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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
四章 影刃・聖魔
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38話 聖魔






 老人の身体が変容し、分厚い筋肉という鎧に覆われたケルゼックの恐ろしき力の込められた一撃を、サトゥンは容易に聖剣で受け止める。

 だが、止められたからといって、ケルゼックは左腕を引っ込めることはない。そのままサトゥンを押し潰さんと、更なる圧力を腕に加えていく。

 力勝負へと持ちこまれたサトゥンは、脚を石畳へと沈ませながら剣を押し返そうとし、小さく舌打ちをする。

 そんなサトゥンの反応に、ゲルゼックは表情を緩めながら更に力を加えていき、サトゥンを追い詰めていく。


「クカカカカ!先程までの威勢はどうした!ワシの首を切り落とすのではなかったのかの!?」

「そうしたいのは山々だが、私も色々と事情があってな。ふむ、老人の身体は偽りで、その力自慢がお前の真の武器か」

「然り!ワシは生創のケルゼック、他者の肉体も己が肉体も自由自在思いのままに変容出来る最強の魔族よ!

ワシの身体は最強無比にして不滅の肉体!この力と破壊力の前では、どのようなモノも塵芥と同義よ!このようになあっ!」


 己が力の全てを解放し、サトゥンを剣ごと石畳へ叩きつけようとしたケルゼックの動きに、サトゥンは剣を払って回避する。

 抵抗を失った魔物の左腕は、そのまま石畳へと叩きつけられ、足場ごと叩き割り、周囲に石欠片を飛散させる。

 後ろに下がったサトゥンを待っていたように、彼の後ろへ口を開いているのはもう一匹の魔物、ゲルゼーバだ。

 サトゥンのその身体を貫かんと、頭上の刃を彼の腹部へと突き立てる為に飛びかかるが、サトゥンはその刃を身体を宙に浮かすことで回避する。

 だが、ゲルゼーバの一撃を避ければ、今度はケルゼックが待っていたとばかりにその恐ろしきパワーで牙を突き立ててくるのだ。

 サトゥンとケルゼック・ゲルゼーバの戦いは圧倒的なまでにサトゥンが劣勢へと追い込まれていた。

 ケルゼック達が圧倒的なまでの攻撃を繰り出し、サトゥンはそれを必死に受けるか避けるかすることしかできない。時折剣を翳そうとするが、何かを躊躇うようにその動きを止めるのだ。


 サトゥン達の戦いがはじまり、その光景に絶句するのはロベルトだ。

 彼の心を占める感情は、忸怩たる思い。サトゥン達の戦う光景を見て、ただひらすらに己の無力を痛感するしかない。

 サトゥンの動きが、ケルゼックの攻撃が、目で追えない。遠く離れているというのに、戦闘についていけないのだ。

 まるで先程の骸骨達が児戯に思えるほどに、目の前の戦闘は世界が違う光景だった。まるで、サトゥンの力になれない。仮に飛び出しても、サトゥンの邪魔になるだけだ。

 そのことを何より情けなく、不甲斐無いと恥じ、悔しがるロベルトだが、それを責めるのはあまりに酷というものだろう。

 今日この日まで、ロベルトは一般人として生きてきた。このような化物と対峙したこともなければ、鍛錬を重ねた訳でもない。

 骸骨達を相手に、ライティを救い出したことだけでも大金星なのだ。その上、ケルゼックやゲルゼーバと対等に渡り合えなどと一体誰が言えるだろうか。


 悔しさを噛み締めながら、だがライティには指一本触れさせないと彼女を背で護るロベルト。

 そんな彼が、視線を背中のライティの方へと向ける。彼女は戦闘が始まってから、ずっと杖を構えたまま、サトゥン達の方を観察し続けている。

 はじめ、彼女の魔法でサトゥンを援護できるのではないかと提案しようとしたロベルトであったが、ケルゼックの恐ろしき力と速度を見てその言葉をひっこめた。

 今はサトゥンに頭に血が上り、サトゥンだけに集中しているが、もし余計な手だしをすれば、間違いなくケルゼックはこちらに狙いを切り替える。

 そして、自分を殺し、ライティが行動出来ない程度に痛めつけるだろう。それを容易にやってのけるだけの力が、奴にはあるとロベルトは肌で感じてしまっていた。

 ケルゼックのような桁違いの化物相手に、刃を向けろなどライティに言える訳が無い。自分達に出来るのは、ただこうやってサトゥンを見守るだけなのか。

 唇を噛み締め、思わず視線を逸らしそうになったロベルトだが、そんな彼にライティは言葉を送る。それは、はっきりと意志の込められた言葉で。


「駄目、目を逸らさないで」

「ライティ……?」

「サトゥン達から目を背けては駄目。サトゥンは私達に共に戦おうと言った。サトゥンが頑張ってるのに、私達は逃げちゃ駄目」

「だ、だけどよライティ、サトゥンの旦那達の戦いには俺達はお荷物で……」

「荷物なんかじゃない。絶対に、私達にも出来ることがある筈。

よく見ること、相手を観察すること、それが戦う者の何より大事な力であり素質……きっと、サトゥンの為に私達が出来ることが、ある筈」


 それは、心折れぬ者の言葉。それは、諦めぬ者の意志。

 ライティの紡いだ言葉に、ロベルトは唖然としたものの、やがて意を決したように、己が両頬を強く叩き目を見開く。


 ――そうだ、俺は何を勘違いしていた。戦うことは、武器を手にして化物と同等に立ちまわるだけが戦いじゃないだろう。

 ――この場で、あの化物達と戦えるのはサトゥンの旦那だけだ。そして、俺達が化物から勝利を奪うとる為にすべきことは、その旦那のフォローだろうが。

 ――剣で負けても良い。力でねじ伏せられても良い。ただ、格好悪い真似だけはしねえ。仲間が頑張ってくれてるんだ、その力になることこそが、本当に格好良い男ってもんだろうが!


 必死に目を凝らし、サトゥン達の戦闘をロベルトは観察し始める。それはド素人である筈の彼が初めて行う『観察』の力だ。

 暴れ狂う魔物達の姿は最早残像でしか追えないところだって多々ある。だが、それでも必死に食らいつくようにロベルトは観察し続け状況を把握しようとするのだった。


『サトゥンの旦那に対して敵はケルゼックとかいう筋肉爺とゲルゼーバとかいう巨大芋虫だ。二対一で、状況は圧倒的不利。

旦那が完全に防戦一方になってやがる。ケルゼックの野郎は力で旦那を強引にねじ伏せようとして、芋虫の野郎はその隙を縫って斬りこんできやがる』


 何故、サトゥンが防戦一方になっているのか。何故、サトゥンが攻撃に移ることが出来ないのか。

 その理由を必死にロベルトは考える。最初に考えられるのは、サトゥンの力が、ケルゼックとゲルゼーバの二匹を相手にして格下であるということ。

 サトゥンが純粋に弱いという理由ならば、劣勢という現状も簡単に説明がつく。だが、果たして本当にそうなのか?

 ロベルトはサトゥンの戦いを必死で目で追いながら、推測していく。あれだけ恐ろしい一撃を、サトゥンはどんな表情をして受けている?それは自分が骸骨達と戦っていたように、いっぱいいっぱいで必死な表情か?

 否、断じて否。サトゥンの動きには恐ろしい程に余裕があるようにしかみえないのだ。その証拠に、サトゥンはただの一度もケルゼックとゲルゼーバの二人を相手にしても一撃たりとてダメージを受けてはいないのだから。

 つまり、それだけの余裕がある筈なのだ。では何故攻撃に移らない。先程サトゥンはケルゼックの右腕を切り落としてみせた。同様にもう一度、奴らを叩き切ってしまえばいいではないか。

 サトゥンはケルゼック達の攻撃を避けながら、何度か剣を振ろうとするモーションはみせている。だが、その手をすぐに引くのだ。

 視線を何度もケルゼックとゲルゼーバとの間に交錯させながら、迷っているように。その動きに、ロベルトは強烈な違和感を覚えた。

 あれは、隙が見つけられなくて剣を抜けないのではない。サトゥンが剣を抜き、傷つけることを躊躇わせるだけの理由がそこに在る筈だと。


「旦那が剣を抜けない理由……?魔物相手に、抜けない理由なんかあるか……?

ケルゼックを殺せない……ケルゼックを失えない、何故?同様にゲルゼーバも傷つけられない……」

「……ロベルト?」

「待ってくれ、もう少し、もう少しだけ考えさせてくれ」


 ライティの言葉を遮り、ロベルトは再び視線をサトゥン達の方へと向ける。

 観察を重ねれば重ねるほど、新たな情報がサトゥン達の戦いから引き出されていく。サトゥンの視線は、どちらかといえばケルゼックよりもゲルゼーバへと向けられている。そちらに注意がいっているようだ。

 その意味をロベルトは必死に探る。ケルゼックよりゲルゼーバの方が強いからか?否、動きだけなら遥かにケルゼックの方が早いし重い。

 ならば、ゲルゼーバをより注視する理由は何だ。あれはレーゲンハルトを追った先にいた、ケルゼックが用意したというただの魔物で。


「待て、待てよ」


 己の思考にひっかかったノイズを、ロベルトは見逃さない。彼の思考を過った欠片を必死に拾い集めて形を作っていく。

 ここに来るまで、自分達は何をしようとしていた。レーゲンハルトの手からライティを救い出した。奴は逃げ出した。その後にサトゥンが現れた。隠し地下にレーゲンハルトが消えたという。逃げられてはかなわないとその後を追っかけようとした。そうすると、突然地下から振動と巨大な何かの咆哮が響き渡ってきた。そして、地下を訪れてみると、化物二匹がそこにいた。

 あまりの衝撃的な眼前の光景に、ロベルトは忘れてしまっていた。そう、そうだ。自分達は追いかけてきた筈だ。それなのに、何故――


「――何故、レーゲンハルトの野郎がいない?」


 この地下にレーゲンハルトが逃げ込んだ理由は、恐らく協力者であり黒幕であるこのケルゼックを頼ろうとしたからだろう。

 そこまではいい。事実、ケルゼックはこうして自分達の前に現れ、対峙している。では、その肝心のレーゲンハルトは何処へ消えた?

 このケルゼックがレーゲンハルトを逃がしたのか?貴重な協力者だからと、この『人間をどこまでも見下す化物』が、本当にそのようなことをしたのか?

 思い出せ、さきほどまでケルゼックが吐いていたおぞましき言葉達を。おもいだせ、こいつの人間観を。


『人間がどうかという問いに対しては……カカカ、そのような下等なモノと一緒にされては困るのう』

『まあよいわ、ワシの目的はお前を連れて帰ること。生贄が二つ揃い、間もなく邪竜王様の目覚めは始まる』


 人間を下等だと断じている奴が、レーゲンハルトという失敗を犯した駒に救いの手など差し伸べるだろうか。

 ましてや、目的であるライティはこの館に居るのだ。すなわち、レーゲンハルトの役目など既に終わっているのではないか。

 身体を流れる血液が、熱で沸騰しそうになる。その感情をロベルトは、必死で抑えつけながら冷静に思考を運ぼうとする。

 もし、仮にレーゲンハルトを役目が終わった駒だと見做したならば、ケルゼックは奴をどうする――決まってる、容赦なく切り捨てる筈だ。

 斬り捨てるとは、殺すのか。その可能性もあるだろう。だが、逃げ込んだ筈のこの部屋には、奴の死体など何処にも存在しない。

 一つの可能性として、ゲルゼーバに喰らわせた可能性もあるだろう。だが、ロベルトはもう一つの可能性に、辿り着いてしまう。

 その可能性は、何処までも薄汚く反吐の出る内容で。だが、否定は出来ない。奴の、ケルゼックの言葉が、一つの可能性を否定出来ないのだ。

 震える拳を必死に抑えつけ、ロベルトは視線をサトゥンと対峙する化物へと向ける。

 それはケルゼックではない。彼と共闘する、一匹の巨大な芋虫の化物。そのおぞましい化物を睨みながら、ロベルトは必死に感情を抑えながらライティに訊ねかけるのだ。


「なあ……ライティ、お前、確か魔法の天才なんだよな……

一つ訊きたいんだが、透視したり、生き物の気配を感じ取れたりするような、魔法って存在するのか」

「在る。私はそれを使って、流浪の民を襲撃した冒険者達を撃退していた」

「そう、かい。それじゃ、一つ頼みがあるんだが……この部屋の中で、一つ、人間の気配を探ってほしいんだが」

「気配?構わないけど、この部屋の中?」

「いや、もっと正確な場所を指示する。その場所は……あの芋虫の中、だ」


 ゲルゼーバを指差し、震える声で指示を出すロベルト。

 彼の心の揺れを感じ取ったのか、ライティは何か言いたそうな顔を一瞬みせるものの、すぐに魔法に集中し、ゲルゼーバに気配探知の魔法を唱える。

 刹那、ライティの無表情な顔が、驚愕に染められたのを見てしまい、ロベルトは己の感情の憤りを抑えるのが困難となる。

 彼の脳裏に思い出させるは、ケルゼックの吐きだした言葉。ゲルゼーバの体内から感じる『奴』の気配と、ケルゼックの台詞から、その答えは確実なモノとなってしまったのだ。


『――ワシは生創のケルゼック、他者の肉体も己が肉体も自由自在思いのままに変容出来る最強の魔族よ!』


 つまり、あのゲルゼーバと言う芋虫の正体は、ケルゼックがレーゲンハルトの命を弄んで生み出したモノのなれの果て、という訳だ。

 何処までもおぞましい現実に、ロベルトは怒りで我を忘れそうになる。人の命を、何処まで、コケにしてやがる、と。

 レーゲンハルトとて、腐った人間の一人だった。力に酔い、己が欲に溺れ、罪の無い者の命を何人も奪ってきた極悪人だ。

 正直、ロベルトにしてみれば因果応報だとも思う。人の命を軽んじた男の惨めな末路だと思う。だが、それと『これ』とは話は別だ。

 ロベルトの心を怒らせているのは、ケルゼックが何処までも人を踏み躙るような、その下種びた行動故にだ。

 レーゲンハルトを駒のように扱い、数多の罪を重ねさせ続け、用がなくなれば斬り捨て、その命を弄び玩具としている。

 このようなふざけた現実が、許されるものか。人間の命は、お前の玩具じゃない。例えレーゲンハルトのような男の命であっても、そのような扱いをしていい筈が無い。

 あの化物がレーゲンハルトだとすれば、サトゥンが攻撃に移行できない理由も明白だ。彼は、人間を傷つけることが出来ないのだ。

 恐らく、あの芋虫がレーゲンハルトであると気付いている。例え変わり果てた姿であっても、その命はレーゲンハルトなのだ。

 では、ケルゼックを殺せばいいのではと考えるが、それもまずい。もしかしたら、ケルゼックを殺すことで、レーゲンハルトを救う手段が失われてしまうかもしれないのだ。

 サトゥンとロベルトは短い付き合いだが、彼の性格は大分理解している。彼は恐ろしく馬鹿なまでの人間賛美主義者なのだ。

 理由は分からないが、彼は自分が勇者であると叫び、人々を救うことが己の役割であり使命だと考えている。

 そんな彼が、いくら悪逆非道な人間だったとはいえ、化物にされた者が対峙した時、殺そうとするだろうか。否、彼は必ず救おうとする筈なのだ。

 レーゲンハルトを元に戻す為に、サトゥンは行動しようとしている。だが、その一手を打てずにいる、だからこそジリ貧なのだ。

 全てが一つに結びついた時、ロベルトは拳を血が出そうになるほどに強く握り締める。力を貸せといっておきながら、全てを一人で解決しようとする馬鹿勇者に、頭が来てしまい。

 故に彼は、行動を起こすことを決める。ケルゼックだけではない、あの馬鹿勇者様の度肝を抜き去ってみせるために、ロベルトは大声でサトゥンへと叫ぶのだ。


「おい、旦那!何をもたもたしてんだよ!そんな魔物みたいな奴、一撃じゃねえのかよ!」

「ぬ、ロベルトか!むはは、みておけ、今に私が華麗に……」

「一撃で倒すなら弱点みたいなところ狙わないといけないんじゃねえのかよ!どこかあるだろ、そいつ『等』みたいな化物にも、やられちゃ困る弱点と言うやつが!」


 ロベルトの叫びに、サトゥンは軽く目を見開き――そして、待っていたとばかりに口元を歪める。それはどうしようもなく愉しい時にみせる愉悦の表情だ。

 ケルゼックの一撃を弾き返しながら、サトゥンはロベルトに向けて必死を装って言葉を紡ぐ。


「魔物も魔人も共通する弱点は、魔核に他ならんわ!それさえ潰せば、どんな強者であろうと絶命し滅びは免れぬ!

だが、それを容易く貫かせぬのが魔物達よ!やつらは体内の何処かに魔核を隠しており、正確にその場所をとらえ貫くことはほぼ不可能!」

「カッカッカ、その通りよ!強き者であればあるほど、魔核は体内奥深くに隠れ強固に守られておる!

試しにワシの魔核でも狙ってみるか、小僧よ。貴様程度の攻撃では、ワシの肉体を貫けるとは思えんがのう!」

「ああ、そうだな。今の私は正直、狙いすらまともに付けられぬ状態だ。私では無理であろうな……ふはは、私では!」


 話をそこで切り、サトゥンはケルゼックに向けて初めて自分から攻めへと移る。

 だが、サトゥンの剣は強固なケルゼックの肉体を貫くことが出来ず、弾かれてしまう。微塵もきかない攻撃などうっとおしいとばかりに、ケルゼックはサトゥンへの攻撃を再開していく。

 最早会話など出来ぬ状態となってしまったが、ロベルトは最早サトゥンの方を見ない。十分過ぎる程に、彼の意図はサトゥンへと伝わり、サトゥンもまたロベルトに返してくれたのだ。

 自分達が為すべき道は与えて貰った、ならばあとは実行に移すだけだ。その為にも、ロベルトがすべきは彼女に自分達の役割を伝えること。

 ロベルトは隣に立つライティに、自分達が為すべき行動を説明する。初めは驚いて聞いていたライティだが、やがて力強く頷き、杖を握りしめて詠唱を始める。

 詠唱を始めた彼女の周囲に現れるは七色の光球。それはどこまでも高密度に圧縮された彼女の魔力、そして杖自身の魔力の混合。

 その杖を渡す時、サトゥンは説明をし損ねてしまったが、今この時、伝説に名を残す杖はその名に恥じぬ輝きを見せる。

 かつでリエンティの勇者の英雄の一人、聖魔ヴィアレッタが使用し、数多の怪物を退けたという奇跡の力を宿す武器――虹杖スフィリカ。

 逸話に負けぬほどの強き力を込め、ライティは精神を集中して獲物への狙いをつける。彼女が狙うは当然、魔物達の弱点である魔核。

 それに気付いたケルゼックは、嘲笑混じりに表情を崩す。その程度の力で、自分の身体は貫けないと即座に感じ取った為だ。

 事実、ライティの練り上げた魔力は恐ろしき力を持つ者の、ケルゼックの鋼の肉体を貫き、魔核を消滅させるほどの力は無い。

 故に無駄な行動と断じ、ケルゼックは放置する事を決めたのだが、ゲルゼーバは違った。

 強大な魔力に反応してしまい、攻撃対象をサトゥンではなくライティへと向けてしまったのだ。

 その身体に生えた棘を、まるで魔法弾のようにライティへ向けて放ったのだ。当然、呪文の発動状態に入っているライティには、これを防ぐ術は無い。

 その少女の身を貫かんと、せまりくる棘達だが、ライティは微塵も集中を乱すことも恐怖に表情を歪めることもない。

 何故なら彼女は知っているから。自分がピンチになっても、きっと『彼』がなんとかしてくれると、信じているから。

 暴れ狂うその棘は、ライティの身には届かない。何故なら彼女の傍には、自分のことを『必ず護る』と誓ってくれた世界一格好良い英雄がいるのだから。

 ライティを抱き抱え、その英雄は襲い来る棘を必死に回避してゆき――そして、最後の棘を避けて、叫ぶのだった。


「やれ、ライティ!あの余裕かましたクソ野郎の顔色を思いっきり塗り替えっちまえ!」

「魔核確認……任せて、ロベルト――『我が下に集え、光の精霊達よ。我が道を阻む悪鬼をその力で貫いて!』」


 ロベルトに抱きかかえられたまま、ライティはその魔力光を解き放つ。

 その光は細く、しかし恐ろしい程に高密度に魔力が凝縮されていて。己が身を貫かんと襲い来る未来を予期し、ケルゼックはその身を守りに固める。

 だが、その行動は無駄に終わる。幾ら待てども己の身体に届かぬ魔力光に、ケルゼックは視線を上げて、その光景を目撃する事になる。

 ライティの解き放った魔力光は、自分ではなくゲルゼーバの魔核を寸分狂わず正確に貫いてみせたのだ。

 魔核とは魔物に必ず存在する心臓のようなモノ、それが壊されてしまえば、魔物は姿を維持する事は出来ず、命を絶える未来が待っている。

 ゲルゼーバも例に違わず、魔物としての生命が消え、核の苗床となっていたレーゲンハルトも共に死を迎えるかと思われた。

 だが、それをさせない存在が、この場所には在る。ロベルトとライティが成し遂げた奇跡を、決して無駄になどする筈が無いのだ。

 その者は、レーゲンハルトの身体を魔物から引っ張り出し、即座にレーゲンハルトへ治癒魔法を与える。

 魔核破壊から僅か数瞬の出来事、それはつまりレーゲンハルトが胸を貫かれてから即座に治療が成ったと同じ事だ。

 故に、迎えられる筈もない奇跡がここに成る。ギリギリのところで、レーゲンハルトはその命を救われたのだ。

 目の前の光景に、唖然とするのはケルゼックだ。当然だ、自分を殺す為だと思われていた筈の魔法が、まさかレーゲンハルトを救う為に使われるなど一体だれが考えるだろうか。

 しかも、サトゥンはそのレーゲンハルトを即座に治療したのだ。自分達を散々な目にあわせた男の命を救う等、魔族であるケルゼックからみても正気だとは思えない。

 そんなケルゼックの思考を読み取ったのか、サトゥンは愉悦を漏らしながら彼に対峙し、訊ねかける。


「理解出来ぬといった顔だな、私達がこいつを助けたのがそんなにおかしいか?」

「正気か?そやつはお前達の命を奪おうとしたのだぞ?レーゲンハルトなど、命を救ったところでどうなる?」

「くはははははは!これだから貴様等は愚かなのだ!こ奴がどれだけ悪人かなど知ったことではないわ!

他の誰でもない私の目の前で、人間の命が奪われようとしている!それだけで助けるには十分過ぎる理由ではないか!それが勇者よ!

他の者の事情など知ったことではない!私が私で在る為に!私がそうしたいから!それが正しいと信じる故に救うのだ!がはははは!」

「愚かな……ワシがわざわざお前達の代わりに裁いてやったというのに、無駄手間を」

「こやつの罪を裁くのは、こやつの罪によって心砕かれた者達だ!くはははは、そこに貴様のような塵の出番などないわ!」

「……もうよい、この下らぬ時間を終わらせるとしよう。貴様ではワシに勝てぬ。小娘以外を皆殺しにしてくれようぞ!」


 高笑いをするサトゥンを捻り潰そうと、ケルゼックは己が力の全てを込めてその拳をサトゥンに叩きつけようと疾走した。

 だが、その脚がサトゥンに向けて進むことは無い。何故なら、ケルゼックの脚が再び自らの意志で動くことは、もう二度とないのだから。

 激しい衝撃と共に、ケルゼックは顔から石畳へと叩きつけられることになる。何が起きたかを教えてくれたのは、身体の腹部より下に生じた恐ろしい程の激痛と熱だ。

 それほどの痛みが生まれてしまうのも、いたしかたないことだろう――何故なら彼は、目に見えぬほどの速度で、腹部から真っ二つに分断されたのだから。

 口から零れ出る吐血と、声にならぬ悲鳴。脳が判断出来ぬ状況。そんな彼に、頭上から紡がれるは恐ろしき程に冷酷な声。


「ああ、貴様は強敵だった。このような苦戦はいつ以来だろうな。魔人界にいたときですら、これ程までに手を焼いた記憶はないぞ。

そこの人間を助ける為には、貴様が植え付けた魔核だけを潰す必要があった。だが、今の私では魔核のみに狙いをつけられず、下手をすれば人間を殺していたかもしれない。

クハハッ、ロベルトとライティには感謝してもし足りんよ。二人は即座に私の狙いを読み取り、実行に移してくれた。本当に素晴らしい英雄達だ。

お前のような塵芥を相手に、私も必死に道化を演じた甲斐があったというものよ」

「きさ、ま……ワシを、だまして……」

「嬉しかったか?私と対等以上に渡り合えた時間は、愉悦に浸れたか?

だがな、いくら本調子でないとはいえ――貴様程度が『俺』に勝てる筈がなかろう?貴様程度の存在など、魔人界には腐るほどいたのでな」


 こぽりと更に血を吐きもどし、ケルゼックは必死にサトゥンから逃れよううともがこうとする。

 だが、サトゥンは既に聖剣を振り上げている。その瞳に容赦の色は無い。息を絶え絶えに、ケルゼックは呪詛を紡ぐのだ。


「おの……れ……ワシは、まだ、死ねぬ……邪竜、王様の……目覚めの時まで、ワシ、は……まだ……」


 それが、ケルゼックの残した最後の言葉となる。

 ケルゼックの頭を叩き潰すように聖剣を振り抜いて、サトゥンは何の感情を込めることもなく淡々と言葉を吐き捨てた。


「人の罪が人の手で裁かれる、それが道理であるのならば――魔の者の罪が魔の者の手で裁かれるもまた道理であろうよ」


 ケルゼックが完全に消滅したことを確認し、サトゥンは聖剣を異空間へと放り投げて戦闘終了の鐘とする。

 そして、先程までの真剣そのものであったサトゥンは消え去り、いつものサトゥンが戻るのだ。

 サトゥンを見つめるロベルトとライティに向けて満面の笑みを向け、そして高らかに勝利を宣言する。


「クハハハハ!勇者とその一行による、少女救出劇そして悪の魔物退治はここに達成を迎えたのであった!

親玉を倒したのは私、この私サトゥンである!ミレイア、ミレイアはどこだ!私の雄姿を記録せぬか!村の子供達に、新たなサトゥンストーリーを語り継ぐ為に……」


 彼が口に出来たのはそこまでだった。どうやら無理に無理を重ねたツケが、無敵の彼の身体にも押し寄せてしまったようだ。

 胸を張って高笑いしていた彼が、まるで身体の力を失っていくかのようにゆっくりと後ろへと倒れてゆき、石畳へ頭から強く打ちつけたのだ。

 その光景を呆然と見ていた二人だが、慌ててサトゥンへと駆けよる。大丈夫かと彼の顔を覗き込んだ二人だが――


「……気絶したのかと思えば。なんつう、楽しそうな寝顔してんだサトゥンの旦那は」

「サトゥン、幸せそう」


 その心配は無用の長物であると判断し、身体中の力が抜けるように彼らもまたサトゥンの隣へと腰を下ろすのだ。

 結局、リアンとマリーヴェルが駆けつけるまで、サトゥンの魔人人生で初めての気絶という、つかの間の休息は許され続けていたらしい。


 やりたいことを好き勝手に成し遂げた勇者の寝顔は、どこまでも幸せで溢れていて、そして誰よりだらしない寝顔だったという。







サトゥン「筋肉が足りない。脆弱」 次で四章は終りとなります、頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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