46話 玩具
北西に向かったグレンフォード、ライティ、ロベルトの三人は、数が激減した陸竜に追い打ちをかけるように蹴散らしながら道を突き進んでいく。
敵を屠る割合としては、ライティが七でグレンフォードが三といったところか。ライティが打ち漏らした相手を、グレンフォードが断罪の斧で首を斬り落としていく形だ。
ロベルトが抱きかかえるライティの指示する方向へと進む三人だが、岩壁をくり抜いたような洞穴を前にその足を止める。
入口の大きさにして、巨大竜すら出入り出来る程だ。その穴を見つめながら、ライティはぽつりと言葉を紡ぐ。
「この中から力を感じる。さっきの蒼いのと同じくらい、強そうな力」
「げ、まじかよ……サトゥンの旦那いねえのに」
「しかし、進む他に道は無い。もしかしたら、メイアが捕われているかもしれん。俺が先を行こう」
先導するグレンフォード。その頼りになる背中を、後ろからついていくロベルトとライティ。
サトゥンという化物の影に隠れがちだが、このグレンフォードという男も非常に頼りになる男だ。何より彼の言葉に溢れる絶対的な自信と安心感、それはやもすればサトゥンを超えるかもしれないとロベルトは感じている。
ただ、鍛錬の時に一切の甘さを感じさせない点がマイナスだが、と内心で愚痴るのも忘れない。
ずんずんと一本道を進む一同だが、道中で一匹も竜や魔物に出くわさないのが少々気にかかる。
これだけの巨大な空洞なのだ、数十匹程度襲ってくることを想定していたのだが、などとさも何でも無いことのように呟くグレンフォードに勘弁してくれよとロベルトは返すだけだ。
こんな狭い場所ではライティは自由自在に魔法を活かせない、ロベルトも戦力としては頼りない為、自然とグレンフォード一人の戦場となってしまうのだ。
そんな状況を当然のように想定するグレンフォードを、やはりこの人はとんでもねえわとロベルトは認識し直しながら、彼の背中についていくのだった。
洞窟の最奥部、その場所は太陽の光が完全に差し込まぬ程の奥地に在った。
その場所に足を踏み入れ、一同は目の前に広がる光景に息を呑む。そこに在るのは、巨大な卵の数々。
人間一人程度なら簡単に包みこめそうな程の大きさの十を超える数の卵が、無造作に放置されていたのだ。
一体何の卵なのか。それは、巨大竜の卵なのか。その疑問の答えを知る者が、ロベルト達の来訪に気付き、ゆっくりと地面から腰をあげて立ちあがる。
その者は緑の体躯に、人間の身体を持つが、瞳がどこまでも獰猛な爬虫類のそれと変わらない。鋭い眼光で一同を眺め、口を開くのだ。
「貴様ら、人間か。人間がこの邪竜王様の聖地に足を踏み入れるなど、初めてのことだな……竜共は何をしているんだか」
「……誰だ、貴様は。先程のベルゼヴァという奴の配下か」
「奴の部下など竜くらいしかおらんよ。我が主は邪竜王様とグレイドス様の他に存在しない。
我が名はブレバール。グレイドス様に生みだされし竜人ブレバール。お前達は?」
先程のベルゼヴァとは異なり、興味深そうに三人に視線を向けてブレバールは訊ねかける。
その余裕が逆に不気味に思える、そう感じるロベルトだが、向こうが問い返してきたので、一応礼儀として自身の名を告げる。
「ロベルトだよ」
「ライティ」
「グレンフォードという」
それぞれ名乗りを上げる三人に、満足そうに唇を吊り上げて、ブレバールは身体を伸ばしながら話を続ける。
それはまるで、新しい玩具を目の前に用意された子供のようだ。喉を鳴らして笑みすら零している。
「人間の分際で、ここまで来たっていうことは、わざわざ上の竜共を蹴散らしてこの地に乗り込んできたって訳か。
それで、この場所には何の用で来たんだい。自殺願望を胸に抱いてくるにしては、少し仰々し過ぎるとは思うんだがな」
「探し人だ。攫われた人間の女を連れ戻しに来た」
「人間の女?……ああ、グレイドス様の新しい玩具か。残念だったな、あれならここにはいねえよ。見ての通り、ここには卵しかねえ」
コンコンと背後の巨大な卵を叩くブレバール。だが、一同の意識はそこには無い。
この場所に、メイアはいない。となると当たりはリアン達か、サトゥン達か。急いで彼らのどちらかに合流しなければならない。
どちらに合流するのか――考えるまでもない、リアン達だ。サトゥンは何があっても死にそうにないという結論がパーティ全員の共通意見の為、外に出て東に向かう必要がある。
この場所に立ち止まる意味は何一つないのだが、それが易々と許されるとグレンフォードは思っていない。
何故なら先程からブレバールという竜人は、好戦的な目つきでグレンフォードを視界に捉えて離さないからだ。
踵を返そうとする一同に、ブレバールは当然のように制止の声をかけるのだ。
「無論、このまま外に出られると思うなよ。俺が親切の為にペラペラと喋ったと思っているのか?
俺がお前達に説明したのは、何としてもこの場所から出なきゃならねえって理由づけの為だよ。
人間共は、強い理由があれば、例え敵わない相手であろうと刃を向けて立ち向かってきやがる。馬鹿な生き物だよな」
「……てめえ」
「俺は遊びてえんだよ。グレイドス様の命とはいえ、こんな狭っ苦しい場所でひたすら卵の番なんで、飽き飽きしてんだ。
人間を殺してえ。人間を嬲りてえ。人間を喰らいてえ。人間を絶望に叩き落としてえ。こんだけおあづけ喰らってんだ、我慢も限界なんだよ。
戦う理由をもっと用意してやろうか?俺の背後のこの卵、一体なんの卵だと思う?」
ブレバールの問いかけに、誰も応えようとはしない。
グレンフォードは無言まま斧を抜き、ロベルトとライティも己の武器を構えてブレバールを睨みつけている。
そんな彼らの答えを待つことなく、ブレバールは下種びた笑みを零して高笑いをしながら正解を告げる。
「この中には、俺と同じ竜人が入ってんだよ。こいつらの元はな、お前達と同じ人間なんだよ。
ここから西に大陸があるんだが、そこから人間を何人か連れてきて、グレイドス様の血、すなわち邪竜王様の因子を人間に埋め込んだんだよ!
笑えるぜえ!?人間が邪竜王様の因子に耐えきれる筈がねえ、苦痛と絶望にのたうち回り、無様に絶命して肉の塊になる姿は何度見ても愉しくて仕方がねえんだよ!
人間をぶっ壊してよ!その死体から人造竜人として生まれ変わるんだよ、この卵の中でよ!クカカカカ!そして生まれる人造竜人は自分が元人間だって気付かないまま、人間をぶち殺していくんだ!
まもなくこいつらは目を覚ます、邪竜王様が復活された際には、人間共の命をこいつらが先陣切って殺していくんだよ!想像するだけでたまんねえだろ!え!?」
反吐が出る程の邪悪をまき散らすブレバール。それが彼の本当の素顔であり、魔の者の証。
その姿にロベルトは怒りを抑えられず、今にも飛びかかりたくなる衝動に駆られる。英雄の中で現時点で一番力の無い彼だが、正義感は誰よりも強い。
ケルゼックに勝るとも劣らない邪悪なブレバールを、止めなければならない。冥牙を強く握り怒りを胸に宿す彼に、静かな言葉が投げかけられる。
「落ち着け、ロベルト。怒るなら静かに、頭は冷静に務めろ。こいつは、誰かが飛びだすのを待っているだけだ」
「ぐ、グレンフォードの旦那」
「先程から迎撃態勢を整えて、視線を俺達の身体の動きに集中している。騙されると、喰われるぞ」
「……いいね、実に冷静だ。それでこそ戦い甲斐があるってもんだ。
やはり俺の相手はお前しかいねえ、グレンフォード。そこの青臭い若いの、お前は邪魔だ、どいてろ。ガキも論外だ」
「な、何だと!?」
先程の悪鬼の顔が嘘のように抜け落ち、しっしと手を振るブレバールに、ロベルトもまた先程までとは質の異なる怒りを覚える。
だが、グレンフォードにまで下がっていろと言われ、しぶしぶロベルトは後退する。ライティはぽんぽんと彼の背中を叩いて慰めつつ一緒に戻っていく。
距離を取った二人を確認し、グレンフォードは斧を握り直しながら口を開く。相手は勿論ブレバールに、だ。
「真の悪は邪悪を口にする時、身体からもおぞましさを感じさせるものだ。口先だけで俺は騙されん」
「そうかい、よく見てるな。まあ、ばれたなら煽る必要もないかもしれないが、俺ぁ別に人間がどうこうなんて思っちゃいねえんだよ。
ただ、強い奴と戦いてえ。そして邪竜王様とグレイドス様の邪魔する野郎は、誰であろうとぶち殺す。それくらいだな。
お前はそのどちらの条件も満たしている、俺の相手には完ぺきって訳だ。悪いがお前は帰さねえよ、俺とやりあってもらおうか」
「その性分はうみつけられたものなのか、それとも『元人間』だった頃のものなのか」
「さてねえ。気が付いたら、この身体だ。心に在るのも、闘争本能と忠誠心だけだ。元々そういう人間だったのかもしれねえけどな」
「戻れぬのか、人間に」
「戻ろうとも思わんさ。俺の心にはグレイドス様と邪竜王様への覇業へ力を貸すことしかない。
その過程で人間が何人死のうが、何とも思わないし、望まれれば俺は何千何万という屍を築き上げるぜ?恐らく、否、間違いなく生まれていない『卵の連中』も同じだろうさ。人間として俺達はもう終わってんだよ」
「そうか……ならば、お前達を解放するには」
「殺すしかねえよ。お前達が人間を守る為には、な」
言葉を必要としたのは、それまでだった。
話が終わると同時に、ブレバールが大地を駆けて真っ直ぐにグレンフォードへその拳を振るったのだ。
フェイントもない、誤魔化しもない。ただ真っ直ぐに命を奪う目的だけが込められた拳、故に迷いなく疾い。
その一撃をグレンフォードは斧を振り上げることで迎撃するが、なんと力負けしたのはグレンフォードだ。
ブレバールの拳はグレンフォードの斧ごと彼を後ろへと後退させる。滑るように後方に吹き飛ばされたグレンフォードはすぐに体勢を立て直す。
一瞬の攻防を、視界にて捉えていたロベルトは呼吸すら忘れそうになる。止めたグレンフォードも異常だが、その彼を力で上回ったブレバールは如何ほどの実力があるのか。
「あいつ、強えぞ……グレンフォードの旦那が力負けした姿なんて、初めて見た」
「感じる力は、さっきの蒼いのと同じくらい。凄く強い」
ライティの呟きは、ブレバールの強さを証明すると共に、それを一撃で倒したサトゥンが如何に異常かを物語るものであったが、今彼らの頭に残念ながらサトゥンは存在しない。
後ろへ吹き飛ばされたグレンフォードに追い打ちをかけるように、ブレバールは大きく息を吸い、彼に向けて吹き付ける。
口から放たれるは煉獄の炎。燃え盛る炎がグレンフォード目がけて襲いかかってくるが、グレンフォードは動じない。
その場で斧を振りかぶり、襲い来る炎に合わせるように斧を一閃する。まるでモーゼのように襲い来る嵐を真っ二つに割る姿はまさしく鬼神。
無傷で炎から脱出したグレンフォードを満足そうに眺めるブレバール。そんな彼にグレンフォードは淡々と言葉を紡ぐのだ。
「――児戯で俺を殺せると思うな。全力を以ってかからねば、俺は殺れんぞ、ブレバール」
「くはっ!くははっ!いいぞ、それでこそやり甲斐があるってもんだ!」
愉悦を込み上げさせながら、ブレバールは再び大地を蹴ってグレンフォードの心臓に己が爪を突き立てんと襲いかかる。
人間の身体に、巨大竜をも圧倒するパワーを秘めたブレバールの攻撃。それはグレンフォードの力を以ってしても、対等には渡り合えない。
ならば彼が敗北するのは時間の問題か。否、断じて否。そう易々と敵に敗北をする程、グレンフォードは甘い鍛錬を積んではいない。
連撃を繰り出してくるブレバールの猛攻を受けとめながら、グレンフォードは意志を決めたように、強く斧を握りしめる。
そう、彼は十年も前から大陸最強の一人として数えられたほどの英雄。その力は、十年経った今、より強く高みを昇っている。
確かに相手は力があるだろう。確かに相手は速度もあるだろう。だが、どれだけ相手が優れていても、グレンフォードが負ける理由など何処にも存在しない。
何故なら彼は英雄グレンフォード。人々の希望を一身に背負い、戦い続けた一国の英雄なり。負けられぬ理由が彼の胸にあるならば、どんな相手であろうと、彼は決して負けはしない。
意識を集中し、握る天壊斧ヴェルデーダに己が身体に眠る力を注ぎこむ。そう、彼は辿り着いているのだ。リアンにも、マリーヴェルにもまだ辿り着けぬ英雄の極地に。
グレンフォードの身体の奥底に眠る『闘気』を吸い上げ、天壊斧は眩い金色の光を輝かせる。その光景に、ブレバールは当然のこと、ロベルトやライティも驚きを隠せない。
何故なら二人も初めてみる光景なのだ。かつて氷蛇を単身にて倒してみせた、英雄グレンフォードの真の力、最強の英雄の力を。
「な、なんだあの輝きはっ!?グレンフォードの旦那の斧が、黄金に輝いてるじゃねえか!」
「力強い……でも、暖かい。あれは魔力じゃない……人の生きる力?」
闘気を知らぬ二人が状況に困惑するのも無理はない。
だが、それ以上に困惑するブレバールは、胸の中に驚きを必死に押し隠し、猛攻を止めない。
戦場で迷いは死を意味する。悩むのは距離を取ってからでも十分だ。ならば押す、グレンフォードが一手を打つ前に。
嵐のように攻め立てるブレバールだが、グレンフォードは攻撃の全てを斧を使い巧みに受け、回避する。
巨大な斧を振り回す場合、小回りが利かないと思われるだろうが、それはグレンフォードには当てはまらない。
何故なら彼は百戦錬磨の斧使い。巨大な斧を壁に使うことも、性能を利用して守りを固めることも、幾万と繰り返してきたことだ。
どんな化物が相手だろうと、彼の隙を見つけそこを狙い撃つのは至難の芸当なのだ。攻めに長けるモノは守りも固い、武の極みに立つ英雄、それが彼、グレンフォードなのだから。
やがて根負けしたように、ブレバールがグレンフォードの首元を狙って刃を突き立てようと突出するが、その判断ミスは手酷い痛みをもらうことになる。
その隙を狙い澄ましたように、グレンフォードは己がまるで小型の竜巻のように、身体を全力でねじり上げ、その加速をつけてブレバールの右腕を斬りあげたのだ。
血飛沫と共に上がるブレバールの悲鳴。たまらず距離を取ったブレバールに、グレンフォードは黄金の斧をかざして口を開く。
「重圧に押し潰されたな。手を止めなかった選択は賞賛するが、先に根負けしては本末転倒だ――見誤ったな、俺を」
「クカッ、カカカッ、強え、本当に強えなグレンフォード!たまんねえ、たまんねえよ、おい!
そうだ、俺はこの時を待っていた!燃える戦いを、昂ぶる強者を、お前のような奴と、俺はやりあいたかったんだ!」
「先に言っておく。ここで降伏するなら、命は取らん。だが……」
「くだらねえことは言うんじゃねえ!俺とお前は殺し合ってるんだろうが!お前が俺を殺さなければ、俺はこの後人間どもを血祭りにあげるだけだ!」
「……そうか。ならばこい、止めはせん。武人としての最期を俺が与えてやろう。かかってこい、『雷光のブレバール』」
「っ、クハッ、いくぞ!ローナンの青二才があっ!」
残された左腕を振り上げ、ブレバールは腕に己が力のありったけを込めて、グレンフォードへと突貫する。
だが、それはただの突貫ではない。魔物の無思考な疾走ではなく、人間の魔を討つ技術が詰め込まれた、武人として最高峰の一撃だ。
足運び、身体運び、全てが目に見えぬフェイントを混ぜ込ませ、常人ならば何が起こったのか分からぬままに首を刈り取られる程の高位の一撃。
幾多にも研鑽を積み重ねた者でしか辿り着けぬ領域、その技はグレンフォードを以ってしても避けることは不可能。
迫りくる爪を、グレンフォードは逃げることなく真正面から打ち合うことを選択し、黄金のヴェルデータを低空から浮き上がるように振り抜いて。
二人の刃が重なりあい、激しい戦場に終幕を告げる。ブレバールの爪は、グレンフォードの右肩を貫き、グレンフォードの刃は――ブレバールの身体を斜めに袈裟切りしていた。
口から漆黒の血液を零し、ブレバールは力なく笑い、そして言葉を紡ぐのだ。
「……また、届かなかったか。くそっ、流石だぜ、英雄グレンフォード……相変わらず、惚れ惚れすらぁ……」
ずり落ちていくように、上半身と下半身がゆっくりと別れ、ブレバールは大量の出血と共に大地に身体を伏す。
虫の息絶え絶えになりながら、ブレバールは、虚ろな瞳で、言葉を紡ぐのだ。
「悪ぃが……後始末を、頼めるか……グレンフォード……そこの卵の中は、全部……俺の、部下なんだよ……
ああ、思い出しちまった……全部、思い出しちまったよ……グレイドスの野郎が……俺の、部下を、みんな……」
「……ブレバール。後は全て任せておけ」
「ああ……悪いが、任せたぜ、ローナンの若獅子……俺に勝ったんだ、何の心配もしてねえよ……何も、よ……」
それだけを紡ぎ終え、ブレバールは息絶えた。その瞳が再び開くことは、永遠に訪れない。
ブレバールの亡骸を眺めるグレンフォードに、ロベルトとライティはかける言葉が見つからない。
彼らの会話から、ブレバールが、グレンフォードの知人『だった』のではないかと察したからだ。そんな二人に、やがてぽつりとグレンフォードは言葉を紡いでいく。
「……雷光のブレバール。海を渡った先、レーメイシア王国一の使い手だった英雄だ。
かつて、国を代表する者同士として、何度も手合わせをした。強い男だった……ああ、英雄の名に恥じぬ、強き男だった」
「そ、それじゃブレバールって人は、グレイドスって野郎に連れ去られて……」
「……駒にされたのだろう。奴は言っていた、心には闘争本能とグレイドス達への忠義心しかないと。
ここに在るブレバールは、ブレバールだった命だ。その命を奪い、グレイドスという輩は、玩具のように利用したのだろう」
「多分、この人の命は、邪竜王から与えられた仮初のモノだと思う。与えた者が死ねば、きっとこの人も死ぬ。魂に命令をかけるというのは、そういうこと」
「……っ、グレイドスって野郎は!邪竜王って野郎は!どこまで人間の命を玩べば気が済むんだ!くそがっ!」
込み上げる怒りを抑えられず、大地を蹴り上げるロベルト。
彼とは異なり、怒りを心の中に留めるグレンフォードは、誇り高き死を遂げたブレバールを見つめながら、言葉を紡ぐ。
「二人は先に地上へ戻っておけ。俺もすぐに追いつく。ブレバールの最後の願いを、叶える」
「……私も、やるよ。グレンフォードだけに背負わせるのは……」
卵へと向かうグレンフォードに必死に言葉を紡ぐライティ。
だが、彼はそんなライティの頭を優しく撫で、顔を二人に向けぬまま話を続けた。
「俺の手で、叶えてやりたいのだ。お前達はまだ何かを背負うには、若過ぎる。
――今は心で覚えておけ、人の想いを背負う意味を。非情で苛酷な現実を跳ね返す為の強さを、お前達はゆっくりと育めば、それでいい」
問答は終わりだとばかりに、足を踏み出すグレンフォードに、二人は何も言い返せぬままその場所から離れていく。
二人の姿が見えなくなったのを確認し、グレンフォードは斧を振りかぶり、卵へと振り下ろしていく。
地上へと二人が戻ってくれたことに、グレンフォードは心から安堵する。この顔を、表情を、二人には見せたくはなかったから。
冷静なグレンフォードが久方ぶりに見せるその表情は、まさしく憤怒に捉われた鬼神の貌。怒りに心を燃え上がらせ、斧を振りおろしながら、今だけは英雄ではなく一人の人間として声を漏らすのだ。
「グレイドス、邪竜王……英雄ブレバールへの仕打ち、決して許されると思うな」
今は亡き友をこのような目に合わせてくれた黒幕への怒りを滾らせながら、グレンフォードは友の最後の願いを果たすのだった。
ナンバーツー、グレンフォードここに在り。次も頑張ります。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。




