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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
五章 刀覇
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47話 操人形





 仲間達と別れ、単身で北へと向かったサトゥンを待ちうけていたものは、数えるのも億劫になる程の竜達だった。

 巨大な洞穴の入り口を、まるで我が巣を守る獣のように守る巨竜の群れ。その全てを、サトゥンは一蹴した。

 時に聖剣グレンシアで一刀両断にし、時に蒼白き炎で焼き尽くし。一国の軍隊を総動員しても狩り尽くせるかという程のドラゴン達を、サトゥンは鼻歌交じりに返り討ちにしてみせたのだ。

 今回は単独の戦闘ということで、味方を巻き込む心配が無い。故にサトゥンはやりたい放題、縦横無尽に大地を駆けまわり暴れ回りはしゃぎまわり。

 夢中になって竜の屍を築き上げ続けた結果、気付けば周囲にはサトゥン以外誰一人として立っていないという状況になってしまった。


「ふんむ、やり過ぎたか。しかし、これだけの数が密集し、守りを固めていたとなると……ふはは!メイアを攫った元凶はこの中に違いないわ!」


 邪魔者全てを消し去り、サトゥンは意気揚々と洞穴の中へと身を投じていく。

 洞穴の通路にも、何匹もの蜥蜴や竜が群れ、サトゥンに牙を向けてきたのだが、そのことごとくをサトゥンは退ける。

 サトゥンの通った道には、まるでその跡を刻みつけているかのように、魔物達の死体や血痕が残り、いうなればサトゥンロードを形成していた。

 やがて、洞窟の奥地に足を踏み入れたサトゥンは、仰々しい大扉を前にしてその足を止める。

 石造り、それもかなりの年代物の扉を見上げ観察するサトゥンだが、背後から声をかけられ、意識をそちらへと移す。無論、顔は愉しげに笑ったままだ。


「それ以上、先には進ませんぞ。そちらには、我らが邪竜王様が眠られておる。人間如きが、よくぞ好き勝手してくれた」

「出迎えが遅い故、押し入ったまでよ。しかし、お前達は誰も彼も私を人間と間違えておるな。まあ、私は人間を愛している故、嬉しいくらいなのだが。

それでも、お前達の目の節穴ぶりには、嘆息するばかりよ。この身体から溢れる力の質を見極められぬとは、愚物ばかり。貴様らと同じ魔人だと見抜けぬものか」


 振り返り肩を竦めるサトゥンに、対峙した男――二本脚で立つ、巨大トカゲは、涎を垂らしながら、サトゥンに対して言葉を返す。


「魔人?……魔族のことか。ふん、貴様、魔族であったか。人間であろうと魔族であろうと同じことよ。

邪竜王様の目覚めの時は近い。邪竜王様が復活為されれば、人間だろうが魔族だろうが、その全ては我ら竜人が踏み潰してくれよう」

「むう……この世界では、もしや魔人のことを魔族と呼んでいるのか?しかし、フェン・ベベの小間使いは自身を魔人と名乗っておったが。

まあ、別にそんなことはどうでもよいわ。この先に邪竜王がいるといったな。ふはは!やはり親玉はここにいたか!勇者が魔の王と相まみえるは運命、仕方無きことよ!

説明ご苦労、脆弱な蜥蜴よ。その働きに免じて、過去に人間を襲ったことがないのならば、見逃してやろうではないか。ぬふん、我は寛大な勇者である!」

「捕えろっ!我が竜爪よ!」


 片手をサトゥンへと突きだし、蜥蜴男の右手五本の爪が伸び、サトゥンを貫かんと疾走する。

 だが、その程度ではサトゥンの身体を貫けよう筈もない。彼は避けることもせず、その爪が自身の身体に辿り着くのを待っていたが、サトゥンの身体に突き刺さる刹那、爪は急激に軌道を変える。

 突如として柔軟性を得たように、爪はサトゥンの身体をがんじがらめに巻き付き、完全に身体を縛り付けたのだ。

 おお、と何故か賞賛の声を漏らすサトゥンに、蜥蜴男はしてやったりとばかりに笑いを漏らす。


「かかったな、馬鹿めが。我が爪の束縛は一度捕えた獲物は決して離さん」

「ぬふん、盛り上げてくれるではないか!だが、締め付けが不十分過ぎるな。これでは私は縛れんぞ!

もっと、もっと強く縛らぬか!逃げられぬほどに、痛みすら覚える程に、この私を!サトゥンの肉体を!強く縛り付けるのだ!」


 一歩間違えば変態以外の何モノでもないサトゥンの要求をスルーし、蜥蜴男は残る左の腕で涎を拭きながら一歩一歩サトゥンへと近づく。

 これより始まるは食事の時間。動きのとれなくなった獲物をゆっくりと咀嚼し、味わいつくすのだ。

 その時間を待ち切れぬとばかりに、蜥蜴男は足を進めながら口を開いていく。


「人間にしてはデカイな。ぐふふ、実に食いでがありそうだ。久々の獲物だ、人間はなかなか口に出来んからな」

「……ふむ?貴様、人間を過去に襲っているのか?そうなれば、遊びの時間は早々に終わりにせねばならんのだが」

「人間など両手で数え切れぬほど喰らっておるわ。貴様も後を追うのだ、寂しくはあるまい。

何処から食ってやろうか。やはり頭か、人間は生きたまま頭から喰らうのが一番美味いからな。

さて、何か言い残すことはあるか?遺言ぐらいなら聞いてやるぞ、クカカカ……カ?」


 急転。視界が突如低くなったことに、巨大トカゲは疑問符を浮かべながら言葉を止める。

 だが、それ以上彼が言葉を紡ぐことはない。斬り飛ばされた、その頭を、サトゥンが容赦なく右足で踏み潰した為だ。

 花火のように広がる黒き血液を気にする事もなく、サトゥンは底冷えするような瞳で見下ろして、言葉を吐き捨てる。


「――塵芥に遺言など残す意味も資格もなかろう?」


 血液が付着した大剣を一振りし、サトゥンは血を払って再び視線を扉へと向ける。

 邪魔者は消えたが、苛立ちが少々収まらないサトゥンは無言のまま扉を蹴り破って中へと侵入する。

 彼の蹴りは山をも抉る一撃。まるで重さを感じさせないように、扉は蹴り飛ばされ、室内へと破片が飛び散っていく。

 室内に響き渡る激しい破砕音を気にする事もなく、巻き起こった砂埃を振り払い、サトゥンはずかずかと中へと入っていく。

 彼が足を踏み入れた一室、それは先程までの岩盤むき出しの洞穴とは異なり、見たこともない素材の石材で、綺麗に整えられた神殿の一室のような造りが凝らされていた。

 キロンの村、その居住区をすっぽり覆ってしまう程の広さがあり、その中央の祭壇に飾られている巨大な石像に、サトゥンは視線を向ける。

 堅牢な石台の上に雄々しく咆哮する巨大竜のオブジェ。その石像を見上げながら、サトゥンは口元を歪めながら言葉を紡ぐ。


「成程……これが封印されている邪竜王という訳か。石像で在りながら、内包された中々に巨大な魔を感じるではないか。

しかし、封印が解けてないということは、生贄として連れ去られたであろうメイアは無事だという可能性が高いな……最後の手段は使わずに済みそうだ」


 軽く安堵の息をつき、サトゥンは室内にてメイアの気配を探る。だが、彼女の気はここには感じられず、肩を落とす。

 確かに悪の親玉はいたのだが、封印され動けない。囚われの姫もここにはいないということは、自分は逆に外れを引いたということだ。

 散々竜と遊びまわって満足していたことを完全に記憶から忘れ去っているサトゥンは、無駄骨だったとばかりに踵を返して地上へと引き返す。

 ここが違うということは、メイアと黒幕が居る場所はリアン達かグレンフォード達か。どちらに当たるにせよ、急いで向かわねばなるまい。

 そう結論づけて、室内から出ようとしたサトゥンだが、ふと忘れ物を思い出したかのように足を止め、巨大な石像へと振り返り。


「今回の目的は、あくまでメイアの救出だ。勇者の覇業、竜王退治は次の楽しみにとっておくとしよう――爆ぜよ」


 短い詠唱と共に、サトゥンの掌に握り拳程度の大きさの小さな暗黒球が生み出される。

 その外見とは裏腹に、恐ろしく圧縮された高魔力が込められたその球を、サトゥンは石像目がけて解き放ち、そのまま後ろを振り返ることなく室外へと去って行った。

 背後から荒れ狂う魔力の暴風を背に受けても、サトゥンは微塵も動じることなく通路へと消えていく。

 彼が解き放った暗黒魔弾、その力によって石像の竜はばらばらに四散した。だが、サトゥンは最後まで気付くことはない――その石像の竜眼が、暗く闇深き光を僅かばかり灯していたことに。



















 サトゥンやグレンフォード達が洞穴内にて戦闘を繰り広げる中、東に向かったリアン達も敵集団と戦闘へ突入していた。

 だが、襲ってくる有象無象の竜では、最早リアンとマリーヴェルのコンビネーションを崩せない。

 英雄達の中でも、共に闘う経験が豊富な二人は、戦場を駆けながらアイコンタクトのみで意志の疎通を果たすほどに通じ合っていた。

 吹き荒れる嵐のように、また一匹陸竜の首を刎ね飛ばす。その姿を眺めながら、ミレイアは軽く息をつき、言葉を漏らすしかない。


「……本当に、あの二人もますます人間離れが加速している気がしますわ。ねえ、リーヴェ」


 荷物袋から顔をだし、てしてしとミレイアの頭を猫パンチして、空腹を訴えたリーヴェに対し、携帯食を与えながらもミレイアは視線を二人から離さない。

 洞窟内で襲い来る竜を相手に、決して臆することなく飛びこむ二人。それはまるで、御伽噺に出てくる勇者様のようだ。

 あれが、英雄の姿。戦う者、守る為に力を振るう者の在り方。自分には決して出来ない、弱虫で泣き虫な自分は決して届かない世界。

 少しちくりと感じる胸の痛みに気付かない振りをして、ミレイアはリーヴェを優しく荷物袋の中へと戻し、戦闘を終えた二人の傍へと駆けよっていく。

 トレードマークのバンダナを巻き直しているマリーヴェルや、槍をしまうリアンに怪我の有無を訊ねるが、当然彼らに傷があるはずもない。


「一年程前に依頼をお願いした時もそうですが、二人は怪我をしませんから、私の治癒魔法の出番は本当にありませんわね……とても良いことですけれど」

「冗談。この程度の相手に怪我なんてしてられないわよ。悪いけれど、ミレイアの出番は今日もないわよ。

黒幕がどこのどいつか知らないけれど、そいつをぶっ飛ばしてメイアを取り返してそれで終わりだもの」


 力強く言い放つマリーヴェルに倣うように、リアンも強く頷いて同意する。

 彼らの目的は強大な竜を倒して自身の強さを誇示する事ではない。己の強さを証明する事でもない。

 この地に来た目的はただ一つ、大切な人を、メイアを救いだすこと。それだけを胸に、彼らは己の命の危険も顧みずこの場所に乗り込んだのだから。

 メイア・シュレッツァ。彼女が生きているという希望が胸に灯される限り、どんな地獄で在ろうと乗り越えてみせる。それだけの覚悟を、二人は胸の中に秘めているのだ。

 故に、知性を持たぬ竜如きでは彼らの強き意志は止められない。一匹、また一匹と屍を築き上げて、三人は奥へと進んでいった。

 メイアに会う為に、再び彼女と再会する為に――そんな彼らの想いは、最悪の形で叶えられることになる。戦場という、この場所で。



 足を進めた洞窟の奥地、少し開けた場所に、その人はいた。

 リアンも、マリーヴェルも、ミレイアも、誰もが絶句して彼らの視線の先に立つ女性を視界に入れ、目を見開き驚愕する。

 囚われていると思っていた。ライティのように拘束され、助けを待つ身しか許されないような状況に陥ってるのではと心配していた。

 だが、目の前の彼女は、何物にも囚われることなく、悠然と立っていて。艶やかな紅髪と、背筋の伸びた凛とした在り方、それはまさしくリアン達が探し求めていた女性だった。

 彼女の姿を視界に捉え、瞬時に各々の心に溢れた感情は真っ二つに別れる。リアンとミレイアが歓喜、マリーヴェルが疑念だった。

 いち早く冷静な意識を取り戻したマリーヴェルは、眉を顰めながら思考する。『何故、メイアがここにいる』のか。

 探し求めていた彼女と出会えたことは当然喜ぶべきことだ。本当ならば、何も考えずに彼女の元まで駆けよるのが正しいのだろう。だが、現在の光景がマリーヴェルの眼には、全てが疑わしく見えて仕方が無いのだ。

 無論、メイアが囚われの場所から自力で脱出してここまで逃げてきた可能性だってあるだろう。だが、その可能性は己が心の希望願望によって無理矢理引き上げられた可能性だ。

 そうだったらいい、そうであれば助かる、そのような心の願望は、己の冷静な判断能力を鈍らせる。そのことをマリーヴェルは熟知していたし、何よりそれを彼女に教えてくれた張本人こそメイアなのだ。

 剣を握り、メイアに師事した時から、マリーヴェルは夢に出るまで何度も何度も頭に叩きこまれたのだ。戦場ではどんな状況でも己の願望に振り回されてはならないと。冷静に、落ち着いて、状況を判断して、行動する。


 その性分が、マリーヴェルを、そしてリアンとミレイアの命を救った。メイアの姿に、声をあげて近寄ろうとしたリアンとミレイアより先んじて、マリーヴェルは大地を駆け――メイアから繰り出された疾風のような剣撃を、かろうじて右手の星剣で受け止めたのだから。

 体勢の整わぬまま刃を受け止めてしまったマリーヴェルは、その衝撃を殺し切れず、二転三転と大地を転がり、即座に飛び起きる。

 どうやら初撃をしくじった為、警戒してくれたらしい。メイアは焦ることなく、追撃を止めて再び剣を構えてその場に立つ。

 状況が全く理解出来ず、呆然とするリアンとミレイアに対し、マリーヴェルは腹の底から声を張り上げて二人に指示を出す。


「ボサっとするな!こっち!」


 マリーヴェルの檄に、リアンとミレイアは考えるより先に身体を動かし、マリーヴェルの傍へと駆けつける。

 戦場で惑い足を止めることは死に直結する、その基本を忘れるほどに目の前の光景がリアン達には信じられなかったのだ。

 メイアの異常をようやく感知した二人は、マリーヴェルの傍で、剣を構えるメイアへと視線を送る。

 彼女は悠然と剣を構え、愉しそうに笑みを零している――だが、その笑みは、普段のメイアのみせる暖かさと柔らかさが感じられるそれではなく、がらんどうの笑みで。

 その瞳が、色を失っていることに気付いたリアンが、悲痛な叫び声をあげてメイアに問いかける。


「メイア様!僕です、リアンです!助けにっ!助けに来たんです、貴女を!聞こえていますかっ!メイア様っ!」

「……ええ、聞こえていますよ、リアン。貴方の声を、私が忘れる筈がありません。ああ、リアン、私は貴方に会いたかった」

「メイア様……」


 メイアの言葉に、一歩足を踏み出そうとしたリアンだが、それは叶わない。

 右手をのばしてリアンを制止するマリーヴェルと、メイアの吐いた言葉、それはどちらが先だっただろうか。

 メイアは瞳に色を映さぬまま、ただただ愉しげに淡々と言葉を紡ぐのだ。それはリアンの心を傷つけるには、十分過ぎる言葉。


「貴方はこの一年で強く育ち、実に殺し甲斐のある人間になりましたね。そう、私は貴方を斬りたくて仕方が無かったのですよ、リアン」

「め、いあ、様……」

「身体が疼くのです。貴方を欲せずにはいられないのです。

愛しいリアン、貴方の心臓を貫いた時、貴方は私にどんな顔をみせてくれるのでしょうか。一体どのような絶望を生んでくれるのでしょうか。

貴方の死に直面した時、私はどれほど昂ぶりを覚えるのでしょうか。ああ、リアン、私は貴方が欲しい。貴方の死を、感じたい。この手で貴方を、殺したいのです。

我が主、グレイドス様の為に――リアン、貴方を私が殺します。愛しいリアン、貴方の首が私は欲しい」


 まるでリアン以外、視界に入っていないようにすら思えるほどの狂気。その殺意が本物であることは、幾度と修羅場を乗り越えてきたリアンもマリーヴェルも即座に感じ取っていた。

 その現実に、リアンは目の前が真っ暗になるのを感じた。理由は分からないが、メイアが自分を殺そうとしている。彼女を救いに来たのに、何故か彼女は敵として自分の前に立っている。何故、どうして。

 否、今大切なのはそこではない。彼女が自分の命を狙うのならば、対峙しなければ殺されてしまう。殺される、メイアに。そうさせないためには、自分も槍を持って対抗しなければならない。

 槍を向ける、誰に。メイアに、自分の槍を向けるのか。否、断じて否。出来る訳が無い。あの人に槍を向けるなんて、絶対に無理だ。

 鍛錬ではない、真剣での戦闘。守る為に力を振るうと誓った槍を、メイアに向けられるのか。激しい重圧に襲われ、リアンは槍を握る力が失われるのを感じてしまった。

 これではまずいと、このままではまずいと分かっていても、身体が言うことをきかないのだ。槍を握ろうとすれば、槍を向けようとすれば、彼の脳裏にメイアの笑顔が浮かんできてしまう。

 どんな時でも優しく自分を導いてくれたメイア。時に厳しく、優しく、手を取って導いてくれた大切な人。その人に、槍を向けるという現実は、リアンにとって何より耐えがたいことで。

 どうする、どうするどうするどうする。視界が震え、思考すらまともに回らなくなったリアンだが、そんな彼の背中を強く叩いて支える人が、傍にいた。

 リアンの変調に気付いたマリーヴェルは、まるで頭突きをするかのように力を込めてリアンの額に己の額をぶつける。

 瞳と瞳、互いの吐息が感じられる程の距離まで近づき、マリーヴェルは真っ直ぐにリアンの瞳を見つめて小さく言葉を紡ぐのだ。


「落ち着きなさい、馬鹿リアン。今のメイアがおかしいことくらい、嫌でも気付くでしょう。

あれはメイアであってメイアじゃない、そんな奴の言葉なんてまともに耳に入れるんじゃない。私の言ってること、分かるわね?」

「う、うんっ……ありがとう、マリーヴェル。でも、あれがメイア様じゃないとは思えないんだ……偽物と、どうしても思えない」

「さっき、メイアと一太刀交わした時に目を見たけれど、あれはかつてのお父様と同じ瞳だった。

覚えてるかしら。魔人レグエスクが、私達の祖先代々に暗示をかけていたこと……あれとメイアは同じ状況かもしれないわ」

「操られているってこと……?」

「恐らくね。メイア自身、強いから恐らく手駒にでもしたんでしょう……でも、これは私達にとって最高に良い状況よ。

メイアが殺された訳でも、化物に変えられた訳でもない。ただ操られているだけなら、その元凶を断つだけでただで無傷のメイアが戻ってくるかもしれない」


 最悪だと思われていた現況を、最良の状況だと見方を変えて話すマリーヴェルに、リアンは驚き、そして堪え切れないように苦笑を零す。

 どうしようもなく、頼りになる。この状況ですら、呆れるほどに前だけを見つめている。格好良くて、冷静で、本当に凄い女の子だと、リアンは感嘆するしかない。

 マリーヴェルの強さを分けてもらったかのように、リアンの瞳に再び意志の炎が宿る。その強き真っ直ぐな瞳に、マリーヴェルもまた笑みを浮かべて話を続ける。


「分かるわね。メイアを操っている元凶は、恐らくこの先にいる。

メイアが元に戻る可能性を考えた時、一番高いのはそいつを殺すことよ。術者を潰せば、きっとメイアも正気に戻れるに違いないわ。

だけど、怖いのはメイアの身体に『何か』が仕掛けられている可能性。もし、私達が二人がかりでメイアを倒して、上に向かっても、それを使われる可能性がある。

メイアを殺さず、意識を失わせ保護するなんて、私達とメイアのつながりを相手に晒すようなもの。下手をすれば、人質として利用されかれない」

「……つまり、こういうことだね。一人がメイア様と戦っている間に、残る一人が元凶を倒してしまうこと、それが僕らの勝利条件だ」

「そういうことよ。つまり、ここに残る人間は出来る限り時間をかけてメイアと戦い続けなければいけないの。

あのメイアを相手に、互角以上に渡り合い続け、こちらに殺意が無いことをばれないようにしなければならない。それじゃ、最後の確認だけど」


 軽く息を吸って、マリーヴェルは微笑んでリアンに問いかける。

 その問いを分かっていたように、リアンもまた笑みを返して、まっすぐに返答するのだ。


「信じてくれますか、私の剣を」

「信じます――この命、そして、この槍に誓って」

 

 互いの役割、健闘を確かめ合い、マリーヴェルは額をリアンから離して、両手に剣を握る。

 右手の星剣リゼルドと月剣アヴェルタを構え、マリーヴェルはメイアを睨みながら言葉を紡ぐ。


「待たせて悪いわね。それじゃ、始めましょうか。尤も、今のアンタはリアンのことで頭がいっぱいみたいだけど」

「無論、貴女のことも覚えていますよ、マリーヴェル。ですが、貴女では物足りません。私の心を、貴女の剣では満たせない。

リアンと二人でかかってくるのなら、それもいいでしょう。その小さな首を斬り落として眺めるのも、悪くはありません」

「随分と舐めてくれるわねえ――その侮り、地べたに叩きつけられても同じ台詞が吐けるか確かめてあげるわ!」


 大地を蹴り、猫科の獣が跳躍するように空を舞いながら、マリーヴェルは身体に風を纏ってメイアへと斬りかかる。

 恐るべき速き斬撃、その一手をメイアは読んでいたように身体を一歩後ろへ下がらせて距離を狂わせる。だが、その手の読みあいはマリーヴェルの得意領域だ。

 マリーヴェルがリアンより長ける力、それは技術と対人戦の経験値が主にあげられる。技術によって武器を振るうメイアにとって、リアンは非常にやりやすく、マリーヴェルはやりにくい相手と言えるだろう。

 リアンが力によって押すスタイルならば、マリーヴェルは変幻自在の技術を以って相手を翻弄する剣技。それは百戦錬磨のメイアが相手とて、変わりはない。

 一歩下がった分、マリーヴェルの利用できるスペースは広がるということだ。メイアが退いた領域に軸足を固定し、マリーヴェルは返す身体と共に左手の月剣を円を描くようにメイアへと奔らせた。

 大きく弧を描くこの軌道、これが実に厄介だ。刃が到達するには時間に猶予がある一撃だが、これの対応によってマリーヴェルは右手の刃の動きを変化させてくるのだ。

 打ち払われたなら、その隙を星剣で狙う。避けられたなら、一歩踏み込み、相手のスペースを更に削る。逆に打ってでたのなら、両剣で挟むように斬り伏せるだけだ。

 三手先の状況を考え、組みたてる剣こそ狩人たるマリーヴェルの剣。不可避の連撃、流れる剣舞だが――メイアは更にその上を行く。

 彼女が三手先をいくのならば、メイアは五手先をいく達人なのだ。彼女の場合、マリーヴェルとは違い直感と経験により、思考の前に剣を裁く。

 受け、逃げ、攻め、全てがマリーヴェルの掌の上だというのなら、その盤上をひっくり返してやれば良い。

 メイアは襲い来る剣撃をマリーヴェルが予想だに出来ない第三の方法で受け止めてみせたのだ。それは、彼女がよくつかう風魔法。

 わずかばかりの風をマリーヴェルへ向けて生じさせ、剣の軌道を僅かにずらす。それだけでメイアには十分過ぎた。

 軌道の外れた剣など、達人の領域にたつ彼女にとって恐れるに非ず。ぶれた剣先を右手に持つ剣で更に押しずらし、そのままマリーヴェルの首を狙って剣を奔らせる。

 こうなれば、マリーヴェルの残る右手は守りに割かざるを得ないのだ。慌てて己が首筋を守るように星剣を立て、メイアの一撃を止める。

 舌打ちをし、大地を蹴って一度距離を取るマリーヴェルに、メイアは笑って言葉を投げかける。この立ち回りにて、どちらの力量が上かをはっきりと証明してみせたのだ。


「分かりましたか。貴女の剣は、私が教えた剣。故にどこまでも読み易い。貴女では私に決して届かないのです、マリーヴェル」

「ハッ、たった一度うまく立ちまわったからって上から見下してくれるじゃない。

確かに剣の腕ではアンタがまだ優位にあるみたいだけど――勝負の方は果たしてどうかしらね?」


 口元に愉悦をみせるマリーヴェルに、メイアは目を細め、そして彼女の言葉の意味を理解して感嘆する。

 この場に残るは、マリーヴェルとメイア、そしてミレイアだけだ。既にリアンの姿はなく、これがマリーヴェルの目的であったことに、メイアは賞賛を送らずにはいられなかった。


「成程、先程はリアンを奥へと向かわせる為の目くらましだったのですね。

身体の位置取りも私の視界を遮る為……前言撤回しましょう、マリーヴェル。どうやら貴女も私と戦う為の場所まで上り詰めていたようですね」

「その上から目線、本当にいらつくわね。いいの?リアンを追わなくても」

「私が背を見せたならば、貴女は嬉々としてそこを狙うでしょう。残念ですが、リアンのことは諦めるしかありませんね。本当は、私の手で彼を殺したかったのですが……あの方相手では、それも敵いません」

「あの方?」


 剣を構え直し、メイアは息をつきながらマリーヴェルに淡々と話す。

 それが決して変えられぬ絶対の運命であるかのように。メイアを救う為に駆け抜けたリアンの末路を、何の感情も込めずに。


「グレイドス様は絶対強者。私がその身に傷一つつけることすら叶わない天蓋の存在――リアンは殺されるのですよ、他の誰でもない、我が主、グレイドス様に」

「暗示だか催眠術だか洗脳だか知らないけれど……本当にむかつくわね!その顔で、メイアの顔で、リアンの死を口にするんじゃないっ!」


 荒れ狂う少女の剣を、メイアは顔色一つ変えずに己が力を以ってねじ伏せようと受けて立つ。

 より強き化物が待つ部屋へと向かうリアンが、必ずメイアを解放してくれると信じて――マリーヴェルは、己が剣を振るうのだ。

 心の奥底にこびりつく不安を、必死で見ない振りをして。メイアの剣技、技量、そのすべてがマリーヴェルの上を行くと肌で感じてもなお、引かず。








闇(病み)属性と光〈ぼこり〉属性、女性陣がやばくてあばば。次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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