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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
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67話 開幕






 再び馬車に乗りこみ、サトゥン一行はエセトレア城を目指して旅を続けていく。

 ただ、馬車の中に同乗者が二名ほど増えている。リアン達の乗る馬車にラージュとリレーヌも乗り込み、共に城まで同行するとのことだ。

 ふてぶてしく我が物顔で馬車に乗り込むラージュだが、そんな彼相手に気にすることなく楽しげに会話を続けているのはリアンとメイアだ。

 仲間達の中でも、二人は特にラージュ達に思うところはないらしく、気付けば雑談に興じていた。


「それじゃラージュ君とリレーヌさんはここまで徒歩で来てたんだね」

「そういうことになるな。魔法院副長と肩書きは与えられているが、それはあくまで僕の過去の働きへの褒賞として与えられた飾りに過ぎない。

魔法院の権限は全て魔法院長が握り、僕は自分勝手に動き回る以外の力など渡されていないからな。あえていうなら、同じお飾りのリレーヌくらいだ」

「リレーヌさんは魔法院兵団長と仰ってましたね。長と名を冠するのならば、自由に使える兵がいるのでは?」

「リレーヌも飾りだけの名だ。リレーヌの父が魔法院長を務めていて、長の推薦でその肩書きが与えられているだけに過ぎない。

魔法院兵は魔法を操る、文字通り国の戦力の要だ。魔法使いは貴重だからな。それを僕のように研究に没頭させている訳にはいかないと、新王になってからはひたすら兵としての訓練鍛錬だよ。僕のように研究の為に駆けまわっている従来の魔法院の人間など、片手で数える程度しか残されていない」


 肩書きだけとラージュは話しているが、そんな馬鹿なことがあるかと内心思っているのはリアンの隣で黙って話を耳にしていたマリーヴェルだ。

 ラージュの背後で無表情のまま立ち続けるリレーヌは、幾多の戦場を潜り抜けたマリーヴェルから見ても相当の実力者だと感じていた。

 否、むしろ戦場で生きる者として纏う空気はマリーヴェルよりも上かもしれない。メイアにも匹敵するだろう。

 揺れ動かない宙に静止した抜き身の刃、例えるならそれこそがリレーヌを表現するに相応しいだろうか。そんなマリーヴェルの想いをよそに、ラージュ達の会話は続いていく。


「嘆かわしいものだ。魔法院の連中は知識を、魔法を政争や戦争に利用する道具程度にしか思っていない。

かつての魔法院は探求を一とし、発見の全てを人類の発展へとつなげてきた。それが今ではただの魔法使いの傭兵集団だ」

「えっと……い、いいのかな、ラージュ君ってエセトレアの軍の人なんだよね?」

「僕が罰せられるということか、リアン。それはないな。僕は連中にとって替えのきかない優秀な駒だ。僕に利用価値がある限り、フリックは僕を保護し続けるさ」

「フリック?」

「魔法院長、そしてこの国の宰相を務めている大貴族フリック・シルベーラ。

十七年前、新王が王座についてから常に傍にい続けた、実質この国の全ての権力を握っている人間の名前だよ」


 ラージュの話は今より十七年もの時を遡る。旧王が病に伏せ、次王の候補としてこの国には二人の王子が存在していた。

 長男は学に秀で、治世者として申し分ないと臣下の者達が賞賛する優れた王子であった。そして次男はそんな兄を誇りとして、彼を支えるべくひたすら武に励み続けた。

 王として在る長男、そして彼を守る最強の剣となる次男。そんな二人の未来を夢想し、臣下の誰もが次代は素晴らしいものになると期待せずにはいられなかった。

 だが、先代王の下した結論が全てを砂塵へと化した。王は死の間際に、次の王として次男を指名したのだ。

 その決定に誰もが驚き、そして誰よりも反発したのは張本人でもある次男だった。何かの間違いだと、長男こそが王になるべき人間だと。

 どれだけ必死に反論しても、死人が言葉を返す筈もない。先代王の言葉を多くの臣下が直接耳にしていたこともあり、想いは同じであれど次男の言葉に臣下は頷くことは出来なかったのだ。

 王になれなかった長男は父の言葉に従い、次王の座を弟に譲った。そしてその翌日に自害した報が次男へと届けられてしまう。

 何故長男が自害をしたのかは分からない。遺書も残されていない。だが、誰よりも兄想いであった次男の心は壊れる寸前まで追い込まれてしまった。そんな中で彼を支え救ったのがフリックだった。

 生気を失った次男に対し、献身的に支え続け、やがて次男は立ちあがり王としての座についた。それが現在のエセトレアの王であり、宰相のフリックとの関係であるとラージュは語った。


「僕も生まれる前だから話の真実は分からないけれど、王がフリックを何より重用しているんだ。

右も左も分からぬ王を支え政の指揮をとってフリックが国を治めたのは確かな事実さ」

「それじゃ他国との交流を閉ざしているのは」

「当然フリックが決定した政策の一環だね。貿易の受け口を一手に集中させるだの他国の干渉による国民の一致力の低下だのご大層な理由を好き勝手に並べているが……まあ、その理由は直接城で感じ取ればいいさ。君達はエセトレアの内情を知りたくて来たんだろう?」

「……どうしてそのように思ったのでしょうか」

「どんな内情があるかも分からない、鎖国された国に家族をつれてくる王族なんて鵜呑みにする訳が無い。

王族にとって家族とは次世代に血をつなぐ為の大切な駒だ。例え自分が死のうとも、血のつながる誰かが生きていれば、血が絶えることはない。

故に君達の大半はリュンヒルド王子やベルゼレッド王とは何の関係もない人間なのは推測がつく。こんな大人数を何が起こるとも分からないこの国に連れていく理由は何か。

あとは情報の欠片を集めるだけさ。ローナンが隣国であること、メーグアクラスは義に厚く国民を大切にする国柄だ。

鎖国を続け国力増強を続ける不透明な国が傍に在れば気が気じゃないだろう。下らぬ戦争よくぼうにエセトレアが捕われていないか、そんな気配はないか……それを知る為にも、国内でも優秀な人材を集めてきた。違うかな」

「困りましたね……肯定する事も否定する事も私には出来ませんので」

「何、別に誰かに告げ口するつもりはない。僕は正直、この国が暴走して何をしようと知ったことではないからね」


 ラージュの放った言葉に少しばかり気に入らないように眉を顰めたのはロベルトだった。

 仲間の中で人一倍正義感の強い彼は、ラージュの戦争を容認するような言葉が受け入れられなかった。

 国同士が争えば間違いなく人が死ぬ。多くの人間が死んでしまう。それを勝手にしろと言ったラージュの言葉が気に食わなかった。

 子供の言葉だ、適当に聞き流せばいいとも思ったが、ロベルトは言葉を抑えきれずそれを口にしてしまう。


「この国はお前が生まれ育った国だろ。戦争が起きて国の人間が何人死んでも興味無いっつーのか」

「ないよ。気の毒だとは思うけれどね。僕にとって無関係の人間は線の外側だ。線の外側の人間がどうなろうと、僕の人生には何も関係が無い。

僕にとって大事なのは、僕にとって線の内側の人間だけだ」

「ああ、そうかい。どこをどうしたらそこまで捻くれたガキに育つんだか。俺には考えられないね」

「人の在り方に勝手に踏み込んで、人の在り方に苛立ち勝手な言葉を吐いてくる君の方が考えられないと思うがね」


 売り言葉に買い言葉。十近く離れた子供相手に本気で喧嘩になろうとするロベルトをリアンが必死に制止する。

 そんな男連中の喧騒を置いて、これまで沈黙を保っていたマリーヴェルは瞳をリレーヌへと向けてそっと訊ねかける。


「貴女もそこのチビガキと同じ考えなのかしら、リレーヌとか言ったっけ」

「答える必要は無い。私はラージュ様の言葉に従うだけ」

「そう」


 短い会話を切り上げ、マリーヴェルはそれ以上会話をすることなく視線を馬車の外へと向けた。

 そんな態度が気になったミレイアが、彼女の傍に寄りどうかしたのか訊ねるが、マリーヴェルはぽつりと小さく言葉を紡ぐだけ。


「……出会った時からずっと気に入らないのよね、あの女の目。あの目は……」

「目?」

「……なんでもないわ」


 首を傾げるミレイアにマリーヴェルはそれ以上説明を続けることは無かった。

 気まぐれで猫のような妹に、ミレイアは溜息をつくものの、いつものことなのでそこまで追求する事は無い。

 マリーヴェルは感じるまま、感性で人を見抜くことがある。今回もリレーヌという女性に何かを感じたのだろう。そう結論付け、ミレイアは馬車内へと視線を向け直す。

 そこにはラージュとロベルトが互いの頬をつねり合う光景が繰り広げられていたが、それこそ口出しするのは無粋かと思い、ミレイアはリーヴェのブラッシングを再開するのだった。


















 太陽が紅色に染まる頃。馬車は長旅を経てエセトレア城へと辿り着く。

 城下町の大通りを通過し、城下町の人々の視線を潜り抜けて。エセトレア城前で馬車から降り立ち、城を見上げて仲間達は感嘆する。

 巨大かつ堅牢。しかしそれでいて王城の名に恥じない見栄えする造りとなっている古城。巨大な本棟と、そこから八方に伸びる分棟。

 古国エセトレア、大陸でも有数の歴史ある国の名に恥じぬ見事な城に見入る仲間達。そんなサトゥン達に、馬車を降りたラージュは別れの挨拶を告げる。


「それでは僕達は魔法院へと戻らせてもらう。短い旅路だったけれど、実に有意義な時間だったよ。

特にサトゥン、君は実に興味深い存在だ。古代文字を読み上げたことといい、今回の発見は君を抜いては語れない。しっかりと君の功績を報告させてもらうよ」

「うむ、私の功績をしっかりとこの国に広めるがいい! うはは! また勇者として偉大な功績を残してしまったわ!」

「実に愉快な男だね、君は。それでは失礼するよ。しばらくはこの国に滞在するのだろう、僕は魔法院の棟にいる。何かあったら遠慮なく訪ねてきてくれ。君達ならば歓迎しよう」


 笑ってサトゥンと握手を交わし、ラージュはリレーヌと共に城の奥へと去って行った。

 そして、サトゥン達を城へと案内するために使者であるアンビエトがこれからのことを説明していく。


「まずは長旅の疲れもございますので、しばしのご休憩を……と、申し上げたかったのですが……

その、遺跡に立ち寄った時間が長かった為、まもなく七国会議初日の顔合わせの時間が……」

「何、俺達の我儘で立ち寄って貰ったのだ。気にすることはない。このまま会議に向かおうではないか。構わないな、リュンヒルド」

「問題ありません」

「お二人にそう言って頂けると助かります。それでは、ベルゼレッド王にリュンヒルド王子、そしてお二人の担い手の方々は私にご同行お願いします。

他の家族の方々は既にお部屋を用意させて頂きましたので、どうぞご存分に旅の疲れをお癒し下さいませ」


 説明を終えて、先導するアンビエトと共にベルゼレッド、リュンヒルド、サトゥン、グレンフォードの四名が城の奥へと案内されていく。

 その背中を眺めながら、他の仲間達もまた用意しているという客室へ向けて移動を始める。身なりの良い城の者に案内された場所は、城の本棟とは異なる別棟の一つだった。

 豪華絢爛な装飾品に囲まれた廊下を歩き、案内された部屋にリアン、ロベルト、そしてライティは驚きのあまり言葉を失う。

 それは一国の代表が宿泊するに相応しい王族貴族にのみ許される一室だった。用意された家具や寝具はこれまでリアン達が使っていたキロンの村や宿屋のそれとは比べ物にならないほどで。

 元々王族や貴族であるマリーヴェル、ミレイア、メイアはリアン達ほどの反応は見せなかったが、それでも素晴らしい部屋だと感嘆していた。

 ごくりと唾を飲み込みながら、ロベルトが率直な感想を述べる。


「すげえ。いや、本当にすげえ以外の言葉が出てこねえ」

「見て見て、ロベルト。ベッドふかふか」

「……見た目があれとはいえ、お前も一応二十歳になる女なんだから止めとこうな」


 ベッドの上でぽんぽんと飛び跳ねて遊んでいるライティを抱き抱えて止めさせるロベルト。

 彼のそういう対応こそ誰よりもライティを子供扱いしているのだが、当人のライティが気にしてないので誰も咎めることは無い。

 キョロキョロと楽しそうに部屋を見渡しているリアンに笑みを零しながら、マリーヴェルは椅子に腰を下ろして軽く伸びをする。


「使者の人も行ってたとおり、今日はゆっくり身体を休めましょう。とりあえず身体を清めたいわね、水場はあるのかしらっと」

「水浴びを行うのなら、私もご一緒してもいいですか?」

「私も。一週間ずっと野営でしたからね、水辺で水浴びも悪くはないのですが……」

「それじゃみんな一緒に入りましょうよ。ライティも一緒にね。ライティ、水浴びの準備しなさい」

「うん」


 ロベルトから離れてライティは自分の荷物から水浴びに必要な道具を準備していく。

 女性陣が水浴びの準備を始めたので、ロベルトは落ち着きなくそわそわする。英雄を目指す仲間とはいえ、女性陣は揃いも揃って美女美少女。

 二十歳を過ぎたばかりのロベルトにとって、当然興味が無い訳ではないのだ。そんな彼の雰囲気を察したのか、マリーヴェルはジト目をロベルトへ向けて言い放つ。


「言っておくけれど、覗いたら本気で刺すからね」

「覗かねえよ! 殺されると分かって覗く馬鹿なんかいるか!」

「覗きたいの? いいよ、私は別に。一緒に水浴びする?」


 ライティの言葉を最後まで聞くことなくロベルトはリアンのところまで脱兎の勢いで避難する。ロベルト・トーラ、義に厚く情に深いが命は惜しい男である。

 首を傾げるライティに淑女の在り方について切々と語るミレイア。殿方に肌を見せるのは云々と説明し続ける彼女の熱意が伝わったのか、ライティはこくんと頷く。しっかり理解したのか、理解したふりをしているのか。

 軽く息をつきながら、準備を終えたマリーヴェルは水浴びの施設を探すために室内に見える扉を片っ端から開けていく。

 その際、同行していたメイアがマリーヴェルに対してそういえばと言葉を紡ぐ。


「まもなく七国会議の初日の顔合わせがあると話していましたね、使者の方は。何事もなく済んでいればいいのですけれど」

「面白い冗談ね、メイア。あのサトゥンがいるのに、何事もなく済む訳ないじゃない。あいつは人間の常識なんかに縛られない存在だもの、きっと今頃面白おかしいことをやらかしてくれてるに違いないわ」


 悪戯の成功に期待する子供のように笑うマリーヴェル。

 だが、メイアはそれを窘めることはない。何故ならメイアもまた彼女と同意見だったからだ。

 七国会議、それはこの大陸を代表する七人と最強の七人が集う、まさしく各国の英雄が集う場所なのだ。それを前にしてサトゥンが大人しくする筈が無い。

 では、いったいサトゥンはどんなことをやらかしてくれるのか。そんなことを考えて、メイアもまた微笑んで無邪気に告げるのだ。


「とりあえず、リュンヒルド様に頭を下げる準備はしておきましょうか」

「やーよ。私はメイアを推したもの、全ては担い手にサトゥンを連れて行ったお兄様の自己責任だわ。せいぜい胃を痛めてもらいましょう」


 会議が平穏に終わる筈が無い。絶対にあの勇者おばかは何かをやらかしてくれる筈。

 そんな彼女達の期待は幸か不幸か応えられることになる。何故なら彼は勇者サトゥン、人々の期待に応えてこそ勇者なのだから。

 マリーヴェル達が水浴びを始めようとしていた同時刻。リュンヒルド達を除く五国の王と担い手が集う部屋の扉が盛大に開かれ――


「ふはははははは! 待たせたな、各国の王たちよ! この大陸の今後を話し合う場こそ、我が名乗りの場に相応しい!

耳を向け、目を開き、我が姿を心に刻め! 私こそがお前達の待望し続けたこの大陸を救う者――勇者サトゥンである!」


 ――胸を反りかえる程に全力で張って高笑いを続ける勇者が七国会議に降り立ったのだった。

 呆然とサトゥンを見つめる五国の王と担い手たち。こめかみを押さえるリュンヒルド、気にせず入室するグレンフォード、サトゥンのあまりの堂々とした入室に腹を抱えて笑うベルゼレッド。

 嵐のように現れた勇者によって七国会議は開幕を告げる。無駄にポージングをとって王たちに激しく自己主張をする勇者の高笑いと共に。








自己紹介は大事ですからね(マッチョポーズ)。次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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