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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
六章 勇者
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56話 同類




 サトゥンがようやく泣きやんだため、ミレイアは改めて今回の事情を訊くためにノウァへ向けて挨拶をかわす。


「はじめまして。キロンの村で、教会の司祭を務めているミレイアと申します」

「ノウァだ。覚えておけ、小娘。いずれこの世界の魔の王として君臨する男の名だ。真の悪を体現する者、それが俺様だ」

「わあ、そうなんですのね……」


 サトゥンと比肩するほどの美形にも関わらず、口を開けば残念過ぎる言葉のオンパレード。

 ノウァの自己紹介を聞いて、ミレイアは遠い目をしながらも即座に悟る。この男は間違いなくサトゥンの同類であり、うかつに触れるとまた自分が酷い目にあうと。

 腫れものを扱うように距離を取りながら接することを決めるミレイアに、ノウァは顎に手を当てながら彼女に訊ねかける。


「キロンの村の司祭だと言ったな。キロンの村とは、魔獣に滅ぼされたのではないのか?」

「いえ、この先に行けばすぐ村に着きますけれど……ノウァさんは外の人間ですか?

おかしいですわね。村の外の人間は、村の存在に気付くことすらできないようにしてあるとフェアルリさんが言っていた気がするのですが」

「ああ、認識阻害の魔術など俺様には効かんぞ。それに、俺様は人間ではない」


 軽く指を鳴らし、ノウァは自身にかけていた変化の魔術を解く。

 すると、人間と同じ形状をしていた筈の耳が、一瞬にして長く尖った耳へと変わってしまう。

 ノウァの早変わりをまるで手品でも見ているかのように見入るミレイアに、ノウァは淡々と言葉を紡ぐ。


「人間の街で情報を集めるために、外見を変えていただけだ。この姿で街に入ってしまえば、面倒な騒ぎになるだろう」

「ノウァさんは魔族でしたのね。ええと、サトゥン様のお友達ということでよろしいのかしら」

「誰がこんな失礼な奴と友達か! よいかミレイア、こ奴は私のことを言うに事欠いて魔の王などと抜かすのだぞ、どう思う!」

「大変正直な方だなと……ああ、いえ、何でもありませんわ。それでは、サトゥン様のお知り合いという訳では」

「初対面だ。それよりも俺様の質問に答えろ、キロンの村は魔獣に滅ぼされたのではなかったのか。

俺様はその魔獣を潰すためにここまでやってきたのだ。何か情報を持っているならば、俺様に全て提供するがいい」


 村の者ではないノウァに事情を説明して良いものか、ミレイアは少しばかり悩んだものの、結局キロンの村について説明を始める。

 ノウァが普通の人間ではないため、隠す必要もないという理由もあるが、何よりこのまま口を塞いでいても、この手のタイプは自分が納得するまで梃子でも動かないことをミレイアは知っていたからだ。主に隣で不機嫌そうな表情をする勇者様のせいで。

 キロンの村を襲おうとしていた魔獣の群れが全てサトゥンによって退治され、彼の力によって隣村の人々が再生されたこと。そんな人々を他の人間の目に触れさせないために、キロンの村は滅んだ村として偽りの情報を周辺の街に流していること、また、人払いの結界を張っているのもそのためだと。

 ミレイアから全ての話を聞き終えたノウァは、なるほどと納得したような表情で言葉を紡ぐ。


「つまり、キロンの村は魔獣退治のみかえりとしてこの男に絶対服従の支配下に入っている。

自分に従う村の人間には害を加えてはいないと、そういうことか」

「えっと……そういうことになるのかしら。当たらずとも遠からずと申しますか……あれ、違うような違わないような。

と、とにかく村の人々はとてもサトゥン様を慕っておられますのよ」

「そうだそうだ! いいぞミレイア、流石は我が勇者教を信仰する司祭である! もっと言ってやるがいい!」

「わ、私がですの? そういうのはちょっと不得意と申しますか、リアンさんにお任せしたいと申しますか……」

「……リアンだと? リアンがこの村にいるのか? おい、小娘、詳しく話せ」

「ひっ!?」


 リアンの名を聞き、突如として態度を変えてミレイアの手を掴んで引き寄せようとしたノウァだが、それが叶うことは無い。

 彼の伸ばした手を、横からサトゥンが掴み取り、ミレイアに届く前に制止したためだ。

 横から邪魔され、思わずサトゥンを睨むノウァだが、睨まれたサトゥンはどこ吹く風。飄々としながら、諭すようにノウァに言葉を叩きつける。ミレイアはノウァに少し怯えて、サトゥンの背中に隠れてしまっていた。


「ふむ、私を馬鹿にする程度なら笑って流してやってもよかったのだが、我が愛しき仲間に手を出そうとするならば話は変わってしまうな。

これは忠告であるぞ、若き魔人もどきよ――やんちゃするのは、私が笑っている間だけにしておけ」

「上から物を言うな、不愉快だ。だが……か弱い人間に対し、確かに配慮の無い行為だった。俺様の美学に反する行為だ。悪かった、小娘」


 ノウァの腕に力が込められていないことを感じとり、サトゥンはゆっくりとその掴んだ手を離す。

 そして、謝られたミレイアはおそるおそるサトゥンの背中からノウァを覗き込みながら大丈夫ですと返すが、彼の背から出てこようとはしない。やっぱり怖かったらしい。

 この日ばかりは、サトゥンの無駄に大きな背中に感謝しよう。そう思いながら、ミレイアは再びノウァに訊ねかける。


「あの、先ほどノウァさんはリアンさんの名前を聞いて驚かれてましたが、リアンさんのことをご存知ですの?」

「この村のリアンという奴が、巨大な黒槍を振り回す若き戦士であるならば、俺の知るリアンで間違いない」

「リアンさんの特徴と一致しますわね。サトゥン様ではなく、リアンさんのお友達でしたのね」

「友達などという単純な言葉で片付く関係ではない。奴は、リアンは俺様にとって避けられぬ『運命』なのだから」

「う、うんめい……」

「そう、奴は俺様の未来に無くてはならぬ存在なのだ。奴がこの世に生まれた意味、それは俺様と巡り会うためと言っても過言ではあるまい」


 それまで無表情だったノウァが初めて破顔させて告げた言葉に、ミレイアは血の気が引きそうになるのを感じていた。

 当然だ。サトゥンまでとはいかないが、体格の良い絶世の美男子が、それまでの無表情を捨て去り、子供のように笑ってリアンとの関係を熱を帯びて語るのだ。ましてや、自分達は運命だの、リアンの生まれた理由は自分と出会うためだの、鳥肌ものの発言が次々飛び出してくる。

 ノウァとしては、彼はリアンが『リエンティの勇者』だと信じており、自身が『魔物の王』となると考えているゆえ、勇者と魔の王という関係を言いたかったのだが、そんなことを微塵も知らないミレイアは勘違いする以外ない。

 そして、何が悪かったのかといえば、サトゥンのいるその場でノウァがそんな発言をしてしまったことだ。

 彼の発言に、我慢ならないとばかりに身を震わせ、サトゥンはノウァに負けじと口を開くのだ。


「ふざけたことを抜かすな! リアンが生まれた意味が貴様と巡り会うためなど、笑止千万!

いいか、よく覚えておくがいい! リアンがこの世に生まれた理由はただ一つ! この私、サトゥンと出会うために生まれてきたのだ!

私とリアンは貴様などよりも深いところでつながっておる! ぽっと出の貴様などにリアンは渡さぬわ!」

「なんだと? ……そうか、やはり貴様も魔の王の座を狙っていたのか。悪いが、リアンは譲れんぞ。

奴は近い未来、俺様が求める人間の高みまで必ず上りつめるであろう男だ。あれは俺様のモノだ、俺様がこそが、リアンを一番輝かせることができるのだからな」

「馬鹿を言うな小僧! 貴様がいったいリアンの何を知っていると言うのか!

この人間界に降り立ち、最初にリアンに見惚れ磨き上げたのは他の誰でもない私なのだぞ!」

「そうか、ご苦労だったな。後のことは俺様に任せておけ、貴様の育てた男は俺様が大事に扱ってやる」

「誰が貴様なんぞにリアンをやるものか! リアンはずっと私の傍にいるのだ!」


 美系二人が言い争う光景、その内容がリアン争奪戦。

 何も知らぬ者が聞けば、それこそ勘違いに勘違いをするであろう内容だが、勿論ミレイアは勘違いをした。

 顔を青ざめさせながら、彼女が思うのは愛しい妹の心配だった。ライバルは大人の女性であるメイアだけかと思っていたのに、とんでもないところから伏兵が現れてしまった。

 どちらも人外、それも恐ろしい程の美貌を持つ男達が、リアンを巡って口論をしている。こんな光景を目にしては、決してその気がリアンにないと分かっていても、心配せずにはいられない。

 とりあえず明日からリアンをどこかに隔離した方がいいのではないか、もしくは妹に無理を言って無理矢理先にくっついてしまった方がいいのではないか、などと混乱する頭で思考していたミレイアであったが、この戦場に当事者が現れることで、より戦場は泥沼へと陥っていく。

 三人に、少し離れた村の方から彼らを呼ぶ声。そちらに視線を向けると、当人であるリアンがマリーヴェルと並んで、何も知らずとことこと笑顔を浮かべてこちらに向かってきているではないか。

 今、この状況にリアンが混じるなど、猛獣達の檻に肉を放り投げるようなものではないのか。

 気付けば、ミレイアは叫んでいた。リアンを、最愛の妹の想い人を守るために、必死に腹から声を出して。


「マリーヴェル! リアンさんを連れて逃げて頂戴!」

「は? 逃げるって、いったい何から……」


 必死な姉の叫びに、首を傾げるマリーヴェルであったが、眼前の光景を目にしてその疑問をすぐに氷解させる。

 リアンの姿を見つけるや否や、口論をしていた二人が恐ろしいほどの速度でリアンに向けて駆けてきたのだ。

 激しい地鳴りと共に、恐ろしいほどに真顔でリアンに迫りくる体格の良い男が二人。そのときのことを後に振り返ったマリーヴェルは、ミレイアにこう告げている。『リアンを守らなきゃ、頭の中はそれだけだった』

 何事かと目をきょとんとさせて状況についていけないリアンを、マリーヴェルは慌てて突き倒すように横から体当たりする。

 リアンごと草原に転がるマリーヴェル。その横を恐ろしい速度で駆け抜けるサトゥンとノウァ。どうやら熱が入るあまりブレーキを完全に忘れていたらしい。

 あのままリアンが立っていれば、間違いなく魔人列車にはねられていたであろう。リアンを通り過ぎ、慌ててブレーキをかけようとする二人だが、実にタイミングが悪かった。

 二人が停止しようとした場所、それはロベルト達の鍛錬周回コースであり、現在そこではロベルトの日課である強制走が行われていたのだ。

サトゥン達が停止しようとしたところに、ロベルトが驚愕に目を見開いた状態で突っ込んできたが、全速力で走るロベルトが止まれる訳が無い。サトゥン達を巻き込んで転んだところに、背後からグレンフォードとライティの乗った巨大牛モーが現れる。

 グレンフォードから命じられているため、ロベルトに体当たりをすることはないのだが、サトゥン達は別だ。目の前に現れたサトゥンとノウァ目がけてモーはフルスロットルで体当たりを敢行し、超巨大牛の突進をくらってしまった二人は、見事に宙を舞い、山の彼方へと飛んで行った。


「サトゥン、飛んでいっちゃったね」

「美しく弧を描いていたな」


 牛の上から流れ星のように消えていく二人を眺め、そんな感想を述べるライティとグレンフォード。

 また、草むらでリアンの上に馬乗りになりながら、呆れるような顔をしてマリーヴェルもまた言葉を漏らすのだった。


「いったい何がしたかったのよ、あの馬鹿は……しかも、もう一人変なのがいたし」


 眉を顰めて呆れ果てるマリーヴェルだが、彼女の下でリアンが顔を真っ赤にして彼女を見上げていたことに気付くのは、それから数秒後。

 慌てて駆けよってきたミレイアだが、顔を真っ赤にして視線をそらしあう二人を見て、先ほどまでの自分の心配は不要だったことを理解する。なんだかんだでリアンもマリーヴェルを女の子として意識しているのだから。



















「改めまして、お久しぶりです、ノウァさん」


 サトゥン城、その会議室にて、リアンはぺこりとノウァに一礼する。

 モーに吹き飛ばされたサトゥンとノウァだが、数分後には空を飛んで元の場所へと戻ってきた。無論、無傷である。

 そして、吹き飛ばされたもう一人の人物がノウァであることに驚くリアンとロベルト。二人だけが、彼と面識を持っており、まさかキロンの村で彼と再会する事になるとは思ってもいなかったのだ。

 とりあえず、落ち着いた場所で話をしませんかというミレイアの助言もあり、一同をサトゥン城に集めたという訳だ。

 挨拶をするリアンに、ノウァは静かに笑みを零しながら口を開く。


「ああ、数か月ぶりだが、俺様の言った通り己を鍛え続けているだろうな」

「はい! 皆さんにご指導頂きながら、少しでも強くなれるよう日々頑張っています」

「そうか、ならばよい。貴様には一日でも早く、少しでも強くなって貰わねばならんからな。俺様を失望させるなよ、リアン」

「あのさー、話割り込んで悪いんだけど、結局あんたって何なの? 喋り方といい雰囲気といい、サトゥンの同類?」

「誰が同類かっ!」


 ノウァに対して質問をぶつけるマリーヴェルに、即座に否定するサトゥン。

 どうやら彼の中でノウァはリアンを奪おうとする敵として認識されてしまったらしい。

 マリーヴェルの問いに、ノウァは淡々とした口調で返す。


「俺様の名はノウァ。唯一絶対の悪にして、いずれこの世界の全てを統べる魔の王の名だ。覚えておけ、人間ども」

「……リアン、あんたはどうしていつもこういう手に負えない馬鹿を拾ってくるのよ。

この手の馬鹿はサトゥンだけで限界なの。私達にはこんな変人を二匹も飼う余裕なんてないのよ、今すぐ野に帰してきなさい」

「うはははは! いいぞいいぞマリーヴェル、もっと言ってやれ!」

「サトゥンの旦那、すげえ言い難いんだけど、マリーヴェルは旦那のこともそうとう馬鹿にしてるからな」


 口を開いた瞬間に、関わり合いになりたくないと判断したマリーヴェルはしっしと手を振ってノウァを追い払おうとする。

 どうやらメーグアラクス王女姉妹のノウァへの評価は完全に地に墜ちているようだ。サトゥンを含め、三人は否定派らしい。

 少し離れて、ロベルト、ライティ、グレンフォード、メイアはノウァに対してそこまで悪い印象は持っていない。

 ロベルトは彼のことを、ライティ救出のために情報をくれた魔族程度にしか思っていない。ロベルトに情報をくれたあと、ノウァがリアンの足止めを行っていたことを知らないからだ。

 ライティは仲間や家族以外の他人にあまり興味が無い。ノウァに対して無関心、それが正直な想いだろうか。

 グレンフォードとメイアは、ノウァがかなりの実力者であることを見抜き、興味深げに彼を観察している。二人クラスの実力者であれば、ノウァの身体運びや空気から色々と感じ入るものがあるのかもしれない。

 そして、リアンはといえば、気付けば談笑してノウァと打ち解けている始末。どうやら彼の中で、ノウァは変わった人だけど、自分を鍛えようとしてくれる人という形で落ち着いているらしい。ノウァが人間を害そうとしないことも、リアンが心開くには大きな理由だろう。

 突如として街に現れた異質な青年に、どう対応したものかと頭を悩ませるのはミレイアだが、そんな彼女の内心を余所に、リアンはノウァに訊ねかける。


「ところで、ノウァさんはどうしてキロンの村に?」

「この村が一年前、魔獣共に襲われ壊滅したと街で聞いたのでな。人間に害をなす魔獣を潰すために、ここまで来た。

だが、一足遅かったようだな。そこの男が全て魔獣を退治したという話は、小娘から聞いている」

「ふははは! この村の救世主は私サトゥンである! 今さらお前に出番など何一つとして存在せぬわ!」

「魔獣退治ってなに? あんた、自称魔の王のくせに、魔物退治なんてしてるの? 魔の王なら、逆に人間を襲っていくもんじゃないの?」

「ふ、美学を理解出来ぬ小娘が。良いだろう、貴様にも悪の美学というものを教えてやる」


 そう言って、ノウァはマリーヴェルに熱を込めて語り始める。

 真の悪とは、人間を無意味に殺したり虐げたりするものではない。全ての人間を心から平伏させ、従わせることこそが悪の華。

 しかし、この世界にはその美学を理解できない、下種びた悪が蔓延り過ぎている。これでは人間が悪を勘違いしてしまう。

 そこで、ノウァは考えた。どうすれば、真の悪の美しさを人々に示すことが出来るのかを。必死に悩み考え抜き、そして彼は一つの答えに辿り着いたのだ。

 人間を弄び殺すような下種共を、自分以外の偽物の悪を、この世から全て消し去ってしまえば、この世の悪は自分だけとなる。

 つまり、悪という言葉はノウァのためにだけに存在することになる。ゆえに――


「――俺は、この世のすべての悪を殺し尽すことにしたのだ。どうだ小娘、俺様の偉大な計画が理解できたか」

「うん、凄く分かった。あんた、サトゥンに勝るとも劣らない究極の馬鹿だわ。こんな清々しい馬鹿を私、みたことがないもの」

「いや、ある意味凄いというか……サトゥンの旦那ですら、呆れて物が言えねえレベルだよそれ……」

「そ、その手があったかっ! 私以外の正義を全て倒してしまえば、私が唯一絶対の正義として人々に君臨……」

「影響されてんじゃねえよ!? 同じ正義を潰してどうすんだよ! それは絶対にやっちゃいけない行為じゃねえか!」


 わなわなと震えて衝撃を受けるサトゥンに突っ込みを入れるロベルト。最近彼もだいぶサトゥンに対して容赦がなくなってきている。

 彼らの会話を口を閉ざして聞いていたメイアが、ぽつりととんでもないことを言ってしまうものだから、場が更に悪化してしまう。


「ですが、ノウァさんのやっていることは、人々からみればまるで勇者のようですね。

本人の思惑がどうあれ、人間を守るために各地の魔物達を倒しているのでしょう? おそらく、その地の人々にとって、あなたは英雄以外の何物でもないと思うのですが」

「馬鹿を言うな、俺様は悪だ。勇者や英雄など、俺様を引き立たせるための存在に過ぎん」

「なんだと!? 貴様、勇者を馬鹿にしたか!? おのれ、勇者の真似ごとをした上、私より人々にちやほやされ、更に勇者を扱き下ろすなど絶対に許さんぞ!」

「馬鹿にはしておらん。勇者は必要不可欠な存在であることは認めているだろう。魔の王が悪の華として咲き誇るために必要だと」

「逆だ! 魔の王の存在価値こそ、勇者が世界で輝くための踏み台に過ぎんのだ! 魔の王なんぞパパっと退治されて『ウゴゴゴゴ』と悲鳴をあげながら死に絶えていればよいのだ!」

「貴様、魔の王を愚弄するか。同じ悪でありながら、なぜ貴様には魔の王の素晴らしさが分からんのだ」

「悪ではない、私は勇者だ! 何度言っても分からぬか、この鳥頭! ポフィール頭! 勇者が一番格好良くて凄い、それが世界の常識だ!」

「魔の王だ。全てを支配し、高潔に悪の華を咲かせる存在こそ、この世界で何よりも美しい。それと唾を飛ばすな、けがらわしい」


 周囲の人間そっちのけで低レベルな口論を初める二人。

 大の大人、それも常人とは一線を画するほどの美形の二人が、勇者と魔の王どちらが素晴らしいかという内容で大激論。

 微笑ましく見守る大人組、勘弁してくれと冷たい視線を送る若者組、一人困り果てておろおろとするリアン。

 やがて、二人が掴みあいに発展しそうになったとき、我慢の限界がきてしまったのか、マリーヴェルが二人の喉元に月剣と星剣をそれぞれあてがい、笑顔を浮かべて二人に通告するのだった。


「私達はね、あんた達の子供じみた喧嘩を観戦するために集まった訳じゃないのよ?

ねえ、私の貴重な時間をこれ以上こんな下らないことに浪費させるつもりなら、私もしかるべき対応を取ろうと思うんだけど」

「ぬう……しかたあるまい。マリーヴェルの顔に免じて、ここは引いてやろう。運が良かったな、小僧!」

「ふん、言われずともこれ以上貴様と会話するつもりなどない。どうやら俺様と貴様は相容れぬようだ」


 互いに顔を背ける二人に、マリーヴェルはげんなりと溜息をつきながら、一度本気で剣を突き刺してやろうかと迷ってしまう。

 そして、喧嘩を終えたノウァに、リアンが再び話しかける。


「魔獣の群れはサトゥン様が倒して下さったので、もうここにはいないんです。ですので、ノウァさんの求める魔獣退治は……」

「ああ、その用件はもういい。魔獣によって人間に害がなされてないのなら、それで構わん。

本来ならば、魔獣を退治して次の場所へ移動するつもりだったが……ここに貴様がいるのならば、話は別だ、リアン」

「僕、ですか?」


 首を傾げるリアンに対し、ノウァは愉しげに笑みを零しながら、腰にかけた大剣を抜き放つ。

 突如として武器を手にしたノウァに対し、即座に己の得物を抜いて彼を取り囲む英雄達。そんな彼らを視界に入れぬまま、ノウァはリアンだけを見つめて己の欲望をぶつけるのだった。


「この数カ月で、貴様が『リエンティの勇者』として、どれだけ成長したのかを確認したい。

さあ、槍を握り俺と戦うがいい――改めて言っておこう、俺様を決して失望させるなよ、未来の勇者よ」





『争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない!』 次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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