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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
六章 勇者
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57話 約束






「ごめんなさい、ノウァさん。僕はあなたと戦えません」

「なっ……」


 申し訳なさそうに頭を下げるリアンに、ノウァは驚愕に表情を染めて瞳を見開く。

 まさか断られるとは微塵も予想していなかったようで、ノウァは言葉を失い呆然とする。

 そんなノウァの肩を叩きながら高笑いするはサトゥン。上機嫌ここに極まれりといった表情を浮かべながら、嬉々として彼に言葉を紡ぐ。


「うははは! 諦めろ、魔人もどき! リアンは貴様となど戦いたくはないと言っているのだ、無理強いはいかんなあ!

人には都合というモノが存在するのだ! 乗り気ではない者に自分の欲望を強要するなど、恥ずべき行為であるぞ! ぬはははは!」

「言ってることは尤もだと思うんだが、それはサトゥンの旦那が言っちゃ駄目な台詞だろ……説得力が微塵もねえよ」

「……何故だ、リアン。貴様と俺様は宿命で結ばれた仲ではなかったのか。この俺様を拒否するなど、ありえぬことだ」

「うわっ! こいつ気持ち悪っ!」


 虚ろな目をしてリアンに訴えかけるノウァから五歩分離れてマリーヴェルは絶叫する。ミレイアは既に退避済みだ。

 ノウァから距離を取ったり表情を引き攣らせたり、各々が好き勝手な行動を取っているものの、彼は気にした様子をみせない。

 そんなノウァに、呆れるような視線を向けながらも、リアンの代わりにマリーヴェルが戦えない理由を説明する。


「リアンには先約があるの。明日、本気で戦う予定があるのに、どうして前日にアンタと戦わなきゃいけないのよ」

「なんだと? 俺様と戦うより他の誰かと戦うことが大事だと言うのか。答えろ、リアン」

「すみません……」

「くっ……誰だ、一体誰と戦うのだ。そいつはお前にとって、それだけの価値がある相手だと言うのか」

「その人は、僕の憧れなんです。サトゥン様が僕に命を与えてくれた方であるならば、その人は僕に戦いを、戦士としての生き方を教えてくれました。沢山のことを与えてくれたその人に、僕は胸を張って証明したい。あなたのおかげでこれだけ成長できたのだと伝えたい」


 リアンの視線の先、そこに佇むのは紅の髪を持つ美しき女性、メイア。

 少年の真っ直ぐな想いを正面から受け止め、メイアは微笑むだけ。ただ、表情にこそ出していないが、彼女の心の中はどうしようもないほどに熱く燃えていた。

 一年前、自分に幾度と倒された少年が、とうとう肩を並べるほどの力を付けて、正面から自分と戦い勝利を掴もうとしている。

 今のメイアは、リアンに恋をする女として以上に一人の戦士だった。自分を超えるために鍛錬を重ねた男が同じステージへ上り、とうとう刃を交える程に成長した。これを喜ばずして何を喜ぶというのか。

 二人の想いは完全に一致し、残念ながらそこにノウァの入り込む余地などない。邪竜王を退治してから、リアンとメイアは常にその時を待っていたのだ。互いが全力でぶつかりあう、その瞬間を。

 だが、部外者であるノウァにとって、これほど面白くないことはない。

 自身のお気に入りとしていたリアンの視界に、現在自分がこれっぽっちも入っていない。今の彼はメイアだけしか見えていない。恐らく最近の鍛錬もメイアと戦うことを目標に重ねていたのだろう。

 ここで世に蔓延る悪しき魔族ならば、人質でも何でもとって無理矢理にでもリアンと戦おうとするのであろうが、ノウァはそのような手を決して取ることは無い。

 彼にとって、そのような愚行は悪の美学に反する。他者を犠牲にするような戦いに一体何の価値があるというのか。

 リアンを勇者だと、未来の宿敵だと勝手に決めつけているノウァにとって、リアンとの戦いは意味のあるものでなければならない。

 恐らく、リアンはメイアと戦い満足しなければノウァと戦うことなど考慮に入れないだろう。ならば、どうすればいい。そこまで考え、単純な彼はすぐさま結論を出すのだった。


「よし、俺様はしばらくこの村に留まることにする」

「え……えええ!?」

「明日、リアンはそこの女と戦うのだろう。悔しいが先約は先約、順番はちゃんと守ってやる。

そこの女との戦いに決着がつき、身体の傷が癒え次第、次は俺様と戦え。いいな」

「あらあら、リアンは大人気ですね」

「いや、冗談でしょ……サトゥン一人でも手に負えないっていうのに、こんなのが村に滞在するとか悪夢じゃないのよ」


 リアンに約束を取りつけ、用は済んだとばかりにノウァは部屋から出ていこうとする。

 だが、そんな彼の背中に、サトゥンは愉しげに笑いながら言葉を投げつける。


「ふふん、貴様、そんなに勇者と戦いたいのか。そうかそうか、そんなに勇者を求めているのか!

うははは! ならば仕方あるまい、私も本当は気乗りしないのだが、どーーーしてもと言うのならば、貴様と戦ってやっても……」

「あの、サトゥン様。ノウァさん、もう出て行っちゃいましたけど……」

「なんだと!? ぐぬうう! あの男、どこまでも無礼な奴め! だから私は協調性の無い自分勝手な奴は嫌いなのだ!」

「旦那、頼むから一回自分を振り返ろう。かなり本気で」


 ぷんぷんと怒るサトゥンに突っ込みを入れるロベルト。身体は訓練でボロボロだが、突っ込みを入れられるだけの余裕が出来るほどにはなっているらしい。成長である。

 そんな中で、これまで黙って光景を見つめていたグレンフォードが口を開いてサトゥンにノウァについて訊ねかける。


「ノウァという男に対して『魔人もどき』と言っていたな。あの男は魔族ではなく、お前と同じ魔人なのか」

「ふむ、それがよく分からんのだ。あやつから魔人を感じられるが、純粋なものではなく何かが混じったような……言葉にし難いな。

魔人として生まれた後に別の生命と融合したか、もしくは魔人と他の生命との間に生まれた子供なのか。恐らくはそのどちらかだろう」

「レグエスクといいあいつといい、人間界に魔人溢れ過ぎじゃない。

どこかの誰かさんは異界へ渡るのは神の領域なんて言っていたけれど、案外簡単なんじゃないの?」

「ぬふん、そんな筈はないのだが……何か抜け道か、私やカルヴィヌの知らぬ方法があるのか。まあ、私にとっては他の魔人など微塵も興味ないことだ!

人間界に来たければ好きなだけくればよい! そして人間を害すならば、誰であろうと私達が叩き潰す、それだけのことであろう! うははは!」


 胸を張って高笑いをするサトゥンに、一同もつられて笑ってしまう。

 いつもながら深く考えずに思ったまま言葉を放つサトゥンだが、それが何より彼らしくもある。誰も咎めることなく、話を続けていく。


「単純ねえ……ま、その通りなんだけど。とりあえずノウァって奴も、悪い奴ではないみたいだし。変な奴で近寄りたくはないけれど」

「それどころか、人間を守るために各地で魔物退治を率先して行ってくれていますからね」

「勇者みたいだね」

「待て、ライティ! 勇者は私だけの為にある称号であり、あんなぽっと出の奴に使うべき言葉ではない! 勇者は私サトゥンなのだ!」

「奴が勇者かどうかはともかく、村人に害を為さないのならばそれで良いのではないか。奴の言う悪の美学というものを聞く限りでは、その可能性は極めて低いと思うが」

「というか、良い人ですよ、ノウァさん」

「リアン、お前はどうしてそう、いつも変な男に……兄貴分としてお前が心配だよ、色々と」

「リアンさんはほら、そういう耐性凄いですから……」


 ノウァについてあれこれと話し合うが、結局『害はないだろう』という結論を下してこの場は解散となる。

 サトゥン城を出てすぐ視界に入ってきたノウァの姿に、彼らはその推測を確信へと変える。

 大きな木の上で身体を横にし、完全に熟睡しきっているノウァ。どうやら明日の昼まで眠ることにしたらしい。自由に生きる男である。





















 夜を迎え、普段なら既にベッドの上で眠りについている筈の時間。

 星の輝きが村を僅かに照らすなか、リアンは一人何もない草原の地にて腰を下ろしていた。

 この場所は、明日彼がメイアと戦う場所であり、周囲には何一つ障害物が無い。己の全てを出し切るには、最高の場所と言えるだろう。

 広がる草原で、リアンは何も言葉を発することなく槍を握りしめる。早く寝なければいけないと分かっているのに、高揚し過ぎて眠れないのだ。

 とうとう明日、メイアと全力で戦える。リアンが初めての敗北をメイアに与えて貰ってから一年という時が過ぎ、とうとうこの日が訪れた。

 この一年間、彼はメイアの幻影を追いかけ続けた。彼女に追い付くこと、並ぶことを夢見て槍を振るってきた。

 メイアに、サトゥンに、グレンフォードに指導してもらい、ついには竜人グレイドスをも一人で打倒するほどの力をつけた。メイアに土をつけたグレイドス相手に勝利してみせたのだ。

 本来ならば、そこでリアンはメイアより強いという証明が成り立つように思えるが、そうではないことを彼は重々理解している。

 グレイドスと戦ったとき、メイアはサトゥンに与えられた武器を持っておらず、百パーセントの状態で戦ったとは言い難い。仮にリアンがレーディバルではなく、市販の槍でグレイドスと対峙したならば、勝利など決してありえなかった筈だ。

 明日、リアンと戦うメイアはまさしく最高の状態で舞台にあがってくる。煌刀ガシュラを握り、風魔法と闘気を完全に使いこなして。

 そのことが嬉しく、そして恐ろしい。リアンが戦う相手はこの国で最強の戦士。試合開始と同時に何も出来ずにやられてしまう可能性だってある。

 自分が積み重ねてきたこと、その全てを見せることなく終わってしまうこと、それが何より恐ろしい。メイアに成長をみせられず敗北を喫することが恐ろしい。

 戦いを楽しみに思う自分と、何も出来ずに負ける恐怖に怯える自分。相反する二つの自分が興奮状態を作り出し、リアンの心を騒がせる。

 ゆえに、その心が落ち着くまで草原で静かに時を過ごそうとしていたリアンだが、背後からかけられた声にびくりと身体を震わせる。


「眠れませんか、リアン」

「ひゃっ! メ、メイア様、どうしてここに」


 彼の背後に現れた女性、それは今、リアンの心の全てを埋めている人物だった。

 驚くリアンに、メイアは悪戯が成功した子供のように微笑み、そっと彼の隣に腰を下ろす。

 並ぶように座り、メイアは視線をリアンに向けながら言葉を紡ぐ。


「サトゥン様が教えてくれましたから。リアンの心が昂り過ぎているから、なんとかしてやれと」

「す、すみません……」

「構いませんよ。私も明日を迎える前に、リアンと少しお話したいと思っていましたから」


 穏やかに話すメイアの言葉に、リアンはありがとうございますと頭を下げて礼を言う。

 そんなリアンからメイアは一度視線を切り、夜空を見上げてそっと言葉を紡ぐ。星々の輝きが薄らとメイアの横顔を照らして。


「リアンと初めて出会ってから一年が過ぎて……本当に、色々なことがありました。

あの日、領主の館で衛兵を相手に一生懸命槍を振るっていたあなたがここまで大きく成長したのですね」

「いえ、僕の力ではありません。僕がここまで来ることが出来たのは、みんながいてくれたから。

メイア様達が僕を鍛えてくれたからこそ、今の僕があるんです。本当にありがとうございます、メイア様」

「ふふっ、そうですね。私はあなたに沢山の鍛錬を課し、それをあなたは見事に乗り越えてみせました。

日に日に成長を続けるリアンの姿を傍で私は見続けたのです。私の言いたいことが分かりますか、リアン。

私は槍を交えずとも、あなたの成長の日々を自らの目で確かめていたのですよ。あなたの頑張る姿をサトゥン様と共に見守っていたのですから」

「あ……」


 メイアの言葉の意味を理解し、リアンは言葉を漏らす。

 彼女の言う通り、メイアは誰よりもリアンの成長を傍で感じてきた。鍛錬の内容を考え、時に模擬戦闘も行い、誰より傍でリアンの成長を肌で感じていた。

 だからこそ、リアンは何も気負う必要がないのだ。彼はメイアに成長した姿をみせられず、なにもできずに敗北することを怖がっていた。

 けれど、メイアは既にリアンの成長を、頑張りを誰より深く理解しているのだ。その彼女相手に今さら気負うことなど何一つないではないか。

 彼女の伝えたいことを理解し、リアンのざわめき続けていた胸は憑き物が落ちたかのようにゆっくりと落ち着いてゆく。

 彼の心の変化を感じ取ったのか、メイアは優しく微笑みながら、リアンに言葉を送る。


「気負うことなど何もないのですよ、リアン。あなたにはできる限り私と同じように楽しんでほしいのです」

「メイア様と同じように、ですか?」

「……私はリアンと戦うことが嬉しくて仕方がありません。楽しみで仕方がありません。

互いが互いを求めあい、戦場という舞台に立って刃を交わしあう……私はあなたとそんな日を迎えることを、この一年ずっと夢見てきました。

余計な考えなんて必要ない。ただ、リアンという存在を戦場で感じたい。全力を尽くし合いたい。あなたと二人で最高の時を過ごしたい、それが私の偽らざる本音です」


 メイアの想いはどこまでも真っ直ぐで。ただ純粋にリアンと戦うことを楽しみにしている子供のようで。

 彼女の想いに触れ、リアンはやがて表情を破顔させる。そうだ、難しく考える必要など何もないではないか。

 自分がどうしてメイアと戦うのか。それは成長した姿を見せなければいけないという義務感からくる理由などではない筈だ。

 彼女が求めてくれているように、自分も彼女を求めているからではないのか。かつて自分に戦士として生きる道を教えてくれた彼女と再び戦いたい。それはどこまでも純粋な自分の欲求からくる感情ではないのか。

 そう、互いの気持ちは同じである筈だ。憧れつづけた女性に対し、最高の自分として舞台にあがって槍を交える。その日を夢見てきたではないか。

 かつての敗北を乗り越えるために、追い求めた憧れの人に手を届かせるために。この状況に胸を躍らせ楽しまなくては勿体無いではないか。

 気負いも迷いも消え、リアンの心にあるのは明日を楽しみにする期待だけ。メイアに向け、そっと右手を差し出し、リアンは胸を張って宣言するのだった。


「ありがとうございます、メイア様。僕も明日は全力で楽しみたいと思います。

心から楽しんで……そして、その上であなたに勝ちます。メイア様に教えて貰った壁を乗り越えるために」

「良い表情です。ですが、私も負けず嫌いですからね、まだまだあなたに負けるつもりはありませんよ。

あなたの全てを私に教えてください、リアン。そして私の全てを肌で感じ取ってほしい……二人にとって最高の一日にしましょう」

「はいっ!」


 握手を交わし合い、互いに最高の笑顔をみせあうリアンとメイア。

 今このときだけは互いを異性としてではなく力を認め合う最高の戦士として。

 一年もの間、互いに夢見続けた光景が明日、現実のものとなる。その余熱を掌から感じ合いながら、二人はゆっくりとその手を離すのだった。約束の時は、今ここに。








戦闘民族メイア人。オラすげえわくわくすっぞ。次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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