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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
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85話 沸騰




 城内に突入し、最上階を目指すリアンたち。

 彼らの行く手を阻む瞳を紅に輝かせた兵士たちと指揮者たる魔法使い。その対処にリアンたちは想定していたものとは全然違う方向に苦戦を強いられていた。


「っ、あの馬鹿ども、またでけえの撃つつもりかよ!? ライティ!」

「任せて――『光は雲を貫き、闇を払って大地を照らす』。奔って、閃光』


 視界に入った魔法使いの詠唱を見て、ロベルトはライティに声を上げる。

 いつものようにロベルトに背負われてはおらず、床に足をつけているライティは杖をかざして詠唱。そして魔法使いの魔法よりも早く光を放つ。

 ライティのあまりに早過ぎる発動に、魔法使いは詠唱を止めて回避行動を取ろうとするが、時すでに遅し。

 兵士たちの間を縫って駆けていたロベルトが魔法使いへ一気に肉薄しており、それに気付いた魔法使いが驚きの声があげるが。


「な、いつの間にっ」

「気付くのが遅えよ! おらっ!」


 ロベルトは魔法使いの鳩尾を容赦なく蹴り上げる。

 日々グレンフォードに鍛えられた脚力による蹴りは強烈であり、魔法使いを悶絶どころか一瞬で気を失わせるには十分過ぎる威力を秘めていたようだ。

 壮絶な痛みに泡を吹いて倒れる魔法使い。倒れ伏す敵を見下ろして、ロベルトは足を上げたまま言葉を放つ。


「へっ、仲間のなかでも一番『お優しい』俺でよかったな。これがリアンやメイアさんの蹴りだったら、口から魂吐いて昇天してたところだ」

「ロベルトさん、呼びましたっ!?」


 声の方向へ顔を向けると、そこには槍を両手に通路を飛びまわるリアンの姿があった。

 仲間たちの先陣を切るリアンは、通路の途中にある扉を開いてまわり、中に潜んでいる魔法使いの伏兵を一人で次々と気絶させていた。

 その方法が床に足をつけず、壁を足場に飛びまわり、扉を槍で粉砕して突入という滅茶苦茶にもほどがある方法だ。

 最近、彼の敬愛する勇者や師匠たちのように、人間を辞め始めているのではないかと思えてきた弟分へ『なんでもねえよ』と断り、ロベルトは再びライティたちと合流して先を急ぐ。


 リアンやロベルトが最上階へと急ぐ中で立ち塞がる魔法兵や操られた人々。彼らははっきり言って今のリアンたちの敵ではなかった。

 いくら魔法が使えるとはいえ、リアンもロベルトもライティも邪竜王の聖地を生き残った強者だ。ロベルト的にはそのなかにカウントされたくはないかもしれないが、それでも苦戦するような柔な鍛錬をキロンの村で積み重ねた訳ではない。

 操られた人々の動きは緩慢、そして魔法使いの放つ魔法はライティや竜少女ラターニャのブレスと比べられないほどにお粗末な速度。

 これでは鍛え抜かれた彼らは止められない。ましてや、共にいくラージュやリレーヌ、そしてアレンは担い手クラスの人間なのだ。

 ではいったい彼らが何に苦しめられているのか。それは魔法使いが操られている人々を巻き込むことを前提とした攻撃魔法を放ってくることだ。

 彼らは操られている人々が死のうがどうでもいいとでもいうように、リアンたちへ向かって魔法を放ってくる。

 ゆえに、道中の魔法使いは一人残らず意識を奪わなければならない。もし放置して逃げようものなら、リアンたちごと攻撃するために容赦なく魔法を放ってくるのだから。

 思わぬ時間のロスを生んでしまうが、人命優先、こればかりはしかたがない。何よりこの場には優秀な人間が数多存在する。

 リアンとライティの働きは言わずもがなだが、特に大きな存在はラージュだ。彼はこの戦場において、一番魔法使いを『狩り』だしているのだから。

 廊下を駆けながら、ラージュは再びその口を開く。


「後ろからまた来てるね。魔法使いの数は五人かな」

「またかよっ! 悪いラージュ、頼めるか?」

「当然さ。しかし彼らも気前が良い――フリックと対峙する前にこんなにも『試し撃ち』をさせてくれるだなんてね」


 場に足を止め、ラージュは左手に持つ黒き弓を誰もいない廊下へ向けて構える。

 ラージュが持つ弓、それはサトゥンより与えられた流弓リジェネイア。弦無き黒弓、ラージュは矢を番えるように空を掴み、魔力を込める。

 その瞬間、リジェネイアに青白き光の魔力の弦が生まれ、そこに番えるようにラージュの右手に白き魔法の矢が創られていた。

 依然、通路に魔法使いの姿はない。だが、ラージュの左目は獲物を既に捉えている。通路の最奥、階段を昇ってくる魔法使いたちの『力』を感知している。ならばあとは獲物に対して矢を放つのみ。

 サトゥンの生み出した魔弓は体がまだできあがっていないラージュの力ですら容易に引けるほどに軽く。限界まで引いた弓に魔力を込め、ラージュは右手をそっと解放した。

 弓から放たれた光の矢は、まるで己の意思を持つ生き物のように不規則な動きで飛んでいく。操られている兵士たちの隙間を右に左にすり抜ける姿はまるで訓練された犬のようだ。

 障害物を避け続け、階段まで辿り着き、獲物の視界に入ったとき、光の矢は更なる進化を遂げる。疾走していた矢が大きな光を放って破裂し、その光球の中から五つに別れた光の矢が飛び出してきたのだ。

 狙った獲物は五人、一人も逃がさない、例外はないとでもいうように光の矢は魔法使いたちの体を容赦なく貫いた。

 それを左目で確認したラージュは、軽く息をついてロベルトに話しかける。


「終わったよ。背後からの追手はこない。全てが終わるまで連中は『あまりの重さに指一本動かせない』よ」

「……いや、分かっちゃいたけど、本当に規格外だよな、お前も。重圧魔法なんてとんでもねえ代物を矢として放つんだから」

「規格外なのは僕じゃなくてこの弓さ。この弓がなければ、僕の腕じゃ油断している相手、かつ直線上という限定的な条件でしか当てられないからね。この弓は狙いを決して外さない、まるで武器自身が自分の意思をもっているかのように、僕の狙いに応えてくれる」

「何でもサトゥンの旦那曰く、俺たちに与えている武器は本当に己の意思を持ってるらしいぜ? ラージュの想いに応えてくれるってことは、『相棒』に認めてもらえてるってことなんだろ」

「ふふっ、そうだと嬉しいね。さあ、先を急ごうか。リアンにばかり頑張らせる訳にはいかないからね」

「そうだな。おおい、リアン! あんまり離れ過ぎるとはぐれちまうぞ! 少し速度落としてくれ!」


 前を飛びまわるリアンに指示を出しながら、ロベルトは再びライティを抱き抱えて廊下を疾走する。

 先陣を切って露払いをしてくれているリアンのおかげで、かなり楽にはなっているものの油断はできない。魔法使いがどこから現れるか分からないのだから。

 警戒を切らさず駆けながら、ロベルトは視線をちらりと後ろに向ける。彼の後ろにはリレーヌとアレンが遅れることなく駆けていた。

 それを見て、少しばかり迷ったものの、ロベルトはラージュは訊ねかけることにした。


「なあ、ラージュ。リレーヌなんだが、本当に連れてきてよかったのか? フリックとのこともあるし、置いてきても……」

「いや、彼女はここに連れてくる必要があるんだ。僕の癖でね、事態は何事も常に最悪をはじめに予想する。そこからどうしたらより良き物を築き上げられるかを考え、手を打っていかなければ納得できないんだよ」

「……いや、言ってることが微塵も分からねえ。もう少し噛み砕いてくれるとありがたいんだが……」

「フリックが僕たちに手札を隠している以上、強引にでも表にするしかない。ましてや相手が切り札を隠し持っている可能性があるのなら、なおさらリレーヌを遠ざけるのは危険なんだ。僕は彼女を縛る全ての呪縛を解き放たなければならないんだ」

「ああ、いや、もういいや。俺にはよく分からんが、お前がリレーヌのために正しいと思うなら間違いないんだろ。信じてるぜ、ラージュ」


 ロベルトの言葉にラージュはこくりと頷いて応える。それはまだ幼いながら覚悟を決めた者の瞳だ。

 この瞳をロベルトは知っている。邪竜王の聖地にて、メイアを救うために戦い抜いたリアンが同じ瞳をしていたからだ。

 何があろうと大切な人を絶対に救う。何があろうと助けてみせる。強き意思が込められた、まごうことなき『戦士』の瞳。

 その強さを身に付けたラージュ、そしてリアン。自分よりずっと年下の弟分たちの心の強さに、ロベルトは思わず笑って零してしまう。


「どれだけ全力で突っ走っても、背中すらまだ見えやしねえな……本当、追いつき甲斐があるってもんだけどなっ」

「そんなことないよ。ロベルトもリアンたちと一緒だよ」

「励ましの言葉ありがとな、ライティ。うしっ、さっさと黒幕をぶっとばしてキロンの村に帰るぞ! リアンに負けないくらい鍛錬しまくってやる!」


 気合を入れ直して駆け続けるロベルト。背中のライティの言葉をただの励ましだと受け取ってしまっていたが、彼女の口にした言葉は全て真実に他ならない。

 ロベルト自身気付かないが、ライティはラージュのような瞳をしている強き人を誰よりも知っている。

 その人は捕われた自分を助けるために、己が命の危険も顧みず戦ってくれたことをライティは決して忘れていない。

 強き意思を瞳に灯し、全てに絶望して諦めていた自分に声をかけ続けてくれた、世界で誰よりも格好良い戦士のことを、決して。

 本人が気づいていないことが少しばかり不満なので、キロンの村に戻ったら二人きりでしっかり話そうと一人心に決めたのだった。リアンにもラージュにも負けないくらい、心優しく強き戦士のお話を。

 道を塞ぐ全ての魔法使いを気絶させ、階段を駆け上がり、リアンたちはとうとう最上階へと辿り着く。

 王族だけが入室を許されるエセトレア城最上階、王の部屋。その扉の前に立ち、ロベルトはラージュに訊ねかける。


「この部屋で間違いないのか? ここは王様の部屋で、フリックの部屋とは違うが」

「間違いないよ。フリックは確実にここから街を見下ろしているはずさ。研究室ではなく、この国全てを見下ろせるこっちでね」


 断言したラージュに分かったと頷き、ロベルトは視線でリアンに指示を出す。

 このようなときに先陣を切るのはリアンの役目だ。突入時に危険も伴うため、本当はロベルトが代わってやりたいが、それが逆に足を引っ張る結果となることはロベルト自身、痛いほど理解している。

 今いる仲間の面子のなかで、アレンを除けば一番強いのは間違いなくリアンだ。強いということは、何かあろうとも対処し安全を買える可能性が高いということ。

 ゆえに、リアンは当然のように納得し、槍を構えて扉へ向きあう。そして構えた槍を大きく縦に薙ぎ払い扉を破壊して突入した。

 リアンを先頭に雪崩れ込んだ面々だが、その豪華絢爛な室内にフリックの姿はどこにも見えず。警戒を怠らないリアンやロベルトに対し、口を開いたのはこれまで黙していたアレンだった。

 彼は室内のある一点、白塗りの壁を指差して淡々と言葉を紡ぐ。


「あの壁はただの幻影魔法だ。壁の向こうに通路があり、その先に大きく開かれたバルコニーがある。フリックはそこにいるだろう」

「そ、そうなのか……アレンさん、だったか。よくそんなこと知ってるな、他国の王族の部屋の仕組みなんか」

「知っているさ、誰よりもな。それより急いだ方がいい。この部屋に追手がまたくるとも限らん」


 アレンの言葉に急かされ、リアンとロベルトは指示された壁へ慌てて歩み寄る。

 恐る恐る腕を伸ばしたロベルトだが、壁に触れるかと思われた手がまるですり抜けるように壁の奥へと沈んでしまった。すなわち、アレンの言う通り幻影魔法だったということだ。

 二人を先頭に、隠し通路を全員で進んでいく。距離にして数十歩分だろうか。その暗き通路を潜り抜けた先に、探していた男はいた。

 隠し通路の先に広がるバルコニー。王族が儀式や祭りなどで使用するための場所であるそこは十分過ぎるほどの広さがあり、その最奥に宰相――フリック・シルベーラは佇んでいた。

 紅に染まるエセトレア城下街、それを見下ろすようにバルコニーに立つ男は、リアンたちが侵入してきたことに気付いているだろう今も振り返ることなく城下を眺め続けていた。

 それぞれが警戒するように武器を抜き、未だ無視を貫くフリックに声をかけようとしたそのときだった。小さな笑い声とともに、フリックが満足そうに言葉を紡いだのだ。


「美しい光景だとは思わんか? 街を染める紅は血の如く、意識を奪われた木偶人形たちは亡者の如く。もしも世界の終わりというものがあったならば、まさしくこのような景色なのだろうな」

「フリック……フリック・シルベーラ」


 感情を押し殺すように名を紡ぐラージュ。彼の存在に気づいたらしく、フリックはゆっくりと振り返っていく。

 そして視界にラージュとリレーヌを視界に入れ、感心したように笑いながら言葉を紡ぐ。


「お前はこの魔法にかからなかったのだな、ラージュ・ムラード」

「思っていもいないことを口にするときに笑うのは止めた方がいいね、フリック・シルベーラ。この吐き気の催すほどにおぞましい魔法はいったい誰の『罪』だと思っている。僕が魔法にかからないことなんて、最初から想定済みだろう」

「付け加えるならそこの『人形』もだ。つくづく度し難いが、お前が未だその壊れた玩具を捨てきれずにいるのは誰よりも理解している。ラージュ・ムラード、お前の能力は誰より高く買っているが、余計なものが多過ぎるな」

「大切なものを捨てて君のように壊れた一流になるくらいなら、喜んで生きた三流になるさ。さあ、問答している時間も惜しい――これは命令だ、フリック・シルベーラ。今すぐこのおぞましい紅結界を解け」


 ラージュが弓をフリックに向けて警告する。彼の言葉に応じるように、リアンとロベルトが距離を詰める。回答次第で一気に飛びかかり無力化させるつもりだ。

 ラージュの本気の忠告に、フリックは一度沈黙を保ったが、再びラージュに返答するように言葉を返す。


「時間を惜しむなら、それこそお前の命令に意味はあるまい? これが私の意思で解かれることがあるなどと、本気で思っているのか? 私はこの瞬間が訪れることを夢見て生きてきたのだ。敬愛する王が私に与えて下さった絶対唯一の生きる理由、それを自分からやめるなどと私にとっては自害しろと言われていることと同義に他ならない。私の命はこの日のために王より与えられたのだから」


 愉悦まじりに語るフリックの言葉、その表情、全てにロベルトは背筋が凍ってしかたがなかった。

 今、こうして対面して会話を行い、ラージュの口にしていたフリックという男の意味がはっきりと理解できる。

 ――壊れているのだ、この男は。人として大切な感情が完全に欠落している、狂った何か。そのことをロベルトは今、痛感していた。

 そんなフリックに対し、言葉を投げつけたのはアレンだった。剣を抜いた彼は、歯を強く噛み締めながら吐き捨てるように口を開く。


「亡者の怨念にとりつかれた人形が――貴様たちのその狂った目的のために、『グランドラ』を『殺した』のか」

「グランドラ? ああ、あれは私と王の夢にとって都合の良い『道具』だった。作り上げた罪であの男を責め立て、心を破壊した後は簡単だった。愚かで哀れな男だ。王に利用されていたことも知らず、自分が兄を裏切ってしまったと最後まで攻めながら狂っていった。奴が死んだ第一王子程度に優秀であったならば、未来は変わっていたかもしれんな――」

「フリック・シルベーラッ!」


 淡々と紡がれるフリックの言葉に怒りを抑えられず、アレンは剣を片手に跳躍する。

 獣の如きアレンの突進だが、それはフリックには届かない。彼は『無詠唱』で風の刃を生みだし、アレンへ向けて容赦なく解き放つ。

 恐ろしき速度で襲い来る風刃を剣で受け止めたが、衝撃までは殺せない。バルコニーに背中から叩きつけられたアレンに、フリックは興味を微塵も示さぬままラージュに言葉を紡ぐ。


「お前は実に優秀だった、ラージュ。お前が私に提出した研究成果、その全てが私と王の夢の力となった。計画では何十年もかかる予定だったが、お前のおかげで大きく前倒しすることができたのだからな」

「結果的に君の腐った野望の一助になったことが僕の人生における最大の汚点だよ」

「リレーヌのために必死に働いてくれた、その対価は支払っているはずだが? クククッ、お前は一生リレーヌの傍にいられるのだぞ? 誰に奪われることもない、リレーヌはお前の命令をどんなものでも拒否することもない。命じられれば誰が相手でも抱かれよう。死ねと命じられれば迷わず首を掻っ切るだろう。喜べラージュ、お前の望んだ世界を私は与えてやったのだ。この世界はお前がリレーヌの全てなのだから。お前なしではリレーヌは生きられぬ、リレーヌにとってお前は神なのだよ」

「ッ――お前っ」

「おい、そこまでだおっさん。それ以上口からおぞましいモノを吐きだすのは止めておけよ。これ以上はサトゥンの旦那に本気で怒られかねない『やり過ぎた結果』になっちまいそうだ」


 瞳に暗き憎しみの炎が灯りかけ、フリックに向けて矢を放ちかけたそのときだった。

 ラージュをフリックから守るように前に立ったのはロベルトだった。相棒である冥牙グリウェッジを抜き放ち、怒りが完全に頂点を超えた顔でフリックに口を開く。


「いいかおっさん。温厚で通ってる俺だが、こんな俺でもこの世で我慢ならないことが二つある。一つはジャネの実を煮込んだスープだ。ありゃあ人間の食いもんじゃねえ、土下座して咽び泣いてもお断りしたいくらいだ。そしてもう一つは、いい歳こいた大人が年端もいかねえ子どもを嘲笑って自分の楽しみのためだけに『食い物』にしちまう光景だ。これだけは何があろうと許せねえ。子どもは笑うことが仕事だ、その大切な仕事を奪って愉悦を零す野郎だけは、たとえ女神リリーシャが許そうとも俺だけは許せねえんだよ」

「ほう。私はあくまで善意のつもりでラージュにリレーヌを差し出したつもりだったのだがな。分かって貰えないとは残念だ。そして君ほどではないかもしれないが、私も一つ許せないことがあってね。己の立場も弁えず口を開いて意見を述べることが当然の権利だと思っている、そんな増長した鼠の存在が何より許せんのだよ」


 それだけを告げ、フリックは無詠唱で再び風の刃をロベルトに対して解き放つ。アレンのときとは違う、今度は明らかに殺意の込められた一撃だ。

 フリックの解き放った魔法を危険だと判断し、胸の怒りを必死で抑えながらリアンが踏み出そうとしたその時だった。ロベルトがリアンよりも速く踏み込み、その風の刃を右手のグリウェッジで文字通り切り裂いたのだ。

 彼の一太刀によって風の刃は霧散して消失する。魔法を防がれたことに感嘆するフリックに対し、左手で顔を軽く押さえながらロベルトは憤怒の言葉を紡ぐのだ。


「覚悟しろよ、おっさん。俺ぁ人間が出来てねえからよ。サトゥンの旦那のように優しくもなければ容赦もしてやれねえ、慈悲だって与えてやれねえ。英雄として未熟な俺ができるのは、ラージュの心も俺の気分もすっきりできるくらいその顔面を『ぶん殴る』ことだけだ――全てが終わったとき、陽気に街中を出歩ける希望を持てるほど、てめえの顔の原型が残ってると思うなよ」

「野蛮だな、これだから品のない人間は困る。まあいい、今日は何よりもめでたき祝福の日だ。戦火はこの地より世界に広がり、全ての国の人間が滅びのときを迎えることとなる。その祝杯がわりに鼠の首を並べて眺めるのも悪くはない」

「あなたは……あなたが人としての心を持っているとは思えません。絶対に止めます、みんなを救うために、絶対に!」

「何をもって救いとみなすのか、それを一方的に他人が決定するのは傲慢だとは思うがね。まあいい、遠慮せず全員でかかってきたまえ」


 槍を構えるリアンと短剣を突き付けるロベルト。そんな彼らを前にしても慌てることなく、悠然と相手の出方を待っているフリック。

 そのフリックの姿に、リアンは嫌でも気付かされる。彼の纏う空気、それは絶対強者のもつそれであると。その空気を纏っている者をリアンは多く知っている。グレンフォードやメイアといった百戦錬磨の人間がもつ、達人の空気だ。

 そんなリアンの心を読んだかのように、弓を構えたラージュが忠告するように口を開く。


「気をつけてくれ、みんな。フリックは強者だ。奴は――フリック・シルベーラこそがエセトレアの真の『担い手』なのだからね」


 ラージュの言葉を皮切りに、リアンとロベルト、そしてアレンが地を蹴ってフリックへと刃を振るう。だが、それが彼に届くことはない。

 フリックが生み出した炎の壁、それに道を阻まれ、自慢の足が止められた。その隙を決してフリックは見逃さない。

 荒れ狂う雷撃が止まった三人へ放たれ、前進も停滞も許されない三人は後ろに跳躍を余儀なくされた。

 彼らがとびかかった間、ライティとラージュ、リレーヌの三人もまたフリックに向けて魔法と矢を放っていた。しかし、それらも見透かしたようにフリックは魔法を放っていた。彼の手から放たれた氷の塊が三人へ向けて襲いかかったのだ。魔法や矢ごと押しつぶすように放たれたそれは、ライティが魔法の出力をあげることで何とか相殺へともっていくことができた。

 だが、フリックの行ったことに驚愕するライティ。フリックはなんと同時に三つの魔法を唱えてみせたのだ。個別ではなく、三種類もの魔法を同時展開するなどライティとて見たことがない。また、リアンやロベルトたちも予想外のフリックの強さに驚きをかくせない。

 動揺するリアンたち、彼らを観察しながらフリックは淡々と言葉を紡ぐのだった。


「いつでも闘争とはつまらぬものだ。やる前から結果が分かっている、これほど胸躍らぬ行為もない――生まれ落ちて数十年、私に刃向かう者には例外なく死の末路しか用意されていないのだから」


 彼らの前に立つは、エセトレア最強……否、この大陸で最強の魔法使い。

 英雄たちの前に立ち塞がる最後の壁は全員の攻撃をうけてなおその場から一歩も動かず。悠然と英雄たちを見下すのだった。








ロベルト「ライティのような子どもを泣かせる奴ぁ容赦しねえ!」

ライティ「私、二十歳」

ロベルト「」  次もがんばります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。


先日の後書きにも追記したのですが、活動報告にて書籍版の表紙イラストを載せさせて頂いております。よろしければ是非。



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