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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
一章 神槍
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4話 神槍





 リアン・ネスティ。

 彼の起床時間は村の住民の中でもかなり早い部類に入るだろう。

 まだ日の光もささぬ暗闇の時間に、家族を起こさないように静かに起床する。

 簡単な着替えを済ませ、愛用している剣を片手に、村の周囲の見回りから彼の一日は始まる。

 魔獣が隣村に現れ、そしてその魔獣をサトゥンが退治し、彼が村に迎え入れられて三日目の朝となるが、それでもリアンは油断をしない。

 村の周辺に、また村を脅かすような魔物が現れないか、簡単ではあるが見回りを行うのだ。

 魔物の痕跡や異常などがないか調査し、特に異常が見つからないことを確認して日課の見回りは終わる。


 そして、次に彼がするのは剣の鍛錬だ。

 今年十五になり、簡単な魔物や魔獣討伐に参加出来るようになったリアンだが、その心に慢心など微塵もない。

 はっきりいって、リアンは現時点で既に村の男衆の中でも剣の実力は抜きんでたものがあった。

 村で育ち、ただの村人に教えられた剣に流派など無い。ただ、がむしゃらに力にて剣を振るう戦い方であるが、それでもリアンの強さは光っていた。

 先日までこの村に駐在していた街の兵士にだって、剣の勝負で勝ったこともある。それほどまでに彼は戦いのセンスを持ち合わせていたのだ。

 だが、彼はその上にあぐらをかくことなど決してない。リアンは自分がどれだけ弱いかと、強く自覚しているからだ。

 十、百と剣を振りながらも、リアンの胸中には魔獣が到来したあの日のことが離れないのだ。


 ――あの日、自分は何も出来なかった。

 ――あの日、全てサトゥン様に頼るだけで、自分は何一つ村の力になれなかった。


 そのことを、リアンは心から悔しく思う。村人達が、家族が助かったことは喜ぶべきことであるし、人一倍他人想いの彼は誰よりその奇跡を喜んだ。

 だが、それとは反対に自分自身を情けなく罵倒したくなる気持ちを抑えられなかった。

 村のみんなを守る為に磨いてきた剣が、自分の力が、何の役にも立てなかった。そのことが悔しくて悔しくてたまらないのだ。

 だからこそ、彼は真っ直ぐに前を見据えて剣を振り続ける。今回はサトゥンに助けて貰ったが、こんな奇跡が何度もおこるものでもない。

 もし、次に危機が訪れた時は、絶対に自分も力になる。その時が訪れない保障など、何処にもないのだから。

 だから、少しでも力をつける為に、自分を研鑽する。強く、速く、鋭く。あの日見た光景のように、あの日見た勇者のように、自分も――と。

 

 そんなときである。無心のまま振り続けた剣が、千を数える刹那、リアンは自身の全身に言いようもない悪寒が奔る。

 この感覚を、彼は知っていた。それは、この村に現れた英雄の力を見た時に感じた感情。それは、恐怖。それは、死。

 もし、何もしなければ、自分は死ぬ。もし、何もしなければ、自分は数秒後に死ぬ。その恐怖が彼の身体を支配する。

 数瞬の刹那の中に、リアンは必死に思考する。どうすれば、どうすればこの死から逃れられる。どうすればこの恐怖から逃れられる。

 以前の彼ならば、この時点で訪れる死を待つのみだったであろう。見たことも経験したこともない恐怖に、身体がついていかなかっただろう。

 だが、今のリアンは違った。一度、この恐怖は経験している。ならば、何度も同じ無様な姿など晒せない。自分はもうあの日の自分ではないのだから。

 故に、リアンは必死に身体を動かす。それは本能のままに。それは無意識の中に。リアンは何かを振り払うように、右手に持つ剣を後方に薙ぎ払い――そして、響き渡る刃物と刃物の金属音。

 剣を何かに激しく押し当てた時、ようやくリアンは、状況を理解する。自分の放った刃は、この村に現れたとんでもない勇者、サトゥンの持つ何かに受け止められたのだと。


「さ、サトゥン様?」

「ふはははは!荒削りであるが実にいい太刀筋であったぞ、盟友リアン!それでこそ勇者と共に歩む神槍の名に相応しい!」


 リアンの一撃を片手に持つ獲物で受け止めたまま、愉しげにサトゥンはリアンに語りかける。

 その様子を見ながら、リアンは大きく溜息をつきながら、剣を彼から離して鞘へと収める。そして窘めるように彼に言う。


「駄目ですよ、サトゥン様。鍛練中に手を出してくるなんて、危ないです」

「むふふ、舐めてはいかんぞリアン。お前の溢れ出る才能は認めるが、私に傷をつけるにはあと三千五百年ばかり成長が足りんな!」

「先日も言いましたけど、人間はそんなに長命じゃありませんからね?それと、僕がサトゥン様を傷つけられないことは分かっています」

「では、何故私が手を出してはいかんのだ?」

「決まっています。貴方は僕にとって何よりの恩人であり、心から敬意を表する人なのです。

そんな人に剣を向けること自体が、僕にとっては何より許せないことなのです。だから、身の危険はなくとも、今後は止めて下さいね」

「むははは!その呆れんばかりの忠誠心、まさしくリアンは神槍アトスに相応しいわ!我が勇者リエンティ、そしてお前は――」

「あ、駄目ですよサトゥン様。あんまり大きい声を出しちゃうと、ミーナ達が起きちゃいます」

「む、それはいかんな。子供は寝ることが仕事だ。ふはははは!ミーナもあと四千年程大きくなれば我が花嫁候補に加えてやろうではないか!」


 リアンの忠告も微塵もきいていないサトゥンに、リアンは苦笑しつつも仕方ないかと流すことにする。

 どうせ彼が騒いでいても、村人達の中で文句をいう人物などいないのだ。むしろ微笑ましい光景だと笑って遠くから見つめているだけだろう。

 魔獣達を倒してのけた勇者(自称)サトゥン。彼は三日たった今もこうしてリアンの住むキロンの村に滞在していた。

 その理由は勿論、この村を救った勇者としてみんなからちやほやされたいが為といういたってシンプルな理由だ。また、そんな正直過ぎる彼の言葉に、村人達はこちらこそ望むことだと彼に滞在をお願いしていた。

 村人達の命を救った英雄である彼をもてなすのは、村の誰もが当たり前のことだと思っているし、リアンとてそう思っている。

 村を挙げてのサトゥンを讃える祭りの熱は未だ冷めやらず、村の誰に会っても彼は感謝の言葉を告げられていた。

 また、サトゥンの人柄も村人達には好感だった。変人ではあるが、かなり変人ではあるが、彼は別段何を要求してくるでもない。

 村を救った見返りに、金や村の娘などを要求する冒険者達も少なくない中、彼が村人に要求したことはただひとつ。自分をちやほやしてくれ、ただそれだけだった。

 村の娘達には『あと数千年は年齢が足りんぞ、もっと女を磨いてこいふはは!』などと言って手を出さないし、感謝の証に金を渡そうとすれば『こんな使い方も分からぬ塊などいらんわ!それより私の名を声高に叫んでくれ!我が名は勇者サトゥンであると!』などと訳の分からぬことを言う始末。

 それが、村人達には金にも女にも興味のない、世捨て人のような人物に映ったらしい。

 そして極めつけは、彼が死者蘇生のような奇跡を行ったこと。魔獣をベースにした人間からは少し離れた存在ではあるが、彼は確かに死んだ人々を生き返らせてくれたのだ。

 そのうえ、彼曰く『魔人』となった人々をひとりひとり健康を魔術にて調べ、何の異常もないことを断言してくれた。今後の異常の可能性を考えても、彼が村にいてくれないと困るのだ。

 故に彼は、大手を振って村に滞在している。住んでいる場所は実はリアンの家だったりする。

 彼は日々、村を歩き回っては自分が如何に勇者かを語り自慢して高笑いしているのだ。背中にリアンの妹であるミーナを背負って。

 何故背負っているのかと問われれば、サトゥン曰く『幼き子供の世話をするのは魔人界では出来なかった経験であるからな!この娘は私がどこにだしても恥ずかしくない魔神七柱へと育ててくれるわ!』などと意味不明な説明を行っていた。


 こうして、彼はキロンの村に滞在する事になったが、彼の正体は一体何か。それが今、村で一番熱い話題でもあった。

 何せ魔獣は倒すわ人は生き返らせるわ、どう考えても人間ではない彼だが、彼に正体を聞けば『勇者リエンティの再来』とのたまう。

 故に、村人達は勝手にやれ神様だやれ精霊様だと勝手な想像を膨らませる訳である。この世界の人間は『魔人』など知らないのだから。

 別に正体がなんでもあっても、気にする事は無い。それはリアンを含めた村の人々の結論ではあった。どんな神でも魔王でも構わない、自分達を救ってくれた勇者様であることに変わりはないのだから、と。

 そんな勇者様が朝の鍛錬を邪魔してきたことで、リアンは今日の訓練を終わりにすることにする。恐らくそろそろ母が朝食の支度をしてくれているだろうから。


「それではサトゥン様、家へと戻りましょう。母上が朝食を作ってくれていると思いますので」

「おお、それはいいな!ふはは!レミーナの飯は魔人界のどんな食べ物よりも旨味を感じる奇跡の食事だからな!一粒たりとも残さぬぞ!

それでは、参ろうぞ!――っと、その前に」


 言葉を途中で切り、サトゥンはリアンの方へ振り返り、手に持っていた獲物をリアンに投げ渡す。

 急に武器を投げられたリアンは、慌ててその獲物を両手で受け止める。彼から投げ渡されたもの――それはどこまでも暗黒に染まる長き巨槍であった。


「あの、サトゥン様、これは?」

「ふはは!いつまでもお前がその腰にぶら下げた鈍らを振り回しているのは見るに堪えんのでな!私が直々に魔力を込めて作ってやったぞ!

お前はこれから神槍と呼ばれる男になるのだからな、それくらいの槍を持っていなくては格好がつかぬわ!私からの贈り物だ!とくと大事にするがいい!」

「あの、お気持ちは大変嬉しいのですが、僕は槍は使ったこと無くて……」

「ふははははは!これは面白いことを言うではないか!今のお前の剣技など、私から見れば何一つ触れたことのない赤子も同然よ!

私から見れば剣も槍もリアンの実力は変わらぬ!ならば今からその神槍を使いこなす努力をするがいい!」


 そう言われ、リアンは小さく溜息をつきながら、渡された槍を軽く握り締め、観察する。

 長さはリアンの背丈をゆうに超える。太さも何とか握れる程度と大きいものだ。だが、ある異常に気付きリアンは愕然とする。

 その槍はリアンが手に持つには、否、人間が持つのは非常に厳しい長さ大きさをしているにも関わらず――重さを感じないのだ。

 まるで手にすりつくように、羽毛でも握りしめているかのような軽さ。そして槍を握りしめることでリアンの中で『何か』が昂ぶるのだ。

 体内に、心臓に暴れ狂う大蛇でも棲みついたかのように、槍を持つことでリアンの中で何かが暴れるのだ。軽い高揚とみなぎる力、そして抑えきれない程に溢れる何か。

 その異常を感じながら、リアンは息を呑みながら、槍を軽く振ってみせる。一振り、二振り、三振り。突き、払い、叩き。

 槍を振るう時間すら感じない程に、リアンは夢中になる。槍を一振りすれば、次を次をと身体が求めるのだ。まるで何かにとりつかれた様に、リアンは槍を振るう。

 一体どれくらい時間が過ぎただろうか。身体が悲鳴をあげ、指一つ動かせなくなる頃に、気付けばリアンは大地に寝転んでいた。

 そんなリアンに、朝食を終えたサトゥンが、ミーナを肩車した状態でリアンを見下ろしながら笑みを浮かべる。


「ふははは!どうやら神槍を気に入ってくれたようだな!そして神槍もまたお前のことを心から好んでいるようだ!」

「槍が……僕を好む?」

「くくく、私の生みだす槍をその辺の鈍らと一緒にしてくれるなよ?私の生みだした神槍は己の意志を持ち、己の判断によって主を選ぶのだ!

我が全魔力の12分の1を注ぎ込むことによって生み出された神槍レーディバル!無論名前の由来は神槍アトスの持つ槍の名よ!

お前が手に取った刹那、お前の過去を全て読み解き、自分に相応しいかを神槍は判断したのだ!お前の意志、村を守りたい気持ち、そして何より一途に鍛錬を欠かさなかった武人としての生き様に、神槍は応えてくれだのだ!ぬははははははは!」

「僕を……こんな何も出来ない、弱い僕を……?」

「馬鹿を言うではないか、盟友リアン!お前はこれからさき、私と共に『英雄』となってもらわねば困るのだ!

お前が何かを為すのはこれからだ!それまで槍に愛想を尽かされぬよう、しっかり力と心を磨くが良い!

むはは!私はお前が槍に見捨てられる可能性など、微塵もないと思うがな!うはははははははは!」

「サトゥン、村長の手伝いいかないと。急がなきゃ、駄目」

「おおっと、そうであった!私は今から村長から勇者への依頼を受けるのであった!ふははは!また会おう、神槍リアン!」


 言いたいことだけ言って、慌しくサトゥンは去って行った。

 その光景をリアンは見届けることは出来なかった。全身はかつてないほどの筋肉への痛みで動かせないし、何よりリアンの視界がまともな光景を映せない。

 ただ、嬉しかった。これまでの自分の努力と、みんなへの想いが、サトゥンに認められたような気がしたから。

 ただ、嬉しかった。自分はただ無力なままではなく、強くなる道があることをサトゥンが示してくれたから。

 彼に与えられた槍を弱弱しく握り締めながら、リアンは槍に誓う。


 ――初めまして、神槍レーディバル。僕もきっと、アトスに負けないくらい強くなって、君に相応しい主になってみせるから。


 その為にも、まずは身体を癒して、今日のような負担をかけ過ぎる鍛錬はやめようと心に誓う。

 自分を制し、律し、そして確実に研鑽を重ねて強くなろう。自分があの日憧れ、恋焦がれた破天荒な勇者様に少しでも近づけるように、と。








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