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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
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82話 疾走






「それじゃ準備はいいわね?」


 マリーヴェルの確認の声に仲間たちは頷いて応えた。

 エセトレア城へサトゥンたちが突入する時間を迎え、彼らは今、宿地下の地上へと向かう階段の前で最後の確認を行っていた。あとは幻術の魔法をラージュが解除すればそこが作戦の開始となる。

 全員の準備ができたことを確認したマリーヴェルだが、ふと視線を姉のミレイアへと向ける。そこにはいつも通りのミレイア――とその腕に抱かれているリーヴェの姿があった。どうやらミレイアはリーヴェを腕に抱き抱えたままで戦場へと向かうつもりらしい。もはや突っ込むこともせず、マリーヴェルは何も見なかったことにするようだ。

 いざ出発と意気込むサトゥンたちへ、脱出組であるリュンヒルドが声をかける。


「それでは君たちが突撃して、その隙をついて私たちは脱出する。逃がしてもらう立場として送る言葉ではないとは分かっているが……絶対に無理はせず、全員無事で帰ってきてくれ。一番の願いは、それだけだ」

「心配せずともこの国を救ってみせるわ! そして民全てに我らの名を刻みつけてくれる! うははは! 今からその瞬間が楽しみだぞ!」

「サトゥン殿、どうか妹たちを……お願いします」

「頼まれるまでもない! こやつらは私にとって腹を痛めて産んだ子も同然! 愛しき我が子を守らぬ母などおらぬわ!」

「……この前の父親宣言から、今度は母親に変化してるんだけど」

「あ、あはは……そ、それだけサトゥン様が僕たちを大切にしてくださっているってことだよ、うん」


 マリーヴェルの突っ込みを苦笑いで流すリアン。そんな彼らの会話を置いて、各国の代表が次々に声をかけていく。

 クシャリエの女王、ティアーヌは微笑みながらサトゥンに対して言葉をかける。


「今回の事件、その全ては相手の盤上。本来ならば自分の庭で多くの犠牲を払って全てを片づけるつもりだったけれど……サトゥン、あなたをみてると試してみたくなるわ。本当にこの国を救えるかどうか……勇者を名乗るあなたの力、この目で見届けさせてもらいましょう」

「ふふん、瞬きする暇すら与えぬぞ、ティアーヌよ! 全てを成し遂げた暁には、自国にて我らを盛大に持て成す準備を行うがいい!」

「ええ、勿論よ。それと……こんなときに申し訳ないけれど、突撃組に一人だけ人員を加えて貰えないかしら――アレン」


 ティアーヌの目配せと共に一歩前に出たのは、クシャリエ女王国の担い手である仮面の剣士、アレン・ラバトリだ。

 彼は一歩前に出て、サトゥンたちに頭を下げて一礼する。そんな彼に対し、興味深げに見つめながら口を開くのはメイアだ。


「アレン殿は一国の担い手、いわばサトゥン様やグレンフォードさんと同じ立場。助力頂けるのは大変嬉しいのですが……構わないのですか、担い手を傍から離してしまっても」

「いいのよ。こちらには逃げるだけなら十分過ぎる戦力があるし、私も戦えないわけではないから。それに、アレンはそちらに向かう必要があるの」

「必要、ですか?」

「この戦いに参戦できなければ、彼が十数年もの間、私の傍に仕えた意味がない。彼が必ずあなたたちの力となることを約束するわ。構わないかしら」

「ぬはは! 当然! 正義のために、力なき人々のために戦う者は何人いても構わん!」


 サトゥンの回答に満足したのか、ティアーヌはさらに機嫌よく微笑みを浮かべる。

 そして、視線をラージュに向けた。目があった彼にティアーヌは歩み寄り、そっと手渡しであるものを渡した。

 それは彼女が脱出時から手に持っていた魔力石。それを視界に入れ、ラージュは言葉を紡ぐ。


「これは……記録石?」

「そう。七国会議において、何が話し合われたのか、全てを記録として残すために使われていたとても稀少な魔法道具。これを何に使うのか、当然理解しているわね?」

「……勿論だ」

「このエセトレア全ての民の目を覚ましてあげなさい。狂った道化の操り人形である王の支配から脱却し、正当な王を迎えることでこの国は元来の姿を取り戻す……あなたたちの十数年の想いを、奴に叩きつけてあげなさいな、ラージュ、アレン」


 それだけを告げて、ティアーヌは会話を終わらせた。ラージュは記録石を強く握り締め直していた。

 彼女と入れ替わりにベルゼレッドが豪快に笑って仲間たちに声をかける。


「俺は最初から何も心配しちゃいない。ローナンやメーグアクラスを救ってくれたように、このエセトレアに光をもたらすのはお前たちだと確信しているよ。しかし、やはり俺も一緒に突入して戦いたいな! 血が騒いで堪らんわ! 今から王位を返上して参戦できないものか」

「馬鹿なことを言うのは国に帰ってからにしろ。お前はもう兵ではなく王なのだからな」

「冗談だ。グレンフォード、俺はお前が英雄としてこの戦場に立つ姿を嬉しく思う。全ての民のために、思う存分黒幕をぶちのめしてやれ」


 親友の背中を強く叩き、ベルゼレッドは笑顔のままに会話を終えた。

 そして、ギガムドやランベル、ドレルやヘリオとも会話をかわし、突入組はとうとう実行へ移す時間となる。

 全員で頷き合い、地上へつながるラージュの幻惑魔法が解除され、サトゥンたちは一人ずつその階段を昇っていった。

 宿屋、そしてその外へ足を踏み出したサトゥンたちだが、周囲をうろつくエセトレアの民たちは彼らへ対して襲ってくるような行動はみせなかった。外に出た瞬間襲われてもおかしくないと気を張っていただけに、少しばかり拍子抜けした仲間たちに、ラージュは説明を行う。


「まだこの周辺に『指揮者』である魔法使いがいないんだろうね。城に向かえば向かうほど、フリックの手下の魔法使いがいるだろうから、当然操られる人間は増えると考えていいと思うよ」

「つまりまだ慌てたり張り詰めたりする必要はないってことか。しかし、今から戦場に向かうって考えると、やっぱ緊張しちまうな。これだけはいつまでも慣れねえや。い、いや、びびってるわけじゃねえぞ? これは戦場を前にして昂ぶる戦士のなんというか」

「ロベルト、足が震えてるけど、怖いの? 手をつなぐ?」

「あっさりとばらすな! 精いっぱい強がってるんだから少しくらい格好つけさせてくれ!」


 ロベルトとライティの会話で仲間たちに笑みがこぼれ、張り詰めた緊張は少しずつ弛緩されていく。

 そして、城へ向かう段階となり、最後にマリーヴェルがサトゥンに気になっていたことを訊ねかける。


「それじゃ城に向かう訳だけど……途中でシスハの奴が出てきたら、サトゥンと私たちのうち何人かが協力して撃退する方向でいいかしら。残る人員でフリックのところに向かうという形ね」

「ふふん、あの小娘は私に任せておけといったであろう。奴がフリック・シルベーラの傍にいては邪魔なのだろう。ならばあの小娘を最初から遠くへ引き離してしまえばよいのだ。私にはそのための秘策、名案がある! 私の策を用いれば、必ずあの小娘は城から引き離すことができる!」


 胸を張って断言するサトゥンに、マリーヴェルは冷ややかなじと目を送る。

 彼がこんな風に調子に乗って良い案だの言いだしたときにロクなことがないのは過去に何度も体験していた。それゆえにマリーヴェルは微塵も信用していないのだ。

 そんな彼女の視線に気付かず自信満々なサトゥンに、リアンやメイアたちが興味深げにどうするのかと訊ねてくる。

 今回の作戦において、シスハとクラリーネは何より大きな難敵となる。幾重に策や罠を用意しているであろうフリックと同時に彼女たちを相手にすることは考えたくはない。もしサトゥンの言う通り、彼女たちを分断できるならこれほど意味のある策はない。

 目をきらきらと輝かせてサトゥンへ視線を送るリアン。それに気をよくしたサトゥンは、その策を実行に移すために仲間たちに説明を始めた。


「よし、愛しき英雄たちよ。私の素晴らしい作戦を実行するために、まずは全員耳を塞ぐがいい」

「耳を塞ぐんですの? 耳を傾けるのではなくて」

「そうだ、塞ぐのだ。くはは! 大丈夫だ、全てを私に任せておけ! 必ずシスハは私の策に乗り、フリックから引き離すことができる!」


 力説するサトゥンに押し切られるように、仲間たちは次々に耳を両手で塞いでいく。リレーヌもラージュから命を受けて耳を塞ぎ、一時的に耳を塞ぐために地面に下ろされたリーヴェすらも肉球で耳を抑えていた。

 全員が耳を塞いだのを確認したサトゥンは大きくその場で息を吸い込み始める。いったい何を、そう考えていた仲間たちだが、その思考をサトゥンの咆哮が吹き飛ばしてしまった。空を裂かんばかりの大きな声量でサトゥンは天に向かって叫んだのだ。


「巫女シスハァァァーーーーーー! 今から私とミレイアが闘技場に向かうのでそこで待っているがいいーーーーーーー! 闘技場にて全てに決着をつけようではないかあああーーーーーーーー! もし怖いなら逃げてもかまわんぞーーーーーーー! ふははははははーーーーーー!」


 近隣の家を振動させるほどのサトゥンの絶叫。それはそっくりそのまま仲間たちに叩きつけられる結果となった。

 いくら耳を塞いでいたとはいえ、喧しいで済まされないほどの大声だ。にっこり満足そうに笑って自信満々に『これでシスハは闘技場に向かうであろう』などと言い放つサトゥンに、マリーヴェルの堪忍袋の緒が切れた。

 胸を張って高笑いするサトゥンの尻へ、彼女は何度も何度も蹴りを放っていく。心から苛立ちをぶつけるように、強く。


「ぬう、こら、マリーヴェル、勇者の尻を蹴るんじゃない! 私の尻は全ての人間を救うためにまだまだ動いて貰わねばならぬのだぞ!」

「うっさい! 本気で耳がぶっ壊れるかと思ったじゃないのよ! ああいうことをするなら事前にそう言いなさいよ!」

「何を言う、ちゃんと耳を塞いでいろと忠告したではないか。それにこういう作戦は、事前に説明せずに行うから格好良いのだ!」

「この馬鹿! この馬鹿! この馬鹿!」

「お、落ち着いてマリーヴェル! みんな大丈夫だから、耳なんともないから!」


 必死にマリーヴェルを抑えて宥めるリアンだが、流石のマリーヴェルも今回ばかりは許し難いらしい。

 この蹴りではサトゥンの鋼の尻筋を叩き割ることはできないが、それでも鬱憤は晴らせるようだ。心落ち着くまで何度も何度も蹴りを放ち続けている。

 そんなマリーヴェルの蹴りを子どものじゃれつき程度にしか感じておらず笑っているサトゥンに、メイアが訊ねるように確認する。


「サトゥン様の行動の意図は理解しましたが、はたして相手はこの作戦に乗ってくれるのでしょうか」

「乗る。奴らは間違いなく私の言葉に乗ってくる。それだけは断言できる」

「その理由をお訊きしても?」

「巫女シスハは自身のことを絶対強者であると確信している。そして奴の狙いは私とミレイアであることも分かり切っている。その狙っている奴が自分のもとに自ら来てくれると宣言したのだ、奴は笑って私たちを待つだろう。舐めているからこそ、侮っているからこそ奴は必ず迎え撃ってくる。強者とはそういうものだ」

「もし、サトゥン様やミレイアが闘技場に訪れなければ」

「そのときは何もなかったように私たちを探せばいいだけのこと。結局、こちらが切った手札は奴にとって利しか存在しない。なればこそ嬉々として乗ってくるだろう。こちらが切った手札、その数字の大きさに驚くことになるとも知らずにな」

「って、そういえばあんたの策ってミレイアを餌にしたってことじゃないのよ! なんかそれも殊更にむかつく! 人の姉を勝手に使うな!」

「餌になどせんわ! ミレイアには何があろうと私が指一本触れさせぬからな! ミレイアは私が守る、その誓いは必ず果たしてみせよう! ミレイア、私を信じてついて来てくれるか?」


 真っ直ぐにミレイアを見つめ優しく訊ねかけるサトゥンに、ミレイアは少し間を置き、やがてこくんと力強く頷いた。

 そんな姉の反応とサトゥンの言葉を受け、色々と思うものがあったのか、マリーヴェルは納得いかない表情を浮かべるもののこれ以上は何も言わなかった。

 ただ、他の誰でもない姉がサトゥンを信じると決めた。他の誰でもないサトゥンが姉を必ず守ると誓ってみせた。ならば自分が口出すことは何もないとマリーヴェルはすごすごと受け入れるだけだ。

 また、そのときマリーヴェルは事情を知らなかったため、当然分かるはずもなかったが、ミレイアがサトゥンと共にいく決断を下した最大の理由はやはり彼の傷が気になるからだった。

 これからサトゥンは過去にないほどの強敵との戦いに向かう。それもシスハに狙われているミレイアを守るために。そのときに少しでも力になりたい、回復魔法が役に立つかもしれない、それゆえの決断だった。

 以前は全てに怯え、涙を零して逃げ回ることしかできなかった少女。サトゥンや仲間たちと出会い、多くの冒険を共に乗り越えたことが彼女の心に確かな成長をさせていた。

 そんなサトゥンたちに、表情を和らげて微笑みながらメイアは一つの提案をする。


「それでは闘技場へは私も同行しましょう。これまでの話からして、おそらく巫女シスハの傍にはレーヴェレーラの担い手であるクラリーネが共に在るはず」

「それなら私も一緒に向かうわ。あの女とは決着つけなきゃいけないと思ってたし。私とメイアであいつを抑えるから、サトゥンはさっさとシスハの奴をぶっとばして頂戴」

「ふはは! 任せておけ! いくら人間とはいえ、あの小娘は調子に乗り過ぎた! 私がきついお仕置きを与えてやらねばならん! 村の子どもが悪さをしたとき、親から怒られるように! 私もあの小娘に愛をもって全力で尻叩きを行ってくれるわ! がはははは!」

「成人した女の尻を叩くのもどうかと思うんだけど……まあいいわ、それじゃ早速闘技場の方へ」

「お、おいっ! 周りの人たちの様子が変だぞっ!」


 慌てるロベルトの声に、仲間たちは武器を構えて周囲へ視線を向け直す。

 これまでサトゥンたちに何の反応もみせなかった人々が、その紅の視線を彼らへと向け始めたのだ。一歩、また一歩と人々が距離を詰めていく光景に、ロベルトは冷や汗を流しながら訊ねかける。


「お、おいおいおい、まだ俺たちには反応しないんじゃなかったのかよ?」

「恐らく魔法使いがこちらに気付いたんだろうね。先ほどサトゥンがあれほど大きな声で叫んだのだから、気付かれないほうがおかしいのだけれど。『指揮者』である魔法使いの支配領域に入ったから、操られている人々は僕たちを襲おうとしている、それだけだよ」

「あんたのせいかあああああああ!」


 サトゥンに対して全力で突っ込みを入れるロベルトとマリーヴェル。だが彼は笑って右から左に聞き流すばかりだ。

 そして、傍でリーヴェを抱えたミレイアに対し、子供のように笑みをみせた後、両腕で一瞬にして彼女を抱き抱える。

 驚くミレイアが言葉を発するよりも早く、サトゥンは高笑いと共に迫りくる人々へ向けて――全力で駆けだしたのだった。


「ふはははは! この程度の困難で私たちを止められると思うなよ! 勇者は逃げぬ背を向けぬ! 強行突破である!」

「困難を増やしたのはアンタでしょうがああああ! ああもう、いくわよみんな!」


 サトゥンの背中を追いかけるように、仲間たちも城を目指してサトゥンと共に駆け抜けていく。唯一体力に劣るライティはいつものようにロベルトに背負われている。

 鍛え抜かれた英雄の脚力に操られているだけの人間が追い付ける訳もない。人々の群れ、その隙間を駆け抜け、仲間たちは人間離れした速度で城へと走っていく。

 そのなかでも驚くべきはラージュも彼らの速度についていっていることだ。もしもの場合、グレンフォードが彼を背負っていく予定だったのだが、ラージュは微塵も疲れを感じていない。そんな彼にロベルトが訊ねかけるように口を開く。


「大丈夫か、ラージュ。無理だけはするなよ、旦那がいつでも背負ってくれるんだからな」

「問題ないよ、ロベルト。僕は人の身体能力を限界以上に高める魔法が使えると言っただろう? 以前はグレンフォードに使用したものを今回は自分に使用しているだけさ」

「な、なるほど……流石エセトレア国の担い手」


 ロベルトの返答に対し、ラージュは小さく笑って応えるだけ。その脚が止まることはない。

 負けてられないなと意気込み、ロベルトは走る速度を更にあげてマリーヴェルよりも先を行く。サトゥンに次いで二番目の場所まで抜き出ていた。

 そんな彼へ、後ろへついているリアンが嬉しそうに声をかける。


「凄く気合が入ってますね、ロベルトさん!」

「おうよ! 俺だってこの数カ月、散々グレンフォードの旦那に鍛えに鍛え抜かれたんだ! 英雄目指して頑張ってきたんだ、その力を発揮するのは今をおいて他にねえからな! しっかりみてろよ、リアン、ラージュ、世界一格好良い男を目指す俺の生き様をよ!」

「ロベルト、前、危ないよ」

「……は? って、ぬおおおおお!」


 ポンポンと頭を叩かれ前を見るようにライティに指示され、ロベルトは視線を前方へと戻し、全力で横へ跳んだ。

 彼の眼前に迫るように襲来したのは雷の魔法だ。真っ直ぐに飛んできた突然の攻撃魔法に混乱するロベルトへ、ラージュが声を上げて説明する。


「『指揮者』だよ、ロベルト。フリックの子飼いの犬ならば、当然僕らを潰すために襲ってくるからね。といっても、所詮この程度の魔法しか使えない連中だ、恐れることは何もないよ」

「恐れるに決まってんだろ!? あんなもんくらったら一発で灰になっちまうじゃねえか!」

「そんな大袈裟な。あの程度の魔法では直撃したところで気を失うくらいがせいぜいだよ。君はライティの魔法を毎日身近で見ているんだろう? ならば恐れることなんて何もないさ」

「だ、だけど魔法が飛んでくるなんて厄介極まりねえぞ! サトゥンの旦那は人外だから考えないとして……どうすりゃいいんだこれ」


 ロベルトの視線の先では、サトゥンがミレイアを抱き抱えたまま楽しげに右に左に跳躍して雷激を避け続けていた。先陣を切っているだけあって、相当量の魔法があちらこちらから飛んできているのだが、サトゥンにすればその程度の魔法はただの児戯としか映らないようだ。

 相変わらずの化物ぶりを発揮する勇者を余所に、ロベルトはどうするべきか考える。確かに魔法は厄介だが、それを気にし過ぎては完全に足を止められてしまう。かといって、走ることだけに意識を向け続けては直撃してしまう。魔法使いを排除していくと城に向かう前に力を使ってしまい、時間まで奪われる。厄介極まりない魔法使いたちをどうするか、そう悩んでいたロベルトだったのだが、そんな彼にメイアが何でもないように言葉を紡ぐ。


「この程度の魔法ならば対処は簡単ですよ、ロベルトさん」

「ほ、本当かメイアさん! いったいどうやって対処すれば……」

「対処なんてする必要もありません。この程度の魔法なら、叩き切ってしまえばいいんですよ――ハァッ!」


 ロベルトの前に出たメイアは、襲い来る雷の魔法に対し、煌刀ガシュラを鞘から解き放って一閃した。

 メイアに叩き切られた魔法は大きく空へ別れるように消え去ってしまった。呆然とするロベルトに、メイアはにっこりと笑顔を浮かべる。

 ロベルトが我を取り戻すよりも早く、目を輝かせて反応を示したのはリアンだ。彼も槍を握り、メイアにならうように前へ出て飛び交う雷を槍で叩き切っていく。


「確かにこれなら魔法も怖くありません! 流石メイア様です!」

「魔法の速度が遅く、十分に対応できる範囲です。気を緩めずに全て叩き落としていきますよ、リアン」

「はいっ!」


 まるで当然のようにリアンは力強く頷き、リアンとメイアは最前線に立って仲間たちへと向けられた魔法を次々と叩き切っていく。

 未だ我を取り戻せないロベルトに対し、マリーヴェルは同情するように肩をぽんと叩いて、彼女もまた二人と共に魔法を次々に捻じ伏せていく。

 また、グレンフォードとライティも三人とは異なる行動をとっていた。三人が魔法を叩き落としてくれることで、魔法使いの位置はその魔法の方向から割り出せる。それを逆手にとって、ライティとグレンフォードは互いに遠距離から手加減した斬撃と魔法を放つことで次々に魔法使いの意識を根こそぎ刈り取っていた。当然グレンフォードは走りながら、だ。

 そう、彼らは走りながらにして敵の攻撃を完全に封殺、なおかつ並行して殲滅作業を行っていたのだ。我に返ってわなわなと震えるロベルトに対し、ラージュが心からの感想をつぶやくのだった。


「凄い光景だね、本当に。今更ながらしみじみと思うよ。ロベルト、君たち英雄という存在は本当に人間なのかい?」

「それを俺に訊くんじゃねええええええええええええええええ!」

「あ、また魔法使い発見。えい」


 魔法使いに対し、ロベルトの咆哮が耳に届くのが先か、ライティの解き放った光線が届くのが先か。

 心から楽しそうに笑い続ける勇者と英雄の快進撃は止まらない。たった一人の操られた人間を傷つけることもなく、サトゥンたちは悪鬼たちが待つ庭へと足を踏み入れるのだった。







メイア「ね、簡単でしょ?」 ロベルト「」 次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。


※モンスター文庫様より書籍化が決定されているのですが、公式ホームページにて魔人勇者(自称)サトゥンが紹介されております。詳しくは活動報告に記載しておりますので、何卒よろしくお願いいたします。


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