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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
四章 影刃・聖魔
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37話 魔力




 暗い地下への階段を必死に駆け降りながらも、レーゲンハルトの心を占めずにはいられない感情は恐怖と憤怒であった。

 全てが順調であった筈だったのだ。協力者から魔の力を与えてもらい、あちらの願いを聞き届けることで、その身はこの大陸全ての国を支配する王となる筈だったのだ。

 彼の者に言われるがままに、流浪の民の少女を攫ってきた。彼の者に渡された魔封じの首輪で、少女を無力化もした。

 あとは彼に少女を引き渡すだけで、この大陸の支配者となれる筈だった。それが今はどうだ。

 突如現れた訳の分からぬネズミに、決して壊れる筈のない魔封じの首輪を破壊され、挙句解き放たれた少女から彼の者に与えられた骸骨達は消滅させられてしまった。

 レーゲンハルトの怒りの矛先は、当然自分の邪魔をしてくれた青年と少女にも向けられてはいるが、それ以上に力を与えてくれた協力者へと大きく傾いていた。

 何が、人間如き容易にねじ伏せることが出来る力だ。何が、人間を超越した力だ。

 あれだけ苦労して歴戦の冒険者達を館に連れ込み、命を奪い、誰にも見つからないように骸骨の媒体としたというのに、何も出来ず消えていったではないか。

 たかが一匹のネズミすら殺せない力などを与えて、私を振り回していたのか。あのような人形劇をする為に、私はお前に協力した訳ではない。


 最早、八つ当たりとも思えるほどに過分な怒りを溢れさせ、レーゲンハルトは隠し階段の最果てにある一室へと入り込む。

 その部屋には石畳の上に大きく、そして禍々しき紅き魔法陣が描かれていた。レーゲンハルトは後ろを一度振り返り、まだ追手がきていないことを確認して慌てて懐から短刀をを取り出す。

 『急を要する場合は、己が血液を以って召喚と為す』。協力者との取り決めを脳裏に思い出しながら、レーゲンハルトは軽く親指を短刀で斬りつけ、魔法陣へと血液を垂らした。

 滑り落ちた紅き雫が魔法陣と触れることで、淡くそして禍々しい暗き光を放ってゆき、その陣の中央にやがて一人の人物が陽炎のように現れた。

 それは外見こそ老人であるが、濃い青の肌が彼を人間でないと証明している。大きく裂けた口に、巨大な目玉。その老人は、慌てふためくレーゲンハルトに対してゆっくりとその裂かれた口を動かすのだ。


「……はて、約束の時はまだ迎えておらぬが。ワシも暇ではなくてな、何用で呼び出したのか」

「何用もくそもないわ!ケルゼック、貴様、私を謀りおったな!何が人間を超えた力だ、あんなもの何の役にも立たないではないか!」

「ほう?クカカ、何だレーゲンハルト、もしや骸骨共が敗れたか。上質な骸骨共を用意せよとあれほど忠告しておいたであろうに」

「こ、この国選りすぐりの冒険者共だぞ!?最高級の骨を用意したわ!それが、それがあんな鼠共に……貴様が役に立たぬ力しか与えぬから、小娘には逃げられてしまったわ!」

「……ほう?あの魔封じの首輪は、何があろうと壊れぬように作っておいた筈じゃが」

「なんにせよ、全ては貴様の責任だ!早く私に新たな力を与えよ!奴らを、鼠共を一匹残らず私が捻り潰してくれる!」


 いきりたつレーゲンハルトに、ケルゼックと呼ばれた老人は、少しばかり考える仕草をみせたのち、『よかろう』と頷いてみせた。

 それでいいとばかりに上から早く寄越せと急かすレーゲンハルトに、ケルゼックはそっと手をかざし、そして――彼の腹部をその手で貫いた。

 突然のことに、何が起こったのか理解出来ず、口から血液を吐き零すレーゲンハルトに、ケルゼックは愉しげに笑い声を零しながら話し始める。


「ホッホッホ、人間とは愚かな者よの。その身に不相応な力を求め、その為にはどのような浅ましいことでもやってのける。

残念じゃがレーゲンハルトよ、貴様はもう用済みなのじゃよ。生贄の片割れは既に我らが手に在り、もう一つはこの館の中に在る。

最早何の役にも立たぬ貴様を、ワシがどうして生かしてやる必要があるかね?」

「ぎ……ぎざまっ……がっ」

「愉悦愉悦、人間を殺すというものは、実に心地よいものよな。その呻き声こそが最高の馳走よ。

邪竜王様が復活された暁には、ワシだけの人間牧場を作ってみるのも一興か。長年、己が力を封じられてようやく解放されたのじゃ、それくらいしても許されるじゃろうて。

……ああ、そうじゃった。確か貴様は、人間を超える程の力が欲しいんじゃったな。ならば最後の慈悲に、ワシがくれてやろうではないか」


 下種びた笑みを浮かべたまま、ケルゼックは暗き瘴気の煙を発生させる。

 その煙は半死の状態のレーゲンハルトを包み込み、やがて全ての身体を煙に包まれたレーゲンハルトは声一つ上げることすらできず。

 ゆっくりと瘴気の煙が部屋中へと広がってゆき、時間を置いて外側から煙幕が霧散され始め、その煙から一匹の化物が誕生する。

 その獣はおぞましい咆哮と共に、力強く石畳を踏み壊し、地下全体を振動させる。この世界に新たに誕生した化物を眺めながら、ケルゼックは愉しそうに口を開くのだった。


「そうさな、貴様の名は『ゲルゼーバ』と名付けよう。クヒヒ、嬉しいかレーゲンハルトよ。

貴様は我らと同じ邪竜王様の因子を与えられ、この世界に強者として人間達を蹂躙する存在と生まれ変われたのじゃ。

まず手始めに、ワシの邪魔をしてくれたネズミとやらをその力で踏み潰すがいい。その後は、この街じゃな。生贄二つが既に見つかった人間の国など、最早生かしておく理由など何一つないわ。カカカカカッ!」

















 魔獣の咆哮と大きな振動がロベルト達に伝わり、まずはライティを安全に外へ連れ出そうとロベルトが結論を述べた時、それは起こった。

 連れ戻そうというロベルトと、この場に残るというライティで意見が真っ二つに別れてしまったのだ。

 地上へ向かおうと必死にライティを説得するが、当のライティはロベルトの身体にがっしり抱きついてテコでも動こうとしない。


「いいから戻るぞ!頼むから聞き分けてくれよ!」

「やだ。ロベルトが残るなら、私も残る」

「いやいやいや、だから俺も一緒に地上に行くって。な、それならいいだろ?」

「でも、私を置いてロベルトここに戻るつもりなんでしょう。なら、嫌」


 長い兎耳をぴこぴこと動かしながらはっきり断言するライティに、ロベルトは目を泳がせて必死に言い聞かせる為の言葉を探す。

 ライティの言うとおり、ロベルトはライティを一度安全な場所に置いた後、この場に戻ろうとしていた。

 その理由は、ここまできて終幕を見逃すなど絶対に嫌だったから。恐らく地下には危険があるだろうが、もう自分は逃げることを止めた。

 逃げることなく、最後の瞬間を見届けたい。それがロベルトの本心だった。そんな彼の心を見事に見透かしているライティは、当然の如く動くことは無いのだ。

 どうしたものかと途方にくれるロベルトに、救いの手は差し伸べられる。否、救いの手というより、更に場を掻き乱して遊びたがる悪魔の手と言った方がいいかもしれない。

 黙って話を横で聞いていたサトゥンが、高笑いをしながら話に割り込んできたのだ。


「ふはははは!ロベルトよ、お前の負けだ!ライティは今、英雄として輝こうとしているのだ!

少女のひたむきな輝きは、最早誰にも遮ることは出来ぬ止められぬ!さあ、ライティと共に三人で悪の親玉に立ち向かおうぞ!うはははは!」

「いや、旦那は止める側だろ!何ライティを思いっきり連れて行こうとしてるんだよ!」

「ぬはははは、考えてもみろ!私達がライティの溢れ出る英雄としての覚悟を、一体どんな理由で止められると言うのだ!」

「そ、そりゃ、子供がやべえのと戦うなんて、命を賭けるなんて馬鹿げてるだろ」

「私から見ればロベルトもライティも稚児に過ぎぬわ!あと三千年は生きてから言ってみせるがいい!」

「だ、大体俺達の目的はライティを助け出すことだろ!そのライティをわざわざ危ない所に連れていく理由が」

「ライティ一人を何処かに置いていくよりは、私の傍においた方が何処よりも安全であるぞ!何せ私は勇者だからな!がはははは!」

「答えになってねえし!大体ライティ、お前何で残りたいんだよ。フェアルリさんが上で待ってるんだ、これ以上危険な目にあう理由なんて……」

「守りたい」


 ライティから発された言葉に、ロベルトは続けかけた言葉を呑みこむ。

 ただ真剣に、ロベルトを真っ直ぐに見上げながら、ライティは心の想いをぶつけていく。それはどこまでも透き通る程に純粋な想いで。


「ロベルトを、守りたい。ロベルトが危険な場所に飛び込むのなら、その背中を守りたい。それが私の理由」

「な、な、な」

「ロベルトを失いたくない。ロベルトと一緒にいたい。

貴方は私を助けてくれた。あんな危険な思いをしても、痛い目にあっても、それでも貴方は私を助けてくれた。

だから、今度は私の番。私の力を、貴方の為に使いたい――それが理由じゃ、駄目なの?」


 何一つ飾らず偽らず、ロベルトのことだけを想うライティの言葉に、ロベルトは何も言えなくなる。

 少女はただ、どこまでもロベルトのことだけを想ってくれている。まるで刷り込みされた雛鳥のように、ロベルトから決して離れないという強固な意志を持って、真っ直ぐに見つめてくれる。

 そもそも、ライティ自身の強さは破格で、現時点でロベルトより遥かに強者であるのだ。その彼女が己の強い意志で、共に歩みたいと願っているのならば、それをロベルトが強く否定する事も難しい。

 ライティの意志は尊重したい、けれども幼い子供に危険な目にあってほしくはない。頭を悩ませるロベルトに、サトゥンは単純明快な答えを叩きつけるのだ。


「むはははは!そんなにライティが心配ならば、お前が誰より傍で守ってやればよいではないか!

ライティがロベルトを守りたいと在るならば、他の誰でもない、ロベルト自身がライティを守ってやればよい!うむ!万事解決ではないか!

リアンとマリーヴェルが互いにそうであるように、お前達も背中を預け合い、共に英雄として高みに昇るのだ!くはははは!」

「また単純に旦那はそういうことを……」


 大きく肩を落としながら、ロベルトは再びライティに視線を送り、やがて根負けしたように両手をあげて降参の意を示す。

 結局、年齢だなんだというのは少女にとって何の理由にもならないのだ。戦うと決めた者がいる、守りたいと意志を決めた者がいる、ならばロベルトがなすべきは己の意志で立つ少女を支えてやるだけ。

 などと、理由を思いつくままにロベルトは並べてみたが、結局ライティの参戦を認めた理由は、彼女の圧倒的な強さだ。

 何より、あのマリーヴェルが十五かそこらの年齢なのに、先程笑って兵士や冒険者を蹂躙していた姿を見ていた理由が大きい。

 戦う者にとって、年齢や性別は何の問題にもならないことは痛い程に痛感していた。何があろうと絶対にマリーヴェルは怒らせないと決めていたロベルトである。


「まあ……牢屋にいたときみたいな顔されるよりはマシか。分かったよ、俺の負けだ。最後まで一緒にいこうぜ、ライティ。

冷静に考えずとも、お前は俺なんかよりアホみたいに強いからな。か弱い俺を頑張って守ってくれ」

「うん、守る。ロベルト弱いから、私頑張って守る」

「……地味に傷つくな、畜生。そう言う訳だ、旦那。話はまとまったし、下に向かおうぜ」

「無論である!だが、その前に新たな英雄の誕生を祝してやるべきことがある!

くはははははは!ライティは英雄としてその一歩を踏み出したのだ、ならば私はお前に贈り物をせねばならぬのでな!ふぅぅぅうむ!」


 お決まりの呪文を唱え、サトゥンは足元に黒き魔法陣を形成し、その魔法陣の割れ目より新たな武器を生成する。

 サトゥンの台詞から、何となく予想していたロベルトは驚くこともなく軽く息を吐くだけだが、ライティの反応は違う。

 彼女は驚愕に目を見開き、慌てて抱きついていたロベルトから離れてサトゥンの方へと寄っていく。

 そして、魔法陣から杖を取り出して、高らかな笑い声をあげながら説明を始めようとしたサトゥンに対し、強い口調で言葉をぶつけた。


「ふははは!この杖はかの有名な……」

「壊して!今すぐその杖を、早く!」

「……うむ、聞き間違いであろうか。今、ライティの口からこの伝説の杖を破壊せよという言葉が聞こえたような」

「壊して!」


 声を荒げて杖の破壊を命じるライティに、サトゥンは呆然とした後、その手から零れ落ちるおちるように漆黒の杖を落としてしまう。

 まるで身体を何かに貫かれたかのように、身体を震わせながら、ゆっくりと石畳に膝をつき、そしてサトゥンは――泣いた。

 身長にして二メートルを超えるか否かの大男が、どうみても外見十歳程度の少女に泣かされている光景はどこまでも不気味で。少なからずロベルトはドン引きもいいところである。

 嗚咽と鼻水をすする音が薄暗い地下通路に響き渡る光景はどこまでもシュールで。さめざめと泣くサトゥンと、地に落ちた杖を拾って必死に石畳へ叩きつけるライティ。

 やがて、意識をなんとか取り戻したロベルトは、慌ててライティを抱き抱えて杖を石畳へ叩きつける作業を止める。


「こら!旦那が折角作ってくれたモンになんてことしてんだお前は!」

「駄目!放して!こんなことしてたら、サトゥンが死んじゃう!」

「いや旦那は何があろうと絶対死なねえだろ……とにかく落ち着け、このままじゃ旦那の心が先に死んじまいそうだ」


 ロベルトの視線の先には、生まれて初めて英雄の武器を拒否され挙句破壊されようとしている現状に耐えきれなかったのか、サトゥンが石畳の上を芋虫のように這いずりまわりながら号泣していた。

 聖剣グレンシアも石畳に投げ捨てられ、完全なる戦意喪失である。その光景に、流石に悪いことをしたと思ったのか、ライティは耳をしゅんと垂れ下げてサトゥンへおずおずと言葉を紡ぐ。


「ご、ごめんなさい……でも、駄目なの。サトゥンがやったことは、命が危ないの。早く杖を壊して、魔力の流動を正常化しないと」

「えっと、どういうことだ?旦那が杖作ったのは、そんなにやばいことなのか?魔法関係の知識はからっきしで、俺には全然分からんが……」

「危ない。魔力を固形化して、世界に留め続けると、循環が成り立たなくなる。

魔法はその人の体内の魔力によって発動するけれど、体外に放出された魔力は消える訳じゃないの。ただ、散布された状態となってるだけで、時間がたてばゆっくりと魔力はその人へと戻っていこうとするの。

けれど、サトゥンが今やったのは、己の魔力を体内に戻さず永久的固定化。そんなことしちゃうと、サトゥンの身体に魔力が戻らない」

「戻らないと、どうなるんだ?」

「魔力の流れは血液の流れと同じ。身体を循環する血液を多量に失うのと同じ、沢山失えば身体の機能が正常に動かなくなる。

この杖は恐ろしいくらいに魔力を秘めてる。こんな大量の魔力を身体の外で固形化しちゃうと、死んじゃう。だから、壊すの」


 ライティの説明に、ロベルトは血の気がぞっと引くのを感じた。

 確か、フェアルリの説明ではライティは流浪の民で一番の魔法の使い手だった筈だ。ならば、魔法の理にも詳しいだろう。

 その彼女が、サトゥンの武器生成に恐ろしいまでの異常を感じ、その危険を語ったのだ。彼女の話が本当であるならば、サトゥンがどれだけ馬鹿で愚かなことをやっているのか。

 確かに、裏打ち出来る事実はある。ロベルトが彼から与えられた冥牙グリウェッジは、まるでバターを斬るかのように、あっさりとライティの魔封じの首輪を破壊してみせた。

 あの恐ろしいまでの切れ味の正体が、恐ろしいまでの魔力の塊だというのなら、納得は出来る。だが、それが命を削るような方法で生まれた武器だとしたら。

 刹那、ロベルトはサトゥンの存在を恐ろしいと感じた。そのようなこと、ただの人間に出来るものなのか。恐ろしい程の魔力を、命の塊を何の抵抗もなく躊躇いもなく生み出し、出会ったばかりの他人に与える。

 そのようなこと、普通の人間ならば……否、おかしな人間でも実行出来る筈が無い。その時、初めてロベルトはサトゥンの存在に疑問を抱くのだ。

 この男は、サトゥンとは、一体何者なのだ。本当に人間なのか、と。

 困惑する二人に、その説明をきいていたサトゥンは嗚咽を止め、ゆっくりと立ちあがり、そして――ご満悦のにっこり笑顔という満開の花を咲かせていた。


「ふは、ふははははは!なんだなんだなんだ、ライティは私の身体の心配をしてくれておったのか!

驚かせおって、英雄などなりたくないと杖を拒否したのかと思ったではないか!ただ純粋に私を!この私の命を!私だけを想って!心配してくれていたのか!

くははははははは!いやいやいやいやいや、お前達の心配も分かる!勇者とは唯一無二の存在、お前達を導く光なのだからな!

私が死んでしまえば、この世界の人間全てが嘆き悲しみ世界は絶望に染まってしまうだろう!否、世界は最早終焉、滅び去るかも知れぬ!」

「いや、そこまで話はでかくならねえから。世界全然悲しまねえから」

「だが、案ずるなライティよ!私は無敵の勇者、最強の勇者である!お前達に武器を与えたところで、我が命に何の影響も及ぼさぬわ!

その証拠に、我が魔力の胎動を感じ取るが良い!お前に杖を与える前と後で、私は弱くなっているか!」


 サトゥンに言われるままに、ライティはサトゥンの魔力の流れを瞳を閉じて感じ取ろうとする。

 だが、調べてみても、サトゥンの身体には異常はなく。首を小さくこてんと傾げながら、ライティは疑問符を浮かべていた。


「……何も変わってない。どうして?」

「愚問!断じて愚問!それは私が世界で唯一の選ばれし勇者であるからだ!

勇者とは負けぬ折れぬ挫けぬ死なぬ!世界の希望となり、この世を照らす光となる者!この世にサトゥンの名を永久に語り継がれる日を迎えるまで、女子供にちやほやされる日を迎えるまで、私が死ぬことなど許されぬのだ!ふははははは!」

「良いこと言ってるようで、最後の方めちゃくちゃ欲望じゃねえかよ旦那」

「だが、こんな私でも死の可能性はある!ライティが杖を受け取ってくれなければ、私は今この瞬間滅びを迎えてしまうかもしれぬ!」

「それただの脅迫になってるじゃねーか!俺の時は英雄ならなくても別に構わないとか言ってただろ!」

「そんな昔のことはとうに忘れたわ!私は常に今を生きているのだ!ふははははは!」


 身体をくねくねとさせて『どうするどうする』とライティに選択を委ねる、というよりも強制するサトゥン。大人げないことこの上無い。

 ふざけにふざけたサトゥンを余所に、ライティは真剣そのものだ。真面目に考え、サトゥンと杖に何度も視線を送り、そして両手に杖を握ってサトゥンへと訊ねかける。


「……本当に、サトゥンは死なない?」

「ぬはははは!それはお前の選択次第だ!杖を持ち共に闘うならば私は永遠の時を生きると約束しよう!

だが、杖を捨てるなら、こちらには遺言を残して恨み事を山ほど述べながらお前達の目の前で自決する用意がある!」

「か、格好悪いよ旦那……泣きたいくらい格好悪いだろそれは」


 サトゥンの言葉に納得したのか、無理矢理納得させられたのかは分からない。

 だが、ライティは己が意志で杖を握りしめ、力強く頷いた。それは、少女が共に闘うという決意の証。

 その光景を満足気に見届け、サトゥンは地に落ちた聖剣を拾い直し、笑って二人に告げるのだ。


「ふはは!新たな英雄に二人も出会えた奇跡、これこそが私が勇者である絶対的な証明なり!

ゆくぞ影刃ドードニス、聖魔ヴィアレッタ!これより魔物討伐を敢行する!怯えるな、私がついておる!私が傍にいる限り、敗北など在り得ぬのだからな!うはははは!」


 胸を張って、声を高らかに。サトゥンは更なる地下への階段を我先にと下ってゆく。

 そんな彼の背中を追いながら、ロベルトは最後の確認とばかりに、小声でライティに訊ねかける。


「……本当にいいんだな?それがお前の決めたことなんだな?」

「うん。私も、二人と一緒に戦う」

「そか。なら、それでいい。俺も頑張ってお前を守るさ……いや、多分守られる側なんだろうけど」

「私もロベルトを守る。だからロベルトも、私を守って」

「お、おう」


 照れくささを誤魔化すように、ロベルトはライティの頭をがしがしと撫でて地下へと向かって行く。

 子供は真っ直ぐに感情をぶつけてくるから厄介だと内心愚痴りながらも、決して悪い気はしない。

 地下から聞こえた雄たけびからして、恐らく地下には自分が経験したこともない更なる化物がいるのだろうとロベルトは予想している。

 一体レーゲンハルトが何をしでかしたのか。骸骨以上に強力な魔物を呼び出したのか。考えれば考える程深みにはまってしまいそうだが、難しく考えることは止める。

 何故ならこっちには、あのデンクタルロスを叩き潰したサトゥンがいるのだ。普段の恐ろしくお馬鹿な行動からは考えにくいが、彼とて相当な強さを持っているのだろう。

 ならば、自分のすべきはライティを守りつつ、サトゥンの邪魔を避けることだ。というより、二人の足手纏いにならないことだ。

 覚悟を決めたロベルトは、冥牙を強く握り、階段を下っていく。そして、階段の終焉を迎えた地下の一室に、その化物は存在した。


「な、んだよ……こいつは」


 それは最早、骸骨のように人のカタチすら残していないおぞましい存在であった。

 巨大な芋虫のような体躯に、その身体の横からは恐ろしく鋭い棘のようなモノが生えていて。

 頭上には獲物を挟み切るような巨大な刃が二本突き刺さっており、目は無くとも獲物を喰らう為の口はしっかりと存在していた。

 そんな化物を呆然と見つめていたロベルト達に、老人の声がその場の全員へと送られる。


「ホッホッホ、ワシの生み出した魔物は気に入ってくれたかの。

こ奴の名は魔食虫ゲルゼーバ。お前達の為にワシが用意した可愛い可愛い大型魔物よ」

「……誰?貴方、人間?」

「これは失礼、名乗りを忘れておったの。ワシの名はケルゼック――邪竜王様の忠実な僕、邪竜王四天王が一人、生創のケルゼック」

「ケルゼック……こ、こいつだ旦那!こいつがライティ誘拐をレーゲンハルトに命じた黒幕だ!」


 ノウァから聞いていた情報を思い出し、ロベルトはサトゥンにそのことを説明する。

 そんなロベルトなど視界にも耳にも入っていないかのように、ケルゼックは淡々と話を続けていく。


「人間がどうかという問いに対しては……カカカ、そのような下等なモノと一緒にされては困るのう。そう思わぬか、同じ魔族のライティよ」

「私は、人間」

「クカカ!我らと同じ、魔の神の力で人外に成り果ててなおそのような台詞を吐く!これだから流浪の民は愚かなのじゃよ!

まあよいわ、ワシの目的はお前を連れて帰ること。生贄が二つ揃い、間もなく邪竜王様の目覚めは始まる。世界が終焉を迎える時が訪れるのじゃ。

さあ、ライティよ。貴様を連れて帰れば、ワシの仕事は終わりじゃ。何、恐れることは無い。ワシと共に邪竜王様の眠る聖地へと――」


 ライティに向けて手を伸ばそうとしたケルゼックだが、ふとおかしなことに気がつく。

 己が右手をライティに向けて翳したはずだった。彼女に己が魔術をかけ、強制的に連れ去る筈だった。

 だが、ライティに向けた筈の右手がケルゼックの視界にどこにも入らないのだ。手を伸ばしている筈なのに、その腕がどこにも見当たらない。

 やがて、ぼとりと何かが落ちた音が室内に小さく響き渡る。それは、己が足元。そこには、探していた腕が、何故か落ちていて。

 状況を把握する前に、訪れるは恐ろしい程の激痛。右腕が在る筈の、右肩から生じる焼けるような痛みに、ようやくケルゼックは状況を理解する――右腕を、落とされた。


「があああああああああああああああ!」


 悲鳴を上げ、必死に腕を再生しようとするケルゼックだが、更に訪れる恐ろしき現実に目を驚愕に見開いた。

 腕が、再生しない。ケルゼックの身体は、何処が切られようと再生する恐ろしき力を持っている。不死のケルゼックと呼ばれる程の再生力を身体に有しているのだ。

 だが、どれだけ魔力を回そうと、腕は一向に再生しないのだ。何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だ。困惑するケルゼックに、彼の腕を切り落とした男が、高笑いと共に話していく。


「クハハ、その首をさっさと切り落としたつもりだったのだがな。

狙いを外したのは生まれて初めての経験だが――まあよい、二撃目で仕留めれば何の問題もないわ」

「ぎぎぎぎぎ、き、貴様っ」


 ケルゼックの視線の先には、大剣を担いだサトゥンが口元を歪めながら、ケルゼックを見下していた。

 その時、ケルゼックは初めてサトゥンの異常性を知る。彼らのように高位の存在は、リアン達のように『観察』することをしようとはしない。自分が強者、相手は弱者だと認識しているからだ。

 だが、自分の身が追い込まれた時、初めてその目を稼働させる。そして、今、ケルゼックは恐ろしい現実を目の当たりにし、震える声で言葉を紡ぐ。


「ば、馬鹿な……そ、その力は、ノウァ様と同じ!何故だ、何故貴様がその力を使える!?その力はノウァ様とあの方をおいて他には……」

「ふんむ?ノウァとは誰かは知らんが、私がこの力を使える理由などただ一つ――私が選ばれし勇者、勇者サトゥンであるからだ!くははははは!

さて、悪いが今日は戦いを愉しむ余裕はあまりないのでな。早々に貴様を倒してしまいたいのだが、この世との別れは済んだか?己の悪事を悔いる時間は終えたか?」


 一歩、また一歩と己に近づいてくるサトゥンに、ケルゼックは恐ろしき程に憎悪を瞳に宿して彼を睨みつける。

 この男の正体は分からない。だが、己が身体を傷つけた罪は万死に値する罪だ。この身の全ては、邪竜王様のもの、それを傷つけたこの男を生かしておくなど決して許されぬ。

 怒りと狂気に囚われたケルゼックは、抑えていた力を全て解放し、己が身体を悪しき力で満たしていく。

 老人であった筈の身体は、サトゥンをも上回る強大な筋肉という鎧に覆われ。鋼の肉体を手にして、ケルゼックは咆哮と共にゲルゼーバへと命じるのだ。


「ゲルゼーバ、奴を殺せ!小娘以外を殺し尽せ!

許さぬ、許さぬ許さぬ許さぬ!ワシの右腕を奪ったその罪は貴様の命一つで贖えると思うなよ!」

「二匹で来たところで同じこと、今度は狙いを外さんぞ。ふははははは!ゆくぞ二人とも!こやつらを冥府へと送り返すのだ!」


 サトゥンの言葉に応えるように、ロベルトとライティは戦闘態勢に入って二つの化物を迎え撃つ。

 だが、この場にリアン達がいなかったことは、サトゥンにとって幸運だったのか不幸だったのか。

 付き合いの長い彼らのうち、誰か一人でもいたならば、サトゥンの異常に気付けていたのだろうから。

 サトゥンが、獲物への攻撃で狙いを外してしまったこと。サトゥンが、勝負を急いでいたこと。

 そして何より、あのサトゥンが目の前に現れた化物と、一人で戦おうとせずに、二人に協力を仰いだこと――その全てがおかしなことだと、サトゥンと付き合いの浅い二人には、絶対に気付けないのだから。



 一日という短期間で、二つの英雄の武器を生みだすという奇跡を成し遂げたサトゥンの異常に気付く者は、誰もいない。






出落ち四天王、健在。あと二話で四章も終りとなります、頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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