8話 英雄達
四方八方から襲い来る闇の砲撃を、リアンは必死に槍で対応する。
時に受け、時に薙ぎ払い、時に突き。あらゆる方向、距離から放たれる影からの攻撃を、リアンは身体の可動域を最大限に使用し回避する。
その光景を、少し離れた場所で愉しげに眺める二人――サトゥンとメイア。必死で声すら上げられないリアンに対し、二人は紅茶を呑みながら穏やかな時間を過ごしていた。
リアンがメイアに打ちのめされてから一カ月。
あの日から彼は、鍛錬の質がそれまでとは劇的に変わっていた。理由はただ一つ、メイアに勝つという明確な目的が出来た為である。
サトゥンが彼にとって物語上の英雄のような存在であるならば、メイアは憧れ。その強さに手を伸ばせば、自分はきっと強くなるという指標。
故に彼は、その日から鍛錬の時は常にメイアに勝つことを考えて槍を振るった。また、サトゥンにも『メイアに勝ちたい』という意志を伝えた。
彼の意志に、サトゥンもまた応える。『ふはは!メイアに勝つ為のスペシャルなトレーニングを私が組んでやろう!友を導くのもまた勇者の務めである!』と。
現在、こうやってサトゥンの生み出した影との模擬戦闘も、リアンの日課の一つとなる。複数の影から放たれる魔法はメイアの魔法を意識したものだ。
そして、彼の鍛錬をメイアが目で追い、悪いところを指摘する。彼女がこの村に毎日決まった時刻に訪れるのも、サトゥンが仕組んだことである。
リアンの意志を受け取ったサトゥンは、その日の夜にある魔術を生成する。
それは転移術式。リアンの自室に魔法陣を作成し、転移魔法が相互に発動するようにメイアの自室と結びつけたのだ。
突然現れた魔法陣、そして転移してきたサトゥンに驚くメイアに、サトゥンはいつものように自分勝手にも程がある要求を突き付けた。
『ふははは!お前の一日のうち一時間を私に差し出すのだ!そしてお前にはリアンを鍛える役目を授けよう!
なにせ私は人間のように弱くはないからな!私よりも強さの近いお前の方がより高みにリアンを導いてやれるだろう!無論、拒否は出来んぞ!勇者の要求だからな!むはははは!』
こんな在る意味馬鹿にしている要求だが、メイアは意外にも『喜んで』とあっけなく了承する。
領主としての仕事の合間を縫って、彼女はリアンの鍛錬に協力してくれることを約束してくれたのだが、その理由はいたって簡単だった。
領主の仕事だけをしていては、彼女も身体が鈍るのだ。だからこそ、一日一度でも、リアンと剣を交わしたり指導をすることは、彼女にとって願ったりかなったりでもあった。
そして、淑女らしく上品さに溢れるメイアではあったが、皮一枚下の彼女の本質は戦士である。家族の尻拭いで、現在は領主代理などという役目を負わされているが、彼女のこれまでの生涯は強者との戦闘を渇望する戦士の生き方であったのだ。
目の前に、恐ろしい速度で上達する戦士がいる。そして、その者は自分に勝とうと必死に研鑽を積んでいる。
そんな戦士と毎日切磋琢磨出来るというのだ。これ程の好条件はないというのが、メイアの偽られざる本音で在るのだ。
もっとも、肝心のリアンは、毎日メイアが来てくれることに、非常に申し訳ない気持ち、迷惑をかけているという気持ちでいっぱいだったのだが。
リアンの鍛錬を眺めながら、メイアは視線を彼から離すことなく、サトゥンに話しかける。
「この村に来るようになって一カ月ですが、日に日に村は発展してゆきますね。
村の中央にあるのは、教会ですか?四日前の更地から、よくもこんな短時間で創り上げたものです」
「拠点作成など、材料さえ在れば魔人には子供の工作と同じよ。むはは!村人達がほしいほしいとねだるのでな、さっさと作ってやったわ!」
「なるほど、教会であるならば、祭る神はこの世界を生みだしたとされる女神リリーシャですか?」
「何故あんな性悪女神など私が崇めねばならんのだ。無論祭るのはこの私、サトゥンである!
ふはははは!いつ何時でも私を傍に感じられるように、石像も創り上げてしまったわ!あとでメイアも祈りをささげると良い!」
「貴方は勇者というよりも、この村にとっては神様といった方が近いのかもしれませんね……リアン!槍に頼り過ぎです!槍よりも身体を先に動かせと何度も言っているでしょう!」
メイアから飛ぶ指導の声に、息を切らしながらもリアンは『はい!』と大きな声で返答する。
その二人の姿を見ながら、サトゥンはにやにやと茶化すのだ。
「むはは、まるで師と弟子だな。見よ、あやつの嬉しそうな表情を。メイアに指導されることが嬉しくて嬉しくてたまらんらしい」
「リアンは素直ですからね。邪心が無い上に無駄なプライドも無い、ただ純粋に私を越えようとしています。
だからこそ、呑みこみが早い。私も教え甲斐があるというものですよ」
「ふはははは!お前の一番の喜びは、自分にとっての強敵が現れたからであろう!つくづく戦闘狂の考えることは度し難いわ!むはは!」
「こればかりは病気みたいなものなんですよ。本当に楽しみです、彼が一体どこまで強くなるのか……現時点で、王国では五本の指に入るでしょうね」
「その頂点は自分だという訳か、ふはは!言うではないか!」
「今となっては二番目になってしまいましたけどね。私のことはともかく、今のリアンは何処に出しても恥ずかしくない立派な戦士ですよ」
「ふむ、ならばそろそろ動き始めてもいい頃合いか。拠点も随分と私好みに仕上がってきたからな、むはははは」
「動き出す、ですか?」
一体何をするつもりなのだろうか。そう首を傾げるメイアに、サトゥンはにやりと笑みを浮かべながら影を引っ込める。
休憩時間になったようで、リアンは槍から手を放して大の字に寝転がって肩で息をしている。
一時間ほどぶっ通しで影と戦い続けた彼の身体には、大きなダメージは一つも無い。それは恐ろしい上達振りだとメイアは思っていた。
「私が勇者であることは、前にも話をしたな?」
「ええ、貴方は『勇者リエンティ』の再来なのでしょう?」
「そうだ。だが、私にはまだ勇者として足りないモノが在る。それは何だと思う?」
「何でしょうか。強さならば、貴方なら魔物の王が相手でも片手で捻り潰してしまいそうな気がするのですが」
「物語を思い出すが良い、私に無くて勇者に在るものとは何か?」
そう言われて、メイアは幼い頃に御伽噺として聞かされた『勇者リエンティ』の物語を思い出す。
まだ闇に覆われていた時代、人々は魔物の脅威に脅かされ、滅びを待つしかない程に追い込まれていた。
だが、その闇の時代に、一つの希望が生まれた。勇者リエンティだ。彼は恐ろしき程に強き身体と神に与えられた武具をもって、数々の魔物を打倒し、ついには、魔物の王をも倒してみせたのだ。
彼と十一人の英雄達は、神々の武器をもって、魔物の王を地底奥深くに封印して、平和な時代を築き上げたのだ。
「――英雄、ですか」
「然り。私は勇者として、まだ足りぬのは共に歩む英雄がいないからだ。
私はこの人間界の勇者として覇道を歩む為には、残り九人の英雄が必要なのだ」
「自惚れでなければいいのですが、私も英雄の数に入っているんですか?」
「むはははは!安心するがいい!お前が領主代理とやらの間は勧誘はせぬが、その面倒から解放された時はお前は英雄となるのだ!」
「それはそれは、また一つ人生に楽しみが増えましたね。その時を楽しみに待つとして、問題は他の九人とやらですか」
「そうだ。リアンがモノになった時、その時が英雄を集める時だと私は考えていたのだ。
この世界中に存在する、英雄となり得る者を我が盟友として迎え入れる。そして私と共に勇者という覇道を進んで貰うのだ!」
「具体的には、どんなことをするんですか?」
「決まっておろう!私がちやほやされる為に、人助けをするのだ!偉業を達成するのだ!具体的なことは知らん!がはは!」
まるで子供が描いたような未来予想図に、メイアは思わず笑みを零してしまう。だが、悪くない、とも思う。
どうしてサトゥンが勇者に固執するのかは分からないが、『自分の為に』勇者業をするということにメイアは気に入っていた。
それに、勇者業というくらいだ、恐らくは数多の強者とぶつかったり魔物を退治したりするのだろう。瞳を軽く瞑って夢想する。強大な敵に、サトゥンとリアン、そしてそこに自分がいる。悪くは無い、と。
こんなことならば、面倒事である領主の代理など引き受けるべきではなかったかと思うが、時間が逃げる訳でもない。ゆっくり一年待とうとメイアは決めて、サトゥンに口を開く。
「ところでサトゥン様、英雄の候補に心当たりは?」
「がはははは!そんなもの微塵も無いわ!私はこの村とお前の街しか人間を知らぬのでな!
そう考えるとリアンとメイアに出会えたのは我が幸運である!否、これも勇者の運命か!」
「では、サトゥン様に英雄候補を一人推薦いたします。
私は以前、王都で騎士として務めていたのですが、そこで貴方の求めるであろう人と出会いました」
「ほう?強いのか?」
「今闘えば、私が勝つでしょう。ですが、あの子はリアンと同等の宝石であると私は確信しています。
力強さ、技はリアンが上回るでしょうが、その子には補ってあまりある速さと直感があります。事実、戦闘経験が一度もない彼女には、私は一度剣を入れられたことがあります」
「ふはははは!お前に太刀を入れたか!俄然興味が湧いたぞ!そいつの名前は何と言う!」
早く早くと答えを求めるサトゥンに、メイアは微笑んでその名を告げる。
「――マリーヴェル・レミュエット・メーグアクラス。この国、メーグアクラスの第三王女、マリーヴェル様です」
1章はこれにて終わりです。頑張ります。




