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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
二章 剣姫
18/138

18話 決着





 

 レグエスクは魔人として生を受け、二千の時を生きてきた。

 魔人界にいた頃、幾多の殺し合いを制し、己が力に自惚れ始めた頃、魔神七柱が七位、フェン・ベベに出会った。

 フェン・ベベが他の魔人達を愉悦に浸りながら殺し続ける姿に、目を奪われた。そして同時に、自身が決して届かないであろう天蓋の世界を知った。

 他者を蹂躙する力に魅入られ、フェン・ベベに少しでも近付きたいと、レグエスクは頭を下げて懇願した。私を貴方の配下に加えてほしい、と。

 その願いに、フェン・ベベは愉しそうに笑ってレグエスクの首と左腕を切り落とした。『いいだろう。ただし、頭と腕は代償に貰っておこう』。彼のそんな気まぐれによって、レグエスクの頭と腕は魔獣のそれへと組みかえられたのだ。

 だが、レグエスクは微塵もフェン・ベベを恨む気持ちなどなかった。移植された魔獣の部位によって、レグエスクの力は飛躍的に向上したのだ。

 力にとりつかれた彼は、多くの魔人を殺した。屍を積み上げ、フェン・ベベに貢献し続けた。この方の覇道こそが、我が喜びであると確信していた。

 故に、フェン・ベベが禁忌の術にて、自身を人間界に送ると告げた時も、何の迷いもなかった。

 異世界への転移は、恐ろしく危険を伴う。よほど魔術に精通している者、そして魔力が高き者でなければ、異世界へ届く前に身体が四散してしまうほどの禁忌。

 だが、フェン・ベベは賭けに勝った。何万分の一という可能性の移転を、彼は成功させたのだ。

 それから彼は、フェン・ベベの為に贄を送り続ける。人間という生き物の中には、魔人の餌として上質な魂を持つ者がいることを知った。

 この世界の神に愛された魂を、レグエスクはフェン・ベベへと送り続けた。この千年間、その為だけに彼は生き続けた。その為だけに殺戮を行い続けた。

 長い、長い時間だっただろう。だが、その長きに渡り積み重ね続けた屍達の恨みが、晴らされるかのように――彼の生涯における、終わりを迎える瞬間が近づいてきていた。


『何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!何故私がこうも押されている!?何故私が人間如きに追い詰められている!?』


 レグエスクは右腕を振り上げ、自身に襲い来るマリーヴェルへと叩きつけようとする。

 だが、それが無駄なことは攻撃をしかけたレグエスクが一番誰よりも痛感していた。これではマリーヴェルは落とせない、何故なら彼の攻撃は、ことごとく黒き神槍が跳ね除けてみせているのだから。

 打ち下ろされる腕に、リアンは右膝を沈ませるように曲げ、そして反動をつけるように強く足を延ばして、勢いそのままに槍をレグエスクの腕へとぶつける。

 魔人の全力の殴打とリアンの槍撃、その力比べは常にリアンに分配があがることもレグエスクの苛立ちの理由の一つだ。

 魔人界では数多の力自慢の魔人を屠った。巨大な魔獣を潰した。だが、何故だ。何故こんな小僧に、自分が押し負ける。何故こんな小僧に、自分が力負けなどしているのだ。

 そんな彼の混乱した頭では、真の力に目覚めた剣姫の一閃は防げない。

 サトゥンに渡された二振りの剣、星剣リゼルドがレグエスクの蛇腕を裂き、月剣アヴェルタがか細くなったその腕を断つ。

 たった二撃、たったの二撃で彼の蛇腕は叩き切られ、身体から斬り落とされた。まるで発狂するような、呪詛のような声をあげてレグエスクは二人から距離を取る。


『人間如きが我が身体を切り落としたなど、認めぬ認めぬ認めぬ認めぬ!我が腕は、フェン・ベベ様より授けられた魔神の力!それを貴様ァァァァァ!』

「むはははは!無様無様、実に愉快痛快である!無知であることはこれほどまでに哀れだとは思わなんだ!

貴様はまず明日からリエンティの勇者を一日三千回音読することを命じる!かの名著を読み込んでいれば、その剣がどのようなものか理解できたであろうに!

剣姫ヴァジェーラが愛用した二振りの剣は、夜空を征する女王の剣!星と月が踊る時、全ての魔物に冥府の道を照らしだす!

魔竜ベルドラドをその剣で打倒した話は圧巻!壮絶!何度読んでも我が胸を感動で打ち震わせるわ!そも、剣姫ヴェジェーラが英雄を志し、リエンティと共に歩もうとしたきっかけが……」


 レグエスクが二人の猛攻に晒されてる中、一人楽しげにリテンティの勇者について熱弁を振るうサトゥン。聞いても無いのに、べらべらとマリーヴェルの剣について大声で解説しているが、当然レグエスクは微塵も聞いていない。

 サトゥンはミレイア達の傍に立って、ただ只管にそんな自己満足話をひけらかしているのだが、実は彼はマリーヴェルとリアンが後ろを気にせず戦う為の重要な楔となっていた。

 何故なら、彼は戦う力のないミレイア達を包む、強大な魔法障壁を展開していたのだ。

 リアンとマリーヴェルの攻撃に苦しむレグエスクが、二人の気を逸らす為に魔弾をミレイア達に向けてはなったのも一度や二度ではない。レグエスクに余裕など微塵も余っていないのだ。

 だが、そんな魔人の魔弾をサトゥンは高笑いしながら何事もなかったかのように霧散させてしまう。恐ろしき程の障壁の強さに、レグエスクはそちらに攻撃する事を諦める。サトゥンの方へ攻撃を向けても、マリーヴェル達は微塵も気を取られたりしないのだから、無意味なのだ。

 故に、レグエスクは正面から二人の攻撃を抑えなければならない。故に、レグエスクはサトゥンのやかましい勇者語りを止められないのである。


 片腕を失ったことで、レグエスクの劣勢は更に酷いものとなる。

 攻撃手段を一つ失った為、これまで守りに専念していたリアンが、攻めへと転じてきたのだ。

 槍を振り、レグエスクヘ向けた一撃は空を切り、大地を裂く。文字通り、地面が抉れるほどの一撃なのだ。

 こんなもの、くらっていられるかと避ければ、それこそ狩人の罠。視界から消える程の速さで飛び回るマリーヴェルが、待っていたとばかりに、レグエスクを斬りつける。

 その一撃でたたらを踏めば、リアンが追い打ちにとばかりに一歩強く踏み込んでレグエスクの肩を刺し貫いた。

 身体中から鮮血が飛び散る中、憤怒の表情をみせてレグエスクは叫ぶ。


『何故だ、何故にこうも私が手玉に取られる!?貴様達は何だ、一体何なのだ!?何故私が人間如きに、人間如きに殺されねばならぬ!?

殺される、殺される殺される殺される!?この私が、フェン・ベベ様の忠実な僕たるこのレグエスクが、死ぬというのか!?』

「そうよ、お前はここで死ぬのよ。これだけの人間を殺してきたんだもの、まさか死ぬ覚悟がないだなんて言わないわよね?」

『在り得ぬ、在り得ぬ在り得ぬ有り得ぬ有り得ぬ!何なのだ、貴様らは一体何だと言うのだ!人間如きが、魔人を殺すなど、決して許されぬ!』

「そう、あんたにとってはこれが一番の罰なのかもしれないわね――」


 最後の力を解き放ったレグエスクは、強大な魔力の塊を二人に向けて放出する。

 それは純然たる破壊の力。恐ろしき魔力を乗せた砲撃だが、最早二人が慌てることは無い。

 リアンとマリーヴェルは、通じ合うように視線を一度交わして頷き合い、その魔球にむけて疾走する。

 先行したリアンは、漆黒の槍を両手で持ち、腰を大きく落として大地を踏みしめ、槍ごと上半身を大きく後ろに捻りあげる。

 そして、魔球がリアン達を呑みこもうとした刹那、リアンはその手の神槍を大きく引き戻すように薙ぎ払う。

 神槍一閃。リアンの一撃は、その名の通り神をも屠る一撃とでもいうように、軽々とレグエスクの最後の切り札を斬り裂いてみせた。

 二つに割れて爆散する己が魔力の全てに、レグエスクは呆然とする。それが、彼にとっての最大の隙となった。

 爆発の中から飛び出してくるは、彼が先程まで嬲り殺しにしていた筈の少女。けれど、その後に彼をここまで追い詰めてくれた少女。

 その少女――マリーヴェルが、二本の剣を広げ、己の下へと恐ろしき速度で疾走してくるのだ。

 彼の眼に映るは、己が身体に訪れる死神の姿。彼の身体を縛り付けるは、初めて感じる死への恐怖。彼が押し潰されるは、人間如きに敗れるという屈辱。

 そのすべてが、どれもが受け入れられない。こんなこと認められない。こんなこと、こんなこと、こんなことこんなことこんなこと!


『こんなこと、認められるかぁぁぁぁ!俺が、このレグエスクが、人間如きにィィィィィ!』

「――死してなお、地獄の果てで嘆き狂いなさい。お前は散々殺してきた、他ならぬ人間に、殺されるのだから。はぁっ!」


 マリーヴェルの二本の剣がレグエスクの胸へと深々と突き刺さる。それを見て、マリーヴェルは両の腕を、あたかも鳥が翼を広げるように大きく切り開いた。

 愛する家族を護る為に、英雄の雛がここに飛んでゆく。星と月の翼を両手に、マリーヴェルは誰よりも美しく羽ばたいてみせたのだ。

 胸から真一文字に裂かれ、身体を真っ二つに裂かれたレグエスクは、夥しい血液と共に、大地に伏した。


 指一つ動かさなくなったレグエスクを確認し、マリーヴェルは疲れ果てた身体をそのまま大地へと投げ出そうとする。サトゥンに身体を癒してもらったが、彼女は人間の限界を超えて稼働し続けたのだ。その負担は言葉に出来ぬほどに大きかったのだろう。

 だが、彼女が大地に倒れることは、もうありえない。何故なら彼女の傍には、彼女の背中を支えてくれる人がいるのだから。

 倒れそうになったマリーヴェルをリアンが抱きとめる。そんな彼に、マリーヴェルはそっと言葉を紡ぐのだ。


「ありがとう、相棒……貴方のおかげで、家族を失わずに済んだわ」

「ううん、そんなことないよ、ミーク……じゃなくて、マリーヴェル王女様。貴女の力がなければ、僕だけでは絶対に勝てなかった」

「敬語は止めてよ、今更じゃない……本当に、本当にありがとね、リアン」

「本当に、お疲れ様。さあ、胸を張って報告に行こう。君の勝利を、大切な人達に、ね」

「馬鹿ね……私『達』の、勝利でしょ」


 そのままマリーヴェルを抱き抱え、リアンは彼女を家族達のもとへと運んでいく。

 力を使い果たしたマリーヴェルに、ミレイアが、リュンヒルドが、レイドルムが、クシャトが駆けつけてゆく。

 そんな皆に、マリーヴェルは笑みを零す。自然と涙が流れたが、そんなこと構いはしない。

 今はただ、胸を張ろう。自分の夢は、叶った。自分はこの為に、力を求めてきたのだから。

 ――愛する家族を、護ることが出来た。それが今はただ、何よりも誇らしい。自分はきっと、夢追い求めた『英雄』になれたのだから。












 歓喜に揺れる世界に、その者達に気付かれぬように蠢く影があった。

 魔人レグエスク。彼は上半身のみとされてもなお、狂気によって突き動かされていた。

 認めぬ。人間に殺されたなど認めぬ。一人で地獄に向かう等、決して許されぬ。

 彼の瞳に映るは、彼をここまで殺してくれた人間達。そちらへ向けて、レグエスクは最後の一撃を放たんと魔力を高めようとした。

 一人でも多く地獄に道連れにしてやる。そんな彼の儚い野望は、ここに潰えることになる。蠢く彼の傍に、最後の死神が現れてしまったのだから。


「己の敗北すら受け入れられず、このような無様な醜態を晒すか。これだから美学を知らぬ魔人共は嫌いなのだ。

物語の終幕に水を差すなど、無粋にも程があるだろう。貴様は敗れたのだ、これより舞台に貴様の出番はない」

『き、貴様……』


 彼の前に現れた、その銀髪の死神は、愉悦に笑みを零し、レグエスクに向けて魔力を放つ。

 それは全てを燃やし尽すような青白き煉獄の炎。言葉にならぬほどの激痛にのたうちまわるレグエスクに、死神は淡々と告げる。


「喜べ、脆弱な魔人よ。貴様は人間達を贄にしていたようだが、お前は我が英雄達の糧となったのだ。

くはははは。貴様のような塵でも、誰かの役に立てるなど光栄であろう?喜びに咽び泣きながら、死んでいくといい」

『があああああああ!な、何故貴様がこの炎を使える!?この炎は、魔人のみに許された青炎、貴様は……』


 命の灯火が燃え尽きそうなレグエスクに対し、その死神はただ愉悦を零すだけ。

 最早視界が何一つ映せぬレグエスクの耳に、最後に届けられた一言。それが、レグエスクのこの世で最期となる記憶であった。


「――そう言えば、貴様の主はフェン・ベベだったか。悪いが、奴なら『俺』が八百年も前に殺してしまったよ。

健気ではないか。お前が贈り続けた八百年余りの魂は、フェン・ベベに届くことは無かったと言う訳だ。

八百年も無駄で無意味な時間であったな、まるで貴様の生涯そのもののようではないか。

せいぜい地獄の果てでフェン・ベベに尻尾を振って誠心誠意仕えるがいいさ。くは、くははっ、くはははははははは!」


 その死神は高らかに笑う。哀れな魔人を燃やし尽し、嘲笑を込めて哂うのだ。

 愉悦に浸る彼の背中には、やはり異国の言葉で『また来てね、海の街カロリエーナ』という文字が燦然と輝いていた。








エピローグいれて2章終わりだと思います。頑張ります。

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。

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