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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
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69話 闘技場




 夜の帳が下り、人々が寝静まる時刻。

 エセトレア城、その最上階にある王の自室に扉を軽く叩く音が響き渡る。

 室内で杯を傾けていた男はその手を止め、ゆっくりと口を開く。


「入ってくるがいい」


 扉を開いて入ってきた自身の一人娘、リレーヌの姿を見てその男、フリックは表情一つ変えない。

 ただ淡々と娘へ対して語りかけるのみ。


「十四日もの間、城を抜け出して好き勝手に行動してくれていたようだな。我が国が誇る天才児ラージュは。いつもの遺跡巡りか」

「はい」

「私財を投げ打ってまで愚かなことだ。だが、私にとっては実に都合がいい。奴は私にとって使い勝手の良い駒で在り続けてもらわねば困る。

お前を『壊した』ことが良い方向に働いてくれたようだな。なあ、リレーヌ」


 フリックの問いかけに対してリレーヌは返事を返さなかった。発するべき言葉が心に何もなかったから。

 リレーヌの反応を見て、フリックは初めて表情を緩める。満足するような笑みを零し、楽しげに言葉を紡ぐ。


「まるで傀儡だな。かつてのお前の在り方など微塵も感じさせぬ、己の意志すら持たぬ人形だ。

素晴らしいぞ、リレーヌ。よくぞここまで美しく壊れてくれた。傀儡に意志など要らぬ。お前は私にとって道具であればいい」

「ありがとうございます、お父様」

「ハハッ、私を父と呼ぶか。あの日、私を捨てラージュを救おうとしたお前がこの私を。

あの小僧のために全てを捨てて生きることを誓った女が、今やその小僧を陰で裏切り続けているなど滑稽ではないか。リレーヌよ、お前にとってラージュとは何だ?」

「お父様の夢を叶えるための大切な駒です」


 感情のこもらないリレーヌの言葉を聞き、フリックは表情を破顔させた。

 それはどこまでも歪な笑いだった。完全に壊れたように笑う父を、リレーヌは何も口にすることなく眺めていた。

 ひとしきり笑って満足したのか、フリックはリレーヌに対して問いかける。


「報告の時間だ。この十四日の間にラージュが何をしていたのか、全てを報告してもらおう。

奴が私の目の届かぬ場所で何を為していたのか、その全てをな。もっとも、奴に私を裏切る真似ができるとも思えんがな」


 そして、リレーヌは抑揚のない声で語り始めた。

 遺跡でのサトゥンたちとの出会い、そして遺跡の地下の扉の解放、その先にあったもの。古代文字とリエンティの亡骸、そして聖剣グレンシア。

 黙ってリレーヌの説明に耳を傾けていたフリックは、少し考えるような表情を浮かべて呟く。


「勇者リエンティ……古いおとぎばなしだと思っていたが、まさか本当に実在したのか。それは本物なのか?」

「分かりません。ですが、古代文字がサトゥンの言う通りであるならば、可能性は高いかと」

「サトゥンか……メーグアクラス王国の担い手。七国会議での振舞いからただの馬鹿かと思っていたが。

間違いなくあの男が古代文字を読み解いたのか? ラージュですら読み解けなかった文字なのだろう?」

「はい」


 はっきりと言い放つリレーヌに、フリックは再び思考の海へと意識を潜らせた。

 リレーヌから視線を外し、室内の天井を見上げながらフリックは口を開いた。


「……使えるかもしれんな。うまくいけば、七国会議は準備の場ではなく実験の場に変えられるやもしれん。

いいだろう。明日早朝には兵を手配させる。お前は引き続きラージュの傍につき、監視を続けるがいい」

「はっ」

「ついでだ、お前の再調整を行っておこう。ないとは思うが、何かの拍子で心を取り戻されてはかなわんからな」


 一度リレーヌから視線を切り、初めてフリックは視線をリレーヌではない者へと向けた。その者はリレーヌが部屋に入る前からフリックの隣の椅子に座っていた。

 ――エセトレア王、グランドラ。無言の王を気にする事もなく、フリックは立ちあがりリレーヌへと近づいた。


「絶望を、悲しみを牢記するがいい。お前の心には道具として生きる自覚だけがあればいい。

私と王の夢のために、お前の命はあるのだから――そう、全ては私たちの夢のために」


 リレーヌに手をかざし、フリックは掌から青白き魔力光を彼女へ向けて放つ。

 光を受け、無表情に努めていたリレーヌが初めて表情を変えた。それは苦しみ、それは絶望。激しい痛みに耐えられず悲鳴をあげる娘を前にしても、フリックは喉を鳴らして笑うだけだった。

 歪に狂った親子の姿を、椅子に座ったグランドラは言葉一つ発さず眺めているだけだ。

 身に纏った重鎧の奥にある彼の瞳は見えず、それはまるでただの置物であるかのように沈黙を貫いていた。




















「それで、どうするの?」


 用意された昼食を平らげ、満足そうに椅子に背を預けるサトゥンにマリーヴェルは訊ねかける。

 サトゥンたちが宿泊している客室、大きなテーブルを囲むように全員が椅子に座り、視線をサトゥンへと向けていた。リュンヒルドとベルゼレッドは代表だけの昼食会に参加してこの場にはいない。

 マリーヴェルの問はこの後に控えている各国の担い手たちによる試合のことだ。本気で戦うつもりなのか、そんなマリーヴェルの問いにサトゥンはふんぞりかえってはっきり答える。


「どうもこうもないわ! 各国で最強の人間を全て倒せば私が大陸最強であり、この世界の勇者である証明となるではないか!

むははは! 考えるまでもない、一人残らず撃破である!」

「……世界の勇者である証明にはならないと思うんですけれど」


 リーヴェを撫でながらぽつりとつっこむミレイアの言葉を右から左に聞き流し、笑みを絶やさないサトゥン。

 そんな彼に大きく溜息をついて、マリーヴェルは再び口を開くのだった。


「打倒するのは構わないけれど、アンタ、人間を殴れるようになったの? 人を傷つけないって誓ったんでしょ?」

「……ぬう!? そ、そうであった! 人間とは私にとって守るべき愛しき存在! 私は決して傷つけぬと永遠の友リアンに誓ったのだ!」

「あ、あの……模擬戦ですから。悪意をもって傷つけるわけではありませんから」

「ならぬ! どんな理由があろうとも、私は人を傷つけぬ! 勇者は誓いを破らない!」


 問題ないのではというリアンの言葉に対し、サトゥンは頑固に一蹴した。一度決めたら壁に穴をあけても命果てるまで突き進む、そんな真っ直ぐな勇者だった。

 しかし、今はその誓いが枷となる。各国の担い手、国を代表する一騎当千の戦士たちなのだ。誰も彼もがグレンフォードクラスとは考えられないが、かなり近い実力を持っていると予想できる。

 そんな達人たちを相手に、攻撃不可という制約のなかでいったいどうやって勝利を掴めるのか。その場の仲間たちが無手で担い手たちと対峙するサトゥンを想像し、そして――


「……問題ないんじゃないか、サトゥンの旦那なら」

「うん。私もそう思う」

「素手かつ攻撃しないという制約のなかでもサトゥン様が負ける姿を想像するのは難しいかと」


 ロベルトが、ライティが、そしてメイアが次々に楽観的な答えを紡いだ。彼らにはそんな状況であってもサトゥンの敗北が考えられなかった。

 そして、彼らの意見をマリーヴェルやリアン、ミレイアが否定をしなかった。なぜなら彼らは知っていたから。直接見ていたから。

 ロベルトたちの意見を肯定するように、黙していたグレンフォードが言葉を紡ぐ。


「俺は過去に無手のサトゥンと戦い、武器を壊されて何もできずに敗北している。今回もそうすればいいだけのことだろう」

「……ま、マジかよ。サトゥンの旦那、グレンフォードの旦那相手でもそんな芸当してんのかよ……」

「ふははは! 勇者ともなれば、それくらいできねば恥というものよ! もっとも、今のグレンフォード相手にそれができるとは思えんがな」


 互いに笑いあうサトゥンとグレンフォードに、仲間たちはようやくそのことに気付く。

 担い手同士が戦うということは、すなわちこの二人がぶつかり合うということだ。メーグアクラスの担い手サトゥンとローナンの担い手グレンフォード。

 勇者一行、その強者のなかでも一番と二番の戦い、それに興味をひかれるのは自然のことだ。普段グレンフォードはロベルトやリアンを導く側に立っており、サトゥンと戦うことはなかった。ぶつかったのは初めて出会ったときの一度きりだ。

 だが、今はあの時とは違い完全に身体のブランクが消え去っており、更に鍛錬も積み重ねている。そしてなにより、今のグレンフォードには闘気と天壊斧ヴェルデーダという大きな武器がある。

 ヴェルデーダでは幾らサトゥンといえど破壊することはできない。よって武器破壊ではなく純粋な戦闘によって打倒しなければグレンフォードは倒せない。

 グレンフォードとサトゥン、二人の本気の戦いが見られるのかと期待した仲間たちだが、グレンフォードの言葉によって否定される。


「期待しているようで悪いが、俺はサトゥンと戦うつもりはない。棄権することをベルゼレッドに伝えているし、了承も貰っている」

「グレンフォード参加しないんだ。戦わない理由は訊いてもいいの?」

「戦う意味がないからだ。意味がないならば、この場はサトゥンが世界に名を轟かせる舞台として利用した方がいいだろう」

「ぐ、グレンフォード! お前という奴はそこまで私のことを想ってっ! 愛を、深い愛を感じる! サトゥン、感激である!」


 感涙を流すサトゥンに対し、あわあわと慌てて顔を拭くものを渡すリアン。それで思いっきり鼻をかむサトゥン。布で鼻をかむなと怒るマリーヴェル。

 いつもの大騒ぎに発展し、笑い声のあがる仲間たちを横目に、メイアがグレンフォードに対してそっと訊ねかける。


「意味がない、という点について詳しく訊かせてもらっても?」

「分かっているだろう。聖剣グレンシアも持たぬ、手を抜いたサトゥンを相手にしても戦士としての心は充足できない。

今の俺では届かないと分かっていても、望んでしまう。サトゥンと戦うならば、全力を賭した最強のサトゥンでなければ意味がない」

「ふふっ、つくづく戦士わたしたちとは面倒な生き物ですね」

「自分で選んだ生き方だ。後悔はない」


 仲間たちに愛の重要性を説く勇者の姿を眺めながら、グレンフォードとメイアは笑みを零すのだった。

 結局、この後行われる担い手たちの戦いに対し、サトゥンは相手を傷つけないことを順守する意志を曲げなかった。

 大きなハンデを背負った戦いであったが、仲間たちの誰もが彼の負ける姿など想像できなかったのだが。




 時間が訪れ、サトゥンたちは戦いの場へと移動する。

 エセトレア城を出て歩くこと数分、城の裏側に存在する円形の石造りの闘技場。今より三百年も前に建造された歴史の遺物だ。

 過去のエセトレア王は強者を好み、最強の兵士を決めるために造り出したという建物は、現代において兵士の調練設備として用いられていた。今回の戦いはその設備を用いて行われるとのことだ。

 参加者であるサトゥンと別れ、リアンたちは客席へと移動する。既に客席には多くの貴族たちが入っており、各国の英雄の戦いを楽しみに待っている。

 空いている席に腰を下ろしながら、リアンたちは闘技場内に視線を向けた。そこには既にサトゥン以外の担い手たちが揃っている。その中にはグレンフォードの姿もあり、それに気付いたロベルトは首を傾げて口を開く。


「ありゃ、グレンフォードの旦那もいるぜ。棄権したんじゃなかったのか」

「……もしかしたら、棄権が通らなかったのかもしれませんね。

グレンフォードさんは十年前、大陸最強の英雄として名を轟かせましたから。彼を倒すことは非常に意味を持ちます」

「グレンフォードを倒して大陸最強の名をそのまま頂こうってわけね。随分とグレンフォードも甘くみられたものだわ」

「事実、過去にグレンフォードさんを苦しめたの者はほとんど存在しなかったと聞きます。それほどまでに若獅子の強さは抜けていました。

私の知る限りでは、海を渡った先の大陸にあるレーメイシア王国の英雄『雷光のブレバール』くらいでしょうか」


 メイアの口から紡がれた名前に、ロベルトは表情を強張らせる。彼はその名を、その英雄を知っていた。

 かつて邪竜王の聖地に乗り込んだときにグレンフォードと戦い、その命を散らした悲劇の英雄。だが、ブレバールの死を知るのはこの場ではロベルトとライティだけだった。

 そして、ロベルトはそっとメイアに訊ねかける。グレンフォードと戦った尊敬すべき英雄の最期を思い出しながら。


「メイアさん、ブレバールって人は……強かったのか?」

「ええ、そう聞いています。西の大陸において最強の一人だと。直接お会いしたことはありませんが、いつの日か私も会ってみたいものです」

「そっか……メイアさんにそう思ってもらえるくらい、すげえ人だったんだな」

「ロベルト」

「大丈夫だ、ライティ。ちょっとばかし、嬉しかっただけさ」


 心配するライティの頭をフードごしに撫で、ロベルトは大きく息を吐き出して笑いかける。

 グレンフォードと堂々と戦い、そして散っていった英雄の名が今でもなお語り継がれていること、それがロベルトには嬉しかった。

 胸の中の静寂を振り払うように、気を取り直したロベルトは再び闘技場内に視線を向けた。


「しかしまあ、どいつもこいつも強そうだな。各国の代表なんだから、当たり前といえば当たり前なんだが」

「そうですね、少しサトゥン様が羨ましいです。あんな凄そうな人たちと手合わせできる機会なんて、そうそうありませんから」

「まーたリアンの戦闘思考が始まった。本当にお前さんは強くなることに貪欲だねえ。

ほら、そんなことばかり考えてたら若い十代があっというまに終わっちまうぞ。たまには羽を外してああいうのに視線を送ってみるもんだ」

「あわわっ」


 隣に座るリアンの首に手を回し、ロベルトはリアンの耳元で小声で会話を始める。小声でなければできない会話だからだ。

 彼の視線の先にあるのは、担い手の中の紅一点のクラリーネ・シオレーネだ。彼女を見つめながら、ロベルトは小声でリアンに訊ねかける。


「あの担い手の女を見てリアンはどう思う?」

「あの人ですか……立ち方の時点で隙が見えません、相当の実力者だと思います。軽鎧からみて、速度で勝負する戦闘法でしょうか。

それと腰に下げた剣が気になります。剣の長さに対して鞘の太さが合わないことから考えて、刀身が異常に太いのか何か別の仕掛けが……」

「馬っ鹿、そんなことは訊いてねえっつーの! いいか、リアン、よーく見るんだ……あの担い手、すげえ美人だと思わねえか」

「……え?」


 ロベルトの言葉の意味が理解できなかったのか追い付かなかったのか。

 頭の先から抜けるような間抜けな声を発するリアンに、ロベルトは大きく溜息をついて彼の頭をぐりぐりと抑えながら言葉を並べ立てる。


「前から思っていたんだが、リアンはもうちょっと異性っつーか女に興味を持つべきだと思うんだよな。

お前も十六になったんだろう? 口を開けば笑顔でサトゥン様サトゥン様じゃあ、流石の俺も心配になってくるんだよ」

「は、はあ……」

「つーわけで良い機会だ。そろそろ男として精神的にも脱皮しなきゃな。ほら、あの美人の腰付きとか……ぐぇぇ」


 ロベルトが口にできたのはそこまでだった。彼の服を後ろから全力で引っ張る少女によってそれ以上の言葉を紡げなかったのだ。

 何するんだと抗議を口にしようとしたロベルトだったが、その口が開かれることはない。目の前で最高の笑みを浮かべる少女――マリーヴェルに全身に恐怖が走ったためだ。

 笑顔を浮かべたままマリーヴェルは、ロベルトに対してそっと言葉を紡ぐ。


「男同士の会話をしたいからリアンの隣に座らせろっていうから何を話すのかと思えば……ウチのリアンにそういうこと吹き込むの、止めてくれる?」

「な、なんで内容まで聞こえてんだよ! あんなに小声で話したのに!」

「あなたのい・と・し・の彼女さんは常人の数倍耳がきくのよね。ほら、分かったらさっさとライティに懺悔の一つでもしてきなさい」


 ロベルトの隣の席で手を振るライティ。どうやら女性陣の情報網は完全に協力体制にあるらしい。

 哀れロベルトは横並びの席の端っこ、その隣はライティという形で追いやられ、リアンとは一番離れた席に座らされてしまった。

 現在の席順はリアン、マリーヴェル、メイア、ミレイア、ライティ、ロベルトの順となっている。

 退場したロベルトにかわり、隣に座ったマリーヴェルがリアンに対してジト目で文句を言う。


「リアンもロベルトの馬鹿の言うことを真面目に聞かないの。

あんな風になるくらいなら、まだサトゥンを追っかけ回された方がマシだわ」

「えっと……よく分からないけど、頑張るよ?」


 首を傾げながらもリアンはマリーヴェルの言葉を素直に受け入れる。

 そんな二人を眺めていたミレイアは、小さく溜息をつく。どちらかというと姉と弟に見えるあたり、まだまだ前途多難だと姉の立場として心配するのだった。

 そして、ミレイアはリアンたちが視線を向けていた女性へと意識を向ける。その担い手の女性をミレイアは知っていたからだ。


「あの方はクラリーネさんですわね。蛇剣のクラリーネ、六使徒のお一人ですわ」

「ミレイア、あの担い手を知ってるの?」

「……あのね、マリーヴェル。私はレーヴェレーラにてリリーシャ教と神魔法を学んでいましたのよ。知っていて当然でしょう。

リリーシャ教の総本山、レーヴェレーラの巫女を守る最強の六剣の一振り。有名な方ですわよ」

「へえ……」


 ミレイアの説明に、マリーヴェルが好戦的な笑みを浮かべる。どうやらリアン同様、血が騒いでしまうらしい。

 リアンやメイアほどではないが、マリーヴェルも強者を相手にして抑えられない気持ちが存在していたようだ。

 盛り上がるリアンとマリーヴェルに対し、続いて説明を続けたのはメイアだ。彼女はランドレン帝国の担い手を見つめながら言葉を紡ぐ。


「ランドレン帝国の担い手はランベル将軍ですね。二十年以上も帝国最強の座に在り続ける王がもっとも信頼する最強の騎士。

ランドレン帝国の領地は強大な魔物が多く生息していますが、そのことごとくを打ち破った大陸最強の軍隊を率いるに相応しい方です。

その大剣は大岩をも容易く破砕し、彼があげた魔物の首の数は千をゆうに超えるなど、武勇の数を並べれば切りがありません」

「す、すごいですね……」

「グレンフォードさんがいなければ、大陸最強は彼だったでしょうね。それほどの使い手です。

クシャリエ女王国の仮面の方とメルゼデード連合国家の黄金の鎧の方は初めて見ますね」

「……あれ? その四人にサトゥンとグレンフォードを足しても六人よね。七国の担い手なのに六人なの?」

「主催国のエセトレアの担い手がまだ姿を見せていませんね。いったいどのような方が現れるのか楽しみです」


 期待を込めて担い手の入場を待っていたリアンたちだが、その人物の登場に表情が驚きへと変容することになる。

 闘技場の通路より現れたエセトレアの代表、それは彼らの知っている人物だったからだ。

 貴族たちから一際大きな声があがるが、その人物は我関せずといった様子で微塵も動じることなく入場した。その担い手をみて、リアンたちは驚きながら口を開く。


「――ラージュ、君?」

「……これは予想外ね。まさかあの生意気な子供が一国の代表だなんて」

「おいおい、冗談だろ……」


 その担い手は、彼らが遺跡で出会った少年、ラージュ・ムラードだった。

 彼の登場に、流石にこの場の誰もが呆然としてしまう。リアンたちの知る彼は研究者、学者肌の少年であり、とても戦いに秀でたような者ではなかったのだから。

 だが、唯一この場で驚かない人物がいた。それはライティだ。彼の登場を見ても、ライティは驚くことなくそっと口を開く。


「強いよ、あの子」

「……強い? ラージュのことか?」

「うん。出会った時からあの子から大きな魔力を感じてた。あの子は魔法使い。私と一緒だね」

「……そうですね。確かラージュ君の肩書きは魔法院副長。

相応の魔法使いでなければ得られぬであろう肩書きですが、まさか担い手ほどとは……」

「替えのきかない優秀な駒って自分のことを言っていたけど……担い手ほどの実力ならば、確かに替えはきかないでしょうね。

あの生意気な自信の正体はこういうことだったってわけ。あれだけの大口を叩いていたんだもの、どんな戦いをみせてくれるのか楽しみね


 ラージュの登場で、残るはサトゥンの入場を待つだけとなる。

 各国の代表を相手にして、サトゥンがどのように戦ってみせるのか。戦い抜いてみせるのか。

 期待に胸躍らせるリアンたちに応えるように、最後の一人としてサトゥンが闘技場内に姿を現した。

 サトゥンが登場し、あとは開戦の合図を待つだけという状況の闘技場。緊迫した空気となり、観客たちが静まり返った。

 リアンたちもサトゥンを見守り口を閉ざしている。最後のそのときまで、リアンたちは現状が非常に危険であることに気付くことができなかった。


 そう。この状況は、非常に危険な状況だったのだ。

 リアンたちは気付けなかったが、この闘技場での戦闘はサトゥンにとって非常に拙い状況であった。

 サトゥンが人間界に降り立ち、これだけの観衆の前で戦うなど初めてのことだった。

 これまでの戦闘は魔物との戦いなどで、敵と見做されることはあっても人々に注目されて戦うことはなかった。

 ライティを救うために貴族の館に乗り込んだときに人から注目は集めても、それは敵としての注目であり、観衆というものではなかった。

 今、サトゥンが身を置いている戦場。それは彼にとって夢と見間違うがごとき至福の場所だった。

 国の代表として最強を決める戦いを、これだけの人間に注目されながら声援を受けて行うことができる。目立ちたい、ちやほやされたいという願望を持つサトゥンにとって、これ以上の戦場が他にあるだろうか。

 闘技場内に足を踏み入れるや、彼の身を包む歓声。その人々の声はサトゥンの冷静な思考を完全に奪い去ってしまい――結果、彼は暴走した。彼の欲望に火がついた。

 この人々の目を自分だけのモノにしたいと、独占したいという欲望に突き動かされた。目立ちたい。目立ちたい。目立ちたい。目立ちたい。目立ちたい。

 どうすればこの戦場で誰よりも目立てるのか、ちやほやされるのか。その計算を瞬時に働かせて、サトゥンは静まり返る闘技場にて腹の底から声を張り上げて咆哮したのだった。


「――各国の担い手たちよ! お前たちの相手は他の誰でもないこの私、勇者サトゥンのみである!

一人ずつでも全員まとめてでも構わんぞ! 覚悟ができたものからかかってくるがいい! お前たち全員を私一人で叩き潰してやろう!」


 サトゥンが導いた答えは単純明快。

 他の担い手をたった一人で全員捻じ伏せてみせたなら、誰よりも目立つことができるではないかというものだった。

 サトゥンのあまりに舐めた発言に、グレンフォードやラージュを除く各国の担い手たちの殺気を纏った視線が向けられる。

 だが、今ののぼせあがったサトゥンにはその殺気の視線すらも心地よい。目をグルグルと回しながら酔ったように興奮しているサトゥンは『はやくかかってこい!』としきりに他の担い手を挑発している。彼が素手であることも怒りに火を付けている。

 大暴走する勇者様を格好良いと目を輝かせ尊敬の眼差しで見つめるリアン。あの馬鹿、と呆れ果てるマリーヴェル。苦笑するしかないメイアにミレイア。飲み物が欲しいと訴えるライティのために持ち運んだ水筒から果実水を取り出しているロベルト。

 そんな仲間たちの期待その他もろもろの視線を背に受け、サトゥンの戦いは開幕を告げる。人々の注目を浴び続け、恍惚の表情を浮かべながらサトゥンは戦場に身を投じるのだった。







ナレーション「この物語は、人類の存亡をかけて戦わない、目立ちたい勇者の熱き物語である」 次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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