3話 救い
「ふむ、ここがリアンの住む村か。ふはは!この寂れ具合かつ貧困とした空気、実に私好みだ!
村人達よ!お前達を救った勇者の帰還だぞ!この私、勇者サトゥンがお前達を救った勇者様であるぞ!」
村に到着するなり、大声で自分の偉業を叫ぶサトゥンを、リアンは苦笑しながらも止めることはしなかった。
実際に、彼がこの村全ての人々の命を救ったことは間違いではない。彼が圧倒的なまでの力を以って全ての魔獣を屠り去ってくれたのだから。
数多の魔獣の屍を積み上げられ、呆然とすることしか出来なかったリアンに、サトゥンは清々しい笑顔を浮かべたまま一つの要求を行った。
『村を救った勇者としてちやほやされたいので、私を村までつれてってくれ』
真剣にそう告げるサトゥンに、リアンは一も二もなく要求を呑んだ。
彼は自分を勇者だと、ちやほやされるべき存在だと主張しているが、それはリアンとて同意のことだ。
サトゥンはリアンの願いを聞き届け、魔獣を倒してくれたのだ。この英雄は、村全員が感謝を込めて持て成さなければならない。
だからこそ、リアンはサトゥンを村まで案内した。ちなみにサトゥンは今、全裸ではなくパンツ一丁の姿だ。
そのパンツは誰のものとはいわない。現在、リアンの下半身を包む感覚が布一枚分風通しがよくなったこととの関連性は不明だ。
さて、村の入り口で一人大騒ぎをしているサトゥンだが、これ以上ない程にやかましい声で叫んでいれば、そこに人が集まってくることは当然のことだった。
何事かと、村人がどんどん彼らの下に集まりはじめ、そんな人々を見つめながら満足気にサトゥンは頷いてみせる。
「うむうむ。村人一同、勇者の出迎え御苦労である!ふはは!どいつもこいつもか弱き命の輝きを放っておるわ!人間、愛おしいぞ!」
「あんた、パンツ一丁で村の入り口で何を叫んでるんだ。そもそもあんた、誰だ?隣村の生き残りか?」
「よくぞ聞いた村人よ!我が名はサトゥン!お前達を救った勇者サトゥンである!さあ、私に心から絞り出した感謝の賛辞を述べるがいい!」
「勇者って……おい、リアン、この人頭おかしいのか?」
「いやいやいや、確かにちょっと変な人なんですけど、この人の言ってることは本当なんです。
この人は隣村に現れた魔獣達を一人で倒してくれたんです!これで僕達はもう魔獣に怯える必要はないんですよ!」
リアンの話に、村人達の間はざわめきに包まれる。
魔獣が退治された。それは本当なのか。もう怯えなくてもよいのか。喧騒が支配する村人達だが、ある人物の言葉で水を打ったように静まり返ってしまう。
それは、隣村の生き残り達。彼らは絶望の色に表情を染めたままで、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「無理だ……相手は身の丈が人間のゆうに三倍はある魔獣グランドブルズ達だった。
あれは街の騎士団が数人がかりでも仕留められない凶悪な魔獣なんだ……だからこそ、街の連中はこの村を捨て石にして、街の守りを固めたんだろう。
無理なんだよ……あんな魔獣を止めることなんて、誰もできないんだ。俺達はもう、ここで死ぬ――」
「ふはは!魔獣とはこいつか?あまりに脆過ぎて原形を留めさせるのに苦労したぞ!」
絶望の言葉を言い終える前に、サトゥンは笑いながら指を鳴らす。
刹那、村人達の前に現れたのは、さきほどサトゥンが纏めて仕留めた魔獣グランドブルズの屍達だ。
数十体もの屍を目の前に積み上げられ、先程絶望を語っていた村人は言葉を続けられない。続けられる筈もないのだ。
だが、その様子を見て何か勘違いをしてしまったサトゥンは、愉しげに笑いながら更に指を鳴らす。
「おお、これではなかったか。ふはは!それは失礼!数が多かったのでこいつかと思ってしまったわ!
お前達が退治を望んだのは、こいつ等の方だろう?ふはは!脆弱なトカゲであったぞ!」
「ひ、ひいいいい!!」
続けて村人の前に姿を現したのは、グランドブルズの更に数倍はある体躯のある巨大竜の屍だった。
サトゥンは勿論のこと、村人達も知ることはなかったが、その竜は魔竜レーグレッドと呼ばれ、はるか千年も前に人間達を恐怖に陥れた古竜であった。
昔とある英雄に受けた傷を治す為、遥か地中深くにて傷をいやして人間達への復讐を誓って刃を研いでいたのだが、サトゥンのサーチに引っ掛かり黒き刃に貫かれて死亡した。
もし何事もなければ、近い未来に災厄級とまで恐れられる魔物であったのだが、哀れただの脆弱なトカゲ扱いで終わってしまった。
最早慌てふためく村人達にまともな思考をすることなど出来ない。だいたいその殺戮現場をみたリアンとて未だ夢だったのではないかと疑いたくなる程なのだ、理解できる方がおかしいのだ。
そんな中、いつ感謝されるだろうとワクワクしているサトゥンの下に、とことこと近づく幼子が一人。
彼女の名はミーナ。今年4つになる、リアンの歳離れた妹である。その少女の真っ直ぐな視線に気づき、サトゥンは愉しげに言葉を紡ぐ。
「む、どうした小娘よ。勇者に何か言いに来たのか?」
「おじちゃん、悪い魔物に駄目ってしたの?」
「おじちゃんではない、勇者のおじちゃんと呼ぶが良い!ふはは!
そうだぞ小娘!私がお前達の命を脅かす、悪い魔物を駄目って怒ったのだ!安心するがいい!感謝するがいい!むはははは!」
「そっか。勇者のおじちゃん、ありがとうございました」
ただ真っ直ぐに、ぺこりと頭を下げる少女の姿に、村人達は静まり返りようやく落ち着いて状況を理解する事が出来た。
積み上げられた魔獣の死骸。サトゥンとリアンの言葉。そのどれもが、村の危機を救ってくれたと証明しているではないか。
では、目の前のこの人物は自分達にとってどういう存在だ。自分達は何をしなければいけなかったのか。
それは、心から感謝を述べること。それを誰より早く、4つばかりの幼子がやってのけたのだ。大の大人達が揃いも揃って、一体何をしているのか。
それに気付いた村人達は、一人、また一人と次々サトゥンに対し首を垂れる。中には泣きながら、土に頭を擦りつける人々もいた。
――ありがとうございます。勇者サトゥン。貴方のおかげで村は救われました。
――ありがとうございます。勇者サトゥン。貴方のおかげで私達の命は救われました。
一人、また一人と続くサトゥンへの感謝。その光景にサトゥンは言葉を失い――そして、号泣した。
ああ、やっぱりかと息をつくリアンをよそに、サトゥンはミーナを抱きあげ、村人達に嗚咽交じりに言葉を返すのだ。
「気にするな、気にするな私の愛する人間達よ!私は、ぐすっ、私はお前達の勇者なのだ!お前達の勇者がお前達を救う等当然のことなのだ!
よかった!この世界に、お前達に出会えて本当によかった!さらばだ、下らぬ魔人界!おはよう、愛しき人間界!」
ミーナを片手で抱きあげたまま、一人、また一人と村人達と抱擁や握手を交わしていく姿を見ながら、リアンは思う。
この人は、サトゥン様は、恐ろしい力を持つが、絶対に悪い人間ではないのだろうと。パンツ一丁で咽び泣く姿は妹の教育上悪い人間ではあるのだろうが。
ただ、この村にとって彼が英雄であることは決して揺るがない事実なのだ。だからこそ思う、リアンはサトゥンの力になりたいと。
魔獣をあっけなく一人で殺し抜いたほどの強者である彼に、自分が出来ることなどたかが知れているであろうが、それでも恩返しがしたいと。
今、リアン自身は気付いていないが、それはリアンがサトゥンに初めて抱いた敬意の感情であった。
勇者サトゥンが英雄の中でも最も信頼し、寵愛した神槍リアンの、強さの根源となる感情の発芽であったのだ。
サトゥンは次々と村人達と喜びの感情を交わしていくが、村人のなかに喜びの薄い人々がいることに気づく。
その人々も、当然魔獣の全滅には喜んでいるのだ。喜んでいるが、他の村人達のように心から喜ぶことなど出来ないのだ。
何故なら彼らは、隣村の生き残り達。今魔獣が滅ぼうと、彼らの家族が、愛した人々が死んだ事実は変わらない。
彼等の命はつないだものの、これから先に希望など何も見出せない。そんな絶望が彼らの胸の中にあるのだ。
隣村の生き残りの話や、リアンが推察した彼らの心情を聞き、サトゥンは高笑いをしながら彼らに言葉を紡ぐ。
「ふはは!そういうことか!隣村の者達よ、お前達の絶望は理解した!全てはこの私、勇者サトゥンに任せるがいい!
弱き者達は救ってこその勇者よ!手を差し伸べた者に心からの幸福を与えてこその勇者である!ぬぅぅぅぅん!」
ミーナを地面に下ろした後、サトゥンは魔獣を仕留めた時のように、短い詠唱を行う。
詠唱の終わりと同時に村中が光に包まれる。黄金の輝きに目を眩んだ人々だが、光が収まる同時にゆっくりと視界が戻ってくる。
そして、再度己が視界に入ってきた光景に、村人達は絶句する。先程まで在った筈の、魔獣達の屍は消え、そこに在ったのは――魔獣達に殺された筈の人々の姿。
「お、おおおおおおおお!」
「ふははは!これぞ我ら魔人を越えた魔神にのみ許された秘術、魔人創生である!
材料はそこにたんまりとあったのでな、付近に漂っていた人間の『カタチ』を私の生みだした魔人に固着させてやったわ!
元が魔獣なので、背中に羽があったり獣耳が頭についていたり爪が鋭かったりするが、まあ気にするな!私にとって愛すべき弱者であることに変わりないわ!」
彼、サトゥンの言うとおり、生き返った……否、改めて生みだされた隣村の村人達には、人間とは異なる特徴がいくつもあった。
牙が鋭い者、竜の翼を持つ者、獣の体毛を持つ者、様々であったが、隣村の生き残り達はそのようなことは微塵も気にしなかった。
生き返った。死した愛する者達が、再びこの世に戻ってきてくれた。これ以上の幸せがあるだろうか。
隣村の人々は魔人となった家族を抱きしめ号泣する。魔人となった家族達もまた、生き延びた人々に涙して抱き締める。
その喜びは村人中に伝播し、再び村中に大きな歓声が湧きあがる。それは、誰一人として悲しむ者のない、心からの喜びであった。
村人達の光景を見つめながら、満足気に頷き高笑いするサトゥンに、リアンは妹を抱き抱えながら、そっと訊ねかける。
「サトゥン様。貴方には感謝してもしきれません。貴方は、僕達の命だけでなく、隣村の人々すらも救ってくれました」
「ふはははは!気にするな、盟友リアン!私は勇者であるからな!お前達の心に希望を与える存在なのだ!なればこそ当然の行為よ!」
「あの、サトゥン様。サトゥン様はもしかして、神様なのでしょうか?私達にこれほどまで救いの手を差し伸べて下さるなんて」
「神か!破壊の神と暴虐の神には会ったことあるが、私は神などではないぞ!私は神などよりもっともっと素晴らしき存在であるといったであろう!」
「では、貴方は一体――」
そう訊ねるリアンに、サトゥンは笑みを浮かべて断言する。
それはどこまでもまっすぐで、どこまでも眩しくて。もし自分が女であったなら、見惚れてしまったかもしれないほどに格好良くて。
「――私は勇者。『リエンティの勇者』の再来、勇者サトゥンである!」
その笑顔は誰も彼をも魅了する勇者の微笑みだった。……パンツ一丁でなければ、だが。




