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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
四章 影刃・聖魔
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幕間5話 慟哭






 港町ミクランを出発し、キロンの村へ向けての帰路についた勇者一行。

 破壊してしまった船の代金はミレイアによって払い終え、当初の目的でもあったデンクタルロスも倒してしまった為、この街で特に残る用はない。

 往路のメンバーに加え、復路ではロベルト、ライティという新メンバーを追加しての旅である。

 流浪の民が先にキロンの村に行き、そこで永住を始めることが決まった為、ライティは当然キロンの村に住むことになる。

 そして、ロベルトもまた英雄となる為に、格好良い自分となる為に、皆と一緒に行くことにしたのだった。


 その決意は生半可なものではなく、これまでの甘え府抜けた自分を一掃し、生まれ変わるのだと街を出る時に意気込んでいたロベルトであったが、早くも苛酷な扱きに悲鳴を上げていた。

 戦いのイロハも何も知らないロベルトの教育係として任命されたのは、やはり長年の経験と力のある英雄グレンフォード。

 その彼が、街を出る時にロベルトにサラリと告げた一言、それは『武器を振るう身体が出来ていない。キロンの村までひたすら走れ』だった。

 ここからキロンの村まで、馬でも半月かかる距離である。『冗談でしょう』と笑って返したロベルトだが、どこまでも真剣に『走れ』と告げるグレンフォードに、彼が冗談などいう男ではないことを理解する。

 ミクランの街を出てからというもの、ロベルトは走りに走り抜いていた。汗と涙と鼻水と、情けない悲鳴をあげ続けて只管必死に。

 何せ、ロベルトは自分のペースで走ることを許されない。彼が全力疾走をするその後ろを、グレンフォードが暴れ牛に乗って追走しているからである。

 獰猛な牛は、まるでロベルトを餌か何かと勘違いしているかのように、楽しそうに角を振り回して追ってくるのだ。すなわちロベルトは、走っているというより逃げているだけなのである。それが彼の身体の底からの全力疾走へとつながっていた。

 余談であるが、グレンフォードの乗っている牛は、キロンの村で病に伏していた雌牛のモーに、サトゥンが高笑いと共に色々強化してたら、何か気付いたらいつの間にかこんな風になってしまったという超巨大牛である。

 体重700キロ超、天を貫くような三本の角が可愛らしい、とても人懐っこくて村の子供達に人気のグレンフォード騎乗用魔獣牛である。


「ぐれん、ふぉーどの、旦那は、人間じゃねえっ!おに、あくまっ、ひとでなしっ!こんなの人間の、所業じゃねえっ!」

「大丈夫です、ロベルトさん!ミレイアさんの回復魔法の準備はいつでも出来てますから!」

「そういう、問題じゃ、ねえだろおおおおおおおおおおおお!」


 共に並走しながら息一つ乱さないリアンに悲鳴をぶつけながら、ロベルトは思うのだ。やっぱりどいつもこいつもここの連中は普通の人間じゃねえ、と。

 サトゥン達と共に行くことを決め、全員がどうして共に勇者業をしているのか、その話をロベルトは聞いていた。

 勇者と自称するサトゥンが人間ではなく、魔人という異世界の住人であることもきいたが、ロベルトは今一つピンとこない。ただ、サトゥンが人外ということだけは納得した。あれが同じ人間な訳が無いとなんとなく思っていた為である。

 ただ、サトゥン以外の人間、その誰も彼もが規格外過ぎる。話を聞けば、リアンとマリーヴェルは二人でレグエスクというケルゼックのような化物を打倒したというし、グレンフォードに至っては単身であのレキディシスを一刀両断してしまったなどという始末だ。

 自分と同様にサトゥンから武器を与えられた英雄達は、今の自分などでは肩を並べることすら出来ない程に既に強者なのだ。

 言うなれば、彼らは既に英雄であり、自分は『英雄志願者』。その事実に、ロベルトは息をぜえぜえと切らしながらも、思わず笑みを浮かべてしまう。

 それでいい、と。それでこそ、目指し甲斐がある、と。今までサボりにサボって生きてきた自分が、彼らとスタート地点が違うことは、当然だ。

 彼らのように強くなるには、誰かに拠る力ではなく、自分で立つ力を磨かなければならない。そうやって彼らは、強くなったのだ。ならば自分もそうならなければならない。追いつかなければならない。

 もしもサトゥンが神と例えるのならば、神は自分の『冥牙』という切っ掛けを与えてくれた。自分が変わる為のターニングポイントを与えてくれた。

 ならばあとは、どれだけ自分が歯を食いしばって耐えられるかだ。格好良い自分になる為に、どれだけ根性見せられるか、全ては自分との勝負なのだから。

 そんなロベルトの心境を読み取ったのか、モーの上で腕を組んで眺めていたグレンフォードは、優しく静かに笑みを湛えながら、言葉を紡ぐのだ。


「いい表情だ、素質も有り、折れぬ強き心も在る。近い未来、お前も必ず良き戦士となるだろう――だが、肝心の脚が止まっているな」

「ひぎいいいいいいいいい!」


 モーの優しい突き上げを食らい、ロベルトは空中で見事な六回転を決める。

 宙に浮いたロベルトを拾うのは、他ならぬライティの仕事だ。ミレイアと馬を二人乗りしているライティは、小さく呪文を紡ぎ、ロベルトを光の鎖で縛りつけ、ミレイアの傍まで引きよせる。

 失神した状態のロベルトに、ミレイアは本日六度目となる治癒魔法をかけ、ロベルトの身体を癒すのだ。

 彼女の神魔法は、大陸随一の力を持つ。瞬時に回復してしまったロベルトは、『頑張って』と言うライティの応援を背に受けて、再びモーの前へと降ろされるのだ。

 そこから再び始まる猛レース。次の休憩地点まで、ロベルトの疾走は終わらないのだ。

 グレンフォード、人にも自分にも厳しい男である。また、それが厳しいということを微塵も理解していない、根っからの戦士馬鹿、天然男である。

 そんなロベルト育成計画の旅路の中で、サトゥンは馬を駆るマリーヴェルと並んで空を駆けながら、ひたすらカードゲームに興じていた。

 あまりにサトゥンが勝ち過ぎた為、途中で拗ねてゲームを投げ出したマリーヴェルに、必死に遊んで遊んでとせがむサトゥンの滑稽な姿を、ミレイアは視界に入れなかったことにした。何も見ていなかったことにした。






 休憩地点へ到達し、息も絶え絶えに草原に横になるロベルト。幾度もモーに突き上げられたものの、結局彼は心折れることなく休憩時間まで走破しきったのだった。

 寝転がって必死で息を整えようとするロベルトに、隣で水を渡したり、汗を拭ってあげたりしているライティ。

 彼女の献身ぶりを見つめながら、マリーヴェルは息を吐きながら素直な感想を述べるのだった。


「本当に懐いてるのね。どうみても歳の離れた兄妹か何かにしか見えないけど」

「マリーヴェル、一応その、ライティさんは私達より年上なのですから……懐くというのは」


 だが、そんなマリーヴェルの言葉を否定しきれないミレイア。ライティはカルガモの子供のように、どこでもロベルトにべったりなのだから。

 ロベルトのあれっぷりなところしか見ていないマリーヴェルには、微塵も理解出来ない光景だが、それを口に出して否定をすることはない。

 人の趣味はそれぞれ、ああいうのが好きな子も一人くらいいてもいいだろうと勝手に結論付けていた。最早ロベルトとライティの仲はパーティ内ですら公認らしい。本人は頑なに認めないが。

 やがて、呼吸を落ち着かせたロベルトは、ゆっくりと草原から上半身を起こしてライティに感謝の言葉を述べる。わしわしと頭を撫でながらだ。

 恋人と言うか、本当に歳の離れた妹に対する扱いそのものなのだが、ライティは気にしていないらしい。嬉しそうに目を細めてされるがままに受け入れていた。

 小動物を可愛がりながら、ロベルトは視線をリアンの方へとふと向ける。リアンは休憩中でありながら、一人黙々と槍を振るっていた。

 その姿に呆れるように肩を竦めて、茶化すようにロベルトはリアンに口を開くのだ。


「いやいや、オーバーワーク過ぎるだろ。さっきまで俺と一緒に走ってたのに、休みなしで槍の素振りとか、ありえねえだろ」

「あはは……休まなきゃとは思うんですけど、村が近づいてくるにつれて、何だか落ち着かなくなっちゃいまして。

少しでも強くなっておかないと、メイア様に勝てませんから。後悔だけは残したくないんです」

「お、なんだなんだ、リアンの口から女の名前が出るとは思わなかったぞ。ははーん、メイアって人がお前の良い人か?」

「良い人ですか?メイア様は凄く良い人ですよ。格好良くて、綺麗で、強くて、僕の憧れなんです」

「おうおう、皆まで言うな皆まで言うな。つまるところあれだろ、リアンの好きな女ってことだろ?」

「なっ!ち、違っ!」


 顔を真っ赤にしてうろたえるリアンを見て、ロベルトはにんまりと顔を緩めて立ちあがり、リアンの方へと近づいていく。

 新しい玩具が見つかった子供のような表情をして、ロベルトはぽんぽんとリアンの肩を叩きながら、真剣な表情で訊ねていく。


「そのメイアって人は、お前と同じ年くらいの女の子か?」

「い、いえ…ええと、メイア様は僕より四歳年上の方で」

「年上か!いやあ、良いじゃないか、青春青春!……それで、美人か?」

「は、はい……とても、綺麗な方です」

「くうううう、やるじゃねえかこの野郎!デカさは!デカさはどうなんだ!」

「でかさ、ですか?出会ったばかりの頃は身長は同じくらいだったんですが、今は僕の方が高くなってて」

「そこじゃねえよ!女に対してデカいかどうかっつったら、そんなの……ひっ」


 ロベルトが口に出来たのはそこまでだった。いつの間にか彼の首元に黒き刃が突き付けられていたのだ。

 恐る恐るロベルトは視線を刃の持ち主へと滑らせると、その犯人は美しい微笑みを湛えてロベルトへと『優しく』忠告するのだ。


「リアンは純粋にメイアに勝ちたいから鍛錬しているのであって、それ以外の感情なんて何もないのよ?

分かったなら、それ以上余計な口をリアンに向けて開かないでくれるかしら?それと、女性の大きさとは、何を指すのか、私に詳しく教えてくれる?」

「う、器の大きさのことです、はい」

「そう、それならいいのよ――もし余計なことをリアンに言ったら、次は本気で刺すわよ、幼女趣味」

「よ、幼女趣味じゃねえ!」


 辛辣な言葉を吐いて、マリーヴェルは月剣を鞘へと納めて距離を取っていった。

 二人の会話が聞こえなかったリアンはきょとんと首を傾げるものの、事情を話せばロベルトの首が跳ぶ。

 本人は気付いているのかいないのか分からないが、どうやらマリーヴェルはリアンとメイアのその手の話がお気に召さないらしい。

 素直にそう言やいいだろうが思春期が、などと心で毒づくものの、ロベルトはそれをマリーヴェルに決して言わない。怖いから、言えない。

 そもそも言える人間がこの世にいるのかとすら震えながらロベルトは思うのだ。ただ、言える魔人はいたらしく、戻るマリーヴェルに『嫉妬か!嫉妬しているのか!くははは!青いぞ小娘!』などと茶々を入れては、マリーヴェルに蹴り飛ばされていたりした。

 これ以上藪蛇はつつくまいと心に決め、ロベルトはそういう惚れた腫れたの話題は抜きにして、リアンと話を続ける。


「そのメイアって人に、リアンは戦いを挑むのか?……って、ことは、もしかしてお前より強いのかよ」

「ええ、勿論です。僕はメイア様にコテンパンにされてまして」

「リアンをコテンパンって……マリーヴェル嬢ちゃんより上か」

「本人が言うには、今やれば私が勝つって言ってますけどね。マリーヴェルも僕と同じ、メイア様にコテンパンにされた仲間ですよ」


 リアンの話を聞いて、ロベルトは青天井の世界に溜息をつくしかない。

 このリアンですら、あのマリーヴェルですら及ばない女がいるのか。そのことにロベルトは考えてみれば当たり前かと納得する。

 自分が必死でリアン達を追いかけ始めたように、リアン達もまた追いかける存在が在って当然なのだ。

 そのことにロベルトは更に自分に気合を入れ直す。これから先、絶対にサボったり気を緩めたりすることなんて出来ないと理解したからだ。

 リアン達は、更に上を見て全力で走っている。それを追いかける自分が立ち止まってしまえば、その背中はすぐに見えなくなってしまうだろう。

 だからこそ、今は必死で食らいつくしかない。決して引き離されるように、置いて行かれないように、同じ英雄として立つ為に、必死でその背中に。

 軽く息を吐いて、ロベルトはリアンに笑って素直に応援の気持ちを伝える。


「どれだけ強いのかは想像も出来んが、メイアって人とリアンの戦いが始まったら、せいぜい必死に応援させてもらうさ。

頑張れよ、リアン。お前だってとんでもないびっくり人間なんだ、自信を持って勝ってくれよ」

「はいっ!」


 力強く頷くリアンに、ロベルトはじーっと見つめた後で、ライティにするようにワシワシとリアンの頭を乱暴に撫でてみる。

 最初はびっくりするような表情をしたリアンだが、やがてライティのように何も反論せずに受け入れる。

 ライティが人見知りするウサギなら、さしづめこいつは人懐っこいワンコだな、などと思いながら、ロベルトは彼の頭を撫でつづけていた。

 少しばかり歳の離れた弟が出来たような気分になるロベルトだが、リアンもまた少しばかり歳の離れた兄が出来たようで、喜んでいるようである。

 二人が良ければそれでいいのかもしれない。ロベルト・トーラ、不幸に愛されている、非常に面倒見のいい兄貴分である。














 道中の中で何度も倒れては回復魔法をかけられ、倒れては回復魔法をかけられ。

 その地獄の日々からロベルトが解放される瞬間がもうすぐ訪れようとしていた。ミクランを離れて二週間、とうとう彼らはもうすぐトントの街という場所まで辿り着いていた。

 トントの街はメイアが領主を務めている街で、そこから更に山を越えればキロンの村へと辿り着くことが出来る。

 最後の頑張りだと旅路を進めるサトゥン達だが、ふとある違和感に気付く。最初に気付いたのはマリーヴェルだ。

 トントの街は、なかなかに大きな街であり、日々この場所を起点として商人達がゆきかっている。

 だが、サトゥン達がこの街に近づくにつれ、すれ違った人々は全てがトントの街から出ていく商人や人ばかりだ。

 逆にトントの街へ向かおうとしている人間が、何故かサトゥン達くらいしかいないのだ。勿論、人の流れが偏ることはあるだろう。だが、マリーヴェルはそこを見逃さず、思ったままに感じた言葉を告げる。『何かがおかしい』と。


 一度マリーヴェルの違和感を皆が心に持てば、その違和感は次第に異常への確信へと変わる。

 トントの街から出ていく人々の様子がおかしいのだ。皆一様に暗い顔をして、たくさんの荷物を抱えて移動している。

 まるで引っ越しでもするかのような様相。やがて、マリーヴェルがすれちがう一人の男性を捕まえ、何かあったのかを訊ねかける。


「ちょっと貴方、トントの街で何かあったの?商人やら街の人やら一斉に夜逃げしているみたいな状態だけど」

「お嬢ちゃん、旅の人か。なら、悪いことは言わねえ、今トントの街に向かうのは止めとけ。危険だし意味もねえよ」

「危険?意味もない?どういう意味よ、もっと分かるように教えて」


 追及するマリーヴェルに、男性は大きく溜息をつき、言葉を紡ぐ。


「――化物が街に現れたんだよ。半月前のことだ、とんでもない化物が暴れ回って街中を滅茶苦茶にしちまった」

「なん、ですって……?」

「数日前にメーグラグアスの騎士団達が来てくれて、街はいま復興の為に動いてるが……とても人の住める状況じゃねえよ。

一年前は山の向こうの村が魔獣に滅ぼされて、今度はトントの街も滅茶苦茶にされて……世界に一体何が起きてるんだって話だよ」


 男性の話に、その場の誰もが言葉を発せられない。

 化物が現れ、街を壊滅させた。その事実が、信じられない。トントの街は城塞都市だ、外周を強固な防壁に囲まれ、魔物程度の攻撃ではびくともしない作りになっていた筈ではないか。

 何より、あの場所にはメイアがいる。グレンフォードと肩を並べる程の実力者である彼女がいて、トントは壊滅させられたというのか。

 静寂が支配する中で、マリーヴェルは必死に一番の疑問を訊ねかける。信じたくない、信じられない。だが、聞かなければならない。

 絶対にあり得ないと思っている。けれど、それでも、現実を直視する為に、マリーヴェルは震える声で、訊ねかけるのだ。


「領主は……メイア・シュレッツァは、どうしてるの?あの人は、無事なの?」

「領主様は、生死不明だよ。兵士達の話じゃ、とんでもない化物と一人戦っていたそうだが、返り討ちにあっちまったって話だ。

死体は魔物が持ち帰っちまったそうだから、骨すら残っていないそうだ。良い人だったのに、酷い話だよ……」

「……嘘、だ」

「っ、リアンっ!」


 気付けばリアンは、走りだしていた。獣の走りすら置き去りにする程の速度で、ひたすら真っ直ぐにトントの街へ。

 頭がぐちゃぐちゃになって、まともな思考など働かない。働けない。ただ、この突き付けられた現実はまやかしだと必死に何度も何度も叫び続ける。

 そんなこと在る筈が無い、あの人は強いんだと、負けたりする筈なんかないと。

 トントの街にいけば、いつもの街並みが広がっていて。領主の館にいけば、きっとあの人がいつもの優しい笑顔で迎えてくれて。

 彼の話していたことは全て嘘っぱちで。また村に戻れば、優しい日常が待っていて。

 みんながいて、そしてそこにはメイア様がいて。微笑んでいて。何処までも憧れつづけたあの人に、自分は並び立つ為に挑戦するのだ。

 優しい未来だけを、優しい世界だけを夢想し続け、リアンは駆けた。そして、トントの街へと辿り着き――彼の心を、現実と言う絶望が押し潰す。



「うそ…だ……こんなの、うそ、だ……」



 堅牢な城壁は、最早見る影もなくボロボロになっていて。

 華やかな町並みは、瓦礫の山へと化していて。一年前、サトゥンと共に訪れた美しき街の景色は、どこにも存在せず。

 リアンの視界が滲んでいく。最早まともに働かぬ視界の中で、リアンは必死に領主の館へ目を向ける。

 そこは、街の中で一番激しく破壊され。クレーターのようにくり抜かれた大地は、何人たりとも生かしてはおかぬと絶望を主張するように。

 その光景が、リアンの最後の力を難なく奪い去ってしまった。彼はその場に膝をつき、零れ落ちる涙を止めることなど出来なかった。


 約束していた。一月後に、再び会おうと。

 ひそかに決めていた。次に会った時、挑戦しようと。

 自分を鍛え続けてきた憧れの人に、自分の成長を優しく見守り続けてくれた憧れの女性に、並び立つことを夢見てきたのに。

 その夢は、二度と叶わぬことになる。リアンが憧れつづけた女性は、最早この世に存在しない。最早リアンは、彼女に追いつくことも並び立つことも、出来はしないのだ。

 その現実が、リアンの心を壊していく。地面に拳を叩きつけ、嗚咽交じりの咆哮が、破壊された街中へとむなしく響き渡る。







『――それではまた会いましょうね、リアン。貴方の行く未来に、女神リリーシャの加護があらんことを』







 リアンが心奪われ、どこまでも憧れつづけた人。

 どんな時でもリアンの為に惜しみなく助力し、彼の良き師で在り続けた女性。



 メイア・シュレッツァ――リアンの想い続けた彼女はもう、何処にもいない。








鬱展開にはなりません、無理です、作者死んでしまいます、胃が壊れます、泣きます。

あと一話幕間が入って、次章に入ります。やっと彼女の章に入れます、本当に長かったようで短かったようで、不思議な気持ちです。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。次も頑張ります。

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