クラリーネは常に求め続けていたのだろう。己に死を与えてくれる者の存在を、生きる全ての意味を失った己の死に場所を、罪を重ね続けた自身に断罪の鎌を振り下ろしてくれる死神を。


 そして今、彼女の目の前には全てに相応しい少女がいる。

 彼女は今では完全に忌々しい呪いの力を凌駕し、クラリーネを完全に圧倒している。恐ろしき天賦の才、恐ろしき修練の積み重ね。

 一つ、また一つ呪いによって強化された身体能力を超えられる度にクラリーネは歓喜せずにはいられない。

 戦士に負けるのだけは認められないと思っていた。『過去』に自分が失ったものを持つ者に超えられることだけは許せないと思っていた。

 だが、そうではない。全くの逆なのだ。忌々しきこの力を乗り越える者、それは彼女のように戦士でなければならなかったのだ。

 かつての自分が憧憬し、追い求めた力が、戦士としての輝きが、この力を正面から叩き潰す。それは何と痛快なことだろう。

 マリーヴェルの振るう剣がクラリーネの反応速度を上回り、彼女の右翼が叩き切られる。地に叩きつけられてなお、クラリーネは笑う。

 そうだ、自分が見たかったのはこの光景なのだ。シスハの生み出した化物を、人間の力を積み上げた戦士が打ち破る。これこそが、自分が夢見た世界ではないか。

 蛇剣を杖に立ちあがり、クラリーネは残された力の全てを使い、マリーヴェルへと駆ける。それはまさしく神速、人を超越した力。クラリーネの振り下ろす蛇剣、それをマリーヴェルは紙一重で避け、返す刃で彼女へ剣を振り上げた。

 右腰から左肩にかけて振り抜かれた刃はクラリーネの体を切り裂くことなく『通過』し――マリーヴェルは訊ねかける。


「アンタが『人間』ならここで終わり。アンタが『化物』なら次は覚悟を決めて刃を振るわなきゃならない。あとはアンタが自分で決めることよ――アンタは『人間』なのか、それとも『化物』なのか」


 マリーヴェルの問いかけに、クラリーネはそっと蛇剣を手放しながら、言葉を返すのだった。

 力を使い果たし、羽を失い髪の色も元に戻ったクラリーネは、ゆっくりと膝から崩れ落ちながらその言葉を。


「決まっている――私の負けだ、マリーヴェル。私は『化物』ではなく『人間』でいたいから、な」

「そう。それで『後悔』しないなら、しっかり胸を張って生き続けることね」

「辛辣だな……やはり殺してはくれないか」

「前にも言ったでしょ、私の剣は殺す為じゃなくて守る為にあるんだって。それに、殺したらこれから先アンタをこき使えないじゃない。泣き事すら出ないくらいこき使ってあげるから覚悟しなさいよ、それこそ『生きている今』を心から感じさせるくらいにね」


 剣を収めながら小悪魔のように笑うマリーヴェル。そんな彼女を見上げながら、クラリーネもまた笑みを零すのだ。

 自分にその資格はないと分かっている。今まで多くの人間を手にかけてきた自分が許されるとも思わない。

 だが、何も残らぬ死を選ぶよりは、今一度あがいてみよう。全てを諦めた情けない自分に手を差し伸べてくれた少女に報いるために、どんなに格好悪くても探してみよう、贖罪の道を。

 それに、彼女たちならば負けないかもしれない。自分のように心折れず、彼女たちならば立ち向かえるかもしれない。

 胸に宿る僅かな希望、これが現実になることを必死に祈りながら、クラリーネはメイアとマリーヴェルに肩を貸されてゆっくりと立ち上がるのだった。二度と下を向かぬように、『化物』ではなく『人間』として。








???「活躍の時はきた! ふははは! 真打ちは遅れてやってくる、古来よりの格式美、美しきしきたりである!」 次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。本当にここまで長かった……最後までしっかり頑張ります。


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