66話 不安
それは一体誰の見た光景だったのだろうか。
灰色にくすみ、輝きを失った戦場をリアンは他人事のように眺めることしか出来なかった。
否、他人事というのも語弊があるかもしれない。霞がかり己の意志で何一つ動こうとせずとも、彼の身体は勝手に剣を振るっているのだから。
自分とは別人である筈の人間、なのに視界も身体も全てが共有しているかのように。されど己の意志では動けず、ただ流れ移ろいゆく光景を眺め続けるだけ。
『もう一人のリアン』は剣を握りしめ、対峙する者の放つ恐ろしき魔力の奔流に逆らいながら必死に何か言葉を発している。
彼だけではない、『もう一人のリアン』と共に戦っている者達……恐らく仲間だろうか。彼らもまた必死に対峙する誰かに声をかけ続けていて。
その声を、言葉をリアンには理解出来ない。けれど、必死に言葉を紡ぎ続ける彼らの心の感情は痛い程に伝わってきてしまう。
それは悲痛。それは懺悔。それは後悔。それは謝罪。どうしようもない現実を突き付けられ、心折れた者達の咆哮。
心を激しく揺さぶられる彼らの声に、リアンは耳を塞ぎたくなるがそれも叶わない。何故なら彼はこの場においてただの一人の観客に過ぎないのだから。
やがて、意を決した『もう一人のリアン』は剣を翳し、一歩、また一歩と対峙する者へと近づいていく。
彼が剣を振り上げ何をしようとするのか、そのようなことは分かり切ったこと。悲しみと絶望に心を染めてもなお剣を握りしめ、未来の為に大切なモノを捨てることを決断したのだと痛い程に伝わって。
気付けば、リアンは必死に声をあげて制止していた。駄目だと、その剣をあの人に振り下ろしては駄目だと、伝わらないと分かっていても何度も何度も必死に。
その剣を振り下ろしてしまえば、きっと世界は救われる。きっと『親友』の望んだ未来は訪れる。けれど、それでも剣を振り下ろしてはいけないとリアンは叫ぶのだ。
距離を詰め、剣を振り下ろそうとする『もう一人のリアン』。絶望に満ちる彼に、リアンは最後の最後まで必死に言葉をかけ続けた。
止まらぬと分かっていても。変えられないと理解していても、それでも――
――お願いします。どうか『私』の大切な『親友』を、『僕』の大切な『勇者様』を――
「ああああっ!」
締め付けられるような胸の痛みと共に、リアンは意識の覚醒を迎える。
自身が悲鳴のような叫びをあげて目覚めたことを認識したことと周囲の状況を把握したことは一体どちらが早かっただろうか。
リアンの記憶には先程まで見ていた『悪夢』の内容など残っていない。ただ、ひたすらに恐ろしい夢を見ていたことだけは分かる。
肩で呼吸をするほどに平常心を乱し、片目を覆うように右手で顔を抑えつける。まるで怯えているようにも見えるリアンだが、彼の心は他の誰でもない仲間の手によって落ち着きを取り戻すことになる。
焦燥する彼を包み込むように背後から抱き締める人、彼の手をそっと握ってくれる人。まるで癇癪を起した子供を落ち着かせるように彼女達は優しく言葉を紡いでくれて。
「――大丈夫。私達が傍にいるから、何も怖がる必要なんてないわ」
「――そうですよ、リアン。慌てる必要はありません、まずはゆっくりと呼吸を整えて」
「……ヴァ、ジェ……キヌ、ミコ……?」
自身に触れる優しい言葉と温もりによって、リアンの視界に映し出される世界はようやく輪郭を取り戻し始めて。
靄かかっていたリアンの瞳はゆっくりと色を取り戻し、ようやく彼は自分を支えてくれている女性達が誰なのかを理解する事が出来た。
遺跡の外、入口傍で横になっていた彼を抱きしめ、手を握ってくれていたのは、大切な人達で。
「……マリーヴェル、メイア様……僕は……どうして……?」
「大丈夫なの? どこか頭が痛かったりとか、具合の悪いところはないの?」
「うん……ごめんね、心配掛けたみたいだ……少しぼーっとしてるけど、うん、大丈夫」
「そうですか……よかった」
二人に微笑みかけて、リアンは周囲の状況を見渡す。
どうやら気を失っていた彼に気付いたのか、少し離れた場所で休んでいたロベルト、ライティ、ミレイアが心配そうに駆け寄って来る。
マリーヴェルやメイアのように大丈夫かと声をかける仲間達に微笑んで肯定するリアン。そんな彼に安堵する面々。そんな彼らにリアンは訊ねかける。
「僕は……気を失っていたんだね。遺跡の中に入って……扉の奥に入って、白骨と剣を見たところまでは記憶があるんだけど……」
「そうね……『みんな』そこまでは記憶にあるの。私達全員リアンと同じようなものよ」
「同じ?」
「……私達も全員気を失ったのよ。目覚めの時間は多少前後したくらいの違いはあれど、全員そこから記憶がないの」
マリーヴェルの説明に、リアンは呆然として仲間達を見渡す。
リアンの反応に、仲間の誰もがマリーヴェルの話に頷くだけ。一体何故、その疑問を抱くのはリアンだけではない。
サトゥンが白骨の傍まで近寄り、何かを読み上げ、そこで全員が同時に意識を落とすことなど有り得るのか。まるで魔法をかけられたような現象だが、リアンにロベルトが補足を加える。
「意識を失ってない人もいたんだけどな。リュンヒルドの旦那やベルゼレッドの旦那、アンビエトの使者のおっさんにリレーヌだったか?」
「サトゥンもだよ、ロベルト」
「あ、そうか。まあ、旦那が気を失わないのは当たり前過ぎて数に入れてなかったが、気を失った俺達をみんなで運んでくれたんだと。
何往復もしたから腰が砕けそうだってアンビエトのおっさん死にそうになってたぜ」
「サトゥン様……サトゥン様は、今どこに?」
「遺跡の中に戻って行ったよ。ほら、生意気な小坊主がいただろ?
遺跡内部をしっかり調べる必要があるってサトゥンの旦那達を連れてまたあの部屋に向かったぜ」
ロベルトの説明にそうですかと納得するリアン。だが、この場にサトゥンがいないこと、それがとても寂しく感じてしまう。
思い出されるのは、この遺跡に来てから様子のおかしかったサトゥンの姿。まるで彼らしくない姿に、リアンはどうしようもなく不安になる。
ただ、会いたいと思ってしまう。それはきっとリアンだけではなく、仲間達の誰もが思っていることなのだろう。
あの何も考えていないように豪快に、そして無邪気に笑うサトゥンの姿が無性に恋しく思えて。
沈黙が訪れる仲間達の輪。しかし、このまま黙し続ける訳にもいかない。やがてロベルトが仲間達に訊ねかけるように口を開いた。
「なあ……この遺跡って、いったい何なんだろうな。
どうして俺達は全員揃ってあの部屋で……あの白骨死体と剣を見て、気を失ってしまったんだろうな」
「分からないわよ……そんなの。気付いたら、本当に気が付いたら意識が落ちてたんだもの」
「思えばこの場所に近づいていく時からおかしかったよな。
まるで何かに捉われたような、心臓が鷲掴みにされたような、圧迫されたような……ありゃ魔法か何かにでもかけられていたのか」
「魔法じゃないよ。魔法なら私が感知してるから」
ライティに否定され、『だよなあ』とロベルトは肩を落とす。
魔法でなければ一体何によるものなのか、そう問われてもライティは分からないと答えるしか出来ない。
そして、再び訪れる沈黙の中で、そっと言葉を紡いだのはミレイアだった。少し迷うような素振りを見せながら、彼女は口を開く。
「あの……私達が倒れる前にサトゥン様が口にした言葉を覚えていますか? いえ、それだけではなく部屋に入るための扉の前で読み上げた言葉も」
「ええ、覚えています」
ミレイアに頷き、皆を代表してメイアがサトゥンの紡いだ言葉を諳んじていく。
「扉に書かれていた文字が『悠久の時を超え、再び友と巡り会う奇跡を夢見て』。
白骨の背後の壁に書きなぐられていた文字が『友よ。愚かな私達を許してほしい。仲間ではなく世界を選んだ愚かな私達を。もし、次が許されるならば、『リエンティ』としてではなく、ただの友として君と』……でしたね」
メイアの答えにミレイアが頷いて肯定する。読み上げられたメッセージと白骨の背後に突き立てられた錆びついた剣、これらから紡がれる答え。
それに気付いたとき、その場の誰もが困惑せずにはいられない。仲間を代表して、マリーヴェルが思ったままの言葉を紡ぐ。
「嘘でしょ……? だって、あれはただの作り話、子供向けのおとぎ話じゃない。
この世界の歴史にそんな出来事があったなんて記述はどの書物にも残されていないし……ミレイアは、あれが本物だと言うの?」
「私も信じられませんが……ですが、そうでなければ説明がつきませんもの。
いつのものとも分からぬ遺跡と、サトゥン様が読み上げたメッセージが真実ならば……何より、あのサトゥン様が放心するほどの理由こそ、真実を裏付けているのでは」
「確かに……もし、あれが本物だとしたら、サトゥンの旦那が言葉を失うのも説明がつく。
サトゥンの旦那は誰よりもあの物語に憧れ、勇者になろうとしてるんだ。その憧れがあんな形で見つかったとなると……」
多くの謎が一つの答えに辿り着き、誰もが信じられないと驚きに表情を染めるばかり。
あの物語は子供向けの創作であり、ただのおとぎ話だと信じて疑わなかった。だが、それが真実である証明がこの遺跡には存在した。
今でも何かの間違いではないかと思ってしまう。けれど、ここまできては認めなければならない。やがて、リアンがぽつりと答えを口にする。
「あの白骨は……『勇者リエンティ』のもので、背後の剣は『聖剣グレンシア』なんですね」
「サトゥン様が読み上げられた謎の文字の内容が正しければ、ですけれど……サトゥン様の反応を見て、間違いはないかと」
「嘘だろ……勇者リエンティって実在したのかよ……お、おい、これって本気で歴史的発見じゃないのか?」
「勇者リエンティの真偽は分からないけど、仮にあれが本物だとして、じゃあどうして私達は気絶したのよ。
サトゥンならまだしも、私達にとって勇者リエンティが実在したからといって、気を失うほどのショックなことでもないわけで」
「そう言われると……実は俺達も気付かないうちに、勇者リエンティの熱狂的な信者になっていた、とか」
「真面目に話す気がないなら殴るわよ?」
「冗談だよ! 場を和ませようとしただけだよ、悪かったよ!」
わいわいと言いあう仲間達に苦笑しながらも、リアンは先ほど皆で導いた答えを一人考えていた。
遺跡の中にあった遺体、あれが勇者リエンティであることが真実として。それが理由でサトゥンはあのような状態になったという点が腑に落ちなかった。
何かが違う気がする。何かを見落としている気がする。結局、あの遺跡に感じる胸のざらつきの正体も分からないままだ。
出口のない迷路に迷い込んだような錯覚に陥りながら、リアンが出来るのはサトゥンの戻りを待つことだけだった。
分からないこと、答えの出ないことを悩んでいても終わりは見えないから。ならば、真っ直ぐにサトゥンにぶつかろう。
どうしてあのような表情をしていたのか、何を悩んでいたのか、直接訊ねなければきっと分からないだろうから。
遺跡の外で待つこと数十分。遺跡の入り口から足音が聞こえてきた為、集まっていたリアン達は足を入口へと向ける。
仲間達の胸の中は分からないことばかりだけれど、今はただサトゥンに会いたいと誰もが思っていた。彼が遺跡に入ったときのような状態に陥ったままではないかと、不安だった。
だが、それは杞憂に終わり。遺跡の入り口から土埃に塗れたサトゥンが現れ、仲間達の姿を見て――高笑い。
「おおおおお! 目覚めたか、お前達! うはははは! 心配したのだぞ! リアンも目覚めたか!」
「は、はい。サトゥン様、ご心配をおかけしまして……」
「勇者に心配をかけるとは許し難い大罪であるぞ、盟友リアン! うはははははは、だが許そう! 良かった! 無事で何よりだ!」
リアンに駆けよりおもむろに抱きしめてぐるんぐるんとその場で大回転。どうやらリアンが無事であったことが心から嬉しかったらしく、文字通り全身で喜びを表現しているらしい。
突然の奇行に対応出来ず、目を回しているリアンだがサトゥンは容赦などしない。喜色満面の笑みを零していつも以上にハイテンションでリアンを文字通り振り回している。
そんないつも通り過ぎる元気を取り戻しているサトゥンに驚き呆然とする仲間達。そんな彼らの気持ちを感じ取ったのか、共に地下の遺跡へ潜っていたグレンフォードが仲間達に声をかける。
「サトゥンなら大丈夫のようだ。地下の遺跡を調査している最中に突然あのようにいつもの状態に戻った」
「グレンフォードの旦那。いや、突然戻ったって……」
「白骨死体をじっと眺めていたかと思うと、突如高笑いを始めてアレだ。
本人に話を訊いても『もう大丈夫だ』としか返ってこない。何があったのかは知らんが、色々と心が落ち着いたらしい」
「……気まぐれで猫みたいな奴ね」
「……私には大型の犬に見えますけれども」
勝手に落ち込んだかと思えば勝手に元気を取り戻して勝手に振り回してくれる。
そんなサトゥンに溜息をつきつつも、仲間達は苦笑する。何があったかは知らないが、元気になってくれたならそれで良いと。
どんなときでも馬鹿をやって、無駄に元気でみんなに笑顔を振りまいてくれる勇者様。そんな彼の姿に惹かれ、皆共に歩んでいるのだから。
リアンへの愛情表現が過剰になり過ぎ、明らかに弱っていくリアンに気付いて慌ててマリーヴェルがサトゥンの背中に蹴りを入れている。そんな漫才を眺めながら、メイアはグレンフォードに訊ねかける。
「それで、遺跡に再度潜ってみて何か分かりましたか?」
「それは俺ではなくラージュ達に訊ねる方がよいだろう。もうすぐ彼等も戻ってくる」
「何かが分かったどころじゃない。この遺跡はこれまでの世界の歴史をひっくり返すほどの大発見だ!」
背後から聴こえてくる興奮したような声に、仲間達はそちらの方へ視線を向ける。
そこには歳相応に思える笑みを零すラージュがいて、彼の背後にはリレーヌ、リュンヒルド、ベルゼレッド、アンビエトの姿もある。
興奮を抑えられないとばかりにラージュはメイア達に拳を握りしめて説明を始める。
「これから城に戻り、魔法院の連中を連れてきて裏打ちを取る予定だけれど、現時点で僕には十分過ぎる程の収穫だ。
おとぎ話だけの空想の存在と信じて疑わなかった『リエンティの勇者』が実在したという事実、それだけで世界は大きく動くことになる。
リエンティの勇者が実在したならば、神の存在も過去の文明も全てが証明される。おとぎ話の内容全てを洗い直す必要がある」
「随分と興奮してるところ悪いんだが……それってそんなに凄いことなのか? 俺には全然理解出来ないんだが……」
「世界の在り方が変わるほどに凄いことさ。君は信じられるかい、おとぎ話の絵空事だった魔の王との戦いや勇者と英雄の存在故郷その文明が現実に今なり変わろうとしているんだ。
この発見を起点に、世界の全ての歴史は洗い直されることになる。過去の築いた文明を洗い直し、新たな叡智を発見できるかもしれない。
何もかもサトゥンのおかげだ。彼があの古代文字を解読してくれたおかげで、扉を開いてくれたおかげで世界は新たな一歩を踏み出すことが出来るのだから」
「……そういえば、サトゥン様はどうしてあの文字が読めましたの?」
「分からぬ! ふははは、見たこともない文字だったが、何故か読めてしまったわ!」
ふと感じた疑問を口にするミレイアに対し、マリーヴェルに締めあげられているサトゥンは笑いながらあっけらかんと答える。
適当過ぎる答えに唖然とするものの、実に彼らしい無茶苦茶な答えだと諦めそうですかと納得するしかない。
そんな彼に、訊ねようか訊ねまいか迷ったものの、メイアがサトゥンに口を開く。
「サトゥン様、あの白骨は『勇者リエンティ』ものというのは……」
「うむ! 間違いないであろう!」
「うむって……何か凄くあっさり受け入れてるんだけど、旦那」
「ふぬ? 勇者リエンティはおとぎ話ではなく、現実だと私は何度も言ったではないか。今回はそれが証明されただけのこと。
私が思うに、ここがリエンティの故郷であり、この遺跡がリエンティの城だと考えているぞ! それならば全てに納得がいく!」
「……全然落ち込んでないわね、アンタ」
「落ち込む? 何を馬鹿な、私が落ち込む理由などないわ! 勇者リエンティが故人であることなど分かり切ったことではないか! がはは!」
実に当たり前のことを言い放つサトゥン。どうやら彼がリエンティの死に落ち込んでいるのではないかという推測は完全に外れていたらしい。
どちらかというと彼は刺さっていた剣の方に意識がいっている。あの剣がグレンシアだとすれば、私のグレンシアは少々大き過ぎるので改良すべきかどうかと楽しげに悩んでいた。
そんなサトゥンに負けぬほどに嬉々として世紀の発見について語ろうとするラージュだったが、こほんと咳払いをしたアンビエトに言葉を遮られる。
「新発見だか何だか知らぬが、そろそろ時間が押していると何度も言っただろうが。
私は皆様を王城へ連れて行かねばならぬのだ。無駄話はそのくらいにしてほしいものだ」
「ああ、君達は確か七国会議へ参加するんだったな。丁度良い、僕達も報告の為に城に戻る必要がある。たった二人だ、馬車に同乗しても構わないだろう?」
「な、馬鹿を言うな! あの馬車は七国会議の客人を城まで案内するために王より授けられた……」
「いや、私達は構わない。これだけの発見をしたのだ、報告は早い方がそれに協力したアンビエト殿の評価も上がるのではないか」
助け船を出してきたのはリュンヒルドだった。どうやら彼も今回の発見にはいささか興奮を隠せないようだ。
ベルゼレッドはそうでもないが、書物を読み耽ることを趣味とするリュンヒルドにとって今回の経験は実に興味深いものだったようだ。
アンビエトは悩んだものの、評価が高くなるという言葉に流され、ラージュとリレーヌを馬車に同乗させることを選択した。
時間も押しているため、早々に城へ向かおうと告げてアンビエトは馬車への道を先頭を切って歩いていく。
彼についていくように仲間達も森を抜けて馬車へと向かう。その道中、リアンはサトゥンと共に並んで歩きながら、ぽつりと不安を吐露する。
「あの、サトゥン様」
「ぬ、どうしたリアンよ」
「サトゥン様は……サトゥン様は、何処にも行ったりしませんよね。消えたりなんて、しませんよね」
「ふはははは! 何を言い出すかと思えば、愚問である! 私の道はお前達と共に在るのだからな!」
豪快に笑いながら力強くリアンの頭を撫でるサトゥン。それはリアンを安心させるように何処までも力強く。
楽しげに笑うサトゥンはリアンが憧れ追い続けた姿で。その笑顔はいつだってリアンの心から不安を取り除いてくれた筈なのに。
何故かは分からない。その理由は見つけられない。けれど、リアンの心に生まれた不安はサトゥンを傍に感じていても消えることはなく。
いつの日か、サトゥンが自身の傍から消えてしまうのではないか……そんな根拠もない不安に心を押し潰されそうになってしまうのだ。
色を失った世界で泣き叫ぶことしか出来ず、全てを諦め絶望したもう一人の自分のように――そんな形なき不安に、リアンは恐怖を覚えずにはいられなかった。
やっと導入部終了、長かった。次も頑張ります。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。




