幕間2話 経験
トレードマークであるバンダナを締め直し、準備運動代わりに手に持つ星剣と月剣を二度、三度と軽く振る。
身体の方は暖まっている。いつでも移行する事が出来ることを確認し、マリーヴェルは視線を試合の相手であるリアンの方へと向ける。
彼の方は準備万端とばかりに、槍を何度も薙いでマリーヴェルに笑みを向けてくれている。彼曰く、楽しみ過ぎて夜はなかなか寝付けなかったらしい。
子供のように目を輝かせるリアンに苦笑しながら、マリーヴェルは最後の確認をサトゥンへと行う。
「本当にこの剣でリアンを斬っても大丈夫なんでしょうね?」
「心配性な小娘め!何度も言ったであろう、その剣は私の魔力によって生み出され、己の意志を持つと!
主が斬りたくない相手を斬ってしまうようでは二流の剣よ!伝説の剣は敵を己で判断するのだ!むはは、なんなら試しに私を斬ってみるが良い!主が斬りたいと思わなければ、傷一つつかぬからな!」
「なら遠慮なく。はぁぁぁっ!」
「むはははがふっ!」
「きゃ、きゃあああ!『女神リリーシャよ、この者に癒しを!』癒しをっ!癒しをっ!」
マリーヴェルに肩からばっさり袈裟切りにされたサトゥンに、観戦に来ていたミレイアが必死に神魔法で怪我を治癒していた。
どうやら自分が生み出した剣にも関わらず、マリーヴェルの剣はサトゥンを主が心から斬りたい相手とみなしてしまったらしい。
そんな彼を放置して、何事もなかったようにメイアはマリーヴェルとリアンの間に立ち、二人に声をかける。
「それでは私が立ちあいの勝敗を判断します。どちらかに軍配が上がったと私が判断したら、間に割って入って戦闘を終わらせます。いいですね」
「はいっ!」
「構わないわ」
お互い距離を取り、十メートル程離れた場所でお互いに武器を構えあう。マリーヴェルは二剣、リアンは長槍である。
ほぼ棒立ちだが、軽く指先で剣を玩んでいるマリーヴェルに対し、リアンは最初から本気モードだ。槍をマリーヴェルへと向けて、腰を沈みこませ、いつでも飛びだせるように前傾姿勢をとっている。スタンスはクローズだ。
そんなリアンの構えを観察しながら、マリーヴェルは一度二度軽く跳躍し、膝に柔軟性を持たせながら、メイアの合図を待つ。
二人の準備が整ったとみなしたメイアは、軽く息を吸い込み、そして――開始の合図を告げた。
「始めっ!」
「はぁぁぁぁっ!」
開始前の二人の構えが、そのまま攻守へと現れる。リアンが攻め、マリーヴェルが受ける形だ。
沈みこませていた膝のバネをフル稼働させ、リアンはマリーヴェルへと真っ直ぐに駆ける。そして彼女に獣のような槍の猛攻をみせる。
リアンの初手は恐ろしい程に速度の乗った突きだ。その突きをマリーヴェルは身体を横に半歩ずらすことで避ける。
だが、リアンの恐ろしさは攻めよりも引きの速さだ。マリーヴェルに当たらないと判断した槍は、彼の恐ろしき怪力によって途中で動きを突きから薙ぎへと変化させる。
半身になったところに、横腹を文字通り叩き割るような薙ぎ払いも、マリーヴェルは右手に持つ星剣を軽く槍にあてることで、軌道をわずかばかり修正させる。
浮き上がった槍の軌道、その隙間があれば彼女には当たらない。柔らかな身体を利用し、即座にその場に滑り込むように槍を潜り抜け、マリーヴェルは左手の月剣をリアンへと放つ。
体勢が崩れたところに放たれた剣撃であるが、避けられないほどの速度ではない。リアンは槍を即座に引き戻し、力づくでその剣を撃ち落とす。
リアンの受けを『観察』しながら、マリーヴェルは後ろに飛び、リアンとの距離を取る。だが、それを逃がす程リアンは甘くは無い。
マリーヴェルを猛追するように跳躍し、彼女を武器ごと薙ぎ払うような恐ろしき槍撃を解き放つ。マリーヴェルはひたすらにその槍を捌き続ける。
防戦一方となるマリーヴェルを見て、リアンは心の中で自身の優位を確信する。戦況はこちらに傾いている、と。
武器のリーチ差による優位性と、リアンの怪力による重圧。その二つがこの状況を作り出す。前に前に、愚直に、全て渾身の力を込めて、気まじめに責め続けるリアン。
彼の何より恐ろしいところは、それだけ動いても微塵も疲労が積もらないところだ。スタミナ切れがない、そのうえで常に全力でくるのだからたまったものではない。
何より彼は学習能力も半端ではない。攻め続けながら、彼は気まじめにマリーヴェルの武器の性質を計っていた。
どこまで剣はリーチがあるのか。どれだけの速度で攻撃してくるのか。その一つ一つを真面目に解析し、戦闘へと活かそうとする。
それは彼が魔物との戦いでひたすらに磨き抜いた力であり、愚直かつ誠実な彼ならではの武器であるといえよう。
真っ直ぐに自分を瞳に捕えて油断慢心せず攻め立てるリアンに、マリーヴェルは必死に捌きながら溜息をつく。
なるほど、恐ろしい力だと思う。力強さ、タフさ、ひたむきさ。トータルで見るならば、リアンは自身より遥かに強いだろう。
リアンならば、一人で洞窟の門の前にいた魔獣をねじ伏せることができるかもしれない。リアンならば、あの魔人とやらも一人で同等に戦えたかもしれない。
認めよう、彼は恐ろしく強い。自分よりも、化物と正面から戦ってねじ伏せる力に特化している。彼は、自分より強い。
その答えを導きながらも、マリーヴェルは口元を緩める。そう、確かにリアンは自分よりも強い――けれど、自分には決して勝てないのだ。
マリーヴェルは『観察』の時間を終え、戦闘の姿勢を切り替える。守りの時間はたっぷり稼いだ、後は勝敗の決まった盤上の駒を進めるだけなのだから。
二本の剣を指先で握り、何度も手の中で転がしながら、マリーヴェルはリアンの槍撃へ剣を奔らせる。これまでは流していたものを、撃ち合いへとシフトさせたのだ。
マリーヴェルの流れの変化に気付いたリアンであるが、そのまま力で押し通す。優位はリアンにあるのは間違いない、ここで下がってはまずいと判断した為だ。
先程までと同じように、手数と力で圧倒しようとしたリアンだが、その表情が驚愕に染まる。
撃ち合いの中で一歩、また一歩と後退しているのは、マリーヴェルではなくリアンだったのだ。マリーヴェルの変幻自在な攻撃に、攻めに転じていた筈の槍が、防戦一方となってしまったのだ。
驚きを隠せず、表情にだしながらも、リアンは持ち前の気まじめさから必死に理由を分析する。何故自分が、押され始めたのか。
最初に気付いたのは、マリーヴェルの手数の速さだ。先程までの彼女の剣撃は、確かに速かったが、対処出来ない程ではなかった。
だが、今の彼女の剣撃は影を追うのも苦労するほどの速さだ。かと思えば、タイミングを外してきたかのように少し抜いたような剣も入れてくる。
緩急の存在する柔らかい剣に、リアンは自分が翻弄されていることにようやく気付く。気付くが、その修正が追いつかない。
何故なら彼は、さきほどまでにマリーヴェルの一定速度の剣を身体に叩き込んでしまったのだ。それが急に変化されては、そう易々とは修正出来ない。
魔獣が相手ならば、彼らはこのような変化など行わず、リアンの命を刈り取る為に常に全力で襲ってくる。マリーヴェルが行っているのは、獣では決して出来ない『人間』の戦い方なのだ。
そして、マリーヴェルの剣のリーチの違和感だ。先程まで、リアンが必死で測っていた彼女の剣の射程距離にズレを感じるのだ。
避けられると思った筈の剣撃が自分に届いたかと思えば、受け止めたと思った筈の槍の下を剣が潜り抜けてくる。
その理由を必死に探したリアンは、彼女が先程から剣を手の中で何度も転がし、持ち手の位置を常に入れ替えていることに気付いたのだ。
彼女は常に剣を握り直している。そして剣の長さを常時切り替えることで、リアンの作りだしたタイミングを狂わせているのだ。
マリーヴェルの技術に、リアンは息を呑む。彼女がやっていることは、単純なように思えて、恐ろしく高度な技だと理解させられてしまう。
己の武器の射程というものは、戦う者にとって一つの物差しだ。これを固定する事によって、相手の距離を計ったり、どれくらいの距離詰めて斬り込むという判断をする。
だが、それをころころと変えてしまえば、並みの者ならば逆に自身の空間を見失ってしまう。目測を誤れば、それは己の死を意味する。
それを彼女は、まるで当たり前のように武器の長さを巧みに切り替え、目測を誤ることなくリアンに対応させているのだ。
マリーヴェルの剣に、リアンは歓喜の賞賛を送りたくなるが、それは戦闘の後だ。今はどのようにこの危機を乗り切るかが大事だと自分に言い聞かせ、なんとか体勢を立て直す為に、自分の中の『マリーヴェル』を修正しようとする。
だが、そのようなことを許すほどマリーヴェルは甘くない。最初の一分の撃ち合いで、彼女はリアンにたっぷりと『偽りのマリーヴェル』を身体に叩き込んだのだ。
その影が残っている間に、マリーヴェルは勝負をつける。剣撃に波を立て、射程に幻を作り、マリーヴェルはリアンの動きを目で追い続ける。
確かにその身体能力は恐れ入る。確かにその槍の破壊力は脅威だ。だけど、その動きは実に単調。そのどれもが敵を倒す為の一撃で、彼の真っ直ぐな全力が込められている。
そう、どれもリアンの攻撃は正直過ぎるのだ。ならば付け入る隙はある。マリーヴェルは針の穴に糸を通すように、リアンの隙とみた場所を攻め立てた。
リアンの首元を狙った一撃を放つとき、防御だけに集中しているリアンは槍を首元まで引く為に、右手で槍を前に押し出して梃子のように使う癖がある。
引き手は強いが、押し手には同方向の力を加えられるような想定はされていない。マリーヴェルは剣撃をおとりにして、最後まで隠していた『足』による一撃を放った。槍を押し出そうとしたリアンの右手を、マリーヴェルは力の限りで蹴り上げたのだ。
それは予想の外からの一撃でありリアンの右手から槍が離れ、左手一本のみの支持となる。力点を失った梃子の守りなど恐れるものはない。
マリーヴェルは蹴りを放った体勢のまま、残る右手の星剣をリアンの首元へと奔らせ――
「――それまでです!」
「……ま、こんなところよ。悪いけれど、私の勝ちね」
リアンの首元で剣を止めた状態で、胸を張って彼に勝利宣言を行ったのだ。
身体の力が抜けてしまったのか、その場に尻餅をつくリアンに、マリーヴェルは仕方ないわねと楽しげに手を引いて立ちあがらせる。
そんな彼女に、リアンは熱を帯びた目で見つめながら、やがて興奮気味に言葉を紡ぐのだ。
「凄い、凄いよマリーヴェル!強いのは知っていたけれど、手も足も出ないくらい差があるなんて思わなかった!」
「あ、ありがとう。いや、そんな目を輝かされても困るんだけど……それよりも、私よりも先に先生の説教を受けてきたら?」
「え……?」
ちょいちょいと指をリアンの後ろへ差すマリーヴェルに、リアンは何事かと視線をそちらに向ける。
そこには、先程まで審判を務めていたメイアがニコニコと笑って立っていた。だが、彼女から放たれるプレッシャーはすさまじい。
その笑顔に、リアンとマリーヴェルはやばいと感じ取る。メイアは笑って怒るタイプなのだと知っている為だ。
怯えるリアンに、メイアは優しく、あくまで口調は優しく話を始めた。
「さて、リアン。この勝負、誰が見ても貴方の完敗でしたね」
「す、すみません……マリーヴェルは本当に強くて、手も足も……」
「貴方とマリーヴェルの差は能力の差だと思っているのならば、まずはそこを正さねばなりません。
貴方が何故マリーヴェルに翻弄されたのか、まずはそこから話しましょうか」
そこから始まった講義という名の説教に、マリーヴェルはリアンにご愁傷様と祈りを捧げて離れることにした。
だから昨日マリーヴェルはサトゥンにいったのだ。結果がどうなってもしらない、と。
いくら叩きのめされることを望んでいたとはいえ、こんな結果を目の前で見せつけられて、メイアがリアンに対してこうならない訳がなかったのだから。
長年の付き合いだからこそ、マリーヴェルはメイアの性格を熟知していた。彼女は自分が執着したものに対しては、一切の妥協を許さない。
昨日、メイアと久方ぶりの再会を果たしたが、彼女の内面は少しも変わっていなかった。むしろ悪化していると思った。
リアンの末恐ろしい天賦の才を育んでいる彼女としては、リアンの更なる成長の為の敗北を確かに望んでいたのだろう。
だが、それでも自分が育てている可愛い愛弟子が負けてしまったことへの怒りは抑えられないのだ。不器用過ぎるメイアに、マリーヴェルは関わらないように距離を取って逃げて行った。
また、メイアからリアンに行われた説教の内容は、先程のマリーヴェルの行った戦闘の解説だ。
マリーヴェルは幼い頃から騎士達と剣をかわしていた為、対人戦には恐ろしい程の経験値を持っている。
対してリアンは魔獣との戦闘経験ばかりで、対人戦などメイアとの模擬戦を除けば、領主の館での一度しかないのだ。
それが今回は見事に明暗をわけてしまったのだ。真っ直ぐに己の全てを出し切って戦おうとするリアンは、マリーヴェルにとって非常に相性の良い相手だった。
確かにスペックだけで比べるなら、リアンが強いだろう。だが、勝敗はマリーヴェルへと軍配が上がった。そのことを、メイアは経験させたかったのである。
これから先、リアンはこの経験からまた一つ大きなことを学んだ。これからは対人を意識した戦いも覚えていくことになるだろう。
だからこそ、より高みを目指す為に、マリーヴェルを利用して彼を焚きつけたのだ。
かつてメイアに壁を感じ、高みを目指したように、今度はマリーヴェルも目指すべき目標としてリアンは励むだろう。
そんなメイアの狙いを見透かしていたマリーヴェルは、良い性格してるわと毒づきながらも、満更でもなかったりする。
自分がリアンの目標の一つとなれるなら、それも悪くは無い。戦友である彼となら、自分も高く共に飛べるような気がする。
英雄となる為に、共に強く。そう考えれば、今回の戦闘をセッティングしてくれた勇者馬鹿にも感謝をしてあげないといけないかもしれないなとマリーヴェルは考えていた。
また、その肝心の勇者様は、そんなマリーヴェルのもとへ訪れ。
「ふむ、まだ余力があるようだな。それならば私と軽く遊んでみるか?ふははは!」
「やめておくわ。その気持ちだけ頂いておくわね、気持ち悪いから後でごみばこに捨てるけど」
「まあ、そう言うな。私は実はこれが真の姿ではないのだ。
この姿は日常を過ごす為のものであり、己が敵とみなした相手に本気で闘うときは真の姿となるのだ。知りたいだろう?見てみたいだろう?ん?ん?」
「ミレイア、ちょっと喉渇いたから水取ってきてくれない?うん、ごめんね」
「そうかそうか、そんなに見たいか興味があるか。くはは、実は私の真の姿は、古来より神々に恐れ封印され続けた黒き大地の主の血を継ぐもので……」
微塵も話を聞こうとしないマリーヴェルに必死にまとわりついて熱弁をふるっていた。どうやら少し構って欲しかったらしい。
横で神々に恐れられた魔神の正体とやらを熱弁するサトゥンを完全に無視し、マリーヴェルは剣の手入れを始めるのだった。
ウザトゥン。次から3章に入ります。頑張ります。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。




