53話 支え
時は今より少し遡ること数日。邪竜王セイグラードを倒し、キロンの村に帰りついたその日の夜のこと。
村の中にあるグレンフォードの家に世話になることになったロベルトは、家に入るなりすぐにグレンフォードに頭を下げてあることを頼み込む。
「頼む、グレンフォードの旦那。俺を、俺を鍛えてくれ。俺も旦那達のように、強くなりたいんだ」
「唐突だな。頼まれずとも、そのつもりだ。そもそも既に、キロンの村へ戻る道中から身体を鍛えさせている。明日からはリアン達と共に……」
「違う、そうじゃねえ。リアン達と一緒じゃ、駄目なんだよ、旦那。
リアン達と同じじゃ、俺とリアンや旦那達との距離は埋まらねえ。劣ってる俺が同じだけ努力したところで、追いつけっこねえんだ。
少しでも早く、俺はリアン達に追いつかなきゃならねえ……お荷物や足手纏いになってるようじゃ、駄目なんだよ」
頭を床に擦りつけ懇願するロベルト。そんな彼の姿を視界に入れながら、グレンフォードは室内にある丸太のような木椅子を引き、そこに腰を下ろす。
そして、頭を上げたロベルトへ向け、視線で椅子に座るように指示する。無言の圧力に当然ロベルトは早々に白旗をあげ、椅子へ座り直した。
向かいあうような形になり、思わず視線を逸らしたくなるロベルトだが、真剣に願い出ているのに視線を逸らすのも失礼だと考え、気合を入れ直してグレンフォードをしっかり見つめ返す。
自身より一回り若い青年の真剣な想いに何か感じ入るものがあったのか、グレンフォードは軽く息をついて言葉を紡ぐ。
「お前が逸る理由は、邪竜王との戦いが理由か」
「……俺はあの時、恐怖に身を竦ませるばかりで何も出来なかった。
サトゥンやグレンフォードの旦那、メイアさんが命賭けて戦ってる中で、俺は指咥えて見守るだけしか出来なかった。
仲間が、大切な仲間が命張って戦ってるのに、怯えて足すら動かねえなんて……こんな想いをするのは、今回だけで十分だ。
誰より強くなりたいなんて贅沢言わねえよ。ただ、リアンやグレンフォードの旦那達の力になれるような……胸張って一緒に肩を並べられる強さが、俺は欲しいんだ」
顔を曇らせて必死に紡がれたロベルトの叫び。その感情が込められた言葉に、グレンフォードは邪竜王との戦いを振り返る。
自身とメイアとサトゥン、三人で挑んだ邪竜王は想像を絶するほどの化物だった。
英雄と呼ばれるグレンフォードとメイア、そして天蓋の存在であるサトゥンの三人が協力し、死力を尽くして退けることが出来た古竜。
かつて人間界を支配しかけた程の怪物なのだ、それを前にして恐怖したことを恥じ、悔いているロベルトだが、グレンフォードはそれを何一つ恥じる必要はないと考えている。
あの怪物を相手にして、正気を保っていられる兵士が一体故国ローナンに何人いるだろうか。それを考えれば、つい最近まで戦いとは何の関係もない日常を生きていたロベルトが意識を保っていたこと自体が賞賛に値すべきことなのだ。
更に遡るならば、邪竜王の聖地に降り立った時、ロベルトはライティと協力し合い多くの竜を倒している。魔法という強力な武器はあるが、運動能力に欠けるライティを守りながら、ロベルトは見事に戦場で生き抜いてみせた。そして自身でも一匹竜を倒してみせている。
グレンフォードは戦場、戦いにおいて他者を評価する際に余計な下駄をはかせて評価などしない。戦士として、その者の働きを正確に評価する。
そのグレンフォードの目から見ても、ロベルトの戦場での働きは実に優秀だと言える。複数の竜に囲まれても、足を止めず周囲をよく見渡し安全地を見つけそこへ走り込む。戦場で必要なモノは、腕っ節よりも冷静な判断力、思考力、状況把握力。前者は鍛えることで幾らでも身につくが、後者はそうはいかない。その者の持つセンス、性格、戦いでの在り方、これらを変えるのは中々に骨の折れる作業なのだ。
はっきり言って、グレンフォードはロベルトを評価している。口にこそしないが、近い将来ロベルトは必ず良き戦士になると確信している。
ただ、先日まで戦うことも命を賭けることもしたことがない青年に多くを叩きこんでも心が折れてしまうだろう。
故に、グレンフォードはロベルトに基礎体力を向上させることだけを念頭に鍛錬させていた。厳しい内容ではあるが、まだ余力は残した状態で。
そして身体が鍛えられた後で、ゆっくりと実戦に向けた階段を上らせようとしていたのだが、そこにロベルトの先程の叫びだ。
その時はじめて、グレンフォードはロベルトの見ている『場所』を理解したのだ。ロベルトが目標としている高み、それは自分達の背中を必死に追いかける姿ではなく、並んで走る姿だった。
もし、熟練の冒険者や兵士がロベルトの叫びを聞いたなら、鼻で笑うかもしれない。怒声を発するかもしれない。
つい最近まで身体を鍛えたこともない若造が、何を甘いことを言っている、と。簡単に強くなりたいなど、これまで何もしてこなかった者が調子の良いことをほざくな、と。
だが、グレンフォードの考えは違う。グレンフォードはそんなロベルトの姿を、逆に好ましく感じている。
己の無力さを痛感し、そのうえでなおグレンフォードやリアン達に追い付きたいと願えること、それは言うほど簡単なことではない。
普通ならば、心折れてもおかしくはない。邪竜王やグレンフォード達との力量差を痛感し、別世界の住人と断じて、自分では駄目だと諦めてもおかしくはない、それが普通の世界に生きる人間なのだから。
しかし、ロベルトはハッキリと言った。自分の弱さ、何もしてこなかった過去、それを理解してなお、追い付きたいと願った。
どんな理由でもいい、強くなりたいと願う心は全ての出発点だ。そしてロベルトは追い付きたいと願う目標が出来ている、それはどんなに苦しくとも途中で折れぬ為の強力なバックボーンとなる。
大事なのは、現状の強さなどではない。現状を認めて、そしてこれからどうするか。それをしっかりと見据えているロベルトは、グレンフォードの目には、強くなる為の土壌として、これ以上ない程に十分過ぎると判断していた。
胸に燃える炎、この熱を冷ますのは得策ではない。一人の男が強くなりたいと願う、ならば同じ男としてその願いに応えてやる他はない。
グレンフォードは口元を緩めて、ロベルトに告げるのだった。
「いいだろう。明日からお前は個別に俺が鍛錬をつけてやる。一カ月だ、一カ月で相応のモノに仕上げてやろう」
「ほ、本当か!?ありがとう、グレンフォードの旦那っ!」
「礼を言う必要はない。それよりも飯を済ませて今日はさっさと寝るが良い。
明日からは日の出前に起床することになる、今日の疲れを全てとっておけ」
「日、日の出前!?」
「男の誓いを聞き届けた以上、半端な真似はしない。朝から晩まで休む間もなく鍛錬漬けだ、安心しておけ」
「安心!?何を安心すればいいんだそれ!?ちょっと旦那!」
「少し教会へ行ってくる。お前の明日からの鍛錬内容をメイアと詰めねばな。家の中は自由に使ってくれ」
「だ、旦那あああああああああ!」
去っていくグレンフォードの背中に一抹の不安を感じずにはいられないロベルト。
そして、その不安は翌日から良い意味でも悪い意味でも当たることとなる。ロベルトに課せられた鍛錬内容、言うなればそれは地獄すら生温いとびきりスペシャルなメニューだったのだから。
ロベルト・トーラ。二十一歳となる若者の朝は、七百キロを超える猛牛との熱烈な追いかけっこをすることから始まる。
まだ日が昇らぬ早朝に、グレンフォードに叩き起こされ、キロンの村の周辺を一時間ほど走って身体を暖める、巨大牛に追われながら。
全速力で走るロベルト、それを追う巨大雌牛のモー、そしてモーに騎乗したまま人差し指のみで指立て伏せを敢行するグレンフォード。外から見たら、非常に不思議な光景である。
このランニング、もといダッシュ、もといフルスピードマラソンにおいて速度の匙加減は当然ロベルトに委ねられていない。
グレンフォードが彼に下した指示はただ一つ、朝食の時間を迎えるまでモーから逃げ切ること。それだけだ。故にロベルトは、モーに捕まらないように速度を維持して山道を逃げ回らねばならない。
もし、モーに捕まってしまえばどうなるか、それはここ数日で既に何度も嫌というほど味わっている。以前とは違い、回復役のミレイアが一緒にいないため、流石に轢かれたり角で突かれたりすることはないのだが、もしこの朝の逃亡劇にてモーに捕まってしまうと、舐められる。それはもう、本当に、全身を、あますところなく、唾液塗れになるまで。
その光景をモーの上から、グレンフォードが無表情で指立て伏せをしながら見つめてくるのだ。どれだけロベルトが悲鳴をあげようと、許しを乞おうと、グレンフォードは無表情で指立てを続けるのだ。最早シュールを通り越して、色んな意味で拷問である。
精神的に酷いダメージを受ける為、今日もロベルトは必死でモーから逃げる。逃げる。全力で逃げる。その頑張りもあって、今日は二度ほどしか捕まらずに済んだらしい。僥倖だ。
一時間ほど走り、朝日が昇り始めたら朝食の時間だ。
ヘトヘトになって、グレンフォード家前で寝転がるロベルトの元に現れるのは、兎耳をぴょこんと生やした女の子、ライティだ。
彼女とその母親であるフェアルリが、ロベルト達のもとを訪れて、わざわざ朝食を用意してくれているのだ。
そのことに礼を言うグレンフォード、にこりと微笑むフェアルリ、口から魂を吐き出しているロベルト、ぺちぺちと彼の頬を叩いて顕界へ呼び戻すライティ。
全員が卓についたところで、その日の朝食が始まる。無論、朝から全力で突っ走ったロベルトが、朝から重たい物を食べられる訳が無い。
だが、そんなロベルトを見越して、消化の良い果実を中心とした朝食をライティが用意している。作られる朝食の内容は、ロベルトの分の担当がライティ、グレンフォードの分の担当がフェアルリと役割分担されているのだ。
どれだけ鍛錬をしても、胃がびくともしない程に鍛えられているグレンフォードは、フェアルリの作った朝食をどんどん胃に入れていく。その光景を微笑んで見守るフェアルリ。
死にかけているロベルトの口に、何とか果実を押しこむライティ。まるで子供とその母親のような光景が繰り広げられるのも、最近では最早日常となっていた。
朝食をとり終えるころには、ロベルトの体調も大分戻ってくる。必死に朝食を押し込み、ライティとフェアルリに何度も感謝の言葉を送り、午前の鍛錬へと戻っていく。そこからはライティも協力者として合流する。
ここからのメニューは、日によって内容が変わっていく。
ある時はグレンフォードの斧による攻撃をひたすら避け続けるという悪夢のような内容だった。気を失っては何度もミレイアの元へ搬送されたことは村人の記憶に新しい。それを見てサトゥンが私もしたいと言ったが、意味が無いと一蹴されて隅っこで膝を抱えていた。
ある時は背中に石を背負った状態で、ナイフの素振りをさせられた。重さにして四十キロ相当の石を抱えるロベルトは、村の子供達に何故か人気だった。これが子供達の人気の秘訣かと、サトゥンは背中に民家を超えるほどの大きさの石を背負ってみたが、大人達に『危ないので捨ててきて下さい』と怒られしょんぼりしていた。
ある時は山奥の川の上流、流れが急な場所に連れて行かれ、そこでひたすら泳ぎ続けさせられた。溺れそうになってはライティが魔法で釣り上げる、その繰り返しだった。『私の華麗な泳ぎをみよ!うははははは!』と水に飛び込んだサトゥンだが、行水をしていたポフィールにまた食べられていた。
一番ひどい時は、リアン、マリーヴェル、メイア、グレンフォードの四人を相手に一日どんな手を使っても逃げ切ることを命じられた。気を失ったらゲームセットという内容の為、四人全員、特にマリーヴェルが気合を入れて襲いかかってくるという悪夢。その面子を相手に三時間も逃げ延びたロベルトは賞賛に値するだろう。ちなみにその後、サトゥンがロベルトの役をやりたいと言い、ロベルトが気を失っている間にやってみたが、僅か二十分も持たずに負けていた。高笑いですぐ居場所がばれ、マリーヴェルの容赦のない一閃で意識を刈り取られたらしい。
このように、日ごとにメニューが変わっていくのだが、その全てはロベルトを鍛える為のものだ。
今日も今日とて、ロベルトの鍛錬は始まる。今日のロベルトの相手は、とある村人の少女だ。
その少女はロベルトが初めて見る女の子だ。歳はミレイアと同じくらいか、ただ外見にとても特徴がある。美少女には間違いないが、目を引くところはそこではない。
彼女には力強い二本の角が額から生えている。そして背中に広がる巨大な竜翼、どう見ても人間の持つものではない。
すなわち、彼女は流浪の民か、サトゥンの力によって生まれた隣村の者。事情の説明を求める為、ロベルトは視線をグレンフォードへと向けると、彼は簡潔に言葉を並べていく。
「協力者だ。村人のなかにブレスを吐ける者はいないかと訊ねたら、彼女が該当した。
今日のお前の鍛錬は、ブレスを凌ぐことだ。邪竜王の時に見ていただろうが、魔物、特に竜の中には高熱や冷気のブレスを……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ旦那!わかった、ブレスを防ぐ為の鍛錬なのは分かった。分かったんだが、その、吐けるのか、彼女」
「いけるな、ラターニャ」
「はいっ!くしゃみしてたら、コツが分かってきまして。
大丈夫ですっ、ロベルトさんの事情はグレンフォード様やミレイアやライティちゃんから聞いてますから!私、頑張りますよっ!」
「が、頑張っちゃうんだ……その、な?あまり頑張り過ぎ無くてもいいというか……」
「いっきまーす!せーのっ、ふーっ!」
「ぎゃああああああああああああああああああ!」
からんからんと笑いながらラターニャの口から吐き出されたそれを、ロベルトはブリッジすることでギリギリ回避する事に成功する。
ラターニャから放たれたそれは、ブレスどころではない。恐ろしいほどに高密度に圧縮された、光線状となったそれは、ロベルトのいた場所を恐ろしき速度で貫き、彼の背後にある巨大な岩に大きな穴をあけ、なおも留まることなく山に突き刺さり。
自身の背後の巨大な岩石にあいた穴をみつめ、ごくりと息を呑むロベルト。そして、それを眺めていたグレンフォードは、ふむと手に顎をあてながらラターニャに指摘する。
「興味深い一撃だな。威力はそのままでいいが、今回必要なブレスは広範囲に広がるものがいい。調整してもらえるか」
「よくねえよ!?そんな威力保ったまま広範囲とか確実に俺を殺しにきてるじゃねえか!?むしろ今、俺が避けたことを褒めてくれよ!?」
「わかりましたっ!広範囲に、ですね。そうしたら、えっと……そーっと、そーっと、ふぅー」
「ひいいいいいいい!炎がっ、炎の壁がおしよせてくるううううう!」
ラターニャが解き放ったそれは、まさに炎によって生み出された分厚い赤壁。
じりじりとロベルト目がけて近づいてくる壁に、ロベルトは必死に逃げようとするが、背後は岩石で逃げ場が無い。
悲鳴をあげることしか出来ないロベルトに、グレンフォードが声をあげて指示を出す。
「落ち着け、ロベルト。目を背けずに、炎を観察しろ。
ブレスを防ぐ方法は、己が武器によって切り払うか、後ろに下がるか、威力が弱まった場所を見つけた後に、走り出して駆け抜けるかが基本だ。
今回は観察を学ぶことが肝要だ。よく炎の壁を見つめて、薄い箇所を突破して来い」
「よ、よし、分かったぜ旦那!」
覚悟を決めて、ロベルトは迫りくる炎の壁を観察する。炎の壁の隙間、威力の弱まってる場所を探し視線を動かすロベルト。だが、
「……って、炎の弱いところ微塵もねーじゃねえか!?ちょっと旦那、話が違うじゃねえか!」
「観察が足りん。いいか、この炎の壁の抜けるべき個所は……ないな、すまん、これは無理だ。はああああああっ!」
「やっぱりねえのかよっ!?」
ロベルトの前にグレンフォードが割って入り、ヴェルデーダを振るって炎の壁を消し飛ばす。
その光景を眺めていたラターニャは感心したように、目を輝かせてパチパチと拍手を送ってすごいすごいと賞賛する。
叫びたい衝動に駆られるロベルトだが、ラターニャが微塵も悪意を持っておらず、ただ純粋にロベルトに協力してくれているだけに何も言えない。
炎を消し飛ばしたグレンフォードは、軽く息を吐き、斧を背中にしまいながら、ラターニャに言葉を紡ぐ。
「実に良い炎だが、まだロベルトには早いな。すまないが炎ではなく冷気に変えてもらえるか。
炎は身体が燃えてしまうが、冷気ならばロベルトが凍りつく程度で済む」
「済んでねえよ、それ全然済んでねえよ!?」
「わかりましたっ!冷たくすればいいんですねっ!張り切っちゃいます!」
「この流れで張り切る意味がわかんねえよ!?」
結局この日の鍛錬は、ロベルトが何度も凍りついてはライティの炎で復活し、その繰り返しとなる。
途中で合流したサトゥンが、ラターニャの解き放った冷気を利用して、サトゥン氷像なるものを作りだし、うきうきで教会に運んだが、子供達の評価は芳しくなく、すごすごと涙目で帰ってきて、子供達の要望であるリーヴェ氷像を作り直していた。
夕日が沈む頃、今日一日のメニューをこなしきったロベルトは、最早疲労困憊で立ちあがれないという状態で地に転がっていた。
肩で息をする程、息絶え絶えのロベルトだが、その顔には微塵も心折れる色は無い。弱気になることも、逃げ出したくなるということも。
ロベルトの特別鍛錬が始まって十日も過ぎ、毎日が泥に塗れてボロボロになってばかりだというのに、立つことすら困難になるほど苛酷だというのに、それでもロベルトの心は折れたりしない。
その理由、そんなものは簡単だ。今、彼の目の前に広がっている光景。それだけで、彼が心折れない理由には十分過ぎるのだから。
「お疲れー。うわ、ロベルトあんた今日は一段と酷いわね。何、今日はどんな風にボロボロにされちゃった訳?」
「お疲れ様です、ロベルトさん!身体、大丈夫ですか?立ちあがれますか?」
「とりあえず魔法で回復しますわ。夕食はロベルトさんの身体が動けるようになってからにしましょう」
「私は水を桶に汲んできましょう。待ってて下さいね、ロベルトさん」
「ふははははははは!みよ、ロベルト!子供達に大人気だったリーヴェ像を!この完成度、流石は勇者の力作だと褒め称えても構わんぞ!うはははは!」
ロベルトが地獄の鍛錬を乗り越え終えたのを待っていたように、リアンが、マリーヴェルが、ミレイアが、メイアが、そしてサトゥンが、彼の元へ集まってくる。
返事もまともにできないロベルトは、寝転がったまま手をあげて全員に大丈夫だと意志を示す。
ロベルトの掲げる弱弱しい掌に、一同は微笑みながらその手を交わしていく。軽くタッチするように、ロベルトの頑張りを讃えるように。
そう、彼がこんなにも苛酷な鍛錬を乗り越えられる理由、それは仲間達がいてくれるから。
どんなに苦しくても、辛くても、投げ出したいと思っても、彼は決して心折れない諦めない。仲間達が自分を信じてくれていると、見守ってくれていると、知っているからだ。
ド素人にも近いロベルトの為に、グレンフォードやメイアが日々ロベルトの育成メニューを考えてくれていることを知っている。
リアンやマリーヴェルが、疲れ果てたロベルトの為に、毎日顔を出して励ましの言葉や応援の言葉を送ってくれ、時に自身のことより優先して鍛錬に手を貸してくれていることを知っている。
ミレイアとて、教会の仕事があるにもかかわらず、ロベルトが少しでも怪我をすれば治療に力を尽くしてくれることを知っている。
サトゥンは場を掻き乱してばかりに見えて、その実、ロベルトの心が潰れないように見守ってくれていることを知っている。
そして何より、今、彼の傍で身体をマッサージしてくれている少女ライティ――この娘が、自分の為にどれだけ尽くしてくれているか、知っている。
ロベルトの為に、今まで触れたこともない料理に挑戦し、手を傷だらけにしながらも、消化の良い朝食や昼食を準備してくれていること。
自身の時間をロベルトの鍛錬の手伝いに回し、己の鍛錬を夜中に行っていること。
どれだけボロボロになっても、土まみれ泥だらけになっていても、そんなロベルトに気にする事もなく触れ、いつも近くで励ましの言葉を送ってくれること。
その全てを知っているから、その全てを感じているから――だから、ロベルトは決して折れない諦めない負けたりしない。
仲間が、そしてライティが自分を支えてくれている、信じてくれている。ならば自分は恩返しをしなければならない、否、させてほしい。その為にも、辛いだとか苦しいだとか、そんな下らない泣き事を吐いている暇なんてないのだから。
故に、ロベルトは笑う。どんなに身体が痛くても、苦しくても、自分の決めた道を歩く為に。そして何より、こんな自分を信じてくれた大切な人々に応える為に、ロベルトは笑って言葉を紡ぐのだ。
「みてろよ、みんな……みてろよ、ライティ。お前達が、信じてくれた男は、それだけの価値があったんだって……絶対、証明してやるからな」
「……ん。待ってる」
自身を見つめてくる小さな少女の頭をボロボロの手で撫でながら、ロベルトは息を整わせて胸に誓うのだ。
一日でも早く、なりたい自分に成る為に――格好良いロベルト・トーラに生まれ変わる為に、強く。
このグレンフォード、容赦せん。オーバーワークなんて無かった。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございます。次も頑張ります。




