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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
四章 影刃・聖魔
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33話 悪華






 館に押し入ったリアン達を待ち構えていたのは、外同様に武装した兵士や冒険者達であった。

 中でも冒険者達を一瞥しながら、ロベルトは小さく口の中で舌を鳴らす。どいつもこいつも、彼が何度か見たことある顔だ。

 この街のギルドの中でも有力者、裏賭場で腕が立つと評されている者、どれも一筋縄ではいかない強者達に違いない。

 簡単には突破出来ず、どうやって貴族の居るであろう最上階へと向かうか、そのことにロベルトは苦心していた。


 だが、他の面々の思考は違った。リアンとマリーヴェルは、瞬時に敵全体を観察、状況把握を行い、『問題無し』と結論付ける。

 彼らが決定すべきは、この連中を一体誰が抑えるのか。選択肢はリアンか、マリーヴェルかになるのだが、その答えはすぐに導かれた。

 リアン達よりマリーヴェルは一歩踏み出し、愉しげに指先で星剣と月剣を転がしながら宣告したのだ。


「ここは私が出来るだけ派手に暴れてあげるから、アンタ達は抜け出してレーゲンハルトの馬鹿を締め上げてきなさい。

ロベルトを守りながら突破するなら、私よりもリアンの方が向いてるでしょうし」

「分かった、マリーヴェル、無理だけはしないでね」

「そ、そうだぞ!あいつら、どいつもこいつも実力者で名の知れた連中だ、危ないと思ったら……」

「――思ったら、何?」


 そこまで言ったところで、ロベルトは口を噤む。

 二剣を構え笑うマリーヴェルから放たれる重圧に、彼は自分の発言が無意味であることを悟ったのだ。

 無邪気でありながら、どこまでも冷酷な狩人のような瞳をみせるマリーヴェルの姿に、ロベルトは息を呑む。たかだか十六の少女が、一体なんてヤバい威圧感を放っているのだ、と。

 恐らく、否、間違いなく目の前の少女は、ここに集う兵士や冒険者達を遥か格下の相手としか見做していない。

 恐ろしい程に上から見下し、それが当たり前だと考える思考。傍にいるだけなのに、そんな心が伝わる程に、マリーヴェルは堂々としているのだ。

 余計な心配は不要だと悟り、ロベルトは一言『頑張れ』とだけエールを送る。マリーヴェルも頷き、いざ兵士達へ飛びかかろうとした刹那であった。

 一歩踏み出したマリーヴェルの、更に一歩前に踏み出した勇者様がむふんと鼻息荒くして何故かぶっとんだ主張を始めたのだ。


「ぬうう!マリーヴェルの狙い、読めたわ!これだけの人間を一人であしらってちやほやされる気だな!

がはははははは!勇者を差し置いて一人目立とうとするなど相変わらず計算高い狩人め!だが、そうはさせんぞ!一番活躍するのは私だ!」

「活躍するって……あんた、人間傷つけられないんでしょ?

邪魔なだけじゃない、いいから後ろに下がって馬鹿みたいにいつもの高笑いしてなさいよ。デンクタルロスで十分暴れて満足したでしょ?」

「ようはここの人間達の目と足を引きつければいいのだろう!それくらい手を出さずとも余裕綽々である!

さあリアンにロベルトよ!ここは勇者である私に任せて先にゆけい!何、心配せずとも後で追い付く!村でミーナ達が待っているからな!帰ったらカードゲームで遊ぼうではないか!むはははははははは!」

「いや、誰もサトゥンの旦那がどうこうなるとか、心配しねえって……何があっても死にそうにねえよ、旦那」


 ロベルトの突っ込みをスルーし、サトゥンは兵士達に向かって問答無用で突撃を開始する。

 突撃と言っても、彼は宙に浮いたまま、謎のポージングを取って己の身体を主張しているだけなのだが。

 あまりの不気味さに、兵士や冒険者は剣や槍を慌ててサトゥンに突き出すが、無論そんなものが彼に通る訳が無い。

 鋼の肉体で襲いかかる武器を跳ね返し、サトゥンはとても満足そうに笑い警備兵達を挑発するのだった。


「ふははははは!勇者に剣を向ける、その勇気は買おう!だが、勇者とは誰が相手であろうと決して負けぬ最強の存在である!

故にお前達の攻撃など効かぬ通じぬ感じぬわ!もっとだ!もっと強い攻撃を繰り出すのだ!そうしなければ私は倒せぬぞ!

見よ、この鍛え抜いた勇者の肉体を!この肉体には人々の夢と希望が宿っているのだ!さあ!我こそはと思う者は、我が身体に刃を突き立てい!」

「ひ、ひいいいい!な、何だこの変態!剣が全然通らな……あがっ」

「成程、注目を集める意味では便利だわ。サトゥンの新しい使い道が見つかったかも」


 サトゥンに注意を逸らされた者を、マリーヴェルが素早く処理していき、月剣と星剣が兵士達の首元へ吸い込まれてく。無論、切りつける訳ではなく、意識を奪う殴打である。

 あまりに素早いマリーヴェルの動きに、兵士達は対処しきれない。というか集中しきれない。

 戦闘に意識を切り替えようとすれば、部屋の中央でサトゥンが意味不明な行動をして彼らの意識を嫌でもそちらへと引きつけてしまうのだ。

 上半身裸になるわ、空に浮いて次々とポージングを繰り出すわ、あげくのはてには何故か身体が黄金に輝きだすわ。

 そんな異物を視界に入れて意識するなという方が無理がある。しかも、その相手には何ら武器が通らないのだ。最早軽い地獄である。


「お、おい、サトゥンの旦那なんで上半身裸になって宙に浮いて輝いてるんだよ……やべえよ、マジで意味わかんねえよあの人……」

「サトゥン様とマリーヴェルが時間を稼いでくれてる間に、上に向かいましょう!はあっ!」


 サトゥンとマリーヴェルが掻き乱した守りを、リアンとロベルトは駆け抜けて突破し最上階を目指していく。

 それを追おうとする兵士達だが、そんなリアン達を追撃する道を塞ぐのは、あたかも自分が女神リリーシャ像であるかのように荘厳に輝く上半身裸のサトゥンである。

 リアン達が駆け上がった階段を塞ぐように立ち……否、その階段を踏みつけて『破壊』し、追えぬようにした上で、サトゥンは笑う。


「人は傷つけぬが、それ以外は問題ないのでな。ぬはははは、階段を壊してしまえば、もうお前達はリアンを追えぬなあ!

何より、私を無視してリアン達を追おうとする心が許せぬ!くははははは!教えてやろう、勇者からはだーれも逃げられない!

さあ、心ゆくまで勇者である私の活躍を目に焼き付けるがいい!見よ、これがお前達人間が求めた夢の世界である!」


 咆哮と共に、サトゥンは瞬時に術式を紡いで魔法を発動させる。その魔法が発動されると同時に、大部屋に恐ろしい現象が起こる。

 なんと、黄金に輝く上半身裸のサトゥンが増殖したのだ。部屋のいたるところに現れた黄金サトゥンがあちこちで高笑いしはじめたのである。

 最早このような状況で冷静さを保てる訳が無い。兵士や冒険者達は混乱の極地に突き落とされ、烏合の衆と化した彼らをマリーヴェルが容赦なく意識ごと刈り取っていく。それは最早作業のように。

 余談であるが、マリーヴェルが部屋を駆け抜ける事に、黄金サトゥンから次々と『ぬわあああ!』などと悲鳴が上がっているが、理由は分からない。

 マリーヴェルが兵士や冒険者達を倒している流れの中で、黄金サトゥンの高笑いに本気でイラっときてしまい、それを全力で斬りつけているなどということは、決してないと思いたい。










 一階の兵士達をマリーヴェルとサトゥンが全て受け持ってくれたおかげで、リアン達は非常に楽に二階を進むことが出来た。

 下に比べ、二階はほとんど兵士がおらず、一人二人襲いかかってきたところを、リアンが槍で一瞬にして倒していく。

 そんな順調過ぎる進撃に、疑問を感じるのはロベルトだ。眉を顰めながら、彼はリアンへと進言をする。


「おかしいぜ、リアン。二階に領主がいるにしては、兵士の数が少なすぎる。

自分の身を守ったり、大事なモノを隠したりするなら、一階よりもより多くの守りを配置するのが常識だと思うんだが……」

「そうすると、領主もフェアルリさんの娘も一階でしょうか?」

「分からんな。とりあえず、この階にいないことを確認して、それから下へ合流しようぜ。俺の読みだと、恐らくは下だと思うが」

「分かりました。たあっ!」


 また一人現れた兵士を打倒し、リアン達は次々と館内の部屋を確認していく。

 確認した部屋のどこにも、マリーヴェルから聞いた特徴を持つ領主の姿はなく、残る最後の部屋は一つとなる。

 その部屋の扉をロベルトが開こうとした時、突如背後からリアンの制止の声が上がる。


「どうしたリアン、この部屋が最後だから確認しねえと」

「……この部屋の奥に、何かがいます。この感じ、レグエスクと似てる……ロベルトさん、扉は僕が開けます」

「あ、ああ……」


 真剣な表情で語るリアンに押され、ロベルトは扉から下がって譲る。

 睨むように扉を見据え、リアンは手に持つ槍を大きく振りかざし、そして扉を破壊するように槍を振り下ろして衝撃で扉を開いた。

 その扉の中に広がる部屋は、なかなかの広さを誇る大広間で。その中央に、一人の青年がリアン達に視線を送りながら佇んでいた。

 槍を構えたまま、リアンはその青年を観察する。漆黒の長髪を持ち、紅き瞳はリアンを捕え。何より特徴的な容貌は、その耳だろうか。

 長く羽のように天に向かう耳は、人間が持つそれとは明らかに異なる。髪のように漆黒の鎧を纏い、腰には漆黒の剣を差している。

 その剣は、マリーヴェルが持つ剣に似ているが、彼の剣は更に厚みと長さと太さがあり、どちらかというとサトゥンが使うそれに似ている。

 リアンは槍を構えながら、警戒心を解かぬままその男に訊ねかける。


「貴方は、誰ですか。この館の領主に雇われた兵士ですか」

「領主?領主……ああ、ケルゼックの駒か。俺様をそのようなモノの部下と間違えるとは、失礼にも程があるぞ。

いや、だが俺様はそのケルゼックの元で研修を積んでいるから、同格になるのか?ああ、やはり手など貸すんじゃなかった。

元よりあの程度の雑魚の元で俺様が学ぶことなど、何一つなかったのだ。このような屈辱的な気持ちになるのなら、親父の発言に耳など貸すべきではなかったのだ」

「あ、あの……領主に雇われた兵士じゃない、ということでいいんですよね?」

「無論だ。俺様はこれから先、この世界の王となる男なのだ、二度と間違えるなよ、小僧」

「す、すみません」

「よし、許す。俺様は寛大な王となるものだからな、この程度では根に持たんのだ」


 腕を組んでぷんぷんと怒る青年に、思わずリアンは頭を下げてしまう。

 どうやらリアンの言葉が気分を害してしまったようで、それを素直に謝るリアンもおかしいのだが、それを許して踏ん反り返る青年もおかし過ぎる。

 怪訝な顔をするロベルトだが、そんな彼は視界に入っていないようで、青年はリアンをじっと観察し始める。

 まるで舐めまわすようにリアンを見た後で、青年はリアンの傍まで歩み寄り、見下ろしながら問いかける。


「小僧、なかなか強そうだな。名前はなんという?」

「えっと、リアンと申します。あの、貴方は?」

「俺様か、俺様の名はノウァ。覚えておけ、小僧。近い将来、この世界を支配する最強最悪の王の名だ」

「世界を支配するんですか?それは凄いですね……」

「そうだろう、そうだろう?だが、その前に俺様はやらねばならぬことがある。

最強最悪の王として君臨する、悪の華として咲き誇るには、俺様はまだ未熟。

故に、この世の悪党共から悪とは何かを学んで来いと父に命じられてな。それで今は、この館でケルゼックという男の下で学んでいたのだが……それも今日で終わりだ」


 不機嫌に言い放つノウァに、リアンは一瞬槍に手を伸ばしかける。

 彼が槍に手を掛けそうになったのは、ノウァの殺気が膨れ上がり、それに身体が無意識に反応した為だ。

 ぶちぶちと文句を零す青年だが、口調とは裏腹に、リアンはその強さを感じ取っている。相当の力を持つ者だと。

 そんなリアンの内心を余所に、ノウァの愚痴は続いていく。床を踏みつけながら、彼は苛立たしげに語るのだ。


「ケルゼックは悪として小者過ぎるのだ。俺様は悪には美学というものが存在すると常々思っている。

真に美しき悪とは、弱者を甚振り犠牲にし満足する愚者ではない。全てを己が力にて心から心酔平伏させ、その上で悪を誇ることこそにある。

だが、ケルゼックのやっていることはどれもこれも俺様の美学に反することばかりだ。

年端の行かぬ小娘を攫って、邪竜王復活の生贄に捧げるなど、悪として三流過ぎる。故に俺様はケルゼックに見切りをつけ、今後は自由に生きることを決めたのだ」

「小娘を攫って生贄……生贄ですか!?」

「む、俺様の悪の話ではなくそっちに喰らいつくのは悲しいが……ケルゼックの手駒は魔族の娘を攫って地下に閉じ込めている。

今宵、その娘をケルゼックに引き渡すつもりらしいが、俺様には興味のないことだ」


 ノウァの話を聞いて、リアンは顔を青くする。

 もし、彼の話が全て本当であるならば、ライティは邪竜王とやらの復活の為に生贄として捧げられる為に連れ去られたのだ。

 そして、彼の中で生贄と聞いて思い出すのが魔人レグエスクとの一件である。生贄にされた王族達は誰もが命を奪われている。

 すなわち、生贄にされてしまえば、ライティの命が危ういということだ。リアンは慌てて視線をロベルトに向けるが、既に彼の姿は無い。どうやら来た道を全力で先に引き返して地下へ向かったようだ。

 自分も急がなければならないと、リアンは事情を教えてくれたノウァに礼を言って去ろうとしたのだ。


「どうもありがとうございます、ノウァさん!僕はその娘を助けないといけないので、これで失礼します」

「ぬ?待て待て、リアン。誰がそのまま貴様を帰すと言った?」

「え?」

「見たところ、貴様はなかなかに腕が立つな。その槍もかなりの力を感じるぞ、悪くない。

貴様には可能性を感じる。それは俺様が求め続けている存在となり得る可能性だ。悪の王となる俺様が欲してやまぬ、女神に選ばれた人間だ。

収穫なしで帰るのも馬鹿らしい。貴様がその人間であるかどうか、試したい。無論、拒否などさせんぞ、これは一方的な命令だからな」


 刹那、ノウァは腰から剣を解き放ち、リアンに徐に斬りかかった。

 あまりに唐突な攻撃であったが、リアンはその斬撃を槍で即座に撃ち落として対応する。リアンが不意打ちに対応できた理由は、なんのことはない、彼はノウァと出会ってからずっと警戒し続けてきたからだ。

 レグエスクと同じ空気を身体に宿しているノウァに、リアンは無意識のうちに槍を握ろうとしていた。その警戒が、対応へと結びついたのだ。

 斬撃を防いだリアンに、ノウァは嬉しそうに笑みを零して短く詠唱を紡ぐ。その詠唱の終わりと同時に、ノウァの剣に黒き炎がまとわりつく。

 その光景に、リアンは目を驚きに見開く。この技によく似たものを、リアンはつい最近見ていたからだ。

 彼の心酔する勇者サトゥンがデンクタルロスを葬った際に、大剣に纏ったそれに、あまりに酷似していたのだから。

 だが、事情は驚くリアンを置き去りにして加速し続けていく。ノウァは剣を大きく振り上げ、リアンに向けてその身を突進させる。


「俺様の初撃を簡単に防ぐか……ククッ、巨大魔獣も一太刀で沈める一撃だったのだがな。やはり貴様がそうなのだろう!俺様は確信しているぞ!」

「くっ、止めて下さいノウァさん!僕にはやることが、ライティを助けにいかないとっ!」

「そうつれないことを言うな。なあ、リアン――否、俺様の追い求めた好敵手、『リエンティの勇者』よ!」


 荒れ狂うノウァの斬撃を、リアンは必死に槍撃を繰り出すことで打ち消しながら思考を止める。

 この相手は、恐らく自分の話をきいてはくれない。ならば早くライティを助けに行く為に――この男を、倒すしかないと結論付けたのだ。





















「ぬ――今、誰かに呼ばれた気がする。むはははははは!勇者とは人気者過ぎて困りものよ!」

「うわああああ!こ、今度は七色に光り出したぞ!?一体何なんだこいつはあああ!」


 そんなリアンとノウァの死闘の開幕の時、サトゥンは身体から虹色の光を放ちながら兵士達を恐怖のどん底に突き落としていた。

 異次元レベルで最強過ぎる勇者サトゥン。好敵手やライバルと言った単語には無縁の悲しい生き物である。








サトゥン「はい勇者通りまーす。今勇者がここを通っていまーす」次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。次も頑張ります。

あと三日で投稿初めて一カ月が経つんですね。早いものです、はい。

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