45話 一蹴
百を超える飛竜の大群は、サトゥンとライティの奮迅の活躍により、全て大地や海の底へと叩き落とされることになる。
空戦というアドバンテージを得ていた筈の竜達だが、その有利を活かせぬままに壊滅されてしまう。だが、それを情けないと彼らを責めるのは余りに酷だろう。
ドラゴン種という魔物の中でも上位の力を持つ、彼らの力を持ってしても、サトゥンとライティの力はあまりに規格外過ぎた。
恐らく大陸でも指折りの魔法使いであるライティと、全てにおいて化物染みているサトゥンのコンビを一体誰が突破できるだろうか。
死にゆく竜達に出来ることは、地上の竜種達に己が無念を晴らしてもらうことを祈るだけであるが、残念ながらそれも叶いそうにはない。
何故なら地に足をつけるということは、戦場を大地へと移すということだ。それは空戦という縛りから狼達を解き放つことに他ならない。
大地に降りたポフィール目がけて、群がるように疾走した地上竜達であったが、彼らは即座に己の行為を後悔する事になる。
先頭を走っていた小型の陸上竜の首がどさりと地に叩き落とされ、まるでドミノ倒しのように前線の竜の身体が地へと伏せられていく。
一体何が起きたのか。それを理解するのは、戦場を舞い踊る旋風が足を止めた時のみ。両手の剣を軽く握り直しながら、少女は呟くのだ。
「大物とやる前の準備運動には丁度良いわ。久々の魔物相手の狩りだもの、派手に暴れさせてもらおうかしら」
風神一閃、マリーヴェルの剣は小竜如きでは止められない。目に捕えるのも一苦労な速度で縦横無尽に飛びまわり、的確に相手の命を奪ってゆく彼女はまさに戦場の狩人だ。
手に負えぬと彼女から標的を変えようものならば、その竜達には更なる地獄が待つ。
巨大な斧を構えて、悠然と立つ男、グレンフォード。マリーヴェルとは異なり、足を使わない彼ならばと大口を開けて竜が飛びかかるが、それが幾匹もの竜達の終焉の時。
「人外相手ならば、容赦はせんぞ――俺の斧から、一匹たりとて逃げられると思うな」
両手で持つ斧を上体へ抱え込み、せまりくる巨大な竜へグレンフォードは歯を食いしばりながら渾身の一撃を加える。
グレンフォードの一撃は、メンバーの中でもサトゥンの次に破壊力を持つ恐ろしき魔斧の蹂躙。
彼の一撃を脳天に沈められた竜は、頭だけではなくその身体を斬り潰されて絶命する。それだけでは留まらず、斧による一撃は大地へ突き刺さり、亀裂を生む。
たったの一発で、自分の数十倍もの大きさを誇る巨大竜を絶命させたのだ。その力は如何ほどか。この何者が相手であろうと揺らがぬ強さこそ、グレンフォードの英雄たる所以なり。
二人の死神が駆ける戦場を眺め、ロベルトは息を飲む。人間相手ではなく、魔物相手に本気になった二人は、完全に敵を圧倒翻弄しているのだ。
相手は熟練の冒険者ですら苦戦すると言われる竜種達。それをまるで簡単な作業をこなすかのように、次々と二人は屍の山を築き上げていく。
人外と対峙した時に本来の力が発揮される英雄達。その力を前にして、ロベルトは拳に力を入れずにはいられなかった。
これが、英雄達の力。これが、俺の追いつこうとしている風景。
その距離はまだ何処までも遠く。けれども、決して諦めたりはしない。這い蹲ってでも、絶対に追いついてやる。
覚悟を決め、ロベルトは冥刃を握りなおし、己に喝を入れ直して戦場へ降り立つ。自身も彼らのように、竜を打倒する為に。
「よっしゃあ!俺の相手はどいつだ!どこからでもかかって……きや……がれ……」
言葉尻が弱くなりつつ、ロベルトは視線をぐぐぐと己の上方へと向ける。
彼の眼前には、グレンフォードが相手をしたような巨大竜が五匹、涎を垂らして彼の方を見つめていた。
あまりに規格外の化物達を前に、ロベルトは言葉を失い――そして、全力で逃げ出した。そんな彼を追いかける巨大竜達。命を賭けた追いかけっこである。
「馬鹿野郎っ!そんなの反則だろっ!英雄初心者の俺が、こんなデカブツをまとめて相手に、出来ると思ってんのかああああ!」
今回の旅で鍛えた足腰の力を全力で解放し、ロベルトは必死に竜達から逃げる。彼が逃げれば逃げる程、彼を追う竜の数が増え、最悪のループが繰り返される。
一人百鬼夜行を敢行するロベルトだが、当然彼をそのままにしておくはずが無い。彼の逃げる先に立ち、呪文の詠唱を完了するはライティだ。
必死で走るロベルトに、ライティは視線で合図を交わす。ライティの策に気付いたロベルトは、走る方向を切り替え、ライティの方へ。
数多の竜を引き連れたまま、ロベルトはそのままライティと接触すると同時に、彼女を抱き抱え、速度を落とすことなく全力疾走。
ロベルトに抱きかかえられたまま、ライティは杖を背後の竜達に向け、溜めに溜めた刃を解き放つのだ。
「『巨人の咆哮は無慈悲に大地を焼き尽くす――貫いて、炎閃』」
ライティの周囲に浮かぶ七色の魔力球から、竜達に向けて紅蓮の光線が炎を纏って奔走する。
四本もの破壊の炎は、巨大な竜達の身体を貫くだけでは飽き足らず、数多の竜の身体を焼き尽くし。
一匹たりとて逃しはしない、破滅の炎を背に感じながら、冷や汗をかくロベルトだったが、己が眼前に小型竜がかなりの速度で駆けてくるのを目に入れ、舌打ちをする。
巨大呪文をつかったばかりで、ライティは次の魔法がセットで来ていない。接近戦闘ではライティは何も出来ない。
ならばあの竜は誰がやるのか、それは自分以外他ならない。打ち倒すことを決め、ロベルトは竜へ向かいながらライティへ言葉を投げる。
「一匹きてる!ライティ、ちょっとばかし手荒い扱いをするが、俺をしっかり信頼してろよ!」
「うん、ロベルトのこと、信じてる」
雄たけびをあげながら向かい来る竜を視界に捉えながら、ロベルトは両手で抱いているライティを、空高く放り投げる。
びっくりしたように兎耳をピンと張るライティだが、彼女が落ちてくるまでの刹那、その間に勝負を決めなければならない。
ロベルトは手に握る冥刃を逆手に持ち直し、目前まで迫った竜を必死に『観察』する。
――大丈夫だ、領主館で戦った骨共より動きは遅く単純だ。なら、俺にやれない理由はねえ!
彼を噛み砕かんと口を開き襲いかかる竜の一撃を回避しながら、すれ違いざまに首元を一閃。
竜の鱗がまるで何の抵抗もなく切り裂かれ、ロベルトに首を切り落とされた小型竜は力なく絶命する。
即座に振り返り、空から舞い降りてくるライティを両手で抱きとめながら、ロベルトは息荒く、必死に言葉を紡ぐのだった。
「や、やった……俺でも、竜を退治出来たじゃねえか……初討伐だ、参ったかこの野郎」
「ロベルト、格好いいよ。また背後に迫ってる竜達を倒したら、もっと格好いいかも」
「全力でお断り申し上げさせてもらう!戦略的撤退だ、逃げるぞ!」
「うんっ」
ライティを抱き抱えたまま、再びロベルトの逃避行は始まる。だが、彼に抱かれたライティが背後の竜を呪文で次々に迎撃している。
彼女が打ち漏らし、竜の接近を許しても、ロベルトが並み外れた回避能力を発揮させ、決して一撃を許さない。
この二人のコンビネーションは、竜達にとって悪夢に他ならない。強力な固定砲台に、竜でも捉えられぬ翼が加わったのだ、何より性質が悪いといえるだろう。
縦横無尽に暴れ回るこの死神達に加え、空戦に引き続いてサトゥンが所狭しと剣を振り回しているのだ。これで竜達が追い詰められない訳が無い。
空戦の時よりも遥かに早い殲滅速度で、陸上の竜達は次々に数を減らしていく。
だが、そんな彼らの戦況よりもミレイアは息を呑んで目を逸らさずにはいられない光景があった。
戦う手段を持たない自分やポフィールを守ってくれている戦士、リアン。彼の戦い方に、ミレイアは完全に目を奪われていた。
彼は他の者達のように自分から戦闘へ駆けることはせず、ただ只管に向かってくる竜を迎撃するだけに務めている。
しかし、その戦いは戦闘のイロハも知らぬミレイアから見ても見事なものだ。
襲い来る竜に対し、リアンは悠然と槍を構え、無駄な動きの一切を排し、近づいた竜の身体を一撃のもとに貫く。
彼が貫くは、竜の体内にある魔核。魔核は魔物にとって心臓にも等しいものだ、それを貫かれて生き延びられる筈が無い。
ここまでリアンが築き上げた竜の屍の数は、十二匹。そのいずれも一撃にて魔核を貫かれ、絶命しているのだ。
まるで無駄のない、悠然とした槍の動き。それは以前のリアンとはまた違った戦い方だ。磨きあげられている、素人のミレイアから見てもそう思える程に。
飛竜をまた一匹貫いたリアンに、ミレイアは周囲に敵がいなくなったことを確認して、おずおずと言葉を投げかける。
「リアンさん、恐ろしく強いですね……いえ、以前から強かったのですけれど、今のリアンさんは更に凄いと言いますか」
「ありがとうございます、ミレイアさん。サトゥン様と槍を交えて、以前のままでは通用しないと痛感しましたので。
少しでも無駄な動きをすれば、サトゥン様の剣撃は避けられませんから。本当に、サトゥン様は凄いです」
「あ、やっぱり最後はその結論に落ち着くんですのね……怪我はありませんか?些細な怪我でも、いつでも私に言って下さいましね」
「はい、ありがとうございます。ミレイアさんは僕が絶対に守りますから」
ミレイアに微笑みを返して、リアンは再び槍を構える。
彼の背中を見つめながら、ミレイアはほうと息を吐く。恐らく本心から守りたいという気持ち故に吐き出された言葉なのだろうが、実に厄介だとミレイアは思う。
今はまだ中性的かつ優しく穏やかな性格で目立つことは無いが、これが二十歳を超えてくれば、彼の魅力に気付く女性達が現れるかもしれない。
そうなる前に、妹にはがっちり彼を捕まえてほしいものだと余計な心配をしつつ、ミレイアも意識を戦場へ向ける。
ここは戦場、どれだけ優勢に進めようと、負傷者はいつでるか分からないものだ。もしもの時に備えることこそ、彼女の最大の仕事なのだから。
見える限りの地上の竜を全て蹴散らし、一息つこうとした一同の前に、その者は現れる。
これまで彼らが相手をしたどの竜よりも巨大な三本角のドラゴンに騎乗し、サトゥン達の前に現れた一人の男。
体躯はサトゥンより一回り大きいだろうか。全身を蒼き鱗で固めた、人間とはかけ離れた竜の顔を持つ異種族――竜将ベルゼヴァ。
彼はトライデントを右手に握り、憤怒に表情を歪めながら、竜に騎乗したままで、怒声を放つ。
「貴様らぁ……人間如きが、我ら誇り高き竜に何をしてくれたァ!」
「襲ってきたから返り討ちにしただけじゃない。ところでアンタ、誰よ」
マリーヴェルの軽口に、最早我慢ならぬとばかりに、ベルゼヴァは騎竜から飛び降り、大地へと足を付ける。
壊れんばかりに全力でトライデントの柄を握り締め、怒りに震えながら彼はその場の全員を睨みつけながら、名乗りを上げる。
「俺の名はベルゼヴァ、邪竜王様の忠臣にして四天王が頂点、竜将ベルゼヴァだ!
貴様ら人間如きが、よくぞ邪竜王様の聖地にて暴れてくれたな。塵共が、一匹残らず生かしては返さんぞ!肉片一つ残さず消し去ってくれる!まとめて掛かってくるがいい!」
牙を剥き出しにして殺意を放つベルゼヴァ。その重圧は、並みの者なら気を失ってもおかしくないほどだが、この場で気を失う者などいない。
加えて、気を失うどころか、空気を読めない勇者がいたりする。彼の名乗りが気に食わなかったのか、サトゥンは一歩前に出て、ベルゼヴァに負けじと声を張り上げて主張するのだった。
「まとめてかかってこいだと……?貴様ァ!それではまるで貴様が私より強大なようではないか!戯けがあああ!
それは私の台詞だ!貴様一人では私の相手など到底務まらぬわ!四天王とやらの残りのメンツを雁首そろえて私の前に並べておけい!
多対一の窮地を乗り越える、これぞ勇者に相応しき舞台である!がははははははは!」
サトゥンが胸を張ってとんでもない暴論を吐き、ベルゼヴァの脳の血管は破裂寸前である。
自分達の聖地で散々暴れてくれたあげく、この発言、許し難い。トライデントを構え、サトゥンの心臓を抉りだそうとしたベルゼヴァだが、その怒りはますます増幅されることになる。
前に出たサトゥンが、他のメンバーに対して発した言葉が更にベルゼヴァのプライドを傷つける。
「むはは、という訳でこ奴は私が相手をしよう。お前達は後の強敵に備えて力を温存するがいい、ぬはははは!」
「良いけど。私達の目的はあくまでメイア救出だし。というかそいつがメイア攫った奴なんじゃないの?」
「おお、そうかもしれぬな。おい、そこの名前もよく分からぬ蜥蜴頭。貴様がトントの街を襲い、メイアを攫ったのか?」
無礼千万にも程があるサトゥンの物言いに、かつてない程に憎悪を増幅させ、ベルゼヴァは槍をサトゥンへと突き出して疾走する。
四天王一を自負する怪力と速度を持って、サトゥンを貫こうとしたベルゼヴァだが、彼の一撃は難なくサトゥンが剣戟で受け止める。
剣と槍とで競り合い状態となるが、力で押しこむ筈が逆に押し込まれ始める始末。驚愕に瞳を開くベルゼヴァに対し、サトゥンは淡々と再び質問を繰り返していく。
「もう一度訊こうか。貴様がトントの街を襲い、メイアを攫った犯人か?そうでないのならば、九割殺しで勘弁してやろうではないか。私にも慈悲というものはあるのでな」
「ば、馬鹿な!?竜族一の怪力を誇るこの俺が押されているだと!?こんなこと、あってたまるかっ!」
「私の質問に答えないということは、すなわち肯定と受け取ってよいのだな?んん?」
サトゥンが剣を力強く払い、その衝撃にベルゼヴァは吹き飛ばされるように後方へと身を投げ出される。
必死に足に力を込めて着地するが、その怪力無双のプライドを傷つけられた怒りは底知れない。
わなわなと身体を震わせながら、ベルゼヴァは目を血走らせて呪詛のように言葉を紡ぐ。
「在り得ぬ、在り得ぬ在り得ぬ在り得ぬ!この俺が!四天王最強たるベルゼヴァ様が、たかが蟻共に力負けするなど!
人間など、我らが蹂躙すべき存在に他ならぬ!貴様らは泣き叫び我らに滅ぼされていればよいのだ!あの街の人間共のように、あの小娘のように、貴様達等!」
「――成程、やはり貴様がトントの街を襲った当人の一人という訳か。それが聞けたなら、貴様にもう用は無い」
「許せぬ、人間如きに俺が真の姿を晒すことになろうとは。クカカ、みせてやろう、最強たる俺の竜人の姿を!
愚かな人間共よ、泣き叫び地べたへ平伏せ!真の恐怖というものをその身に刻んでくれる!俺に怒りを覚えさせた罪、その身で贖うがいい!ガアアアアアアア!」
己が身体を蒼き炎で包み、身体を膨張させ、異なる姿に変貌しようとしたベルゼヴァだが、彼を包む世界の異変に気付き、その変身を途中で止めることになる。
突如として大地が震えだし、揺れる大地の中に立つサトゥン。先程までベルゼヴァを小馬鹿にしていた姿はそこにはなく、揺れる大地に立つその姿はまさに憤怒に捕われた怒りの化身。
先程のベルゼヴァとは比べ物にならぬほどの、世界を押し潰してしまいかねない程の殺気を解き放ち、サトゥンは剣をかざしてベルゼヴァに最後通牒を突きつけるのだ。
「よくぞ、トントの街を焼き払ってくれた。よくぞ、我が友メイアを奪ってくれた――貴様の罪、全てが万死に値する」
「な、ば、馬鹿な!?この俺が、竜将たる俺が恐怖に震えて……ひっ!?」
「先程の貴様の台詞、そのままそっくり返させてもらおうか。この『俺』が覚えた怒り、貴様一人の命で贖うには足りぬと知るがいい――消え失せろ」
サトゥンの言葉が終わると共に、ベルゼヴァの意識はこの世から完全に消失することになる。
そこに残されていたのは、かつで竜将ベルゼヴァであったモノ。彼の腰より上は完全に消失し、残されたのは血液を溢れさせる下半身だけ。
残った身体を蔑んで見下すサトゥンの剣を滴る血液から、かろうじて彼がベルゼヴァを斬り潰したことが分かるが、その太刀筋は目に追えるモノではなく。
鎧袖一触、一切の手心を加えることなくベルゼヴァを殺したサトゥンに、一同は初めてサトゥンの本気で怒る姿を見た。
これまでのサトゥンが一度も見せたことは無かった、一切の情けを排した非常なまでの蹂躙。これが、サトゥンの真の強さ。
その強さに、ロベルトは息を呑む。本気になった彼が、手に負えぬ相手などこの世に存在するのかと疑いたくなる程に、サトゥンは強く。
瞳に怒りを灯したサトゥンに、ロベルトはかける言葉が見つからない。今の彼は、本当に自分の知るサトゥンと同一人物なのか。彼が胸に覚えた感情は、間違いなく恐怖と同義のもの。
張り詰めた空気、それを壊したのは、マリーヴェルだった。死体を見つめるサトゥンにつかつかと近寄り、星剣を容赦なくサトゥンの頭上へ鈍器を振り下ろすかの如く叩きつけたのだ。
ごつん、と恐ろしく鈍い音が響き渡り、痛みに転げまわるサトゥンに対し、マリーヴェルはじと目を向けながら追い打ちをかけるのだ。
「ねえ、何で殺す訳?メイアの居場所を吐かせる為にも、瞬殺しちゃ意味無いでしょ?尋問しないと駄目でしょ?
何、今もしかして自分の強さに酔ってた訳?私達の一番の目的が何なのか、忘れてたの?ねえ、忘れてたの?」
「ぬああああああ!し、しまったあああああ!私があまりに強過ぎるあまり、貴重な情報源を殺してしまったではないか!むふ、強過ぎるとはやはり罪であるな、勇者が最強過ぎて実に申し訳ない!ふははあがっ!」
「反省の色ゼロじゃないのよ!この馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿勇者!」
「ぬはは、その通り、私は勇者サトゥンである!」
「勇者しか聞こえてないのか、アンタはっ!」
剣を振り回すマリーヴェルと高笑いを伴って必死で逃げるサトゥンの鬼ごっこが始まり、先程の緊張感が嘘のように解けてしまう。
脱力するロベルトに、笑みを零しながらリアンが先程のマリーヴェルの行動を嬉しそうに話す。
「マリーヴェルのおかげでいつものサトゥン様に戻ってくれましたね。
怒り狂うサトゥン様よりも、やっぱりあのサトゥン様の方が、僕は好きです。サトゥン様には、怒りではなく誰かの為に戦ってほしいですから」
「まあ、違いないか……怖えサトゥンの旦那より、やっぱあれじゃないと落ち着かないわ。旦那はあれくらい馬鹿してるほうがいいわ。
……それよりもリアン、さっきの奴の話が確かなら、どうやらここがビンゴみたいだぜ」
「ええ……間違いありません。メイア様はきっと――この場所にいる筈です」
目を細め、リアンとロベルトは邪竜王の聖地を見渡していく。
この地の何処かに、彼らの探しているメイアがいる――そう考えるだけで、リアンの槍を握る力が自然と増してゆく。
そんなリアンに、あまり肩の力を入れるなよと背を叩くロベルト。リアンに言葉をかけようと口を開こうとしたロベルトだが、横からライティが二人の会話に割り込むように言葉を紡ぐ。
「……大きな力を感じる。それも三方向から。これは何だろ……魔力なのかな」
「何か分かったのか?」
「うん。この邪竜王の聖地の地下に、力を感じるの。ただ、それがバラバラな場所にあって」
そう言って、ライティは各方向へそれぞれ指差してゆく。
一つは北、もう一つは北西。そしてもう一つは東の方角だ。それぞれに強い力を感じると断言するライティに、ロベルトは首を傾げて口を開く。
「敵の拠点がバラバラかもしれないってことか?」
「もしくは、地下でつながっているかもしれない。巨大迷路のように」
「おいおい、迷子になるのは勘弁してくれよ。敵地で迷子なんて、しゃれにならないぜ」
「……北の方角に感じる力は凄く大きい。怖いくらい。私もこんなの、今まで感じたこと無いくらい凄く大きい」
ライティ程の魔力をもってしても、それを遥かに上回る何かが北の方角に潜んでいる。その事実に、一同は息を呑む。
一度集まった面々は、この情報を元にどうするかの意志決定を行うことになる。三方向から力を感じること、それをどう捉えるか。
この何処かにメイアが囚われているとするならば、力の多寡だけでは判断出来ない。メイアが囚われている場所が、敵の本拠地とは限らないからだ。
全部の場所をしっかりと捜索し、メイアを見つけなければならない。しかし、敵地で戦力を分散させるのは悪手ではないか。
固まって一か所ずつ回る方か、分散させて三か所を手分けして探すか。話し合って導いた結論……というよりも、サトゥンの最終決定は、偏らせた戦力分散による、捜索であった。
ライティの言う恐ろしい力を感じる場所、そこをサトゥン一人で捜索する。彼一人ならば、何が在ろうとどんな相手だろうとどうとでもなる、というのがサトゥンの意見だ。
一か所をサトゥンだけに任せてしまえば、二か所を六人で探索、すなわち三人ずつというパーティを組み分けることが出来る。三人ならば、大抵の敵は打倒できる。
何より、彼らの持つ武器、これはサトゥンと離れていても連絡を取り合うことが出来る優れ物なのだ。
メイアがいたかどうかの連絡を取り合いながら、各パーティの状況を確認し合いながら、探索を行うことが出来る。何かあってもすぐサトゥンと会話が出来る。これが決め手となった。
どのようにメンバーを振り分けるかを話し合った結果、北をサトゥン。北西をグレンフォード、ライティ、ロベルト。東をリアン、マリーヴェル、ミレイアというメンバーに割り振ることになる。
総合力に長けるリアンとマリーヴェルを補助するミレイア、経験に劣るロベルトとライティを百戦錬磨のグレンフォードが面倒をみるという形になったのだ。
誰がどのような場所に向かうかの最終決定を確認し合い、一同に向けてサトゥンが口を開く。
「それでは各自、しっかりメイア捜索に励むのだぞ!危機に陥ったら、必ず私に連絡するがいい!全て私に任せておけい!うはははは!」
「遠くに離れてるから何も出来ないってーの。でも、細かく連絡は絶対に取り合うこと。
メイアを見つけたら、ひきあげましょう。私達が優先すべきは、メイアを助けること。ここに住んでる奴らを完全に潰すのは、その後でもいいんだから」
「うん、そうだね――それではみんな、どうか気をつけて」
円陣を囲んで拳を突きつけ合って、互いの健闘と武運を祈って英雄達は目的の地へと移動を始めてゆく。
捕われた大切な友を助け出す為に、この地に眠る邪竜の気配を薄らと肌で感じながら――
瓦礫の塔、攻略開始。こころないてんしに気をつけましょう。次も頑張ります。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。次も頑張ります。




