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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
四章 影刃・聖魔
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29話 借金




 港町ミクラン。海沿いの通りに位置する宿屋『ミプール』。

 異国から船旅を楽しんできた旅行者、船乗りやギルド所属の冒険者など幅広い者達に愛される宿である。

 値段はそこまで高い訳ではなく、この宿自慢の新鮮な魚料理は、訪れる者達に舌鼓を打たせるともっぱらの評判だ。

 故にリピーターも多く、数ある宿屋の中でもかなりの人気を誇る宿として有名な場所である。

 そんなミクランきっての宿の食堂、その一角でテーブルを囲むサトゥン達の姿があった。

 巨大な魔物を倒し終えた彼らは、観光がてら宿自慢の魚料理を楽しんでいる……訳ではない。彼らが囲むテーブルの中央にあるのは、食事ではなく一枚の紙切れなのだから。

 書面に書かれている内容、それを端的に纏めると『王族船建造費用・金貨一万枚也』。つまりは、サトゥンの綺麗に破壊してくれた船の費用の請求書であった。

 請求書を何度も何度もべしべしと叩きながら、マリーヴェルは怒り収まらぬ表情でサトゥンへ言葉の刃をつきつけるのだ。


「アンタが調子に乗って壊してくれたウチの王族船の建造費用がこれだけ掛かるのよ。掛かっちゃうのよ。掛かってしまうのよ。

ねえ、金貨一万枚がどれだけ大金か分かる?分かってる?これを一週間以内に揃えるなんて、どれだけ無茶な話か分かってる?」

「ふんむ?船を造り直すのには金が掛かるのか。ふはは!人間とは難しい生き物であるな!ならばさっさと払えばいいではないか!」

「だ・か・ら!どこにそんな大金があるのかっつってんのよ!この馬鹿勇者!借金勇者!あんた金持ってんの!?」

「むはははははは!金などあるわけなかろう!私は金を持ち歩かぬ主義だ!金はリアンに全て払って貰っておるわ!」

「胸張って言うんじゃないわよヒモ勇者!」


 サトゥンの胸元を掴んで激しくシェイクするマリーヴェルだが、彼は高笑いするだけで微塵も堪えやしない。

 現状を簡単に説明すると、海獣をサトゥンが倒したはいいものの、彼が王族船を破壊してしまったこと、その一点に一同は頭を痛めていた。

 サトゥン達の乗っていた船は、マリーヴェルとミレイアが王族であることを利用して、港町にある王族用の船を借りたものだった。

 管理者も、姫様達の願いならばと喜んで受け入れたが、結果はまさかの大破沈没である。

 デンクタルロスを倒してくれたことは偉業であるが、今回の沈没は魔物による被害ではなく人災だ。しかもマリーヴェル達の仲間の手による誤射。

 どうしたものか困り果てた管理者が、王に連絡をとろうとしたところを、マリーヴェルが待ったをかけた。当然だ。勝手に船を借りて、しかもサトゥンが壊しましたなどとどの顔下げて報告できるだろうか。

 王の中でサトゥンやリアン、マリーヴェルは国の英雄なのだ。その英雄が『船壊しました。代わりに金を払って下さい』などと言ってしまえば評価はがた落ちどころではない。

 恐らく、王はデンクタルロスを倒してくれたことに感謝し、心よく払ってくれるかもしれない。だが、そんなことをマリーヴェルが良しとする筈が無い。

 問題を起こすだけ起こして親に後始末を押し付けるなど、最低以外の何物でもないではないか。

 船を壊したのがサトゥンならば、船の新たな建造費用は自分達で用意しなければ人間として失格だ。それ故の借金であった。

 期限は一週間以内、それで無理であれば王に報告すると管理者に通告されたという訳だ。そして今の現状に至るのである。


 すなわち、今回の彼らの仕事は魔物退治ではなく、金策だ。

 一週間と期限のある中で、金貨一万枚という大金を集めなければならないのだから。

 ちなみに金貨一万枚とはどの程度大金かと問われると、以前リアンとマリーヴェルが一日で三十種九十八匹の魔物を退治した時の報酬が金貨三枚であることを考えれば、恐ろしい額であるということが分かってもらえるかもしれない。

 一般人では生涯決して稼ぎだせない額なのである。王族船の建造費用なのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。

 少しも頼りにならない勇者様を解放して、マリーヴェルはパーティの面々に渋顔で訊ねかける。


「私も城を出て金稼ぎはしてきたけれど、流石に金貨一万なんて稼ぐ方法なんて考えたこともないわ。何か良い案ある人いる?」

「僕も村にずっといたから。金貨だって一年前に初めてみたくらいだよ」

「騎士としての生活と山の中での生活だったからな。金を稼ぐ方法など申し訳ないが門外漢だ」

「そうよね……大体戦ってばかりの私達がお金を稼ぐ方法なんて知ってる訳ないじゃない。ましてや一万枚だなんて」

「ふはははは!困っておるな、マリーヴェルよ!だが嘆いてばかりいても何も始まらんぞ!前を見よ!それが英雄としての……」

「どこのどなた様のせいで悩んでると思ってんのよ駄目勇者!とにかく、まずは情報を稼ぐわよ。この街は港町だからウチの最大貿易拠点なの。

この街をとにかく探しまわれば、何か大きな儲け話が落ちてるかもしれない。とにかく足で情報を稼ぐのよ」


 サトゥンを除く三人での話し合いの結果、リアンとマリーヴェルは街のギルドに良い討伐はないかを探しに向かうことになり、グレンフォードとサトゥンは街で情報を集めることになった。

 夜に再びこの宿に集まることを決め、四人は街の中へと飛び出して行った――その話を少し離れた場所で耳を傾けていた男の存在に気付くことなく。

 なお、宿の部屋は既に二つほど確保してあり、その一室はミレイアとリーヴェが既にベッドを使用して休んでいる。

 どうやら彼女の船酔いは重症だったらしく、陸に上がった今もなお吐き気と戦い続けているらしい。合掌である。














 宿から街へと出たサトゥンとグレンフォード。

 街の大通りを二人並んで歩いているのだが、通り過ぎる人誰もが彼らをちらちらと見てしまうのは仕方が無いことだろう。

 何せ、彼らは目立ち過ぎる。共に二メートル近い長身を持ち、恐ろしく整った容姿で、なおかつ鍛え抜かれた身体を有しているのだから。

 あげくのはてには、グレンフォードは巨大な斧を背中に背負っているのだ。これで注目を浴びない方がおかしい。

 だが、どこまでもマイペースな二人は、そんな視線を気にする事もない。サトゥンは楽しそうに笑いながら、グレンフォードに話しかける。


「魔物退治が終わったと思えば、新たな依頼が舞い込むとは、勇者とは忙しいものよ!

ふははは!だが、それでこそやりがいがあるというものだ!ようするに金を集めればいいのであろう?」

「そうだ。しかし、俺達は金を集めることに強くは無い。申し訳ないが名案など何も浮かばん」

「何を言う!名案が浮かばなければ人に訊けばいいのだ!マリーヴェルもそうしろと言っていたであろう!

子供のお使いではないのだ!人に話を訊くなどミーナでも出来るわ!私達にかかれば、容易なことよ!」

「そうだな。分からなければ人に訊けば良い、簡単なことだ」


 二人は良い情報を人から得ようと、視線を周囲に走らせる。

 だが、それは他人から見れば大男達が周囲に睨みをきかせているのと何ら変わらない。

 やがて、二人は一人の男性に狙いをつけた。街の通りで果実を販売してる、温厚そうな中年の男性だった。

 その男性のもとに、二人は無言のままに近づいてゆき、プレッシャーをかけていく。中年も気付いたのか、顔を恐怖に歪ませながらあわあわと困惑している。

 二人が店先に辿り着いた時は、先程まで店を囲んでいた客達が逃げ、少し離れた場所で遠巻きに光景を見守っているではないか。

 ぶっちゃけ、怖すぎるのである。そして怯える店主に、二人は口を開くのだ。


「おい、俺達は金を求めている。それも早急にだ」

「くはははは!さっさと金になる情報を私に与えよ!このような立派な店を持っているのだ、まさか知らんなどとは言うまい!」


 二メートル近くも有る筋骨隆々の大男二人が、見下ろすようにしてこのような台詞を吐いてきたのだ。

 二人にしてみれば『お金を稼ぐ為に良い情報はありませんか』と言っているだけなのだが、店主から見れば『お前儲けてそうだな俺達にもおこぼれ寄越せよ』と恐喝されているに他ならない。

 顔面蒼白で震える店主は、必死に言葉を紡いで許しを乞うのだった。


「あ、あの、私は全然お金などなくてっ、その、果実は何でも持って行っていいので、どうか、どうか命ばかりはっ」

「そうか、それは失礼した。サトゥン、別の人間を当たるぞ。果実は銅貨3枚か……二つ貰って行く。金は置いておくぞ」

「ふははははは!グレンフォード、この果実は実に美味である!ビネリの実は何度食べても甘みがたまらんわ!」

「これはレルバの実だ。それでは失礼する」


 果実の代金をきっちり払い、二人はその店を後にした。

 二人が去った後、街の住人達が大丈夫かと店主を心配して集まるが、店主は最早商売どころではなかった。

 腰が抜けた店主は、その日の午後を完全に臨時休業とした。だが、このような状況になってしまったのは彼だけではない。

 何せサトゥンとグレンフォードは、情報収集を行っている。次々と人に話を訊いては、先程のような光景を繰り広げるのだ。

 金を集める為の情報を探しているだけなのに、怯え怖がられる二人。中には必死に抵抗しようと喰ってかかった勇気あるものもいたが、二人は別にケンカを売ったりしている訳ではない。

 『俺達に遊ぶ暇はないのだが』とグレンフォードが片手でその男の頭を掴んで持ち上げてしまい、即座に戦意喪失となる。

 結局一時間程街を歩き回って、彼らは情報を何一つ得ることが出来ず、心にトラウマを作ってしまった者を量産しただけであった。

 流石におかしいと気付いたのか、手に肉饅頭を持ちながら、サトゥンは首をひねりながら疑問を投げかける。


「勇者が困り情報を求めているというのに、この街の人間はまともな回答を何一つ寄越さんな。不可思議である」

「そうだな。俺も騎士の頃は情報収集の任務を何度か行ってきたが、これほどまで情報が集まらないことはなかった」

「むむむ、すなわち街の者達が情報を寄越さないような理由が、我らに何かあるとでもいうのか?

グレンフォード、私を見てどう思う?何か敬遠するような理由はあるか?」

「ないな。逆に俺はどうだ、サトゥン。人々から避けられるような何かはあるか」

「微塵もないわ。ふんむ、すなわち原因は我らではなく街の者達にあるということか。

もしや、勇者である私と話すのが恥ずかしくて照れてしまっているのか?うはははは!シャイな奴らめ!愛い奴らよ」

「その可能性も否定は出来んな。しかし、困った。これでは情報ゼロのままだ。大の大人が揃ってこの体たらくでは、リアンとマリーヴェルに顔向け出来ん」

「むむ、確かにそれは困る。私にも面子というものがある。何か良い情報は……」


 きょろきょろと再び獲物探しを始めた二人だが、その作業はすぐに止まることになる。

 彼らの視線の先、建物と建物の隙間にある路地の入口に、妖艶な女性が二人に向けて手招きをしていたからだ。

 今まで自分達が必死に他の人へアタックする立場だった二人だったので、このような反応をする人を見るのは初めてである。

 つまり、あの女性は何か凄く良い情報を握っているのではないか。そう結論づけた二人は迷うことなく女性へと近寄る。

 そして、二人と相対した女性は、サトゥン達の姿を足先から頭まで舐めまわすように見つめて嬉しげに言葉を紡ぐ。


「へえ、遠目だったからあまり自信なかったんだけど、怖いくらいに良い男達じゃない。格好いいわね、お兄さん達」

「がははははは!当たり前である!勇者はかっこよく、男らしく、何より人に愛される存在なのだ!」

「その豪快な笑い方も良いわねえ。それで、お二人さんは何かを探してるみたいだけど、何をお求め?女ならお兄さん達レベルなら、幾らでも用意できるけど。多分タダでも飛び付く娘多いんじゃない?ちなみに、私なんてお勧めよ。一晩どう?」

「俺達は情報を求めている。大金が欲しい」

「あら残念。情報の方ね。うーん……」


 軽く溜息をついて、女性は再び二人をまじまじと観察する。

 たっぷり一分はたっただろうか。女性は何か納得したのか、にんまりと笑みを零して二人に話を続けていく。


「いいわよ。お兄さん達、強そうだし、信用もできそうだわ。何よりどっちも凄く好みだし。

――ついてらっしゃい。金を稼ぐ場所、情報を得る場所、その両方を提供してあげる」


 そう言って、女性は二人を路地裏の細道を案内していく。

 昼間だというのに暗い道を、二人は案内されるがままについていく。その道の途中で武器を持った男達が幾人も立っていたが、警備の人間だろうとグレンフォードは予想していた。

 そして、路地奥にある粗末な小屋、その地下に案内され、二人は視界に広がった光景に驚きを素直に示した。

 地下には、薄暗くはあるが、少し広めの酒場のようなものが広がっていた。それも、ただの酒場ではない。

 酒を呑む場所はあるが、それ以外の場所では客達が何かの遊戯に夢中になり、金の遣り取りをしている。その光景をみて、グレンフォードがぽつりと小さく言葉を紡ぐ。


「成程……『裏賭場』、か」

「うらとば?ふはは、なんだそれは!楽しそうな響きではないか!」

「俺も来るのは初めてだが、金を賭けて博打を行ったり、表には出せないような情報を集めたりする裏の場所だ。

場所を隠すことで税の徴収から逃れているからな。大金が行き来するにはうってつけの場所ともいえる」

「あらあら、人聞きの悪いこと言わないで頂戴な。私達はちゃーんと税は納めてるわよ、領主様に、ね」

「……領主に金を握らせ、国には内密にする。よくある手法だ」

「まあ、そういうことね。それじゃ案内はここまでにするわね。

大金が欲しいなら賭けに熱中するもよし、情報が欲しいなら酒場で交渉するもよし。気が変わって女が欲しくなったらいつでも私を指名してね」


 それだけ言い残し、女は手をひらひらとさせて、階上へと戻っていった。

 残されたグレンフォードは地下酒場内を軽く観察しつつ、どうするかを考える。

 情報を得るならば、当然向かう先はバーの方だ。それをサトゥンへと告げようとしたのだが。


「グレンフォード、あれはなんだ!カードを持って奴らは何をしているのだ!気になるではないか!私もしたい!」

「……サトゥン、俺達は情報を集めにきたんだ。遊びに来たわけじゃない」

「うむ、それは分かっている。情報は集める。だが、その前にあれがしたいのだ。私もやらせろ!」


 理で説明しても、自由奔放なサトゥンが止まる訳が無い。彼の心はカードゲームに興味津々らしい。

 軽く息を吐き、グレンフォードは賭場で行われているゲームを観察し、内容を把握する。

 この酒場で行われているカードゲームは『ファンデルド・テッド』と呼ばれるゲームだ。

 ルールは簡単、1から10が描かれたカードが5枚ずつ、計五十枚のカードの山から互いにランダムで五枚を手持ちとする。

 カードの合計の和が高い方が勝ちというゲームだが、各プレイヤーには一度だけカードチェンジの権利が与えられる。

 その権利の種類は二つ。山からの交換と、対戦者との交換、このどちらかだ。山からの交換を選んだ場合、自分の手持ちから好きな枚数だけ交換する事が出来る。一枚だけでも構わないし、五枚チェンジでもいい。もしくは何も変えないのもありだろう。対戦者との交換は一枚だけだ。自分の不要な手札を一枚押し付け、相手の手札から伏せられた状態で好きなカードを一枚選択する。これがルールだ。

 賭け金はカードを配る前に、互いの同意の上で決められる。ただ、ここで一つ特殊なルールが絡んでくる。

 このゲームでは特別な役が一種類だけ存在する。それは『オールナンバー』と呼ばれ、数字が全て同じものが揃った場合だ。

 例えばカードが33333となったならば、その時点で同じ数字を揃えた者が勝者となる。二人が数字を揃えあったならば、高い数字を揃えた方が勝者となる。

 そして、このルールの恐ろしいところは、オールナンバーを揃えてしまった時、賭け金がその揃えた数字の和に変動する事だ。

 例えば55555と仮に揃えた場合、賭け金の25倍の報酬が返ってくる。無論揃う可能性は極めて低いが、リターンも大きいという訳だ。

 カード交換の先手後手は交互に変わる。最初の一度目は互いにカードを引いて高い数字が後手となる。その程度の簡単なゲームなのである。


 このゲームのルールを簡単に説明するグレンフォード。それをきいて『分かった』と意気揚々と卓に着くサトゥン。

 ファンデルド・デッドは基本、ディーラーとの勝負ではなく客同士の一対一の勝負だ。どうしても相手がいないときだけディーラーが出てくるくらいだろうか。

 すなわち、サトゥンの相手もただの客なのだ。つまり、そこまで大きな勝負にはならず、負けてもそこまで込はしないだろうと、グレンフォードは幾らかの金をサトゥンに渡していた。

 これがゼロになればそこで終わりだと言い聞かせ、グレンフォードはサトゥンから離れバーへと向かう。

 気まじめな彼はギャンブルをするつもりはないらしい。早々に情報を求めて、酒場のマスターへ話しかけていた。

 そして微塵も気まじめではないサトゥンは、卓に座りまだかまだかと対戦者を待つ。そんな彼の元に、なかなか羽振りのよさそうな中年の男が笑みを零して席に着く。


「むふん、お前が最初の相手か!ふはは!実に楽しみである!」

「ふふ、お手柔らかに頼みますよ。それでは先手後手カードを。私は5です」

「むははははは!10である!私は後手だな!」

「賭け金はどうしましょうか?私はどんな額でも。貴方が止めないかぎり、貴方の良い値で構いませんよ?」

「無論、全額である!手持ちの金、全てを投じる!」

「いきなり銀貨十枚とは、剛毅ですな。それではカードを私が配りましょう」


 中年の男はいやらしい笑みを浮かべながら、サトゥンへカードを配る。

 実は彼、先程のサトゥンとグレンフォードの遣り取りをこっそりと聞いていたのだ。初心者と当たりをつけ、サトゥンが席につくのを待っていた。

 この酒場において、初心者を狩ることは誰も咎めない当然の行動だ。右も左も分からぬ初心者にサマをしかけ、金を剥ぐ。

 そうやって生き抜く輩も少なからずおり、彼もまたその一員であった。男は親切な振りをしながら、サトゥンへと屑カードを配ったのだ。

 初めにカードに異常がないかチェックする素振りをみせて、カードの一覧をチェックする。そしてシャッフルの時にサトゥンへとゴミばかりが配られるように重ね、それを配布する。それだけのことだが、初心者にはこれが見破れない。

 案の定、サトゥンの手持ちはゴミばかりで13346となっている。男のカードは25578と中々の手札だ。

 にんまりと心の中で笑みを零しながら、先手の男はカードチェンジをサトゥンへと要求する。2を差し出し、サトゥンの手の中の6を引く。

 無論、男がサトゥンの手の中で一番高い6の場所を最初から理解していた。何せ、サトゥンは貰ったカードを手の中で入れ替えたりしないのだ。

 初期カードをそのままの状態で手に持っている訳で、配った男がカードの位置を察しているのは当然のことだ。

 この交換でサトゥンのカードは12334と酷い状態だ。合計で13。対して男は55678で合計31。一方的なゲーム展開だ。

 ここでサトゥンが男にカードチェンジを要求すれば、その時点で男の勝ち。カード交換しても31を超えるのは中々に厳しい情勢だ。

 内心でほくそ笑む男だが、次の瞬間その表情が凍りつくことになる。彼は知らなかった、目の前の男が常識の外に生きる男であると。


「うはは!オールチェンジである!こんなゴミのようなカードは勇者に相応しくない!」

「全てですか、どうぞどうぞ」

「ぬはは!くるがいい、英雄達よ!むははははははははは!当然!これは必然である!みよ、我がカードを!」

「どれどれ……は?」


 愉悦を零して笑いながら開いたサトゥンのカード、それは10・10・10・10・10であった。

 予想外どころではない。とんでもないどころではない。それは所謂、最強のカードである。

 その結果に、言葉を失うどころか呆然自失となっている中年の男に、サトゥンは笑いながら言葉を続けていく。


「確か同じカードを揃えれば勝ちは決定だったな。10が五つで五十倍か、銀貨五百枚である!これはつまり、金貨何枚相当なのだ!」

「き、金貨五枚相当です……」

「ほう?むはは、金貨五枚獲得である!この調子で進めようではないか!

確かお前、先程私に言っていたな?私が止めないかぎり、どんな額でも付き合うと。うはは!ならば付き合ってもらおうではないか!」

「ま、まさか……」

「当然!次のゲームの賭け金もそのまま上乗せである!銀貨五百枚を掛け金として勝負だ!がはははははははは!」


 高笑いするサトゥンに、男は戦慄する。次のゲームに勝てば、負け分は取り戻すことが出来る。出来るのだが、サトゥンが負ける姿が微塵も想像出来ないのだ。

 男の脳裏に過るのは、再びサトゥンが10を五枚揃える姿。まさか、まさかまさか。もしそのようなことになれば、破産どころではない。

 金貨二百五十枚相当の金など、男はひっくり返っても払えないのだ。どうする、どうするどうする。悩み抜いた末に男は。


「……も、申し訳ありません。私の手持ちは金貨5枚で全てです」

「む、そうなのか?それならばしかたあるまい!金をおいて去るがよい!」


 逃げた。金貨5枚を払って泣いて逃げたのだ。

 余談ではあるが、今後男は初心者狩りを止めた。それどころか裏賭場に入ることすらなくなった。

 サトゥンとの一勝負がトラウマとなり、彼は今後の人生で一切のギャンブルをすることはなくなったという。本当に余談である。

 男が逃げてしまった為、サトゥンは相手を失うことになる。相手を探そうにも、先程の勝負を見ていた客達はサトゥンに触れようともしない。

 当然だ。運の流れを信じる彼らは、サトゥンが恐ろしい運気に包まれていると確信しているのだ。

 先程の男のようにいかさまをしても、どうやってもこの男に勝つ未来が見えない。故に、誰もサトゥンと対戦したがらない。

 そのような状況はサトゥンにとって詰まらない。誰か相手してくれと訴えるサトゥンだが、ふと先程のグレンフォードの説明を思い出した。

 相手がいない状態の時は、ディーラーが相手をしてくれる、と。すなわち店に訴えれば、店が絶対に相手をしなければいけないのだ。

 にんまりと微笑み、サトゥンは必死に視線を逸らしていたディーラーを見つけ、その肩を掴み、にんまりと笑って言葉を告げるのだ。


「さあ、ゲームを始めようではないか。まだ私は一試合しかしておらぬ故、満足しておらぬからな。うはははははははは!」


 そのサトゥンの笑顔が、ディーラーを初め客達には悪魔の微笑みにしか見えなかったという。

 賭場を心から楽しんでいるサトゥンを放置し、グレンフォードは酒を呑みながらマスター相手に情報を得ようと頑張っていた。真面目なのである。















 サトゥン達と別れ、ギルドに足を運んでいたリアンとマリーヴェルは、掲示板に張られた依頼とにらめっこしては難しい顔をしていた。

 どの依頼も当たり前だが金貨一万枚には程遠く、銀貨数枚程度のものばかりだ。

 大きく溜息をつくマリーヴェルに、リアンは苦笑しながら口を開く。


「やっぱり金貨報酬なんて依頼はないんだね」

「当たり前でしょ。金貨一枚を稼ぐってのは、本当に本当に大変なことなんだから。簡単に金貨を稼げる人間なんてこの世には存在しないの」

「だよね。サトゥン様達を頼りにするしかないね……」

「無理無理。グレンフォードならまだしも、サトゥンが金なんて手に入れられる訳ないでしょ。あいつほど金に程遠い存在はないわよ」


 二人して肩を落とし、それでも諦めることなく情報収集をしてまわっていく。

 ギルドの受付に金貨相当の報酬依頼はないかと聞いても、一笑に付されるし、ギルド内の荒くれに馬鹿にされては、マリーヴェルが鞘でぶん殴って失神させて黙らせる始末。

 結局ギルド内で二人が得たのは徒労とギルドメンバーの畏怖だけという有様だった。

 とぼとぼとギルドから出ていく二人だが、そんな二人に声をかける者がいた。


「無駄足だったか?まあその様子だと訊くまでもないことだったか。

こんな場末のギルド如きじゃ、大金を得るような仕事なんて転がってないからな」

「……誰よ、あんた」


 二人の前に現れた青年は、壁に背を預けたまま腕を組んで笑っていた。その男をマリーヴェルは訝しげに睨みつける。

 身長はサトゥン達ほどではないが、なかなかの長身だ。短い金髪の髪に、お調子者の感じがするがなかなかに整った容貌。年齢は二十そこそこといったところか。

 腰に短剣を下げていることから、冒険者だろうか。そのようなことを観察していたリアン達に、青年は人懐っこい笑みを零して話を続ける。


「俺の名はロベルト、ロベルト・トーラだ。よろしくな、坊主、嬢ちゃん」

「自己紹介ありがとう。でも私達はよろしくするつもりないから、さっさとどっかにいってくれる?あと嬢ちゃんって言うな」

「つれないねえ。折角お前達が望む話をしてやろうって思ってるのに。振るのは話をきいてからでもいいんじゃないか?」

「僕達が望む話、ですか?」


 興味惹かれたリアンに、ロベルトは獲物が掛かったとばかりにニヤリと笑みを零し、言葉を紡ぐ。

 それは二人が探し求めていた情報、それは二人が心待ちにしていた話。


「――大金を稼ぐ為の上手い話がある。それもとびっきりのデカイ話だ。

その内容が気に入ってくれたらで構わない。もし話の内容に納得してくれたなら、俺と手を組まないか?」


 ロベルトの持ちだしてきた提案、その言葉に、マリーヴェルとリアンは互いに瞳をかわしあう。

 このいかにもあや過ぎるうさんくさい男の言葉を、そのまま信じていいのかどうか、その判断をつけるために。








サトゥンとグレンフォードの筋肉化学反応回。次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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