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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
88/138

80話 唯一







 自信満々に笑うサトゥン。この場の一同の視線が集まったことで更に上機嫌となり、椅子から立ち上がり腕を組んで語り始める。


「何も難しいことはない。先ほど長々とお前たちが今回の事件の解決法を話し合い、その答えを紡いでくれたではないか。人々が操られている原因はこの世界を紅に染める魔法であり、それを行った犯人はフリック・シルベーラ。人々を正気に戻すには、奴を止めればいい。クハハハハッ! 難しく考える必要など何一つないではないか! いつも同様、人々を救うために我らが動き解決する! そして人々にちやほやされる! 事件解決によって名声を大陸中に響かせる、簡単なことだ!」


 あっけらかんと笑って言ってのけるサトゥンに、やがて仲間たちから笑みが零れる。

 そんな彼の言葉に最初に反応したのはマリーヴェルだった。彼女は椅子から立ち上がり、軽く背筋を伸ばした後で楽しげに告げる。


「確かに難しく考える必要なんて何もないのよね。国同士の問題だとか戦争だとか、そういうのはリュンヒルド兄様たちの仕事だもの」

「おいおい……」

「だってそうじゃない。私たちにとって大切なことは、いつだって今目の前で起きていること。どこぞの馬鹿の勝手な行動によってエセトレアの人々の命が危機に晒されてる。それを救うには、事件の元凶をぶっとばしてでも止めなきゃいけない。それだけのことでしょ?」

「ふははは! いいぞマリーヴェル、よくぞ言った! 人の命を守り、人の心に平穏を与えるために己が力を行使する! それこそが英雄である!」


 頭をがしがしと撫でるサトゥンの手を鬱陶しそうに払いのけるマリーヴェル。そんな妹の姿にリュンヒルドは肩を竦めるしかない。

 妹が一度決めたら頑として動かない性格なのは誰よりも知っている。彼女が一度やると決めたなら、兄であるリュンヒルドが何を言おうと決して止まらないだろう。ましてやそれが、多くの人々の命を救うためならば。

 彼らの想いは仲間たち誰もが抱く共通の想いだった。サトゥンとマリーヴェルの言葉に誰より胸を熱く燃えたぎらせたリアンが強く拳を握って声を強くする。リアンをはじめ、他の仲間たちも笑ってサトゥンに賛同を示した。


「どんな理由があれ、救えるかもしれない命が目の前にあるのに、諦めるなんてできません!」

「そうですね。他を傷つけるためではなく、他を守り救うために――そのために私たちは日々鍛錬を重ねてきたのですから」

「まっ、そういうことだな。英雄志望、そして何より世界一格好良い男を目指す上でここでの『逃げ』の一手はありえねえ」

「困ってる人は助けなきゃ。頑張る」


 リアンが、メイアが、ロベルトが、ライティが。仲間たちが次々に決意を胸に固めて意を示した。

 それを静かに微笑み見守るグレンフォードに、ベルゼレッドもまた楽しげに口元を緩めて訊ねかける。


「お前の選択は訊くまでもないんだろう、我が友グレンフォードよ」

「ああ。悪いが行かせてもらうぞ、ベルゼレッド。ヴェルドルの悲劇を繰り返させるわけにはいかない」


 親友の表情、それはまさしくかつてベルゼレッドが共に戦場を駆けた英雄の姿。強き意志と誇りに満ち溢れ、誰よりもベルゼレッドが心酔した大陸最強の男の貌だった。

 こうなってしまった親友を止めることなどベルゼレッドはできない。例え王命であっても、グレンフォードは足を止めることは無いだろう。

 どんな絶望の戦いでも人を救い続け、希望の光を与え続けた英雄、それがグレンフォードなのだから。

 勇者が動けば英雄が立つ。彼らの意見を受け、これまで黙していたティアーヌとギガムドが破顔して言葉を紡ぐ。


「単純ね。目先の命のことだけしか考えていない真っ直ぐな生き方。だけど、嫌いじゃないわね」

「王としては決して選べぬ選択肢だが……力なき者の為に立ちあがり、剣となり盾となりて戦うことこそ戦士の誉れ。眩いな、若者というものは」

「あら、私は十分に若いから一緒にしないで頂戴」

「面白いことを言うわ、我らと同等以上に立ちまわってきた女が」


 ティアーヌとギガムドが面白がっている有様を見て、どうやら各国の代表はサトゥンたちを止めるつもりはないらしい。

 それをみてリュンヒルドは大きく溜息をつく。彼らがサトゥンたちに対して非常に好意的なのは分かっていた。サトゥンの在り方を好ましく思っているのも事実。だが、その裏をリュンヒルドは読み解いたのだ。

 友好関係を築く上で、彼らは決してそれを表に出したり口にすることはない。だからこそ、代わりに代表の中で一番サトゥンに近いリュンヒルドが悪役を買って出る。

 ティアーヌとギガムドの裏の顔、悪意ではなく、王としての非情な決断。その真意を伝えるために。


「サトゥン殿、そして英雄の皆の決意を私は止めるつもりはない。だが、そのことに助力をすることもできない」

「えっと……どういうことですか、リュンヒルド様」

「言葉通りだ、リアン殿。君たちがエセトレアの民の命を救うために動こうとしてくれること、これは一人の人間として大いに賛同するし賞賛も惜しまない。だが、それに力を貸すことはできない。私たちはこの場において国の代表という肩書を背負ってしまっている。万が一にでもここで命を失えば、それは戦争の火種となってしまう」

「まあ、そりゃそうだよな」


 納得するロベルトに一礼し、リュンヒルドは感情を押し殺して淡々と説明を続けていく。


「私たちは個ではなく国として動かなければならない。そして立場上、己の命を危険に晒してまで再びエセトレア城へ向かうことは決してできない。グランドラ王とフリック・シルベーラの狙いが我らの命だというのは明確に分かっている。彼らが私たちを殺して戦争することを考えている以上、君たちと共に敵城へ向かうことはできない」

「そう、ですね……リュンヒルド様の仰る通りです」

「ゆえに、心苦しいが私たちは君たちを利用させてもらうことになる。君たちが城に向かうとなれば、グランドラ王たちの意識は君たちに向けられるはずだ。その隙に私たちは何とかこの紅結界の外へと脱出するつもりだ」

「なるほど。私たちが黒幕を倒して事件を解決できればそれでよし、仮に失敗してもおとりとして役割を果たすことができると」

「その通りだ、メイア。気を悪くするのは十分に理解している、だがそれでも私たちは選ばなければならない。それが私たちの務めなのだから」


 説明を終えたリュンヒルド。彼の放った言葉、それは各国の代表が選んだ冷酷かつ賢明な決断だった。

 何より守るべきは国。この国の民の命と自国の民の命を天秤にかけるわけにはいかない。人としてではなく王としての決断、選択。

 沈黙が支配していた室内だが、その静寂を切り裂いたのはやはり空気を微塵も読めない勇者だった。黙ってリュンヒルドの話を聞いていたサトゥンは子供のように首を傾げながら眉を顰めて口を開く。


「うぬ、リュンヒルドの話は分かったが、なぜそんなに申し訳なさそうにしているのかこれっぽっちも分からぬ。何をそんなに気に病んでいるのだ」

「それは……やはり、サトゥン殿たちだけに全てを押し付け、自分たちは安全な場所へ逃げるということが」

「うはははっ! それは違うぞリュンヒルドよ! 我らは勇者にして英雄! 助けを求める全ての人間を救うことが我らの役割なのである! そのなかには当然お前たちも含まれているのだ! おとり? 押し付ける? いいではないか! むしろ私たちの出番を奪われては困るではないか! お前たちが手柄を立ててしまっては、各国の王がエセトレアを救ったと広まってしまいかねん! 許さんぞ、この国を、世界を救うのは私たちに与えられた役割なのだからな! うははははは!」

「そ、そういう発想になるのか……」

「今さらでしょ。こういう奴よ、サトゥンは。ま、私も同意見だけどね」


 舌を小さくだして笑う妹に、リュンヒルドは初めて肩の力を抜いた。胸の中の重い感情が彼らの笑顔によって霧散された、そんな気がした。

 リュンヒルドをはじめとした各国の代表がサトゥンたちを利用するのは変わりない。だが、サトゥンたちがそれを前向きに受け取ってくれたことで代表たちの心が救われる。確かに彼らは王であり国家だが、それでも人なのだ。親しき者、友が、家族が戦場に向かい、それをおとりに自分たちは安全な場所に向かうことが心苦しくないわけがない。何よりもリュンヒルドには大切な妹が二人も含まれているのだ、心痛まない訳がない。それでも代表として強く決断したリュンヒルドは見事だとメイアやグレンフォードは評価していた。そして小さく微笑み確信するのだ。彼ならばきっと必ず良き王となる、と。

 心の中でサトゥンたちに強く感謝をし、リュンヒルドは各国の代表へ向けて語りかける。


「私たちはサトゥン殿たちの行動に乗り、エセトレアを脱出しましょう。この地よりもっとも近いのはクシャリエの国境、そこへ向かって退避します。よろしいですか」

「勿論よ。国境にはここに来る前に十万の兵を用意したわ。『もしも』のときは最悪の事態にならぬように迅速に処理させてもらいましょう。エセトレアと我らの国の民への被害が最小限度となるように、迅速に……ね」

「既にそこまで手は打っていたのか。我らランドレンでも十万は用意しておらんぞ。まるでこの事態を見透かしていたかのようだな」

「ふふっ、今回の七国会議で動きがある可能性は低いとみていたんだけど、念には念を入れてたのよ」


 そう言って、ティアーヌは微笑んで視線をラージュへと向けていた。

 そういえば二人は協力者という関係があったなと、事情をラージュから聞かされていたロベルトは納得する。

 国境まで下がったときの話をするギガムドとティアーヌに、リュンヒルドは小さく咳払いを一つした後、胸の想いを語りかけた。それはリュンヒルドという人間の本心。


「確かに私はメーグアクラスの代表として、このような選択をとりますが……私個人は確信しています。サトゥン殿とみんなが、必ずこの状況を打破してくれると。彼らは我が国メーグアクラスを救ってくれた英雄なのですから」

「俺も同意だな。彼らは我がローナンを氷蛇レキディシスという呪いから解放してくれた。サトゥンたちなら何とかしてくれる、他力本願で情けないが俺はそう信じているよ」

「ふははっ! ふははははっ! 当然、当然である!」


 リュンヒルドとベルゼレッドの言う通り、サトゥンたちは過去に国を救うほどの大仕事を成し遂げている。

 魔人レグエスク、氷蛇レキディシス、邪竜王セイグラード。それらの難敵を彼らは力をあわせ、どんな逆境をも打破し続けたのだ。

 彼らにとってサトゥンと仲間たちは紛れもなく勇者であり英雄なのだ。彼らが救うと決めた、動くと決めたならば必ず救ってみせるだろう。その絶対の信頼がリュンヒルドとベルゼレッドの心にあるのだから。

 その彼らの言葉に、ティアーヌが口元を緩めて言葉を零す。


「誇れる英雄の存在は民に力を与える。羨ましいわね、クシャリエにもサトゥンたちのような者がいたら大々的に英雄として祭り上げたのに」

「何を言うか。エセトレアを救い、女王であるお前の窮地を救えば私たちはクシャリエにとっても英雄であろう! うむ! そうに違いない! 是非とも勇者サトゥンの名を、英雄である仲間たちの名を己が国で広めてくれ!」

「喜んでそうさせてもらうわ。全てが終わった後に、我が国にきてくれると嬉しいわ。最大限のもてなしをさせてもらいたいもの」

「む、抜け駆けはいかんぞティアーヌ。ランドレンは戦士の国、強者であり英雄を愛する心はどの国にも負けておらぬ。サトゥンよ、我が国に来て貰えれば最大級の誠意をもって歓迎させてもらおう」

「ぬはははっ! なんという幸せ! 勇者である私を巡って各国の王が是非に是非にと奪い合っておるわ! 無論行かせてもらうぞ! 仲間たちと共にちやほやされるために、世界の果てであろうとも喜んで向かってくれるわ!」

「旦那の機嫌が凄いことになってんな……」

「サトゥン、楽しそう」


 機嫌が天井知らずによくなり続けるサトゥンを見ながらロベルトとライティがしみじみと呟く。勇者サトゥン、おだてに致命傷なほど弱い男である。

 サトゥンと仲間たち、そして各国の代表の意見がまとまりとるべき選択肢が決定し、ラージュは一同に向けて口を開いた。


「まとめさせてもらおうか。僕たちは二手に別れて行動を取る。サトゥンとその仲間たち、そして僕とリレーヌはエセトレア城へ突入する。各国の代表およびサトゥン、グレンフォードを除く担い手は僕らが暴れている隙をついて街の外へ脱出を行う」

「ラージュ君も一緒に来てくれるの?」

「勿論だよ、リアン。僕はずっとこの日を待ち続けていたんだ……そう、ずっとね。これでも一応エセトレアの担い手だからね、君たちの邪魔にならないよ」

「ラージュ君が力を貸してくれるなら心強いよ。よろしくね、ラージュ君」

「頼むぜ、ラージュ」


 リアンとロベルトの言葉に、少しばかり照れくさそうに視線を逸らしてラージュは『よろしく』と返した。

 ただ、マリーヴェルだけは違う反応を見せた。少しばかり訝しげな視線をラージュの背後に控えるリレーヌへ向けながら、マリーヴェルは訊ねかける。


「あんた、いいの? これから私たちが誰をぶっとばしに行くのか理解してるの? この魔法を止めるために、私たちはあんたの父親と戦うのよ? ラージュがあんたも一緒に行くって決めちゃってるけど……ちゃんと自分で考え、自分で決めてるわけ?」

「これまでの話は全て耳にしていた。当然理解している。私はラージュ様と共についていくだけだ、そこに己の意志など必要ない」

「へえ……自慢の弓を父親に向けられるの?」

「それが優先すべき与えられた命令ならば」

「あっそ! 好きにすれば!」


 話は終わりとばかりに、マリーヴェルは声を少しばかり荒げて会話を打ち切った。

 どうやらリレーヌの回答がすこぶる気に入らなかったようだ。不機嫌になるマリーヴェルを隣に座るリアンが必死に宥めている。

 そんな二人に苦笑しつつ、ラージュが行動を起こすタイミングの話を行おうとしていたそのときだった。これまでサトゥンの仲間の中で唯一言葉を発していなかったミレイアがおずおずと手をあげ、意見を述べたのだ。


「あの……行動を起こすのは夕刻まで待って貰えませんか」

「時間を開けるということかい? その理由を訊かせてもらっても?」


 ラージュの問いに、ミレイアは回答に一瞬躊躇してしまう。彼女の視線の先には、未だ上機嫌に笑い続けるサトゥンの姿があった。

 彼女が時間を求める理由、それはサトゥンの体調が不安だったからだ。この場で唯一サトゥンが負傷していたことを知るミレイアは、今すぐ城へ向かうことにどうしても賛同できなかったのだ。

 ミレイアがみたサトゥンの胸の傷は決して浅いものではない。治癒魔法で傷は塞がったが、流れた血が戻るわけでも体の疲労が抜けるわけでもない。

 サトゥンは仲間たちにそのことを隠し通そうとしているし、ミレイアが誰かに話そうとすることも嫌がっている。だが、サトゥンがそうする理由も少なからず理解はできる。

 サトゥンとは仲間たちにとって揺るぎなき精神的支柱だ。普段がどうであれ、彼がいるからこそ仲間たちは実力以上の力を発揮できる。たとえどんな危険も困難も、彼と一緒ならば乗り越えられると想いが統一されているのだ。

 仲間たちにとってその支柱であるサトゥンが深い傷を負ったと知れば、動揺を生むのは間違いない。下手をすればいつも通りの力を発揮できなくなるかもしれない。そこまでサトゥンが考えているのかは分からないが、彼が傷を隠そうとする理由をミレイアは否定できないのだ。

 だが、その上でサトゥンが無理をすることも認められない。少しの時間でも体を休めることは大きな意味がある。だからこそ、ミレイアは時間を求めた。サトゥンの体を休めさせるために、彼の体のトラブルを唯一知る者として、仲間を想う者として。

 そんなミレイアの意見に賛同してくれたのはグレンフォードだった。ミレイアの表情をじっと観察し、ゆっくりと口を開いた。


「俺も賛成する。この場所に辿り着くまでに疲労している者も少なからずいる。数時間でも休むことには意味がある」

「その時間があちら側に余計な手を打たせる時間を生むかもしれないよ?」

「後手に回った以上、既に相手は山ほど手は打っているだろう。相手の積み重ねよりも、こちらを万全にした方がいい。それに城を攻めるにしても脱出するにしても、ある程度どうやって行動を起こすかの話し合いも必要だろう。その時間を戦う者の休息にあてればいいだけのことだ」

「なるほど。他に意見のある人はいるかい?」


 グレンフォードの後押しがあり、ミレイアの意見は通ることとなる。

 ミレイアはグレンフォードにぺこりと頭を下げて礼を告げ、グレンフォードは静かに笑って『気にするな』と返していた。

 そこから話し合いを重ね、行動を起こす時間が決定されることになる。今より四時間後、日没を迎える時刻である。



















 聴こえてくる大きな寝息、そしてときどき漏れる笑い声という名の寝言。

 ベッドの上で豪快に眠るサトゥンを眺めて、別のベッドに腰を下ろしているマリーヴェルは呆れるように言う。


「起きてても寝てても笑いが絶えないわね。どんな夢を見ればこんな幸せそうな顔できるのかしら」

「それがサトゥン様だから。サトゥン様、寒い日とかになると夜中に僕のベッドに入り込んで寝たりするから、朝起きたらこういう笑顔を浮かべてるサトゥン様の寝顔が真横にあったりするよ」

「……よし、叩き起こしましょう。ちょっとこいつに文句言いたくなった」

「だ、駄目ですわっ! 今日だけはゆっくり寝かせてあげて!」


 リアンではなくミレイアが止めに入ってきたことに少しばかり驚くマリーヴェルだが、元から起こすつもりはなかったらしく『冗談よ』と言って掌をひらひらと振って答える。

 それを見てミレイアがほっと心から安堵の表情をみせたのを当然マリーヴェルは見逃さない。体を休めている仲間を起こされることを止めただけの反応には見えないが、深く追求する理由もない。消化不良な胸の内を抱えながらも、マリーヴェルは何も口にすることはなかった。

 現在、このベッドの置かれている部屋では城への突入組が休息をとっており、脱出組は隣の部屋で話し合いを続けていた。

 ベッドに腰をかけて座るリアン、マリーヴェル、メイア、ミレイア、グレンフォード、ラージュ。寝転がっているのはロベルトとライティ。サトゥンは完全に眠りこけており、リレーヌは相変わらずラージュの背後に直立不動で立ち続けていた。

 それぞれが体を休める中で、ふとロベルトがラージュに対し訊ねかけるように口を開く。


「結局、この魔法を止めるにはフリックを気絶させればいいのか?」

「詠唱者、すなわち魔法の発動起点は間違いなくフリックだろうからね。どんな手を使ってもフリックの意識を奪えばそれで魔法は止まるはずさ。もしくは魔力源であろう魔石の破壊だね。恐らくフリックは足りない魔力を魔石から抽出しているだろうから、それを壊すという手もある」

「ラージュ君の考えでは、フリックと魔石はどこに存在すると考えますか?」

「フリックの居場所は簡単さ。奴はこの惨劇を特等席で眺めるために、王の部屋以外に考えられない。魔石は憶測になるけれど、地下が一番可能性が高いかもしれない。これだけの魔法を展開できるほどの魔石を誰にも見つからずに集められる場所なんて、数えるほどしかない。城の地下はフリックにしか侵入を許されない場所だった」

「最上階と最下部か……手を分けるべきなのかね、邪竜王のときみたいに」

「人数を分けるのは正直賛成できないわね。というよりも一人、二人で行動をすることに反対」

「なんでだよマリーヴェル。何か理由があるのか? フリックの野郎の罠にかかる可能性とか」

「罠なんて関係ない。人数を薄くしたとき、そこにシスハとクラリーネをぶつけられるのが拙いのよ」

「ふむ、レーヴェレーラの者たちだね。フリックについたという話は聞いたけれど、彼女たちはそこまで厄介なのかい? 確かにクラリーネ・シオレーネは担い手であり、相応の実力者だとは分かっているけれど」

「厄介なんてもんじゃないわね。まずクラリーネだけでも面倒だってのに……剣を交えずとも感じたわ、あの巫女シスハって奴の強さをね」


 真剣に語るマリーヴェル。負けず嫌いな彼女がここまではっきりと他者の強さを口にするのは滅多にないことだ。

 そして、彼女の言葉に真実味を更に持たせるかのように、グレンフォードが続けるようにシスハについて語っていく。


「俺も同感だ。奴の強さは正直言って計り知れないものを感じた」

「ま、マジかよ……グレンフォードの旦那までそれほど言うなんて、よっぽどじゃねえか。そんな奴、サトゥンの旦那くらいしか存在しねえと思ってたのに」

「サトゥンか。そうだな……よく似ている。あの女と対峙したとき、まるでサトゥンと対峙しているかのような錯覚を覚えたくらいにな」

「はあ……クラリーネって奴はいきなり背中に羽生えたり髪の色が変わったりするし、レーヴェレーラってあんなびっくり超人の集まる場所なわけ?」

「ち、違います! 少なくとも私の知る限りでは、クラリーネ様がそのような姿になれるなど聞いたこともありませんし、何よりシスハ様に戦う力なんてありませんでしたわ」

「羽が生えるって、そんな馬鹿な……いったい何があったんだよ」


 困惑する仲間たちに対し、マリーヴェルはクラリーネとの戦い、そしてその後に現れたシスハについて語っていく。

 姿を変化させたクラリーネは、『闘気』を解放させたマリーヴェルすらも圧倒するほどの身体能力を得ていたこと。だが、そんなクラリーネを躾と称して光の刃をつきたてたシスハのこと。

 彼女の話に一同は息を呑む。マリーヴェルを圧倒したクラリーネの強さもさながら、何よりもシスハが不気味に映るのだ。

 味方であるクラリーネを傷つけることを何とも思っていない在り方。そしてそれを為せるだけの力。マリーヴェルとグレンフォードという仲間の中でも戦闘に特化した二人を赤子のようにねじ伏せる異能。その全てが仲間たちの心を重くさせる。


「何にせよ、一番の大きな不安材料なのよね、レーヴェレーラの連中が。クラリーネだけなら私たちで何とかできるかもしれないけれど、シスハって奴は危険だわ。とにかく、あの連中の動きが読めない限り、私は全員で動くべきだと……」

「ぬふん、何の問題もない。奴は私がなんとかしようではないか」

「サトゥン様、目覚められたのですか」


 マリーヴェルの呟きに答えたのは、大欠伸をしながらベッドから体を起こすサトゥンだった。

 軽く一伸びしながら、巫女シスハたちについてサトゥンは意見を述べていく。


「あの小娘が次に起こす行動は一つしかない。どうやらあの小娘は私とミレイア以外眼中にないようだからな。私の命を消すこと、そしてミレイアの身柄を拘束すること。その為だけに動いている」

「……いや、本当にあんた何をして怒らせたのよ。ミレイアを狙ってるのも分かんないし、サトゥンの命を狙うことも意味不明だわ。サトゥン、あんた巫女シスハと本当に面識ないの?」

「ないな。微塵もない。私は人間を寵愛している故、この世界で出会った人間は一人とて忘れるはずがない……はずなのだが、奴の口ぶりはどうも私のことを知っている様子だな。ふむ、人間を私が忘れるはずがないのだが」

「分からないもんはどうしようもねえよ。それよりも旦那がシスハってのを抑えてくれるなら有難い。俺たちはその隙にフリックの野郎をぶっとばせばいいんだからな」

「問題はもう一つある。シスハやクラリーネも厄介だが、グランドラ王の存在も忘れてはならん」

「そっか、首謀者は二人いるんだったわね。魔法のことでフリックのことばかりになっていたけれど、更にその上に王様がいるんだった。王様を殴る機会が訪れるなんて思わなかったけれど」

「グランドラ王……サトゥン様と同等に打ち合えるほどの実力者ですか。フリック・シルベーラを守るために傍にいるのでしょうか」

「いや、奴は必ずあの小娘と共にいるはずだ。あれを私にぶつけて殺すことに拘っているからな。必ずあれは私の前に現れる」


 断言するサトゥンに対し、『それは拙いのではないか』とリアンやマリーヴェルが疑問を口にする。

 彼らが危ぶむその理由、それはサトゥンが人間を傷つけないという誓いにある。たとえ敵であっても、サトゥンは人を傷つけることを行おうとはしない。その点を突かれるのではないかというものだ。

 シスハ一人なら傷つけずに抑えること、時間稼ぎを行うこともできるかもしれない。しかし、そこにグランドラ王も加わっては厳し過ぎる戦いとなってしまう。聞けばグランドラ王の剣はサトゥンと同格という人間離れしたものだ。心配する皆を余所に、サトゥンは淡々とその真実を口にした。


「それは問題ない。グランドラといったか――奴は人間ではないのだからな」

「人間じゃ、ない?」

「七国会議で出会った頃から薄々と感じていた。実際に剣を交えて確信した。あの鎧の中に人間など入っておらぬことをな」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 冗談でしょ? グランドラ王って十数年も王として在り続けたのよ? それが人間じゃないって……嘘でしょ」

「こんなことで嘘を言っても仕方あるまい。私の雷を受けても怯むことはおろか、反応すらせずに前進し続けていた。人間ならば……否、魔人であってもあのような反応は見せたりしない。どのような傷を負っても人形のように動き続けていたからな、奴は」

「それじゃ、いったいグランドラ王の鎧の中には何が入っていると……」

「――化物だよ。この世の物とは思えないほどにおぞましい、フリックの野望の集大成さ」


 吐き捨てるように答えを紡いだ少年に一同の視線が集まる。その少年、ラージュは全員の視線を集めても動じることは無い。

 ただ、その瞳には初めて彼が見せる感情が灯っていた。それは憎悪。これまで少年が隠し続けていた黒き炎が初めて表面へと現れた瞬間だった。

 強く拳を握りしめるラージュに対し、やがてロベルトが張り詰めた空気を断ち切るように言葉を紡ぐ。


「なあ、ラージュ。もうそろそろ話してくれてもいいんじゃないか。お前の事情って奴をさ」

「僕の事情、か」

「お前は俺に言ったよな。『こんな時が訪れるのを確信していた』って。事実、お前は紅結界が発動したとき、まるでこのような状況になることが分かっていたかのように、迅速に行動し、『協力者』であるクシャリエの女王様と合流した。魔法院地下の通路といい、この場所を隠すための魔法といい、昨日今日の計画じゃないことは明らかだ。女王様とだって、七国会議から連絡を取り合ってる訳じゃないんだろう。少なくとも数年、長い時間をかけてこんな日のために準備を行っていたんだろう」


 ロベルトの問いかけにラージュは答えない。無論、ロベルトの口調は決して責め立てるようなものではない。ただ、確認をとるように優しい口調だ。

 その沈黙を肯定と受け取ったロベルトは頭を軽くかきながら再び言葉を紡ぐ。


「別に言いたくないなら言わなくていいさ。お前の背負ってるものがどれだけ重いかは分からねえ、人に分かって貰いたいなんて少しも思ってないのかもしれない。ただ、それでも俺は知りたいと思うよ。まだ十と少ししか歳を重ねてないお前が、たった一人で全てを抱え込んでこれほど綿密に計画を練り続けてきた理由をさ。お前の待ち続けていた『今』がここにある。この後、俺たちと行動を共にして、お前がやろうとしている目的はいったい何なのか。やっぱり知りたいと思っちまうよ。一緒に戦う『仲間』の想いは共有したいからな」


 それだけだ、と言葉を切るロベルトにラージュは言葉を返さない。

 ただ、表情に迷いが生まれた。時間にして十数秒だろうか。やがて考えを決めたのか、ラージュは大きく息をついて口を開いた。


「底無しのお節介だね。そしてお人好しだ。人生を損してるってよく言われないかい、ロベルト」

「仕方ねえだろ。背伸びしたい子供が必死に自分の気持ちを押し殺そうとしてるんだ。それを引き出してやるのが大人の役割ってもんだ」

「……よく言われたよ。『あなたは他人に理解されないことが当たり前だと勘違いしている。まずは思ったことを口に出してみろ』と何度も怒られた。そして、僕が思ったことを口に出して『君は馬鹿だ』というと、もっと怒るんだ。本当に理不尽だと思わないか?」

「ラージュ」

「だけど、そんな風にたわいないことで喧嘩した後に見せてくれる笑顔が好きだった。僕のことで喜怒哀楽をみせてくれる、そんな彼女が大好きだった。生まれてずっと一人だった僕に、誰かと一緒にいることの温かさを教えてくれた。その人と、一緒に生きたいと思った。僕の生きる理由、その全てだった。こんな時間がいつまでも続くと思っていたんだ」


 自嘲するように笑い、ラージュはそっと左目にかけた魔道具を外した。

 そして、その見えぬ左目でロベルトを見つめ、彼の追い求めた答えを紡ぐ。それが若き少年が孤独に戦い続ける理由、生きる全て。


「ロベルト。僕は君たちのことを眩く思うよ。この状況であっても、エセトレアの人々のために武器を取り、守るため、救うために戦う……まるで物語の英雄のようだ。だけど僕は違う。僕は他人のために戦えない。以前、君は僕に訊いたね。『戦争が起きて国の人間が何人死んでも興味無いのか』と。そして僕は『僕にとって大事なのは、僕にとって線の内側の人間だけだ』と答えた。それが僕の全てなんだ。僕が生きる理由も、戦う理由も、その全てはたった一人の為でしかない。ロベルト、君は僕のことを仲間だと言ってくれた。だからこそ、僕も正直に語ろうと思う」


 どこまでも真っ直ぐに語るラージュの想い。

 ロベルトたちはラージュの一言一句を真剣に受けとめる。彼が一人で背負い続けたものの重さに負けないように、強く。


「僕の目的、それは『復讐』と『解放』だ。フリック・シルベーラを殺し、彼女を――リレーヌ・シルベーラを僕を含む全てから解放すること。それが僕の生きる理由の全てなのだから」








少年少女に愛される男、ロベルト・トーラ。なお大人の女性には(略 次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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