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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
三章 烈斧
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24話 戦士




 翌日の朝、晴れ渡った空を見上げながら、リアンは安堵の息をつく。

 昨日はグレンフォードの予想通り、強風が吹いたり止まったり、雪が降ったりやんだりといった荒れ模様だったのだが、今日はそれが嘘のように天気が落ち着いていた。


 朝食を終え、氷蛇のもとへ向かう為に旅立つ準備をしていた一同だが、彼らの視線は度々サトゥンの方へと向けられる。

 リアンも、マリーヴェルも、ミレイアも。誰もがサトゥンの方を何度も何度も見てしまい、準備がうまく捗らなかった。

 何故みんなしてサトゥンを見つめるのか。それは簡単な理由だ。サトゥンが、静かすぎるのだ。

 昨日の晩飯前から、彼はほとんどしゃべることはなかった。何か考え込んでいるかのように、瞳を閉じて腕を組んでじっとしていた。

 無言で佇むサトゥンは、誰が見ようとも掛け値なしの美青年である。顔のパーツ一つ一つが人間離れした美貌を持ち、鋭い瞳と高い鼻、どこの王族を相手にしても一歩も引かぬ程の美貌を彼は携えているのだ。

 ただ、非常に残念ながら、普段の彼が毎秒のようにみせる暴走っぷりが、その幻想を見事に打ち砕いてくれていた。

 口を開けば高笑い、何かを語れば勇者勇者。余りある程の破天荒っぷりが、彼自身を美青年というカテゴリーから遥か彼方に連れ去ってしまっているのだ。

 故に、彼の『被害者』である彼女達は騙されない。無言のサトゥンを見て、マリーヴェルは『気持ち悪い』、ミレイアは『何か悪いものでも食べたのかしら』が正直な感想であった。

 唯一真剣に心配しているリアンが、何かあったのか、どこか悪いのかとサトゥンに訊ねていたが、サトゥンは全て『問題ない』の一言を返すだけだった。


「それでは、グレンフォードさん、お世話になりました」

「ああ、お前達に負けた私が言うセリフでもないが……気をつけてな。奴は……氷蛇は、強い」

「ふん、分かってるわよ。貴方の無念は一応私達が晴らしてあげるから、ゆっくり待ってなさい」


 礼を言う一同に、グレンフォードは小さく頷いて彼らの感謝の言葉を受け取った。

 マリーヴェルとミレイアが、馬への騎乗を終え、出発の時が迫る。山頂へ向かう彼らを、グレンフォードは見送る。

 心に生まれている言葉に出来ない霧を必死に振り払い、グレンフォードは必死に理性で己を殺して彼らを送るのだ。

 サトゥンは彼に勝ち、彼はサトゥンに負けた。自分より強き者が、氷蛇を倒しに向かうことを止める理由などない。

 だからこれでいいのだと自分を納得させる。きっと、あの化物に殺された者達も浮かばれるだろうと、呪縛から解き放たれるだろうと。

 やがて、出発の時は訪れる。馬を進め始めたマリーヴェルであったが、その歩みはすぐに止まることになる。

 彼女達の行軍に、リアンがついてきていなかったのだ。

 リアンは足を止めたまま、グレンフォードへ向き合っていた。

 槍を握りしめ、何かを伝えようとして、でも伝えられなくて。どうしたのかと訊ねようとしたグレンフォードに、リアンは意を決して言葉を紡いだ。


「――僕は、グレンフォードさんは英雄だと思っています。

僕にとってのサトゥン様がそうであったように、グレンフォードさんに助けられたヴェルトルの街の人達は、絶対にグレンフォードさんに感謝している筈です」

「……リアン」

「もし、サトゥン様が今のグレンフォードさんのような苦しみを抱えていたら、僕はきっと悲しさと悔しさで胸がいっぱいだと思います。

僕達を救ってくれた英雄が、自分のしたことは間違いだったと責め後悔し続けているなんて、それでは助けてもらった僕達はどうすればいいんですか。

我儘だと思います。勝手だと思います。でも、僕が貴方に救われた街の人であったのなら――英雄として、在り続けてほしい。

氷蛇を相手に戦い抜き、生き延び、この人は己が命を顧みず自分達の命を救ってくれた英雄なのだと、他の人に誇らせてほしいと、そう願うと思います」


 それだけを言い終え、リアンはグレンフォードに背を向けてマリーヴェル達の元へと走って行った。

 見えなくなったリアンの背中を呆然と見つめ続けながら、グレンフォードの胸には彼の言葉が痛すぎるほどに突き刺さってしまった。

 救われた者の気持ちなど、考えたことはあっただろうか。命が助かった者のことなど、考えたことはあっただろうか。

 あの後、命が助かった者達と接したか。否、何故だ。簡単だ、それは自分が勝手に決めつけ逃げたからだ。

 王都の人々と同様に、救った命から罵倒されることが怖かった。お前の行動のせいで家族が死んだんだと突き付けられるのが怖かった。

 それをされてしまえば、二度と立てなくなる。それをされてしまえば、きっとこの世に生きる意味すら見失ってしまう。

 だから決めつけた。生き延びた者達の願いは、氷蛇への復讐だと。自分の都合の良いように、理由を考え生きるのは楽だった。

 氷蛇の近くで十年も生を続けたのも、免罪符が欲しかったからだ。これ以上犠牲者は出さないようにすることで、自分が楽になることを望んでしまった。


 リアンの言葉が、痛い。

 彼は言った、自分はサトゥンに救われたのだと。もしサトゥンが、自分のような境遇に陥っていたら、どう思うかを。

 あの日、自分は何一つ王達の言葉や決定に反論をしなかった。それは潔さであると同時に、ただの逃げだ。

 追放されてしまうことで、命を救った彼らの想いに触れることを避けたのだ。今ならば、何をすべきだったのかよく分かる。

 自分は、触れるべきだったのだ。生き残った彼らの言葉を、直接聞くべきだったのだ。

 それがどんな言葉であれ、受け入れること。それが唯一、あの日氷蛇に何も出来なかった自分が出来る英雄としての最後の行動だったのだから。

 自分を糾弾する資格を持つ者は、王や、民や、ましてや自分自身だけではない。一番その資格を持つ者は、他ならぬ彼らだったのだから。

 そして、もし、リアンの言うように、彼らが自分が英雄であることを望んでいたのならば、それは――


「――今更、だ。もう、何もかもが遅過ぎる。俺は英雄に為るには、愚か過ぎた」


 後悔がグレンフォードを襲う。最早、手遅れだと自嘲するしか彼には出来なかった。

 今更自分に何が出来る。この十年間、生き延びた彼らを裏切り続けてきた自分が、一体どうやって報いることが出来るというのか。

 ただ自分のせいだと甘え続け、自分がこうすることが人々の望みだと逃げ続け、その終局が今だ。

 人間は歳を重ねれば重ねるほど己で立つことは難しくなる生き物だ。彼がリアンやマリーヴェルのように、後ろを振り返らず前だけを見つめて生きるには、遅過ぎた。

 大人は、理由がなければ動けない。それが利口だと、小賢しい感情を働かせてしまう。後先を考えず、無謀をすることに恐怖する。

 グレンフォードを動かすには、後悔と心が重過ぎる。彼を動かすには、それこそ背中を蹴飛ばすしかない。全力で蹴り飛ばして、転ぶくらいに勢いをつけてやらなければ、悲しき過去を背負う彼は踏み出せない。

 では、どうすれば動く。リアンの言葉でも動けなかった彼は、どうやれば踏み出せる――それこそ簡単だ、『それ』を実際に実行出来るくらい馬鹿で破天荒な存在がいれば良いのだ。


「――ふぅん!」

「なっ!?」


 突如背中に強い衝撃が加わり、グレンフォードは勢いそのままに地面に倒れてしまう。

 否、そんな生易しいものではない。勢いが強過ぎて、一転二転三転と転がり樹木に衝突するまで止まらぬ程の強烈な一撃だった。

 気配すら感じなかった、そんな一撃を一体誰がグレンフォードに放てるのか。そのような人物など、一人しかいないではないか。

 その青年――勇者サトゥンは不機嫌そうに表情を固めたまま、グレンフォードを見下して言葉を放つ。


「なんだ、動けるではないか。あまりにウジウジとその場に止まっていたからな、足が石化でもしているのかと思ったわ」

「サトゥンか……氷蛇はどうした、まさかもう倒したとは言うまい」

「何、少しばかり忘れ物をしただけだ。すぐに戻る。忘れ物というか、貴様に少しばかり、英雄というものを教えてやろうかと思ってな」


 片目を閉じたまま、サトゥンは人差し指をそっと立て、甲をグレンフォードに向けたまま淡々と言葉を紡ぐ。


「一つ、英雄とは他者を守る為に全力を尽くす者である」


 呆然とサトゥンの言葉を耳に入れるグレンフォードに向けて、サトゥンは立てた指の数を増やしながら話を続けていった。


「一つ、英雄とは他者の希望となる者である。

一つ、英雄とはどんな困難をも切り開く勇ある者である。

一つ、英雄とは驕らず研鑽し、他者の為にその力を行使すべき者である。

一つ、英雄とは決して己に負けない心折れない諦めない者である」


 五つの指を立て、サトゥンはグレンフォードを前に、己が魔力を身体から解き放つ。

 その光景に、グレンフォードは呼吸すら忘れて魅入ってしまう。サトゥンを中心に、足元に黒き魔法陣が現れ、そこから光が奔流し始めたのだ。

 強大な魔力の胎動、そしてサトゥンより紡がれるは魔の者にのみ許された暗き契約の呪言達。

 やがて、魔法陣の中心に亀裂が走り、果てなき暗黒の空間より、一振りの巨大な斧が現れた。

 その長さはサトゥンの身長すらも遥かに超える程の巨大な両刃斧、暗闇の色に染まったその斧は、ゆっくりとグレンフォードの前へと投げ出された。

 恐る恐るグレンフォードは斧を持ち上げるが、その斧の余りの軽さ――否、ほとんど重さを感じないことに驚愕する。

 そして、斧を握ると同時に、身体の奥底で暴れる何か。それが己の闘気であると、グレンフォードは察知した。

 斧から溢れ零れる力の奔流に、膝をついたまま言葉を発せぬ彼に、サトゥンは背を向けて歩き出し、淡々と告げた。


「今の貴様に比べれば、リアンとマリーヴェルは遥かに英雄であったぞ?

リアンは村を魔獣から守る為に、その命を捨ててでも立ち向かおうとした。

マリーヴェルは家族を守る為に、決して勝てぬ強大な敵に一太刀入れてみせた。

私は英雄を愛する。強き者が英雄なのではない、他者が褒め讃え地位を築いた者が英雄なのではない。

――たった五つの簡単なことを、誰に何を言われようと曲げることなく貫き通せる尊き者。そんな者の生き様に魅せられて、人間はその者を英雄と呼ぶのではないか」

「英、雄……」

「私はリアンの瞳が曇っていないと信じている。

私がリアンやマリーヴェルに見たように、あれもまたお前に英雄の輝きを見たのだろう。

――あまり待たせてくれるなよ?私はリアン達のように、優しくもなければ気が長くもないからな。

私の気が変わらぬうちに、お前はさっさと自分の答えをみつけるがいい。この十年もの間、お前は斧を何を想い、何のために振るってきた?

お前の研鑽し続けたその力は、一体誰が為に在る?お前の導きだした答えが、私の望む答えと同じであることを信じている」


 それだけを言い残し、サトゥンは彼の目の前から文字通り消え去っていた。

 まるで幻だったかのように消えたサトゥンだが、グレンフォードの手の中には確かに与えれた斧が黒く輝いている。

 その斧を握りしめながら、グレンフォードは瞳を閉じて言葉を紡ぐ。


「私の力は……誰が為に、か」


 ゆっくりと立ち上がり、グレンフォードはその斧を背負い、駆けだした。彼の向かう先など、たった一つしかない。

 ただ、先程までの彼とは別人のように顔つきが変わっていて。彼の顔を見れば、メイアならば嬉々としてこう表現するだろう。


 ――それは、まさしく百戦錬磨の『戦士』の顔である、と。











 突然消えたかと思えば、突如また現れる。

 そんなサトゥンにマリーヴェルから『勝手な行動は止めろ』『どこかいくなら前もって話してから行け』と説教が飛ぶが、サトゥンはどこ吹く風とばかりに聞き流す。

 ただ、リアンだけはサトゥンの微妙な変化を感じ取っていた。

 それはいつものサトゥン……否、無口であることでいつもとは異なっているが、普段のサトゥンとは何か違うと感じてしまった。

 彼が大きく感じるのはいつものことだし、顔色も良い。ただ、それはリアンの何気ない意味を為さぬ思い付きの一言だったのかもしれない。


「サトゥン様、身体がどこか悪いのですか……?」

「いや、どう考えても普段のサトゥン様とは異なると思うのですが……」

「普段の方が気持ち悪いけど、まだあんたらしいから、いつものノリに戻りなさいよ」


 リアンの言葉は、ミレイアの言葉に流されてしまい、いつもの会話へと戻ってしまう。

 そんな不安気に見上げるリアンに、サトゥンは一度視線を向け、そしてそっと頭を撫でる。

 リアンの頭を撫でながら、真剣な口調でサトゥンは――爆発した。


「実は、昨夜からずっと考え悩み抜いてきたが……いましがた結論が出たのだ」

「悩み、ですか?」

「うむ、その悩みとは……いったいどのような方法で、氷蛇を倒せば私の名が後世まで語り継がれるかである!

そして私は決めた!あの氷蛇は、我が身体で熱く煮えたぎる強大な魔力にて焼失させてくれると!

お前達の前で私はここに宣言する!あの氷蛇とやらは、我が魔人界一の業火『勇者暗黒煉獄炎』にて骨一つ残さず蒸発させてくれるわ!うははははは!」

「勇者なのに暗黒なんですのね……」

「さっきまでの静けさはなんだったのかってくらい、いつも通りね……黙らせていた方がよかったかしら」

「ふはは!無駄話はそこまでだ!どうやら我が栄光のステージを飾ってくれる勇者の敵のお出ましのようだ!」


 サトゥンの言葉が言い終えるのをまたずして、マリーヴェルとミレイアは馬から飛び降り戦闘態勢を整えた。

 リアンは誰より早く槍を構えて、この地より数百メートルほど先の地点を睨みつけている。

 彼らの視線の先には、大きく開けた場所が広がっていた。否、それは人工的に生み出されたものではない。

 この数十年間で、何度も何度も巨大な何かが動きまわることで、草木すら生えぬ場所へと変えられてしまったのだ。


 そう、その場所には主がいる。

 その主は、リアン達の存在に気付いたのか、地に伏していた頭をゆっくりともたげさせ、山に響き渡る甲高い鳴き声を上げた。

 白く長きその身体は、氷の鱗に覆われ、紅の瞳は獲物を探しているかのように動き。

 高さにして二階建ての街の建築物すら遥かに超え、太さは大通りの道かと思うほど。そして長さに至っては考えたくもない程で。



 かつて、十年程前に一つの街を破壊しつくした化物――氷蛇レキディシス。



 そのあまりの巨大な体躯に、一同は誰もが言葉を失わずにはいられない。

 これが、あの街を恐怖で埋め尽くした化物なのか。これが、あの英雄をあそこまでボロボロにしてしまった化物なのか。

 様々な考えが脳裏を駆け廻る中、リアンとマリーヴェルは意を決めて化物へと疾走する。何故なら彼らより早く、氷蛇が四人を目指して動き始めた為である。

 唯一の癒し手であるミレイアを潰されない為に、前衛を務める二人が前に出たのだ。

 そんな二人に、サトゥンは指示を出すように大声で叫ぶのだった。


「むははははは!我が『勇者暗黒煉獄炎』は発動までに少しばかり時間がかかる!その間の時間稼ぎは任せたぞ、二人とも!」

「時間かかるって、どれくらいよ!」

「そんなに長い時間はかからぬわ!そうだな、たったの三十分ばかりだ!それまでなんとか耐え抜くのだ、うははははははははは!」


 満足そうなサトゥンの指示を耳に入れ、リアンとマリーヴェルは視線を交わして一つの結論を共有した。

 サトゥンに頼らず、今回は自分達だけでなんとかするしかない、と。

 氷蛇レキディシスと勇者達の戦いの口火は、切って落とされる――普段通りに戻ってしまった、彼の高笑いと共に。








真面目なサトゥン、一話もたず。次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、ほんとうにありがとうございました。

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