50話 邪竜王
リアンに胸を貫かれ、命の灯火の勢いが弱まっていく中で、竜将グレイドスの胸に渦巻く感情、それは怒りだった。
今より二千年も昔。
彼とその主、邪竜王セイグラードは魔竜レーグレッドを前に敗北を喫した。
邪竜王の生み出した竜の軍勢を従え、脆弱な人間どもを、魔物どもを踏み潰し、世界を手中に収めるあと一歩のところで、彼らは同族である古き竜に負けたのだ。
配下の竜達は根こそぎ命を奪われ、主である邪竜王セイグラードは魔竜レーグレッドによって地底の奥深くに封印された。
たった一人、グレイドスだけが生き延びた。主である邪竜王の命により、彼は一人生き恥を晒して逃げ延びたのだ。
彼の胸に宿るは復讐の炎。いつの日か必ずや邪竜王を復活させ、竜の軍団を再編し、魔竜レーグレッドを殺す。そして、それを成し遂げた後は、この世界の全てを再び征服し、邪竜王の君臨する世界を作り出すこと。
人間も、この世界のどこかに潜んでいる魔の神も、そしてこの世界を管理する女神でさえも、全てを根絶やしにする。その炎を胸に抱き、グレイドスはこの二千年の時を生き続けてきたのだ。
自身を生みだした邪竜王が封印され、グレイドスのその力は以前とは比べ物にならない程に落ちてしまった。
弱体化した身でありながら、それでも彼は復讐の為に刃を研ぎ澄ませ続けた。邪竜王の眠る大地を拠点とし、ゆっくりと配下を増やしていったのだ。
竜を、竜人を、邪竜王から渡された己が魔力と血によって生成し、邪竜王への忠誠を植え付ける。
兵力を蓄えることと並行し、彼は魔竜レーグレッドに関する監視を怠らなかった。邪竜王の封印を解く為には、レーグレッドを殺すことが必須だったからだ。
どのような手を使っても、必ずレーグレッドを殺す。そして、邪竜王を復活させる。それだけが邪竜王に生み出された彼の存在意義だったのだから。
その時より千年が過ぎ、魔竜レーグレッドが人間の英雄に手傷を負わされ、地上より去ったと報告を受けても、彼は気を緩めなかった。
いくら手負いとはいえ、相手は邪竜王を倒した古竜。今は兵力も不十分と判断し、グレイドスは配下の数と己の力を蓄え続けたのだ。
その全ては、彼の胸を焦がす野望成就の為に。最早呪いにも昇華してしまうほどの彼の執念は、予想だにしない形で結末を迎えることになる。
――魔竜レーグレッドの死、それは全く予期すら出来ぬ唐突な出来事だった。
一年ほど前、邪竜王の封印が急激に弱まり、薄まっていた筈の力が急速に取り戻されたのだ。もしやと斥候をレーグレッドが眠る地へと送ってみれば魔竜レーグレッドは消えていた。
理由は分からぬが、魔竜レーグレッドが死を迎えた以外にこの状況は考えられない。それに気付いた瞬間、彼の頭を占める感情は困惑だった。
魔竜レーグレッドは邪竜王と並ぶ最強の竜、手傷を負っていたとはいえ、簡単に殺される存在ではない。一体誰が殺したというのか。
それに、魔竜レーグレッドが死したというのならば、封印が完全に解けぬのもおかしい。邪竜王の身体の魔力は石像に戻りつつあれど、肝心の魔核が再生されないのだ。
すなわち、レーグレッドの施した封印は、死後も邪竜王を縛る程の呪いであり、効果は未だに続いているということ。
どうすればこの封印が解放されるのか、一体何が未だに邪竜王を縛るのか、その理由を探す為、彼は竜を率いて遠き大陸の一国、魔術国レーメイシア王国に攻め込んだ。数多の竜達と共に人間達を蹂躙し、その国一の魔術師の記憶を抽出した。
世界有数の魔法国家の名は伊達ではなく、その者の知識の中に、強大な力の魔物を封ずる術は確かにあった。魔核を構成する力の一部を抜き取り、他の生物へと埋め込み、その封印を永続させる禁忌の秘術。その術は、かつてグレイドスが見届けた邪竜王の封印される光景そのものであったのだ。
すなわち、邪竜王の魔核は他の生物に埋め込まれ、今もなおその核は受け継がれている。一体どの生物にレーグレッドは埋め込んだのか、そんなことは考えるまでもない、人間だ。
野生の獣では途切れる可能性がある。だが、人間はいくらでも繁殖し、忌々しいことに地上の主として君臨し続けている。
レーグレッドは人間を配下に加えたいとは考えていたが、滅ぼそうとは考えていなかった。故に、人間の中に隠している可能性をグレイドスは考えたのだ。
小型の飛竜を大陸中に解き放ち、『同族』の魔力の残滓を必死に辿る。もし、体内に魔核が埋め込まれている人間がいるとしたならば、その者から同族だけが感じ取れる力が存在する筈だと。
そして、その場所はレーグレッドが眠っていた大陸の人間だ。もし、自分が奴の立場ならば、遠く離れた地の者ではなく、目の届く場所で生きる人間に植え付けるだろう。
必死の捜索の果てに、グレイドスはようやく二人の人間を探し当てた。一人は流浪の民、そして一人は人間の貴族。
流浪の民は一つの場所に留まらない為、居場所を見つけるのが至難の業だ。故に、その捕獲を姦計を得意とするケルゼックに命じた。
もう一方の貴族の人間は、幸いなことに街を根城とする人間だった。魔核の欠片を得る為に、その人間の元に、グレイドスは直々に出撃し、そして拿捕に成功した。
想像以上に力ある人間で、邪竜王の聖地に戻ったグレイドスは、その人間から魔核を抜きだし、自身の配下として存在を塗り替えた。
あとは、流浪の民の欠片も、彼が創りだした新たな邪竜王の魔核に捧げる、それだけで邪竜王は目覚めの時を迎える――その筈だったのだ。
全てが、狂った。全てが、水泡に帰した。
たった一人の脆弱な人間に、まさかの敗北を喫し、大地に斃れ。
二千年もの長きに渡る時を積み重ねてきた時間が、無駄になってしまう。邪竜王の目覚めが、霧散してしまう。
許せるものか。そんなもの、認められるものか。血を吐きながら、グレイドスは必死に立ち上がる。
だが、最早彼に戦う力等残ってはいない。それを見抜いているサトゥンは、彼に向けて言葉を紡ぐ。
「止めておけ。貴様はリアンに敗れたのだ、最早眠っているリアンを殺す力すら残っていまい。
敗者の美学を知れ、貴様も魔人ならば……いや、ここでは魔族だったか。むはは、どちらでも構わん、とにかく早く死んでおけ」
「俺が、人間如きに負けたなど……認められん……例えそいつが、リリーシャの生み出した我らを破滅へ導く悪鬼であろうと、人間如きに負けたなど……」
「ふむ……やはりそういうことか。だが、私には何の関係もないな。リアンは我が永遠の友にして、勇者の道を共に歩む仲間よ」
「俺は、死なぬ……俺の命を、貴様ら人間如きに、渡すものか……」
ゆっくりと歩を進め、グレイドスは虚ろな瞳で淡き光を放つ蒼き宝玉へと身を委ねる。
背を預け、口から血を零しながら、グレイドスは不敵な笑みを浮かべながら、サトゥンへと口を開くのだ。
「邪竜王様の魔核、それはメイアから抽出したものだけでは不完全だった……あと一人、流浪の民のモノを埋め込んで完成を迎える筈だった。
しかし、悔しいが最早その猶予は残されていない……俺も間もなく、死を迎えるだろう……ああ、忌々しいが人間、貴様の勝ちだ。
俺は人間に負けた、認めたくはないが、俺は負けたのだ……だがな、ただで俺が死ぬと思うな。俺の命は、邪竜王様復活の為にのみ在り続けた、その存在意義を貴様達に踏みにじらせ等させんぞ……」
「む……貴様、何を」
リアンを片腕で抱いたまま、サトゥンは次元の割れ目より己が剣を取り出そうとするが、一歩遅い。
グレイドスは己が胸に手を差し込み、その身体より紅蓮に輝く己の魔核を取り出し、蒼き宝玉へと放り投げたのだ。
グレイドスの魔核は、蒼き宝玉に溶けるように飲みこまれていき、宝玉は眩いばかりの輝きを溢れだす。
あまりに眩い光に目を細めるサトゥンに、グレイドスは最期の言葉を放ち、地へと斃れたのだ。
「感謝するぞ、人間共……貴様達がこの島の竜を、竜人を殺し尽してくれたおかげで、もう一つの手を選ぶことが出来た……
この魔核に島の竜共の魂が吸収され、封印を解く為にあと一歩のところまで力を取り戻していたのだ……ならば、俺の魔核を捧げれば、最早もう一つの欠片など必要ない……
クハハ……邪竜王様のお姿を再び拝見する事が出来ぬことは口惜しいが……これで、俺の役目は終わりだ……俺達に逆らったこと、後悔しながら死んでゆくがいい……」
「させんっ!」
聖剣グレンシアを振り抜き、黒き刃を宝玉へと疾走させるが、刃に切り裂かれる刹那、宝玉はどこかへと転移したように忽然と姿を消した。
そして、島全体を揺るがす程の振動が部屋を包む。このままここにいては、いずれ崩壊する土砂に押し潰されると判断したサトゥンは、忌々しく表情を歪めて、マリーヴェル達が待つ部屋へと戻る為に疾走する。
この地より北で、巨大な魔力の胎動が始まるのを感じながら。
大きな大地の揺れ、それによって、メイアは強制的に意識を取り戻すことになる。
後頭部に残る痛みを感じつつ、ゆっくりと上体を起こし、周囲を確認する。そこには、グレンフォードが立ち、その背後にミレイア達が隠れて覗き込んでいるという状況だ。
どうやら自分がまだ洗脳されているのかもしれないと考えているのだと気付き、メイアは笑みを零しながら、そっと口を開く。
「大丈夫ですよ、私です、メイアです」
「め、メイアさんですのね……?いきなり剣を向けたりしませんわよね?」
「ええ、しませんよ。貴女の声は届いていましたよ、ミレイア。本当に、ありがとう」
メイアの言葉に我慢の限界だったのか、ミレイアは目に涙を溜めて彼女の胸に飛び込んでいく。
泣きじゃくる彼女をあやしながら、メイアは視線をグレンフォードと交わしあう。それは感謝の心が込められていて。
「どうやら、グレンフォードさんにもご迷惑をかけてしまったみたいで。本当にありがとうございました」
「構わん。仲間の為に武器を取ることは当然だ。俺に礼など言う必要はない」
「それと、初めてお会いする貴方達にも……メイア・シュレッツァと申します。この度は本当に、ありがとうございました」
「いや、いいっていいって、初めまして、メイアさん。俺はロベルト・トーラ、まだまだ英雄駆けだしだけど、よろしくな。
しかし、リアンの奴、隅に置けねえな。こんな女らしい人捕まえてたなんて、羨まし過ぎて痛ええええええっ!」
「……ライティ。よろしく」
振り抜いた虹杖がロベルトの脛を直撃し、転げまわるロベルトを放置して、ライティが小さな手をメイアに差し出し、メイアもまた握手で応える。
背丈も身体付きも全然違う二人だが、メイアとライティ、実は同い年なのである。欠片を埋め込まれた人間、それは何処までも対称的な二人だった。
初めて会う二人に挨拶した後、何かに気付いたように、メイアは周囲に視線を戻し、そして傍で眠る少女の姿に安堵する。
メイアに敗北を与えてくれた少女は、大地の揺れも気にする事はなく、完全に眠りこけていた。どうやら身体にも大きな異常はないらしい。
そんなメイアの視線に気付いたグレンフォードは、訊ねかけるように言葉を紡ぐ。
「ミレイアから話は訊いている。メイアと一騎打ちを選び、勝利したそうだなマリーヴェルは。本気のお前相手ではないとはいえ、見事なものだ」
「本当に、マリーヴェルには感謝しかありません……マリーヴェルに、怒られてしまいました。
自ら死を選ぼうとした私に叱咤し、私達をもっと信頼しろと……本当にその通りでした。誰よりこの娘達の成長を傍で眺めていながら、私は彼女達の成長を認めてはいなかったようです」
「近ければ近い程成長が確認出来ないものだ。安心しろ、メイア。リアンも、マリーヴェルも既に立派な英雄だ。
マリーヴェルは見事お前を救いだし、お前の意識が元に戻っているということは、リアンも黒幕の打倒に成功したのだろう。お前は下を向くな、師として胸を張れ、それだけで二人は喜ぶ」
「その通りである!ふははははははは!我らが友、英雄リアンと英雄マリーヴェル、二人の輝きに惜しみない賞賛を送ろうではないか!」
通路の奥から響いてきた笑い声に、全員の目はそちらに向けられる。
その奥から現れたのは、リアンを背に抱いて走ってくる勇者サトゥン。大地が揺れる中、よくあれだけ安定して走れるものだと感心する面々の前に立ち止まり、全員にリアンの勝利の報告を届ける。
「ぬははははは!リアンは見事、敵の黒幕と一騎打ちを行い、撃退してみせたぞ!
最後にリアンが繰り出した槍の一撃、実に見事であった!敵の胸を穿ち、貫く姿はまさに英雄!素晴らしき男よ、実に天晴なり!」
「リアンは、グレイドスに勝てたのですね……本当に、本当に、よかった。リアンが、生きて……本当に、よかった」
「くははは、メイアよ、しっかり見るが良い。これがお前を救った男の顔よ。勇者はあくまで私であるが、今回の一番はリアンとマリーヴェルの二人に与えてやってもよい!」
サトゥンの背中で眠るリアンを見つめるメイアの横顔。それを見て、ロベルトは茶化したくなる衝動をぐっと堪える。
その顔はどこまでも大切な男の心配をする一人の女の顔で。メイアとマリーヴェル、その両方に同じ顔をさせる弟分を帰ったらどうやって弄ってやろうか、そんなことを考えるのだった。
安堵の空気に包まれる面々だが、のんびりと話をしている時間はない。何せ、洞窟全体が異様な振動に見舞われてるのだ、下手をすれた落盤に飲み込まれてしまう。
マリーヴェルをグレンフォードが抱え、全員は洞窟内の出口へ向けて走り出す。当然のようにライティはロベルトの背に乗っている。
走りながら、ふと海上で船のことを思い出したグレンフォードがサトゥンへと訊ねかける。
「以前、海上で行ったような転移は出来ないのか?」
「うむ、どうしようもなくなった時は、やろうと考えているのだが、今はあまり魔力の無駄遣いをしたくないのでな」
「……黒幕は倒したのではないのか?」
「ふはは、世の中はどうやらそう甘くはないようだ。地上に出れば分かるのだろうが、どうやら復活は成し遂げられたようなのだ」
「復活が成し遂げられたって……ま、マジかよ、つまり地上には……」
「がはは!いるだろうな!この地に眠る邪竜王セイグラードが!しかし、あれを封じている石像は破壊した筈だが……魔核が新たに作られた以上、意味はないか」
邪竜王の復活、それをまるでごく当たり前のように言うサトゥン。そんな状況で、ロベルトとミレイアは意識を失いそうになるのを必死で堪える。ロベルトは絶望的な意味で、ミレイアは酸欠的な意味で。頑張ってついていっているが、ミレイアは肉体派ではない。よく頑張って走っている方である。
サトゥンの言葉を聞き、難しそうな表情をするのはメイアだ。走りながら、メイアは己の剣を抜き、その刀身を見つめる。
その剣は折れてこそいないが、完全に刃零れが生じ、背面には亀裂がいくつか伸びている。恐らくは、否、間違いなくマリーヴェルの剣撃による破壊だ。
メイアから勝利を奪う為の一つの策として、マリーヴェルは水面下でメイアの剣の破壊を狙っていたのだ。彼女にしては剣を流すより払うほうが多いとは感じていたが、気付かせぬ内にこんな戦法を溶け込ませてくるとは、賞賛以外に言葉が無い。
だが、今となっては剣のダメージが応える。これでは恐らく、自身は戦力になれないだろう。折角自分を取り戻し、皆の力になれるというのに、戦う刃が無い、それは何とつらいことか。
邪竜王が復活したというのならば、戦力は一つでも多い方がいい。だが、リアンとマリーヴェルはとてもではないが、戦況に復帰できる状況ではない。
メイアがさっと見た限り、ロベルトとライティの二人は、まだ戦力に数えるには心許ない。ミレイアは戦うタイプではない為、数には入れない。
故に、もし自身が戦えないのならば、邪竜王の相手はサトゥンとグレンフォード、たった二人で挑まなければならないのだ。
そのことを悔やむメイアだが、そんな彼女に気付いたのか、サトゥンは愉しげに笑いながらメイアに言葉を紡ぐのだ。
「ふははは!メイアよ、武器が無くて困っているようだな!んんっ、武器がっ、なくてっ、困ってっ、いるとっ、申したのだな!」
「……駄目ですよ、サトゥン様。魔力を節約しているのに、武器を生みだして消費してしまっては元も子もないでしょう」
「駄目、サトゥン。強い敵と戦う前に武器を作ったりしちゃ、駄目」
間髪いれずに阻止するメイアとライティ。二人の制止もなんのその。
サトゥンは予想していたとばかりに高笑いし、胸を張って二人に反論するのだった。
「くはははははははは!心配は無用である!最初に出会った頃、言ったであろう!メイアよ、お前は最初から英雄として選んでいると!
お前には領主としての仕事があったから、一年もの間、私は手を出さなかったのだ!だが、その期間が終わった今ならば、ようやくこれをお前に渡すことが出来る!
さあ、メイアよ、満を持して受け取るが良い!リアンの神槍の次に私が生み出した伝説の武器、煌刀ガシュラ!かつてワカの国が第三姫、刀覇キヌミコが国を滅ぼさんと押し寄せてきた悪鬼の頭目を一太刀でねじ伏せたという逸話を持つ片刃剣よ!そも、キヌミコは生まれを……」
走りながらリエンティの勇者の物語を披露するサトゥンを余所に、次元の割れ目から取り出した煌刀を渡されたメイアは、鞘から刀を抜いて剣の具合を確かめる。
まるで重さを感じず、何よりその刀を握れば恐ろしい程に胸の奥底から昂ぶる力を感じ取ることが出来る。それが闘気であることを理解したメイアは、軽く瞳を閉じ、意識を集中させる。
そして、身体から吸いだすように闘気を刀へと移行させ。瞳を開くと、そこには黄金に輝く闘気に纏われた煌刀が存在していた。
その光景をサトゥンもグレンフォードも驚くことはない。彼女ならば、サトゥンの武器を担えばすぐに使いこなせることは容易に予想がついていたからだ。
リアンやマリーヴェルよりも遥かに戦闘経験を有し、心身を鍛え、技量に長けたメイアならば、そう思っていたからこそである。
また、別の意味でロベルトにも驚きはない。当然のように闘気を使いこなすメイアを見て、『ああ、この人もグレンフォードの旦那やサトゥンの旦那と同じ別世界の住人なのか』と納得するだけである。散々驚いてきたロベルトは、最早この程度では驚くことはないのであった。
煌刀ガシュラを鞘に納め直し、メイアは安堵の息をつく。そして胸に溢れるは、闘う意志。これで、自分も戦える。これまでみんなに散々迷惑をかけてきたが、ようやく武器を以ってこの恩を返すことが出来るのだと。
そんなメイアの表情を見て、サトゥンは愉しそうにがははと笑い、グレンフォードは優しく静かに笑う。
やがて、ようやく見えてきた洞穴の出口の光を潜り抜け、サトゥンは目の前に広がる光景を見つめながら、不敵に笑うのだ。
「さあ、メイアにグレンフォードよ、リアン達に負けてはいられぬぞ。
往生際の悪い蜥蜴の親玉に、教えてやろうではないか。我ら勇者と英雄の――真の力というものを」
リアンとマリーヴェルを安全な場所へと寝かせて、その場所から離れないようにミレイア達に言いつけて、三人は脚を進めていく。
メイアとグレンフォード、そしてサトゥンが対峙する相手――それは何処までも巨大で、全身を漆黒の鱗に覆わせた最強の竜。
――邪竜王セイグラード。遥か昔、この世界を蹂躙した最強にして最悪の竜の、復活がここに成る。
難産でした。筆が全く進まない状況は久々で、更新が遅れて申し訳ありません。なんもかんもグレイドスが悪い。
無理のないよう、なんとか進められればと思います。もうちょっと、もうちょっとで5章終りなので、そこまでなんとか駆け込めれば……ラストバトル、頑張ります。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。




