42話 力
迫りくる敵の攻撃を払い、一歩踏み込んでリアンは遠心力を乗せた一撃を繰り出す。
しかし、敵はリアンの槍をあっけなく片手で塞ぎ、彼の命を奪わんと次々に彼へ刃を叩きつけようとする。
荒れ狂う連撃を、必死に歯を食いしばって耐えて、リアンは観察をして一撃を打ち込む為の隙を探す。どこまでも必死に、健気に、勝利を掴む為に。
刃の嵐を潜り抜け、やっとのことでリアンはその隙を紡ぎ出す。どのような者であろうと、決して避けられぬ不可視の一撃を、全てを込めて槍を奔らせる。
リアンの全力が乗った重き槍撃は疾く重く、敵を刺し貫くことを確信していたリアンであったが――それは夢想へと終わる。
避けられない筈の槍を、止められない筈のリアンの最高の一撃を、敵は難なく受け止め、嗤うのだ。あたかもリアンの一撃を虚仮にするように。
己の持てる最大の一撃を止められ、愕然とするリアンに、敵はその命を奪わんと刃を奔らせる。その刃は、リアンの首元へ容赦なく吸い寄せられ、そして――
「うわあっ!」
耐えられぬ恐怖に突き動かされ、リアンは寝床から跳ね起きるように目覚めてしまう。
目を開いた世界は夜という闇に沈み切った時刻。早まった胸の鼓動を感じながら、リアンは恐る恐る首元へ手を伸ばす。
夢の中で斬り飛ばされた筈の首は、確かにそこに在った。当然の現実に安堵の息をつきながら、リアンは自身の見た夢を振り返る。
眠りの世界で戦った自分は、まさに手も足も出ない程に一方的にやられてしまった。敵を退ける為の、敵を打ち負かすだけの一撃が打てなかった。
それはあくまで夢の話だ。現実の話ではない、そう己に言い聞かせるリアンだが、当人自身がそれを納得出来ない。
脳裏に浮かぶのは、貴族の館で戦ったノウァという青年のこと。彼との戦いは、完全なリアンの敗北だった。当然だ、彼は手を抜いていたのだから。
まるで指導をするように打ち合いを交わしながら、ノウァはリアンに残酷な現実を突き付けた。
『貴様が俺様に押し負ける理由、それは絶対的に頼れる一撃の有無だ。
リアンの槍撃は全てが恐ろしい力を込められている、成程、それなら並みの相手ならば打倒出来たであろうな。
だが、俺様相手にそれは何の有効打にもならんのだ。俺様だけじゃない、ケルゼックを初めとした少し力のある魔族共相手であっても、それは致命的な欠点だぞ』
彼ははっきりとリアンに告げていた。お前の槍では、力のある魔族には通じないと。その言葉が今、どこまでもリアンの心に深く突き刺さっていた。
恐らく、否、間違いなく今度の相手はケルゼックを超える魔族が相手だ。それもリアンの追い続けたメイアを退ける程の強者達。
勝たなければならない、絶対に勝利を掴んでメイアを助けなければならないのに、リアンの心に確固となる自信が持てなかった。
自分の槍は、通じないのではないか。自分の槍は、届かないのではないか。ノウァの言う『絶対的に頼れる一撃』というものが、自分にはないのだから。
もし、自分の槍が届かなければ、もし、メイアを救う時に自分の力が無力だったならば。そんな恐ろしい想像を、リアンは必死に頭を振って掻き消そうとする。
どんな相手でも、負けられない。勝たなければいけない。あの人を救う為に、強くならなければならない。
不安を必死に払いのける為に、リアンは槍を握り、家族の誰にも気付かれないように外へと出ていく。実直な彼が己の心の不安を塗りつぶすには、只管槍を振るうしかないのだ。
自分を鍛え、これ以上ないと確信出来るほどに槍を振ることで、はじめて自信の裏打ちするのだ。
家から少し離れた広場で、リアンは必死に槍を振るう。しかし、その心が集中されることは無い。いつもならば槍を振るうことだけに没頭出来る心が、今は酷く落ち着かない。
槍を振り抜き始め、百を数えた頃に、リアンは堪らず槍を地面に突き立て、奥歯を食いしばる。心に溢れる情けない気持ちを必死に押し殺していた。
それは、ひたすら上を目指し続けたリアンが感じる初めての気持ちだった。これまで一年以上も共に歩いてきた神槍レーディバルが、今は酷く小さく見えた。
これだけの名槍を、そんな惨めな状態にさせてしまうのは間違いなく自身のせいだ。自分自身の力不足が、この槍を小さく見せてしまうのだ。
拳を強く握り締め、リアンは渇望してしまう。力が欲しいと。あの人を救う為の力が、欲しいと、強く。
ノウァの言う通り、今の自分が力不足であることは痛い程に痛感している。メイアが攫われたという現実が、一歩一歩確実に強くなろうとしていたリアンを焦らせる。
その焦りが槍に迷いを生み、鈍さを生じさせる。悪循環に陥りそうになるリアンだが、そんな彼に背後から声をかける者がそれを許す筈が無い。
「ぬはははは、どうしたリアン、雑念ばかりの槍捌きとはお前らしくもない。神槍レーディバルが泣いてしまうぞ」
「サトゥン様……」
リアンが振りむいた先には、サトゥンが木に背を預け、いつものように笑みを浮かべて立っていた。
その笑みは、リアンが大好きな笑みだった。全てを安心させる、心を託せる強き人の笑みで。
槍を両手で持ち直し、リアンは正直に胸の内を吐露する。隠し事はしない、出来ない、それがリアンとサトゥンの関係だったから。
「不安が、消えません。僕の槍は、メイア様を攫った者達に届くのかと、そればかり考えてしまいます」
「ふんむ、リアンは既に相当の強さを持っている。そんなお前の心を不安にさせる理由は何だ?」
「先日、ノウァという人と戦いました。その人には僕の槍が一切通じず、彼に言われたのです。
僕の槍には『絶対的に頼れる一撃』が無いから怖くは無いと。それではケルゼックのような力のある魔族相手では有効打に欠ける、と。
僕達が次に戦う相手は、あのメイア様を倒した程の相手です。そんな相手に今の僕が、本当に通用するのかと……そればかり、考えてしまいます」
素直に不安の理由を吐きだすリアンに、サトゥンは黙ったまま耳を傾けていた。
そして、少し考える素振りを見せた後で、サトゥンはリアンを見つめ返しながら、まっすぐに問いかける。
「リアンよ、お前は何処を目指す?」
「何処、ですか?」
「強さを追い求めることは、言ってみれば切りが無い。何と並び立ちたいと願うか、何より強く在りたいと願うか、その心の終着点だ。
お前は今までメイアを目標としていたのだろう。だが、メイアは敗北した。メイアを超えようとしていたリアンは、最早メイアと同等ではその者に勝つことは出来まい。
これまで私はお前を振り回し続けてきたが、ここで今一度リアンの心を問いたい。お前の目指すべき場所は何処だ?お前は誰より強くなりたいと願う?」
普段のふざけた色を見せず、サトゥンは真剣にリアンへと問いかける。
サトゥンの問いかけに、リアンはその答えを自身の心の中で探す。自身の目指すべき終着点とは、誰より自分は強くなりたいのか。
思い出す、自分が槍を取った理由を。思い出す、自分が日々何を思い、何をなすべき為に、何を胸に描いて槍を振り続けたのか。
それは、他より強くなりたかったからか。誰かを超えたいと願ったからか。誰かを打倒したいと考えていたからか。
――否、断じて否。自分が力を追い求めたのは、そうじゃない。人より強くなりたい、人に勝ちたいからという理由なんかじゃない。
自分の答えを、リアンはサトゥンへ伝える。胸の奥に宿り続けた原初の想いは、今も色褪せることなく輝いていて。
「僕は、誰かを打倒する為に強さを追い求めません。僕は、誰かを超えることが本当の目的じゃないんです」
「では、お前は何ゆえに力を求める?」
「守りたいからです。誰かを倒すことではなく、誰かを守る為に力を振るうことを、僕は誇りたい。
あの日、サトゥン様が僕達を救ってくれた光景は、今もなお僕の胸の中に強く焼き付いています。魔獣達から僕らを守ってくれたサトゥン様の背中に、僕は心奪われたのです。
誰かを救う為に、誰かを守る為に、力を行使する。敵に打ち勝つ為の力ではなく、大切な人々を守り抜く為の力を僕は追い求めたいのです。
今はメイア様を守り救う為の力が……そして、いつの日か、サトゥン様をお守り出来るだけの力が、僕の目指すべき場所なんです」
「私を、守る力だと?」
「はい。今はサトゥン様に頼ってばかりですが、いつの日かきっと――サトゥン様に追いつき、その背中を守れるくらいに……僕はなります」
はっきりと断言するリアンに、サトゥンは意表をつかれたような、少し驚いたような表情を浮かべる。彼のそんな表情は珍しいものだ。
だが、リアンの瞳から本気であるという意志が伝わり、やがてサトゥンは身体を震わせて笑い出す。抑えきれなかった感情が爆発する。
それはもう、これ以上ないほどに近所迷惑な程の高笑いだ。慌ててリアンがサトゥンに声を落とすように指摘するものの、サトゥンはどこ吹く風だ。
気持ち良いくらい笑い明かしたあとで、サトゥンはリアンの首元に腕を回し、愉悦を抑えきれないとばかりに興奮気味に口を開くのだ。
「我が盟友にして最愛の親友リアンよ!よくぞ、よくぞよくぞ胸の中の強き心を私に宣言してみせた!
その覚悟、その意志、その想い、全てをこの私、勇者サトゥンがしかと受け取った!うははははははは!」
「わわわ、サトゥン様、もう夜中ですからあまり大きな声は……」
「打倒する為ではなく守る為の力、実に良い響きだ!実にリアンらしく、実に私好みの答えである!愛おしいぞ、リアン!
お前のその純粋な想い、勇者として友として応えねばなるまい!お前のその胸の悩み、この私が全て解消してみせようぞ!」
がははと笑いながら、サトゥンは短い呪文を詠唱し、その場に異空間への裂け目を生みだす。
その裂け目に、リアンを抱き抱え、迷うことなく突入する。突然の行動に、リアンはまさにされるがままだ。
サトゥンが生み出した異空間に、リアンは初めて足を踏み入れる。その世界は、まさに異空間に相応しき幻想の世界だ。
四方八方が暗き虹色の歪んだ世界が広がり、足場はないはずなのに、大地を踏みしめるような感覚が確かにある。
奥底の見えない果てなき世界を見回すリアンに、サトゥンは嬉しそうに、そして自慢げに胸を張って語り始める。
「むはははは、驚いたかリアン!ここは我が生み出した空間領域である!」
「生みだした、ですか?」
「然り!ここならばどれだけ暴れようと、物音を立てようと、人間界には何ら干渉はしない!
村の者達を起こす心配もないからな!リアンの心配の種は全て取り去った最高の戦闘場所という訳だ!がははははは!」
「戦闘場所、ですか?」
訊ねかけるリアンだが、サトゥンが巨大な剣をいつのまに握りしめていることに気付き、身を固くする。
武器を持つ者と対峙して、身体が反応してしまうのはリアンが戦士たる証だ。槍を握る力を思わず強めてしまったリアンを楽しげに笑い、サトゥンは大剣を肩に抱えて説明する。
「先程リアンは私に言ったな。メイアを攫った者どもに自分の槍が届かないかもしれぬ、と。
そして、ノウァとかいう輩にも『絶対的に頼れる一撃』がないお前を恐れることは無いと言われたと。
ならば、その悩みを私が解決してやろうではないか。リアンよ、お前は大きく誤解をしている」
「誤解、ですか?」
「お前の槍は、魔人相手にも届く力を付けている。その為の力はこの一年で十分に叩き込んだつもりだ。
だが、その力をまだ意識的に発揮出来ていないこと、それをノウァという輩は指摘したのだろう。
覚えているか?氷蛇であったか、あれを屠った時に、グレンフォードがやってのけたことを」
サトゥンの言葉に、リアンはグレンフォードと氷蛇レキディシスの戦いを思い出す。
自分達がどれだけ斬りつけても打倒出来なかった氷蛇を、グレンフォードは簡単に両断してみせた。黄金の輝きを天壊斧ヴェルデーダから放たせて。
あの黄金の輝きの正体は、既にグレンフォードからもサトゥンからも説明を受けている。あれは生命の輝き、戦う者が発する気。
「闘気、ですね」
「正解である!お前達の持つ武器は、私が生みだした最高傑作にして叡智の結晶!
持ち主の闘気を吸い、破壊力へと変換させるまさに選ばれし英雄の為の武器なのだ!
闘気を自在に操ることが出来るならば、例えどのような敵が相手であろうと、リアンの槍が届かぬ相手など存在しない!」
「ですが、僕はまだ闘気を上手く使うことが出来ず……」
グレンフォードの師事を乞い、リアンとマリーヴェルは日々闘気を使う為の訓練を欠かすことは無い。
だが、それでも闘気を易々と使いこなすことは難しく、まだ二人は闘気を武器に流し込むことすら出来ずにいた。
気配は感じることが出来る。武器を握れば、高まる胸の熱を感じ取ることは出来るのだ。だが、それを上手く扱うことが出来ない。
それは仕方のないことだ。才溢れ経験を積み重ねたグレンフォードですら齢を重ねて初めて到達できた世界、それが闘気の使用なのだ。
リアンやマリーヴェルは恐ろしい才能を持っているが、それでも闘気を自在に扱うには若すぎる。じっくりと訓練鍛錬を積み重ねて目覚めるものなのだ。
そのことを認識しているリアンは肩を落とすが、そんなリアンにサトゥンは笑いとばして話を続ける。
「うむ!本来ならばリアンが闘気を使いこなすには、まだまだ時間が必要なのだろう!
だが、お前は先程言ったな!メイアを守る為の、そして私の背中を守る為の力が欲しいと!」
「は、はいっ」
「ならば気長に目覚めを待つなどと、そのようなことをしていては永遠に私には追いつけぬ!
私と並びたいと想うならば、それくらいのことは今すぐにでもやってもらわねば困るのだ!故に!」
「ゆ、故に?」
「私は!メイアとの約束を!今ここに!破ることを宣言する!
くははははははは!リアン達との模擬戦を固くメイアに禁じられていたが、何、緊急事態だ!やむをえまい!
強くなりたいと願う英雄に応えずして、何が勇者か!リアンよ、お前が闘気の動きを掴むまで、今夜は私と全力で戦うのだ!」
ビシッと自身を指差し、サトゥンは大剣を一度二度と振り回して心から楽しそうに笑う。
彼の発言通り、サトゥンはリアン達との模擬戦をメイアに禁じられていたのだ。理由は簡単だ、桁が違い過ぎるからだ。
サトゥンはあまりに破格の強さであり、リアン達が剣を交えても、何一つ勉強にならない。サトゥンが用いる戦闘体系は、人間では真似出来ぬ領域なのだ。
彼と剣を交わしても、積み重ねた自信と経験がへし折られるだけ。まだリアン達には早すぎる、故にメイアが封じていたのだが、そのメイアがいないので、サトゥンは意気揚々と禁を破る。
そんなサトゥンを呆然と見つめるリアン。当然だ、闘気を扱うことと、サトゥンと戦うこと、一体どこがどうつながればそうなるのか。
そのことを素直に告げるリアンに、サトゥンは自信満々に答えを紡ぐ。
「ふむ、実に簡単なことだ。はっきり言って私は強い!
これから私達が戦いに向かう連中が、どのような者かは知らぬが、間違いなくそのような連中とは比較にならぬ程に私は強い!
その私と戦い、闘気を使いこなせたならば、リアンがどんな相手であろうと臆する事は決してありえぬ!闘気を使いこなせないということもあるまい!
リアンよ、今お前に必要としているもの、それは切っ掛けだ!闘気を使わなければ勝てない程の相手との真剣勝負、その環境に身を委ねてこそ、初めて感じるモノもあるだろう!
故に!その役目、他の誰でもないこの私が請け負う!さあ、全力でかかってくるがいい!」
剣を構え、リアンの攻撃を待つ、サトゥン。そんな彼に、リアンもまたやがて意志を固め、槍を構える。
初めてサトゥンと武を交えることに、リアンは気付けば胸が高鳴っていた。原初の憧れに、自分の槍が何処まで届くのか。
意を決し、リアンはサトゥンへ向けて疾走し槍を振るう。だが、サトゥンはリアンの心の『甘さ』を即座に読み切り、リアンの槍を片手で簡単に掴みとる。
「なっ!?」
「愚か者!だれが訓練のつもりでこいと言った!
槍にまるで相手をねじ伏せようとする意志が込められておらんではないか!やりなおし!」
サトゥンは槍の穂先を片手で握りしめたまま、リアンごと大きく振り回し、見えない足場へと叩きつける。
背中から叩きつけられたリアンは、迫りくる殺気を感じ取り、必死にその場から逃げる。その判断は正しいことを刹那に理解する。
リアンが居た場所に、サトゥンが手に持つ大剣を叩きつけたからだ。少しでも逃げるのが遅れていたならば、リアンは剣に叩き潰されていたであろう。
冷や汗を流し、槍をサトゥンに向けるリアン。彼の心が真剣なモノへと強制的に移動したことを感じ取り、サトゥンは楽しげに笑って口を開く。
「そうだ、それでいい。真剣でなければ、闘気を使いこなすことなど夢また夢の話よ。
心と体、全てを総動員して立ち向かうがいい、リアン。お前が今、対峙している相手は勇者サトゥンではなく――この『俺』、破天のサトゥンなり。
小細工や小手先が『俺』に通じると思うな。お前の意志を、想いを槍に乗せ、全身全霊を賭して打ってくるがいい!」
サトゥンから発される恐ろしい程の重圧に、リアンは心押し潰されそうになるが、決して後ろには引かなかった。
大地を力強く踏みしめ、槍を構え、決して逃げない姿に、サトゥンはリアンに気付かれないように心の奥底から喜ぶのだ。
自身に向けられる槍に込められた想い、その純粋さ真っ直ぐさを何処までも愛おしく思いながら、サトゥンはリアンの想いに応えるように大剣を振るう。
かつてない程の強大な存在を相手にしてもなお、逃げぬリアンの勇気。その成長を噛み締めながら。
大木に背を預けたまま、瞳を閉じていたグレンフォードだが、人の気配を感じ、ゆっくりとその両目を開く。
視線の先には、彼が待っていた人物達の姿があった。一人は完全に意識を失い、背負われた背中の中でぐっすりと眠ってしまっているが。
そんな彼らに、グレンフォードは訊ねるように言葉を投げかける。
「随分ボロボロにしたようだな。明日早朝出発としていたが、時間を遅らせるか?」
「がはは、問題ないわ。どうせ敵地に辿り着くまで、時間はあるだろう。リアンはその間、ずっと寝かせてやればいい」
「そうか。それで、リアンの方はどうだった。手を合わせたのだろう?」
「たった数時間の戦闘で見違えるほどに強くなれる程、世界は甘くはなかろう。だが、この経験は必ず活きる筈だ。
切っ掛けとなる種はまいた。あとはリアン次第だが……何の問題もないだろう」
そう言って笑うサトゥンに、グレンフォードは彼の右胸へと視線を向ける。
右胸と脇の中間地点、その場所に大きく貫かれたような跡。肉体こそ修復されているが、服の穴までは直せない。
グレンフォードの視線に気付いたのか、サトゥンは苦笑しつつ口を開くのだ。
「見た目こそ繕っているが、右腕は明日まで使い物にならんだろうな。くはは、まさか最後の最後で届かせるとは」
「……先程からやけに嬉しそうだな」
「当然だ。これほどまでに嬉しいことが他にあるものか。
一年前、私に救いを求めた少年が、今やこれほどまでに大きくなった。リアンの成長が、私は嬉しくてたまらない」
「まるで我が子の成長を喜ぶ親のようだな」
グレンフォードの言葉にサトゥンは満足気に微笑むだけで否定する事は無かった。
自身の背中の中で疲れ果て、ボロボロになって眠るリアンの熱を感じながら、サトゥンは瞳を閉じて呟くのだ。
「私の背中を守れるくらいに強く……か。その日は案外遠くないのかもしれんな。
何処までも真っ直ぐ強くなれ、リアン。私はその日が訪れることを心から楽しみにしているぞ――我が永遠の親友リアン」
(筋肉)(リアン)(筋肉) 次も頑張ります。
サ ン ド イ ッ チ
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。




