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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
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86話 奥底






 エセトレア城、その地下深くにある巨大な一室。その場所に現れた侵入者の姿を見て、魔法使いは感心したように声を漏らす。

 その男は、この部屋に置かれている数多の魔石と魔石からの魔力抽出装置の管理をフリックから直々に命じられていた。

 そしてこの場所に侵入者が訪れたときには、どのように『処理』をしても構わないと許可をもらっている。愉悦を漏らしながら、男は椅子から立ち上がり、その侵入者へと訊ねかける。


「ようこそ、侵入者君。この部屋に無断で足を踏み入れたということは、自殺願望があると受け取っても構わないのかね?」

「どうやらラージュの推測は当たっていたようだ。この山積みされた魔石の力を利用しているのか。早急に破壊する必要があるな」


 侵入者の男は、魔法使いの声が届いていないように魔石の山を見上げ、視線すら向けようとしない。

 それが魔法使いの男にとって酷く癇に障る。彼はひどくプライドの高い男であり、このような扱いをされることに怒りを覚えずにはいられなかった。

 苛立たしげに吐き捨てるように、魔法使いは侵入者に対して声を荒げる。


「フリック様の右腕である私を無視するなど……侵入者、貴様、そんなに早く死にたいのか! ここに侵入してきた者をどう始末するかの裁量は全てフリック様より一任されているのだぞ! エセトレア魔法院にて『旋風のエヴァンジェ』と謳われる私の恐ろしさをその身に……」

「おい、そこのお前。そこは危ないから通路へ下がれ」


 魔法使いの男の言葉を遮るように、侵入者は背中の斧を抜き、魔石の山へ武器を構える。当然、その視界に魔法使いは入っていない。

 そこで、侵入者の男が魔石の供給装置を破壊しようとしていることに気付き、魔法使いは嘲るように笑って忠告する。


「無駄だ無駄だ。その供給装置を含む部屋の全てには、私たち魔法院の優秀な魔法使いが何重にも重ねがけた魔法障壁が張られてあるのだからな。たとえ巨大竜に踏まれようが、傷一つつけられない鉄壁の要塞なのだぞ。己の無力さを思い知……」

「もう一度言う。そこのお前、さっさと通路に避難しろ。自発的に避難しないのならば多少手荒に事を進ませてもらう」

「っ! 話を聞かぬ凡愚が! この部屋の全てに私たち最高の魔法使いが施した障壁が張られていると言っただろうが! 装置も壁も床も全て傷一つつけられや……」

「――ハァァァァァ!」


 魔法使いの男がそれ以上言葉を続けられなかった。侵入者の男が金色に輝く斧を振り抜き、その斧から放たれた光の刃が真っ直ぐに魔石に向かって飛翔し、巨山の一角、魔石を『切り裂いた』のだ。

 絶対に通らぬはずであった堅牢な魔法壁を一太刀で切り裂いた侵入者。その光景に魔法使いは言葉を失い間が抜けたように口をあんぐりと開いて絶句する他ない。

 だが、彼が更なる驚きの光景を目にするのはそこからだった。魔石とは魔力の塊、エネルギーの結晶だ。それを外的衝撃により破壊してしまえば、当然その魔石に蓄えられた魔力は溢れだし、行き場のなくなった力は勢いよく外に放出され爆破という形をとる。

 小さな石ころほどの大きさの魔石ですら、民家を照らす数十年分のあかりとなるほどの力が込められているのだ。それが一気に何十個も破壊されてしまえばどうなるか。次々と連鎖反応のように爆破を重ね、魔石たちが生み出した爆風は全てを飲み込まんとするかのように部屋中へと襲いかかる。

 その光景に魔法使いは恐怖を抑えきれない。魔石を破壊したときに生み出される破壊の力は魔法使いのそれとは比較にならない。たとえエセトレア魔法院の全ての者が協力して爆破魔法を唱えてもこれほどの破壊力は生み出せないだろう。

 愚かな侵入者が魔石を破壊できるなどとは微塵も思っていなかった。魔石自体が頑強であり、更に障壁を重ねがけしている、こんな事態になるなどいったい誰が想像できるだろうか。

 混乱の境地に達した魔法使いの頭だが、彼の脳裏に導かれる結末は、己の死のみ。この爆風を前に生き延びられる人間などいやしない。

 壁や床は魔法壁があるので耐えられるだろうが、生身の人間はそうはいかない。訳の分からぬままに死にゆく己の運命を悟り、腰を抜かしかけていたそのときだった。

 向かいくる激しい爆風に対し、侵入者は振り下ろしていた斧を全力で振り上げて再び咆哮をあげたのだ。


「ガアアアアアアアッ!」


 侵入者の振り上げた黄金の大斧から再び解き放たれる光の刃は大地を奔り、全てを呑みこまんとする紅き爆風をなんと真っ二つに切り裂いたのだ。

 男と魔法使いの居る場所を避けるように爆風は二つに別れ、部屋の背壁へと叩きつけられる。

 だが、破壊の嵐は簡単に獲物を見過ごすつもりはない。壁に叩きつけられた破壊の風は、背後から舞い戻るように再び侵入者と魔法使いへと襲いかかる。

 前に後ろに全ての方向から迫りくる爆風。今度こそ終わりかと思われたが、その侵入者は予期していたかのごとく冷静に対応する。

 風が舞い戻る刹那、男は魔法使いの男を右足で蹴り、無理矢理通路へと叩き込んでいた。

 振り上げた斧を再び構え直し、己が体の中心線を左の軸足に固定し、そこから駒のように大きく円を描いて斧を旋風のように振り回したのだ。

 たとえるならそれは黄金の竜巻。男を中心に光り輝く斧から放たれる暴風は全ての爆風を容赦なく喰らうように押し返していく。

 男が爆風を殺し続けるなかも、魔石の誘爆は今もなお続いていく。次々と室内で激しく光を放って爆発し、魔力の嵐を解き放つ魔石。その衝撃に対し微塵も怯むことなく、そして微塵も慌てることなく正面から打ち勝ち続ける侵入者。

 現実とは信じがたいこの光景だが、魔法使いの男はそれを最後まで見届けることができない。化物染みた侵入者――グレンフォードの手加減した蹴りの衝撃にも耐えきれず、哀れその魔法使いは完全に通路の奥で意識を失っていたのだから。

 ローナンの英雄グレンフォード。彼が単独でこの部屋に辿り着くまでに無傷で倒した魔法使いの数、九十一名。ロベルトが認定したサトゥンの次に『人間の常識の外』に位置する男である。






















 複数同時魔法展開。それは魔法の天才であるラージュやライティですら使うことができない、まさしく神域の技だ。

 フリックの行使するそれがどれほど厄介な代物であるのか、リアンたちは苦戦を以って痛感させられていた。

 槍を握り、リアンが不規則な足運びでフリックへ加速しようとするが、それは叶わない。リアンが加速をするために膝を軽く曲げた瞬間、必ずその機にフリックの放つ炎球が足元に飛んでくるからだ。

 戦闘の動きには呼吸というものが必ず存在する。リアンだけではない、誰しも行動を起こそうとするときには必ず始動の『呼吸』が生じる。それは言うなれば決して消すことが出来ない戦闘の隙だ。それをフリックは決して見逃さない。

 リアンの行動を必ずしも視界に入れている訳ではないだろう。何せ彼は六人もの相手を同時に行っているのだ。常にリアンの動きを注視することなど決してできるはずがない。

 だが、フリックは必ずリアンの起点を潰すのだ。完全に動きを制されたリアンは、フリックとの距離を詰められず一定距離に貼り付けられるしかない状態が続いていた。

 距離という点ならば、まだロベルトやアレンの方がフリックに踏み込んでいる。特にロベルトはあと一歩のところまで何度も踏み込んでいるのだ。

 だが、彼らもあと一歩のところでフリックの魔法に阻まれる。あと一歩踏み込めば捉えられる距離、そこでロベルトに襲いかかる暴風。

 全てを薙ぎ払うような、メイアの風魔法とは比べ物にならぬ魔法で、ロベルトとアレンはバルコニーの床に何度も叩きつけられてしまう。

 では、後衛の三人ならばどうか。ライティとラージュは魔法で、リレーヌは矢を放つことで距離をとったまま放つことができるだろう。だが、三人は無防備に立つフリックへ向けてそれらの攻撃を躊躇い放てずにいる。

 その理由は、フリックの用いる防御魔法が原因だ。彼は三人が放つ遠距離攻撃に対し、水面のように景色を映し出す盾の魔法で対応していた。

 彼の生み出す魔法の盾は、遠距離からの魔法や矢を全て別方向へ逸らしてしまう恐ろしき魔法だった。その魔法の盾によって、ライティやラージュの魔法が流れ、リアンやロベルトたちへと方向を何度も変えられてしまったのだ。

 味方の流れ弾ほど戦場での動きを鈍らせるものはない。遠距離からの魔法の援護が、逆にリアンたちの足を引っ張る結果となってしまいかねず、ラージュたちは無造作に攻撃ができずにいた。

 再びあと一歩のところまで踏み込んだロベルトだが、待ち構えていたように雷撃の雨が彼へと降り注がれ、床を転がるようにして必死に回避する。

 一気に詰めたはずの距離は振り出しへと戻る。ロベルトに駆けよる仲間たちをみても、フリックは追撃はしない。彼が行うのは、向かってきたリアンたちに対する迎撃のみ。フリックは床に這うロベルトをみて愉悦を零すだけ。


「ロベルトさんっ!」

「問題ねえっ! くそ……忌々しいけどよ、認めるしかねえ。あいつは……フリックは、本当に強え」

「でも、ロベルトはあそこまで近づけてるよ。あと一歩でフリックに届くところまで」

「いや、そうじゃねえライティ。俺が踏み込めてるんじゃない、あの野郎はわざと俺を近づけさせてるんだ」

「どういうこと?」

「あいつは俺たちの実力を即座に見抜き、即座に判断してやがる。俺が一番弱く『危険が少ない』と判断したから、あそこまで踏み込ませてからでも十分に対応できると踏んでいるのさ。逆にリアンは一番『危険が高い』と判断したんだろうよ、さっきからまともに前進すらさせてねえのがその証拠だ」


 立ち上がりながら吐き捨てるロベルトの言葉に、フリックは少しばかり驚いたような顔を見せ、賞賛の言葉を送る。


「どうやらただの愚図ではなかったようだな。視界に映る光景から情報を拾うことすらできぬ塵だと見誤っていた。実力の腕はともかく、目と判断は悪くない」


 どこまでも上から語るフリックだが、そのように見下すに値するだけの実力が確かに彼には備わっている。

 戦闘開始からフリックが一歩も動いていないのがその証拠だ。リアンたち六人がかりの猛攻にも関わらず、フリックを動かすことすら叶わない。

 まるで簡単な作業でも繰り返しているかのように、フリックは魔法を自在に操り、文字通りリアンたちで『遊んで』いるのだから。

 遊ばれていることが分かっているからこそ、リアンやロベルトの胸には悔しさが溢れてたまらない。一秒でも早く止めなければならないのにフリックを止められない。

 悔しさを押し殺す仲間たち。どうすればフリックの複数同時魔法を突破することができるのか。戦闘センスすらも超一流、戦士としてではなく魔法使いとしての極みに立つ男と対峙した経験はリアンにもロベルトにも存在しない。彼らの経験則から対処法を導けないのだ。

 何か手はないか、フリックから距離をとって必死に思考を働かせる仲間たちに、小声でラージュが言葉を紡ぐ。


「僕に一つ案がある。奴を、フリックを『ぶっとばす』ための考えがね。一度でいい、乗ってくれるかい?」

「是非もねえ。俺たちは今、正直打つ手を失ってるんだ。ラージュ、お前の頭が頼りだ」

「僕に出来ることなら何でもする。こんな凶行は、早く終わらせなきゃ駄目なんだ」

「どんなことでも協力する。頑張る」

「あの男を止められるなら、この命を失おうとも構わん」


 仲間たちの同意を得て、ラージュは小声で簡単に作戦を説明する。フリックに聞えぬよう、遮音の魔法すら用いて。

 時間にして数十秒ほどの簡単な説明だが、ラージュの意図は全員が把握した。人は希望を心に宿したとき、瞳に力を取り戻す。

 改めて向き合い、各々の武器を構える姿をみて、フリックは愉悦をこめて訊ねかける。


「私を倒す算段はついたのか? お前たちの希望、ラージュ・ムラードの思考が私の思考を超えることができればいいのだがな」

「超えられるさ。今の僕は一人じゃない、一人では不可能なことも仲間となら超えられる」

「他を圧倒する智を持っていながら、リレーヌや他の人間に依存しようとする。その心の弱さがお前の脆弱さだ」

「脆弱で結構。こんな『喜び』を感じられるのなら、僕は喜んで弱者になろう」

「便利な道具でい続けたならば望むものを与え続けてやるつもりだったが……お前もリレーヌと同じだ。己の意思、ましてや私に逆らう自我を持つ道具など塵と同義だ」

「僕の望むモノはいつだって唯一つ、リレーヌの笑顔だけさ――そのためにもフリック・シルベーラ、お前を必ず超えてみせる!」


 ラージュの咆哮を皮切りに、仲間たちは己の役目を果たすべく動きだす。

 フリックに対して進撃を開始する前衛三人だが、配置がこれまでとはがらりと一変する。これまで三人固まって一点集中を試みていたのだが、今はそれが二方向へと別れている。

 フリックの正面からリアンが単独で攻め入り、その正反対、フリックの背後からロベルトとアレンが切り込む。

 その動きを見て、フリックは瞬時にラージュの狙いを推測する。これまでの攻めとは違い、明らかに意思と采配を感じさせる動き、先ほど何かを話し合っていたことといい、これがラージュの策であることは明白。

 言うなればこれは戦場の駒を用いたラージュとフリックの盤上戦。初手の動きで、フリックは濁った瞳で戦場を観察して一手を打つ。

 先ほどまで同様、リアンの動きを事前に制しつつ、ロベルトとアレンの選択を観察する。フリックにとって唯一厄介なのは、リアンの爆発力と推進力だ。これまで何度も戦ったことで、唯一危険の可能性を感じたのは、槍戦士の人間離れした身体能力のみ。

 だが、それも先んじて手を打ってしまえば何も恐れることはない。リアンの動きを制すれば、前衛で恐れるものはない。

 確かにロベルトもアレンも良い動きをしている。だが、常識を超えるほどの力はもっていないことをフリックは看破している。

 遠距離攻撃という武器が三人にはない以上、彼らは近づいて攻撃を行うしかない。それぞれ個々の相手を定めた距離に貼り付ければ、彼らを無力化することは容易いことだった。


 たとえ二手に別れたところで、フリックの作業は変わらない。リアンに注意を払いつつ、魔法を行使していたフリックだが、残る『後衛』たちの動きにも変化が現れた。

 ラージュ、ライティ、リレーヌの放つ魔法と矢が次々と放たれていく。狙いをフリックではなく、ロベルトとアレンに向かう魔法に向かってだ。

 二人に向けた攻撃魔法を相殺されたが、フリックは動揺なく炎の壁を生みだして二人の進軍を阻害する。そして、後衛の動きの変化からラージュたちの狙いの大凡を推測した。

 今、彼らが放った魔法や矢は明らかにフリックを倒すためのものではなく、ロベルトとアレンを援護するためのものだ。すなわち、ラージュたちはフリックを攻めるための本命をリアンではなくロベルト・アレン組へと託したのだろう。

 リアンは完全に警戒され、回避行動以外の動きへ移れない。フリックの意識は明らかにリアンに重きを置かれている。ならばこそ、軽んじているロベルトとアレンの方が踏み込める可能性は高い。彼ら二人を援護すること、そしてリアンへの注意をひきつづけることで、二人を最大限に動かせるようにしたいのだろう。

 ラージュたちの狙いを読み取ったフリックは、口元を緩めて言葉を紡ぐ。


「なるほど、理に添っている。だが、それだけだ。相手の思惑が読み透けている攻撃ほど対処しやすいものはない」


 無詠唱で解き放たれる新たな魔法。それはフリックを中心に光の球が大きく広がっていき、衝撃となって仲間たちを襲う。

 逃げ場のない魔法に、リアン、ロベルト、アレンは防ぐことができず吹き飛ばされてしまう。尻餅をつきながら、ロベルトは悔しげに言葉を漏らす。


「全方位にぶっ放す魔法まであるのかよ、くそっ」

「威力は控えめだが、防壁代わりには十分過ぎるだろう? ラージュよ、まさかこれで終わりだというつもりはあるまいな。このような浅知恵で私を仕留められるなどと思っているわけではないだろう。私を失望させてくれるなよ」


 起き上がり、再び飛びかかるリアンたちに、フリックは淡々と対応していく。

 リアンは相変わらず一定距離に貼り付けたまま、ロベルトとアレンの動きに対応する。ことごとくその進撃を受けとめ、序盤戦ながらフリックの思考は詰めの際を読み始めていた。

 彼の頭にあるのは、ラージュの『切り札』。それをいつ切り出すのか、どうやって誘い出すか。戦闘の終盤戦のことへと向けられていた。

 思考に耽るフリックに対し、魔法を回避しながらリアンが言葉を投げつける。それは温厚な彼には珍しく、怒りのこもった声で。


「どうして、どうしてこれだけの力がありながらエセトレアの人々に、ラージュ君に酷いことをするんですかっ!」

「力があるからこそやるのだろう。弱者では出来ないからこそ、強者である私がやっている、それだけのことだろう?」

「違いますっ! 力はそんなことの為にあるんじゃない、力は他の誰かを大切にする為にっ!」

「その理屈ならば私の力は正しき用いられ方をしていると言えるな。私の力は自分の為ではなく全て王の為に使われている。力も命も、全ては王のために」

「何が王の為だ! お前はそのグランドラ王を殺し、おぞましい怪物にしちまったんだろうが!」

「何を勘違いしている。私の王はグランドラにあらず、私にとっての王は常にただ一人――先代バララド王のみ。私の生きる理由、行動の全ては王の為に。王の命令をこなすことこそ、私の喜びなのだからな」

「ッ――バララドの亡霊がっ!」


 怒りに捕われたアレンに対し、フリックは魔力を圧縮させた光を放つことで迎撃する。

 貫通力に特化した魔法は、危険を察知して援護したライティの魔法を貫きアレンへと疾走する。ライティが減衰させたおかげで、紙一重のところで回避できたが、完全に無傷とはいかなかった。

 顔の横を光が通過したことで、アレンの目を覆い隠していた仮面に掠ってしまったのだ。その衝撃に、仮面はアレンの顔から弾け飛び、乾いた音を立てて割れてしまった。

 初めて露わになるアレンの素顔。齢を重ねてなお整った容貌、だがそれすらも印象から消えうせるほどの怒りのこもった瞳。

 その顔を見て、アレンの正体に気付いたフリックは笑い声をあげて言葉を紡ぐ。


「ククククッ、そうか、どこかで聞いたことのある声だとは思っていた。ああ、忘れたくとも忘れられない顔だ。その顔は私と王の夢を壊そうとした愚か者の顔ではないか。刺客を放てど死体は見えず、どこかで野たれ死んだのだろうと思っていたが、まさかクシャリエの小娘に身を寄せて復讐の時を窺っていたとは思いもよらなかったぞ――ソラル第一王子よ」


 フリックの言葉に、ラージュ以外の全ての者が驚愕する。

 ソラル第一王子は、かつて馬車にてラージュの話に出てきたエセトレアの第一王子のことだ。

 王位争いにて弟に破れ、自害したはずの悲劇の王子。死んだはずの男がなぜ生きているのか。アレンと名を偽り、担い手としてクシャリエにいたのか。

 その理由は彼の復讐の色に染まった瞳が物語っている。彼は全て知っていたのだ。刺客を送られ命を狙われ、国を追放された上に、自害されたなどと虚言を流された理由も。愛する弟が殺された理由も、全ては目の前の男と愚かな父王にあることを。


「ソラル王子、お前なら分かるだろう? 私が誰よりも先王の意思により動いていることを。私には理由がある。行動を起こすだけの理由も、力もな。このエセトレアの光景も、先王の願いを形にしたに過ぎんのだ。『実験』は成功した、グランドラを用いた全てを蹂躙するための『兵器』の調整も協力者である巫女に託した。あとは戦火を広げるだけで私と王の夢は叶う。エセトレア全国民を『駒』にして、世界全ての国々との『戦争』を起こす我らの夢がな」

「何が戦争だ。お前たちの望みは他国を支配する戦争ではない――この世界全ての人間を殺し尽すための『虐殺』ではないか!」


 アレンの糾弾に、フリックは初めてその素顔を露わにした。それは狂気に彩られた最高の愉悦。

 最早、その素顔を隠そうと努力する事もなく、フリックは下品なまでに表情を崩して笑うのだ。


「――『虐殺』、か。それは実に『素晴らしい』な。この世界全ての愚物が苦しみ抜いて死に絶えたならば、さぞや王は喜ばれるだろう」


 そこにあるのは人間ではなく、『壊れた』魔法使い。

 そう、フリック・シルベーラは完全に壊れ切っていたのだ。この世界に生きる人間の誰よりも、闇深く歪に。








グレンフォード「オノむそう。オノむそう。オノむそう。オノむそう」 次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。終わりが見えました、あと七話、八話できっと、おそらく、はい。

七章完結に向けラストスパート、しっかり頑張ります。


※8/3 18:50追記

アレンの追放された~の部分を変更しております。

自害したの間違いでした。大変申し訳ありません。



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