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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
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75話 不通





 鍛錬のために闘技場に向かったリアンたちと別れ、ロベルトとライティはラージュのもとを訪れていた。

 あの日、街中でラージュと共に夕食をとってからというもの、二人が魔法院の彼のもとへ訪れるのは日課のようになっている。ラージュとライティは共に優秀な魔法使いであり、互いの知識と理論を交換することに熱中していた。

 その光景をロベルトは楽しそうに、そして微笑ましそうに見つめていた。ライティは魔法に関して抜きんでた知識と才を持っており、仲間たちはおろか、魔法に優れた流浪の民のなかでも彼女と肩を並べて話すことができる人物など存在しなかった。

 そんな彼女が初めて出会えた、同じ目線の高さで魔法を語り合える少年、それがラージュだった。歳は離れているが、ラージュが彼女にとって良き友となればいいとロベルトは思っていた。本人は気付いていないが、まさにそれは兄が妹を見守るようでもあった。

 昼をライティのためにラージュとの時間に使い、夜は七国会議で鍛錬できなかったグレンフォードやベルゼレッドと共に己を鍛え抜く、それがロベルトのここでの生活だった。夜、グレンフォードに扱きに扱かれるロベルトを見ては、ベルゼレッドがロベルトをローナンに勧誘していたりしたが、それは全てライティが拒否していた。ロベルトは冗談半分の言葉だと笑っていたが、ベルゼレッドが本気であることを誰よりもグレンフォードは理解しており、何度も深く溜息をついていたりする。ベルゼレッドは本気でロベルトを気に入っているらしい。

 今日も二人が魔法について語り合っているのを、ロベルトは用意された魔法院の椅子に座りその光景を眺めていた。

 椅子に背を預け、うんと背伸びを一つして、ロベルトは室内を改めてぐるりと見渡した。幾多に聳える本棚とロベルトでは到底理解出来ぬであろう本の山。まさに知識の宝庫の名に相応しい様相となっている。

 そんな自分とは縁の遠い世界を眺めながら、ロベルトは視線を二人とは異なる人物へ向けて訊ねかけるように口を開く。


「これだけ凄い設備が整ってるっていうのに、ここはいつ来てもラージュとあんたしかいないんだな、リレーヌ」


 ロベルトの視線の先に佇んでいたリレーヌは彼に言葉を返そうともしない。ただ無言で立ちつくし、ラージュを見つめているだけだ。

 いつも通り過ぎる反応に、ロベルトは軽く溜息をつくしかできない。ここ数日、この部屋に訪れてはやることのないロベルトが何度もリレーヌと会話を試みているのだが、そのことごとくを彼女は無視していた。まるでラージュの言葉以外届いていないかのように。

 そんなロベルトに気付いたらしく、ラージュは苦笑しながら彼の問いかけに代わりに答えを返した。


「魔法院の人間は僕を除きほとんどがフリックの命令で動いているんだ。ここに戻ってくることはほとんどないと考えた方がいい。おかげで僕は快適に過ごさせてもらっている訳だがね」

「フリックって、確か魔法院長で宰相だったか。いいのか、ラージュは命令もらわなくても」

「僕は優秀だからね。過去も現在も必要以上に貢献している、その対価が自由さ」


 そう言って、ラージュは魔法院に所属してから自分が行ってきたことを二人に説明する。その説明にロベルトもライティも驚くばかりだ。

 魔法発動の簡略化、魔法石の更なる高効率変換、過去にない新たな魔法開発、神魔法ではない医療用魔法……きりがないほどのラージュの功績にただただ舌を巻く他ない。

 戦闘能力に加え、これだけのことをやってのけたのだ。この年齢で魔法院副院長にまでのし上がったのは伊達ではないとロベルトは改めて認識した。

 ただ、自慢気に胸を張るラージュはやはり年相応の子供にしか見えないが。それを口にするとへそを曲げるので、ロベルトは笑って口にしたい気持ちを押し殺しながら、別の話題を提起する。


「しかし、七国会議も明日で終わりか。なんだかんだで、あっという間だった気がするな」

「代表が話し合いをするためのものだからね。付き添いの君たちからしてみれば、手持無沙汰だったんじゃないのかい」

「そんなことはないさ。異国を楽しめたし、何よりラージュと知り合うことができたからな。そうだろ、ライティ」

「ん」

「……君たち。そういう言葉を面と向かって言うことに気恥ずかしさを覚えたりしないのか」

「なんだ、照れてるのか」

「馬鹿らしい」


 二人から顔を背けてつれない言葉を放つラージュ。それが照れ隠しであることは誰が見ても明白だろう。

 やがて、気を取り直したのか、軽く息を吸ってラージュは再び二人に口を開く。


「数日ばかりの付き合いだけれど、君たちと過ごした時間はまあ……悪くはなかったよ。有意義だと言ってもいい」

「そりゃ光栄だ。次に会うときはラージュがメーグアクラスに来るときかね。その機会があったら、是非とも会ってくれよ。歓迎するぜ」

「そうだな……僕もそんな日が訪れることを楽しみにしておくよ」


 そう言って笑うラージュ。その笑顔にロベルトは少しばかり違和感を持った。まるで何かを誤魔化すように、諦めるように。

 彼の感じた違和感を置き去りにして、ライティはラージュに問いかける。


「七国会議が終わったら、ラージュはどうするの?」

「いつも通りさ。リレーヌを連れて、再び遺跡に戻るだけだね。報告書も提出を終えている、フリックに文句は言わせないさ」

「……あの遺跡か」


 ロベルトの脳裏に思い出されるのは、エセトレアを訪れた初日、ラージュと出会った遺跡。

 サトゥンの様子がおかしくなり、彼に導かれるままに遺跡内部へと入り、そこで見た白骨の屍と古錆びた剣。

 遺跡に足を踏み入れたときから感じていた、何かに押し潰されるような圧迫感。そして、白骨を見た刹那、ロベルトは意識を失ってしまった。

 それはロベルトだけではない。仲間たちの誰もが同じ錯覚に陥り、彼同様気を失ったのだから。結局、そのなぜ自分たちがそのような状態に陥ってしまったのかは分からない。

 だが、あのとき白骨の背後に描かれた文字をサトゥンが読み解いた内容。それが真実ならばあれは『勇者リエンティ』の屍であり、背後の剣は『聖剣グレンシア』だということになる。

 実在したおとぎ話の世界、未だ信じがたい真実。それらが本当だとして、なぜ自分たちはリエンティの屍をみて、あの場所に触れ、気を失ってしまったのか。言いようのない圧迫感を感じてしまったのか。

 答えの出ない迷路に、ロベルトは早々に降参をして口を開いた。このような迷路を解き明かすのは自分ではなく、頭の回る彼らだろうから。


「ラージュはサトゥンの旦那の言っていたこと……あれが『リエンティの勇者』だって、信じているんだな」

「勿論さ。信じているというより、それなら全てに納得がいくといった方が正しいけれどね。

女神リリーシャが生み出した世界の歴史、その中に残らぬあの遺跡はいったいどこに根源があるのか。歴史書には残らない、ならばその欠片はどこにあるのか……この数年間、ずっと考えていたよ。見つからない訳さ、真実が『幻想』の中に隠されていたのではね」

「ありえない架空のおとぎ話だって、歳を重ねれば誰もが認識することだからな、『リエンティの勇者』の物語は」

「不思議な物語だよ。出自があやふやでありながら、国を問わず誰もが知る物語……世界の窮地に、勇者が仲間たちと共に魔の王を打倒し、世界の平和を取り戻す。実に単純で実に子供の喜びそうな物語だ」

「単純で子供騙しな話は嫌いか?」

「幼子の喜ぶ優しい世界を現実と比べて否定するほど、僕はそこまで子供に見えるかい?」

「悪かったよ、怒るなって」


 不満そうな表情を浮かべるラージュを宥めるロベルト。

 軽く息を吐き出し、ラージュは気を取り直して会話を再開する。


「初めてあの遺跡を発見したとき、必ず何かあるとは思っていた。それが『リエンティの勇者』だとは思わなかったけれど」

「そういえば、ラージュはなんであの遺跡を発見出来たんだ? あんな岩盤をわざわざくり抜いて、普通は何かあるなんて思わないだろ」

「確かにね。魔法院の連中、フリックをはじめとして全員から頭がおかしくなったのかというような目で見られたよ。

だけど、僕は確信していた。あの岩盤の先に、必ず何かがあるとね。その理由は――」


 そこまでラージュが語った瞬間だった。四人が滞在する魔法院の部屋、その世界が『紅』に染まったのだ。

 夕焼けに染まるように、夕日が差し込むように紅く。驚くロベルトとライティだが、彼らが驚きを言葉にするより早くラージュが動いていた。

 ラージュは即座に自分とリレーヌに向けて、無詠唱の魔法を展開したのだ。ラージュから放たれた魔法は青白き衣、二人の全身を包むように纏わり、そして浸透するように消えていく。

 魔法を行使し終えたラージュは、軽く息を吐きながらリレーヌへ向けて問いかける。


「異常はないか、リレーヌ」

「はい。何も問題ありません」


 無機質な返答、その内容に安堵するラージュ。そんな彼に我を取り戻したロベルトは慌てて問いかける。


「お、おい、ラージュ! 急に部屋の色が変わったが、これはいったい……」

「悪いがロベルト、この場所ではあまり問答をする時間はない。今すぐ魔法院、いや、城から出る必要がある。早急に場所を移そう」

「そりゃどういう意味だよ。お前、これが何だか分かっているのか?」

「すぐに君も分かるよ。外の光景を眺めれば、確実にね。いくぞ、リレーヌ。二人もついてきてくれ」

「はっ」


 ラージュとリレーヌは二人の返答を待つことなく、魔法院の奥の部屋へと駆けていく。

 何がなんだか分からず、困惑するロベルトだが、ライティが彼の袖を引っ張ることで為すべきことを決め、ラージュたちについていくことにした。

 部屋が紅に染まった理由は分からないが、少なくともラージュは理由を知っているようだ。そして、その彼がこの場所に留まり続けることは拙いと教えてくれた。

 ならば、まずは彼の指示に従おう。そして後でじっくり話を訊かせてもらう、それがロベルトの選択だった。

 二人を追って駆けるロベルトと彼に背負われたライティ。ライティの足で駆けるより、ロベルトがこうして走った方が遥かに速いためだ。ライティの重さを微塵も抵抗として感じなくなっているあたり、日々のグレンフォードによる鍛錬が完全に実を結んでいるらしい。

 ラージュたちを追って辿り着いたのは、魔法院の最奥の部屋にある巨大な書庫。その書庫からラージュは一冊の本を取り出し、魔法によって本に点火を行った。

 いったい何を、そう考える暇もなく、ラージュが書物に炎をつけた刹那、本を取り出した場所の本棚は幻であったかのように霧散し、その後ろには人一人が通れる程度の狭い通路が存在していた。

 

「僕の作った隠し通路さ。これを通れば地下を抜けて街へと抜けることができる」

「こ、こんなものいったい何のために……」

「決まっているじゃないか。近い未来、必ず訪れると確信していた『こんなとき』の為にさ」


 先導する二人の背中を追いかけ、ロベルトは薄暗く紅に満ちた通路を駆けていく。

 細く狭い通路をかけ続けることしばらく。辿り着いた通路の最果て、行き止まりの壁に対し、ラージュは手を翳して魔法を解き放つ。

 すると、先ほどの本棚同様、壁は空気に解けるように霧散して消え去った。そして、壁の先はエセトレアの街の裏路地へとつながっていた。

 周囲の状況を先にラージュとリレーヌが確認し、ロベルトたちに振り返って口を開いた。


「ロベルト、君は先ほど僕に訊ねたね。この紅い世界はいったいなんなのかと。

その答えを示す光景が、この先に存在する。それを自分の目で確認するといい。君たちの瞳に映る景色が、真実の全てだ」


 ラージュに促され、ロベルトとライティは一度顔を見合わせ、意を決して通路から街の光景を眺めた。

 そして、視界に広がる光景に絶句する。紅に染まる街、日中でもあり、賑やかな喧騒に包まれている筈の街の姿は変わり果て。

 街を歩く誰もが表情から生気を失い、その瞳は紅に染まり。まるで屍が徘徊しているかのように、おぼつかない足取りで蠢きまわり。

 あまりの光景の異常さに、ロベルトとライティは言葉を発せない。いったい何が街で起こっているのか、全く理解ができないのだ。

 そんな二人に答えを与えるように、ラージュは左目の魔法具を触りながら口を開く。


「街の人々があのようになっている原因、それはこの紅の世界が原因さ。

城と城下街を包んでいる紅き密室が、人々の意識を奪い、術者の意のままに操ることを可能とさせている。これは魔法だよ、ロベルト、ライティ」

「魔法だと……? こんな、こんなことができちまうのかよ、魔法ってやつは……」

「理論上は可能だよ。ただ、これだけの広範囲かつ膨大な人間全てに魔法をかけるには想像を絶するほどの魔力を必要とする。

正直、甘くみていたね。多くとも、城内だけで収まると思っていたが、まさか城下街まで範囲におくなんて……いったいどんな手を使ったのか」

「ねえ、ラージュ君。どうしてラージュ君はこの魔法を知っているの? 私が見ても解析できなかったこれを、どうして?」


 ライティの問いかけに、そんなことかとラージュは苦笑して呆気なく答えを紡ぐ。

 それはまるで、己の過去を吐き出すように、自嘲するように。


「この魔法を僕が知らない筈がない。なぜならこの魔法の基礎を作りだしたのは、他の誰でもない僕なんだからね」

「何……?」

「僕が数多の魔法を作ったことは話しただろう。そしてその全てを魔法院長へと差し出したことも。その中の一つさ。

この魔法はエセトレアの民の血が流れる者ならば誰でも容易に操ることができる――過去の僕の生み出した反吐のでるほどに最悪な魔法なのだから」


 まるで怒りを抑えるように紡がれたラージュの言葉。その反応から、このように使われていることがどれだけ不本意なのかがロベルトとライティには伝わっていた。

 そして同時に、この魔法を行使したのが彼ではないことも確信する。これだけの魔法だ、当然この国で一番魔法を使いこなす天才であるラージュが容疑者にあがらないわけがない。

 だが、数日の付き合いから二人の心は必死に彼を容疑者とみなさないようにしていたのだ。その気持ちが解消され、幾分余裕がでたロベルトは、ラージュに問いかける。


「お前が作った魔法なら、解く方法も知ってるんじゃないのか? この街の人々をなんとかできないのか?」

「知っているけれど、一人一人に解放を行っては手遅れになる。一番早い方法は、この魔法を展開した術者を止めることだね。

僕の作ったこの魔法の使い方は、たった一人にしか教えていない。ならば術者は一人しかいない」

「フリック・シルベーラ」


 ライティの紡いだ答えに、ラージュは頷いて肯定する。

 その名前にロベルトは表情を顰める。その人物はこの国の宰相であり、王の次に偉い人間なのだ。何の目的かは分からないが、このような民を操るような真似を国の頂点が行うなど考えたくもなかった。

 そして、その人物は今現在共にある少女、リレーヌの実父なのだ。そのことを気にかけていたロベルトだが、当人である彼女は相変わらず人形のように無表情だ。何を考えているのかすら読めない。何も言えないロベルトに、ラージュは全員に向けて提案を行う。


「この魔法は術にかかっていない人間を敵とみなして襲わせるものだ。このままここにいても、街中の人間から襲われるだけだ」

「ならどうする。フリックとかいうおっさんを止めるために城に向かうのか?」

「各国の代表、そして担い手が揃っている中でこんな馬鹿げたことを行ったんだ。ノコノコと城に戻ったところで、狡猾な罠に引っ掛かるだけさ。

フリックは馬鹿じゃない。あいつを止めるためには、相応の準備をこちらでも行う必要がある」


 そう言って、ラージュは手のひらに小さな魔弾を作り、空に向けて解き放つ。

 紅の大空へと放たれた魔法は、宙で弾けて、城や街中を一瞬染めるほどの白き輝きを放った。

 それは敵を倒す威力もなにもない、目を眩ますために用いる魔法だった。魔法を解き放ったラージュはロベルトたちに振り返り、口を開く。


「協力者と合流するよ。街の最北、宿屋の地下室に向かおう。先ほどの魔法は彼らとの合図だ」

「協力者?」

「……いつの日か、フリックが必ず行動に出ると分かっていたからね。奴が裏で動く間に、こちらも色々と動かせてもらっていた。

とにかく、その者たちと落ち合おう。君たちがどうするかを判断するのは、とにもかくにも安全を確保してからのほうがいい」

「いや、待ってくれ。城にはまだ俺たちの仲間がいるんだ。他の連中の安全を確保してからじゃないと……」

「ロベルト、武器を通じてサトゥンごしにみんなに連絡すればいいんじゃないかな」

「そ、そうかっ」


 腰に下げていた冥牙グリウェッジを握りしめ、ロベルトは必死にサトゥンへ呼びかける。だが、彼の言葉にサトゥンからの返事は無く。

 このようなことは今まで一度もなく、困惑してライティへ視線を向けるロベルトだが、ライティも虹杖スフィリカを手に持ったまま力なく首を横に振る。

 サトゥンに連絡がとれないという状況が、ロベルトたちを更なる動揺へと誘ってゆく。なぜ、連絡がとれないのか。いったい何が起こっているのか。

 迷うロベルトだが、ライティの前で無様な姿は晒せない。何より、ラージュとライティの二人を不安にさせるわけにはいかない。

 悩み、考え、冷静に決断を下し、二人に安心をさせること、それが自分のなすべきことだから。考え抜いて、ロベルトは結論をラージュに伝える。


「合流地点に向かおう。他の仲間たちは強いから、一般人を操った敵くらいじゃ相手にしないはずだ。

心配なのはミレイアくらいだが、間違いなくマリーヴェルの嬢ちゃんたちが城へと向かったはず。逆に俺たちも向かって入れ違いになるのが怖い。何があったかは分からないが、サトゥンの旦那ともすぐに連絡をとれるようになるはずだ。俺たちは俺たちにしかできないことをすべきだ。ライティ、どうだ」

「ん。私はロベルトについてくよ」


 意見がまとまり、二人はラージュに共に行く結論を伝えた。

 二人に感謝し、街をうろつく人間たちにみつからないようにラージュたちは目的の場所へと移動を始めた。

 ただ、ロベルトとライティの胸の中には言いようのない不安があった。

 それは、このような事件に巻き込まれたことへの不安ではない。いつだって、自分たちを安心させてくれたサトゥン――彼との連絡がとれないことに対しての不安だった。

 どんな逆境でも、どんな恐怖でも、いつだってサトゥンが背中を守ってくれたから、支えてくれたからこそ胸に安心を抱いて全力で駆け抜けられた。

 その彼と連絡が取れないこと、それがこんなにも不安なことなのだとロベルトたちは改めて実感するのだった。


















 リアンたちが、ロベルトたちが。


 仲間の誰もがサトゥンとの連絡をとれない現状。

 なぜサトゥンが返事を返してこないのか、その理由を、真実を彼らは想像すらできなかった。




 彼らが困惑に包まれ駆け抜けているエセトレア。それらが存在する世界とは異なる異空間。


 その場所で、サトゥンが聖剣グレンシアを杖代わりに必死に立ち上がろうとしていた。

 胸は切り裂かれ、鍛え抜かれた体から流れ出し、大地を染める血だまり。肩で呼吸を行い、その姿はまさしく劣勢以外の何ものでもなく。

 ボロボロになったサトゥンに対し、光り輝くもう一つの『聖剣グレンシア』を向けて見下ろすは暗蒼の重鎧。そんな二人を愉しげに見つめる巫女シスハ。







 そう。英雄たちが彼のこのような姿など決して想像できるはずがなかったのだ。


 あのサトゥンが、他の誰かの後塵を拝する姿など、決して――









サトゥンに流血させたのってマリーヴェルギャグ描写以来二人目のような気がします。次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。


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