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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
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74話 浸食






 魔法院の地下深く、太陽の光が一切差し込まぬ世界。

 城でも一握りの者しか知らぬその室内に届けられたものを見て、エセトレア宰相であるフリックは口元を歪めさせる。

 報告を受けたときに感じていた懐疑的な感情は、実物を目の当たりにすることで霧散した。

 彼の下に運ばれてきたもの、それは遺跡でラージュたちが発見した白骨と古錆びた剣だった。彼はリレーヌより報告を受け、ラージュには内密に兵を動かし、それらを城まで運ぶように指示していた。

 そして、実物を目の当たりにし、心の中から湧きあがる喜びを隠すことができない。白骨と古錆びた剣から感じられる圧倒的かつ濃密度な力。それは魔力だけでは説明できない常識を超越した何か。


「素晴らしい。これならば、私と王の夢は更に現実の物へと近づくことになる。

王よ、今しばしのお時間を下さい。この力、必ずやあなたの夢を叶えるために活用いたします。そう、この力さえあれば……」


 背後に控える鎧を纏った王に口を開いてたフリックだが、その言葉は途中で途切れることとなった。

 王と彼以外、入室を誰一人として許されていないはずのこの部屋に招かれざる闖入者が姿をみせたためだ。

 フリックは軽く息を吐き出し、その者たちへ向けて掌を翳した。彼の手には圧縮された魔弾が生み出され、それが解き放たれれば怪我では済まないだろう。

 だが、それを向けられても平然としている客人たちに、フリックは忌々しげに舌打ちをして口を開いた。


「扉の外は魔法兵で固めていたはずだがな……一応訊いておこう、何用でここに乗り込んできた。まさか道に迷ったわけでもあるまい」

「真逆。世界の迷い子であるあなた方に救いの手を差し伸べにきたのですよ、フリック・シルベーラ」

「闖入者にしては面白いことを言う。まさかお前たちの国には不法侵入を罰する法がないなどと言うつもりはあるまいな――巫女シスハよ」


 フリックの言葉にも、侵入者であるシスハとクラリーネは眉ひとつ動かすことはない。

 まるでフリックの脅しをそよ風にでも思っているかのようで、彼はそれが気に入らない。どう排除すべきかを考え始めた彼に、シスハは白骨と古錆びた剣に視線を向けて淡々と言葉を紡ぐ。


「なるほど、『リエンティの亡骸』と『グレンシア』ですか」

「……なぜ、それを」

「救いの手を差し伸べにきたと言った筈ですが。私は全てを把握していますよ。これらを使ってあなたが何をしようとしているのかも全て。ふふっ、良い趣味をしていますね、フリック・シルベーラ」


 そう述べて、シスハは彼の背後で剣を抜こうとしたエセトレア王グランドラへ視線を向けた。

 彼女の瞳に、フリックは全てを察した。理由は分からないが、彼女は全てを見抜いているのだと。フリックと王の夢、野望、これから彼らが為そうとしていることを。

 表情を険しくして睨みつける視線を強める彼に、シスハは軽く息をついて再び口を開く。


「そう邪険にしないでほしいものですね。私はあなたたちの邪魔をするつもりはありませんよ」

「……信じられんな。何を以ってそれを証明する」

「あなたがこの『リエンティの亡骸』と『グレンシア』を用いて行おうとしたこと、それを私が行ってみせましょう」

「何だと?」

「あなたがこれまで行ってきたやり方同様では、リエンティの力の全ては引き出せません。

ですが、私なら全ての力を解放できます。私を信じて頂けるなら、この世に再現してみせましょう――かつて世界を救い、そして全てに絶望した哀れで罪深き勇者を」


 フリックに向けられた魔弾を気にせず、シスハは一歩また一歩と白骨とグレンシアへと歩み寄っていく。

 そして、それらの前に立ち、軽く息を吐いて、両手を翳した。その刹那、錆びついた剣がゆっくりと宙へと浮いていった。

 いったい何を、そうフリックが考える暇すら彼女は与えることはなかった。宙に浮いた剣に対し、シスハは自身の掌から黄金の光を解き放ったのだ。

 光に包まれた錆びついた剣は、まるで伝播するようにその黄金の輝きに包まれてゆき、光が収まるとそこには見違える剣が存在していた。

 それはまさしく黄金の輝き。先ほどまでの錆びついた姿はどこにもない、まさに伝説に名を残す一振りの剣、『聖剣グレンシア』がそこに在った。

 驚愕に言葉を失うフリックに、シスハは微笑みながら淡々と言葉を続けていく。


「相変わらず忌々しい輝きを放つ剣です……さて、次は亡骸の作業を済ませるとしましょうか」

「……お前はいったい何のつもりだ。我らの胸の内を、望みを知りながら手を貸すなど……この私に、いったい何を望むというのだ」


 問いかけるフリックに対し、シスハは口元を釣り上げて妖しく笑うだけ。それは聖女と謳われる少女のそれとは思えぬほどに、歪で。

 そのとき、フリックはようやく自分の立場を把握した。己に選択肢など存在せず、目の前の『異形』に頭を垂れる他ないのだと。

 だが、その状況はフリックにとっても望むところなのかもしれない。望みさえ叶うのならば悪魔に魂を売り渡しても構わなかった。

 その悪魔が、今こうして己の眼前で微笑んでくれているこの状況は、まさしく女神の采配なのだろう、と。


















 エセトレアでのサトゥンたちの日常は何事もなく過ぎ去っていく。

 三日目、四日目、五日目と淡々と時間が流れ、七国会議では重要な取り決めの話し合いが粛々と行われていった。

 何か起きるのではないかと警戒していたリアンたちだが、今となってはその意識も完全に薄れてしまっていた。

 あまりに何もなく、そして街の人間や城の者から戦争を計画しているような気配など微塵も感じられず、リュンヒルドの思い込みだったのではないかとマリーヴェルなど愚痴っていたほどだ。


 六日目の昼過ぎ、何事もなく今日も太陽が進んでいこうとしているなか、リアンとマリーヴェル、そしてメイアは闘技場で武器を振るっていた。

 異国に来ているとはいえ、何もすることなく時間を過ごせる性分の彼らではない。時間があれば、こうして場所を借り、鍛錬を欠かさなかった。

 いつもならここにロベルトとライティもいるのだが、二人は今、ラージュのところへ遊びにいっているらしい。遊びといっても、ラージュとライティが新たな魔法理論に関する話し合いを行うという恐ろしく高度な遊びなのだが。

 ちなみにサトゥンは今日も七国会議で椅子の上で眠りこけているのだろうか。ミレイアは一人部屋に残り、リーヴェの世話をしつつ部屋の清掃を行っていた。村での生活が体に染みついてしまい、一日一度は家事をしないと落ち着かないらしい。


「それにしても、本当に何も起きないわね……拍子抜け」

「大陸の王様たちが集まってる場所だからね。何も起きないのが一番だよ」

「それはそうなんだけどね」


 リアンとマリーヴェルが互いの武器を手に軽く打ち合いながら会話を行っていた。

 二人にとっては軽くと表現しているが、一般の兵士から考えれば有り得ないほどの剣速で打ち合っている状態だった。

 そんな二人から少し離れてメイアが布で軽く汗を拭いている。先ほどまでは彼女とリアンが打ち合っていて、今は交代でマリーヴェルが打ち合っている。

 そんな二人の会話に耳を傾けていたメイアが微笑みながら口を開く。


「これだけの兵士が城を守っていますからね。エセトレアの兵士もメーグアクラスやランドレンに負けぬほど精強と聞きます。

特に魔法兵は別大陸にある魔術国レーメイシア王国にも匹敵するそうですよ」

「へえ……それだけの魔法兵がいながら、副院長にのし上がって担い手を務めるラージュは本当に強いってことよね」

「帰国前に手合わせしてみるのも良い経験ですよ。彼はきっと二人の苦手とする戦いを得意とするでしょうから」

「良い勝負ねえ……っと」


 切っ先を変えて軌道を変えたリアンの槍を巧みに避けながら、マリーヴェルはくるんと体を宙で一回転させて着地する。

 その姿を猫のようだと一瞬見惚れたリアンだが、それが命取りとなる。着地と同時に跳躍したマリーヴェルがリアンの脳天に月剣を振り下ろし、最後にこつんと軽く押し当てて試合終了だった。

 敗北を喫してしまい、肩を落とすリアンと上機嫌のマリーヴェル。彼は先ほどメイアにも土をつけられてしまっており、これで今日は二連敗だった。

 互いを傷つけず、それでいて高速で打ち合う剣舞には相応の技術を必要とする。力で強引にねじ伏せる戦法が得意なリアンより、技術に優れる二人が勝利を手にするのは当然の結果なのかもしれない。

 だが、その敗北をリアンはよしとしない。何より師匠であるメイアがよしとしない。ニコニコと微笑みながらリアンを呼ぶメイア。その笑顔を見て、リアンは表情を引き攣らせ、マリーヴェルはご愁傷さまと祈るだけだ。

 普段の生活での穏やかなメイアとは異なり、戦闘に関するメイアは常人の何倍も厳しい。そしてリアンにはその更に何倍も厳しい。

 穏やかな笑顔のままで、先ほどの戦闘において何が悪かったのかを説教するメイア。笑っているが、この笑顔は怒りをはらんだ笑顔でもある。

 これから休憩時間いっぱい全て説教に費やされるだろうなと他人事のように思いながら、マリーヴェルは腰を下ろして休憩しようとしたその時だった。


 その異変に気付いた三人は表情を一瞬にして驚愕に染めた。

 彼らの日常を打ち壊す異変、それは世界の変化。彼らの生きる世界が、まるで血に染まったような紅に変化したのだ。

 大地を照らす輝きは夕焼けのそれよりも紅く妖しく。急激な世界異変、その異常を視界に入れながら三人は言葉を紡ぎ合う。


「何よ、これ……いきなり世界が紅くなって。太陽は昼の位置にあるのに、どうして……」

「世界がまるで夕闇に包まれたみたいだ……これは、魔法?」

「こんな世界を変えるほどの大魔法など聞いたことがありません……それよりも二人とも、体に異常は」


 メイアの問いかけに、二人は首を横に振って応えた。どうやら世界の色を染めた異常は人間の体を害するものではないらしい。

 最悪の事態を回避できたことに安堵しつつ、状況把握をするために周囲を観察する。そして、空を見上げてとあることに気付いた。

 紅に染まった世界が区画で切り抜いたように空の途中で終わっていたのだ。空の彼方を眺めると、紅の世界は途中で終わり、先ほどまでと変わらぬ青空が広がっている。

 すなわち、この異変は世界全体で起こっているものではなく、エセトレア城周辺地域だけで起こっている異常だということだ。

 それに気付いたメイアが、確認のために空へと舞い上がる。風魔法を用いて、見えない足場を形成し、遥か上空から異変を観察した。

 ぐるりと一周見渡し、確認ができたことで再び二人の元へと戻り、説明を始めた。


「どうやらこの紅き世界はエセトレア城およびエセトレア城下街でのみ起こっているようですね。

空の切れ目と街の防壁の場所がほぼ一致しています。どのような魔法かは分かりませんが、城と街を狙ったものとみて間違いないでしょう」

「城を狙ったって……この城には七国の代表が集まってるのよ? それに喧嘩を売るって、いったいどこの馬鹿がそんなことを」

「分かりません。ですが、早急に城に戻った方がよいでしょう。この異常に対する対応は間違いなくエセトレア国主導で行われるはずですから」

「そうですね。とにかく一度みんなで集まらないと」

「……どうやら、話はそんな簡単にはいかないみたいよ」


 二人の言葉を遮るように、マリーヴェルは視線を闘技場の入場口へ向けたまま腰の星剣と月剣をゆっくりと抜き放つ。

 その視線の先には、二十人近くにのぼるエセトレアの兵士たちが武器を手にしたまま、まるで幽鬼の如くおぼつかない足取りで三人へと向かってきていた。

 彼らは闘技場を守っていた兵士であり、この場所を借りる際に三人も簡単な挨拶を交わしたりした者たちだ。その彼らのあまりの異常さに遠目からでも気付いてしまう。

 瞳を紅に光らせ、まるで躯のように表情は強張った彼らに、リアンもメイアもマリーヴェルにならうように己の武器を抜いた。三人共に武器を構え、マリーヴェルは軽く息を吐き出して言葉を紡ぐのだ。


「全く……何も起きないから拍子抜けとは言ったけれど、実際に起こられてもね」


 その呟きは誰に対する愚痴だったのか。紅の空に溜息を混ぜながら、マリーヴェルは誰より先陣を切って駆けだした。

 動き出した三人に対し、虚ろな兵士たちは表情一つ変えることなく武器を振り上げて彼らを襲い始める。

 剣を振り上げ、力の限り振り下ろす兵士だが、その動きは実に緩慢で鈍い。幾度も死闘を潜り抜けてきたリアンたちにそのような大振りが当たるはずもない。

 兵士の剣を避けたマリーヴェルは、勢いそのままに兵士の腹部へ回し蹴りを叩きこむ。衝撃を殺し切れず、背後の数人の兵士を巻き込んで吹き飛んでゆく。

 兵士たちを転倒させたことで開けた闘技場の入場口へ、三人は全速力で駆け抜けた。闘技場内を走りながら、三人は今後のことについて会話していく。


「兵士たちの様子がおかしかったけれど、この世界の色が変わったことと関係があるのかな」

「大ありに決まってるでしょ。それ以外何があるっていうの」

「とりあえず、みんなと合流しましょう。どうしてかは分かりませんが、エセトレア兵は私たちを狙っていました。それも命を奪うために。

なぜ、彼らがこうなってしまったのかを考えるのはその後です。まずはみんなの安全を確保することが先決ですからね」

「あああっ、よく考えたら部屋に残ってるのミレイア一人じゃない! こんなことなら無理矢理連れていくんだった! みんな、部屋に戻るわよっ!」

「そうだね、部屋に戻ってミレイアさんと合流して、それからロベルトさんたちやサトゥン様たちと合流しよう。

とりあえず、サトゥン様に武器を通じて連絡をとってみるね」


 そう言って走りながら槍を握りしめるリアンだが、やがてその表情が曇ってしまう。

 どうしたのかと訊ねかけるメイアに対し、リアンは小さく首を傾げながら理由を説明する。


「サトゥン様と連絡がとれないんです。こんなこと、今まで一度もなかったのに……」

「七国会議で寝てるんでしょ! あんのお馬鹿、肝心なときにっ!」

「とにかく部屋に戻ることに集中しましょう。何より優先すべきは一人でいるミレイアと合流しなければ……」


 闘技場の施設を駆け抜け、外へ飛び出した三人だが、視界の先に広がった光景に絶句した。

 そこには百を超える人間が闘技場を囲むように群がっており、先ほどの兵士たちのように瞳を紅く光らせ緩慢な動きで三人へと近づいて来ていた。

 集まった人間は兵士だけではない。城で働いている文官や使用人、なかには明らかに貴族であろう人間の姿もある。

 老若男女、立場や身分。その全てを置き去りにして、彼らはリアンたちへ向けて一歩、また一歩と足を進めていく。


「何なのよ、こいつら……いったいこの国に何が起こっているっていうのよ」


 マリーヴェルの紡いだ言葉に、答えられる者はどこにもいない。

 それはまるで亡者の行進、屍の世界。紅の瞳を光らせ、表情を失った人形たちの宴はここに始まりを告げて。







バイオハザード・コードエセトレア。次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、ほんとうにありがとうございました。


※書籍化のご報告

この度、魔人勇者(自称)サトゥンが書籍化されることとなりました。

詳細は本日の活動報告に記載させて頂きました。本当に、本当にありがとうございました。

本編の削除、ダイジェスト化はありません。これからも魔人勇者(自称)サトゥンを何卒よろしくお願いいたします。



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