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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
六章 勇者
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幕間8話 料理







 寝ぼけ眼へ映し出された光景にマリーヴェルの眠気は一気に吹き飛ばされることになる。


 朝、いつものように起床をし、ミレイアの作った朝食を頂こうと考えていた彼女の眼前に広がる光景。

 調理場に立っているのは彼女の姉であるミレイアだ。ただ、マリーヴェルが驚いているのは包丁を握っているのが姉ではなくもう一人の人物であることに起因する。

 包丁を握りしめ、慣れない手つきでまな板の上の野菜と格闘をしている紅髪の女性にマリーヴェルは恐る恐る声をかける。勿論、包丁に力を込めていない状態であることを確認して、だ。


「……あのさ、朝から何してるの、メイア」

「あら、おはようございます、マリーヴェル。見ての通り、朝食の準備を」

「朝食の準備、ね……」


 華やかで男ならば誰もが見惚れる笑顔を返してくれるメイアだが、マリーヴェルの意識は彼女の容貌になど向かっている筈がなかった。

 彼女の視線はメイアの手元にある元が野菜であると思われる残骸達。大小様々な形であるが、皮は向き切れず、形は歪で不揃いで。

 軽く息をついて、マリーヴェルは視線をゆっくりと共犯と思われる姉へと向ける。妹のジト目にミレイアは視線を逸らして逃げの一手。

 姉の反応からマリーヴェルは大凡の事情を把握したものの、一応確認の意味も込めてメイアに訊ねかける。


「朝食の準備をしているのは分かったわ。分かったんだけど……料理の担当はミレイアよね。どうしてメイアがやっているのかしら」

「ええ、これまで私は自分で料理というものをやったことがありませんでしたので、覚える良い機会とミレイアに師事をすることにしたんです」

「うん、それはこの前聞いたわ。とても良いことだと思う。

頑張って上達して、いつかリアンに手料理をふるまってあげたりしたいのよね。とても女の子らしくて素敵な目標だと思うわ」

「そ、そういう訳では……」

「メイアの頑張りは認める。努力する姿は凄いと思うし、応援したいと思う。思うんだけど――」


 リアンの名前を出され、顔を朱色に染め上げるメイアにマリーヴェルは大きく嘆息をつき、やがて意を決する。

 まるで魔物を睨みつけるようにギロリと鋭いジト目をメイアにぶつけ、マリーヴェルは咆哮するのだった。


「――私達の朝食で練習するなって何度言えば分かるのよ、この箱入りへっぽこ駄目駄目貴族娘ーーーーーーーー!」


 マリーヴェルの咆哮はポフィールの朝を告げる鳴き声にも勝るとも劣らず。

 メイアが村に滞在するようになること数週間。彼女が朝食を人間が食べられるものとして完成させた回数、ゼロ。

 メーグアラクス最強の騎士、メイア・シュレッツァ。料理以外の全てにおいて完璧、誰もが目を奪われるほどの美貌を持つ心優しき女性である。









 メイアの残した材料の残骸から使える物を救出し、それらの材料からマリーヴェルは簡単な朝食を作って机上へ並べていく。

 ダイニングではミレイアとメイアが二人で今回の反省会を開催中だ。何がいけなかったのかを丁寧に説明するミレイアと肩を落としてしゅんと反省するメイア。いつものように朝食作りに失敗した上に、みんなの食事を遅らせる結果を招いてしまったことを不甲斐無く思っているらしい。

 そんなメイアにマリーヴェルは嘆息しつつ言葉を紡ぐ。


「メイアって基本何でもできるくせに、どうして料理だけこうなのかしらね」

「すみません……」

「別に責めてる訳じゃないから謝らなくていいわ。ほら、残り物で作ったから、さっさと食べましょう」


 野菜と肉を挟んだサンドを口に運ぶマリーヴェル。余り物の材料を極力無駄にしないようなものを作ろうと考え、この料理を作ったようだ。

 マリーヴェルに倣うようにメイアとミレイアもサンドを齧る。ゆっくりと咀嚼をして、ほうと息をついてメイアは感想を紡ぐのだ。


「美味しいです。分かっていたことですが、マリーヴェルはとても料理が上手なんですね……」

「上手な訳じゃないわ、ただ出来るってだけ。これだって本に書いてあった作り方をそのまま再現しただけだもの。

ミレイアみたいに拘ったり色んな味を試してみたりした訳でもない、ただ手順をそのまま辿って作れるってだけ。こんなの誰だって出来ることじゃない」

「誰だって出来ないから苦労してますのよ……目を離せば教えてない調味料を入れようとしたり独創的な形に食材を切ったり」

「……もしかしてメイア、ワザと変な物を作ろうとしてるの?」

「し、してませんっ」


 ジト目を向けるマリーヴェルに必死に反論するメイア。疲れたように溜息をつくミレイアとサンドから苦手な野菜を抜いて、ミレイアの皿へこっそり押し付けるリーヴェ。今日も教会は平常運転である。

 料理上手ではないときっぱり言い放ったマリーヴェルだが、実際彼女の料理の腕は悪くない。より上手なミレイアがいるから彼女に任せてあまり作ることは無いが、こうして作る機会が与えられれば中々の物を出してくれる。

 メーグアラクス城を出ていく計画を練り始めたとき、一人で生きていくことを前提に動いていた為、マリーヴェルは料理の知識もそこそこ蓄えていた。使用人から教えてもらったり、本を漁ったり、時間の空いた時に作ってみたり。マリーヴェルという少女は何をやっても優秀でありそつなくこなすことに定評がある。料理もまたサクサクと身につけていき、今では本などを何も見ずともそれなりのものを作ることが出来るのだ。

 対してメイアは料理の経験というものが全く積み重ねられていない。妾の子とはいえ、貴族に生まれた彼女は幼い頃は貴族として礼義礼節教養等の講義にあけくれ、騎士になってからは強くなる為の鍛錬の積み重ね。その日々の中で料理の腕を磨く瞬間など皆無に等しい。

 あえて言うならば野営の際に野生の獣や魔物を狩り丸焼にしたりといったものだが、これを料理などと呼べばマリーヴェルの鋭い突っ込みが飛んでくるだろう。

 ゆえに、料理を学び上達しようとメイアは機会をみつけては挑戦しているのだが、その結果は口にするまでもなく悲惨の一語。

 既に両の指では数え切れぬほどの料理に挑戦しているのだが、一度も完成を見ることがないという現状にマリーヴェルだって溜息の一つもつきたくもなる。他のことは誰よりも優秀なメイアがなぜ料理だけこんなにも致命的なのかと。

 家事が出来ない訳ではない。掃除洗濯は勿論のこと、裁縫修繕だって難なくこなせるメイアだが、唯一料理だけが出来ないのだ。

 もういっそのこと料理は諦めたほうがいいのではとマリーヴェルもミレイアも胸の中で何度も思ったことがある。他は完璧なのだ、料理が出来ずとも余りあるほどに他でカバーできる魅力があるのなら、それでいいのではないかと。だが、それを口にすることが出来ない。

 何故ならメイアが頬を染めて少女のように語る夢を耳にしてしまったから。いつかちゃんと作れたものをリアンに、そんな望みを聞いて止めろなど言える筈が無い。

 メイアの夢を叶えるためにマリーヴェルとミレイアは日々可能な限り協力をしているという訳である。結果は芳しくないが。

 仮にも恋のライバルであるメイアのへっぽこぶりに、流石のマリーヴェルも手を貸さずにはいられない。これではあまりに不憫だと。

 朝食を終えながら頭を悩ませていたマリーヴェルだが、やがて一つの考えに辿り着き、メイアに提案する。


「よし、今日の鍛錬は午後からにしましょう。午前中はメイアの料理特訓にあてるわ」

「特訓、ですか?」

「そうよ。これまで私やミレイア指導のもとでやっていたけれど、これだけ結果が出ないとなると別の手を考える必要があるわ。

環境を一度変えてしまえば頭を切り替えることができるかもしれない。私達じゃない新しい先生の手を借りるのよ」

「新しい先生と言いましても、どなたが……」

「待ってなさい、ちょっと連れてくるから」


 そう言ってマリーヴェルは教会から飛び出し、待つこと十数分、朝食を片付け終えたメイア達の前に一人の少女を連れてくる。

 マリーヴェルに連れられた少女、ライティは兎耳をぴょこんと揺らしながら頭を下げて朝の挨拶を交わす。


「おはよう、みんな」

「ライティ先生よ。メイアはしっかりライティから教えてもらうように」

「わざわざすみません。どうかご指導のほど、よろしくお願いいたします、ライティさん」

「ん。よろしくね、メイア」


 ぺこりぺこりとお互い頭を下げ合う二人。身体つきが天と地ほどの差があるが、共に二十歳、二人は同い年である。

 そんな二人から少し離れ、ミレイアはマリーヴェルに小声で訊ねかける。


「どうして先生役にライティさんを選びましたの? 同じ先生なら彼女に料理を教えてるフェアルリさんの方がよろしいのではなくて?」

「それじゃミレイアが先生を務めてる今と何も変わらないじゃない。

今まで私や貴女が料理を教えて駄目だったということは、つまり料理に手慣れた人の教えじゃ駄目だってことでしょ?

発想の転換よ。ライティは今、料理をフェアルリさんから学んでる訳じゃない。メイアと同じ勉強中のライティなら同じ視線で良いアドバイスできるかもしれないでしょ?」

「そうなのかしら……」

「駄目だったら駄目だったで別の方法を考えればいいじゃない。とにかく何かのきっかけになるかもしれないから挑戦、挑戦よ」


 マリーヴェルの説明の通り、ライティは母親であるフェアルリから料理のイロハを学んでいる。その理由はロベルトに手料理を作ってあげるためだ。

 メイアの最終目標を考えれば、料理を学ぶ理由も見事にマッチしている。これほど先生にぴったりな人材はいないだろうとスカウトしてきたマリーヴェルだが、ミレイアは不安の色を隠せない。

 ライティの性格はお世辞にも説明や解説に向いているとは思えない。必要最低限の言葉をぷつっと言い放ち満足するタイプであり、右も左も分からぬメイアの先生として大丈夫なのかという不安を感じずにはいられないのだ。

 そんなミレイアの不安を余所に、メイアとライティの会話は続いていく。


「それではライティ先生、ご指導をお願いしたいのですが何を作るのでしょうか」

「飲み物。鍛錬の休憩のときに飲む。栄養満点、元気いっぱいだよ」

「へえ、いいかもね。リアンは村の人達と見回り兼ねて狩りに行ってるから、帰ってきたときに渡せば良い感じじゃない」

「い、いきなり渡すのは、その、ちょっと難しいと申しますか」

「何言ってるのよ。遅かれ早かれ出来たものを食べて貰うんだから、今日は良い機会よ。

ちゃんと完成させてリアンに渡すこと、いいわね。飲み物だったら食べ物みたいに大きな失敗はないだろうし……何よ、ライティ」


 メイアを叱咤激励するマリーヴェルの服の裾をぴんぴんとつまんで引っ張るライティ。

 何事かと首を傾げるマリーヴェルに、ライティは耳を貸してくれとジェスチャーする。身体を屈めてライティの口元に耳を近づけるマリーヴェルに、ぼそぼそと相談。


「いいの? メイアに協力しても」

「……どういう意味よ」

「リアンのこと、好きなんだよね。メイアも、マリーヴェルも」

「……どこから聞いたの、その情報」

「見れば分かるよ。私もロベルトのこと、好きだもん。私、二人とも大切な仲間だから片方に肩入れしたくないよ」


 訳の分からぬ根拠に踏ん反り返るライティに大きく息をつくしかないマリーヴェル。

 自分の恋心がまさか彼女にばれているとは思わなかった。メイアはまだしも、自分は隠し通せていると思っていたのだが。

 観念するように認め、マリーヴェルは諭すように小声でつぶやく。


「別に構わないわ。この程度のことで私は負けるつもりはないから。気にしないでメイアに料理を教えて頂戴」

「……名案。マリーヴェルも一緒に作ろ」

「なんで私まで」

「マリーヴェルも作ってリアンに渡すの。きっとリアンも喜ぶよ、リアンはマリーヴェルが好きだもん」

「っ、そ、そうかな」

「うん、見てれば分かるよ。リアンはマリーヴェルもメイアも好き。そしてサトゥンが大好き」

「……勇者馬鹿に負けてる現実を突きつけられるのは悲しいけど。そう、ね……」


 少し悩む仕草を見せたものの、ライティのリアンが喜ぶという言葉が効いたらしい。

 マリーヴェルは意を決して、メイアとミレイアに対して口を開く。


「飲み物作り、私も参加するから」

「ど、どうしましたの急に。あなたは別に習わずとも、作り方さえ聞いてしまえば作れるでしょうに」

「後学のためよ、後学のため。いいわよね、メイア」

「勿論です、マリーヴェル。あなたが一緒なら心強い。いたらぬところはどんどん指摘してもらえると助かります」

「そこはライティ先生にお願いするとして……それじゃ、早速始めましょうか。まず材料集めからだけど……」

「――話は聞かせてもらったぁっ!」


 料理の準備を始めようとした刹那、突如として教会へつながる扉が勢いよく開かれる。

 そして高笑いと共に現れた青年――サトゥンに対しマリーヴェルは椅子の上にある魔物の毛皮で作られたクッションを容赦なく投げつける。

 顔面にぼふんと直撃するものの、当然痛みなど有る筈もない。微塵も気にしない様子で、サトゥンはがははと笑いながら胸を張って四人の前に足を進めるのだった。


「どこから湧いたのよ、アンタは」

「何やら面白そうな話をしているではないか! 四人で料理を作ってリアンを喜ばせるだと! ずるいぞお前達、私も混ぜろ!」

「……サトゥン様、料理がしたかったんですの?」

「うむ、リアンは狩りに出かけてしまったし、グレンフォードとロベルトは鍛錬。

残るお前達は教会でこのような楽しそうな計画を練っている、となれば私はここに参加するほかあるまい! 私も一緒に遊びたいのだ!」

「ちなみにサトゥン様、料理の経験は……」

「がはは! そんなものあるわけなかろう! だが安心しろミレイア、私は勇者だ、不可能なことなど何一つとして存在せぬわ!

さあさあさあ、早速作ろうではないか! 何から作るか、まずは大海獣王レブレザードの肉を使って……」


 嬉々として話を続けるサトゥン。会話をしながら、室内にある予備のエプロンを装着している彼の姿は正直気持ちが悪い。

 この状況は非常によろしくない、それがマリーヴェルとミレイア二人の無言の結論だった。間違いなく彼はこの場を散々掻きまわすだけ掻きまわして滅茶苦茶にするに違いない。

 メイアの為にもこの場は退場してもらうことにし、マリーヴェルは三角巾まで頭にまいたサトゥンへ真剣に言葉を紡ぐ。


「サトゥン、準備万端なところ悪いんだけど、アンタには料理とは別にお願いしたいことがあるの。これは『勇者への依頼』よ」

「ぬ……勇者への依頼だと!?」

「そう、他の誰でもないリエンティの勇者であるものしか達成出来ない苛酷かつ困難な依頼。こんな大変なことをサトゥンに頼むのは心苦しいわ……でも、『サトゥンだけ』しかこの依頼はこなせそうにないの」

「ふむ、ふむふむふむ! 私だけが! 最強の勇者である、人類の救世主である、この私だけしか! こなせない依頼なのか!」

「そうよ。サトゥンだけの、サトゥンだけにしか達成できない、サトゥンへの依頼、お願いできるかしら」

「ふはっ、ふははっ、ふはははは! 任せておけ、マリーヴェルよ! 我が名はサトゥン、勇者サトゥンである! どんな困難をも乗り越えてみせようではないか! うははは!」

「そう、それじゃお願いするわ。この紙に書かれたものをリードルの街で買ってきて欲しいの。

これは常人では達成できない、勇者だけしか出来ない重要依頼よ。お願いね、サトゥン。お金はこの袋に入っているから。どうか私達を救ってください、勇者様」

「うむうむうむ! それでは行ってくる! がははは、このような依頼など勇者である私にかかれば即解決よ! 待っていろ、お前達!」


 すこぶる上機嫌のまま、サトゥンは教会から飛び出し空を翔けて村から飛び去って行った。三角巾とエプロンを装着したままで。

 言葉巧みにサトゥンを追い払ったマリーヴェルは何食わぬ顔でしれっとライティに向き直り口を開く。


「それじゃ料理を始めましょうか。まずは準備からね」

「うん。材料は村の人から貰ってくる。まずは牛飼いのポルレコさん家で牛乳」

「……あの、訊きたいんですけれど、サトゥン様に貴女は一体何の買い物を頼みましたの?」

「色々よ。機織りしてるユエアお婆ちゃんとか、花育ててるアニリアさんとかの頼まれ物。

いつか村の外に買いに行かないとって思ってたから丁度良かったわ。村の人達にも喜ばれるし、サトゥンもちやほやされるし、万々歳じゃない。村人に喜ばれること、笑顔をもたらすこと、立派な勇者としての仕事だわ」


 罪悪感を抱くこともなく堂々と言う妹の姿に、ミレイアは改めて確信する。

 もしサトゥンやリアンと出会わず、彼女が王位継承権を捨てたりしない未来があったならば、兄や姉など相手にもならずマリーヴェルが王になっていただろうな、と。

 威風堂々、ありのままの姿に強さを感じる妹を少しだけ誇らしく思いつつ、買い物から帰ってきた勇者様を労う為にミレイアも飲み物作りに参加しようと決意するのだった。






 村中を回って材料を集め、ライティの指導の下はじまった飲み物作り。料理といってもそう難しいものではない。

 集めてきた牛乳と磨り潰した様々な果実を混ぜ合わせ、花の蜜や調味料を混ぜた飲み物。作業といえば果実の皮を剥くくらいか。

 ゆえに、作り方をライティに説明してもらい、マリーヴェルとミレイアは早々に完成させる。料理に慣れた彼女達にとっては苦労するものではない。

 残るメイアはというと、散々落ち込みながらも何とか心折れずに完成まで辿り着くことが出来た。彼女が飲み物を完成させた理由も落ち込んだ理由も全てはライティの力だ。

 ライティはメイアに張り付き、じっと彼女の作業を見つめていた。そして少しでも間違ったことをすると、容赦なく訊ねかけるのだ。


『その作業は違う。どうしてしようとしたの?』

『それは混ぜる必要が無い。どうして入れようとしたの?』

『そんな切り方は教えてない。どうして別の方法をとろうとしたの?』


 ライティの何故何故攻撃に流石のメイアも半泣き状態だ。無論、ライティも嫌味を込めて言っている訳ではなく、純粋に疑問だった故に口にした言葉だった。

 何故か教えとは異なる方向に走ろうとするメイアに興味を示し、気になったから問わずにはいられない。元来、興味を持ったことはとことん追求しないと気が済まない性格のライティの行動がメイアには非常に堪えた。

 何の含みもなく純粋に訊ね続けた結果、メイアはライティの教えから逸れることなく飲み物を完成させたという訳だ。精神的にダメージを負ってしまったが、完成を迎えることでメイアも何とか立ち直ったらしい。

 今は嬉々として自分の作った飲み物が入った容器を掲げている。放っておけば容器を抱きしめそうな勢いだ。

 まるで自分よりも歳下のように見えてしまうほどのメイアの子供のような喜びっぷりにマリーヴェルはつられるように笑みを零しつつも指摘する。


「喜ぶのはまだ早いわよ。これからリアンのところに届けないと。丁度リアンも狩りから戻ってくる時間帯だしね」

「そ、そうでした」

「ロベルトも村の入口の方で鍛錬してるから、丁度いいかも。みんなでそっちに行こ」

「サトゥン様の分は……とりあえず保存しておきましょう。帰ってきたらお渡しすればいいでしょうし。グレンフォードさんの分はもっていきましょうか」


 四人が飲み物を持ち、村の入口の方へと向かって歩き出す。

 入口へ向かう途中、村人達に会っては会釈をかわしてすれ違って行く四人。それに見惚れる若い村の男達。

 改めて説明する事ではないかもしれないが、サトゥンの仲間であるこの四人の容姿は恐ろしく整っている。誰が見ても認める美女、美少女といっても過言ではない。

 ゆえに男衆が鼻の下を伸ばしてしまうのも仕方のないことなのだが、村の誰もが彼女達を口説こうとしないのは手出し禁止という暗黙のルールが存在しているためだ。

 彼女達には既に想い人が存在すると村人達は誰もが認識している。普段マリーヴェルとメイアはリアンと、ライティはロベルトと常に一緒にいるのだから、そう思われても仕方のないことなのかもしれない。

 ただ、一人可哀想なことにミレイアはサトゥンとそういう関係なのだと勘違いされてしまっていた。この理由はミレイアがサトゥン教会の司祭を務めていることと、退屈を持て余したサトゥンが隙あらば教会に来てミレイアに構ってもらっていることなどがあげられる。

 知らぬは本人ばかりなり、ミレイアがこの認識を知ればその場に蹲り全力で号泣しただろうが、彼女がそれを知ることになるのはまだまだ先のことである。

 そんな彼女達の想い人は村の入り口にて呆気なく見つけることができた。草原に寝転がり肩で呼吸をしているロベルトと監督役のグレンフォード、その横で槍を降り続けているリアン。

 どうやらロベルトの休憩時間にリアンが狩りから戻ったらしく、ロベルトの鍛錬に混ぜてもらっているらしい。

 相変わらず楽しそうに鍛錬をする修行馬鹿の想い人に呆れるように苦笑しつつ、マリーヴェル達は歩を進めていく。

 彼女達の存在に気付いたリアンは槍を止め、手を振って微笑んでいる。ロベルトも上半身を起こして片手をあげて言葉を紡ぐ。


「女性陣勢揃いで華やかだな。何かあったのかい、昼食の時間にはまだ早いが」

「休憩時間にと飲み物作ってきた。はい、ロベルト。しっかり栄養つけてね」

「おお、ありがとうなライティ。本当にお前には世話になりっぱなしで申し訳ないやら」

「全然。好きでやってることだから」


 何一つ躊躇することなくライティはロベルトに飲み物を渡して二人で会話を進めている。

 その姿にマリーヴェルとメイアは尊敬の目でライティを見つめてしまう。想い人に自分の作ったものを渡す、これは少しばかり勇気がいることだ。

 だが、ライティはいつも通り普段通り何も足踏みせずに堂々と渡してみせた。また、ロベルトもすんなりと自然に受け取って礼を言っている。

 まるで何年も付き合っている恋人同士のような会話のおまけつきだ。同じ女として敬意を抱かずにはいられないと感嘆の息をついている二人だが、なんのことはない。

 ロベルトとライティの会話が自然なのは、彼女が毎日のように甲斐甲斐しくロベルトの世話を焼いてる積み重ねがあるからであり、またロベルトもライティとこのようなやりとりをすることに慣れているのだ。

 そして何より大きいのは、ロベルトがライティのことを完全な異性ではなく妹のように見ていることが大きい。年齢としてはメイアと同じ二十歳なのだが、見た目が十歳程度の子供では流石のロベルトもそのような目で見ることは難しいのだ。

 兄想いの妹に世話をされる兄。例えるなら二人の関係はそれがぴったりとあてはまるだろうか。ライティの想いが恋だと知っている女性陣にはそのような風には全く見えなかったが。

 ライティに少し遅れて、ミレイアもまたグレンフォードに飲み物を渡す。こちらは当然何の抵抗もない。お互いに大切な仲間以外の感情はなく、異性云々という想いはないのだから。


「こちらはグレンフォードさんの分です。どうぞお受け取り下さいな」

「ありがとう、ミレイア。助かる」

「ごめんね、グレンフォード。本当はお母さんが作ってくれる予定だったんだけど、流浪の民の代表として村長と話し合いがあって。

その分、夜を豪華にするから楽しみにしててって伝言。いっぱいお腹空かせてね」

「ああ、楽しみにしておくとフェアルリに伝えてくれると嬉しい」


 さらりと会話を交わしている二人だが、ミレイアは思ったことを口にするか迷って結局黙ることにした。

 大切な仲間であるグレンフォードとライティ。その二人の関係はいつの日か仲間から別の物へと変わるのではないだろうか。

 グレンフォードとフェアルリ、大人のプライベートな関係には決して踏み込むべからず。軽く息をつき、ミレイアは視線をマリーヴェルとメイアの方へと向ける。

 ライティとミレイアは渡し終えたのだ。あとはこの二人がリアンに作ったものを渡せば目的達成だ。どうするのかとミレイアは二人を見守ることにした。

 リアンを前に、顔を真っ赤にして手に持つ飲み物を差し出せないメイア。普段は凛とした彼女がこのような顔を見せるのは珍しく、リアンはどうしましたかと首を傾げて訊ねかけている。

 マリーヴェルはメイアが渡してから自分の物を渡すつもりだった。今回の主役はあくまでメイア、彼女の頑張りをリアンに届けることが目的なのだから。

 だが、リアンを前にして勇気を出せないメイアの姿に何とも言えない感情が積もっていく。メーグアクラス王国最強の騎士が一人の男の子に勇気を出せない姿が非常にもどかしい。

 やがて色々と我慢の限界に達したマリーヴェルが、メイアへ助け舟もとい背中を全力で蹴り飛ばすようにリアンへ言葉を紡ぐのだ。


「メイアがリアンの為に飲み物を作ったのよ。リアンの為にって、メイアが慣れない料理を頑張ったの。勿論受け取ってくれるわよね?」

「あ、ま、マリーヴェル、そんなはっきりと」

「うだうだしてるから悪いんでしょ! 女ならスパッと言う! ほら、リアンに渡して」

「その……う、受け取ってもらえますか、リアン」

「は、はいっ! ありがとうございます、メイア様!」


 顔を真っ赤にして飲み物を渡すメイアに受け取るリアン。そして、リアンはメイアの作ったそれをゆっくりと口元に運んで喉に通す。

 緊張でがちがちになりながらも、リアンが飲み終えるのを待つメイア。容器を空にして、飲み干した彼から紡がれた感想。


「――凄く美味しかったです! 本当にありがとうございました、メイア様!」

「あ……」


 どこまでも真っ直ぐに告げられたリアンの感想にメイアは言葉を返すことが出来なかった。

 ただ、リアンから戻してもらった容器をそっと胸元で抱きしめる姿に、彼女の心を言葉で表現する必要はないだろうとその場の誰もが想わずにはいられない。

 初めてちゃんと作ることが出来たものを、大好きな人に美味しいと言って貰えた喜び。その幸せを噛み締めるメイアにおめでとうと胸の中でマリーヴェルは告げつつも、少しばかり羨ましく思ってしまう。

 きっとメイアの胸に感じている喜びは、言葉なんかでは伝えられないくらい大きいだろうから。だからマリーヴェルもまた笑ってリアンに告げるのだ。


「私もメイアと一緒に作ってみたんだけど……受け取って貰えるかしら、リアン」

「本当に!? ありがとう、マリーヴェル!」


 メイアのときと同じように、負けないくらいの笑みを零し合って。

 飲み物を渡すマリーヴェルの姿を眺めて、それを眺めていたグレンフォード達は言葉を紡ぐのだ。


「若さとは良いものだな、ロベルト」

「いや、なんで俺に同意を求めるんですか旦那。

俺だって若いんですけども……ミクランじゃあ口説きに定評のあるナンパ師だった武勇伝が」

「成功したの?」

「……うっせえよ」


 ナンパ成功率を完全に見透かしているライティの頭をがじがじと撫でながらロベルトは自分の過去を忘れることにした。

 飲み物の感想を告げる弟分と顔を赤く染めて視線を逸らして喜ぶ妹分の姿を眺めながら思うのだ。今日はまた一段と暑くなりそうだ、と。

 キロンの村の色恋模様。それが発展するのはまだまだ先のことのようである。







メイアは無駄にアレンジしたくなる系メシマズお姉さん。次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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