31話 誘拐
女達に囲まれて調子に乗っていたサトゥンの襟首を掴み、ずるずると引きずって連れ去るマリーヴェル。
バーの一角に座っていたグレンフォードの方へと合流するが、彼もまた女連れでカウンターに座っていたことに、一瞬マリーヴェルは顔を険しくするが、彼がリアンをも遥かに超える程の気まじめ堅物だと知っていた為、すぐにその表情を取り去った。
代わりに少しばかり怒ったような顔をして、グレンフォードに注意を促すのだ。
「駄目じゃない、ちゃんとこの馬鹿の面倒見てくれないと。何のためにグレンフォードと一緒に行動させたと思ってるのよ」
「馬鹿ではない!馬鹿勇者と呼べと何度言えば分かるのだ!」
「昼間っから酒飲んで女はべらせて高笑いしてた馬鹿が何反論してるのよ。じゃあ貴方、ここでちゃんと情報収集してた訳?」
「ふんむ?情報収集はしておらんな!ここではカードゲームして飯と酒を楽しんでいたぞ!がははははははがっ!」
ふんぞりかえって胸を張るサトゥンの脛を全力で蹴り上げ、転げまわる姿を見てマリーヴェルは少しばかりスッしたらしい。
そんな二人の喜劇の幕引きを見届け、グレンフォードは視線を二人の後ろにいるロベルトへと向ける。その視線に気付いたのか、マリーヴェルは彼にロベルトの紹介を始める。
「私達に良い儲け話があるってかどわかしてきた変人。もし、その話が嘘だったら全力でぶん殴っていいそうよ」
「ちょ!?勘弁してくれよ!ローナンの英雄に全力で殴られたら誰だって死んじまうよ!
あっと、俺はロベルト・トーラって言います。流石に殴るのはちょっと勘弁してくれませんかね、グレンフォードの旦那」
「グレンフォードだ」
「そして私は勇者サトゥンである!うははははは!貴様も英雄志望か、小僧!
それにしては身体が貧弱であるな!英雄になりたければ、まずは肉を食え肉を!そして毎日の鍛錬の積み重ねで私のような鋼の肉体を目指すがいい!」
「あー、いや、俺にはそれはちょっと……」
「馬鹿勇者は放置していいから、早く儲け話とやらを教えなさいよ。ここで話してくれるんでしょ?」
己の肉体をアピールし始めたサトゥンだが、それを遮るようにマリーヴェルがロベルトを急かす。
あんまりにもあんまりな扱いにも思えるが、サトゥンが己の肉体自慢を始めると優に一時間を超えてしまうから仕方ない。
早く話せと要求され、ロベルトは待ってましたとばかりに笑みを浮かべて腕を組んで話を始める。
「了解。といっても、俺が内容を話せる訳じゃないけどな。
俺は報酬として大金を約束したが、依頼主が俺という訳じゃない。依頼の内容は俺も詳しくは聞いてないからな」
「そうなんですか?では、その依頼主というのはどちらに」
「依頼主ならそこにいるぜ?さっきからグレンフォードの旦那の横にいるこの人が、俺達の依頼主って訳さ」
そういって、ロベルトは掌をその女性の方へと向ける。
その先には、先程までグレンフォードと酒場内で暴れ回っていた外套に身を包んだ女性が居て。
彼女はこの場の全員の視線を受け、口元を楽しげに微笑ませながら言葉を紡ぐ。
「フェアルリと申します。グレンフォード様、サトゥン様には先程お世話になりました」
「何?二人とも、先に知り合ってた訳?ロベルト、ますます要らなかったじゃない」
「ひ、ひでえよ流石にそれは!」
「ほ、ほらケンカは止めようよ、フェアルリさんの説明をちゃんときこう、ね?」
非難の声を上げるロベルトと、うっさい黙れと反論するマリーヴェル。そんな二人を仲裁しようとするリアン。
三人を楽しげに見つめながら、フェアルリは一つの提案を彼らに行うのだ。『詳細を話したいので、少し場所を移動しましょう』と。
裏賭場内にある酒場内では、多くの裏の人間が表には出せないような依頼や情報の取引を行っている。
その内容が内容だけに、無論、酒場内で詳細を話すことは無い。第三者の目が入らない、個室にて詳細を話し合うのだ。
ではどうやって個室に入るのか、簡単だ、マスターに部屋代を払えばいい。
マスターに幾らかの金を渡すことで、酒場内に設置された個室を借りることが出来、そこで正式な話し合いが行われる、これが裏賭場内の通称『裏ギルド』の仕組みである。
フェアルリがマスターへ金を支払い、五人は裏ギルドの個室へと案内される。
室内は薄暗く狭い個室だが、全員分の椅子や簡易な机などは用意されている。全員が腰を下ろしたのを確認し、フェアルリは話を始める。
「それでは詳しい依頼内容と報酬をお話しさせて頂きます」
「ということは、リアン達はフェアルリさんの眼鏡に適ったってことでいいのかい?」
「ええ、ありがとうございます、ロベルト様。十分過ぎる程ですわ。
先程の一件で、グレンフォード様のお強さは確認させて頂きました。他の皆様のお力は、最早確認する必要もないでしょう」
「ちょっと、何があったかは知らないけれど、グレンフォードと私達を同格なんて思わないでよ。流石に『まだ』勝てないわ」
「ですが、サトゥン様やグレンフォード様のお仲間ならば、相応の強さだと私は思っていますよ。
他人の強さを計れずして、外の世界で生きることは出来ません。私は観察眼には、少々自信がありますよ?」
悪戯が成功した子供のように微笑むフェアルリに、強さを見抜かれているマリーヴェルはお手上げとばかりに口を噤む。
その会話をみて、リアンもまた内心でフェアルリの強さを想像する。リアンは彼女が魔法で荒くれ達を叩きのめしていた姿を見ていないが、先程の賭場の荒れ方と、彼女の重心の動かし方を見て、大凡の強さを推測する。
なんとなくではあるが、フェアルリはメイアに近いタイプではないか、だが身体付きから肉弾戦に特化しているとは思えない。
となれば、逆にリアンの知らない方面の力に特化しているのか。それはすなわち魔法。
メイア以外の使い手を知らない為、まじまじと興味深げにフェアルリを見つめていたリアンであるが、その視線に気付いたフェアルリは、少しばかり視線の意味を勘違いしてリアンに訊ねかける。
「この外套が気になりますか?何故私が姿を隠しているのかが」
「あ、いえ……外套よりも、身体が気になりました。洗練されているのに、戦いに特化したような、武器を振り回す身体付きに見えなくて」
「ちょ……リアン、お前初対面の女性相手に身体を見ていたなんて、言うか普通」
「す、すいません、でも気になって。もしかしたら、武器を必要としない魔法使いなのかな、と。
外套をしているのは、相手にそれを悟られないように駆け引きする為の道具の一種かと思っていました」
「成程、良い眼をしていますね。その年齢で対峙する相手をそこまで見抜くとは、余程良い師に恵まれ鍛えられたのでしょう。
外套を纏っている意味は正解でもあり、不正解でもあります。そうですね……まずは私の素姓からお話ししましょうか」
そう言って、フェアルリは外套のフードをゆっくりと外し、皆の前に素顔を露わにする。
フードの中から溢れだした深紫の長髪、そしてその透き通るような声に恥じない美貌。だが、それ以上に全員の視線を集めたのは彼女の頭部に存在する異端。
彼女の頭部には、人間には決して存在しない獣特有の耳が備わっていたのだ。フェアルリのそれは、犬の耳がペタンと折れ曲がったように。
絶句してあんぐりとするのはロベルト。それはそうだ、彼はそのような人間外の生き物は初めて見たのだから。
別の意味で驚くのはリアン、マリーヴェル、グレンフォードだ。彼らはこのような存在を知っている。無論、キロンの村でサトゥンの力によって生を得た隣村の者達だ。
彼らと酷似した特徴を持つ者が、この世界に他にいることに驚きを隠せなかったのだ。
そして残る一人のサトゥンは微塵も驚愕することはなかった。何故なら彼は最初から彼女の中の『魔』を感じていたからだ。
皆の視線を悪い意味でとらえたのか、フェアルリは少しばかり悲しそうに微笑み、説明を続ける。
「見ての通り、私は普通の人間とは違います。外套によって素性を隠していたのは、これが一番の理由です。
もし、外套を纏わずに街を歩き回ってしまえば、私は魔物と見做されてしまうでしょう?」
「あ、い、いや、そんなことは……ないと思うんスけど」
「いいんですよ、それは昔から分かっていたことですから。だからこそ、私達一族は根城を持たず、常に旅を続けて生活を送っているのですから」
「……もしや、フェアルリは『流浪の民』か?」
「流浪の民、ですか?」
グレンフォードの言葉に肯定するように頷くフェアルリ。その言葉を聞いたことのないリアンが、説明を求めるようにグレンフォードへ視線を向ける。
どうやら知らないのはサトゥンとリアンだけのようで、他の者は流浪の民を知っているらしい。二人に対し、グレンフォードは説明を始める。
――流浪の民。
この大陸において、数百年ほど前から存在する放浪民族。
流浪の民の誰もが外套を被り、素性を他人に見せることはなく、寄った街で民芸品や装飾品などを取引してまた次の街へ去っていく。
彼らが生み出す民芸品や装飾品はどれもこれも希少な宝石や魔力石などで精巧に作られ、恐ろしい高値で取引されているのだ。
ある昔、彼らのそんな稀少品を狙い、とある国の王族が兵を向けて彼らを拿捕するように命じたことがあるが、それは失敗に終わっている。
何故なら彼らには、一人として例外なく恐ろしい魔力が備わっているのだ。刃を向けられた時、彼らは容赦なく兵達へ恐ろしい魔法を叩きつけ撃退した。
それどころか、怒り狂った彼らは、その国をたった千人で攻め、終いには国を滅ぼしてしまったという逸話がある。
以来、どの国どの街の人間も、取引はするが決して手だしはしないというのが流浪の民へと暗黙のルールとなっていた。
一か所に留まらず、常に旅を続ける強き魔法使い達、それが流浪の民である。
説明を訊き終え、やはりフェアルリが強者であると知り目を輝かせるリアン。
もしここがキロンの村で、何の事情もなければ『手合わせお願いします』と今にも言いそうなくらいである。
そんな微塵も自分に恐怖する事ないリアンを不思議そうに首を傾げながらも、フェアルリは再び話を始める。
「グレンフォード様の仰る通り、私は流浪の民の一員です。
そして私達がどうして素性を隠し、一部に留まらずに生活しているか、その理由が『これ』です」
「へえ、貴女以外の流浪の民も犬耳がついてるの?なんか可愛くていいわね」
「かわ……いえ、みながみなこうという訳ではありません。ただ、誰もが身体の一部にこのような『魔』が現れています。
右腕が鋭い爪を持つ者、狼の尾を生やす者、背中に鳥の翼を持つ者……まるで呪いのように、我が一族の者は誰もがこうなるのです」
「ふははははは!勇者である私がその理由を説明してやろう!獣の身体の特徴を人間が持ち続けるのは上級魔人による生命合成術の……」
「今真面目に話してるんだから、あんたの話は後。あんたが話し始めたらフェアルリが何も話せなくなるでしょ」
凄く大事な話をしようとしたサトゥンを、マリーヴェルは押しのけて話の続きを彼女へと促した。日頃の行いとは大事である。
頭上の犬耳を一度二度とぴくぴくとはねさせながら、フェアルリの説明は続く。
「私が流浪の民であること、そしてこの街の近くの森に、数百名の同族達が待機していること、そのことをまず理解して頂ければ幸いです。
ここで、私の依頼の話となるのです。私が貴方達に依頼をしたいのは捜索です。私達の同族である一人の少女を探して欲しいのです」
「一人の少女、ですか?」
「ええ、そうです。探して欲しいのは私の一人娘、名前はライティ。
私と同じ髪の色をした、ウサギのような耳を持つ外見は十歳程度の女の子です。そのライティを、明日の朝までに見つけて頂きたいのです。
報酬は皆様が望むだけのものをお渡しする事を約束しましょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!フェアルリさん!一つ訊かせてくれ!」
「はい?」
「あ、あんた子持ちだったのか!?嘘だ、嘘と言ってくれ!」
「夫とは死別いたしましたが、子供はいますよ?」
がつーんとショックを受けたように固まるロベルト。
だが、それも仕方のないことだ。どう見てもフェアルリの外見は二十歳そこらにしか見えないのだから。
そんな女性が十歳程度の子供がいると言えば、言葉を失いたくもある。旦那は犯罪ではないのか、とか。どうやって子供産めるんだ、とか心の中で絶叫したくもなる。
灰色になっているロベルトを放置して、マリーヴェルはフェアルリの先程の言葉の意味を確認していく。
「娘を探してくれって、これまでの経緯を教えてくれないとどうしようもないわよ。
貴女の娘は迷子にでもなってるわけ?明日の朝までのタイムリミットの理由は?」
「そうですね、そこも説明させて頂きます。私の娘は、ライティは攫われたのですよ」
話は遡ること数日前。彼女達流浪の民は、この街の近くの森に一時的な拠点を構え、取引を行う為の準備をしていた。
そんな彼女らの元に、一つの事件が起こる。武装した人間達が、彼らの拠点に現れ、何も理由を説明せず襲いかかってきたのだ。
無論、彼女達とて歴戦の魔法使い、簡単にやられる訳が無い。少しばかりの負傷者を出したものの、彼女達は人間達を撃退してみせたのだ。
だが、人間達が逃げ去ると同時に、フェアルリの一人娘であるライティが連れ去られてしまったのだ。
ライティは民の中でも飛び抜けた才能を持ち、既に母であるフェアルリを遥かに凌駕する使い手であった。
その彼女が何故連れ去られたのか。逃げ遅れた人間の一人に口を割らせて、そこで初めて浮かび上がった事実。
人間達の狙いは、初めからライティだったのだ。
流浪の民の、兎耳をした少女を連れ去れば一生遊んで暮らせるだけの金が貰える。
その依頼の相手の名を訊き、流浪の民達は憤怒する。依頼者は、この街を含めた一帯の領主である貴族レーゲンハルト。
この事実を知り、流浪の民達の感情は荒れた。先祖達のように、今すぐ街を滅ぼし、同族であるライティを取り返すべきだという意見が大勢を占めた。
理由は分からないが、ライティを連れ去ったということは、我らが民に刃を向けたも同じ。そのようなことを許してはならぬと。
だが、そこに待ったをかけたのが、彼女の母であるフェアルリだ。もし戦争となれば、人間だけではなく同胞にも少なからず死者がでる。
何より、自分が理由で人間との戦争が起き、多くの人が死んだという事実を娘に背負わせたくなかった。故に、もう少し待ってくれとフェアルリは願い出たのだ。
そして、彼女に流浪の民達が与えた猶予は明日の早朝までだ。それまでにライティを連れ戻せなければ、この街ごと攻め立てると決まった。
それまでの間に、フェアルリは何とかしてライティの居場所を見つけ、連れ戻さなければならない。
だが、彼女一人では情報集めも難しい。そして何より、彼女自身が人間と戦えば、それこそ民族間の戦争へとつながりかねない。
故に彼女は欲していたのだ。ライティの居場所を見つけ、そして救出するだけの力のある人間を。
街を彷徨い、困り果てていた彼女に声をかけてくれたのが、現在廃人状態と化しているロベルトだった。
人を雇う金はある。だが、その強き人を探す方法が見つからない。そう相談する彼女に、ロベルトは裏の世界を教えたのだ。
ロベルトの好意に甘えたフェアルリだったが、ロベルトだけでは無理だと理解していた。彼は良い人ではあるが、強さが絶対的に足りない。
相手は流浪の民で一番の魔法の使い手であるライティを連れ去った程の相手なのだ、そんな相手を問題にせず打倒できる強さが、彼女の求める人材だった。
それを話すと、ロベルトは何一つ嫌な顔をせずに、俺に任せろと言って街中を捜し回ってくれたのだ。
そんな優しい青年が連れて来てくれた英雄が、今ここに集まった面々、という訳である。
全ての事情を話し終え、どうか力を貸してくれませんかと願い出ようとしたフェアルリであるが、それは遮られることになる。
その場にいたリアンが、マリーヴェルが、グレンフォードが、おまけにサトゥンまでもが、その瞳を臨戦態勢にしていたからだ。
「協力します。いえ、協力させて下さい。家族から娘を奪うなんて、絶対に許せない」
「レーゲンハルトってあのいけすかない名前だけの貴族でしょ?あいつ昔から嫌いだったのよね。父様の邪魔ばかりしてたし、丁度良いわ」
「子供は宝だ。それを救うのに理由なんぞ要らん。斧を預けさせて貰う、フェアルリ」
「くはは、うはは、はーっはっはっはっはっはっは!我が勇者デビュー、第二ラウンドの始まりである!
うむ、読めたぞ。恐らく貴族とやらは魔物が化けた姿に違いない!そしてフェアルリの娘とやらは生贄である!
させん、させんぞ!魔物の手から人間を護るのはこの勇者サトゥンの使命である!海獣退治に続く我が活躍の場、きたれり!がはははははは!」
「ちょ、ちょーーーーーっと待った!」
燃え上がる面々に、何とか必死に自分を取り戻して、全力で水をぶっかけるように制止の声を上げたのはロベルトだ。
椅子から立ち上がり、ブレーキ知らずのサトゥン達に、ロベルトは冷静になれと必死に声をあげる。
「いやいやいや、落ち着こうぜ、な?お前ら、今から自分達が何しようとしてるのか分かってるのか?
フェアルリさんの事情も理解した。娘さんを助けなきゃならんのも分かる。だけど、相手は貴族様だぞ?その貴族様相手に何しようってんだ?」
「領主館に押し入り、その顔面をぶん殴り、娘を取り戻す。それだけだ」
「ちょ……グレンフォードの旦那、そりゃ拙いって!どんな理由があれ、貴族様に手を出したら打ち首もんだぞ!?
こういうのは、冷静に対処するのが大人ってもんだろ!まずは話が本当かどうか、確認をとって、娘の居場所も当たりをつけて、それから……」
「そんなことしてたら明日の朝になっちゃうじゃない。そうなったらこの街が火の海よ?
だったらさっさとレーゲンハルトの馬鹿を締め上げて居場所吐かせた方が早いじゃない」
「ば、馬鹿野郎!それがもし間違いだったらどうするんだよ!
フェアルリさんの話を疑う訳じゃないが、何事も絶対なんてありえねえんだよ!頼むから、少しは冷静に……」
「ふはは!さっきからお前は一体何を怯えておるのだ!
私にはよく分からんが、何かをしない為の理由を考えるのはそんなに楽しいものか!」
「な……」
サトゥンの言葉に、ロベルトは発しようとした台詞を押し潰されてしまう。
そんなロベルトに、さも当たり前と言うように、サトゥンは愉しげに胸を張って言葉をどんどん投げつけていくのだ。
「目の前に困っている者がいる、その者が助けを求めている、ならば手を差し伸べる!
ふははは!実に単純で楽しいではないか!これだけのことを何故お前は素直に楽しもうとせんのだ!私には実に理解不能であるぞ!」
「だ、だから、もしそれが間違いだったら……相手は貴族で、下手すりゃ俺達罪人扱いで……」
「それならそれでいいではないか!嘘であったなら後でフェアルリにお仕置きをすればいいだけのこと!
泣いてる子供がいるかもしれん!目の前に困り果てた女がいる!ならば男として行動すべき道は一つしかないではないか!
うははははははは!いいかロベルト!難しいことなど何もないではないか!女子供にちやほやされる未来が目の前にあるのだぞ!
ならば我らのすべきことなど、その未来に向かって全力で走るだけで構わんのだ!それこそが格好良い勇者としての生き様である!」
あまりの暴論に、もはやロベルトは何も言葉を返せない。
貴族には逆らわない。危険な橋は渡らない。行動を起こすのは、自分が正しいと証明してから。それら全ての常識を、目の前の連中はぶち壊していく。
おかしいだろう、これではまるで自分が間違っているようではないか。そうやって自分も他の人間も、みなが当たり前に生きてきたではないか。
それが世界の『決まり』であり、絶対に揺るがぬ『法』ではないのか。それなのに、目の前の連中はそんな絶対を軽々踏み越えようとしていく。
滅茶苦茶だ、滅茶苦茶過ぎる。そんなことしていたら、命が幾つあっても足りない。賢くない、馬鹿な生き方だ。
確かに子供の命は大切だ。目の前で困っている人は助けたい、だから彼もフェアルリに声をかけ、必死で人を集めたのだ。
だが、それでも優先順位は存在する。誰かの為に、貴族様にケンカを売るなんておかし過ぎる。ましてや相手は今日会ったばかりの相手だというのに。
絶対的な証拠も無しに、貴族をぶん殴りにいくなんて、いくら仲間に王族がいても、罰は免れないことだ。
馬鹿だと思う。そんな生き方は利口ではないと思う。けれど、どれだけ心で毒づいても、ロベルトの心の奥底でどうしても捨てられない感情があった。
その感情は、羨望。打算も何もなく、ただ馬鹿みたいな生き様を、『格好良い』と思ってしまう自分。
いつだって格好をつけて生きてきた。村を出て、裏の世界に生きていこうとしたのも、それが格好良いと思ったからだ。
けれど、今の自分は何もかもが中途半端だ。魔物退治だってロクにできやしない、ナイフの腕だって修行がつらくて適当に流していた。
自分がこの数年で手に入れた格好良さは、結局形だけの中身のない格好良さだった。外見や見た目、他人の目ばかりに気を遣って手に入れた外殻だ。
でも、そんな自分でも良いと思っていた。回りの人間もそうだったから、それが当たり前だと思っていた。
だけど、彼の中の常識をぶち壊す存在達が、目の前に現れてしまった。恐らく彼らは、自分にはない本当の格好良さを持っている連中だ。
フェアルリの話を訊いて、自分と他の連中との反応の差、これがきっと心の差だ。
恐らく、普通の者達は自分の考えが正常で、サトゥン達を馬鹿だとみなすだろう。だけど、そうじゃない。それが正解ではないのだ。
本当の正解とは、どれだけ回りに馬鹿だと迷惑だと考えなしだと笑われ蔑まれようと、己の正しいと思う道を躊躇なく行く者だ。
そして、それが出来るだけの心の強さを持つ者、それが本当の強き者なのだろう。だが、その一歩は過去の自分を否定する一歩で、踏み出すのは勇気がいるもの。
言葉に出せないロベルトに、サトゥンは片目を瞑って少しばかり考える様子をみせた後、掌をぽんと叩き、破顔してとんでもないことをいう。
「うはは、分かったぞ!お前にはどうも思い切りが足りんようだな!あれこれと小難しく考えすぎではないか!
人の人生は短いのだろう?そんなことでどうする!そんな人生つまらんぞ!己が望むままに、心の向くままに、願うままに生きればよいではないか!」
「そ、そりゃそういう生き方が出来たら誰だって楽しいだろうが、そう上手くいかないのが……」
「そうか、お前は踏み出すのが怖いのだな?ふははは!臆病な人間め、だが私はそんな心弱き人間を何よりも愛する!愛おしいぞ、ロベルト!
やらずに済まそうと逃げの思考に走るのは、己に自信がないからだ!自信の無さは、己に何かが足りぬと感じているからだ!
くは、くはははは!いいではないか、足りなくともよいではないか!足りないことを恥じること、悔しがること、それこそが人間だけに許された心の煌めきではないか!
足りないからこそ人は手に入れようと努力邁進し、掴みとろうとする!その姿こそが人を何よりも輝かせる!足りぬことは恥ずべきことではないぞ、ロベルト!
足りぬということは、これから追いかける楽しみがあるということだ!お前にはまだまだ輝かける未来が待っている、羨ましい限りではないか!うははははは!」
「いや、いやいやいやいやいや、なんか話が変な方向にいってないか!?俺の話じゃなくて、貴族の話を……」
「無論、ただ考えを押し付けるだけというのも無責任というもの!
お前が少しでも輝けるように、今から私が世界で一番最高に素晴らしい物を与えてやろうではないか!ぬははは!」
高笑いと共に、サトゥンは呪文の詠唱を初め、その場に黒き魔法陣を形成する。
渦巻く魔力に、誰よりもフェアルリがその表情を驚愕に染める。魔力に精通している彼女だからこそ、この術式が異常過ぎることに気付くことが出来たのだ。
魔法陣を割るように亀裂が生まれ、その中より生み出されたのは一振りの黒き刃。黒く光る短刀を取り、呆けるロベルトへ差し出してサトゥンは満足気に話すのだ。
「言葉など要らぬ!強く輝きたい、そう願ったときは、強くこの刃を握りしめるがいい!何も考えるな、ただそれだけでいい!
くははは!その短刀の名は冥牙グリウェッジ!かのリエンティの勇者の英雄の一人、影刃ドードニスの愛用した黒き刃である!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。こんなやばそうなナイフ、俺にどうしろと……」
「どうするかはお前が決めろ!フェアルリの娘を救う為の刃とするもよし!その辺の店に売り払うもよし!捨てるもよし!
がはははは!迷え、迷うが良い!悩み、考え、そして決意を持って自分の信じる道を行く!私はそんな人間が何よりも大好きなのだ!ぬははははは!」
「た、助けてくれ誰か!このサトゥンの旦那、微塵も話が通じねえよ!?」
「ばっちり通じておるわ!勇者たるもの、力無き民との意思疎通は盤石なのである!うははは!お前の心の叫び、しかと受け取っているぞ!」
必死に反論するロベルトに、サトゥンは何ら気にすることなく高笑いを繰り広げるだけ。
そんな二人の光景に、マリーヴェルは呆れるように息を吐いて、リアンに言葉を紡ぐ。
「あのさ、リアン。思ったんだけど、アイツ人間相手なら武器渡すの誰でもいいんじゃないの?」
「うーん……きっとサトゥン様なりの考えがあるんだよ、多分……でも」
「でも?」
リアンの瞳は、先程からロベルトの方へ向けられていた。
彼の背中を見つめながら、リアンはしっかりと『観察』をし続けていた。ロベルトと出会ってから、ずっと今の今まで観察を続けていたのだ。
そして、今まで観察し続けた結論を、リアンは迷うことなくマリーヴェルへと話す。
「多分だけど、僕がロベルトさんと戦ったとしても……有効打を簡単に与えられるとは思えない」
「……冗談でしょ?どう見ても、あんなの大したこと……」
呆れるように笑いながら、マリーヴェルはその時初めて彼の身体、その動きを真剣に観察した。
そして、あることに気付いたマリーヴェルは、リアンの言葉の意味を理解し、表情を驚愕に染めるのだ。
どこからどうみても格下である筈のロベルトである筈なのに、いざ彼と戦っている自分を想像すると、全く見えないのだ。
「――隙が、見えない。嘘、何あいつ」
それは、グレンフォードやメイアと対峙した時に感じるものとは、全く異なる感覚で。
負ける気はしない。相手から傷つけられる気も微塵もしない。それでも二人は感じてしまうのだ。
――どうしても、ロベルトに一撃を加える自分の姿を想像出来ない、と。
ネットの調子が悪くて泣きそうです。おのれロベルト。次も頑張ります。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。
※サブタイトルとサトゥン、ロベルトのセリフの一部を修正しました。(16日4時)
軽く寝て起きた後に読みなおした際、違和感を感じたもので。申し訳ありません。




