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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
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68話 暴嵐









 時は今より少しばかり遡る。


 エセトレア城最上階に位置する会議室。円卓を囲むように椅子に座る五人の代表と背後を守るように立ちつくす五人の担い手たち。

 リュンヒルドとベルゼレッドが城に到着したとの報告を受け、彼らより早く城へ到着していた各国の代表は会議室へと集まった。

 室内の入り口から見て、円卓の中央に坐るのは開催国の代表である『古国エセトレア』代表にして国王――グランドラ・オルセイド・エセトレア。その背後に立っているのは、進行役を務める宰相兼魔法院長のフリック・シルベーラだ。

 長い薄金色の髪を携え、豪華な魔法衣を身に纏っているフリックだが、彼の格好や容姿など会議に参加する者の視界には映らない。着飾ったフリックが霞んで見えるほどに、グランドラの装いが注目を集めているのだ。

 全員を暗蒼の重鎧で固め、顔すら覆い隠すほどの兜を被っており、肌の一切を他者に晒していないのだ。まるで戦場に赴いているかのようなグランドラに、彼を初めて見る者は視線を集めずにはいられないのだ。

 だが、何度も彼と会ったことのある者にとっては慣れたものだ。グランドラの左に座る女性が彼へ言葉を投げかける。


「相変わらず場にそぐわぬ装いが好きなのね。常識外れもここまでくると心地よいというもの」


 軽く嫌味の一つでもかけてグランドラの反応を期待したものの、相変わらず何も言葉を返さないグランドラに女性はつまらないわねと呆れるだけ。

 グランドラの隣に座る女性。彼女は『クシャリエ女王国』代表を務める女王――ティアーヌ・フラワ・クシャリエ。十六歳のときに女王として国の頂点に立ち、それから十年もの間見事に女王としてあり続けた傑物だ。

 波打つような髪が特徴的な美女だ。ただ、同じ美女でもメイアやフェアルリのような柔らかさではなく鋭さを感じさせる雰囲気が強い。

 彼女の背後に立つ担い手はクシャリエ女王国軍の軽鎧を身に纏った中年の男だ。名はアレン・ラバトリ。その身体は無駄なく引き締められており、戦う為の身体という印象を持たせる。ただ、瞳を隠すように顔には鳥を模したような仮面をつけており、その素顔がどんなものかは分からない。

 ティアーヌの言葉に対して答えたのは王ではなく宰相のフリックだった。


「王はいついかなるときでも戦場という在り方を王位継承のときより貫かれておりますので。不快に思われるかもしれませんが、なにとぞご容赦のほどを」

「ふむ。確かに我らは国の民の為ならば、いついかなるときでもその身を投げ出す覚悟がある。

その心構えは賞賛に値するが、ここは民の未来の為に大陸の王が集い腹を割って話し合う場。ならばこそ、兜くらいは外してほしいものだがな」


 次に口を開いたのは、グランドラの左に座る『ランドレン帝国』の王、ギガムド・バルク・ランドレンだ。

 王族らしい眩い衣装こそ纏っているが、彼の身に纏う空気は戦場の戦士のそれ以外の何物でもない。口元に携えた髭と、剃り落とした頭が特徴的な軍国の長。

 左頬や右眉上の古傷は幾多の戦場を乗り越えた強者の証。彼の背後に立つ担い手ランベル・ラグールもまた同様だ。

 腰に大振りの剣を下げ、堀の深い容貌とあちこちにみられる古傷を恥とも思わない。むしろ誇らしいとすら感じている見事なまでの戦士。

 他国のどの国よりも強大な魔物を倒し続けた強国の名に恥じない王と担い手、それがランドレン帝国の代表だ。


「まあまあ、エセトレア国王が兜を外さぬのには外さぬなりの理由があってのことでしょう。

そのような瑣末なことを責め立てて空気を悪くするよりも、建設的な話し合いをする方が有意義というもの」


 ギガムドの言葉を宥めるように口を挟むのは『メルゼデード連合国家』代表、ドレル・ラッパーダ。

 恰幅の良い体型に、この場の誰よりも宝石を散りばめた衣服で身を固めた成り上がりの大商人。ドレルの言葉に、ギガムドは目すら合わせず口を噤んだ。

 ドレルの背後に立つ担い手は、ドレルに負けず劣らず眩いほどの金に彩られた鎧を身に纏う若き青年だ。髪をかきあげる青年の名はヘリオ・ラッパーダ。大富豪ドレル・ラッパーダの次男だ。

 唯一この場で一切の言葉を発しないのは、『神聖国レーヴェレーラ』の代表である巫女シスハ。腰まで届く小麦色の髪が特徴的で穏やかな表情を浮かべている彼女だが、身に纏う神秘的な雰囲気は女神リリーシャ教総本山であるレーヴェレーラを代表するに相応しい雰囲気を纏っている。

 彼女の背後に立つのは、担い手で唯一の女性であるクラリーネ・シオレーネ。強き意志の感じられる瞳に凛とした容貌、黒髪を二つに束ねた髪形は動きやすさを重視してのものか。

 彼女達は他の代表との会話に参加せず、ただひたすら無言を貫いて残り二国の到着を待っていた。

 

「まもなくメーグアクラス王国とローナン王国の代表がこちらに到着しますので」


 司会役のフリックの言葉に、各国の代表は口を閉ざして入口の扉へと視線を向けていた。

 今日は本格的な七国会議の話し合いは無く、ただの挨拶と目通しが目的だ。二国の代表が入室して、少しばかり会話を交わして解散となるだろう。

 王同士の顔合わせなど大した意味はない。七国会議以外でも何度もこの五人は顔をあわせているのだ。全員が代表として十年以上在籍しているのだ、過去二度の七国会議でも、個別の国同士の話し合いでも会っている。今更何を改める必要があるだろうか。

 この初日の挨拶において、彼らが何より興味を示しているのはローナン王国の英雄、グレンフォードだ。

 『若獅子グレンフォード』。かつて十年前に大陸一の使い手と謳われた男の帰還、その情報は各国にも当然届いている。ローナン王国前王の愚かな判断で失った英雄が再びその座に返り咲いたこと、これは何よりも興味深い情報だった。

 現王はグレンフォードの親友であり、共に戦場を駆けた『紅のベルゼレッド』。十年前は最強として名を馳せた二人が、王と担い手として七国会議に参加してきたのだから、興味を示さないはずがない。

 十年の歳月がグレンフォードをどのように変えたのか。より高みに昇っているのか、腕は鈍り形だけの英雄となり下がってしまったのか。

 各国がそれぞれの思惑で胸をいっぱいにするなか、ついに部屋の扉が開かれ、英雄グレンフォードの登場と期待した各国の代表だったが――













「感じる、感じるぞ! これは私に向けて放たれる敬意、羨望、憧れの眼差しだな!

ふむ、流石は一国の王と賞賛すべきか。私の輝きを、素晴らしさを瞬時に感じ取るとはまさに人間を代表するに相応しい力!

うははは! もっとだ、もっと視線を集めるがいい! ほれ、天井に張り付いているお前たちも出てきて直接私を見て賞賛するがいい!」


 突然入室して高笑い。一歩足を進める度にポージングを決めるサトゥンに、何も言えず呆然とする各国代表と担い手たち。

 サトゥンの背後では腹を抱えて笑いながら豪快に入室するベルゼレッド、一礼して足を進めるグレンフォード、頭を痛めるリュンヒルドの姿がある。

 各国の代表、担い手が待ち焦がれたグレンフォードの登場だったのだが、あまりのサトゥンの常識外れの衝撃に霞んでしまう。それほどまでに衝撃的な登場だった。

 ただ、最初に我を取り戻し、サトゥンに注目したのはランドレン帝国の王ギガムドと担い手ランベルだ。

 彼らが注目したのはサトゥンの天井に張り付いている人間という点。七国会議の会場は各国の信頼というもので成り立っているが、第三者による何かしらの妨害の可能性だって存在する。七国の代表が一堂に会するのだ、その命を狙う者がいてもおかしくはない。

 それを防ぐために、主催国はありとあらゆる手を用いて七国会議参加者の安全を守る。この会議室の天井に潜む兵たちもそのためだ。

 だが、ギガムドたちが驚いたのは、潜む兵たちの気配をサトゥンが瞬時に看破したことだ。国の命運を左右する会議を守る兵、彼らもまた歴戦の強者、気配を殺すことに長けた一流の者たちだ。

 事実、ギガムドですら気付けなかった。国最強の戦士であるランベルがようやく気付けたほどの僅かな気配を、サトゥンは入室するなり即座に気付いたのだ。これを驚かずして何を驚くのか。戦士の血が高揚するのか、二人は口元を楽しげに歪めながらサトゥンへ視線を送り続ける。彼らの興味は一瞬にしてサトゥンへと移行していた。

 だが、他の者にとっては当然そんな簡単なものではない。各国の代表が集まる荘厳な会議の空気をぶち壊しにした空気の読めない男の登場に苛立ちを隠せないのはメルゼデード連合国家代表のドレル。彼は憤慨しながらサトゥンに向けて声を荒げる。


「なんと失礼な入室だ! 貴様、この場をなんと心得る! 自分が何をしたか分かっているのか!」

「む、何をそんなにいきりたっておる。腹が減っておるのか! 腹が減ると苛立つ気持ちは分からんでもないが、他人に当たるのは感心せんな!」

「誰が空腹か! ええい、衛兵! この男をさっさとつまみだせ! 不愉快だ!」

「摘まみだされては困ります。この者は我がメーグアクラス王国最強の担い手なのですから。

お初にお目にかかります、諸国代表の方々。私はメーグアクラス代表を務めているリュンヒルド・レミュエット・メーグアクラスと申します」

「かははっ、サトゥンは本当に最高だな……おっと、ローナン王国の代表、ベルゼレッド・シュゼイア・ローナンだ」


 怒鳴り散らされても自分が悪いなどと微塵も思っておらず、ただただ首を傾げるサトゥンを守るように一歩前に出て一礼するリュンヒルドと笑いを堪えて挨拶をするベルゼレッド。

 二国の代表に言葉を遮られ、一瞬言葉に詰まるドレル。その好機を見逃さず、話を進めようとしたのはフリックだ。

 こほんと咳払いをして、ベルゼレッドとリュンヒルドへ向けて挨拶をかわして着席を促した。


「お待ちしておりました、リュンヒルド様にベルゼレッド様。私はエセトレア国にて宰相を務めさせて頂いているフリックと申します。

お二人のご到着により、全ての国の代表が揃いましたので、さっそく七国会議の開催を宣言したいと思います。どうぞ、ご着席下さい」

「おお、すまんな! うははは、素晴らしい椅子ではないか! 気に入ったぞ!」

「な……」


 リュンヒルドの席に座り満足そうに笑うサトゥンの姿に、流石にフリックの笑みにもピシリと亀裂が走る。

 当然だ。いったいどこの担い手が王や代表をさしおいて椅子に座り、ふんぞりかえって感想など述べるだろうか。

 前代未聞の光景に場の空気が完全に凍りつく。ベルゼレッドは必死に笑いを押し殺しながら自分の席へと着席し、完全に傍観の構えだ。グレンフォードは気にする事もなくベルゼレッドの背後に立つ。どうやら彼はサトゥンがこの程度やることは織り込み済みらしい。

 困り果てたのはリュンヒルドだ。とんでもない人物だとは思っていた。人間の常識にはとらわれない英傑だとは思っていた。だが、まさかここまでぶっとんでいるとは思わなかった。

 ここにきて妹の忠告を受け入れてメイアを担い手にした方が良かったかもしれないと少しばかり後悔するが、賽は投げられてしまっている。

 各国の代表の手前、動揺していることを悟られるのは非常に拙い。冷静さを取り繕いながら、リュンヒルドは抑揚のない声でサトゥンに話しかける。


「サトゥン殿、その席はメーグアクラス王国代表である私が座らなければならない席なのだ」

「なんと。うはは、それは失礼した! それで、私の席はどこだ?」

「担い手であるサトゥン殿は私の背後で立っていてほしいのだが……」

「なんだと!? それでは不公平ではないか! ぬううう……すまぬが、この七国会議とやらの主催者は誰だ!」

「な、何でしょうか」

「頼む! 私にも同じ椅子を一つ用意してくれ! このもふもふした椅子に私も座りたいのだ!」


 頬を引き攣らせるフリックに対し、サトゥンはこの通りだと両手を合わせて頼み込む。

 その光景が限界だった。怒りを溜めこんだドレルが机を叩いて再び怒声を上げようとした瞬間、室内に笑い声が響き渡る。

 笑いを堪えていたベルゼレッドのものではない、彼はなんとか耐え凌いだ。だが、別の者が限界だったようだ。

 鈴の音が鳴り響くように心地よい笑い声を響かせた女性――クシャリエ女王、ティアーヌは口元を押さえながらサトゥンに声をかける。


「嗚呼、本当に面白いわ、最高よ、あなた。もう一度名前を聞かせてもらえるかしら」

「よかろう! 我が名はサトゥン、勇者サトゥンである! もふもふの椅子を所望する世界を救う男の名をその胸に刻むがよい!」

「サトゥン、サトゥンね。実に良いわ、あなた。私を前にしてもその不遜かつ自由奔放な態度、凄く良いわ」

「お前を前にしようと何を前にしようと何も変わるはずがなかろう! それよりも小娘、お前は誰だ? 名を教えるがいい!」

「こ、こむっ……」


 上から目線で笑っていたティアーヌに対して、遥か高みから偉そうに訊ねかけるサトゥン。

 二十も後半を迎えた女性に対して小娘発言はサトゥンならではだろうが、相手が一国の代表、それも女王相手だったのがまずい。

 当然その発言は代表への暴言へと取られ、彼女の後ろに立っていた担い手であるアレンが腰の剣を抜き放つ。その行為によって室内は一触即発の空気に張り詰めそうになったが、女王の言葉によって場は沈静化する。


「やめなさい、アレン。誰が勝手に剣を抜けといったかしら。私に恥をかかせないで」


 冷酷なティアーヌの瞳に、アレンは頭を下げて剣を鞘へと納めていく。

 その場の者達に安堵の空気がもたらされるが、全ての元凶であるサトゥンは子供のように『名前、名前』とティアーヌに要求している。

 そんな彼にティアーヌは先ほどの凍てつくような表情が幻であったかのように表情を崩して、サトゥンへ名を名乗る。


「私の名はティアーヌ。ふふっ、メーグアクラスの担い手……ね。覚えておくわ、サトゥン。私、あなたが気に入ったわ」

「がははは! 女子供に人気が出てしまうは勇者の宿命であるからな!」

「あとは実力が伴えば文句なしなんだけれど……期待しても良いのかしら?

まさか口先だけで終わる人間を担い手にする筈もないでしょうし。ねえサトゥン、私は強い男が好きなのよ」

「なんと、それはつまり私が好きだと言っているようなものではないか! うははは! 気持ちは嬉しいがお前のような子供相手ではな!

あと三千年経ったら考えてやってもよいぞ! みたところ三十年も生きておらぬではないか! 人生経験を積んで出直すが良い小娘よ!」

「まさかこの歳で小娘扱いされるなんてね。まあいいわ、今日のところはこれくらいにしておきましょうか。

サトゥン、私は欲しいと思ったものは何でも手に入れる。地位も国も名誉も男も……どんな手を使ってでも、ね。それだけは覚えておいて頂戴」


 話は終わりとばかりに切り上げるティアーヌ。満足気に笑っている様子からどうやら彼女としては充足に値する会話だったらしい。

 そんな空気を醸し出されてしまっては、文句を言おうとしたドレルも拳の振り下ろす場所を失ってしまう。

 それでもなお空気を読まず我が道を往くサトゥン。椅子をせがむ彼に、フリックは大きな溜息をついて兵士にもう一つ椅子を持ってくるように命令する。

 ちなみに、一応他国の担い手たちにも椅子は必要か確認したが誰も欲しがるはずもなく。運ばれてきた椅子に満足気に座ってほくほく顔のサトゥンを背に、リュンヒルドは胃痛を感じながらも初の七国会議その開会の挨拶へと臨むのだった。

 ちなみに話が始まって五分後にサトゥンは椅子の上でぐーすか眠りこけていた。もふもふの素材が最高に気持ち良かったらしい。

 その寝顔を見てベルゼレッドが必死に笑いを押し殺し、ティアーヌはククッと喉で笑い、ドレルは血管が浮き出るほどに怒り、リュンヒルドは胃を痛め。フリックは視界に入れぬまま、淡々と司会進行に務めるのだった。







 先ほどの七国会議で何が起こったのかを心から楽しげに語るベルゼレッド。

 その話を聞いて仲間達、特にマリーヴェルとロベルトは腹を抱えて笑っている。大笑いする妹に表情を顰めながらリュンヒルドは文句を漏らすしかない。


「笑い事ではない。ティアーヌ女王とギガムド王がなぜかサトゥン殿に好意的だったからよかったものの、下手すれば首が飛んでもおかしくなかったんだ」

「ばっかねえ。だからメイアを連れていけっていったのに。サトゥンが大人しく会議に粛々と参加できるわけないじゃない」

「返す言葉が無い」


 溜息をつくリュンヒルドに背中を叩いて元気づけるマリーヴェル。

 たとえ誰が相手であろうと、サトゥンに首輪をつけて飼い慣らせないことは仲間たちが誰よりも知っている。自由に奔放に彼らしく正義を貫く姿、それがサトゥンという勇者なのだから。

 ただ、リュンヒルドは普段サトゥンと行動していないだけにあれだけ自由な在り方には流石に面喰ったらしい。担い手とは一癖も二癖もあるものだが、あれほど癖をみせたのはサトゥンが初めてではないだろうか。

 ちなみに問題児のサトゥンは既にベッドの上で眠りの世界に突入している。会議が終わっても椅子の上で眠りこけていたサトゥンを、グレンフォードが担いでそのままベッドの上へ寝転がした状態だ。恐らく晩飯のときにはむくりと起きて高笑いしているだろう。

 へこむリュンヒルドをフォローするように、ベルゼレッドが酒を傾けながら楽しげに楽観的な言葉を吐く。


「サトゥンの態度が常識外れなのは間違いないが、他国の英雄を正面から罰して斬るなんざ誰もできないだろうさ。

逆にサトゥンの奔放な在り方でティアーヌとギガムドの興味を引けたのは大きい。前向きに考えようぜ、リュンヒルド。仮にも一国の代表なんだ、もっと豪快にいけって」

「一国の代表だからこそ最低限度の礼節を心がけたかったんですが……何かあったら助けてくれますよね、『ローナン王』?」

「任せておけ、『メーグアクラス次期王』。ま、なんにせよ明日はサトゥンのおかげで楽しくなりそうだ。わははっ」

「明日何かあるの?」


 ライティの問いに、リュンヒルドはかつてないほどに盛大な溜息をついてぽつぽつと説明を始める。

 会議の終わり際、メルゼデード連合国家の代表であるドレルが各国の代表にある提案を行ったという。明日の夜、盛大なパーティーが行われるが、その日の会議も午前のみで午後は特に予定はない。その時間の空きを利用して、各国の担い手たちによる出し物を行わないかというものだ。

 その出し物の内容は、各国の代表、英雄である担い手のなかでいったい誰が優れているかを競うもの。担い手たちが武を競い合い、最後まで立っていた者が勝者というものだ。無論、殺し合いにまで至らないような形式にて行われる。

 その話を聞いて、他国は大いに賛同した。他の五国全てが賛成を投じたため、回避は避けられない。結局、明日の昼食後に担い手たちの戦いが行われることになったのだという。

 なぜ各国がこんな催しに賛同したのか、その理由は恐らく二つ。一つは復帰した英雄グレンフォードの実力がどれほどかを確認するため、もう一つは会議にて失礼を重ねに重ねたサトゥンを誅するためだろうとリュンヒルド、ベルゼレッドは読んでいる。

 前者の理由で賛同したのは、ランドレン帝国、クシャリエ女王国ではないか。二国は軍事力も強く、魔物に対する兵の練度がかなり高い。他国の英雄、それもかつて大陸最強と謳われたグレンフォードの今を知ることは重要なことだと考えているのではないか。

 後者の理由で賛同したのは古国エセトレア、メルゼデード連合国家ではないか。エセトレアは開催国、それをサトゥンによってああまで無茶苦茶にされたのだから憤る理由としては十分で、メルゼデードに至っては会議中ずっとサトゥンに対し殺意を込めて睨んでいた。

 ただ、分からないのは神聖国レーヴェレーラだ。会議中ほとんど口を挟まなかった彼女たちがなぜこんな催しを受け入れたのか。首を傾げるが結局開催されることが決まったことには変わりない。そういう理由で、明日サトゥンとグレンフォードは各国の担い手たちと戦わなければならない、そうリュンヒルドは不安げに語ったのだが。


「ふうん。なんか他の国の担い手に同情するわね」

「……どういう意味だ、マリーヴェル」

「言葉通りの意味よ。グレンフォードだけでもアレなのに、サトゥンと戦うんでしょ? ご愁傷様としか」

「だよなあ。担い手って呼ばれるくらいだから、他国じゃ英雄でプライドも高そうだ。根元からぼっきり自信が折れなきゃいいんだけどな」

「まあ、担い手まで駆けあがるほどの実力者、相応の挫折も経験されているでしょうから大丈夫かと」


 マリーヴェルにロベルト、更にはメイアすら相手の心配をする始末。彼らはサトゥンたちの勝利を微塵も疑っておらず、ただ相手のことを考えてばかりだ。

 仮にも一国の頂点まで上り詰めた担い手を相手にするのだ、そうやすやすと行く訳がない。そう考えている兄の心を読んだのか、隣に座っていたミレイアが軽く息をつき、そっと兄へと言葉を紡ぐ。


「そういえばお兄様はサトゥン様の戦いを実際拝見したことがないんですよね」

「あ、ああ……」

「でしたら不安に思う気持ちも分からないではありませんが……その不安は無駄に終わると私も思いますわ。

お兄様もこの旅と会議で十分に思い知ったとは思いますが――サトゥン様に常識は通用しませんわ。お兄様が思うその何百倍も、あの方は無茶苦茶なんですから」


 疲れたように心から溜息をつく妹の姿が、なぜか水面に映し出された自分の姿のようにリュンヒルドには見えてしまった。

 苦労性の兄妹を悩ませる頭痛の種は、ベッドの上でごろごろと寝転がりながら楽しそうに笑みを零していた。最高級のベッドは、彼に極上の夢を見せてくれているようだ。








サトゥン「テンションあがってきた」 リュンヒルド「やめて」 ベルゼレッド「構わん、いけ」 次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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