73話 少年
サトゥンたちがエセトレア城の夕食会へと参加している同刻。
ロベルトとライティは城を出てエセトレア城下街を興味深げに観察しながら路地を進んでいた。
永久光を宿した魔法石により、夜もなお明るく照らし出される街並みに感動しながらロベルトは言葉を紡ぐ。
「夜だっていうのに街の賑やかさは消えないな。流石は城下街ってところかね」
「魔法石の流通がしっかりしている証拠。いいところだよ」
「だよなあ。俺の実家のある村なんか、魔法石なんて一つもなくて夜になれば炎の灯りだけが頼りだったもんだ」
「私たちは月明かりや星明かりを頼りにしてた」
「へえ。ミレイアみたいに魔法でぱーっと照らせばいいだろうに」
「あれは神魔法、私には無理だよ。似たようなことはできるけど……」
「できるけど?」
「私の魔法は威力が伴うから。跡形もなく吹き飛んじゃうかも」
物騒なことこの上ない発言をするライティに、ロベルトは頭の中で彼女の魔法を行使する姿を描いてしまった。
邪竜王の聖地で巨大な竜を次々と撃墜していた少女の姿が思い出され、『止めような』とやんわり制止する。
再び雑談に興じながら街を歩いていく二人だが、ふとロベルトは同行者の足が遅れていることに気付き、その場で足を止めた。
そして後ろを振り返り、少し離れた場所を不満げに歩いている少年に対して言葉をかけた。
「おいおい、どうしたんだよラージュ。歩くのが遅くなってるけど、腹でも痛いのか?」
「……別に腹など痛くはないさ。頭が痛いというのは否定できないがね」
「頭? なんだ、体の調子が悪いなら先に言ってくれよ。大丈夫か? 今からでも城に戻ろうか?」
「いや、いいよ。なんだかこうやって不貞腐れていることが子供じみて馬鹿馬鹿しく思えてきた」
「子供なんだから子供じみて当たり前じゃないのか?」
「年齢と精神が比例して成長するなんて決めつけは止めて貰おうか。少なくとも僕は君よりも大人だと思っているよ、ロベルト」
「ばーか、大人に対して自分よりガキだと思える時点でまだまだお前は子供だよ」
背後から遅れて歩いて来た少年――ラージュに対し、ロベルトはけらけらと笑いながら彼の頭をがしがしと撫でた。
その手を鬱陶しそうに払いながらも、これ以上彼も反論することは止めたようだ。諦め半分で軽く息をつき、二人と並ぶように歩きだした。
どうして彼がロベルトやライティと共に街を歩いているのか。その理由は、今より時間を少しばかり遡ることになる。
サトゥンたちと別れ、城ではなく街に出て夕食を取ろうとしたロベルトたちだが、城の外に出ようとするとエセトレアの兵士たちに止められてしまった。城の外に出るためには上からの許可がなければ出すことができないという。
彼らが言うには、少なくとも城に務める上級階級の者の責任のもとでなければ城外には出せないというのだ。もし、城の外で国外の者が何か問題を起こしてしまったならば責任問題となってしまう。どうしても外に出たければ、宰相や貴族の誰かに許可を貰ってほしいとのことだった。
それを聞いて、少し悩んだ後、ロベルトが導いた答えはラージュに頼むことだった。彼は魔法院副長という肩書があり、二人とも面識がある。夕食を共に街の外でしようと頼み込んでみようと考えたのだ。
彼も夕食会に参加しているかもしれないが、それならそれでまた別の手を考えよう。そう考え、二人は魔法院の部屋で書類作業に追われているラージュをみつけ、夕食に行こうと誘いだしたのだった。
突然の二人の来訪に驚き、訳の分からぬままに街の外まで連れ出されたラージュだったが、ようやく状況を受け入れたらしい。
左目に装着している魔道具を触りながら、ラージュは二人に訊ねかける。
「それで、いったいどこで夕食を取るつもりなんだい。まさか当てもなしに僕をここまで連れてきた訳でもないだろう」
「何を言ってるんだ、当てなんてある筈がないだろう。俺たちはこの街を初めて回るんだぞ。なあ、ライティ」
「うん、右も左も分からないよ」
「……胸を張って無知を誇られるのは呆れを通り越して感心するよ」
本日何度目となるか分からない大きな溜息をついて、ラージュは気を取り直して二人に口を開く。
「それでは僕が良い店を案内しよう。ついてくるといい」
「お、そいつは助かるな。言っとくけれど持ち合わせはそこまでないからな、貴族ご用達の店とかは止めてくれよ」
「分かっているよ、君にそんな金が払えないことくらい誰だって分かることじゃないか。君は金とは縁のなさそうな顔をしているね」
「相変わらず一言余計だっつーのな」
「ロベルト、お金ないの? 私のお金渡そうか?」
「……なんだか俺が男として最低に思えちまうから、財布を渡そうとするのは止めてくれ」
「……仲が良い兄妹のようだね、君たちは」
そう言って先を歩いていくラージュ。彼の言葉にロベルトとライティは互いに顔を見合わせる。
二人に最後の台詞を呟いたときのラージュの表情が、まるで欲しいものを我慢する年相応の子供のような、そんな風に思えたから。
ラージュに案内された場所は少しばかり大きめの大衆食堂だった。中々に繁盛しているらしく、空いている席に座って三人は息をつく。
ロベルトとライティが並ぶように座り、机を挟んで向かい合うようにラージュが腰を下ろしている。メニューを眺めるロベルトたちに、ラージュは店のおすすめを話していく。
「この店はピリーニの肉がとても良くてね。是非とも一品は頼んでみるのをお勧めするよ」
「ピリーニって大きな食用鳥か。へえ、うまそうだな。一つ頼んでみるか。ライティはどうする?」
「ロベルトのを一口もらうだけでいいよ。私はお魚食べたい」
「魚ならリレープ魚が良いね。ここから南にある湖でとれたものが直送されてくる、鮮度は抜群で風味も良い」
「おお、いいじゃないか。それも頼もう。他にお勧めはないか?」
ロベルトとライティの反応に気を良くしたのか、ラージュは次々に胸を張って店のお勧めを話していく。どのように美味いのか、食材や産地に関するエピソードもつけて。
嬉しそうに語るラージュにロベルトは頬を緩めてしまう。まるで親に褒めてもらい、更に頑張りをみせる子供のような一面をみせてくれたことで、どうやらロベルトのラージュに対する評価は完全に悪いものを消し去ってしまったようだ。彼にとってラージュは生意気なガキではなく、背伸びをする少年になったようだ。
そんな彼の内心を見透かしたのか、ラージュは少し顔を赤らめてこほんと咳払いを一つし、早く注文したまえと二人をせっついて誤魔化した。ラージュの勧めもあり、二人はビリーニとリレープ魚を中心とした様々なメニューを注文するのだった。
店員に注文を終え、夕食を待つまでの雑談としてロベルトはラージュに対して口を開いた。
「そういえば、今更だけどお前、担い手だったんだな。凄いじゃないか、その歳で国一番の戦士だなんて」
「別に凄いことじゃないよ。できることをやっていたら、そうなっただけのことだよ。
僕が凄いわけじゃない、僕より優秀な奴がいなかっただけだから。消去法で選ばれた担い手に価値があるとは思えないけどね。
……でもまあ、賛辞は素直に有難く受け取っておくよ。悪い気はしないからね」
「おう、そうしとけ。少なくともお前はあのリレーヌって嬢ちゃんよりも強いんだろう。それだけでも大したもんだ。そういえば、今日は彼女いないんだな」
「ああ、リレーヌなら宰相のフリックのところに戻されているよ。明日朝には僕の傍に再びつけられるだろうね」
ラージュの表現に違和感を覚えたロベルトだが、ラージュの表情がいつも通りのため、特段追及する事もなくそのまま流すことにした。
一度水を口に運び、今度はラージュが二人に対して話を始める。
「しかし、サトゥンは規格外だね。正直甘く見ていた。最強の英雄グレンフォードと僕の力ならば勝算があると思っていたんだけれど」
「いや、そりゃ無理だろ……俺たちからみればお前もグレンフォードの旦那も相当健闘した方だと思うぜ」
「いったい彼は何者なんだい? 君たちのことも含めて、ますます興味が湧いてしまった。もしよければ、是非とも聞かせてほしい」
ラージュの頼みに、ロベルトは少しばかり迷ったものの、別段隠すことでもないかと考え、これまでのサトゥンとの日々を話してく。
港町ミクランでの出会い、海獣や邪竜王といった化物を退治したこと。キロンの村での日々。もちろん、サトゥンが人間ではないことやキロンの村の住民のことなどは伏せてはいたが。
ロベルトの話をラージュはまるで物語を聞かせられている子供のように聞き入り、疑問が湧いてはその度に何度も彼に質問をしていた。
その話は食事が運ばれ、終わった後も続いた。ロベルトの語り終えた話に満足したラージュは楽しげに笑って感想を述べるのだった。
「サトゥンは、いや、君たちは本当に面白いな。興味が尽きないよ。リエンティの勇者様か……勝てない訳だ」
「サトゥンの旦那は別格として、ラージュも凄かっただろ? なあ、ライティ」
「うん。ラージュ君の魔法は見てて面白かったよ。ラージュ君、魔法の発動時間がほとんどないよね。それと身体強化? あれも凄い」
「へえ……見ただけで分かるのかい。魔力は僕とは比べ物にならないほどに高い、君は相当優秀な魔法使いのようだね」
「ありがとう」
「僕の魔法に発動時間がないのは、途中の過程を排除する術を考えたからさ。ただ、この方法では巨大な魔法は放てないね。
体を循環する魔力をいかに最小限度かつ効率よく使うか、無駄を排除することを考えて理論を確立させた。そもそも魔法とは……」
ラージュの魔法談議にライティは目を輝かせ、興味津々に耳を傾ける。彼の語る魔法理論は旧来の魔法しか知らないライティにとっては新鮮なものだったようだ。
ただ一人魔法のことを分からないロベルトは二人が楽しそうに語り合うのを微笑ましく眺めながら軽い酒を注文する。
そんな二人の会話の中で身体強化の話がでてきて、ふとロベルトはメイアの話を思い出した。彼女の話では他人にそんなことをできる人間など聞いたことがないと言っていた。
「身体強化をグレンフォードの旦那にかけてたけど、あれって本当なら有り得ないんだろ? 俺たちの仲間がそう言っていたんだが」
「そうだね、本来ならば他人に身体強化を施すなんて絶対に不可能だ。他人の限界なんて目に見えないからね。だけど、僕にはそれができる」
「何でだ? ラージュにはグレンフォードの旦那の体の限界が分かるっていうのか?」
「その通りさ。僕には見えているよ、この僕の左目にはね」
そう言ってラージュは左目に装着している魔道具を軽くコンコンと指で叩いて見せた。
首を傾げるロベルトとライティに、ラージュはくすりと微笑みながら説明を続ける。
「昔、ちょっとしたことがあってね。僕の左目は魔道具無しでは何も見えないんだ。完全に視力を喪失してしまっている」
「……それは」
「別に謝る必要なんてないよ。いっただろう、僕の左目は『見えている』と。
確かに右目のように君たちと同じものを見ることはできなくなった。けれど、魔道具と魔力によって、僕の左目は別世界を見ることができる」
「別世界?」
「僕の左目が映し出すのは純粋な力の流れだけによって構成された世界さ。
全てのものが形を失い、力の大小や流れのみによって作りだされた異質な世界。例えば左目で君たちを見ると、すぐに気付かされるよ。君たちの持つ武器の有り得ない力の大きさには、ね。そして在り方……どうしてその武器とサトゥンは同じ力の形をしているのか、なんてものも分かる」
ラージュの指摘に二人は驚愕する。二人の持つ武器はサトゥンが生み出したもので、言ってしまえばサトゥンの魔力そのものでもある。
そのことを即座に看破してみせたということは、ラージュの説明は全て真実だということ。
彼の言う通り、彼の左目は別世界という視点からこの世界を見ることができるということだ。未だ驚きが冷めやらない二人に、ラージュは淡々と話し続けた。
「この左目のおかげで、この国で一番になることは難しいことじゃ無かったよ。
人は戦うとき、必ず力の流れが体内に存在する。それは剣も魔法も同じことさ。どこを狙えばどこに力の淀みが生まれるのか、それは完全に確立された形態だった。
僕は身体能力こそないが、それでも相手を打倒するのは簡単だった。相手が次に何をしてくるのか、三手先まで読めるのだからね。
相手の手札をのぞき見しながら遊戯に戯れた結果が担い手さ。だから僕はこの立場にあまり価値はないと言ったんだ」
ラージュの説明に、ロベルトは無意識に身震いしてしまう。何でもないことのようにラージュは言っているが、彼の行っていることは戦闘を知る者にとっては恐ろしい内容だった。
力の流れを読むことができ、相手の行動が見えているということは、非常に拙いことだ。極端な話、次の狙いさえ分かっていれば、ロベルトとてグレンフォードと対等に渡り合うことができる。先の一手が読めるということ、相手の狙いが分かるということは、実力差をも埋めてしまうだけの価値があるのだ。
だからこそ、グレンフォードやメイアといった戦闘強者は己の次の動作を隠すこと、もしくは騙すことに長けている。最小限度の予備動作で、特にフェイントを交えて敵に自分の行動を予測させない。何が来るか分からないなかでの一撃だからこそ、敵は止められないのだ。
最近は相応に実力もつきはじめ、仲間たちと剣を交わし始めたロベルトにすら納得させてしまう。それだけの力をラージュは持っているのだと。
軽く息をつき、ロベルトは参ったとばかりに笑ってラージュを素直に褒め称えるのだった。
「一国の担い手に選ばれるわけだ。凄い子供だよ、お前は」
「子供という言葉は余計だと思うんだがね。年齢の幼さと精神的未熟性との関連には強く否定の意を述べさせてもらいたいね」
「はいはい、悪かったよっと」
軽く謝罪するロベルトに不満そうなラージュだが、ロベルトも悪意があるわけではないことを理解しているためそれ以上は追及しない。
まるで兄弟のように会話する二人を眺めながら、ライティはラージュに対して訊ねかけた。
「最後に一つ訊きたいんだけど、サトゥンと戦ったときに上空から魔法をどうやって放ったの?
あれだけの距離からサトゥンやグレンフォードに対して的確に魔法を当てられるなんて、相当な精度が必要だと思うの」
ライティの質問に、ラージュは少しばかり考えるように口を閉ざした。
少し間をおいて、やがてラージュは軽く息をつき、会話を始める。それはライティの問いに対する答えになっているのか曖昧な言葉で。
「……憧れを追い求め続けたのさ。その結果、僕にも真似ごとができるようになった、それだけさ」
「憧れ?」
「君と同じだよ、ライティ。先ほどの話では、君はロベルトに救われたのだろう?
……僕も同じだったよ。光一つ見えない色の無き世界で、ひとりぼっちで生きていた僕に世界の意味を、命の価値を教えてくれた人がいたんだ。
あの人のようになりたいと願った。あの人のために生きたいと、あの人と共に生きることが自分の全てだと思っていたよ。けれど……」
そこまで話し、ラージュは言葉を切って軽く微笑んで首を横に振った。
そして、席から立ち上がり、二人に対して普段の表情に戻って話を変えた。
「さあ、城へ戻ろうか。夜も遅くなってしまっている、あまりに遅くなっては君たちの仲間も心配するだろうからね」
そう言って笑うラージュの顔は、年齢以上に大人びて見えて。
とても寂しそうに笑う彼に、二人はこれ以上なにも言葉を送ることができなかった。これ以上踏み込むことに躊躇いを感じてしまい。
店の外に出て共に歩き始めると、ラージュはいつも通りの彼へと戻っていた。三人で雑談に興じながら夜道を進み城へと戻る。
やがて、城へ到着し、ロベルトたちの部屋の前まで辿り着き、ロベルトとライティはラージュへ感謝の言葉を述べる。
「ありがとな、ラージュ。わざわざ俺たちに付き合ってくれて」
「ありがとね、ラージュ君」
「別にかまわないさ。最初は戸惑ったが、良い気分転換にもなったし、君たちのことも多く知ることができた。
それとライティ、君はどう考えても僕より年下なんだから、ラージュ君というのは止めて欲しいんだが……」
「ラージュ君はラージュ君だよ?」
「だからそれをだね……」
ラージュの言っている言葉の意味が分からないとばかりに首を傾げるライティと説得を続けるラージュ。
その二人の光景をロベルトは笑いを押し殺して微笑ましく見守っていた。ライティの年齢を外見通りに勘違いしてしまっているラージュだが、それも無理のないことだった。
実はライティの年齢がロベルトとほぼ同じだと知ったらいったい彼はどんな顔をするのだろうか。国を出る前にネタばらししてやろうとロベルトは企むのだった。
やがてライティの説得を諦めたラージュは、ロベルトに視線を向けて訊ねかける。
「君たちがこの国に滞在するのは七国会議が終わるまでかい?」
「ああ、そうだな。今日が二日目だから、あと五日か?」
「そうか。折角こうして知り合えたのだから、一応忠告しておくよ。七国会議を終えたら、早々にこの国を出て行った方がいい」
「……それは近日中にこの国で何かが起きるということか」
「それは君の想像に任せるよ、ロベルト。僕は魔法院副長で、この国の人間だからね。何の根拠もない言葉だ、信じてくれとも言えない。
僕は線の内側の人間以外どうなろうと知ったことではないと考えている狭量な人間だ。だけど、線の内側に入ってしまった人の心配くらいはしてしまっても仕方ないだろう?」
そう言って、ラージュはロベルトに向けて手をかざした。彼の手から放たれた薄赤色の光がロベルトを包み込んでゆく。
いったい何を、そう言葉にするより早く、ロベルトは己の体の変化に気付いた。先ほどまで酒を飲んでいて、少しばかりふらついていた体の酔いから完全に解放されたのだ。
驚くロベルトにしてやったりといった表情を浮かべてラージュは言葉を紡ぐ。
「目覚めの魔法さ。酔っ払いを含め、意識がすっきりしていない人間相手には一発だよ。強制的に覚醒状態に陥らせるのだから。
実に簡単な魔法でライティなら少し練習すればすぐに使えるようになるだろうさ。次にロベルトが酔っ払っていたら、これで目覚めさせてやるといい」
「お、お前、折角人が心地よく酔っ払っていたのに……」
「ははっ、酔っ払いの言うことは聞こえないね。それじゃ二人とも、縁があればまた会おう」
それだけ言い残して、ラージュは二人に背を向けて軽く手を振って去って行った。
彼の後姿を眺めながら、ロベルトとライティは互いに口を開く。
「最後の最後にやってくれやがって……やられたな」
「ラージュ君、私たちのこと線の内側だって言ってくれたね」
「そうだな、ひねくれてはいるけど、良い奴だよな。しかし、この国を出て行った方がいい……か」
「気になるね、ラージュ君の言葉」
「もしかしたら、あいつ、何か確信を得てるのかもしれないな。この国に起こる何かってやつを」
「また、会えるといいね、ラージュ君」
「会えるさ、必ずな」
互いに笑いあい、ロベルトとライティは室内へ向かう扉を開いて一歩中へ入ったのだが、そこですぐさま足を止めた。
彼らの視界の先では、夕食会から戻った仲間たちの姿があった。だが、彼らが繰り広げていた光景が即座にロベルトたちには理解できなかったのだ。
室内ではサトゥンが上半身裸で次々と酒を呷っては高笑いを繰り返し、そんな彼の右横に座って酒を次々と注いでいるのはクシャリエ女王国の代表である女王ティアーヌではなかったか。
そして左横に座らされて酔い潰れてしまっているのは、ミレイアだ。リーヴェを抱きしめたまま完全に目を回して眠ってしまっている。
そんなサトゥンを囲むように飲んでいる面々もおかしい。グレンフォードとベルゼレッド、リュンヒルドはまだ分かる。しかし他のメンツがおかし過ぎる。
ランドレン帝国の王ギガムドに担い手のランベル、そして同じくクシャリエの担い手アレンもサトゥンを囲むように酒を飲んでいるではないか。
なぜ、各国の代表それも王たちが集まって酒を飲んでいるのか。混乱の極地に陥ったロベルトだが、彼らの帰還に気付いたサトゥンは二人に視線を向けて高笑いと共に言葉を投げかける。
「おお、戻ったか二人とも! がはは、丁度良い! お前たちも一緒に飲もうではないか! ティアーヌとギガムドから貰った酒は最高であるぞ、うはははは! 早く飲まねば私が飲みほしてしまうぞ!」
「な、なあ、サトゥンの旦那、この状況はいったい……」
「なに、夕食会を終えたら、この二人が話をしたいというのでな、ならば室内で飲み明かしながら語り合おうと誘ったまでよ!
宴とは良いものだな、ロベルトよ! 酒を酌み交わし、私の武勇を語る! 実に素晴らしい!」
サトゥンの言葉に、ロベルトは全てを理解した。闘技場でのあまりにサトゥンの非常識な戦いっぷりに、恐らくこの二国の代表は興味をひかれたのだろう。
純粋な強さとしてもそうだが、他国の担い手を一蹴できるほどの人材がメーグアクラスに存在しているという点は国の代表として簡単に見過ごせないことだ。
こうやって場を設け、サトゥンという存在を観察する事で、自国に害を為す人間かどうかを判断しているのだろう。そんな二国の思惑は飲みを初めてものの数秒で打ち砕かれただろうが。
ティアーヌやギガムドの楽しげな表情から、現在はこの飲み会を心から楽しんでいることが窺えた。各国の代表同士がサトゥンを通じて友好を持つのは悪いことではない、だが、この状況に巻き込まれるのは御免だった。
この場にリアンやマリーヴェル、メイアがいないということは、彼らは上の階へと早々に逃げたのだろう。なぜミレイアが酔いつぶされているのかは、恐らくノーが言えない彼女は逃げ切れなかったのだろうか。もしくは妹にサトゥンの生贄として捧げられたか、だ。
ライティをつれてロベルトも上の階へ逃げようとしたが、思わぬところから攻撃が来てしまう。なんとティアーヌとギガムドがロベルトに興味を示したのだ。
「あなたがロベルト・トーラ。話はサトゥンから聞いているわよ、そのライティって娘を助けるために身を呈したそうじゃない」
「うむ、素晴らしき武人としての生き方だ。弱きを救うために命をかけることが騎士の生き方、是非とも我が国に連れて帰りたいくらいだ」
「え、あ、いや、こ、光栄です……?」
「がははは! 何をしているのだロベルト! 早くこっちにきて、お前も自分の武勇伝をしっかりと語るがいい!」
「そうね、是非ともあなたの話もお聞きしたいわ。英雄ロベルト」
「うむ、若き者が勇に立つ姿こそ胸を打つ。是非とも話を聞かせてくれないか、英雄ロベルト」
クシャリエ女王国とランドレン帝国の最高位二人に指名され、ロベルトは完全に逃げ場を失ってしまった。
そもそもほとんど何もしてない自分が英雄英雄と持て囃されている現状も異常過ぎる。必死に視線をグレンフォードに向けて助けを求めるが、師匠の目は『諦めろ』と冷静に告げていた。
そんなロベルトに隣にいたライティは、彼を元気づけるようにこう言うのだ。
「大丈夫だよ。さっきラージュ君が見せてくれた酔い覚ましの魔法、私も多分使えるから」
斜め上の方向に助け船を出してくれたライティに肩を落とし、全てを諦めてロベルトは酔っ払いの輪の中に入っていくのだった。
どうやら彼の夜はまだまだ終わらないようだ。ただ、サトゥンの言う通り、用意された酒はこれまで飲んだことがないほどに最高のものだったそうである。
ウコンの力「俺もいるぜ」
ソルマック「お前だけにいい格好させるかよ」
ハイチオールC「二日酔いはお前だけじゃないんだぜ」
ロベルト「みんな…」
悪魔超人「こ、これが友情パワーか」
次も頑張ります。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。




