44話 空戦
巨大な翼竜達が雄たけびと共にポフィール目がけて群がってくる光景が一同の眼前に広がっていく。
どうやらポフィールを侵入者と見做したらしく、テリトリーに踏み込んだ異物を排除するかのごとく空に舞う全ての竜達が牙を剥いて向かってきたのだ。
「ど、どうすんだよあれ!どう見ても数が百は超えてるだろ!」
「困ったわね……陸地なら、あんなのどうってことないんだけど、空の上だと流石にお手上げだわ」
マリーヴェルの言葉の通り、彼女やロベルト、グレンフォードは当たり前だが空など飛べる訳が無い。
また、遠距離から敵を撃ち落とすような術も持っていない。空の戦場ということは、彼ら一同にとって手痛い戦力低下を強要してしまう。
竜とはどんな小さなモノでも、退治するのに冒険者の中でもトップクラスの実力、または軍隊を投入する必要がある程の強敵である。
それが百を超える数で群がってくるなど、絶望以外のなにものでもない。ロベルトは肌で恐怖を感じ、どうするのかと縋るように視線をサトゥンへと送る。
何か良い手はあるのか、意見を聞こうとしたのだが――既にサトゥンの姿はポフィールの上にはなく。彼は大空へ飛び立ち、巨大な聖剣グレンシアを振り回して高笑い現在進行形である。
「くははははははははははは!私が勇者、勇者サトゥンである!勇者の覇道を邪魔する愚かで脆弱な蜥蜴共よ!
肉の塊になりたい奴から遠慮なく掛かってくるが良い!いや、なりたくない奴も遠慮なく私に向かってくるがいい!
さあ、お前達の敵はここにいるぞ!本当は私も無益な戦いは好まぬのだが、本当は無駄に命を奪うことはしたくないのだが、どうしても襲いかかってくるのならば仕方あるまい!
降りかかる火の粉は払わねばならぬからな!メイアを救う為に、友の為に仕方のない戦いなのだ!ぬははははははははは!」
「……戦いたくて戦いたくて仕方ないオーラ出しまくりじゃねえか。どの口が無益な戦いは好まないとか言ってんだよ……」
「先程からチラチラと視線を感じるのは、私に戦いを見届けて村の子供達に自分の雄姿を語れということなのでしょうね……はあ」
身体中からウキウキオーラ全開のサトゥンに、ロベルトもミレイアも身体中の力を脱力させる。
どうしようもないピンチである筈なのに、あの馬鹿笑いを聞くと恐ろしい程に緊張感が抜けてしまう。それはもはや魔法に近いのかもしれない。
緊張感こそ欠片も残らず抜け落ちてしまったが、状況が非常に拙いことには未だ変わりはない。サトゥンは一人で迎撃する気満々だが、あの数全てを一人で倒すのは骨が折れるだろう。
ポフィールを守りながら翼竜達を倒す、それはサトゥンへの負担が大き過ぎる。そんな現状を打ち砕く人物が一人、ポフィールの背には乗っていた。
その少女、ライティはロベルトの膝の上からぴょんと飛びおりて立ち上がり、むんと小さな胸を張って手に持つ杖をかざす。
「私の出番。ここは、私の戦場。みんなは楽にしてて」
「私の戦場って……お前、まさかあの数を一人で相手にする気か?いや、サトゥンの旦那がいるから一人じゃないんだが」
「任せて。こういう戦闘は私の領域。見てて」
ライティは瞳を閉じ、素早く呪文を紡ぎあげる。彼女の詠唱と共に現れるは、八つほどの七色の光球。
彼女の周囲を衛星のように飛びまわる魔力球。それは、以前ゲルゼーバの魔核を正確に撃ち貫いた魔法だ。
以前は一つだけを生みだしていたが、今回は一気に八つも同時に形成させている。ゆっくりと瞳を開きながら、ライティは迫りくる翼竜達を視界に捉える。全ての獲物を視界に入れ、虹杖スフィリカを両手で強く握り締め、小さな口を開くのだ。
「いっぱいいるから狙いなんていらないね――『轟く雷鳴は闇深き空で荒れ狂う……奔って、雷光』」
ライティの七色球から解き放たれるは恐ろしき速度と輝きが内包された雷嵐。空気を割るように稲光は世界を奔り、翼竜とサトゥンを包み込んだ。
少女の魔力が詰め込まれた一撃は、強靭な鱗を持つ翼竜の身体も難なく貫き、まるで蚊トンボを落としていくように、ライティは一撃で十匹もの翼竜を大地へと叩き落としたのだ。
ふう、と小さく息をつくライティに、一同は唖然としたのち、歓声を上げて彼女を賞賛する。
「凄いですわ、ライティさん!翼竜達が一気に!」
「本当、凄いのね魔法って……殲滅戦にはもってこいだわ」
「こういうのは、得意」
むふんと自慢げに無い胸を張り、ライティは視線をくるりとロベルトの方へと向ける。
そして無言でじっとロベルトの言葉を待っている。それはまるで犬が良いことをしたとき、主人から褒められるのを待っているかのようだ。
真っ直ぐな視線を向けられ、ロベルトは少しばかり戸惑ったものの、実際彼女は賞賛に値する凄いことを成し遂げたのだ。
ここは素直に褒めてあげよう、そう、例え後でマリーヴェル達からからかわれても。そう心を決め、ロベルトはライティの頭をぐしぐしと撫でながら褒めてあげるのだった。
「すげえよ、ライティ。よくやったな、えらいぞ」
「うん、どんどんいく。任せて」
胸を張って、ライティは次の獲物をとばかりに七色球に魔力を込めて次なる詠唱を始めていく。
彼女が自分で言うように、彼女は攻撃魔法にかけては右に出る者はいない程に特化されている。探索魔法や補助魔法も使えるが、彼女の武器はあくまで大型殲滅魔法だ。
元々、彼女自身が流浪の民の中でも一番の魔法の才を持ち、それを磨き続けた故の力が在ったが、それを更に後押しするのがサトゥンの与えた虹杖だった。
サトゥンが彼女に与えた虹杖スフィリカは、ライティの解き放った魔力を即座に回収する恐ろしき能力が与えられている。
通常、魔法というものは、その者の体内に眠る魔力に拠って生み出される。その魔力は、体外に解き放たれると共に、空気中に霧散化し、ゆっくりと時間をかけて本人へと流動し戻ってゆく。
昔はこれを精霊の仕業、などと考えられ、魔法は精霊の力と信じた者達が詠唱に精霊に願うようなモノを考えたのだが、実際は精霊ではなく自身の力による能力だ。
強き魔法、強大な魔法であればあるほど、大きく体内の魔力を消費し、それを回復する為には回収の為の時間がかかるものなのだが、ライティの杖はその回収時間をカットすることを可能としている。
すなわち、ライティはどれだけ大きな魔法を使っても、解き放たれた魔力は即座にライティの杖へと収集され、彼女の体内へと戻り循環される。
言ってしまうならば、ライティの集中力が途切れない限り、どれだけ大きな魔法でも何発でも撃つことが出来るのだ。
無論、ライティ自身が体術などに何の心得もなく、身体も十歳の子供程度の力しかない為、接近戦闘に持ち込まれてしまえば何も出来なくなってしまうが、このような遠距離による殲滅戦では無類の強さを発揮する。
すなわち、ライティが最初に述べたように、この戦場はライティの戦場――彼女にとって、最高の舞台なのである。
ロベルトの言葉にすっかり気をよくしたライティは、強大な魔法を次々に翼竜とサトゥンへと放ってゆく。
ライティの魔法に耐えられぬ小さな翼竜達には堪ったものではない。次々と魔法で撃ち貫かれ、落ちていく翼竜達。
巨大な翼竜の末路はもっと悲惨だ。彼等は身体が大きく強靭な耐久力を持つが故に、ライティの魔法をくらったくらいでは倒れない。
だが、激痛を感じないわけではない。大空でのたうちまわる巨大竜だが、そんな彼等に死を告げる死神が大空を舞っているのだ。
先程からライティの魔法を聖剣で受け止め続け、強大な魔力を纏ったそれを振りかぶり、死神は笑って断罪の鎌を振り下ろすのだ。
「ふむ、勇者と英雄の協力奥義、これは実に格好良く素晴らしい!今後も研究していかねばならぬ!
ふはは!前座の蜥蜴どもよ、とりあえず出来たてほやほやの我の奥義を喰らっておけい!勇者奥義、サトゥン・ライブレイドである!」
ライティの雷とサトゥンの剣に纏わせた黒き炎が混じり合い、彼の振り下ろす刃から解き放たれた一撃は巨大な竜の身体を真っ二つに縦に裂き。
それだけでは満足しないとばかりに、サトゥンの斬撃は逃げ遅れた数多の飛竜達を巻き込み、一瞬にして数十匹もの竜を絶命させてしまった。
聖剣グレンシアを一振り二振りと振り回し、サトゥンは首をひねりながら、ぶつぶつと呟くのだ。
「いや、待て。サトゥン・ライブレイクの方が格好良いのではないだろうか。サトゥン・ライブレイカー、サトゥン・ライブレイブ……ぬうううう!これはゆゆしき問題だ!」
「あ、サトゥン危ない」
「やはり、最初のサトゥン・ライブレイドの響きが……ぬわああああああああああああああ!」
アホなことを戦場で悩むサトゥンに、ライティからの無慈悲の一撃が突き刺さる。
雷が荒れ狂う空で立ち止まり頭を抱えて足を止めてしまえば、そうなるのは至極当たり前の光景だ。
サトゥンが竜を屠り去っていく姿に見直していたミレイアやマリーヴェルは即座に評価を改める。サトゥンはやはりいつものサトゥンであった。
だが、ただで転ばないどころか、その場で開脚前転を始めるところがサトゥンの真骨頂。
ライティの雷を全身に纏いながら、サトゥンはそのまま加速をつけて、せまりくる巨大な竜の身体へ頭から突っ込み、その身体を容赦なく貫いて叫ぶのだった。
「むははははは!勇者新奥義、サトゥン・ライスパークである!もっとだ、もっと雷を私に降り注ぐのだライティ!
新技が、勇者として後世に名を残す新たな素晴らしい新技が湯水のように溢れ出て来る!この機会を逃す術はない!さあ、容赦なき一撃を私にぶちかますのだ!」
「……サトゥンの旦那、楽しそうだな」
「最近、思うのよ。あいつのことを真剣に考えること自体、自分の人生の中で一番無駄な時間なんじゃないかって」
「だが、サトゥンとライティのおかげで邪魔な空の獣達は潰すことが出来る。
そろそろ身体を暖めておけ。空の竜共を潰した後は上陸だ、陸にも竜がいないとは思えん」
立ちあがったグレンフォードが、背中の斧を手に持ちながらその場の全員に暖気運転の指示を出す。
当然、彼らに戦いの場がないわけではない。目的地はあくまで陸地、その陸での戦闘の時間は間もなく訪れるのだ。
グレンフォードの言葉に頷き、ロベルトも立ちあがって身体をならすように動かしていくが、彼の視線の先のマリーヴェルは立ちあがろうとしない。否、立ち上がれない。
当然だ。彼女の膝の上には、未だ眠りこけているリアンがいるのだから。どうしようと困り果てるマリーヴェルに、グレンフォードは淡々と口にする。
「そろそろ起こしてやれ。リアンも身体を暖めなければならんだろう」
「そうだぜ、心の方は十分に暖まってるかもしれないけどなあ……睨むなって、軽い冗談だって」
余計なことを口にするロベルトを全力で睨みつけながら、マリーヴェルは自分の膝の上で眠るリアンに視線を落とす。
どこまでも気持ち良さそうに眠るリアンを間近で見つめてしまい、どことなく意識してしまう自分を必死に振り払いながら、マリーヴェルは視線を逸らしながらリアンの身体をゆすって起こす。
一度、二度と強くゆすり、次第にリアンの寝ぼけた瞳がゆっくりと開いてゆき――その目が、見事にマリーヴェルの瞳と重なって。
目を覚ませば、顔を真っ赤にさせたマリーヴェルが自分を見下ろしている。その距離はどうしようもなく近く、そして頭は非常に柔らかく心地よいものに乗せられ。
それがマリーヴェルの膝の上で、自分が膝枕されているという現状に気付いたリアンは、まるでマリーヴェルの熱が移ったように顔を真っ赤にさせてゆき、たどたどしく必死で言葉を紡ぐのだった。
「な、な、なん、なんで、ま、マリーヴェルの、え、ええええ!?」
「い、言うな!何か口にされると、恥ずかしさが増える!ああもう、やっぱりするんじゃなかった!」
「はあ、青春だねえ。俺もさ、十五くらいの頃はそういう時期があったんだぜ?いや、美人のねーちゃんの尻ばっかりおっかけてて相手にもされなかったんだけどさ……相手にもされなかったんだけどさ……」
「私は女性しかいない場所でひたすら修行僧の日々でした……私、嫁ぎ遅れたりしませんわよね……」
慌てて距離を取りあう二人を見つめながら、ぽつりと言葉をもらしあうロベルトとミレイア。
二十一と十八、まだまだ花盛りの年頃であるが、どうにも歳下である二人の初々しい熱っぷりにあてられてしまったらしい。
浮ついている二人と少しばかり気落ちしている二人。その光景を微塵も気にすることなく淡々とアップを続けるグレンフォード三十五歳、独身である。
呼吸を整え直して、火照った顔を冷ますリアン。そんな彼に、落ち着きを取り戻そうと必死なマリーヴェルが彼へ言葉を投げかける。
「随分疲れてたみたいだけど、もう大丈夫なのね?」
「うん、ありがとう、マリーヴェル。もう平気だよ、僕も戦える。いきなりマリーヴェルが傍にいたり、空の上だったり色々びっくりしちゃったけど」
「そう、それならいいのよ。サトゥンが昨日の夜、リアンを色々振り回したみたいだから、ちょっと心配だった」
「サトゥン様には心から感謝してる。サトゥン様が僕に勇気と自信を与えてくれた――誰にも負けたりしないよ。僕は絶対に、メイア様を助けてみせる」
槍を握り言葉を紡ぐリアン。それは普段の優しい少年の顔だけではなく、決意と自信に満ちた男の貌だ。
そんなリアンに少しばかり驚くものの、マリーヴェルは軽く息をはいて、腰の星剣を抜いてリアンの槍へ軽く押し当てて言い放つ。
「――私達、でしょ。ばーか」
「――そうだね、僕達は誰にも負けたりしない、絶対にみんなでメイア様を救い出そう」
心から信頼し合い、笑いあう二人。そんな二人につられるように誰もが笑みを零す。
負けることなど微塵も考えない。不安も絶望も必要ない。今、彼らの心に要するは前だけを見続けて走り続ける強さと勇気。
そして、メイアを必ず救いだすという想い。次々と翼竜の命が刈り取られ続ける今、彼らの戦場は近い。
暗き地の底を照らし出すは魔力光。
この地に胎動する巨大な『何か』の魔力によって照らされる闇の世界、その一室に一人の男が苛立たしげに入ってくる。
蒼き鱗を全身に纏った男――ベルゼヴァ。彼は室内に目的の人物を見つけたが、その者が悠然と椅子に座っていることに更に怒りを増加させ、怒鳴るように言葉をぶつける。
「邪竜王様の聖地に侵入者が現れたというのに、何を遊んでいる!上空の翼竜共が次々に落とされているというのに!」
「それがどうした。侵入者がきたのなら、潰してしまえばよかろう」
ベルゼヴァの言葉に、言葉をぶつけられた紅き体躯の男は、下らないとばかりに軽く息を吐いて言葉を返した。
どこまでも自分を馬鹿にしたような言葉に、ベルゼヴァは苛立ちを抑えきれず、地面を抉るように蹴りあげながら、紅き男へ反論する。
「この邪竜王様の聖地が、何処の誰とも分からぬ輩に蹂躙されているんだぞ!?貴様、それを何も感じないのか!?」
「その忠義を示す為に、俺に怒鳴り散らしているのか?」
「ふん!無論、侵入者共は今から俺が一人残らず蹴散らしてくれる!
だがな、貴様のその態度、癪に障る!いつまでも自分が四天王の頂点にいられると思わぬことだ!」
「迎撃に向かうならば、新たな竜人を何人か連れてゆくがいい。邪竜王様の血を埋め込んだ竜人の卵は既にいくつも準備出来ている」
「要らぬ!俺一人で十分だ、たわけが!人間如きを将にしおって、竜人の恥晒しが!」
最後まで苛立たしげに言葉を吐き捨て、ベルゼヴァは部屋から足音を立てて去って行った。
その後ろ姿を眺めながら、紅き男はつまらぬ時間を過ごしたとばかりに首をならし、言葉を紡ぐ。
「未だ己の顕示欲しか見えぬ、まるで成長せんな。いくら邪竜王様が生み出した竜人といえど、あれでは邪魔なだけだ。
侵入者共がいっそ奴を殺してしまえば、こちらも手間が省けていいのだがな」
「……ベルゼヴァ様が死んでしまえば、邪竜王様の手駒が減ってしまうのでは?」
背後から聞こえた凛とした女性の声に、紅き男は何の問題もないとばかりに首を振る。
その男は、ベルゼヴァの前では決してみせなかった笑みを零しながら、愉しげにその女性へと説明をする。
「ベルゼヴァが死したところで、何の問題がある。お前を含め、新たな駒は既に用意してあるのだ。
ケルゼックやヴェーニドが戻らぬ点が気になるが……奴らが死んでも、お前達を後に据えれば問題は無かろう。それに――」
「それに?」
一度言葉を切って、紅の男は愉悦を零しながら言葉を紡ぐ。
それは、どこまでも自信に溢れた暗く恐ろしき悪魔の笑み。己が拳を眼前で強く握りながら、紅き男はどこまでも当たり前に断言するのだった。
「――例え他の誰が何人死のうが、この俺が居る限り、邪竜王様の復活と世界蹂躙には何の問題もない。そうだろう、メイアよ」
「――ええ、全ては貴方の仰る通りです、グレイドス様」
紅の竜人、グレイドスの言葉に、背後に立つ女性は全て当然であるがごとく同意して頷くのだ。
その髪はどこまでも美しい程に紅く、そして瞳はまるで光を映していないかのように暗く。
誰もが心奪われる程に光輝いていた、リアン達を温かく見守る彼女の優しい微笑みは――今は、どこにもなく。
ライティ「必中→熱血→覚醒→気合い→MAP兵器ばきゅーん→補給→必中(以下略」
飛竜「やめてください しんでしまいます」
次も頑張ります。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。




