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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
三章 烈斧
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幕間3話 サトゥン







 腰を落とし、腕の力だけではなく腰の回転も利用したグレンフォードの一撃。

 恐ろしき衝撃と共に、直径にして二メートルを超えるであろう巨大な大木がゆっくりと倒れ落ちていく様を、リアンとマリーヴェルは真剣に観察する。

 横に倒れた大木を確認した後、グレンフォードは斧を大地に下ろして、二人に説明を始める。


「これが『闘気』を武器に預けた一撃だが……見ての通り、この程度の大木では何の抵抗すら感じずに切ってのけるだけの威力がある」

「凄いわね……まるでリピの実にナイフを入れてるように、すぱっと切れたわよ」

「大切なのは自分の身体に内包されている闘気を如何に感じ取るか、そしてその闘気を移動させるイメージを掴めるかだ。

話を聞いた限りでは、お前達も武器を握れば、胸の中で暴れる気配を感じているのだろう。ならばあとは、それを移動させるイメージを作るだけだ。その為には……」

「そ、その為には……?」


 ごくりと息を呑むリアンとマリーヴェルに、グレンフォードは切り落とした丸太を指差して淡々と告げた。

 それはまるで何でも無いことを提案するように。


「ひたすらこの大木に向かって斬りつけ続けるのがいいだろう。そうだな、昼飯時まで休みなしで繰り返し行うと良い」

「ひ、昼ごはんまでって、冗談でしょ?今から何時間あると思ってんのよ!?さっき朝ごはん食べたばかりなのよ!?」

「疲労が積り身体に無駄な力が無い時こそ、一番身体にモノを叩き込みやすいだろう。強くなることに近道など存在しない。

ひたすら愚直に努力を繰り返せ。そして基本を忘れるな、ただ闇雲に武器を振るっても何の意味もない。

腕の動き、腰の回転、手首の返し、全てを意識せずとも基礎から一切ぶれなくなるまで反復しろ。少しでも崩れたら、俺が指摘してやる」

「お、鬼よ……鬼がここにいるわ。あのメイアが女神に思える日がくるだなんて……」


 涙目で抵抗するマリーヴェルだが、グレンフォードに一切の妥協は無い。

 『闘気』の使い方を学びたいと願い出たリアンとマリーヴェルに、彼は快諾し、その翌日の朝からさっそく鍛錬を始めていると言う訳だ。

 その内容は彼の言った通り、ひたすら大木に向かって剣と槍を繰り返し振り続けること。それも適当に当てるのではなく、一度一度自分の姿勢が乱れていないかグレンフォードのチェックが入る苛酷な条件付きである。

 英雄を目指す二人にとって、国の英雄まで成り上がったグレンフォードは良き師となる。

 さらにいうなら、どちらかといえば、マリーヴェルよりもリアンにとって良き見本となるだろう。技術も素晴らしいが、グレンフォードの戦法は力でねじ伏せることを極意とし、その肉付けに技術を流用しているスタイルだ。

 同じ闘い方をメインとするリアンにとって、これ以上参考になる生きた教材は存在しない。逆にマリーヴェルにとって、技量によって他者を翻弄幻惑する戦いに特化したメイアが生きた教材である。

 悲鳴を上げながら剣と槍を振るい続ける二人を見つめながら、グレンフォードもまた己を更に磨く為に斧を振るい続けるのだ。

 英雄グレンフォード、今年三十五を迎えるが、その心と身体は衰えとは全くの無縁である。





 昼食の時間を迎え、武器の振り過ぎでくたくたになった二人は、何とか食事を胃の中に押し込んでいく。

 三人が昼食を取っている場所は、サトゥンが作りだした岩壁の城、『サトゥン城』の中の一室である。中々に広く、採光も考えられており、何より広いのがポイントであった。

 そこに鍛錬をしていた三人に加え、教会からミレイアと彼女の腕の中で眠るレーヴェ、少し遅れてサトゥンが次々と集まっていく。

 彼らは用意した昼食を持ち寄ってこの場所で毎日食事をとっているのだ。以前までは、教会であったりリアンの家であったりと転々と場所を移してきたが、人数も増えてきたため、広い場所であるここに落ち着いたようだ。

 リアンとサトゥンはリアンの母であるレミーナの手料理を、マリーヴェルとミレイアは料理が上手なミレイアの手料理を、グレンフォードは前日の夕方に狩ってきた獲物をこの場所に持ち寄るのだ。

 ちなみに、グレンフォードが狩ってきた得体のしれない肉の塊を、興味本位で口にしたミレイアが顔を青くして水場へと走って以来、誰も彼の肉の塊に口をつけようとはしない。十年間サバイバルで生き抜いてきた彼にとって、味は最早あまり関係がなくなってしまったらしい。

 そんな彼にみんなでご飯を押しつけつつ、食事の団欒を楽しんでいるところに、遅れてメイアが昼休みに遊びに来てくれる。

 彼女が揃って、勇者パーティーともいうべき六人と一匹が勢揃いという訳である。そこからの日の過ごし方は日によってまちまちだ。

 リアンとマリーヴェルの鍛錬にメイアが指導者として参加する事もあれば、二人に鍛錬をさせたままで、サトゥンとグレンフォードとメイアの三人で育成計画を話し合うことだってある。

 『何があろうと、私達を扱くことには変わりないじゃない』とマリーヴェルは憎まれ口を叩くものの、それが本心ではないと分かっているリアンは何もいわず微笑むだけだ。

 彼女がリアンと同等以上に強さを求め、英雄になろうとしていることは、他の誰でもないリアンが知っているのだから。




「少し時間をもらえないか、サトゥン。聞きたいことがある」


 今日の昼食が終わり、マリーヴェルとリアンが午後からの鍛錬に戻る為に準備を始めようかと考えていた頃。

 メイアに『今後の勇者名声上昇計画』なるものを相談していたサトゥンに、グレンフォードが真っ直ぐ瞳を捕えて問いかけた。

 突然話を振られたサトゥンは、むふんと笑みを零して座っていた椅子の上で足を組み直し、更に腕を組んで『なんだ』と返答する。どうやら話を振って貰ったのが余程嬉しかったらしい。

 彼はいつも自分から話してばかりであり、相手の方から接触してもらう回数が圧倒的に少ないのだ。ちょっとそれが寂しかったらしい。

 もし尻に尻尾でもあればぶるんぶるんと大きく振り回しているであろうサトゥンに、グレンフォードは自分のペースを崩すことなく淡々と問いかける。


「他の者達は聞いているんだろうが、俺はまだお前の正体を聞いていない。

人間ではありえないその力、俺達に与えてくれた御伽噺上の武器、その何もかもが異常過ぎる。

お前達と共に歩むと誓った。何があろうとお前達を裏切ることなどない。だから教えて欲しい――勇者サトゥン、お前は一体何者なのだ」


 グレンフォードの問いかけに、サトゥンはすぐには言葉を返さなかった。否、返せなかった。

 何故ならサトゥンは、胸の奥底から湧きあがる物を抑えることなど出来なかったのだ。それは激しい熱を伴った彼の心の咆哮。

 抑えきれぬ感情の昂ぶりを、サトゥンは我慢することなく吐露する事にした。ぶっちゃけ、泣いた。それはもう、大の大人が、うぉんうぉんと。

 急に泣き出したサトゥンに、部屋の中は阿鼻叫喚に包まれる。

 リアンは本気で心配するわ、マリーヴェルは『気持ち悪っ!』と絶叫するわ、ミレイアはドン引きで距離をおこうとするわ、メイアはあらあらと微笑んだままでいるわ。

 挙句の果てには、グレンフォードの土下座である。『すまなかった。仲間といえど、踏み入ってはならぬ領域があった』と見当違いの謝罪を始める始末である。結局落ち着いたのは、サトゥンがリアンのハンカチを色々な液体でぐしょぐしょにしてからである。

 冷静さを取り戻したのか、サトゥンはぽつぽつとグレンフォードに泣いた理由を話し始めた。


「すまんな、あまりに嬉しくて涙が止まらなかった。グレンフォード!お前が初めてなのだ!」

「な、何がだ」

「私の素姓を!私の正体を!私がどこから来て何のためにここにいるのか!全てを訊ねようとしたのは、お前が初めてだったのだ!」

「……冗談だろう?」


 必死のサトゥンの訴えに、グレンフォードは視線をリアン達へと向ける。

 そんな彼の視線に対し、被疑者たちは視線を逸らしたまま自身の主張を述べていく。


「すみません、疑問に感じたこともありませんでした……」

「正直、サトゥンの方にはあまり興味がなかったし……」

「自分から訊いてしまえば、半日は拘束して自分語りされてしまうと思ったので……」

「いつか自分から話して頂けるものと」


 順にリアン、マリーヴェル、ミレイア、メイアの本音であった。みんな正直者である。

 再び凹みかけているサトゥンをフォローするように、リアンはあわあわと手を振りながら必死に疑問をぶつけていく。


「あああ!でもでも、本当は訊きたかったんです!こんなにも強いサトゥン様の過去とか、何故勇者リエンティに憧れていらっしゃるのかとか!」

「む、むむむむむ!そうか、訊きたいか!私の生涯の全てと、強さの秘密と、勇者リエンティとの出会いと、この人間界に降り立った理由が!

うはははははははは!よかろう、よかろう!お前達は英雄、勇者である私と共に歩む者である!そのお前達は、私の過去を知る権利がある!

お前達がそこまで望んでいるならば、仕方が無い!私のことを、何一つ隠すことなく語りつくしてやろうではないか!ぬはははは!」

「ああ、始まった……」


 げんなりとするマリーヴェルなど視界にも入れないとばかりに、サトゥンは拳を握りしめ、まるで演説を始めるように大音量で語り始めた。

 それは今から数千年前より始まる、勇者(自称)サトゥンの過去の物語――











 魔人界。それは、人間の住む世界とは異なる空間に在る、超人達の住む世界。




 その世界に、サトゥンは産声を上げた。周囲に幾多もの屍を積み上げて。

 彼の世界に住まう魔人と呼ばれる超人は、人間のように父母から生を為す存在ではない。

 まるで水面に気泡が湧きたつように、彼等はそれが当たり前であるように、何もないところから誕生する。


 だが、その生まれた命が生を続ける確率は恐ろしい程に低い。

 何故なら、魔人界は強者が弱者を喰らい殺す世界。殺戮こそが唯一の娯楽であるこの世界で、生まれたばかりの命など、そう簡単に育まれるものではない。

 大抵は下級魔人や魔獣達によってその短過ぎる生涯を終えることになる。自我を芽生えさせる前に、多くの命がここで潰えるのだ。

 サトゥンも例にもれず、生まれてすぐに多くの下級魔人や獣達に囲まれ、その命を落とすかに思われた。

 しかし、彼は自分を襲った者達を一蹴した。自我も持たぬ幼子のサトゥンは、その身に秘めた強大な力をこの時すでに完全に行使出来ていた。

 命を奪わんとする者達を、どこまでも無残に屠り、一瞬にして殺し尽し。

 故に、彼が自我を持ち、初めてその目で見た光景は、自身で築き上げたどこまでも高く積まれた屍の山だった。

 サトゥンは、数多の屍の上で、生の産声をあげたのだ。


 自我を得たサトゥンだが、彼の生活が何ら変わることなどありはしなかった。

 魔人界を渡り歩いたが、彼を待つ者はその命を狙う化物達だけ。その全てを彼は返り討ちにした。

 意味もなく魔人界を歩き続け、意味もなく敵から命を狙われ、意味もなく相手の命を絶つ。

 その繰り返しの日々に、サトゥンは飽いていた。そして気付けば、自分の命の理由を求めるようになった。


 ――俺は何故生まれた。

 ――俺は何を為す為に生きている。


 魔人の生に疑問を持つ者など、サトゥンをおいて他にいなかった。

 何故なら他の魔人にとって殺し合いとは、人間にとっての呼吸となんら変わらないものなのだから。

 魔人として生きているならば、殺し合うのは当然。勝てば更なる殺戮を求め、負ければ無残な死骸をその大地へと晒す。

 彼はそんな生活に飽いていた。サトゥンにとって、殺しとは単純作業だ。少し力を込めて触れれば、相手は簡単に命を消し去る。

 強き魔人は、それに喜びを感じるのだが、サトゥンが感じた感情は『退屈』であった。

 このようなことに何ら喜びも快楽も見出せない。このようなことが自分の生まれた意味だとは思いたくはない。

 そんな想いを胸に抱いて、数千年の時が経ち――数えるのも億劫になる程の屍を積み重ねてなお、彼は理由を探していた。


 ――俺はどうして生きている。

 ――俺の生の意味とは何なのか。


 魔人を殺した。魔獣を殺した。魔神と呼ばれる者を殺した。神と呼ばれる者を殺した。

 己が道を塞ごうとする目障りな存在を全て殺し尽した。それでもなお、理由は見つからなかった。

 やがて、彼の命を狙おうとする魔人の数は減っていった。彼が魔人の中でも最強と謳われる『魔神七柱』の一柱に数えられたからだ。

 彼に興味を持った第三位の魔神を、彼は屠ってみせたのだ。『魔神七柱』とは、ある最強の魔神が定めた魔人界全てを統率する七人の魔人の通称である。

 その位は入れ替わり制、魔人界は力が全て、その者が殺した相手が次の七柱となる。

 彼は望まずしてその地位を手に入れたが、彼の日常は何も変わらなかった。生きる意味を探し、理由を求め、あてもなく魔人界を流離った。

 最早数えることも億劫になる程の年月を重ね続け――そして彼は、その日、運命に出会った。


 魔人界の奥地、闇深き森の中に、それは在った。

 雨風に晒され続けたのか、最早文字も掠れて読めそうにもない、古びた書物。サトゥンの足元に落ちていた一冊の本。

 魔人界には文字という概念が無い。だが、書き記したことに対する『意志』を読み取る全てをサトゥンは身につけていた。

 古びた本を拾い上げ、サトゥンは瞬時に『修復』の魔術を行使し、新品同様になった本から書き綴られていた内容の『意志』を読み取る。


 その本に書かれていたのは、遠い異界のある御伽噺。『リエンティの勇者』という書物。

 魔物達によって危機にさらされた世界を、一人の勇者が十一人の英雄を従え、魔物の王を倒して救うという陳腐な子供向けの絵本だった。

 理由は分からないが、人間界から魔人界へ紛れ込んだそれをサトゥンは拾い、何度も何度も読み耽った。

 最初は、何の感情も起きなかった。人間という生き物が、子供向けに書いた書物なのだと物の意味を理解しただけ。

 だが、彼は他にやることがなかった。魔人界を彷徨いながら、その手には常に絵本があった。暇さえあれば、サトゥンは何度も何度も本を読み耽っていた。

 何度も繰り返すうちに、書物に対してサトゥンは新たな感情が次々と発露していく。


 次に感じたことは、滑稽さだ。

 何と人間という生き物は弱き存在だろうか、たった一匹の魔物を倒す為にこんなにも四苦八苦するなど無様以外の何者ではない、と。

 絵本に描かれている魔物を脳内で想像し、自分ならば一秒とかけずに殺してやる。自分ならばこの本に出てくる全ての魔物相手でも一蹴してくれると、人間の弱さを嘲笑していた。


 次に生まれた気持ちは、絆の不可解さだ。

 勇者リエンティは何故、家族を魔物に殺されたからという理由で強大な敵に立ち向かうのか。

 力もないくせに、自分以外の他人が殺されたなどという理由で、自分以上の強者へと立ち向かうなど、意味が分からない。

 他の英雄達もそうだ。彼らはそれぞれ理由は違えども、誰も彼もが魔物の王に届かない者達ばかりだ。

 そんな彼らが魔物の王に挑もうとするなど、意味が分からない。何故彼らはそのようなことをしたのか、そして何故彼らは最後に魔物の王を打倒する事が出来たのか。

 理解出来ないことに苛立ち、サトゥンはそれを理解する為に何度も何度も読み返した。時間ならいくらでもあった、彼には書物の内容を理解出来ない自分など、我慢ならなかったのだ。


 次にサトゥンの抱いた想いは、羨望だった。

 一つ、また一つページをめくるごとに、サトゥンは登場人物達の心情を理解していった。

 この者達が勝てない相手に挑むのは、譲れない何かがあるからだ。この者達が決して倒れないのは、負けられない何かがあるからだ。

 登場人物の誰も彼もが、サトゥンが欲してやまなかった物を持っていることに、サトゥンは気付いてしまったのだ。

 彼らは、知っている。己の力の意味を、理由を、知っているのだ。家族を護る為に、故郷の為に、世界の為に――理由は様々であれど、彼らは自分の命の理由を知っているのだ。

 そのことが、サトゥンにはどうしようもなく羨ましかった。自分の命を何かの為に、自分の力を誰かの為に生きる英雄達が、勇者がサトゥンはどうしようもなく羨ましかった。

 意味もなく生きている自分とは違う。この者達の『命』には価値がある。それに比べて自分はどうだ。

 彼らを遥かに超える力もある。魔物の王ですら一人でねじ伏せる魔力だってある。だが、それは一体何のために在る?

 その答えなど、どこにもない。そのことに気づいては、サトゥンは自嘲して再び本を開くのだ。自分も、彼らのように生きる意味が欲しかった。


 最後にサトゥンが導いた答えは、決意だった。

 結局サトゥンは、自分の生まれてきた意味を、力を持つ意味を知ることが出来なかった。

 だが、彼はそのことを悲しまなかった。自分の生に意味がないのならば、作ればいい。自分の力の理由など、与えればいい。

 サトゥンはただ真っ直ぐに自分に問いかけた。自分の生きる意味は、自分の欲望の為に。自分が今、心から求めているのはなんだ、自分は一体何をどうしたい――そのようなことなど、とうの昔から決まっている。


 ――俺は、なりたいのだ。他の誰でもない、勇者リエンティに。

 ――俺は、なりたかったのだ。彼のように、光り輝く生を持つ何かに。


 その自分の本当の欲望を理解した日から、サトゥンは変わった。

 勇者リエンティに憧れ、何度も何度も熟読した本を片手に、その真似をするようになった。

 一人称も、『私』に変えた。敵と戦う為の獲物も、牙や爪などではなく聖剣を模倣した物へと変えた。

 そして、物語の勇者のように、誰かの為に力を振るおうとした。

 命が奪われそうな魔人や魔物を助け、強きを挫くような行動をとってみた。少しでも勇者リエンティのようになれると信じて。


 だが、彼のそんな想いは報われない。

 助けに入った筈の魔人や魔物は、物語のように彼に感謝したり礼を告げたりする筈が無い。

 多くは逃げられ、時には救った筈の魔物達から襲われることだってあった。

 何度も何度も同じことを繰り返し、彼はようやく一つのことを悟ったのだ。魔人界では、自分の求める勇者になることは出来ないと。

 心折れそうになった彼だが、救いの手は意外な場所から現れた。

 彼と同じ魔神七柱の一人である女が、彼の行動を大層気に入ったらしく、彼に一つの提案を行った――それは、人間界への転移だ。

 サトゥンはその時知らなかったことだが、この世の何処かに世界を転移する秘術があると女から聞かされたのだ。

 それを初めて教えられた時、サトゥンの胸は高鳴った。その世界なら、叶えられるかもしれない。今度こそ自分の生の輝きを、実感できるかもしれない。


 それから数千年の時をサトゥンは女と過ごした。女は彼に惜しみなく協力し、彼が異世界へ渡る方法を探し続けてくれた。

 時に同じ魔人に、時に神々に話を聞き、時には力づくで。そして彼は、とうとう異界へ渡る秘術を手に入れることになる。

 準備に準備を重ね、永き生を共にした書物を霊媒にして――サトゥンの望みはようやく叶ったのだ。

 過去の全てを捨て去り、その身一つで人間界に転移したサトゥンは、その世界で一人の少年と出会った。後のことは、語るまでもないだろう。

 彼、勇者サトゥンの物語が、長年の時を経て胎動し始めたその瞬間である。











「――とまあ、これが私勇者サトゥンが人間界に来た経緯という訳だ。どうだ!壮大であっただろう!うはははは!」


 胸を張って語るサトゥンであったが、室内の空気は重い。

 内容が想像以上にぶっとんだものであったため、その場の誰もが上手く納得出来ないのだ。

 その代表格であるマリーヴェルが、じと目のままにサトゥンへと追求する。


「つまりまとめると、アンタが魔人界ってところから人間界に来た理由って……絵本に憧れたから、勇者になるために来ました。それだけ?」

「それ以外になにがある!くははは!我が夢はまだ始まったばかりであるが、実に順調であると言わざるをえまい!」

「いやー……勇者馬鹿勇者馬鹿とは思ってたけど、まさかここまで筋金入りとは、何か今まで馬鹿にしてごめん……

アンタのこと、ちょっと舐めてたわ……今度からサトゥンのこと、究極の勇者オタクって思うことにする」


 マリーヴェルの発言に、何故か気を良くして『もっと私を崇めると良い!』と高笑いするサトゥン。勇者オタク発言は嬉しいらしい。

 そんな冷たいマリーヴェルではあったが、軽く息をはいて、少しばかり優しい笑みをそっと零して軽口を叩くのだ。


「でもさ、そこまでして勇者になるんだって意志を貫いたところは……まあ、ちょっとだけ尊敬してやってもいいかしらね」

「うん!僕達もサトゥン様に負けないくらい一生懸命になって、頑張って英雄にならないと!やっぱりサトゥン様は最高の勇者様だよ!」

「うぇ、そこに落ち着くの?まあ……確かにすこーしくらいは見習うべき点も、あることはあるかもね」


 そうやって笑いあうリアンとマリーヴェルを横目に、じっと話を聞いていたグレンフォードも小さく笑みを零して呟く。


「……勇者になりたい、か。俺も昔はそんなことを言っていたが、一体いつからだろうな、胸を張ってそう言えなくなったのは」

「ふふっ、大人になるにつれて子供の頃の大きな夢は恥ずかしくなるものです。

勇者になりたいという夢を何千年も抱き続けてきた彼だからこそ、ああやって胸を張って言えるのかもしれませんね。それはとても素敵なことです」

「その点は立派だと思いますけど……あああ、こうやって私は泥沼にはまっていくのですね、こんな話を聞いて神官止めさせて下さいなんて言えない……」

「ふはははは!どうしたミレイア、そのような悲しそうな顔をして!ただでさえ薄幸そうな顔が余計薄幸そうに見えるぞ!」


 へたれこむミレイアにとんでもない発言を容赦なく投げつけていくサトゥン。

 今日は話をみんなにじっくり聞いて貰えた為か、物凄く機嫌がよく、ミレイアの背中をばんばんと叩いてさわやかに笑うのだ。


「良いか、ミレイア。勇者である私がとびっきり良いことを教えてやろう!

良き生を送る為に必要な要素はただ一つ、誰にも負けないくらい、人生を楽しむことを心がけることだ!

人生を大いに楽しめよ、ミレイア!私を見習うが良い!私は今、最高に人生を楽しんでいるぞ!わははははははは!」


 通常比にして百八十パーセントほどうざさが上昇しているサトゥンであるが、今日ばかりは誰もそれを止めようとは思わなかった。

 腹の底から大笑いする彼の笑顔は、数千年もの時を積み重ねてようやく花開いた喜びの花なのだから。

 結局サトゥンの笑いが止まったのは、皆が鍛錬に戻ってしまい、部屋の中に残っているのが自分だけと気付いた頃であった。








すみません、休むつもりだったのに手が止まりませんでした。次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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