19話 共に
レグエスクを滅ぼしたマリーヴェル達は、洞窟を出て、彼女の兄弟達が乗ってきた馬車を使って街まで引き返すことになる。
また、洞窟を出てすぐにサトゥンは『大事な用が大詰めを迎えている。後は頼んだ』とリアンに告げて高笑いをして空を飛んで行った。
もはや、この場でサトゥンが空を飛ぶことを驚く人物など存在しない。あれは、ああいう生き物なのだと認識してしまっているらしい。
その帰りの馬車の中で、兄弟達は長年の溝を埋めるように沢山の話をした。そして彼らから溢れる笑顔をみて、リアンはただ優しく微笑んでいた。
商業都市ミリスへと到着し、このまま城へ向かおうとした王族達に、リアンはここから村へと戻ると誘いを断る。
リュンヒルド達は、このままリアンを城へと招待し、国を救った英雄として大々的に祭り上げるつもりであったが、リアンはそれを固辞したのだ。
あくまで、家族を救ったのはマリーヴェルであり、自分とサトゥン様はその手助けをしただけに過ぎない、と。
それに何より、彼は人々の注目を浴びることを嫌がっていた。英雄を目指してはいるが、自分はまだまだ未熟であり、そのような扱いは受けられないと願ったのだ。
頑なに拒否するリアンに、リュンヒルド達は折れる。ただ、今回の事件のこと、リアン達に救って貰ったことを王に全て話し、その後改めて報告させてほしい為、数日の間、この地に留まってほしいと願い出る。
彼らの申し出に、それならばとリアンは頷き同意した。この地域は知らないことばかりだし、待っている間に色々と見回って色んな事を学んで帰りたいと述べて。
そんなリアンに『では私が色々と教えてあげましょう』と当然のように一緒に残ろうとしたマリーヴェルを、兄姉四人がまとめて引き戻す。
今回の事情を話すうちで、マリーヴェルがいなくてどうするのかと叱責する兄弟達に、マリーヴェルはしぶしぶ了承する。彼女をまた『本当の意味で』妹に戻すことも、彼らの目的のひとつなのだから。
そこからリアンに関して特記することはない。
彼は待っている間の日数を、街を散策したり、魔物を倒したり、鍛錬をしたり、鍛錬をしたり、魔物を倒したり、鍛錬をしたりして過ごしていた。
結局村での生活サイクルと何ら変わらない彼だが、汗を流してとても満足そうにしているため、彼はきっとそれでいいのだろう。
再び彼女との再会の時まで、リアンは神槍を握りしめてひたすら自分を磨いていた。あの時のように、剣姫と再び胸躍る世界に出会えることを夢見て。
マリーヴェル達が城へと戻り、王への謁見を果たした時、王が彼らに最初に告げたのは謝罪の言葉だった。
涙を流しながら、王は全てを話す。彼もまた、王位継承争いであの洞窟に趣き、レグエスクに兄弟達を全て殺されたこと。
そして、幸運か不運か、唯一最後まで生き延びた彼に、レグエスクは強力な暗示をかけたのだ。
ここでのことを一切外に漏らさぬこと、そして王位を求めるように、兄弟達に不和を生みだすこと。
レグエスクが死に、ようやくその呪縛から解き放たれた王の胸に残るのは後悔だけ。何故自分だけが生き延びたのか、何故子供達を悪魔達のもとへ送り出してしまったのか。何一つ、抵抗出来なかった己を只管に責めた。
その姿にマリーヴェル達は何一つかける言葉がみつからなかった。誰よりも強く厳かだった父が、涙を流して後悔をする姿。
これが、未来の自分達の姿だったのだ。愛する家族を殺した者の操り人形となり、再びあの悪夢を繰り返す、それが王の地位だったのだ。
やがて、そんな王に、耐えきれなかったようにミレイアが涙を零して抱きついた。彼女を皮切りに、次々と兄弟達が父の心を支えていく。
そう、悪夢はもう終わったのだ。あの悪魔は死に絶え、自分達を玩具のように殺してきたレグエスクは、もうこの世にはいないのだから。
立ち直った王を含めて、その後は数日間何度も話し合いが開かれた。
それはリアンとサトゥンへの対応だ。一体どうすれば彼らに報いることが出来るだろうか。
この国にとって、否、自分達にとって彼らは疑うことなく英雄なのだ。彼らが自分達を救ってくれたのだと、強く言える。
だが、今回のことを大々的に広めて英雄とすることはできない。
その理由の一つは、王族達が悪魔に洗脳され続けていたという事情にある。このことを一部の貴族達が知れば、鬼の首をとったように王家の権威を失墜させようとしてくるだろう。
本音を言えば、王を含め兄弟達は別にそれでもよかった。王の座に拘る者は誰一人おらず、才ある者がいるならば、王を任せてもいいと思う。
だが、それをしてしまえばリアン達の負担となる。自分達を英雄扱いしたことで、王達が追われてしまったと知れば、本末転倒だ。
加えてリアンは、彼らに英雄扱いは止めてくれと望んだのだ。ならば、彼らの意志を誰より優先すべきは当然のことである。
ただ、ここで付け加えるなら、英雄扱いを拒んだのはリアンだけである。もし帰りの馬車にサトゥンが乗っていたら、高笑いを何度も何度も繰り返して勇者を迎える宴を毎晩開催しろと要求していたかもしれない。
何度も言っておきたい。勇者サトゥンは、誰よりちやほやされたい男なのである。
では何を褒賞とすればよいのか。ああでもないこうでもないと数日間進展のない議論が重なった中で、最後の結論はマリーヴェルの一声で決定してしまった。
彼女の提案に、そんなことで、と首を傾げる王達であったが、マリーヴェルの意見をミレイアが支持したのも決め手だった。
誰よりリアンと一緒に行動したマリーヴェルと、道中を共にしたミレイアが出した答えなのだ。それがきっと、良案なのだろうと最終決定を下した。
その決定に、マリーヴェルは年相応の少女の笑みを零していた。そして思うのだ。これからまた、楽しくなりそうだ、と。
その日、リアンは絶句する事になる。
王族達から話し合いの最終決定が行われ、それをリアンに伝えるという早馬が宿に飛んできたのが昨日。
その次の日の朝、約束の時間になって、宿の前で待っていると、そこに現れたのは王国の騎士の一団だった。
豪華絢爛な儀式用の装飾品を携え、百騎を超える騎兵達に、リアンは冷たい汗を流さずにはいられなかった。
やがて、リアンの前で、一際大きな馬車が止まり、兵達の手によってその馬車の扉が開かれた。
華やかな馬車から、一人の女性がゆっくりとリアンの前に降り立つ。その少女を見て、リアンはあんぐりと口を開けてかたまっていた。
王族だけに許される、純白のドレスを着飾り、年相応の少女としての美しさを損なわず、そして女としての美しさを両立させた青髪の少女。
その人物を、リアンは当然知っている、いるのだが理解が追いつかない。そんなリアンを置き去りにして、どこまでも美しく、そして華やかに微笑みながら、少女は礼儀正しく一礼して口を開く。
「我らが英雄、リアン・ネスティ殿に我が王の言葉を賜っています。
王の代理として、王族の一員である私――マリーヴェル・レミュエット・メーグアクラスがお伝えさせて頂きます」
「は、はいっ」
このような場での礼式など村育ちのリアンが知る筈もない。
固くなるリアンに対し、悪戯が成功したことを喜びながら、マリーヴェルは愉しげに言葉を続けていくのだ。
「『我が子供達の命を救った功績を認め、リアン・ネスティが追い求めたものを授けることによってこの褒賞と為す』。という訳で、これからもよろしくね、リアン」
「え、あ、あの、僕が追い求めたものって……」
「決まってるじゃない。貴方、私に初めて出会った時、一体何を探しているっていったかしら?何を求めているっていったかしら?」
楽しげに微笑みながら問いかけるマリーヴェルに、リアンは頭を真っ白にさせながらも記憶を必死にたぐりよせる。
そう、それはこの街のギルドに訪れた時、自分は彼女に捕まった。その時に、自分は彼女になんと説明したのか。
『あはは、えっとね――僕と一緒に、この世界の英雄になってくれないかって。英雄になって、一緒に勇者様を支えてくれないかって』
自分のはきだした言葉を思い出し、リアンはマリーヴェルの瞳を見つめた。
その瞳は、どこまでも夢と希望に満ち溢れ。出会った頃のような退屈にそめられた色は一切感じさせずに。
ただ、どこまでも人生を楽しむように、彼女は笑って言ってのけるのだ。
「さあ、共に行きましょう、神槍リアン。世界の英雄になる為に――そして私達を待っているであろう沢山の『楽しみ』に出会う為に、ね」
微笑んで手を差し出す彼女に、リアンもその表情に笑顔を溢れさせ、その手を強く握り返す。
その結ばれた手は、きっとこれから先なにがあろうと離れない。どんな危険でも、きっと自分達ならば乗り越えられる。
家族を守る夢は叶えた。ならば、この力は今後は誰が為に。それがこの世界の誰かの為となるのならば、きっと悪くは無い。
この手が二人をつなぐ限り、自分達はきっと、どんな困難も乗り越えられるだろうから――そんなことをマリーヴェルが考えていると、二人の繋がれたてのひらの上に、突如上から勇者が降ってきた。高笑いと共に。
「ふははははは!喜べリアン!とうとう私は成し遂げてみせたぞ!
むむ、なんだこの兵士達は!まさかこれは私の出迎えか!?ふはははははは!良い心がけではないか!勇者の出迎え、わざわざ御苦労!
ん?どうした小娘、何故殺気立って私に剣を向けようとしている?遊んで欲しいのか?ぶははははは!勇者はモテモテ過ぎて困るわ!」
「人の手の上に降ってくるんじゃないわよ!さっさと降りろ!地味に重さを感じさせない配慮がむかつくのよ!」
「あはは、お久しぶりです、サトゥン様」
二人の繋がれた手からおり、サトゥンは二人に向き合って腕を組んで高笑いをする。
そんな彼に、リアンはマリーヴェルが一緒にきてくれるようになったことを説明する。
「そうです、サトゥン様。彼女が、私達と一緒に来てくれることになりました。一緒に英雄を目指してくれる、と」
「む、それは良きこと!ふはは!貴様は既に剣姫であるからな!嫌といっても離すつもりはないが!
リアン共々まだまだ未熟よ!これからも我が下で励むが良い!我が下で、勇者の下で英雄としての王道を歩くがいい!むははははは!」
「あんたを支えるってところはまだ納得してないけどね……でも、その、剣をくれたのも、あいつに勝てたのも、あんたのおかげだし……その、あ、ありが……」
「そうだリアン!聞いて驚け、私はとうとうやり遂げたのだ!」
必死に紡ごうとしたありがとう、その言葉を思いっきりスルーされ、マリーヴェルはびきりと硬直する。
彼のおかげでレグエスクに勝てた。恐ろしき程の力を持つ剣を与えてくれた。だからこそ、マリーヴェルは感謝を必死に伝えようとした。
いくら相手が変態でも、いくら相手が世界一空気を読めなくても、いくら相手が話の通じないウルトラ勇者馬鹿であっても、頑張ろうとしたのだ。
そんな彼女の想いを全力で清々しくかっとばし、サトゥンはリアンに胸を張って自慢していた。
「ええと、サトゥン様、一体なにをやり遂げられたのでしょうか?」
「むはは!そんなことは決まっていよう!私はとうとうあ奴を捕まえたのだ!」
「あ奴、ですか?それは一体」
「愚問!そんなことは決まっているであろう!我らが探し続けていたマリーヴェル・レミュエット・メーグアクラスだ!」
「……え?」
サトゥンの言葉にリアンは理解出来なかったらしく、変な声を出してしまった。
それも当然だ、マリーヴェルはここに、目の前に、すぐそばにいるのだから。
そして、少ししてリアンはあることにきづく。自分は彼女がマリーヴェルだと、サトゥンに説明したであろうか。
マリーヴェル達のピンチで、サトゥンを呼び出すときも。あの魔人を倒した時も。洞窟から出る時も。一切、説明をしていなかったのではないだろうか。
どんどん表情がひきつっていくリアンを余所に、サトゥンはうきうきとしながら胸を張って説明を続ける。
「ふふふ、ミレイア・レミュエット・メーグアクラスの助言通り、ひらすら西へ翔けた成果というものよ!大陸端の港街にて、我らは巡り会った!
そやつは実に強敵であり、なかなか英雄となることに頷こうとしなかったが、我の勇者としての必死の呼び掛けにようやく応じてくれたわ!
さあ、リアンに『ミーク』よ、我らと共に歩む新たな英雄を拍手で出迎えるがいい!」
マリーヴェルをミークと呼ぶ点で、リアンは悟る。ああ、これは完全に説明を忘れていた、と。
そう、サトゥンの情報はギルドの前でマリーヴェルの情報をミレイアからきいた時で止まっていたのだ。
あのとき、ミレイアは一体なんとサトゥンに説明した。マリーヴェルはどこにいると、どんな人物だと言っていた。
『え、えとですね、マリーヴェルはその、美しい金の髪を持ってまして』――どうみても彼女の髪の色は青である。
『あ、あう……背丈は、私より小さくて』――ミレイアの方が遠目で見てもマリーヴェルより低い。
『と、とても可愛らしい容姿をしていまして、目は大きくて、えとえと、とても優しい子で』――確かに可愛く美しいが、サトゥンに対するマリーヴェルが優しいに当てはまるとは思えない。
『た、多分ずっと西だと思います……』――彼女がいたのは、当然東西南北関係なく同じ場所であった。
つまり、マリーヴェルの脅しによって、涙目でミレイアが重ねに重ねた嘘がここにきて押し寄せていたのだ。
もはや、ここで問題なのは、今マリーヴェルが正体をあかしてどうなるかなどではない。サトゥンが一体どこの誰を間違えてつれてきてしまったのかだ。
人違いどころか、一歩間違えば大陸を通り越しての人攫いである。
顔を青白く染めながら、リアンはサトゥンの連れてきた者の見届ける覚悟を決める。誰が来ても、土下座であやまる覚悟を。
サトゥンがその場の空間に断裂を入れ、別空間よりその者を抱きよせてみんなの前へと連れてくる。その者の姿に、一同は息を呑んだ。
その者は、確かに美しい金の髪を持っていた。
その者は、確かに背丈が小さかった。
その者は、確かに可愛らしい容姿をして、目が大きかった。
その者は、その場にいる一同を一瞥する事もなく、大きな欠伸をして、一言告げたのだ。『にゃー』、と。
「ふははははは!こやつこそが我らが探し求めていた英雄!マリーヴェル・レミュエット・メーグアクラスであぶぅぅぅううう!!」
「どこをどう間違ったらこんな奇跡的な間違い起こすのよ猫に人の名前勝手につけてんじゃないわよこの馬鹿勇者がぁぁぁぁっ!」
ワンブレスの言葉と共に放たれたマリーヴェルの右拳は、勇者サトゥンの身体を大地に叩きつけるには十分過ぎるほどの力が込められていた。
空中で一回転してその場に着地した猫は、マリーヴェルによるサトゥンへの追い打ちを眺めることなく、その場に丸まって眠りについていた。
余談ではあるが、サトゥンに嘘を並べ立ててしまった張本人は、このままばれずに時が過ぎ去れと祈りながら馬車の中でガタガタ震えていたという。
これにて2章は終わりです。本当に、ありがとうございました。
ここまで書くことが出来たのはひとえに読者の皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。
幕間のようなものを挟んで、次の章に移れればなと思います。
これからもどうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。




