40話 勇者
リアンに遅れてサトゥン達もトントの街に辿り着き、そこに広がっていた絶望の光景に誰もが言葉を失った。
瓦礫と化した街は、以前のような華やかさの面影など微塵も残らず、街全体が死んでいるかのような空気に包まれてしまっている。
ロベルトは、その光景をみて身体を震わせる。彼が、魔物の手による大規模な破壊と絶望を感じたのは生まれて初めてのことだったから。
ライティは、恐怖を必死に抑えるかのように、ロベルトの手を強く握り締める。彼女もロベルト同様、ここまでの死を感じる街は初めてだった。
グレンフォードは、苦渋に表情を歪める。彼は同様の経験を十年前に積んでいる。その日のことを、思い出してしまっているのだろう。
ミレイアは、未だ目の前の光景が現実であることを受け入れられない。自分を必死に保つことで、精一杯なのだ。
そしてサトゥンは、視線をかつて領主館であった場所から逸らそうとしない。ただ無表情のまま、かつてリアンと共に乗りこんだ、いまはクレーターと化した地を眺め続けていた。
誰もが動けない中、ただ一人身体を動かしたのはマリーヴェルだ。彼女は必死に周囲を見回し、駆けだしてゆく。
そして、彼女は路上にて探していた少年の姿を発見する。大地に膝をつき、涙を零し、心を絶望に染め上げた少年――リアンの予想以上の様相に、マリーヴェルは戦慄する。
誰より彼の傍で戦い続け、誰より彼を傍で見続けたマリーヴェルだからこそ、感じ取ることが出来た。このままではリアンは、彼の心は壊れてしまう、と。
この光景を見て、リアンはメイアの死という苛酷な現実に触れてしまった。心から慕うメイアが殺されてしまったという現実は、リアンにとって耐えがたく重すぎるモノだ。
いくら強くても、魔物を退治出来ても、リアンは普通の村で育ったただの少年なのだ。マリーヴェルのように王族として、様々な覚悟を乗り越えてきた訳でもない、ただの優しい少年なのだ。
否、人一倍優しい少年が、大切な人の死を前にしたのだ。現実の重みに加え、きっと少年は自分を責める。彼はそういう人間だから、優し過ぎる人だから。
メイアの死という現実は、マリーヴェルとて平常心ではいられない。未だ現実だと思えない。泣き叫びたくなる、胸の衝動を抑えきれない。
けれど、それを必死で歯を食いしばって耐える。今、自分まで壊れてしまえば、きっとこの少年は再び立てなくなる。少年の笑顔が、二度と見られなくなるような気がした。
故に、マリーヴェルは考える前に身体を動かしていた。地に伏すリアンを力いっぱい抱きしめ、必死で言葉をぶつけるのだ。
「死んでない!メイアは、あの人は魔物なんかに殺されるような、そんな女じゃない!」
「マリーヴェル、メイア様が……メイア、様が」
「幾ら泣いてもいい、どれだけ泣き喚いてもいい!でも、絶望なんかするな!
私達までメイアが死んだなんて勝手に決めつけてしまったら、メイアだって戻るに戻れなくなるでしょう!
そうよ、メイアが……メイアが、死んだりなんか、するもんか。あの人は、この国で一番強いんだから……だから、絶対、死なないわ」
リアンに見えぬように、マリーヴェルは溢れ出る涙を必死に押し隠すように強くリアンを抱き締める。
自分が口にしている言葉が、どれだけ根拠のない言葉なのかも分かっている。けれど、それでもマリーヴェルは口を止めない。
何度も何度もリアンに、そして自分に言い聞かせるように、メイアは生きている、メイアは生きていると繰り返すのだ。
自分とて不安がない筈が無い。何かに縋りたい気持ちがない筈が無い。それらを押し殺し、必死にマリーヴェルは強く強くリアンを支えるように抱擁する。
失いたくないと思ったから、守りたいと思ったから。かつて自分を救ってくれた少年の、優しい心を絶対に守ってみせると、決めたから。
その抱擁は、リアンが落ち着きを取り戻すまで続けられた。まるで我が子を守る獣の母親のように、マリーヴェルはリアンの心を守り続けたのだ。
日も暮れ、夜を迎え。
サトゥン達は、トントの街の傍で野営をすることとなる。今日一日の間、彼らは街中で情報収集を行い続けたのだ。
一体トントの街に何が起きたのか、一体どのような化物がこのような非道を行ったのか。その化物は何処へ消えたのか、そしてメイアは。
手分けしてトントの街に残る兵士や街の人々に話を聞き込み、上がった情報を纏めると、トントの街での惨劇の形が浮かび上がった。
半月前、突然街の上に巨大な飛竜が現れたこと。飛竜の上から、氷塊が街中に降り注ぎ、街を壊滅させてしまったこと。
その魔物を退治する為に、メイアが単身で空を駆け、そして戻ってこなかったこと。飛竜は北東へと飛び去っていったこと。
話を聞く限り、やはりメイアは街を襲った化物と戦い、そして敗れ戻ってこなかったという。そのことから、人々はメイアが殺されたのだと認識しているが、確証はない。
だが、逆にメイアが生きているという証拠もない。この街の惨状から考えて、人間であり抵抗したメイアを生かす理由を探すほうが難しい。
話を纏めれば、纏める程に全員の心に絶望という陰りが心に満ち溢れていく。
あのメイアが、勝てなかった。グレンフォードと肩を並べる程の達人であるメイアが。
この場の誰もが、メイアに生きていてほしいと願う。だが、その可能性が極めて低い事実にも気付いてしまっている。
故に、何も言いだせない。次に自分達が何をすればいいのか、分からないのだ。
メイアを探すのか、メイアを討った敵を探すのか。探すとしても、どこを探せばいい。メイアの場所も、敵の場所も分からない。
為すべき行動を見失った面々は、視線を俯かせて沈黙する。絶望が支配する沈黙の世界――それを打ち破ったのは、これまで一言も発する事がなかったサトゥンだった。
「さて、それではいい加減、メイアを救出するための方法を皆で考えようではないか。
情報も大分まとまってきた、方向性をそろそろ結論付けねばな!話し合いの時間である!うはははははは!」
これまでの重い空気が嘘であるかのように、バカ笑いをするサトゥン。そんな彼に誰も彼もが唖然としてサトゥンへ視線を送る。
メイアが生きているかどうか、そのような現実をまるで認識していないかのようなサトゥン。
それが皆の心を慮っていないように感じられたのか、少し棘のある口調で、マリーヴェルがサトゥンへ窘める。
「ちょっと馬鹿勇者、空気ってモノを考えなさいよ。メイアは……」
「ぬははははは!空気など読んでいたらあっというまに時間が過ぎてしまうわ!
お前達はメイアが死んだと決めつけているようだが、それは間違いだ!メイアは生きている!そして我らの助けを待っている!」
「そ、そうなんですか、サトゥン様!メイア様は、生きてるんですか!」
「勇者は嘘など言わぬ!当然である!」
「……その根拠は何よ。何をもって、メイアは生きていると断言するのよ?」
「そんなもの決まっておるわ!勇者としての私の勘である!」
その場に立ちあがり、胸を反らして自信満々に言い放つサトゥンに、マリーヴェルは言葉を失ってしまう。
否、マリーヴェルだけではない。その場の誰もが言葉を失い、何と声をかけていいのか分からないといった状況だ。
あまりに適当過ぎる、人の気持ちを考えないサトゥンに、怒りを覚えたマリーヴェルが焚火に使っている薪を投げつけようとしたその時だ。
これまでとは違い、サトゥンは真剣な表情をして、この場の全員に言葉を続ける。
「お前達の不安は分かる。メイアの安否も分からぬ、敵の強さも分からぬ、居場所も掴めぬ、この現状に絶望してしまうのも無理はない。
だが、その不安と絶望――全てこのサトゥンが預かる。お前達にはこの私が、勇者サトゥンがついている、何も恐れることは無い。
メイアの命も、何があろうと私が必ず助けてみせる。後ろを向くな、臆するな、私を信じて前に突き進め。
心潰れそうになったならば、何度であろうと私を頼れ。私が絶対に何とかしてみせる。メイアの命も、お前達の想いも、全てこの私、勇者サトゥンが守ってみせる。全てを救う者、それが勇者である!」
拳を握り、力説するサトゥンの言葉。それはどこまでも力強く、そしてどこまでも意志の込められた言葉で。
そんなサトゥンを見つめていた面々だが、やがてその沈黙は途切れる。最初に我慢出来なかったのは、マリーヴェルだった。
サトゥンの言葉に、マリーヴェルは思わず笑みを零し、笑ってしまう。彼女を皮切りに、やがて連鎖するように笑顔が伝播していく。彼らの心の中が、一つの想いで統一されていく。
――ああ、そうだ。何も不安に思うことはなかったのだ。自分達には、この人が、サトゥンがついているのだから。
リアンは思い出す。自分達の村が魔獣に襲われ滅ぼうとする中で、サトゥンが救ってくれたことを。
マリーヴェルとミレイアは思い出す。永きに渡る王家の忌まわしき負の連鎖を、サトゥンが力を貸して断ち切ってくれたことを。
グレンフォードは思い出す。戦う牙を失った自分を叱咤し、因縁の氷蛇を打倒する為の刃を与えてくれたことを。
ロベルトとライティは思い出す。強大な化物二匹を一人で相手にし、人間の尊厳を奪う醜悪な化物を打倒してみせたことを。
自分達が歩き出せた切っ掛け、その全てはサトゥンだった。サトゥンがいたから、戦えた。サトゥンがついていたから、奇跡が生まれた。
普段は馬鹿な行動ばかりで振り回してくれるくせに、その背中は誰よりも力強く頼りになって。
その彼が、救うといった。助けるといった。ならばそれは、絶対なのだ。きっと彼ならば、どんな絶望の状況でもひっくり返してみせる。
きっと彼ならば、何とかしてみせる。それが勇者サトゥンなのだから。
リアンは溢れ出そうになる涙を拭い、サトゥンの前に跪き、槍を掲げる。以前は、サトゥンに頼るだけだった。救ってくれと、願うだけだった。
だけど、今は違う。リアンはサトゥンに戦う力を、意志を与えてもらった。ならば、今告げるべきは助けてくれ、ではない。
リアンは真っ直ぐにサトゥンに視線を送り、はっきりとした言葉を、サトゥンへと伝えるのだ。それは己の成長した姿、それは己の戦う心。
「サトゥン様。どうか――どうかメイア様を御救いする戦いに、僕を加えて下さい。
以前はサトゥン様に頼るだけでした……ですが、今度は僕も、貴方の力になりたいのです。メイア様を、助けたい」
「当然だ――立派になったな、戦士リアン。それでこそ、我が右腕、神槍リアンである」
一年の時の流れが、少年と勇者の立場を変えてゆく。
一方的に守られるだけの立場から、共に戦場で肩を並べる友へ。そんな二人に、面々は次々に己の意志を示していくのだ。
「ま、当然私も戦うけどね。メイアにこれまでのリベンジしないといけないから、さっさと連れ戻さないと」
「わ、私も戦いますわっ!神魔法で皆様の補助くらいなら出来ますから!」
「友を助けるのは英雄として当然のこと。俺も当然いかせてもらう」
「弟分のリアンの憧れの人なんだ、ここで逃げちゃあ格好悪過ぎるってもんだろ。逃げ道なんざ最初から用意してねえよ」
「私も頑張る。メイアって人にも会ってみたい、楽しみ」
次々に立ちあがる面々に、サトゥンは優しく笑みを零しながら頷いていく。
まるで先程の絶望が嘘であるかのように、希望がパーティを照らしていく。それはいつもの、何処までも前だけを向く英雄達の姿だ。
サトゥンという支えを持って、彼らは再び立ち上がる。メイアの命が在ると、二度と疑わない。サトゥンを信じて、真っ直ぐに未来を見つめる。
その光景に、グレンフォードは静かに口元を緩めて笑う。これが、サトゥンが勇者であるということなのだろうと感じて。
勇者とは、人々に光を与えるもの。人々に希望をみせるもの。成程、それならばサトゥンはまさしく勇者以外の何物でもないだろう。
彼がこれまでやってのけた奇跡が、行動が、彼ならば何とかしてみせる、やってみせるという力強い安心感を生みだしたのだ。
メイアの生存が絶望的であることに変わりはない、それでもパーティの心の絶望をサトゥンは全て一身に受けとめ支え、希望に変えてみせた。
メイアの生が確認出来ないのではない、メイアの死が確認出来ないのだ。死体もなければ、殺されたのを見た者もいない、それはすなわち、彼女が生きている可能性があるということ。
たとえ僅かな希望でも、それを大きな輝きに変えてみせる。それが勇者サトゥンの強さなのだ。グレンフォードは心から敬意をサトゥンに表して、彼の話に耳を傾けるのだ。
「我ら勇者一行の意志は固まった!我らが目的はメイア奪還、そしてトントの街をここまでしてくれた輩共に鉄槌を加えることである!
という訳でメイアを攫った奴らの居場所を導いてくれ!ちなみに私は微塵も見当がつかんぞ!さっぱりわからん!ぬはははははははは!」
「胸張って白旗あげてんじゃないわよ!でも、街の連中の情報じゃ、確かに素性なんて微塵も分からないわね……
巨大な飛竜に、北東の方向へ消えたくらいしか情報がないのよね」
「そもそも、そいつらは何でトントの街を襲ったんだ?街を壊滅させる目的だとしても、中途半端じゃないか?
何せ、聞いた限りじゃ街の人々の大多数は生き延びて逃げたんだろ?普通なら皆殺しとか、そういうことをするんじゃないのか?」
「そうよね……仮に何か目的があったとしたら、その目的を遂行して、達成したから去っていった。その目的とは何?」
ああでもない、こうでもないと議論を始めたメンバー。
飛竜が腹をすかしたから人間を襲いに来た、領主館に何か宝でもあったのか、暇潰しで意味は無い等、様々な意見が交わされる。
だが、街の者達から得た情報は極めて少なく、当然結論など導けるものではない。数十分の時を費やしても一向に答えが出ず、行き詰まった状況が続いてしまう。
困った状況に、お手上げだとばかりにロベルトは頭を押さえながら嘆息して言葉を紡ぐ。
「ああー……全然分かんねえ。ライティの時みたいに、分かりやすい理由とかねえのかよ」
「ライティさんの時、ですか?」
ロベルトの呟きに反応したのはミレイアだ。
あの時唯一現場にいあわせていなかったミレイアに、ロベルトはその時の状況を説明し始める。
「こいつを攫った親玉、ケルゼックとかいう化物だったんだが、そいつは何かライティを生贄にしたかったらしいんだよ」
「生贄……もう少し詳しくお話頂いても」
「ええと、何だったかな。何でもそいつは邪竜王とかいう奴の復活が目的だったらしくてな。
それを復活させるには、ライティが必要だったらしいんだよ。何でも、ライティを邪竜王の聖地とかに連れてくって語って……」
そこまで話した時、ロベルトは言葉を止める。彼の記憶に何かが引っかかった為だ。
ライティの事件と今回のメイアの事件、それらは何のつながりもない筈だ。だが、何故かロベルトは心に引っかかりを覚えた。
思い出されるのは、ケルゼックと対峙した時。あのとき奴は、何と言っていた。ケルゼックはライティに、何と話していた。
『まあよいわ、ワシの目的はお前を連れて帰ること。生贄が二つ揃い、間もなく邪竜王様の目覚めは始まる』
あの時ケルゼックは、生贄を二つと言っていなかったか。
正直、ケルゼックと戦っていた時はそのことでいっぱいいっぱいで気にも留めていなかったが、二つとはどういうことだ。
一つは間違いなくライティのことだ。そして、もう一つとは一体誰のことを指しているのか。
あの時ケルゼックは、ライティを連れて帰ることで生贄が二つ揃うと言った。すなわち、片方は既に捕まえているということではないか。
思い出せ、あの日、ケルゼックと戦った日は何日だ。その日は確か、このトントの街が襲われたという日の翌日。
ロベルトの中で、嫌な予感が形となる。極めて低い可能性だ、だがゼロではない。故に、ロベルトは皆の意見を聞く為に自分の導いた結論を口にする。
「……もしかしたら、メイアさんの居場所、分かるかもしれねえ」
「ほ、本当ですかロベルトさん!メイア様は一体どこに!」
「お、落ち着けリアン、抱きつくな!確実だとは言えねえ段階だ、当てが外れてるかもしれねえ!」
「それでもいいわよ!今は少しでも情報が欲しいのよ、ほら、さっさと吐きだしなさい!」
「ぎゃーー!剣を、剣をこっちにむけんじゃねえ!話すから、全部話すから!」
みんなにもみくちゃにされながら、ロベルトは自分の推論を語っていく。
もしかしたら、メイアは邪竜王とやらの生贄の為に攫われたのではないか。そして、その場所が、邪竜王の聖地とやらではないのか。
あくまで根拠は薄いことを前提としながらも話し終えたロベルトに、一同は少し考えた後に、結論を出し始める。
「確かに偶然かもしれない。偶然かもしれないけれど……可能性は、きっと、一番高いわ」
「そうだな。何も手がかりが無い中だ、一番最初に当たってみるには十分な情報だろう」
「お、おい、本当に根拠なんか何もないんだぞ?あのケルゼックが適当ぶっこいてただけかもしれないんだぞ」
「外れたら外れた時で構わないわよ。その時はロベルトを一発ぶん殴ってそれで次を探すだけだもの」
「何で俺がぶん殴られてるんだよ!」
「大丈夫。ミレイアがいるから、平気、ロベルト」
ようやく明確な方向性を打ち出せた功労者のロベルトをみんなで讃えながら、メイアを探す為の目的地が決まる。
その場所は、邪竜王の聖地。そこに向かおうと結論が出たものの、全員の心はあることで一致していた。それを代表してミレイアが訊ねかける。
「……ところで、邪竜王の聖地とやらは、どちらにありますの?」
「……北東に向かえば、いつか見つかるんじゃねえかな」
「そもそも邪竜王って何よ。生贄だの復活だの、そんなに凄い奴な訳?」
邪竜王の聖地どころか、邪竜王すら知らぬメンバーに、目的の場所へ辿り着ける訳が無い。
結局ふりだしに戻りかけた議論であるが、そこに待ったをかける人物がいた。ロベルトの膝の上に座っていたライティが小さく手を挙げて発言をしたのだ。
「もしかしたら、お母さんが知ってるかもしれない」
「お母さんって、フェアルリさんか?」
「うん。お母さん、流浪の民の一族の歴史とかに詳しいから、昔のこと沢山知ってる。邪竜王のことも、何か知ってるかもしれない」
「ふはははは!ならば話は早いではないか!我らの最初の目的地は、キロンの村に戻ることである!そこでフェアルリに話をきこうではないか!」
サトゥンの言葉に、一同は頷き、ようやく今後の方針が定まることとなる。
翌朝を待ち、陽が昇ると共に村への帰路へとつくこと。メイアを救う為の旅は、全てが始まった村に戻ることからスタートする。
その日の夜更けのこと。リアン達が疲れ果て、寝静まった中で、まだ起きている人物が二人いた。
それはグレンフォードとサトゥンだ。ミクロンの街より購入し、持ち帰った酒を交わしながら、二人は穏やかな時を過ごしていた。
揺らめく焚火の炎を見つめながら、グレンフォードはぽつりとサトゥンに言葉を紡ぐ。
「……先程は、見事だったな。皆の絶望を、不安を、見事に掻き消してくれた。
本来は俺も担うべき役割だっただろう……力になれず、申し訳ない」
「何度も言うが、それが私の役割だからな。勇者たるもの、皆の不安絶望悩み全てを受け止めて先導する務めがある。
むしろ、私はマリーヴェルに感謝しなくてはならぬ。怒りに我を忘れるあまり、リアンのフォローを怠ってしまった。失態である」
「リアンか……あれは急激な身体の成長に、心の成長が追いついていない。今回の件は堪えただろう」
「誤った方向に成長されては困る。リアンの心は、優しさと清らかさが武器となる、変に濁らせては輝きを失ってしまう。
あれはいずれ人間の頂点に立つ男だ。どこまでも優しく、そして純粋に強くなってもらわねばならぬ。その心を、マリーヴェルが守ってくれた。あれは良い女だな、胸は足りぬがな、がはは」
グレンフォードに注がれた酒を、サトゥンは一気に飲み干して、次を次をとせがむ。
そんなサトゥンに再び酒を注ぎながら、グレンフォードは再び言葉を紡いでいく。
「しかし、メイアが負ける相手とはな……邪竜王といったか、その部下ですらそれほどの使い手か」
「強さなど問題ではない。どんな奴らであろうと、そ奴らの命運は既に決しているのだ、気にする事もない」
再び酒を一気に呷り、サトゥンは杯を地に置いた。
そして、サトゥンの表情を見たグレンフォードは言葉を失う。それは、今まで見たことのなかったサトゥンの容貌だ。
その瞳には怒りの色が灯り、恐ろしい程の殺気をまき散らし。氷蛇と初めて対峙した時ですら、これほどの恐怖をグレンフォードは覚えたことが無かった。
よくよくみれば、サトゥンの唇からは血液が流れていた。それは、彼が怒りを噛み殺し、己が唇を噛み切ってしまったからに他ならない。
身体の中で暴れ回る怒りと言う名の猛獣を必死に飼い慣らしながら、サトゥンは恐ろしく冷酷な声で告げるのだった。
「数えるのも億劫になる程の時を生きているが、このような感情は初めてだ。怒りとは、憎悪とは、このような感情なのだな。
どこのどいつかは知らぬが、『俺』の大切な仲間に手を出してくれたのだ――楽に死ねると思うな」
その身に初めて憎悪と憤怒を灯した破壊の魔神サトゥン。
神すらも殺し尽くす鬼神の怒りが、この世界にて解放される時は、近い。
穏やか(疑惑)な心を持ちながら激しい怒りによって目覚めたサトゥン。次も頑張ります。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。




