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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
七章 精弓
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62話 七国







 山奥にあるキロンの村。魔獣に滅ぼされたとされる村に一人の来客が訪れていた。

 この村の周囲には人避けの結界が流浪の民の手によって築かれており、常人では迷わず村へ辿り着くことはほぼ不可能に近い。

 人避けの結界をすり抜けて村に辿りつける者、それは結界に抵抗できる者か、もしくは村人の親類、関係者のどちらかに限定される。

 今回の村への来訪者は後者であり、村に現れた人物の応対をしたフェアルリから来訪者の肉親であるマリーヴェルとミレイアがその者の前へ呼び出されたという訳である。


「リュンヒルド兄様?」

「久しぶり……というほどでもないか。二人とも元気そうで何よりだ」


 村に現れた来訪者とは彼女達の兄であり、次期メーグアクラス王となる長兄リュンヒルドであった。

 彼の姿を見て姉妹揃って首を傾げ頭に疑問符を浮かべている。彼がこの村を訪れた理由が分からないからだ。

 リュンヒルドは次期王となるための布石、経験として現在トントの街の復興に当たっている筈だ。領主としての仕事を務めている彼が一人でこの村に一体何の用だろうか。

 そんなことを疑問に思いつつも、マリーヴェルは一人でこの村に来たことに対し注意をする。


「兄様、あなた仮にも次期国王なのよ? 魔物だって少なくないこの地まで一人で来るなんて不用心じゃないの?」

「そ、そうですわ。リュンヒルド兄様にもしものことがあったら一大事、少なくとも兵士何人か一緒に」

「……心配されていることを喜ぶべきか、力無いと思われていることを悲しむべきか。

心配せずとも、村の外の少し離れた場所に王族直属の近衛兵を十名ほど連れてきている。村の中に入れる訳にはいかぬ故、待機してもらっているが」

「それならいいんだけど。それで、私達に何か用? 兄様が直接出向いてくるってことは相応の用件があるってことでしょ?」

「妹二人の元気な顔を見にきたということも考えられないか?」

「嬉し過ぎて思わず涙と蹴りが出てしまいそう。下らない冗談はいいから」


 どこまでもいつも通りなマリーヴェルにリュンヒルドは静かに笑みを零す。

 相変わらず兄弟の中でも天邪鬼な二人だとミレイアは溜息一つ。素直になれずぶっきらぼうに感情を交わし合う姿はらしいといえばらしいのだが。

 互いに不敵な笑みを浮かべあって言葉を交わした後、リュンヒルドは改めて二人に用件を口にする。


「私がこの村を訪れた理由は王命だ。内容は一つの依頼をサトゥン殿に届けること」

「サトゥンに?」

「ああ、サトゥン殿にだ。詳細を説明する為にもサトゥン殿にお会いしたいのだが、頼めるか」

「構わないけど……ミレイア、今サトゥンってどこにいるか分かる?」

「ええと。村の子供達と教会の外庭でポフィールに乗って遊んでいて、そのとき嘴で突かれている姿を見たのは覚えてますけど」

「何やってんのよあの馬鹿は……まあいいわ、ついてきて」


 リュンヒルドを村の中へ案内し、教会の庭に辿り着くとミレイアの話していた通りサトゥンは子供達と遊んでいた。

 下半身全てをポフィールの嘴の中に飲み込まれてなお高笑いをする勇者様に冷たい視線を送るマリーヴェル。リュンヒルドは頬を引き攣らせていた。

 大きく溜息をつきながら、マリーヴェルはリュンヒルドに向き直り訊ねかける。


「兄様が探しているお馬鹿はここにいるけれど、こいつだけでいいの? 何ならリアンやメイア達も呼ぶけれど」

「そうだな、可能であればお前達を含めたサトゥン殿の仲間全てが集まっている場を用意して貰えると有難い。

これはサトゥン殿だけではなく、間違いなくお前達にも関係する内容だろうからな」


 リュンヒルドのお願いにマリーヴェルとミレイアは了承し、すぐさま仲間達全員を集めるために動きまわる。

 ポフィールの嘴から救出した涎塗れのサトゥン、リュンヒルドと共にミレイアはサトゥン城の会議室へ。何か話し合いをするときの場所は専らそこと決まっているようだ。

 準備をする間にマリーヴェルは村中を回り、鍛練中のリアン、メイア、グレンフォード、ロベルト、ライティの五人を引き連れて合流する。

 全員がサトゥン城会議室に集まったことを確認して、マリーヴェルは兄に準備は整ったことを告げる。


「全員連れて来たわよ。これでいいの?」

「ああ、感謝する。サトゥン殿をはじめ、皆様にはご足労願い申し訳ない」

「ふはは! 構わぬ構わぬ、何やら私に依頼があるというではないか! この勇者である私、サトゥンに! 詳しく話を訊こうではないか!」


 嬉々として用件を話せと促すサトゥン。目はきらきらと輝き、まるで子供が玩具を前にしたような眩しいくらいの満面の笑みだ。

 それもそのはず、最近のサトゥンは非常に暇を持て余している。邪竜王を倒してからというもの、勇者らしい活動というものを全くできておらず、そろそろ動こうかと考えていたほどだ。

 そんな折にこうしてリュンヒルドが訪れサトゥンに依頼があると言ってきたのだから、期待しない訳が無い。

 サトゥンの気持ちをリュンヒルド以外のこの場の誰もが読み取れていたので、彼の息抜きには丁度いいかもしれないなと思いながら仲間の誰もがリュンヒルドの説明を待っていた。サトゥンほどではないが、彼等もまた少しばかり新たな冒険を望んでいたのかもしれない。

 サトゥンに話を促され、リュンヒルドはこほんと咳払いを一つして説明を始める。


「依頼の内容を説明する前に、皆さんは『七国会議』というものをご存じだろうか」

「『七国会議』ですか?」


 リュンヒルドの説明に首を傾げて訊ね返すリアン。彼と同様の反応を示したのはロベルトとライティ、そしてサトゥンだ。

 逆にその単語を耳にして表情を強張らせたのはマリーヴェル、ミレイア、メイア、グレンフォード。どうやらその言葉を耳にしただけで、リュンヒルドの用件の内容を把握できたようだ。

 分からないと首を傾げる者達に、リュンヒルドはその言葉の意味を説明する。


「この大陸……我らが住むルファー大陸には全てで七つの国家が存在する。

『メーグアラクス王国』『ローナン王国』『ランドレン帝国』『クシャリエ女王国』『神聖国レーヴェレーラ』『メルゼデード連合国家』『古国エセトレア』。

この七つの国々が五年に一度集い、国家間における様々な問題を話し合う場。それが七国会議」

「ふむふむ、つまりは大陸をあげた祭りということだな!」

「いや、全然違う」

「違うのか! てっきり楽しい人間の祭りなのかと思ってしまったわ!」


 がははと笑うサトゥンを余所にリュンヒルドは説明を続ける。


「その七国会議が間もなく開かれることになるのだが、父の代理として私が参加する事になった」

「代理? お父様が参加するのではないの?」

「私もそう思っていたのだが、恥ずかしながら私は既に次期国王の座が内定している。

王として政を為す為にも、早期に周辺国の王と交流を深めておいたほうがよいとの父の判断だ。

七国会議の参加者の条件はその国の代表者であり必ず王が向かわねばならぬという決まりは無い。次期国王ならば何も問題はないとのことだ。

そして、ここまで言えば数名の方は用件を言わずとも既に分かっていると思うが」

「……『担い手』、か」


 ポツリと呟いたグレンフォードにリュンヒルドは頷いて肯定する。

 担い手の言葉の意味を訊ねようとしたリアンだが、それを先んじるようにマリーヴェルが説明をする。


「七国会議は七国のうち持ち回りで何処かの国で開催される訳だけど、いくら王族や代表を送るからといってゾロゾロと兵士を連れていけないのよ。

それは他国に対する侮辱、失礼にあたるという考えから来てるんだけど、だからといって代表を一人何も護衛をつけずに他国に送り出す訳にもいかない。

そこで、代表の者に対して国一番の戦士を護衛に付けることになってるのよ。それが『担い手』。言ってしまえば、その国を代表する英雄ね」

「……なるほど、グレンフォードの旦那がピンときた理由ってのは」

「俺もかつてローナン王国で担い手を任じられて参加したことがあるからだ。昔の話だが」


 淡々と告げるグレンフォードだが、それをリアンはサトゥンに負けないほどにきらきらとした目で彼を見つめる。

 かつて大陸最強の戦士として名を馳せたというのは伊達ではない。名実ともにグレンフォードは担い手の中でも最強として認められていたのだ。

 そんな話を聞いてウズウズと興奮しているサトゥンに、リュンヒルドはようやく依頼の内容を話し始める。


「マリーヴェルやグレンフォード殿の説明通り、私は担い手を求めてこの村に訪れた。

依頼の一つとして、この王国で最強の戦士であるサトゥン殿に担い手となって頂きたい。

サトゥン殿には魔人レグエスク、海獣デンクタルロス、邪竜王セイグラード討伐といった素晴らしき実績がある。実力に申し分が無いことは誰もが知るところだ」

「魔人レグエスクは私の手柄ではないが……くははっ、確かに私は最強だからな! この国で最強なのは間違いないからな!

よかろうリュンヒルドよ! この私がお前の護衛を引き受けてくれるわ! 大船に乗ったつもりで構えているがよいわ、うははは!」

「大船に乗っててもぶち壊す勇者を私は知ってるけどね……でもいいの、兄様。実力は凄いけど、性格はこれなのよ?

他の国の王族を怒らせても知らないわよ? 私はサトゥンじゃなくてメイアを代わりにしたほうがいいと思うけれど」

「構わん。サトゥン殿ならば実力、在り方全てにおいて目立つからな。注目は可能な限り集めて貰った方が良い。そうすればするだけ動きやすくなる」


 リュンヒルドの言葉にマリーヴェルやグレンフォードの視線が鋭くなる。

 浮かれるサトゥンに賞賛を送るリアン。そんなほわほわとお花畑に浸る二人を置いて、マリーヴェルは声を低くしてリュンヒルドに訊ねかける。


「この依頼に裏があるってこと? 言っておくけれど、国同士の争いや政治的なことにサトゥンの力を使うつもりなら……」

「そんなつもりは毛頭ない。短い付き合いだがサトゥン殿の在り方は理解しているつもりだ。

彼は国などに縛られず、勇者として在るがままにやりたいように振る舞ってもらえればそれでいい。私達がそうやって彼に救ってもらったように、な」

「……ごめん、深読みし過ぎて疑うようなこと言って」

「構わん。むしろお前がサトゥン殿を己が欲望のために利用しようとする者から守ろうとしていることが伝わり安心した。

私が言うのも変な話かもしれないが、人間全ての心が清らかなわけではない。サトゥン殿には俗物の心に触れることなく己の心のままに在ってほしい」


 リュンヒルドの願いに小さく頷くマリーヴェル。それに安心するように微笑みながら、改めて真剣に説明を続ける。


「裏の依頼というよりもこちらが本命なのだが……開催国の古国エセトレア、こちらの内情を七国会議の裏側で探りたい」

「エセトレア? おかしいですね、今年の開催国は順番通りならばメルゼデード連合国家の筈では?」

「メイアの言う通り、本来ならばメルゼデード連合国家で開催される筈だった。だが、急に二国から開催国の変更の通知がきたのだ。

メルゼデード連合国家が開催国の権利をエセトレアに譲ったと。本来ならばそのような勝手な変更を認められる筈が無いのだが……」

「他国が賛成に回ったか」

「グレンフォード殿の言う通り、ランドレン帝国とクシャリエ女王国が賛同に回ったのだ。

私と王は恐らく金を握らせたのだろうと読んでいるが、正確な理由は分からない。七国のうち四国が賛同してしまえば止められない。

何故エセトレアがそこまでして開催国の権利を欲しがったのかは分からないが……私と王はエセトレアが何かを企んでいるのではないかと読んでいる。

ここ数年、エセトレアはメルゼデード連合国家以外との貿易を止め、他国の人間の入国を制限し、軍備増強に努めていると聞いている。

魔物という共通の敵がいる以上、そのようなことをするとはあまり考えたくは無いが……」

「国家間同士の戦争をしかけるための準備をしているのではないか、兄様はそう言いたいのね」


 マリーヴェルの問いかけにリュンヒルドは瞳を閉じるだけで肯定も否定もしない。

 それはあくまで可能性の話であり、現時点では憶測以外の何物でもない。ただ、将来国を背負う者としてその可能性を排除する事は出来ない。

 国同士の争いが起きてしまえば幾万もの民の命が奪われてしまう。そのような悲劇を起こさぬために努めてこそ国の王。

 軽く息をつき、リュンヒルドは話を続ける。


「七国会議という場ではあるが、これは古国エセトレアの内情を知る絶好の機だと私は考えている。

何も問題なければそれで構わない。不穏な空気が流れているのならば、それを肌で感じるだけでも意味がある。

何故、開催国を自国にしたのか、エセトレアの狙いは分からないが……あえて一歩踏み込むことで知ることが出来ることもある。

サトゥン殿は勇者として、英雄として名を残すことを希望していると聞いた。ならば七国会議をその為に利用しても構わない。どうだろうか、私達の依頼を受けてはもらえぬだろうか」

「ぬははは! 先ほど私の答えは言った筈だぞ! 最強にして最高の勇者である私に全てを任せればよいとな!

人間同士の戦争など愚かしい真似はさせぬ! 愛おしい人間同士が殺し合ってなんとする、そんなものは私が叩き潰してくれるわ!」

「感謝する。そして、サトゥン殿の依頼と合わせて皆さんにお願いしたいのだが……」

「言われなくとも私達は一緒についていくわよ? サトゥン一人で他国にいかせるなんて不安で不安でしかたないわよ」

「マリーヴェル! 私とそんなに一緒にいたかったのか! ふははは! 勇者として愛され過ぎて申し訳ない!」

「だああああ! 抱きつくな暑苦しい気持ち悪い!」


 抱擁する筋肉を全力で突き飛ばすマリーヴェルに苦笑する一同。だが、彼らの心は、マリーヴェル同様サトゥンについていく一心だ。

 勇者が立てば英雄が立つ。勇者が動けば英雄も動く。仲間達の頭は既にエセトレアにあるらしく、国までの距離や移動手段、そして何故か観光地などを話し合っている。

 楽しげに笑いあって話し合う英雄達の姿に、どうやら王に良い報告が出来そうだと安堵するリュンヒルド。そんな彼に興奮冷めやらぬサトゥンが目を輝かせて訊ねかける。


「その七国会議とやらで私は他国のナンバーワン共を一人残らず纏めて捻じ伏せればよいのだな!

任せておけ、リュンヒルドよ! 私が最強であることは何があろうと揺るぎなき事実! ふふふ、滾る滾る、燃えてきたわ!」

「……いや、別に担い手同士で覇を競う大会ではないのでその必要は全くないのだが」

「この大陸の英雄としてお披露目の舞台、実に楽しみである! むふん、七国全ての老若男女からちやほやされる光景が既に瞼の裏に浮かんでおるぞ、がははははは!」


 機嫌上々止まること無しといった状態のサトゥンに対し、リュンヒルドは水を注さぬよう口を閉ざすことにしたらしい。

 また、その日の午後ではあるがローナン王国より使いの者がグレンフォードの元に同様の依頼を持ってきて、グレンフォードはそれに承諾する。

 この日、メーグアクラス王国とローナン王国の二国の担い手が決定する。勇者サトゥンと英雄グレンフォード、二国を代表する最強の二人である。








新章はじめました(冷やし中華)。次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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