36話 感謝
ライティの解き放った魔力の奔流は、館内全体を大きく揺らすほどの衝撃を与えていた。
それは高所であれば高所である程に揺れは凄まじい筈なのだが、二階にて刃をぶつけ合っていたリアンとノウァの足を止めるには至らない。二人の意識は目前に迫る戦士の猛攻にのみ集中されていた。
体勢を低くし、遠心力のついた横薙ぎを繰り出してくるリアンの槍を、ノウァは涼しい顔をしたまま大剣で打ち払う。
だが、彼とて何の犠牲もなくリアンの槍を止められた訳ではない。リアンの槍は剛力無双、巨大な魔獣にだって力負けはしない程だ。
その一撃を打ち払うには、相応の力でもってかえさねばならない。ノウァは剣で弾き返したものの、身体は一歩後退している。その後退こそがリアンの攻撃の起点となる。
対峙する敵を圧倒的なパワーで後退させ続け、蹂躙することこそがリアンの武器。一撃もらえば終わりという絶望と重圧で、敵を押し潰す戦闘スタイルこそがリアンの個性。
穏やかで優しい彼の性格とは正反対の獰猛な戦闘法を、一言で表現するならば狂戦士とでも言えばいいだろうか。
技術を伴った上での、恐ろしく丁寧なまでの暴力蹂躙。このスタイルを優し過ぎる彼に、懇切丁寧に叩きこんだメイアとグレンフォードに、以前マリーヴェルは一言『良い性格してるわ』と呆れるように賞賛の言葉を送っていた。
手を抜かない、気まじめさに支えられた、どこまでも真っ直ぐな蹂躙制圧。それが対峙する者にとっては恐怖となる。
これを恐怖と感じない者は、心が壊れてしまっているか、もしくは――彼と同等以上の力を持つ、戦闘狂に他ならないか。
「クハハ、クハハハハハハ!俺様の剣をここまで受け止める人間がいたとはな!
素晴らしいぞリアン!貴様は良い、実に良い!俺様の予想を軽々と超えてきてくれる存在は希有だぞ!だが、俺様と刃を交わすにはまだまだ未熟!」
丁寧に繰り出されるリアンの猛攻を、ノウァは剣に再び黒き炎を纏わせる。それを視認し、リアンは身を強張らせる。
――また、『あれ』がくる!それをさせじと、リアンは槍の回転速度をあげてノウァを潰そうとしたが、それも叶わない。
ノウァがリアンの打ちおろしてきた槍を、剣を持たぬ片手で殴り返し、強引に攻守交代を行ったのだ。
先程までとは逆に、力によって一歩後退させられたリアンだが、その隙をノウァは逃さない。口元に笑みを浮かべ、黒き炎を纏わせた剣を、リアンに向けて一閃する。
このノウァから放たれる黒き炎こそ、リアンがノウァに対して幾度と突き放される一打に他ならない。
剣から放たれた黒き炎は、恐ろしき速度と衝撃を伴ってリアンへと襲いかかる。それは避けることも守ることも出来ず、炎に吹き飛ばされたリアンは後ろの壁へと叩きつけられるのだ。
痛みを堪えながら、リアンはノウァの身に纏う黒き炎を観察する。そう、リアンはそれを知っていた。形こそ少し違えど、あれは――サトゥンがデンクタルロスを倒した時に用いた技と、同様のモノであると。
槍を手に立ちあがるリアンに、ノウァは倒れないと分かっていたとばかりに、リアンへ向けて口を開く。
「貴様が俺様に押し負ける理由、それは絶対的に頼れる一撃の有無だ。
リアンの槍撃は全てが恐ろしい力を込められている、成程、それなら並みの相手ならば打倒出来たであろうな。
だが、俺様相手にそれは何の有効打にもならんのだ。俺様だけじゃない、ケルゼックを初めとした少し力のある魔族共相手であっても、それは致命的な欠点だぞ」
「絶対的な、一撃」
「そうだ。例えば、今は貴様を殺さぬように威力を抑えているが、俺様のこの剣炎はどんな状況でも敵を屠り去るだけの自信がある。
俺様の剣技も、体捌きも、魔法も、全てはその一撃へつなぐ為の流れに過ぎない。これだけは譲れぬという武器を何処まで信じ殉ずるか、それが勝敗を分けることもある。
リアン、貴様は確かに人間としては優秀だ、有能だ、強者だ、それは認めよう。だが、貴様は『勇者』としてはまだまだ未熟」
「あ、あの……さっきから言おうと思っていたのですが」
「ぬ、何だ」
「僕、勇者じゃないです……」
「……なんだと?」
リアンの一言に、ノウァは目をぱちくりと見開き、手に持つ剣を鞘へと即座に収める。
そして、すたすたとリアンの傍へと歩み寄り、彼を舐めまわすように爪先から頭のてっぺんまで眺めていく。
急に何をし出したのかと身を縮めて困惑するリアンだが、そんな彼の事情など知ったことではない。ノウァはリアンに対し、目を細めて睨むように観察した後、言葉を紡ぎ始める。
「……嘘をつけ。貴様が勇者以外の何だというのだ、これほどまでに濃密な奴の気配を感じさせる人間など、見たことがないぞ」
「いや、本当に何を言ってるか全然分からないんですが……勇者様は、僕じゃなくてサトゥン様という方がいて」
「認めんぞ。俺様は貴様が勇者だと断定した、他に貴様のような人間が二人といてたまるか」
「僕より強い人は知ってるだけでも勇者様含めて四人もいるんですが……」
「違う、勇者だと俺様が貴様を断定したのは強さではなく、その身体の……む」
そこまで言葉を紡ぎかけて、ノウァは眉を顰めて言葉を止めた。
どうしたのかと首を傾げるリアンに、ノウァは忌々しげに言葉を荒げはじめる。
「ケルゼックの奴が地下に転移してきた。どうやらもう一つの生贄とやらは見つかったらしいな。ご苦労なことだ」
「ケルゼックって……あ、あああ、ライティ!ライティを助けないと!」
「そうだな、奴は俺様には到底及ばんが、なかなかの使い手だ。貴様が勇者だと言う確証は得た、加勢に行ってやるが良い」
「か、解放してもらえるんですか?」
「俺様は貴様を殺すことが目的じゃない。貴様が俺様の求める人間であるという確証を得られたのだから、それでいい。
俺様もあの馬鹿と顔を会わせる前にさっさと去ることにしよう。いいかリアン、俺様の忠告を忘れるな。
貴様に足りないのは、何者にも負けぬほどの絶対的な一撃だ――強くなれ、勇者よ。そしていつの日か俺様の前に最強の壁として立ちはだかってくれ、クハハ!」
好き勝手に言葉を言い放ち、ノウァは姿を空気に溶けさせて室内から消えていった。
唐突に現れ、唐突に刃を交え、唐突に去っていくノウァ。それが何処かリアンの憧れの人と似ているところがあり、思わず苦笑してしまう。
だが、彼はリアンよりも強者でありながら、まるで指導するかのようにリアンへ強くなる為の助言を与えていた。
ノウァはリアンに対し、自分は最強最悪の王となると宣言していたが、実は良い人なのかもしれないなどとリアンは天然な感想を抱いていた。
もし、また会うことがあったなら、今度は彼の探し求めていた勇者様であるサトゥン様にひきあわせてあげようと、そんなことを思う。
ただ、ノウァが紡いでいた言葉の中で、どうしてもリアンの心に引っかかるモノがあった。
『――どうやらもう一つの生贄とやらは見つかったらしいな』
生贄とは、ライティの事ではなかったのか。
彼の言葉はすなわち、ライティの他に邪竜王とやらの復活の為に生贄にされようとしている人が他にいることを意味している。
そのことが、何故かどうしようもなくリアンの心をざわつかせる。ざらりとした嫌な感覚が、彼の心に生じて消えてくれないのだ。
自身でも理解出来ない、胸の中のざらつきを必死に振り払いながら、リアンはライティの元へと駆けてゆく。
今はそのことは考えない、今何より考えるべきは囚われた少女を助けることなのだから、と。
こんな筈ではなかった。こんな状況になるなど考えてもいなかった。
混乱が支配する頭の中で、レーゲンハルトは必死に眼前の光景を視界に入れてこれが現実だと脳に叩きつける。
彼の眼前では今、魔力封じという枷から解き放たれた少女が、荒れ狂う光の魔法で骸骨達を蹂躙していた。
力自慢で、国の中でも歴戦の猛者だと謳われた人間達の躯を元にして生成した骸骨達が、なすすべもなく少女の魔法に呑みこまれていく。
たった二発の魔法で、六体もいた筈の骸骨は残り一体へと数を減らしていた。その光景に、レーゲンハルトは冷静さなど取り戻せる筈もない。
最強の兵隊達が、魔物に魂を売り渡してまで手に入れた最強の力が、こんな小娘に。最早奇声にも近い声で、レーゲンハルトは声を荒げさせる。
「何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!何故私の最強の躯共が、こうも容易く潰される!?
何故だ、何故小娘の魔力封じがたかがナイフ如きに破壊される!?あれは何があろうと壊れないのではなかったのか!?」
「『照らし焼き尽くし我と共に踊れ』――消えて」
レーゲンハルトの喧しい叫び声を掻き消すかのように、ライティは巨大な光の球を空へと解き放つ。
宙に浮いた光球は、空で八つの矢へと分散し、骸骨目がけて嵐のように疾走する。光の刃に貫かれた最後の骸骨は、何一つ抵抗出来ず、消え去ることになる。
その光景を、石畳に伏した状態のままで眺めるはロベルト。表情を引き攣らせながら、ぽつりと言葉を零すしか出来なかった。
「滅茶苦茶過ぎんだろ……俺があんだけ苦労した骸骨共が、一発で蒸発って……そりゃ魔力封じもつけたくなるわ」
「残るは貴方だけ。戦うつもりなら容赦はしない」
「ひっ……」
自身を守る最後の兵士を失い、光球を向けられたレーゲンハルトは言葉にならない悲鳴をあげる。
撃つぞ撃つぞと視線で威嚇をするライティに、ロベルトは慌てて待ったをかける。流石に子供が人間を殺すなどさせられないと、ロベルトはとっさに思いついた理由を並べ立てる。
「待て、ライティ!そいつは殺すな!そいつは何の罪もない冒険者達を殺し、命を弄んだ罪がある。
俺達が何もしなくても、城につきだしゃ問答無用で首が落ちる筈だ。だからその物騒な魔法をしまえ、な?」
「……ロベルトが言うなら、従う」
魔法を消し去ったライティを見て、レーゲンハルトは溢れ出る恐怖を抑えきれず、慌てて部屋の外へと駆けだしていった。
逃げた彼を追うべきか迷ったライティだが、『必要ない』とロベルトに言われ、こくんと頷いてとことこと彼の傍へと歩み寄る。
年相応の子供らしい反応に、ロベルトは笑みを零しつつも今回の件がこれで一件落着だと安堵する。
レーゲンハルトが逃げた先は、一本道で一階へ向かう道しかない。その先には、マリーヴェルとサトゥンがいる筈だ。あのマリーヴェルが、レーゲンハルトを取り逃がす筈もない。
何より自分は指一本動かせない状況なのだ、ライティに深追いさせて万が一があっては何の意味もない。
今回、何より大事なのは、レーゲンハルトを拿捕することではなく、ライティを母親の元まで送り届けることなのだから。
ロベルトは息をつき、じっとライティの方を見上げる。彼女は横になっているロベルトの横にちょこんとすわり、じっと彼の方を見つめていた。無言の視線を送られ続け、困惑した彼は無言に耐えられず、口を開く。
「あー、その、なんだ……とりあえず助かってよかったな。フェアルリさんもお前のこと、すげー心配してたからな」
「ありがとう。全部、全部ロベルトのおかげ」
「いや、俺は何もしてないっていうか……逆にお礼を言いたいくらいなんだけどな、お前に」
「私に?どうして?」
「……こんなこと言うのもひでえ話かもしれないけどさ、お前のおかげで、俺はやっと自分らしく在ることが出来たんだ。
今まで『格好良い』って言葉の意味を、俺は何一つ理解してなかった。ただ回りに流され惰性に生きて、臆病なだけで逃げてただけなんだ。
けどさ、絶望して牢で蹲ってるお前を見てさ……守りてえって思えた。こいつを笑顔に変えてやりてえって、思えた。
いつもの俺なら、骸骨なんて見ただけで逃げ出してた筈なのに、お前の姿を見たから……生まれて初めて、『意地』を通せた。お前の前で『格好付けたい』って思えた。
……いや、俺はガキの前で一体何を訳分からんことを言ってるんだ、ちょっと今までの忘れてくれ。つまり俺がいいたいのは……」
「格好良かった」
「あ?」
「ロベルト、凄く格好良かった。ロベルトが格好良かったから、私も立ちあがれた。
ロベルトが素敵だったから、私も応えたいって思えた。あんなふうに私もなりたいって、だから」
真っ直ぐなライティの言葉に、ロベルトは呆然と耳にしていたが、やがて顔を赤く染めて『うがあああ』と訳の分からぬ悶え声をあげる。
自分が年端もいかぬような少女に発していた言葉も恥ずかしいが、返ってきた言葉はもっともっと恥ずかしい。
相手がロベルト好みのばいんばいんな美女であったなら、だらしない笑顔を零して調子にも乗れただろう。
だが、相手は頭に兎のような長い耳がついている以外はどう見ても子供である。そんな年端もいかぬ子供に真っ直ぐ過ぎる言葉を返されるなど、彼の人生経験上一度もないものだったのだ。
どこまでも真っ直ぐなライティの言葉に、彼はどう返して良いのか分からない。ただ、自分の頑張りが、少女の心に伝わっていたことが、嬉し過ぎるではないか。
少女とは対照的に少しばかり捻くれてるロベルトは、その照れを誤魔化すように、ライティへと言葉を投げるのだ。この顔の赤さが、彼女にどうか伝わらないように、と。
「ほら、いい加減その足の鉄球も外しちまえよ。俺のナイフで簡単に切れるから」
「……無理。ロベルトのナイフ、重過ぎて持てない」
「……いやいや、羽のように軽いだろこれ。これが重いってどれだけお嬢様育ちなんだお前は」
「だから、一緒に持って。二人なら、持てる気がするから」
そう言ってライティは、ロベルトの右手を両手で優しく包み込むように握りしめる。
何事かと突っ込みすることすら忘れ、ロベルトはその光景に魅入ってしまっていた。ライティは、冥牙グリウェッジを握るロベルトの手をゆっくりと持ち上げて、そしてふわりと微笑んで告げるのだ。
「――ほら、出来た。貴方と一緒なら、大丈夫だと思った」
「……あ」
その微笑みは、幼き少女がみせる初めての微笑みで。それをロベルトは、可愛いではなく綺麗だと思った。
外見からして、自分よりも十は歳下である筈の少女の微笑みに、ロベルトは魅入ってしまったのだ。それほどまでにライティの微笑みは、彼にとって不意打ちだったのだ。
呆然とするロベルトを置き去りにして、ライティは彼の手を包んだまま、ゆっくりとそのナイフを己の足首にある鉄球へと運んでいく。
少女の掌の熱が、ロベルトのボロボロになって掌へと移されていく。温かい少女の掌の熱が、鼓動が、伝わっていく。
鉄球までの距離が少しずつ、少しずつ迫っていき、彼の掌が、ライティの細い脚へと伸びていった。その刹那であった。
「――ふははははは!救いの勇者、降臨である!助けに来たぞロベルト!全てを私に任せるがいい!」
「うおおおおおおおおおおお!って、ぎゃああああああああ痛えええええええええええ!」
突如室内に現れた上半身裸の勇者の登場に、ロベルトは二度に分けた悲鳴を上げる。
一度目は急に現れたサトゥンに対しての驚きの声、次の悲鳴は無理に身体を動かそうとして、その結果激痛に苛まれてしまった絶叫である。
色んな意味で心臓がばくばくとしているロベルトに、サトゥンはふんむと首を傾げながら、ロベルトとライティを観察する。
サトゥンの目の前に広がっているのは、横たわったロベルト、そして彼の手を包み込むライティ。そしてなにより、二人の手はライティの下半身へと伸びている。ましてライティは服がボロボロな上に、足首には鉄球だ。
少しの静寂が室内を包んだ後、納得がいったのか、サトゥンは掌を叩いて、ロベルトに告げるのだ。
「がははははは!ロベルトよ、励もうとするのは英雄として大いに結構であるが、それを抱くのは少々困難ではないか!色々と小さすぎるだろう!」
「ガキの前で何トンデモないこと言ってんだサトゥンの旦那はあああああああああ!違えよ!そういうんじゃ全然ねえよ!」
「リアンといいお前と言い、小さいのが好きなのか!むはは!私には分からん趣味だな!」
「だから違えって言ってんでしょうがああああ!」
必死で訴えかけるロベルトに、サトゥンは『皆まで言うな分かっておるわ』と最高に勘違いを暴走させたまま、掌をかざす。
何をするつもりかと身構えたロベルトであったが、サトゥンから放たれた黒き光が身体を包んだかと思うと、急激に身体の痛みが消え去るのを感じた。
驚くロベルトに、サトゥンはうむうむと愉しげに笑みを零しながら、言葉を紡ぐ。
「うはは、今日はミレイアの奴がおらぬからな。どうだ、もう痛いところはないか?」
「あ、ああ、すげえよ旦那、微塵も痛くねえ」
「そうか、ならばよし!さて、ロベルトよ、早速であるが――英雄としての働き、見事である!囚われの少女を、よくぞ救いだしてみせた!」
立ちあがるロベルトの両肩に手を置き、サトゥンは彼へ惜しみない賛辞を贈る。
突如褒められたロベルトとしては、どうしていいのか分からず視線をサトゥンとライティとで彷徨わせるが、どうやらサトゥンと考えは同じようで、ライティはこくこくと必死に頷いている。
そんなロベルトに、サトゥンは愉しげに労をねぎらい続けていく。
「この部屋の魔の痕跡を辿れば、お前が敵と対峙したということはすぐに分かる。
よくぞ、逃げずに立ち向かった。よくぞ、少女を助けてみせた。お前の振り絞った勇気、しかと感じているぞ!うはははは!」
「い、いや、そんな大したことはしてなくて……結局骸骨倒したのも、ライティだしな」
「ふはは!馬鹿を言うな!いいかロベルト、強き敵を打倒する事が真の英雄の役割ではないぞ。
真の英雄の為すべきこととは、救いを求める人々の顔を笑顔に変えてみせることだ。お前は全力を振り絞り、そこの少女に笑顔を与えてみせた。
敵を倒し尽すのが英雄ではない。強さを誇るだけが英雄ではない。誰かの為に、誰かの笑顔の為に力を振るえる者、それが英雄なのだ!」
サトゥンの台詞が、ロベルトの胸に沁み入り、彼は視線をライティへと向ける。
彼の視線に応えるように、ライティはそっと微笑みを浮かべてくれる。それを見て、ロベルトはサトゥンの台詞の意味を強く痛感する。
ああ、そうだ。自分はこの為に、力を振り絞ったのだ。絶望に染まる少女の笑顔を取り戻す為に、全力で逃げずに立ち向かうこと、それが『本当の格好良さ』だと思ったから。
見上げてくるライティの頭を少し乱暴に撫でながら、照れ隠しをするようにロベルト視線を背けて笑うのだ。きっと視線をあわせて口を開いてしまうと、素直じゃない言葉が出てしまいそうだったから。
ロベルトにされるがままに撫でられるライティだが、その表情はとても満足そうで。
ライティを撫でながら、ロベルトはサトゥンの方に視線を向けて訊ねかける。
「そういえば、旦那だけここにきたのか?マリーヴェル達は?」
「ふはは!何やら地下から激しい魔力の暴走を感じ取ったのでな!マリーヴェルの奴に一階は任せて飛び降りてきたわ!
荒れ狂う魔力の暴走など、実に強敵が現れたようでゾクゾクするではないか!これは私の出番だと、全力で走ってきた訳だ。ぬはは!」
「走ってきたって……旦那、途中でレーゲンハルトの野郎と出会わなかったのか?」
「レーゲンハルト?誰だそいつは」
「いや、この貴族の館の主で、ライティを閉じ込めてた張本人だよ。旦那のほうに逃げて行った筈なんだが……」
「ああ、ここに来るまでに出会った人間のことか!奴は何やらカラクリを操作して壁を破壊して、更に地下へと降りて行ったぞ!
あまりに弱そうな人間で、何より私は人間に手だしが出来ぬからな!そのまま無視してこちらにきたというわけだ!」
「ちょ……そ、そりゃまずいだろ!隠し通路なんかあったのか、くそ、このままじゃあの馬鹿に逃げられちまう!旦那、奴を追わないと!」
「むはは!承知!」
慌ててライティを縛る鉄球を破壊し、ロベルトは二人をひきつれて部屋から飛び出る。
まずはライティを外に連れ出して、自分かサトゥンのどちらか一人が奴を追うべきだ。どうするかをロベルトが考えていた時、それは唐突に生じた。
地下で在る筈の彼らが居る通路、それより更に深い地層から発生した巨大な振動、そして獣のような咆哮。
何事かと驚愕に表情を歪ませるロベルト。そんな彼の隣に立つサトゥンは、口元を愉しげに歪めながら愉悦混じりに呟くのだ。
「ふむ、これにて終幕と思っていたが――なかなか歯応えのありそうな奴がいるではないか。ククク、やはり勇者の物語とはそうでなくてはならぬ」
先程までとは質の異なる、魔人の笑みを浮かべてサトゥンは異空間より巨大な剣を取り出していく。
その顔を見て、ロベルトは言葉を失う。それは彼が初めて見るサトゥンの表情で――どこまでも戦鬼と化した顔は、まるで御伽噺の魔王のようであった。
もうすぐ四章も終わりです、ラストスパートしっかり頑張ります。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。




