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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
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71話 常識外





 ラージュがサトゥンに魔法を叩きつけた刹那、サトゥンの周囲を白煙が包み込んだ。

 サトゥン自身に魔法による傷はなく、この魔法の目的が彼の視界を奪うことにあることにサトゥンは即座に気付く。

 搦め手を使ってきたことになぜか歓喜し、サトゥンは右手のグレンシアで煙を払いながら高らかに笑う。


「視界を塞ぐとは何とも巧妙なり! いいぞ! もっと手練手管を用いて私を追い込むのだ! その状況から逆転してみせてこそ勇者というものだ!」


 どうやら自分が追い込まれる状況に燃えるらしく、嬉々としてサトゥンはラージュの魔法にひっかかっていた。

 やがて煙が消え、闘技場内の光景が彼の瞳に映し出されるが、そこにはグレンフォード一人だけの姿しかなかった。


「むむっ、グレンフォードよ、ラージュはどこに消えたのだ。まさか降参したなどとは言うまい」

「お前に本気で勝つために手を打ってくれている。それよりも、そろそろいいか? もう自分を抑えきれそうもない」

「ぬ?」

「こんな状況で言うのもなんだが……俺はお前と再び戦いたかった」


 冷静沈着で物静かなグレンフォードが久々にみせる戦士の表情。

 そう、彼は仲間の中で誰よりも純粋な戦士だった。リアンよりも、メイアよりも、誰よりも戦士としての純度が高い彼が強き者との戦いを望まないはずがなかった。

 雪山でサトゥンと出会い、その際に一度敗れたことで心の奥にしまった感情。それがこうして正式に彼と戦うという状況を前にして、隠すことができなくなった。

 サトゥンと共に多くの強者と戦い、間近で彼の強さを見て滾り続けた想いは先日彼とノウァとの戦闘によって最高潮に達してしまった。

 戦士として強き者と戦うことは何よりも喜ぶべきこと。リアンやマリーヴェルのように学ぶための戦いではなく、挑むための戦い。再びこの男と刃を交わしあいたい、それがグレンフォードの胸に秘め続けていた想いだった。

 彼の表情に驚きをみせて動きを止めたサトゥンだが、やがて軽く息をはき、いつものように楽しげに笑ってグレンフォードに忠告する。


「くははっ、何が俺はお前と戦うつもりはない、だ。私よりもお前の方が戦いを望んでいたのではないか。

だが、悪くはない。ふははっ、グレンフォードよ、先に言っておくが――私は最強だぞ?」

「分かっている。だからこそ挑む価値がある。手合わせ願おう――『勇者サトゥン』よ」


 互いに不敵な笑みを交わし合い、その刹那、二人は風を纏って激しくぶつかり合った。

 同時に地を蹴り、振り下ろした斧と振り上げた大剣が激しい音と共に衝突しあう。だが、二人はその衝撃に体勢を崩すことはない。

 即座に切り返し、息をつく暇もなく得物を斬り結びあう二人の光景に会場の者たちは驚愕して言葉を失っていた。彼らの攻防が目で追えないのだ。

 それは各国の代表たちも同じで、サトゥンとグレンフォードの真の力によるぶつかりあいは彼らですらもお目にかかったことのないほどの戦闘だった。

 その中で唯一ベルゼレッドだけが嬉しそうに笑い、グレンフォードに向けて言葉をもらすのだった。


「懐かしい表情をしているな、グレンフォード。昔のお前を思い出させてくれる。どんな強者にも嬉々として立ち向かい続けた最強の若獅子の姿をな」


 長年の付き合いである親友の彼からしてみれば、普段の冷静沈着な姿ではなく、闘志むき出しにして戦場を駆けるこの姿こそがグレンフォードの真の姿に他ならなかった。

 そして、驚きを示しているのは貴族たちだけではない。仲間であるリアンたちも二人の戦闘に度肝を抜かれているのだから。


「グレンフォードの奴……サトゥンの化物染みた攻撃に対応してるわよ」

「ま、まじかよ……あのノウァですら、一方的だったんだぜ? それをどうして……」


 マリーヴェルとロベルトの驚きも無理はないとメイアは思う。メイアですらもこの光景に驚きを隠せないのだ。

 サトゥンの攻撃は全てが最強にして、形なき刃。彼の剣はまともに打ち合うことはおろか、受け流すことすら難しい。

 人間とサトゥンでは戦う前から既に差が存在する。それを技術や経験だけでは埋められない、それほどまでに彼は強者なのだ。

 メイアとて、サトゥンと対峙すればまともに戦うことなどできないだろう。だが、グレンフォードは今、正面からサトゥンと戦うことができている。それどころか力負けすることなく五分に打ち合っているのだ。

 なぜ彼がサトゥンとまともに戦うことができているのか。その理由を推測しながら、メイアは言葉を紡ぐ。


「かつてグレンフォードさんはサトゥン様と戦い、敗北したと聞きました。

彼は誰よりも戦士です。きっと頭の中で何度もサトゥン様との再戦を想像し続けたのでしょう。次にどうすれば勝てるのか、どのような戦いをすればよいのかを、サトゥン様の戦いを間近で観察しながら」

「か、観察したからってサトゥンの動きについていけるものなの!?」

「力の差がある相手に、技術や経験で補うことはある程度は可能です。ですが、今のグレンフォードさんは正面から打ち合っている。

なぜ、それができているのかは私にも分かりません。グレンフォードさんは確かに身体能力は素晴らしいものがあります。ですが、あれだけの力や速度を持っていたとは……あれは、人間の限界を超えた動きです」

「まるで補助魔法を使ったメイアみたいだね」


 横からぽつりとつぶやいたライティの言葉。それは人間の限界を超えるための一つの方法だった。

 メイアの風魔法のように、魔法の力によって自身の身体能力をあげることはできる。しかし、グレンフォードには魔法が使えない。

 魔法を使える者は生まれながらにその才能を持つ者だけであり、彼が最近習得したとも思えない。従って、ライティの言葉はありえないとメイアたちは否定しようとしたのだが。

 ロベルトに渡された果実水を飲みながら、ライティはマイペースに言葉を紡ぎ続けた。


「凄いね。あんなの私、初めてみた」

「凄いって、グレンフォードの旦那か? 確かにあれはもはや人間を止めてるとしか思えないが……」

「違うよ、ロベルト。私が言ってるのはラージュ君の方。あんな魔法があるだなんて、私知らなかった」


 そう言って空を見上げているライティ。彼女の様子に首を傾げながら、ロベルトは彼女の視線を追って硬直した。

 彼女の視線の先、遥か上空に見える小さな影。かなりの高度だが、人一倍目の良いロベルトだからこそ明確に捉えることができた姿。

 空に浮かぶ影を指差しながら、ロベルトは驚きの声をあげてしまった。


「あ、あ、あれラージュじゃねえか!?」

「え、嘘、どこ?」

「あそこだよ、あそこ!」


 ロベルトが指差す方向を仲間たちは目を細めて見つめるが、どうやら姿を視認できているのはロベルトだけのようだ。それほどの高高度に彼は浮いているのだから。

 闘技場から姿が消えたと思っていた彼がどうしてあんな大空にいるのか。疑問符が消えない仲間たちに、唯一の魔法を得意とする少女が少し胸を張って口を開く。


「私、魔法による解析とか得意だよ。だからラージュ君の使ってる魔法がどんなものか分かったの」

「ラージュの魔法って、あの空を飛んでるやつか? メイアさんみたいなもんか?」

「その魔法もだけど……ラージュ君、あの場所から何度もグレンフォードに補助魔法をかけてるよ。

あんな魔法をみるのは初めてだけど、身体強化の魔法みたい」

「身体強化を他人に? そんなことができるのですか?」


 ライティの言葉に驚いたのは他の誰でもないメイアだった。自身の身体を強化する魔法を使う彼女だからこそ分かること。

 この世界には自身の強化を行う補助魔法は存在しているものの、他人を強化する補助魔法は存在しない。理由は明確であり、勝手の分からぬ他人の身体を強化することなどできないからだ。

 補助魔法とは、自分の身体の全てを知り、初めてそこから上積みをさせる魔法だ。自分の身体の限界を知るからこそ、それ以上をひきだすために魔法によってどこまで引き上げるかを決定できる。

 それを他人に使うなど、正気の沙汰ではない。他人の限界、体の作り、状態を理解することなどできない。それを引き上げようとしても、基準となる目安も存在しない。下手をすれば限界を誤り、術をかけた者の身体を破壊しかねないのだ。

 補助魔法とは自分だけが対象、それが魔法の歴史だった。だが、ラージュはそれを他人に、それもあれほどの遠距離からかけているというのだ。メイアでなくとも魔法を知る者ならば驚かずにはいられないことだった。


「どうやって魔法を放っているかまでは見えないけど……空から大地に放たれる光る魔法を解析する限りそんな感じだね。

それと、グレンフォードに送ってる魔法は一度も外していない。本当に器用だね。私にはちょっとできないかな」

「……なんとなく分かってきました。ラージュ君がどうしてあの年齢で魔法院副長の座に辿り着いたのかが。

他人の限界を容易に引きあげる魔法の使い手など、この世に他に存在するかどうか……」

「それだけじゃなさそうだけど。まだまだ引き出しがありそうだよ。本当に面白いね、あの子」


 ライティたちの会話を余所に、サトゥンとグレンフォードの打ち合いは激しさを増してゆく。

 荒々しく叩きつけるように剣を振るうサトゥンと、それを丁寧に力強く捌くグレンフォード。一際大きな剣戟の音を響かせ、サトゥンは心から楽しそうに笑って言葉を紡ぐ。


「素晴らしい、素晴らしいぞグレンフォード! この私とここまで打ち合える者など、魔人界を探しても存在しなかった!

ラージュの力を借りているとはいえ、実に見事だ! 流石は私が見込んだ英雄! 流石は私の愛した烈斧!」

「気付いていたか、ラージュの魔法を。流石だな。本当ならば一対一でお前を満足させてやりたいが……」

「無粋なことを言うな! 私は今、猛烈に感動しているのだ! 一人一人が力を重ねれば、その力は十にも百にも無限大に大きくなる!

やはり人間とは素晴らしい! 人間の可能性には終わりがない! クハハッ、クハハハハハッ! 愛おしい、お前を心から愛おしく思うぞ、グレンフォード!」


 歓喜に溢れながら、サトゥンとグレンフォードは嵐のような剣の舞を踊り続ける。

 その光景を会場の誰もが息を呑んで見守っていた。目では追えずとも、彼らとて理解はできる。これは恐らく、この大陸で最強の二人の戦いなのだと。

 だが、この場で誰よりも二人の戦いを真剣に見つめているのは、他の誰でもないリアンだろう。

 心に刻みつけるように二人の戦いを見守り続ける。あの戦いこそが、リアンの目指す世界。いつの日か、あのグレンフォードのようにサトゥンと並ぶほどの強さを得て、サトゥンの背中を守れるほどに強く。それがリアンの夢だから。


 永遠に続くかと思われた二人の戦いだが、終幕の時が訪れる。

 押し始めたのはサトゥン。やはり人間と魔人とでは体の作りが根本から異なり、その差がじりじりと生まれ始めたのだ。

 常人を遥かに超える鍛え抜かれた体といえど、サトゥンの形なき猛攻に付き合い続けられるものではない。ヴェルデーダを必死に振るい続けながらも、やや呼吸を乱し始めたグレンフォードにサトゥンは高笑いをしつつ容赦なく攻め立てた。


「良き戦いであったぞグレンフォードよ! この人間界における、私の最高の戦いだったと断言しよう!

だが、私は負けられぬ! 勇者に敗北はない! 何よりも、この闘技場の歓声を一人占めするために! 勇者である私が最強であるとちやほやされるために! 私はお前に勝つ! がはははは!」


 どこまでも正直過ぎる欲望をまき散らしながら剣を振るい続けるサトゥンに、グレンフォードは歯を食いしばりながらも表情を緩める。

 サトゥンの強さ、天衣無縫さに対し、グレンフォードは喜びを感じずにはいられなかった。ラージュの力を借りてもなお届かぬほどの強さ、これこそがサトゥンの実力。

 レキディシスのときとは違い、グレンフォードはヴェルデーダという最強の武器を手にした。日々鍛錬を積み重ね、強敵との戦いを潜り抜け、その力は全盛期以上のものを取り戻した。

 だが、それでもなおサトゥンは超えられない。これほどの強者と打ち合えること、それがグレンフォードには最高の幸福だった。

 仲間として心から信頼している。共に歩むことを誓った。だが、今だけは戦士として充足する気持ちを何より優先したい。一人の男として、真正面からサトゥンとぶつかるこの時間に喜びを噛み締めて、グレンフォードは武器を振るうのだった。

 強引なまでの剣をヴェルデーダで止めようとしたが、ついにグレンフォードの体勢が崩される。サトゥンの力に耐えきれず、体を泳がされたグレンフォードの隙をサトゥンは決して逃しはしない。

 目を輝かせ、サトゥンは勝負を決定づける一撃を解き放とうとしたその瞬間だった。

 遥か大空より解き放たれた金色の矢がサトゥンの胸を貫いた。あまりの速度とグレンフォードに意識を集中し過ぎたサトゥンは、その強襲を回避することができなかった。

 彼の体を貫いた矢は体を傷つけることはなかった。だが、サトゥンの体を襲ったのは痛みではなく重圧。まるで全身を鎖につながれたように身動きがとれなくなったのだ。

 サトゥンは知る由もなかったのだが、これこそが好機を窺い続けたラージュの一手。彼は魔法の矢に補助魔法をかけてサトゥン目がけて解き放ったのだ。

 その魔法は身体強化ならぬ身体低下の秘術。この世に彼以外使い手が存在しない魔法の効果に、サトゥンも驚き表情を驚愕に染めた。

 動きの止まったサトゥンを、戦士であるグレンフォードは見逃すはずもない。ラージュの魔法の効果は数秒と持たないが、その一瞬の隙さえあれば百戦錬磨のグレンフォードには十分だった。

 流された体を右足で力強く踏ん張り、その反動で力の限りヴェルデーダを振り上げ、サトゥン目がけて奔らせた。

 その光景を上空から眺めながら、ラージュは静かに笑みを零す。盤上の動きは全て予定通り、完全にグレンフォードに意識を奪われた彼の動きを止めることでこのゲームは投了となる。

 グレンフォードの斧がサトゥンへ吸い込まれるのを眺めながら、ラージュはサトゥンへの治療のために地上へ戻ろうとしたが、彼は知らなかった。

 勇者サトゥンとは、彼ら人間の常識という物差しでは決して計れない破天荒な存在だということを。

 襲い来るヴェルデーダに、体の身動きがとれないサトゥンは――なんと歯で受け止めた。

 巨大な刃をがっちりと噛んで止めたサトゥンにグレンフォードとラージュは目を見開き驚愕する。二人だけではない、闘技場の誰もが今日何度目とも分からない驚きをみせずにはいられなかった。

 慌てて状況を理解し、サトゥンからヴェルデーダを引き抜こうとしたグレンフォードだが、どれだけ全力で動かそうともサトゥンの口から斧が外れることはない。

 そんなグレンフォードに対し、ヴェルデーダを噛み締めたままサトゥンは言葉にならない声をあげて首を全力で捻りあげた。


「むぐううううううううっ!」


 たかが首だけの回転運動。だが、サトゥンの首の筋力はグレンフォードの腕力すらも上回ってしまった。

 疲労がたまっていたこともあり、彼の手から首と顎の力だけで武器を奪ってしまったのだ。呆然とするグレンフォードに、ようやく体の自由を取り戻したサトゥンは、大地にヴェルデーダを吐き出して笑って告げた。


「ふはは! 惜しかったなグレンフォードよ! 良い一撃であったが、私の歯を砕くには足りなかったようだな! 武器を失ったということは、お前の負けということだ! さあ、残るは一人!」


 そう宣言し、サトゥンは上空から降りてきたラージュへと視線を向けた。

 だが、肝心のラージュは両手を上げ、呆れを通り越して感心するように笑いながらサトゥンに言葉を紡ぐのだ。


「降参だよ。大陸最強の若獅子ですら勝てなかった相手に僕一人でどうこうできるわけがない。

あの状況を覆すなんて……サトゥン、君は本当にいったい何者なんだい? 非常識にもほどがあるよ」

「うはは! 何度も言っているだろう! 私は勇者、勇者サトゥンである!」


 ラージュが敗北を認めたことで、ここに勝負は決着を迎えることになった。

 歓喜に酔いしれ客席に興奮しながら右手を突き上げるサトゥンに、客席の人間たちは彼に惜しみない賞賛を与え続けた。

 彼の常識にとらわれない戦いに魅了された者たちの声に、サトゥンは嬉々として応えていく。

 その姿を苦笑交じりで仲間たちは見つめながらも、やがて笑って他の客と同じように拍手で彼を讃えるのだった。

 勇者サトゥン――人間界に降り立った魔人。今、彼はかつてないほどの人間たちに注目と称賛を浴び、最高に輝いていた。







サトゥン「ミーナ(リアン妹)と毎日欠かさず歯磨きをしていなければ即死だった」 次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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