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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
二章 剣姫
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幕間1話 拠点





 サトゥンやリアンと共に、彼らの村に滞在することになったマリーヴェルは、村に辿り着くや否や、その光景に度肝を抜かれてしまう。

 途中の帰路で話には聞いていたが、結構な数の村人が人間とは少しばかり異なる様相をしていたためだ。

 背中に羽が生えているもの、獣のように頭上部から耳が生えている者、トカゲのように鱗が生えている者。

 それらを見て、リアン達が英雄として祭り上げられることを拒否した理由も頷ける。リアンの出身が下手に広まって、この村に来られては色々と不都合があるかもしれない。

 この理由もあって、メイアをこちら側に抱きこんだのだろう。納得すると同時に、マリーヴェルは目を輝かせて異形の村人達に挨拶していくのだ。

 ちなみに彼女は異形となった彼らに嫌悪感もなければ怖がることもない。彼女はこういう知らぬ世界が大好きなのだ。リアン達についてきてよかったと、しみじみ思うくらいである。


 そんなマリーヴェルの後ろにびくびくとひっつきながら、ミレイアもまた村人達に挨拶していく。彼女もこの村で厄介になるのだ、挨拶は必要だと考えての行動だ。

 何故、ここにミレイアがいるのか。本来ならば、彼女はミリスの街までマリーヴェルを送り届けてそのまま城へと引き返す予定だった。

 だが、彼女はとてもとてもとてもとても残念なことに勇者に捕まってしまった。散々マリーヴェルにサンドバッグにされたサトゥンが、逃げ帰ろうとするミレイアを目ざとく見つけてひっ捕らえたのだ。

 彼がマリーヴェルに殴られた責任の九割五分程度は、自業自得な点があるのだが、嘘の特徴を教えたのが悪かったらしい。

 高笑いをしながらミレイアの首根っこを掴み、サトゥンは高らかに宣言をしたのだ。


『ふはははは!勇者に嘘の情報を流して英雄集めを妨害するとは、なかなかやってくれるではないか!

このような不埒者には、私が直々に勇者信仰の大切さを教えてやらねばならぬ!今日から貴様には嫌というほど勇者学を叩き込んでくれるわ!むはははは!』


 彼のマンツーマンティーチングが決定し、ミレイアは顔を絶望に染めながら頷くことしか出来なかった。

 その第一歩として、村への帰り道で、サトゥンはひたすらミレイアに勇者講義と題してリエンティの勇者の誕生話を懇切丁寧に高笑いと共に話続けていた。

 助けてと視線を送ってくるミレイアに対し、マリーヴェルはそしらぬ顔で視線をかわし続けた。

 帰り道でサトゥンの相手をするほど面倒なことはないのだ、ミレイアに彼の相手を放り投げることにしたのだ。

 余談ではあるが、ミレイアにはサトゥンが別大陸からつれてきた金色の毛をした猫の世話係まで押し付けられていた。

 連れてきてしまったものは仕方が無いと、結局村で飼うことにしたその猫の名前は『リーヴェ』と名付けられる。

 どうしてもこの猫が『マリーヴェル』であると主張するサトゥンと、それは私の名だと主張するマリーヴェルの落とし所でついた名前だ。

 リーヴェは現在、ミレイアの腕の中ですやすやと眠っている。というかこの数日間、食事とトイレ以外はすべてミレイアの腕の中で眠っていた。リーヴェはかなり動くことが嫌いな猫であるらしい。


 村を巡っていく中で、中央に建てられた教会を見て、ミレイアが『わあ』と嬉しそうな声を上げる。

 彼女はもともとこの大陸で盛んな女神リリーシャ教の信者の中でも、屈指の能力を持っており、王族でなければ巫女として選ばれていたかもしれない程の少女である。

 そんな彼女が教会を見て、喜ばない訳がない。この大陸において教会と言えば、リリーシャ教なのだから。

 胸躍らせるミレイアに、さきほどまで勇者を語っていたサトゥンが清々しい笑みを浮かべて彼女に話しかける。


「ふはは、どうだいい出来であろう!村人達にせがまれて我が創り上げた教会である!」

「ええ、ええ、素晴らしいですわ!あんなにも立派で大きな教会は、王都にもありませんもの!」

「むはははは!そうであろうそうであろう!だが、あの教会はまだ未完成であってな。大事な部品があと一つ足りぬのだ」

「そ、そうなんですの?あれほど見事な教会ですのに、一体何が足りないのですか?」

「うむ、村人が言うには、神父とやらが必要であるらしいのだ。だが、村人達は自分の仕事があり、そのような作法も知らぬからな。

故に、どうにかしてこの役目を全うする事が出来る人材を探しているのだが……」

「わ、私がやりますわ!サトゥン様、どうかその役目を私にお任せ下さい!」


 サトゥンに対して、自分を推薦するミレイア。彼女がそう思うのも仕方のないことだ。

 教会一つを任されるというのは、リリーシャ教を学ぶ人間にとって恐ろしい程のステータスなのだ。

 数多の修行と信仰を重ね続け、その役職につけるのはどれだけ早くても四十を超えてからが常識だ。そのチャンスが今、目の前にあるというのだ。ここで自分を押さない手はなかった。

 そんな熱意のこもったミレイアに、サトゥンは喜びを全身で震わせながら、高らかに声をあげて命じるのだ。


「よかろう!ミレイア、お前の熱意、この勇者サトゥンがしかと受け取った!今日からこの教会はお前に一任する!」

「あ、ありがとうございます!私、しっかり頑張って女神リリーシャの教えを村中に広めますわ!」

「ふはは!何を言っているのだお前は!そんな性悪女神などこの教会は信仰しておらんわ!」

「……え?」

「この教会が祀っているのは勇者サトゥンである!勇者の偉業を褒め讃え!英雄の活躍を共に喜び!彼らの軌跡を後世に語り継ぐ為の教会である!

いうなれば、この教会が信仰するは勇者サトゥン教である!むははははは!ミレイア、お前はその勇者サトゥン教の栄誉ある初代大僧正となったのだ!

日々、この村の者達に勇者の偉大さを語ってやるがいいわ!ふは、ふはははは、ふはははははは!」


 喜びの余り舞い踊るサトゥン、その横で顔を両手で押さえて絶望に蹲るミレイア、必死に笑いを堪えるマリーヴェル、首をきょとんと傾けるリアン。

 そんな彼らの光景を見て、村人達は微笑ましく見守るのだ。英雄であるサトゥンが楽しそうなら、今日も村は平和だと。

 村の全てを救ってくれた勇者の決定は絶対なのだ。明日から教会が賑やかになりそうだと村の人達は語りながら散っていく。

 すなわち、今の話が村の全員に伝わったということ。よって、ミレイアが教会で仕事をするのは最早避けられなくなったのだ。


「あ、悪夢ですわ……私が一体、何をしたというのですか女神リリーシャ様」

「よかったわね、ミレイア。頑張って村の人達にサトゥンの素晴らしさとやらを語り継いできなさいね。ぷふっ」


 妹からの激励、もといおちょくりにも最早ミレイアは反応する事が出来なかった。魂が口から抜けてしまっていた。

 挨拶回りをしてゆきながら、村の奥へと足を進めていく面々だが、そこで更なる驚きが待ち構えていた。

 村の奥に、聳え立つ堅牢な岩城。岩壁をくり抜いたように作られた無骨な城が立てられていたのだから。

 この光景にマリーヴェルとミレイアはおろか、リアンですら言葉が出ない。少なくとも彼がこの村を旅立った時には、このようなものは無かった筈だ。

 まるで御伽噺の魔王城とでもいうような、そんな禍々しさすら漂う城に、サトゥンはテンションが最高潮に達して熱弁を振るう。


「見よ、英雄達よ!あれこそが、我らが拠点、サトゥン城である!三日三晩、時間をかけて築き上げた我らが城なのである!

ふははははは!この世界の岩石や土は実に良い魔力に溢れているのでな、ついつい凝ったものを創り上げてしまったわ!」

「あ、あの、サトゥン様、何故、お城を?」

「むはははは!英雄リアン、勉強が足りんな!勇者リエンティの物語の結末を思い出すがいい!

魔の王を打倒し、世界に平和をもたらした勇者リエンティは、己の故郷に戻り、その地の王となるのだ!

この人間界にとって私の故郷とはこの地より他はない!ならば先に城を作ってしまえば、後々面倒がないではないか!

私がこの世界にて勇者リエンティとして君臨することは確定された未来である!ならば城を先に作っても問題はあるまい!ふはははは!」

「ば、馬鹿だ……こいつ、ただの勇者馬鹿じゃない、真性の馬鹿なんだわ……」


 誇らしげに語るサトゥンに、マリーヴェルはただただ呆れかえることしかできなかった。

 こんなとんでもないものを簡単に創り上げるサトゥンもおかしいが、それ以上に理由がくだらな過ぎて言葉が出なかった。

 剣をくれたこと、家族を救ってくれたことに感謝はしているが、この馬鹿さ加減だけはどうにも受け入れられないらしい。心とは複雑である。

 高笑いするサトゥンに、復活したリアンが、一つの疑問を投げかける。


「ということは、サトゥン様は私の家ではなくて、こちらで今生活をされてるんですか?」

「ふははは!そんなわけなかろう!お前の母の飯はうまいし、ミーナの遊び相手を務める仕事があるのでな!私は一生お前の家にいるぞ、リアン!」

「この城なんの意味もないじゃないのよ!というか高らかと寄生宣言するな!」

「そうですか、よかったです。僕もサトゥン様と一緒がいいので」

「リアンも甘やかしてんじゃないわよ!こいつが調子に乗るだけだから!」


 突っ込むマリーヴェルだが、サトゥンはもとよりリアンも常識から少しばかり外れてるので、言うだけ無駄というものである。

 頭が痛くなってきている彼女だが、いつまでもそんな状態でいる場合ではない。何せ、頼りにならない姉は魂が抜けた状態なのだ。

 これからのことをまとめるのは、彼女の役目なのである。


「とりあえず、村のことは大体分かったわ。細かいところは追々知っていくとして……問題は、私達がどこに住むかってことよ」

「むふん、遠慮せずとも城に住んでも構わんぞ?玉座も用意してある、私が将来王となるまで存分に王族ごっこを楽しむがいい」

「誰がこんな禍々しい城に住むか!そもそも私は元から王族よ!ねえ、リアン、空いてる家とかないわよね?」

「うーん、隣村の人達の分の家は必要分しか建ててないから。マリーヴェル達も家に来る?父さんも母さんも妹も喜ぶと思うし」

「嫌よ。他の人達はまだしも、コレと寝食を共にするなんて、絶対に嫌。何されるかわかったもんじゃない」

「コレとは私のことか!ふはは!小娘が抜かしおるわ!私の好みは三千年程度歳を重ねてバインでボインで妖艶な女だ!

お前のような小娘など男となんら変わらんわ!大体お前は何だその身体は!ミレイアよりもリアンの方がお前の身体に近いではないか!

仮にお前とリアンどちらをとるかという選択肢があったなら、私はお前なんぞよりリアンを選んでしまいそうだぞ!がはははは!」

「よし殺す。今すぐ殺す。その首今すぐ叩き落としてあげる」

「わあああ、まってまってマリーヴェル!サトゥン様は英雄だから、うちの村の英雄だから、許してあげてっ!」


 剣を振り回すマリーヴェルを、必死にリアンが抑え宥め、それをいいことに茶化し続けるサトゥン。

 その光景を、再び村の者達は温かい目で見つめながら思うのだ。『ああ、今日も村は平和だ』と。

 余談であるが、マリーヴェルとミレイア、そして猫のリーヴェの家は、教会に付属している住宅部ということで落ち着いたらしい。

 


 その日の昼過ぎ。

 マリーヴェルとミレイアの新しい住居に、家具をはじめとした生活用品を運んでいたリアン達のもとに、メイアが訪れる。

 彼女の姿を見つけ、リアンは犬がしっぽをふるように全身で喜びを表現して彼女の名前を口にした。


「メイア様!」

「お久しぶりです、リアン。サトゥン様、どうやら新たな英雄を引き入れることに成功したみたいですね。おめでとうございます」

「ふはは!当然である!」


 リアン達に笑みを浮かべ、メイアは視線を彼らから新たな村の住人達へと移す。

 その新たな住人であるマリーヴェルは、別段気張ったりすることなく、片手をひらひらとさせてメイアに挨拶する。


「久しぶりね、メイア。話は色々とリアンから聞いたわよ。城の時とは違って随分と楽しく過ごしてるみたいじゃない」

「お久しぶりです、マリーヴェル王女、そしてミレイア王女」

「王女は止めてよ、普通に名前で呼んで頂戴。

それよりも、今回の一件は貴方が発案者なんですって?よくもまあ、私をこの勇者馬鹿に差し出してくれたもんだわ。生贄かしら」

「ふふっ、貴女がここにくれば、リアンと切磋琢磨してくれると思ったもので。どうですか、リアンは。貴女の眼鏡にかないましたか?

「ええ、ええ、流石はメイアの愛弟子ね。貴女が惚れ込んだ理由も分かるわ」


 しみじみと語るマリーヴェルに、メイアはうんうんと楽しげに頷いてみせる。

 そして、メイアはマリーヴェルの腰に下げている二本の黒剣を観察し、ぼそりと小声で問いかける。

 その目は普段の彼女の穏やかなそれではなく、戦士としての目で。


「――勝てますか?彼に」

「――メイアの考える結果通りになるだけね。持って三分よ」


 マリーヴェルの言葉に満足したのか、メイアはそれ以上追及する事はなく、いつもの優しい笑みに戻った。

 そして、ミレイアのもとへ足を運んで、王城の近況などを楽しげに話している。

 その光景を息を吐いて見つめながら、マリーヴェルは再び自分の部屋の整理へと戻ろうとする。

 だが、彼女の道を遮るように、勇者馬鹿が腕を組んでふんぞりかえっているのをみて、眉を顰める。

 相手をするのも面倒だし、その横を通り過ぎようとしたマリーヴェルに、サトゥンは飄々と訊ねかける。


「剣を交わさぬのか?メイアは興味を持って即リアンを叩きのめしたが」

「私はあの人と違って戦闘狂じゃないわよ。楽しいことは好きだけど、私の剣は身内に向ける剣じゃないわ」

「ふはははは!成程成程、英雄である!だが、それでは困るのだ。お前にも、リアンにとっての壁になってもらわねばならぬのだからな!

リアンの為にも、お前自身の為にも、お前達は一度剣を交える必要がある!ふはは、お前に拒否権などないわ!」


 相変わらず無茶苦茶な言葉を並べ立てるサトゥンに対し、大きく呆れるように息を吐きながら、マリーヴェルはサトゥンを睨みつける。

 こいつもメイアも、自分がそうするまで何度も何度も同じことを言ってくるだろう。逆にそれは、彼らのリアンにかける想いの大きさでもある。

 別段サトゥンやメイアの為に何かしようとは思わない。だけど、それがリアンの為につながるならば、話は別だ。

 彼には幾つもの借りがある。彼の力になりたいと思う。正直、気は進まないが、彼の為になるのならばそれも仕方ないだろう。

 マリーヴェルは手に持っていた荷物をベッドの上に放り投げ、視線をサトゥンに向けて言い放つ。


「明日の昼頃で構わないわ。けれど、結果がどうなっても文句なんて言わないでよね」

「――ほう?決意を固めたか、ふはは!任せておけ!リアンには私から伝えておこうではないか!」

「はあ……ミレイアも連れて行くわ。あの子なら大抵の怪我くらいは治せるから」

「うはは、大言を吐くではないか!期待させてくれる、流石剣姫よ!」

「だって、結果なんて最初から見えているんだもの」


 そこで一度言葉を切り、マリーヴェルは視線をメイアと談笑する少年の背中へと向ける。

 何度も自分を護ってくれた背中を見つめながら、マリーヴェルはただ淡々と確信している事実を述べるだけだ。


「――リアンは決して私に勝てないわ。宣言してあげる。今のリアン相手なら、私は三分で彼を下してみせるわ」


 マリーヴェルの言葉に、サトゥンは満足そうに笑みを浮かべるだけだった。その胸に大きな期待を溢れさせて。








あと一話幕間を挟んで、3章に入りたいと思います。頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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